- (映画なんかとは全然違う・・・)
- 顔面を蒼白にしながらコニーは、ほとんど死人のような顔をしたスコーラン曹長を見つめた。もう少し、心に余裕があれば顔面を蒼白にしているのが自分だけでないことが分かって安心できたかもしれなかったが、もちろんそんな余裕などある筈がない。
- レジェル・アハド衛生少尉が、スコーラン曹長のノーマルスーツをはだけたとき、コニーは、もうちょっとで失神するところだった。ノーマルスーツは、確かに血で汚れてはいたが、そこからは想像できないほどの血が格納庫内に溢れ出したのだ。空気漏れを防止するだけのテープに止血効果など全くないことを思えば当然のことだったが、これほどの血が溢れ出すことが想像できなかったのだ。
- アハド少尉の部下のうちの1人が、エア・クリーナーで拡散しようとする血液を吸い取っていくが、吸い取られ損ねたいくつかの小さな血液の滴が拡散していく。格納庫ないの照明に彩られたその滴がルビーのように輝くのを見てコニーの脳裏に、少しだけ不謹慎な考えが過る。
- しかし、スコーラン曹長の微かな呻き、曹長が生きている証でもあった、ですぐに現実に引き戻される。
- アハド少尉が、受け取った吸収シートで傷口の周りの血をぬぐい傷を確かめる。右の肩口に開いた傷口は、コニーの見るかぎり出血量から思えば極く小さなものだった。しかし、その赤黒い傷口はすぐに新しく溢れてきたスコーラン曹長の血の鮮やかな赤で満たされる。
- その溢れ出した血液の分、スコーラン曹長の顔がさらに蒼白になったようで目を反らしたくなったけれど、コニーは、目をそらすことができなかった。
- 「駄目かも知れん・・・」
- 応急処置を行いながら漏れたアハド少尉の独り言は極く小さなものだったけれどスコーラン曹長の身を心配して集まっていた者全てをびくりとさせずにはおかなかった。一見おかしな話かもしれなかったが、彼らのほとんどは目の前で戦闘による重傷者を見たことが初めてだった。宇宙空間の戦闘で、これほどの重傷者が帰還できたのはモビルスーツだからこそであったし、艦隊そのものはいまだ銃火の洗礼を受けていなかったからだ。
- 担架に移されたスコーラン曹長は、ベルトで固定されると治療室へと運ばれていった。
- マクレガー大尉とレイチェル少尉もその後に続いたが、コニーは、そうしなかった。自分が付き添っていってもできることは何もなかったし、これ以上変わり果てたスコーラン曹長を見ることに耐えられなかったからだ。
- 「大丈夫ですか?」
- 「え?はい・・・」
- 声を掛けてくれたのはコンジ曹長だった。スコーラン曹長が運び去られた後の格納庫は、もう既に日常へと戻り始めていた。青ざめているコニーに気が付いて、心配してくれているらしかった。
- 「ジムの方はたいしたことないのに・・・、分からんものです」
- くるっと13号機の方を振り返ってコンジ曹長は、いった。
- 「・・・ほんとに・・・」
- コニーも同じように振り返った。コンジ曹長の言う通りだった。スコーラン曹長のジムは、見た目にはほとんど損傷してないように見える。この前の戦闘で損傷したコニーの14号機の方が余程酷く損傷していたように思えた。
- スコーラン曹長の13号機は、見たかぎりでは無傷に見える。しかし、実際には右フィン部分にザクが放った120ミリ砲弾が命中しているのだ。120ミリ砲弾はフィンとフィンの間に貫入したのだ。正面からであれば決して貫入することのない構造になっていたがジムの回避機動によって偶然に最悪の角度が、生じてしまったのだろう。その運動エネルギーをほとんど殺されることなくジムの強固な機体構造の内部に貫入した120ミリ徹甲弾は、有り余った運動エネルギーで内部構造を破壊したのだ。そして撒き散らされた破壊の中から飛び出たたった1つの小さな破片がコクピットの中にまで飛び込みスコーラン曹長を傷つけたのだ。不幸中の幸いだったのは、飛び込んだ120ミリ砲弾が徹甲弾であったことだ。徹甲榴弾であれば確実にスコーラン曹長は、戦死していたに違いなかった。
