ルナ2に凱旋してきた各モビルスーツ運用部隊は、それぞれ2日間の休暇を甘受することが許された。74戦隊は、もっとも遅く帰還した戦隊の1つで、その入港は15日だった。つまり16日、と17日を休暇に当てることが許された。もっとも、休暇といってもどこかへ行けるわけでもなくルナ2の中で過ごす以外にはなかったわけだが、それでも戦闘任務から開放されるということはかけがえのないことには違いなく、兵士達はその2日間を満喫できるはずだった。
 コニー曹長も、もちろんその休暇を満喫できる1人だった。
 
 桟橋の中ほどから『ナイル』を振り返ってコニーは自分が、ルナ2に戻ってこれたことをようやく実感できた。全く、なんて酷い初実戦だったのだろう?と思いコニーは、深い溜め息をついた。初めての実戦は、コニーが思い描いていたものとは、あまりにも違っていた。
(かっこうよくジムを駆り、ジオン軍を蹴散らすはずだったのに・・・)
 コニーは、初めての戦闘航海を改めて思い返した。
 なんにも戦果を挙げることのできなかった、結局7日の戦闘を除けば交戦する機会が無かったためでもある、初めての戦闘航海は、コニーにとってありとあらゆる感情を経験するものだった。驚き、恐怖、感謝、信頼・・・およそ人間が感じることのできる感情を全て味わった。そのもっとも大きなものは、今思っても恐怖だったとコニーは思う。あの120ミリ砲弾を浴びたときの恐怖はこれまでのどんな恐怖もお笑い草にしてしまうほどだった。絶対に死ぬ、コニーはそう確信したほどだった。悲鳴をあげるほかは、何もできなかった自分。
 そのこと自体も恥ずかしかったが、恐怖のあまり、パイロットスーツのピーピー、いわゆる尿受け、もとはきっと何か正式な名前が合ったはずだが今では誰も知らないしピーピーでとおる、をぐっしょりにしてしまったことは誰にも知られないことではあったけれど、信じられないと同時にもっと恥ずかしかった。
 いや、知られていないというのはコニーが思っているだけで、大尉あたりは、ひょっとすると少尉も、百も承知のことなのかもしれなかった。
 そして、もっともこの戦闘航海で感謝しなければならない相手は、コニーのジムの主任整備兵、いわゆるメカニックマン、のコンジ曹長に違いなかった。
 7日の戦闘以降、待機状態、第2小隊とほぼ12時間ごとに交代でそれは巡ってきた、のたびにいろいろな話をしてくれたコンジ曹長。年齢は、コニーとそれほど変わらないはずだったけれど、コニーにとっては随分と大人に見えた。話してくれた内容は、思えばどうでもいいようなことが多かったけれど、その中に少しづつ混じるパイロットとして注意しなければならない知識、机上では絶対に教えられることのない、は、コニーを感嘆させると同時にコンジ曹長を尊敬に値する人物とした。そして、出撃前とは全く異なる表情で話してくれた内容のほとんどはコニーをリラックスさせてくれるのに多いに役立った。もしも、12時間の待機時間を1人で過ごしていたとしたらコニーの精神は、恐怖で蝕まれていたに違いなかっただろう。コンジ曹長は、それを救ってくれたのだ。
 そういった意味では、スコーラン曹長にも感謝しなければならなかった。食事の時や待機室で待機中の時など、コンジ曹長ほどではなかったにしろ暇を見てはいろいろ話し掛けてくれたからだ。そのことに関しては、大尉ももっと話してくれればいいのにと思うくらいだった。少し残念だったのは、スコーラン曹長が、この戦闘航海の終わり頃に恋人の写真を見せてくれたことだった。少しカッコ良くってあれこれと世話を焼いてくれる上官のスコーラン曹長に好意を持ち始めていたコニーにとっては本当に残念なことだった。
「さてと、っと」
 そういって、そういった雑多なこと、そのおかげですっかりコニーは、出撃前とほとんど同じ精神状態になっていた、を頭の片隅にやると仲間に会いに行くために桟橋を後にした。場所は、ラインバック伍長に予め聞いておいたのでなんとかなるはずだった。
(デュロク達、元気かしら?)
