A special day

 

 

『ピピピピピ・・・』
 攻撃モードで、敵をアップで捉えたモニタの中で、レチクルが、敵を捕捉しようと右へ左へ、上へ下へと小刻みに動く。捕捉モードに入ったことを知らせる電子音が、ヘルメット内に小さく響き続ける。訓練用のシミュレーターなら、もうとっくに捕捉してメガビームをお見舞いしているところだ。けれど、生身の敵は、そう簡単に捉えられてはくれない。敵も必死かどうかは別として回避運動を行っているからだ。その運動は、機械と違ってパターン化もされていない。機械の作りだす動きは、どんなにランダム化されていてもクセがありパターンとして読める。
 生身の敵には、それがない。クセがあるにしろそれを戦闘中に掴むことは、不可能に近かった。微調整を掛けているつもりだけど、後少しというところで敵は、あっさりレチクルから逃れる。
 1対1のさしの勝負・・・誰にも邪魔されることない勝負。自分が、勝ち残るためには、なんとか、撃墜せねばならない。しかし、ことがそれほど簡単ではないことをオーニ曹長は知っていた。なぜなら、敵も同じように勝ち残ろうとしているからだ。
「推力だって30パーセント増しになってるって言うのに・・・」
 オーニ曹長は、思わず愚痴った。
 新しく前線配備の始まったこのジムJ型をしても、容易に眼前の敵は、捕捉しきれない。
 敵の機体性能は、全く変化がないはずなのに、新型ジムをもってしても既に形勢は不利になっている。
 もっと言えば、その敵には、既に僚機、小隊を構成していた2人の新米曹長、ヴィクトル曹長とトールマイヤー曹長を撃破され、ペアのユーベル曹長をも撃破されているのだ。けれど、やられっぱらしではない。オーニ曹長は、この日、2機で攻撃機動に入った敵を1機撃墜しているのだ。
 機体をロールに入れて、メインスラスター全開で30度方向へ吹っ飛ばす。
 ギシッ!
 思わず新型のジムが、悲鳴を上げる。
 スペック上は、問題のない機動だが、安全というわけでもないらしい。けれど、自分がジムに構造限界ぎりぎりの機動を強いていることは、ある種の喝采ものだった。
 途端にほんのコンマ2秒前まで占位していた空間を2条のメガビームが、走り抜ける。
 ロールしながら跳ね飛んだジムのロール運動を止めるやいなやオーニ曹長は、盲撃ちで敵の機体方向にメガビームを3連射した。
 メインモニタの中を3条のメガビームが、走っていく。
 そして、再びメインスラスターを全開にして一気に敵との距離をつめるべく、前方へとジムを突進させた。3連射によって僅かではあるが、間合いを詰める時間を稼ぎ出せたはずだ。例え、どんなに僅かでも間合いは詰めねばならない。
 中距離射撃戦は、敵のパイロットの圧倒的に得意とする戦闘の間合いだからだ。
 だからといって、敵が近接戦闘を不得手とするわけでないことも知ってはいたが、少しでも、敵の有利な点を減らす努力はすべきだった。
 ランダム機動に大胆な推進剤の消費を加えつつオーニ曹長の駆るジムJ型は、これまでのジムとは全く違ったスピードで突進した。
 更に敵からのメガビームが、右側面を走り抜ける!
 左へ回避したい気持ちをぐっと押さえ込み、オーニ曹長は、機体を右へ流した。
「くっ!」
 思わず歯を食いしばる。
 その刹那、ビームが2条駆け抜ける。
 その駆け抜けた空間は、右へのビームに戦慄き、左へ機体を流していたらまさに撃破されたであろう空間だった。
 これが、初めての相手との戦闘だったら、確実にそうしていただろう。そして、自身は戦死のレッテルを貼られていた。
 そう、新米の2人の曹長やペアのユーベル曹長のように。
「中尉にだって、クセはあるはず・・・」
 しかし、せわしなくフットペダルを踏み込んだり解放したり、左右の操縦桿を前へ後ろへと激しく動かしながらでは、そのクセがなんなのかまでには思いが至らない。いや、クセなどないのかもしれない。数えきれないほど模擬空戦をやっているのにまだ、中尉のクセらしいものは何も掴めていなかった。
 回避機動、射撃、制動、ロール、前進!
『ピピピピピ・・・』
 再度捕捉モードにレイチェル中尉を捉えることができた。
 きっと、これが最後のチャンスに違いなかった。
 今迄の戦闘でも、2度以上捕捉モードにまで持ち込めたことなどなかった。大抵は1回捉えることができるかできないかなのだ。
 オーニ曹長は、ターゲット・オンするのを待たずにビームライフルのトリガーを1度だけ絞った。
 ギンッ!
 メガビームが、ライフルの砲口から迸り、中尉の真ピンクの機体に向かう。
 それを流れるようなスームスな機動で中尉は、躱す。その瞬間、中尉の回避方向へオーニ曹長は、必殺のメガビームを3連射送り込んだ。
 ギンッ・・・ギンッギンッ!!
 1発。それに僅かな時間差を開けて連続の2発。
 流れるような回避をしながら反撃射撃を送ってくるはずの中尉の機体は、オーニ曹長の見込みとは裏腹に真上へと跳ね上がっていた。
 いつも通りの中尉の機動なら、その回避機動を継続しながらすぐさまの反撃を行ってくるはずだった。そして、その通りならオーニ曹長の射撃は、中尉のジムを捉えていたはずだった。
 思いもしない跳ね上がりから、中尉は、たった1射、送ってきた。
『ビーッ!』
 途端にジムJ型は、オーニ曹長の意志とは関係なく、機動を停止した。
 撃墜されたのだ。
 