- コニーは、自分を同じ状況に置き換えてみて身体を震わせた。それは全く自分の身にいつ起きても不思議ではないことだったからだ。
- 「曹長、一緒にジムを整備しますか?」
- 普段なら、自分たちの仕事だからといってジムには触れさせないコンジ曹長だったが、きっとコニーのことを1人させないようにしてくれているのだろう。
- 「ハイ、そうします」
- コンジ曹長の気遣いに感謝しつつ1人になったらあれやこれやとロクでもないことをいろいろ考えてしまいそうだと思っていたコニーは、すぐにオッケーした。
-
- 74戦隊は、所属下のモビルスーツの帰還を待ってサイド4空域へとその歩を進めた。化学兵器によって内部に住む全ての住人を失ったコロニーの一つの陰に身を潜めるためだ。もちろん、敵を追撃するためでもある。死体を回収する者すら失ったコロニーは、死体の腐敗を恐れて内部の空気を全て抜かれいる。戦争が終結してもほとんど日常生活のままに命を失った何百万人もの人たちを丁寧に葬って、再び人の住めるようにするにはそれ相応の時間が必要とされるだろう。そういったコロニーが、地球圏には無数に存在するのだ。ただ単に戦後のことを考えるのならば、核によって破壊されたコロニーの方が余程戦後を統治するものにとっては気楽な存在だった。
- しかし、そういったコロニーでも、3隻の艦が、身を潜める程度には役に立つ。コロニーの巨大さを考えるならば1隻や2隻の巡洋艦などどれほどのものでもない。もちろん改装モビルスーツ母艦もその例外ではない。標準サイズですら直径6キロ、全長にいたっては30キロにも達するコロニーに対してこの3隻は、300メートルにも満たないのである。
- 「ハミルトン中尉の小隊、展開を完了しました。30キロ四方に展開させました」
- ササキ曹長が、スクリーンをチェックしながら報告した。実際にスクリーン上で確認できるのは1機のジムでしかなかったが、残りの3機も想定位置がプロットされている。
- ジオン軍もサイド4空域に逃げ込んだことが分かっていたための処置だった。主にダミーを用いた欺瞞行動のために敵の正確な勢力や潜伏した位置は掴みそこねていたが、完全に撤退していないことだけは確かだった。位置については、確定できないというだけでかなり確度は高い。
- 「よろしい」
- それが正しいかどうかは別にして自分の命令が実行されたことに満足感を覚えつつハルゼイ艦長は、続けた。「スコーラン曹長はどうか?」
- 「はぁ、当面はなんとか峠を越えたようですが、アハド少尉がいうにはもっとちゃんとした施設に移したほうがいいそうです」
- トレイル中佐は、先ほど上がってきたアサド少尉からの報告書に視線を落とし若干の懸念を隠さずにいった。哨戒行動に入って最初の戦闘でこの始末だ。よろしくないことこの上ない。人道上はもちろんルナ2に帰還すべきだ。しかし、作戦上は・・・。一層のこと戦死してくれていれば・・・そんな不謹慎な思いがトレイル中佐の頭を掠めたくらいだ。しかし、そのことをもってトレイル中佐を非道だというのは短絡的というものだった。ある程度の上級将校になれば誰でも直面する問題だった。1人の命をとるのか10人の命をとるのか?どちらにせよある程度の非難を受けねばならない。それと同じ問題だった。
- どのみちハルゼイ艦長が、部下の命を優先させるのか、それとも作戦を優先させるのか?どんな決定を下そうとトレイル中佐には、それを覆すことはできない。
- 「峠は、越えた・・・か」
- ハルゼイ艦長は、声に出していった。
- ブリッジが、水を打ったように静まる。
- ハルゼイ艦長にとっても、作戦命令さえなければその判断はあまりにも簡単だった。ルナ2に戻ればいいのだ。そうすれば、スコーラン曹長は、こんな旧式艦で受けられるよりずっとマシな治療を受けられる。