 まだたった3週間ほどしか経っていないにもかかわらずもう何年も会っていないような気がしていたコニーの足は、自然と早くなっていった。
 
「いったい、これはなんのためですかね?」
「知らんよ」
 補給品の目録に目を通しながら主計士官のクラモト中尉が目を丸くしていうのに、トレイル中佐は、半ば呆れたようにぼやいた。通常の補給品に混じって不必要なものもそこには記入してあった。もちろん、搭載される以上全く不必要なのではない。しかし、モビルスーツ母艦と巡洋艦2隻の戦隊には明らかに向いていないものが記載してあるのだ。「これを持ってきたルナ2の補給隊の指揮官はなんていってた?」
「搭載スペースには、問題ないはずだから、といってましたが・・・」
「そりゃあ、そうだろう。モビルスーツを搭載できるようにしたといってももともとは40機以上の艦載機を運用できたんだからな」
 トレイル中佐も知らないことだったが、連邦軍艦政本部は、この改装した『ミシシッピ』級に補給艦の性格も与えようとしたのだ。その後、現実的ではないという意見が占め、純粋なモビルスーツ母艦として就役したが、艦内スペースには余裕を持たされたまま完成したのだ。そして、トレイル中佐のいうように、10機あまりのモビルスーツを搭載したからといって『ナイル』の艦内がイッパイイッパイになるというようなことは全くなかった。
「ミスターボールは、分からないでもないですが、このデコイはちょっと・・・」
 通常の雑多な補給品のほかに、本来なら補給されるはずのないものとして『ナイル』にの艦内に運び込まれようとしているのは10機のボールと12のデコイだった。デコイを使用しなければならない任務には『ナイル』は、全くといって向いていないはずなのだがと思いながら、搬入されていくボールに関してもトレイル中佐は溜め息をつかずにはいられなかった。連邦軍は、これを簡易モビルスーツとして分類しているが、少なくとも『ナイル』はこの簡易モビルスーツを運用を全く想定していない。このため、『ナイル』が装備するカタパルトはボールに適合しておらず、ボールの発進は自力で行うしかなかった。それでも、ボールは急場凌ぎの戦力程度にはなってくれるだろうとトレイル中佐は思った。
「どっちにしろ、こういうものを搭載していくってことはルナ2かジャブローかは知らんがろくでもないことを考えているに違いないさ」
 トレイル中佐は、自分たちがとんでもない災厄を背負い込んだことを確信した。
 
「どうかしたのか?」
 スコーラン曹長は、がっかりとした表情のコニー曹長に声を掛けた。
「どうもしません」
 本人は、そういったが、この2日間に何かあったのは確実だった。
 スコーラン曹長は、レイチェル少尉の方に視線をちらりとやったが、コニーの様子が変だから見てやれば?といった本人であるにもかかわらずもう完全に知らんぷりを決め込んでいるらしく気付く素振りさえ見せてくれない。大尉は、といえば相変わらずコニーのことはお前の責任だという姿勢を変えもしていない。
(結局貧乏くじなんだよな・・・俺って)
 そう思いながらもコニーの相手をしないとあとでレイチェル少尉に何を言われるか分かったものではなかった。
「随分、ご機嫌斜めじゃないか?」
「え?」
 どうやら本人は、平静なつもりらしかった。今の気持ちを言い当てられて驚いている。
「ルナ2で何かあったのか?」
「たいしたことではないんですけど・・・」
(そりゃあそうだろう)とスコーラン曹長は思ったが、顔には出さなかった。いちいちルナ2に上陸するたびに何か大変なことが起こっていたらルナ2が、根拠地である意味が半減するというものだ。
「同期生のところにいったんですけど、誰とも会えなかったんです。せっかくの上陸だったのに・・・」
(なんだそれ?)と思いながらも、スコーラン曹長は、分からないでもなかった。ようするに学生気分が抜けていないということなのだろうと思う。会えなかったということでこれほどがっかりしているということは、おおかたその中に惚れている男の1人でもいるのだろうとスコーラン曹長は思った。
(全く学生気分のままじゃないか?ジャブローじゃいったいどんなパイロット養成をやってるんだ?)