『演習終了、レイチェル中尉、ご苦労様でした、帰艦して下さい。オーニ曹長帰艦せよ。戦闘継続タイム435秒、消費推進剤・・・』
 母艦の『レッド・ジュエル』が、模擬戦闘の結果を、着艦前から伝達してくる。
 母艦の方では、全ての機動を実際の戦闘をモニタしながらトレースしており、模擬戦闘に参加した機体の帰艦を待たずに全ての戦闘訓練結果が弾き出せるようになっているのだ。
 緊張、それも極度の、から解放されたオーニ曹長は、ほうっと深いため息をつく。
 訓練とは言え、実戦さながらの機動をしたことはオーニ曹長のぐっしょりと濡れたアンダーシャツが、物語っていた。
「はぁ・・・、今度もダメだったわ・・・」
 中尉をいつか墜とす・・・その目標は、今日も達成できなかった。
 今日こそは、という気概はあったのに。そのためにどれ程、中尉の戦闘訓練のビデオを見て研究したことか。
 口惜しさに唇を噛むオーニ曹長のジムの真横にいつの間にか中尉のジムが並んでいた。
 中尉のジムのメインカメラがオーニ曹長を覗き込むように動き、中尉のジムは、メインスラスターを全開にして、母艦へと機体を吹っ飛ばした。
 それに遅れまいと、オーニ曹長もメインスラスターを全開にした。
 長く長くメインスラスターを噴射し続ける中尉のジムに対してオーニ曹長のJ型は、十分な推進剤搭載量を誇っているにもかかわらず、あっという間に残量警告のサインがモニタに灯り、追随を残念しなければならなかった。
 オーニ曹長が、推進剤をほとんど消費し尽くしていたのに対し、中尉は、十分な余裕を残していたのだ。それは、微かに中尉を追いつめた戦闘ができたのではないかと思っていたオーニ曹長を愕然とさせるには十分な衝撃だった。
 口惜しさのあまり、オーニ曹長の頬を涙が伝った。
 
「支援小隊を分離したのは誤りよ!」
 レイチェル中尉は、最後に帰艦してきたオーニ曹長が、ブリーフィングルームの空いた椅子に座るのを見届けると言った。「敵が、2機とはいってもボール隊を裸にしたのは間違い!少し腕のいいパイロットなら1機でも4機を引きつけて翻弄することは可能なのよ!」
 レイチェル中尉の後ろのモニタに戦闘の推移を映したフィルムが流れている。
 デジタル処理された戦闘推移の記録は、レイチェル中尉の言う通り、2機の敵役のジムを挟撃しようと分離したボール小隊をクマゾウ准尉のジムが蹴散らすシーンが映し出されていた。
 それに対して、レイチェル中尉の圧倒的な機動の前に4機のジムは、全く援護することもできないでいた。あまつさえ、最初の1機が撃墜されたのは、この時だ。
 ジムの支援無しには、たった4機のボールなどジムカスタムの前では、赤子も同然だった。か細い抵抗を試みた後に、ボール隊は、あっさり全滅しようとしていた。
 ここでいったん映像は、停止した。
「ご覧なさい!ボールは、直接戦闘に曝されたら、こんなへぼパイロットの攻撃でさえ手も足も出ないのよ!」
 レイチェル中尉は、容赦なく、クマゾウ准尉を扱き下ろした。普段から、あまり褒めることはないのだけれど、今日は、撃墜されたからなおさらだった。
 映像の続きが始まる。
 4機目のボールを撃破した瞬間、メガビームがクマゾウ准尉の機体を走り抜けた。もちろん、映像処理されているわけで、実際に走り抜けたわけではないが、この瞬間、クマゾウ准尉は、撃墜判定を受けた。
 オーニ曹長の狙撃が命中した瞬間だった。
 けれど、この時には、2機目の新兵のジムが、レイチェル中尉の餌食になっていた。
 そして、続きの映像では、挟撃をなんとか試みようとしたユーベル機が、あっさり撃墜され、単機戦闘になったオーニ曹長とレイチェル中尉の激しい空間戦闘へと続いた。
 もっとも、その戦闘もオーニ曹長が、コクピットで感じたほど長くは続かなかった。映像で見るかぎりは、ほんの1分足らずの戦闘でしかなかった。
 あれほど狙い澄ました射撃は、自分で思っていたほどには、レイチェル中尉のジムを捉えてはいなかったし、回避運動もぶざまに見えた。
「ユーベル曹長、敵の射程内にあるときに直線機動を行って生き残れるわけがないでしょう!オーニ曹長、あんたは、無駄に推進剤を消費しすぎるの。敵の第2派が出てきたらどうするつもり?ユーベルは、目の前の敵さえ見えてないし、ユリは、目の前の敵しか見えてない!」
 レイチェル中尉の容赦ない叱責がなされる。
 トールマイヤー曹長とヴィクトル曹長の名前が出てこないのは、評価するまでもないということらしい。そういえば、あたしも最初のうちは、全く論評して貰えなかったっけ?と思い出す。
 映像は、何度か繰り返され、何がどう拙かったのかがレイチェル中尉によって的確に指摘されていく。
 1時間あまりのブリーフィングが、終わるころには、オーニ曹長は、すっかりしょげ返っていた。
「各自、自分の機動の反省点と改善点を今日中にリポートして提出すること、解散!」
 