- 同時に問題なのは、ジム戦力1機減ということだ。もちろん、2機のボールが失われたことも痛い。
- 最初の交戦が、これほど大規模(9機ものザクと交戦したのだ)なものになるとは、ハルゼイ艦長も想像しえなかった。ただ撃沈された貨物船を捜索し、生存者がいれば彼らを収容する。それだけのはずだった。もちろん、交戦を想定しなかったわけではない。
- 付近を航行中の味方艦船に引き取ってもらえないかとも夢想する。それは、本当に夢想だった。ルナ2近辺の制宙権をようやくどうにか保持しているだけの現状にあって負傷兵を後送してくれるような都合の良い艦船がL4空域にいる可能性など皆無だった。現在、この空域に展開しているのは、少なくともハルゼイ艦長の知っているかぎり、同じ任務を持たされた73戦隊だけだった。
- あるいは、と思う。サイド6まで進出してそこでスコーラン曹長を降ろすという手もないではない。ルナ2よりは余程近かったが、持ち場を離れるということにおいては変わりがないし、それには上級司令部、すなはちルナ2の許可を得る必要があった。
- (どうにもならんとは思うが・・・)声に出さない思いに続けてハルゼイ艦長はいった。「ラインバック伍長、暗号コード・ガンマトゥワでルナ2に発信。内容は、・・・」
- モビルスーツのパイロット1名が重傷であり、艦内の設備では命にかかわるというような内容の電文を簡単に作成して、ハルゼイ艦長は、ラインバック伍長に送信させた。何かそれに対して良い返事が返ってくるなどとはほんの少しも期待していない。それは、他のブリッジ・クルーにも同じことが言えた。若いラインバック伍長以外は、軍がこういった場合どういう判断を示すのかを良く心得ていたからだ。
- しかし、ハルゼイ艦長の思いに反して、いやほとんどのブリッジクルーにもそうだった、ルナ2からの返信は、想像するよりもずっと早く返されてきた。
- 「艦長、暗号コード・ガンマトゥワで受信、ルナ2の艦隊司令部からです」
- そういってラインバック伍長が、ハルゼイ艦長の方を振り返ったのは送信してから30分にも満たないうちのことだった。異例中の異例と言える。
- トレイル中佐が、席を立ち身体をラインバック伍長の方へと流す。中佐の長身の身体が通信席に辿り着くまでの間に伍長は、プリントアウトされ、通信内容が記されたカードを手にして後ろを振り返った。通信席の背もたれについた手をぐっと曲げて勢いを殺しながら左手で通信カードを受け取った中佐は、スピードを殺すために曲げた腕をぐいっと延ばしその反動で今度は艦長席の方へと体を流した。ノーマルスーツを着込んでいるせいでやや動作はぎこちなかったが、その動きは、ベテランらしく無駄のないものだ。
- 「ルナ2では、私たちが思う以上にモビルスーツパイロットを大事にしているようですよ」
- そういいながら艦長席に着くとトレイル中佐は、やや顔をしかめながら通信カードをハルゼイ艦長に手渡した。
- 「ご苦労」
- 手渡してくれたトレイル中佐に礼を言いながらハルゼイ艦長は、カードに目を通した。なるほど、中佐が、通信席から艦長席に来る間に全部読めてしまえるほどの内容だった。つまり、通信文自体は短かった。
- 「どうします?」
- トレイル中佐は、困惑した表情でいった。
- ルナ2が寄越した通信の内容とは、現在位置で待機、6時間後に友軍艦艇を接触させる、というものだった。
- 「寄越すといっている以上、ここを動くわけにもいくまい?要請したのはこちらだしな」
- 受理されるはずがないとは思っていたし、遠回しにした要請だったにしろ発信元はこちらであることは間違いがなかった。
- 「6時間、つまりはサイド6から寄越すってことでしょう?感心しません」