 コニー曹長が、どこでパイロット養成の過程を終えてきたかはスコーラン曹長は知っていたわけではなかったが、一般に宇宙軍の兵士は、地上軍のことをジャブローと呼ぶことが多い。これは、地球の人が宇宙移民全体を指してスペースノイドと呼ぶのと同じ、つまり蔑称である。
 全く仕方のないやつだ、そう思った瞬間スコーラン曹長は、気が付いた。コニー・アクセル曹長が自分の僚機であるということを。コニー曹長が、戦闘に集中できない精神状態で出撃することになったときに1番危険なのは本人だったけれど、その次に危険なのはスコーラン曹長自身なのだ。だからこそレイチェル少尉は、コニー曹長の様子が変だと気が付いたときにスコーランに様子を見るようにいったのかもしれなかった。
 そこまで実際にレイチェル少尉の気が回ったかどうかはスコーランには分からなかったが、少なくともコニー曹長の様子が変だと気が付いたのは、少尉だったのは間違いがなかった。スコーランには、まだそこまでの余裕はなかった、それは認めざるを得ない事実だった。
「あの・・・、スコーラン曹長どうかしたんですか?」
 覗き込むようにするコニー曹長に「いや、何でもない。で?」と、何事もなかったようにいい、続きを促した。このてのふさぎ込みは、たいてい話を聞いてやればすむからだ。幸いにして、敵との想定接触空域まではまだ随分と時間はあったからコニー曹長の話はたっぷりと聞いてやれる。コニー曹長が話す、同期生に合わせてくれなかったというルナ2の士官の話に適当に相槌をうちながらスコーランは、レイチェル少尉の方にちらりと視線をやった。
 偶然だったのか、それともスコーランがなぜコニー曹長の気晴らしをしなければならないかということに気が付いたのを分かってかレイチェル少尉と目が合った。
 数週間前にはただの高慢ちきな上官だったはずのレイチェル少尉が、少なくともスコーランの中ではちょっと位置づけが変わってきたようだった。
「ねえ?曹長、聞いてくれてるんですか?」
「ああ、もちろんだよ。で、そのアホな士官はどういったんだい?」
「だから、関係ない部隊の兵士は入れられないっていうんです、それで・・・」
 本当にどうでもいい話だったが、それを聞いてやることでコニー曹長のうっぷんが晴れ、戦闘に意識を集中してくれるのなら無駄話を聞くくらいお安い御用だと思いながら、スコーランは、適当に首肯き、不自然にならない程度にゼスチャーを所々に入れながら、それは悪い士官だ、ということを認めてやることにした。
 
 連邦軍船籍の貨物船が、沈んでいくのをノーマン中尉は、ザクのモニター越しに見つめていた。サイド6船籍のマーキングでも施しておけば、臨検程度で済んだに違いなかったし、実際にそうするつもりだった。
 沈むといっても宇宙である以上、本当にどこかに消えてしまうわけではなかった。推進剤を撒き散らし、貨物が可燃性であればそれが燃え船内から貴重な酸素を奪い尽くす、爆発物であればそれが爆発し船体を引き裂く。機関にまで致命傷を受けたものは・・・、受けたものは核エネルギーの暴走の中に消えていく。そういった被害の結果、本来の役割を果たせなくなったものを『沈んだ』と表現するのだ。目の前の貨物船は、火災をそこここで起こし船内の空気を急速に失おうとしていた。
 今日、目の前の沈みゆく貨物船が堂々と連邦軍船籍のマークを描いていたのは、それもこれ見よがしに、ノーマン中尉を少しばかり、そうほんの少しだけだった、驚かせたものを引き連れていたからに違いなかった。
 臨検した結果、積み荷ごと撃沈するか、拿捕するか、それともそのまま解き放つか、それは臨検の結果次第だ。しかし、どういった結果であっても死者を出さずにすんだのだ。
 あの貨物船を指揮下に置いていた人間は、そのことを考慮したのだろうか?ノーマン中尉は、怒りをあらわにしていた。あのボールとかいう機体が10機もあれば話は別だろうが、2機程度で何かができると考えたならそれはザクを舐めきっているとしか思えなかった。勇敢な行動と無謀な行動は、その根本が違う。この場合、無謀としか言い様のない行動を強いて多くの死者を生み出させた連邦軍の指揮官こそが、地獄の業火にやかれるべきだとノーマン中尉は思っているのだ。
「生存者は、脱出しつつあります。中尉」