 ブリーフィングルームを出たオーニ曹長は、ノーマルスーツから制服に着替えると真っ直ぐに重力区画にあるシャワールームに向かった。個室にも、簡易シャワーがあったけれど、無重力で浴びるシャワーは、何となく爽快感に欠けるからだ。
 途中、個室によって替えの下着を入れたポーチだけを取ったオーニ曹長は、誰もいないシャワールームにやってきた。
 訓練空域から帰投を始めた『レッド・ジュエル』では、まだほとんどの乗員が勤務についており広々としたシャワールームは、がらんとしていた。
 一気に制服を脱ぐと、汗で湿った下着も脱ぎ捨て、オーニ曹長は、手近なシャワーボックスに入りシャワーの下に立つとレバーを捻って熱いシャワーを頭から浴びた。
「あうっ・・・」
 勢いよく身体に当たる少し熱めのシャワーが、心地よく、嫌なことを忘れさせてくれる。静かなシャワールームに、オーニ曹長の浴びるシャワーの音だけがこだまする。
 その時、シャワールームのドアが、開く気配がした。
(エル曹長かしら?)
 支援小隊として一緒に出たエル曹長が、シャワーを浴びに来たのかとオーニ曹長は、シャワーを頭から浴び続けながら思った。
「あら?もう、浴びてるの。随分とはやいのね?」
 掛けられた声は、エル曹長のものではなかった。
 はっとして、声の方に向き直ってオーニ曹長は、敬礼した。
「ご苦労様です!中尉!」
「よして、こんなところでまで・・・制服を脱いでるときは、同じ女性ということで良いでしょう?」
 口元にささやかな笑顔を浮かべてレイチェル中尉は言った。普段ひいている真っ赤なルージュが落とされていてなんだか中尉を幼く見せている。
「は、ハイ。中尉」
 隠しもしないでゆっくり歩いてくるレイチェル中尉は、同じ女から見ても文句のつけようのないスタイルだった。自分の貧粗なスタイルと較べると、何も言えない。普段は、思うことがないけれど、この時ばかりは日系の血を濃くひいた自分が恨めしかった。
 隣のシャワーボックスに入ったレイチェル中尉も、オーニ曹長と同じようにシャワーを浴び始めた。
 もう少しシャワーを浴びていたかったが、中尉と話すことも見つからず、切り上げようかと思ったとき、レイチェル中尉が声を掛けた。
「・・・育ってきたわね?」
「はい?」
 急に話しかけられてオーニ曹長は、何のことかすぐには理解できなかった。
「あんたの、ぺったんこな胸のことじゃないわよ・・・」
「あうっ・・・」
 良い年をした自分の胸が大きくなるなんて思ったことなく、そんなこと分かってますようといいたかったが、くちごたえはろくな結果じゃないことが分かっていたのでよした。
「パイロットとしてよ!」
「え・・・」
 それは、思いもしないレイチェル中尉の言葉だった。
「もちろん、まだまだよ!でも、すこしは、よくなってきたってこと・・・」
「は、ハイ・・・ありがとうございます・・・」
 シャワーを切り上げようと思ったオーニ曹長だったが、なんだか込み上げてくるものを抑えきれなくってショートカットの髪をそうする必要もないのにごしごしした。
 もっとも、公式な場所で同じ言葉を聞くのは随分後のことになったけれど、この日は、オーニ曹長にとって特別な日になった。

お終い