- もちろん、サイド6からなどとは通信カードのどこにもかかれてはいなかったが、6時間という時間と現在の74戦隊の位置を鑑みるならばサイド6空域から以外に6時間でやって来れるものではない。ほとんど敵性空域であると表現したほうが適切なサイド6エリアから来る友軍艦艇に、ジオン軍が興味を持たなければよかったが、その可能性は決して高いものではない。
- 「仕方があるまい。それにサイド6からばかりとは限らんぞ。我々には知らされていない友軍戦力が展開しているかもしれないからな」
- 「だとよろしいんですが・・・」
- 「まあ、どちらにしろ敵の戦力放っておくわけにはいかんな・・・」
- サイド6に連邦軍の正規艦艇は存在しない。そうである以上この空域に送られてくるのは諜報艦、良くて仮装巡洋艦だろう。最悪の場合は、民間籍の輸送船ということもありうる。どちらにしろ、この空域から立ち去った様子のないジオン軍を排斥しておく必要があった。
- 交戦したザクの機数から、ハルゼイ艦長は、敵の勢力をムサイ2ないし3隻を上限とする艦隊との見方をしていた。これを排除するのは簡単にはいかない。仮にハルゼイ艦長が、潜んでいる敵がたった2隻の仮装巡洋艦であると知ってもこの簡単にはいかないという考えは変わらなかったに違いない。敵が、何であれ慎重に対処するのがハルゼイ艦長だったからだ。
- 「どのみち、1小隊の帰還機の発艦準備が整うまでにはまだ少しかかります。それは、敵にしても同じでしょう」
- 「恐らくな。ササキ曹長、何か捕らえているか?」
- 「いえ、なにもありません」
- 急に問い掛けられてササキ曹長は、少し慌てて答えた。
- 「潜んでいるおおよその空域は分かるのだな?」
- ザクが、後退していった方向からおおよそのジオン艦隊の潜伏地点は割り出してあるのだ。
- 「ハイ、誤差範囲は大きいですが2時方向プラス25度、距離にして600から800、恐らく650といった地点です。アイランド・レイクトピアが臭いです。あるいは、アイランド・リバーサイドかもしれませんが、確度はレイクトピアの方が高いです」
- 宇宙は広いとはいっても複数の艦艇が潜伏できるような場所がそうそうあるわけではない。
- 「どう思う?中佐」
- 「ハイ。モビルスーツを出すのも手でですが、あるいは遠距離砲撃をかけるのも良いかと思います」
- 少し考えたふりをしてからトレイル中佐は自分の考えを話した。副官としては、常に代案を考えている必要があったので即座に答えることも可能だったが、そこはハルゼイ艦長への遠慮を示したのだ。
- 「敵艦に命中はせんと思うが?」
- 確かにメガビームは余裕で届くだろうが艦艇のような小さな目標、500キロ以上も離れていれば艦艇ですら小さな目標ということになる、に命中するなどとは思えなかった。発射時のわずかな誤差が、500キロ先ではとんでもない誤差になるからだ。500キロ先を狙えるような精密な照準装置は開発されていなかったし、今後も開発されないだろう。
- 「余程の運がないと直撃は無理でしょうが連中を慌てさせて燻り出すことぐらいは可能です。慌てさせて燻り出させさえすれば後はモビルスーツ隊の仕事です」
- 「なるほど自分の潜んでいるコロニーにメガビームが命中すればさすがに驚くだろうな。良いかもしれん。それに命中するかもしれんしな」
- 最後のワンフレーズは笑っていう。再び交戦するということで緊張し始めていた空気がそれで少し和らいだ。そのあたりは、退役軍人とはいえハルゼイ艦長のいい面での持ち味なのだとトレイル中佐は、思った。
- 「いずれにせよモビルスーツの発艦準備が整いませんと・・・」
- 「そうだな、ササキ曹長、敵のどんな小さな動きも逃すなよ。総員第2戦闘配備のまま待機」
- 「了解です、艦長!」