 マシンガンを貨物船の方に向けたままのハンナ少尉のザクが、ノーマン中尉のザクに接触してきた。バンクロフト軍曹のザクは、1キロ離れて同じように貨物船にマシンガンを向けている。
「積み荷を確認できるといいんだが・・・」
「無理でしょう」
 それは、誰が見てもそうだった。火災によって制御の術を失った機関がいつ暴走するかしれたものではないからだ。「脱出艇、どうされます?」
「ほおって置こう」
 迂闊に近寄って至近で貨物船の機関の爆発に巻き込まれればムサイですら轟沈してしまう、それが核の暴走というものだった。その危険を冒してまで捕虜を抱え込む必要は全くなかった。
 哨戒任務を初めてまもない今、余計な捕虜を抱え込むのは得策ではない。現状では、捕虜を抱えむことは厄介事を抱え込むのと同意義だった。中には、何人か軍人が交じっている可能性もあったが、彼らの大半は民間人であるということも放って置くことにした理由の一つだった。
 また補給品の中身を知ることも大事だったけれど、任務の継続の方がより重要度が高い。
 しかし、もっと重要なことは連邦軍船籍の貨物船が、少なくとも抵抗しようと思わせる機動兵器を搭載していたことだった。ボールという名前で知られる兵器だ。
 これまで、この類いの兵器は、小型の軍用艦艇に搭載されていることはあっても、たとえ連邦軍船籍であろうと貨物船に搭載されていることはなかった。
 もっとも、戦闘方法はあまりにも拙劣だった。確かに、貨物船から2機のボールが飛びだしてきたときには少なからず驚いた。しかし、ろくな回避運動もせずに球状の機体の頭頂部に装備したキャノン砲をやたらと発射するだけでは何度も修羅場を潜ってきたノーマン中尉達を撃墜はもちろん、阻止などできるはずが無かった。
 ノーマン中尉が1機、軍曹が1機を瞬く間に撃墜し、少尉が、貨物船に対して弾倉1つ分の120ミリ砲弾を叩き込んだ。戦闘が始まってから全てが終わるのに要した時間は僅かに5分だった。
「帰還するぞ。それから少尉、我々の任務の性格上あれは感心できんな」
「はい」
 それだけで少尉はノーマン中尉が、何を言いたいのか理解したらしい。
「あれの半分の射撃も必要なかった、狙いを絞ればな」
 ノーマン中尉が、ザクの機体を翻しそれにハンナ少尉のザクが続き、最後にバンクロフト軍曹が機体を翻した。
「すみません、艦船を攻撃したのは初めてだったのでつい・・・」
 それは、正直なところに違いなかった。ノーマン中尉自身も先に連邦軍のモビルスーツと交戦した際にほんの僅かだが引き金を絞りすぎたと感じていた。冷静であると自負する自分でさえだ。若い女少尉が、そうならないほうが不思議だった。人とは、過度に興奮すると我を忘れるものなのだ。
「分からないではない、が、我々の任務は短期間ではないのでな」
「以後、気をつけます」
 無線を通してでも充分すぎるぐらい少尉が恐縮しているのが分かるとノーマン中尉は、少しばかり安心した。初めての獲物を前にすればだれしも興奮し、我を忘れる。それを除けばたった5分程度の戦闘ではあっても新しい2人のパイロットの性格というものはベテランのノーマン中尉には十分読み取れた。僚機として、信頼するに十分、それがノーマン中尉の出した答えだった。
(しかし・・・)
 と、ノーマン中尉は考えた。連邦軍が、貨物船にさえボールを、たとえそれが気休め程度だとはいえ、配備し始めたということから考えられることはただ1つだった。連邦軍は、戦力に余裕が出始めている。
 それは、今後、仮装巡洋艦による通商破壊が一層困難になるということを暗示していた。
 
「一昨日、連邦軍船籍の貨物船が消息を絶ったからって、わざわざ・・・」
 トレイル中佐は、ラインバック伍長から受け取ったレーザー通信の内容に目を通して思わず顔をしかめた。2日間の上陸が終わって74戦隊の各艦が通常の哨戒任務に戻るためにルナ2を出港して何時間も経たないうちにその暗号通信は74戦隊旗艦の『ナイル』宛てに送られてきた。
「どういった内容だ?」
 ハルゼイ艦長は、通信の内容を大抵トレイル中佐に読み上げさせる。現在戦隊は、いわゆる中間軌道、地球と月を結んだ中間点が描く円周軌道、を航行していた。
「ハイ、艦長。貴隊は、L4空域に潜伏すると思われる敵勢力を発見、これを撃破せよ、とのことです」
