2008年初旅いい旅ちょっと北のほうへ

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Last updated 2011-05-02

2008年初旅いい旅ちょっと北のほうへ

あけましておめでとうございます。本年もよろしくなのです。
わたくし、基本的に正月は移動せず、部屋にいることが多い。
どこか行こうにも、正月料金で高いのはなんともいえず、もったいないような気がする。IMGP3643.jpg
それに、休みが長いといえども、年越しは基本的に家族とすごすようにここ数年はなっているし、意外と長いようで長くないのが年末年始の休暇なのである。
しかし、今年は、日程の関係で、いつもよりも長く休むことが出来る。
こうなれば、どこか行きたくなるのが人情。
でも、せっかくの休みだからこそ片づけなければいけないもろもろ山積。
とはいえ、部屋でうだうだしていても、いい年にはならない。などなど言い訳。うまい具合にE隊員もお休みだというではないか。
行き先は、山形。第1候補の酒田は、ちょっと遠いので、山形らへんの温泉を探すものの、なかなかこれといった温泉旅館が確保できない。そこで、宮城を検索。よさげな宿を確保。出発準備ができたら、新幹線の予約もとって、いざ出発!
ちなみに、この一連の流れ、出発当日にやらかしているのだ。

仙台で牡蠣を食べ比べ

IMGP3645.jpgこれは、牡蠣を仙台名物(?)の 薩摩揚げ(?)で一度食べてみる 価値ありなのだ。お久しぶりの東北新幹線で東京から1時間半とちょっと。たぶん4年ぶりの仙台である。
IMGP3646.jpgお約束で仙台名物牛タンも 食べてみた。Eさんと合流ののち、夜の仙台へ。とはいえ、まだ、松の内。繁華街に繰り出さず、エキナカのEさんおすすめというお店へ。ここは、南三陸の牡蠣が美味しいらしい。せっかくなので、生牡蠣をセットで注文。食べ比べてみた。確かに味が違う。美味しかったので、牡蠣のにぎりや天ぷらも食してみた。もっともっと食べたかったけど、それはまた次回の口実に。

ついでにいうなら、日本酒も充実していて、いやはや酒がすすむすすむ…。
それにしたってエキナカにこんな素敵なお店をつくるなよなぁ。しかも仙台、さくっと来れてしまう。仕事終わって、20時には着けるな。サッポロ、熊本より確実に行きやすい。危険だ…。

IMGP3651.jpgIMGP3654.jpg酔った勢いもあり、せっかくだから、繁華街のほうへ。
Eさんこれまたおすすめというお店に行ってみると、営業中。嬉しい。路地裏のさらに深淵部という非常にわかりにくい&一見でははいれない雰囲気のお店。割烹着姿の女将さんがカウンターに立っている。最高のムード。これはいい。
本当に素敵すぎだよ、仙台。転勤族が居着く理由もわかる気がする。


白石といえば

今回のテーマは大人の旅。ホテルとスパでだらだらしていたら、仙台の出発がお昼になってしまった。
今宵の宿は、鎌先温泉。最寄りの町、白石でお昼を食べ、城を見ることにする。

といっても、白石に行こうと思って、白石にきたわけではない。たまたま、宿泊地の近くだったからに来ただけである。ついでにいうと、その温泉もたまたま見つけたから行くだけなのだ。なんたるノープランぶり。

IMGP3671.jpg白石に向かう途中で思い出す。そうだ、本場でずんだ食べなかった。そうだ、お昼は、ずんだらーめんもいいなぁ。って、それは岩手方向。真逆だ。

白石で知っているのは、うーめんのみ。とにかくよくわからないので、とりあえず駅へ。
観光案内所があったので、お店など教えてもらう。ちょっとなまりがある女性、とても親切、なんだかなごむ。

その観光案内所で教えてもらったのだが、白石うーめんとは、そうめんとは違って、油を使わず(そもそもそうめんの作り方がよくわかってないわたし)塩水と小麦粉だけでつくる麺なのだそうだ。だから、とても健康的なのだそうである。
漢字で書くと「温麺」ということからもわかるとおり、もともとはあたたかいおつゆでいただくものだったのだが、最近では、こしをだして、冷たくしてもたべるのだそうだ。

食べてみると、細い食感はそうめんと同じなのだが、短いのが印象的なめんである。
地元では、結婚式とかでも特産品だからだすのかなぁ、などと話しをしていて気がつく。細く短く…。だめじゃん!

白石城

IMGP3678.jpg足軽まんじゅうなんていうものがある。なにも足軽をまんじゅうにしなくても…と、一行、なんて遠慮深い町なんだと思う。でも、これ、あとから調べたら、名物だったんですね。

思わず「ホワイトストーンズ」とつぶやいてしまう白石。それは、札幌市白石区。とはいえ、宮城の白石から移住したひとたちが開拓した場所が、現在の白石区なので、まったく無関係ではない。
戦国時代、白石は伊達氏の支配下にあったが、豊臣秀吉により会津若松城とともに蒲生氏の支配になった。その後、上杉領になり、関ヶ原の合戦直前に伊達政宗が攻略し再び伊達領となった。

白石城と城下町を整備したのが、家臣片倉小十郎である(片倉家代々当主の通称が片倉小十郎)。今、町のあちらこちらに片倉小十郎の名前がたなびいている。ゲームに登場したとかで、人気でたらしい。

片倉氏の居城白石城は、別名益岡城ともよばれ、一国一城令がだされたあとも仙台藩は青葉城と共に使用が許され、役割を担っていた。
そして、明治維新、奥羽越列藩同盟が白石城で結ばれ、明治政府に会津藩と庄内藩を許すように求めたものの、結局、戊辰戦争において仙台藩は降伏することとなる。領土を失った片倉家は、北海道、現在の白石区と室蘭(登別)に移住することになるのである。
この時、城は売り払われたため、現存していない。門などは、市内の寺に売却され、現存している。

現在ある三階櫓(天守閣)は、平成に入り再現されたもの。そんなに大きくはない。
バブルが崩壊するかしないかくらいの時期だと思うのだが、今では無理だと思えるくらい、贅沢に再現された城である。しかし、ここに重要な時代があったということを思い起こさせてくれる。
次回は、立体ハイビジョン・シアターをみて、歴史を学びたいものである。