- ハルゼイ艦長が命令を下し、ササキ曹長が応えるのを聞きながらトレイル中佐は、何でもかんでもモビルスーツ次第になってしまったなと思い、寂しさを感じずにはいられなかった。中佐が、士官学校に在籍していたころは宇宙戦闘機と艦隊砲撃戦こそが宇宙の花形だったのだ。宇宙戦闘機が主力だったならとっくに第2次攻撃、それどころか3次攻撃だって可能だったはずだ。しかし、士官学校を卒業して以来宇宙戦闘機が活躍したり艦隊同士が砲撃戦を行うなどということは全くなかった。地球圏は、連邦政府の下で平和に統治されていたからだ。そして、いざ初めての宇宙戦争が始まってみると宇宙戦闘機や艦隊戦は、過去の遺物になってしまっていた。
- もちろん、平和に統治されていたとトレイル中佐が思うのは、中佐が厳然たるアースノイドだからだ。けれど宇宙世紀に入ってからこっち、戦争が、少なくとも宇宙空間では起こらなかったことだけは確かだった。
- 旧世代の教育を受けてはいたが、トレイル中佐は、マクレガー大尉とラス准尉がたった2機のジムで敵の巡洋艦を3隻も血祭りに上げたことを軽視するつもりはなかった。3隻もの巡洋艦を一時に撃破するには艦載機であれば50機以上もの総攻撃が必要だったろう。そして3分の1は未帰還になることを覚悟しなければならない。
- 「時代が変わったということか・・・」
- 小声でそういいながらトレイル中佐は、自分の席へと戻った。
-
- 連邦軍と同様に『オルベスク』もその僚艦の『ベルベット』とともにサイド4空域にいくつもあるコロニーのうちの1つの陰に身を潜めていた。
- 先刻まで、矢のように現空域からの離脱を催促していた『ベルベット』も今は沈黙していた。
- 下手に機関を始動させたら連邦軍の赤外線探査に引っ掛かって追撃を受ける可能性が高いと言ってやったのだ。逃げることしか頭にないような輩ではあっても正規の軍艦に追いかけられることが何を意味するかという程度のことは分かったらしい。
- 「手持ちの戦力では現空域を脱出するのは難しいのですな?」
- カディス船長は、静まり返ったブリッジで船長席に座ったままいった。沈んだ貨物船の救助、あるいは調査にやって来る連邦軍を待ち伏せて殲滅するという簡単な作戦だったはずが、一転して2隻の仮装巡洋艦の手に余る連邦軍の戦闘艦隊を呼び込んでしまうという最悪の事態になっていた。予想外の規模の部隊と遭遇してしまったという点においては、双方の指揮官の思いは一致していた。「残ったのは、こっちの3機とベルベットの4機あるのに?」
- 船長にはそれだけのザクがあればなんとかなるという思いがあった。
- 「使えるのは6機です。せめて性能向上型のF型だとやりようがあるんですが」
- 現在指揮下のザクは、再出撃準備を急ピッチで進めていた。弾丸のほとんどを射耗したザクに弾薬を補充すると同時に消費した推進剤も充填し、機体も冷却しているのだ。仮装巡洋艦であるために正規の軍艦に比べるとどうしても時間がかかるのは仕方がなかったが、兵士達は最大限の努力を怠ってはいない。
- 05タイプよりもましとはいっても部隊が装備するザクは『ベルベット』のものを含めて所詮はC型だった。前線部隊に新型のF型が行き渡ったために回ってきたにすぎないのだ。対核装備を施されたC型は、F型に比べるとその機動性に難点があった。もちろん、使える武装はなんら遜色はない。それでも連邦軍の新型と相対する事を考えるときC型は、あまりにも役不足だった。
- 「そんなに凄いんですか?連邦のモビルスーツは」
- 民間船畑をずっと歩んできたカディスにとっては開戦前まで極秘扱いだったモビルスーツについては門外漢だった。外見上が明らかに異なる05タイプと06タイプの判別はできても06の細かな型式による違いまで知識はなかった。
- 「はあ、まあザクよりはちょっとましってとこです。問題は、数ですね。出来損ないも含めると倍以上の戦力ですから」
- ちょっとましというのは、完全な嘘だった。船長に余計な心配をかけないためだった。もっとも、カディス船長ならば狼狽したりはしないだろうが。「それに、相手が正規軍ということです。こっちの戦力を正確につかまれて攻撃されたらひとたまりもありません」