 オペレーターの2人がやれやれというように肩をすくめるのを目の端で見ながらトレイル中佐は、彼らが肩をすくめるのはもっともなことだと思う。もちろん、敵と接触すればこれを撃破するという任務には違いなかったが、74戦隊が向いているのは索敵して攻撃する任務ではなく、待ち受けて叩く任務のほうだったからだ。
「その貨物船が消息を絶った空域は限定できているのか?」
 ハルゼイ艦長は、ササキ曹長に周辺の宙域図をメインスクリーンに出すように促しながらいった。
「サイド6のアイランド・バビロニアを出向した大体の時間と想定行路は分かっていますから・・・、計算できるな?曹長」
 トレイル中佐は、オペレーター席を見上げた。
「ハイ、ですが運行速度がわかりませんと・・・だいぶ誤差が出ます」
 キイボードを叩き、消息を絶った貨物船のデータを呼び出しながらササキ曹長はいった。タイプ59の貨物船。骨董品になりかけているタイプだったが主に見かけによらない速度性能のためいまだに数多く現役にいる貨物船だ。最後のパラメータ、速度についての指示を待った。
「どうします?艦長?」
「ふむ・・・、L4空域は敵性なのだから第3商用速度で運行したと仮定しよう。それに人を運んでいたわけでもあるまいから出港後直ちに加速したと推定して計算してくれ」
「はい、やってみます・・・。正面に計算結果出します」
 正面のメインスクリーンに映し出されたL4空域を中心にした宙域図の上に主な座標がプロットされていく。サイド6のコロニー群内のアイランド・バビロニア、74戦隊の現在位置、これまでの航路、そして貨物船の推定航路。最後にでたのが消息を絶った位置であろうポイントだった。
「意外と近いですな・・・」
 その宙域図を見てトレイル中佐は、つぶやくようにいった。確かにそれは近いと形容する以外になかった。互いに巡航していれば30分以内に接触する位置だったからだ。しかし、同時にそれは24時間以上も前の話だった。敵はいるだろうか?いないとは、限らない。救助するために慌てふためいてやってくる連邦軍艦艇や連邦軍船籍の民間船を待ち受けて潜んでいる可能性は決して低くはない。
「そのようだな。進路変更110、プラス20。速力第3戦速。各員、第1戦闘配備。ボール隊は、直ちに発進、前方を警戒せよ。オペレーターは、対空監視厳にせよ!」
 トレイル中佐は、いきなり新配属のボール隊を発進させるという命令に驚いた。しかし、同時に納得もする。このどう使ったらいいか理解しかねる兵器を艦長は前方偵察任務に使おうという腹積もりなのだ。そうすることによっていざというときに頼りになるジムの推進剤を温存しようというのだ。それは、ある意味全くもって理に適っている。
「ボール各機は2機1組でペアを組み本艦の前方15キロに占位せよ!」
 ハルゼイ艦長が下令するのを聞きながらトレイル中佐は、脆弱な兵器でも2機1組ならば使えるかもしれないと思った。
「マクレガー大尉を呼び出してくれ」
「艦橋へ呼び出しますか?」
「いや、回線を通じてでいい。伍長、頼む」
 ラインバック伍長が、それに答えてマクレガー大尉を呼び出し、その回線をそのまま艦長へと回した。
「大尉、すまないが・・・」
 艦長がマクレガー大尉に指示を与えるのを聞きながらトレイル中佐は、艦長が見た目以上に慎重なのに驚いた。同時に、ボール隊だけに割のあわない任務をさせるつもりもないことも分かった。割の合う合わないでいえば、またしてもマクレガー小隊はより敵との遭遇の可能性が高いときに出撃を命じられるわけだから1番の貧乏くじを引いているともいえた。
 
(ちょいと掛かった獲物が大きすぎたかも知れん・・・)
 ノーマン中尉は、沈んだ貨物船の陰に潜ませたザクのコクピットの中でひとりごちた。ボールが、既に6機接近してきているのがザクのモニターにプロットされていた。それ以上、おそらくは8機ないし10機が展開しているのは間違いがないように思われた。
 脱出した貨物船の脱出艇がサイド6方面へ消えてから既に24時間以上、どうにか機関の暴走を免れた貨物船の陰に潜み、遭難信号を受けてやってくるだろう連邦軍艦艇をさらに喰うつもりだったが、予想以上の大物が掛かったようだった。手に余るかもしれない、その思いは、同じ仮装巡洋艦戦隊の『ベルベット』の支援を受けていてさえそうだった。
