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2007年 九州西側縦断の旅
鹿児島再び
今から2年前、同じく9月。
そもそもは、国産旅客機YS11に乗ってみたい、というところから旅が始まった。
国内での退役を間近にひかえたYS11は、就航路線が限られており、一番多く使われていたのが、鹿児島からの離島便だった。
とくれば、屋久島に行くしかない。
わたしは、鹿児島に向かった。
しかし、折からの台風接近。鹿児島には問題なく到着できたものの、その後、台風は鹿児島へ。
レンタカーは、風に前からあおられ、道路には流し台までとばされてきているような状況。
お目当ての砂湯に行くことはかなわず。
そして、夕方から市内交通はストップ。翌朝、ホテル前の道路は冠水。当然、屋久島へ向かう高速船は休航。鹿児島市内での滞在延長を余儀なくされる。
悪いことは続くもので、ホテルで熱がでる始末。
翌日、なんとか屋久島に向かえたものの、台風の被害はひどく、お目当ての海中露天風呂は石だらけで入浴不可。
それでも、なかば意地になって縄文杉を見に登山。
最終目的のYS11にも乗ることができたことは、よかったよかった。
あれから、2年。
今年の春、ANAのCMで柴咲コウねえさんが、遠い目をしていた。
今年の夏、なにげに見たJR九州のサイトで、コニタンのスイッチが入っていた。
鹿児島リベンジ。いざ、出発!
まずは長崎空港へ
朝の都営線〜京急羽田空港という接続は、実によくない。と、つくづく思う。
今回も余裕があったようにみえて、着いてみたら意外とぎりぎりの時間だった。
しかも、航空券はもっていない。どうも、マイレージクラブのカードで手続をとれるようだが、送られてきた書類のどこに説明があるのか、よくわからない。
いつのまにか、羽田では預け入れ手荷物の事前検査がなくなったようで、直接カウンターに持ち込む形になっている。のんびりやっていたら、ほんとうに最終案内の時間になってしまった。しかもバス搭乗。
案内のおねえさんが、「大島行きのかたは乗っていませんか?」と声をかけている。
伊豆大島行こうとして長崎は素敵だな。長崎行こうとして奄美大島でもいいぞ。でも、長崎行こうとして伊豆大島はいやだ。東京からでていないじゃないか。
長崎行きは、バス搭乗とはいえ(←バス搭乗は人気のない空港にいくもんだと思っている)人気路線らしく、ボーイング747のジャンボジェットである。
しかも、機内にはバーカウンターがある。そう、国際線用の機材である。勤務先の長崎営業担当にきいたら、長崎線のANAは、国際線用が使われているそうで、運がよいとビジネスクラスに座れるらしい。
本当は、スカイネットアジア航空のコードシェア便に乗りたかったのだが、満席だった。トラブル続きだし、737かもしれないし、まあ、それはまたいつか。
空が青い
離陸したら眠ろうと思っていたのに、窓の外を見ていたら、あまりにもくっきりと見える。地上が。
うちは、このあたりだなぁ、とか、GoogleMapよりもきれいにわかる。
神奈川県内の川や湖は、先日の台風の影響でにごっていたが、ほどなく青く光る湖が見えてきた。それは山中湖だったのだが、地図とは逆に南を上に見ているので、すぐにわからなかった。その上で、たちあがっているのが、富士山だ。雪がないこともあるのだろうが、上から見てしまうと、あまり威厳がない。
こんな調子で、やれ琵琶湖だ、瀬戸内海だ、四国だとかぶりつき状態。飛行機にのることがめずらしいのではなく、こんなに視界が通っていることがはじめてなのだ。
それと、飛んでいる飛行機を上から見たのは、はじめてかもしれない。
やがて福岡の上空にさしかかると、飛行機は着陸態勢に入る。
有明海が見えてくる。あれが、ギロチンとよばれる干拓事業の水門か。
そして、大きく旋回すると海がどんどん近づいてくる。まるで海の中に飛び込むようなこわさを感じながら、長崎空港に着陸。そう、長崎空港は世界初の海上空港なのだ。
ずっと窓にかぶりついて写真を撮りつづけていたら、降りるときに「いい写真とれましたか?」ってアテンダントさんに声をかけられてしまった。
いやいや、お恥ずかしい限り。写真は、こんなもんです。
九州、移動開始
羽田での離陸待ち、そして、着陸した長崎空港でもなぜか誘導路でしばし待機。
はじめから、押し気味。予定変更か?と思っていたのに、なぜか諫早駅にバスがついたとき、
予定通りだった。
あれれ?
時刻表、見間違えたかな?
まあ、旅なんだもん。
という余裕が、どうもつかめていない。
本当なら、諫早で向かうべきは、さっき上空から見たあの水門なのである。あの干拓事業が、実際どんなものだったのか、この目で確かめておきたい。このからだで、有明海のすごさを感じてみたい。
だけれど、一人旅では、どうにもいき難いところなのだ。だれかいっしょに行きませんか?
で、諫早からは島原鉄道で島原半島を南下する。
島鉄は、島原半島を半周するように海沿いを諫早から加津佐を結ぶ。しかし、来年4月、島原外港~加津佐の廃止が予定されている。雲仙普賢岳による災害の影響によるところが大きいようだ。
バス代行になるのだろうが、バスは段差の大きい古い型が多く、お年寄りには乗り降りがしにくい。それが遅れの原因にもなっている。また、同じ会社なのに接続が考えられておらず、バスが遅れたせいで、鉄道に乗り損ね2時間も待つはめに。これじゃ、鉄道乗らないって。
トロッコ列車
このトロッコ列車、雲仙普賢岳の災害を語り継いでいくという性格がある。
走行区間の大半が、雲仙普賢岳の噴火に伴う土石流や火砕流による被害をうけた場所である。だから、ローカル線とは思えないくらい立派な高架区間をがたごとと列車は走っていく。この新しさから、鉄道に対する思いが伝わってくる。
また、車内は一見楽しく飾り付けれられているものの、テーブルや広告欄に、当時の被害状況を伝える写真がはられている。実際、風をうけながら、水無川の土石流対策のものものしさ、集落や線路の新しさ、
それを解説をききながら実感することになる。
あのときの映像は、今でも思い出す。
天災を防ぐことはできなくても、被害を最小限におさえることは、できるだろうし、なにより記憶を風化させない、ということがその基本にあるだろう、と思う。
ところが、災害復旧からおよそ10年。この区間は、廃止が予定されている。トロッコは、観光列車として運転できる、かもしれない。だが、復旧のシンボルともいえる鉄道がなくなったとき、伝える思いが弱まってしまうのは、否定できないだろう。
単にもったいない、という以上の意味を感じることは、思いすぎだろうか。
島原は歴史の町 小浜はあつい町
ジャングルみたいな喫茶店で汗だくでちゃんぽん☆
美味しいけど不思議!
島原は、病院の看板もなんだか歴史のかおりが漂っているのだ。
小浜は、温泉とちゃんぽんの町。
でも、ちゃんぽん屋は、リンガーくらい。喫茶店や寿司屋なんかにオリジナルのちゃんぽんがある。


2へつづく