- 確かに、ミノフスキー粒子がなければ今頃とっくに正体を掴まれて攻撃されていたことには違いない。ミノフスキー粒子様々だった。
- 「その時は、中尉には気の毒ですが、中尉のザクの出番ってことになりますな。期待しています」
- カディス船長は、ここ数度のノーマン中尉の苦戦を知ってはいたが、いまだ中尉に対する信頼を失ってはいなかった。それにどういった状況であれ、連邦軍が攻撃してきたときには、ザクに頼る以外にはなかった。最優秀貨物船を母体にしているとはいえ『オルベスク』が、正規の巡洋艦とまともにやり合って勝てる可能性は万に1つもなかった。
- 「それは、そうです。このオルベスクにはちょっとだって手を触れさせやしません」
- そういったとき、オルベスクのオペレーターが2人を振り返った。
- 「11時、マイナス40度方向に感有り、赤外線反応増大中」
- 11時マイナス40度方向とは連邦軍の艦隊の想定位置の方向だった。
- 「機関出力最大、中尉、よろしいですか?」
- カディス船長は、直ちに『オルベスク』を現在位置から離脱させるための命令を下した。同時に、『ベルベット』に追随するように発光信号を送らせる。「ベルベットに信号、急げ!!」
- 「予定にはありませんがサイド6空域方向に加速して下さい。我々は、後で合流します」
- それだけを言い残すとノーマン中尉は、『オルベスク』の船橋から脱兎のごとく飛び出した。その背中をオペレーターの報告が追いかける。
- 「大型目標3、小型高機動目標5ないし6を確認。反応増大中!!」
- 小型高機動目標とはいうまでもなくもビルスーツだった。
- 「!!」
- ノーマン中尉を飲み込んだエレベーターの扉が閉じるのと連邦軍が放ってきたメガビームが、襲いかかってきたのはほとんど同時だった。まさか命中するとは思えなかったが、ビームが襲いかかってくるのを見て気分が良いわけがなかった。
- 「機関最大戦速っ!!急げ、連邦の腰抜けのビームに当たるわけにはいかんのだ!」
- 最大戦速への移行を命じながらカディス船長は、いよいよ仮装巡洋艦が活躍できる時は終わったことを感じていた。それが連邦軍のモビルスーツのせいであることに皮肉を感じながらもカディス船長は、連邦軍の巡洋艦が放ってくるビームの煌めきに身じろぎもせず指揮を継続した。
-
- モビルスーツの冷却を終え、サイド4空域で先に行動を起こしたのは、74戦隊だった。発艦可能となった7機のジムを発進させた74戦隊は、威嚇射撃を兼ねた援護射撃を行いつつジオン軍仮装巡洋艦を追撃しようと試みた。これに対してジオン軍も直ちに残存するザクのうち、出撃可能な6機を発進させ2隻の仮装巡洋艦を後退させるとともに半壊したコロニーにザクを展開させた。
- モビルスーツ数で1機勝り、その性能では圧倒的であり、2隻の仮装巡洋艦に対し完全武装の巡洋艦2隻を中心とする3隻の正規の軍艦で追撃した74戦隊であったが、しかし、半壊したコロニーを拠り所にしたザク6機の後退を掩護する遅滞戦闘によって74戦隊の試みは、ある意味成功し、ある意味失敗した。
- 2機のザクを撃破し、仮装巡洋艦をサイド4空域から追い払ったという点では、もちろん成功だったが、はるかに優位な戦力を持ちながら2隻の仮装巡洋艦を殲滅できなかったうえに2機のジムを損傷させられたことに関しては明らかに失敗だった。
- 逆に、ジオン側から見れば、ザクをさらに2機失ったことは痛手だったにせよこの戦闘は勝利と呼んで差し支えないものだった。ジオン軍は、2隻の仮装巡洋艦をサイド6空域まで無傷で後退させることに成功したからだ。
- ともあれジオンをサイド4空域から一時的にせよ排除することに成功した74戦隊は、サイド6からやって来るであろう友軍艦艇との接触を待った。
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