「中尉、仕掛けますか?」
 接触してきたのは『ベルベット』のモビルスーツ隊指揮官のチェ中尉だった。チェ中尉は2個小隊のザクを率いている。
「もう少し待とう」
 あの機体が、単独でこの宙域に展開するはずはない。また、まとまった数が展開している以上、その母艦は商船と考えるよりは軍用艦と考えたほうが自然だった。そして、軍用艦であれば、現在探知できている以上の戦力を展開できる可能性もある。そうしている間にも新たに探知された7機目8機目がプロットされる。10機近くものボールを運用できる相手がいったい何なのか?ノーマン中尉は、考えた。
 2隻・・・、艦隊の防衛用の戦力も残しているなら3隻かもしれない。ノーマン中尉は、最悪のパターンを頭に思い浮かべる。そうしておけば不慮の事態にパニックに陥らずにすむからだ。
「中尉、これ以上接近されては・・・」
 確かに敵は接近してきてはいたが、チェ中尉がいうほど敵が接近してきているわけではなかった。中尉にそう思わせるものは功名心だった。初めての実戦、しかも部下を率いて他の隊と共同戦線を張る、そういった状況では分からないでもない心理だった。自分の部下にいいところを見せもしたいのだろう。もっとも本土防衛隊についこの前までいた新任の中尉にいいカッコができるかどうかはおおいに疑問だった。参考までにいえば本土防衛隊とは、エリート部隊で知られる部隊ではない。
「まだだ、10キロ以上離れている。5キロまでは様子を見る」
 ザクの交戦距離を知らないでもあるまいにとノーマン注意は舌打ちをした。宇宙兵器たるザクだったが、その有効交戦距離は一般に想像されるよりもずっと小さなものだった。有視界戦闘を前提としたためでもあったが、その主な原因は主武装であるマシンガンのせいである。初速が、600メートル足らずのため、おのずとザクの交戦距離を限定しているのだ。教本では5キロをその想定交戦距離としていたが高機動兵器を相手にした場合、いいところ1キロ、あるいはもっと短いものでしかない。
「了解」
 接触回線なのでチェ中尉の顔までは見ることができなかったがおそらく不満な顔をしていることだろう。
 
「中尉、5キロですよ」
 いわれなくとも十分に承知していたが、我慢できなくなったのだろチェ中尉がせかしてきた。ノーマン中尉が見積もった通り10機のボールがモニターにはプロットされていた。後続も母艦も探知できない。しかし、それはザクのセンシングシステムが探知しうる範囲での話だった。
(06Eがいてくれれば・・・)
 06Eとは、強行偵察を主任務とするザクの偵察型の機体だ。武装を考慮しないかわりに通常型のザクが足元にもおよばないセンシングシステムを搭載している。もちろん、そういった贅沢な機体が仮装巡洋艦部隊に配備されたことは全くない。
「分かっている、仕掛けるぞ!」
 もともとノーマン中尉にしても逃げ出そうとは思っていない。ただ、徹底的にやるか、それとも敵を混乱させて一撃離脱にするかその点で最後まで悩んだのだ。それぞれのケースで得られる得点と失点、それを天秤にかけねばならない。
「りょ、了解です」
 途端に上ずった声を出すチェ中尉に苦笑する。
「わたしが飛び出す、それを合図に一斉に飛びかかるんだ」
 1機多いとはいえ、相手はボールだ、余程のことがないかぎりこっちの失点は最小限に抑えたうえでこちらは10点をあげられるはずだ。上手くすればパーフェクトゲームだって可能なはずだ。
「りょ、了解しました・・・。ぶ、部下に伝達します」
 そういって接触回線を閉じるチェ中尉を見送りながらノーマン中尉は、反対側に位置するハンナ少尉とバンクロフト軍曹に、ザクの指先を使って自分を掩護するように指示した。2機のザクが、それに対して首肯く仕草をするのは、まったく宇宙戦闘機時代のパイロットが見れば喜劇のようなものだったが、非常に直感的で分かりやすいものだった。
 ボール相手ならば、それほど酷いことにならないはずだったし、もし何か今の情勢に変化、この場合は悪い意味での、があればケツをまくればいいだけの話だ、そう割り切るとノーマン中尉は、ザクの背中に装備されたロケットバーニアを全開にした。