『さくらとお菓子な出会い』

ぽち作

         
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「あっ、また、ないっ!」
さくらは、冷蔵庫の中を見て、叫んだ。
「どうした」
「どうなさいました?」
小狼と知世が、さくらの叫ぶ声を聞いて、リビングから飛び出してくる。
「お父さんが、作ってくれた、ゼリーがなくなっちゃたの。お茶と一緒に出そうと思っていたのに」
さくらの目が涙で潤みかけている。昨夜、忙しい藤隆に無理をいって、頼んだものだったからだ。
そんなさくらの様子に、涙が苦手な小狼はあわてて、話をそらす。
「でも、またって、いってなかったか?」
「そうなんだよ」
さくらは、急いで眼をこすると、二人をリビングに連れて行った。
「今日、小狼くんと知世ちゃんに来てもらったのは、そのことを相談したかったの」
そこで、最近、木之本家で起こるお菓子消失事件についてさくらは、話し出した。
「甘いものばかり無くなるなんて、ケロちゃんのようですわね」
「なんて、いってるんだ、あいつは」
「うん。もちろん、ケロちゃんにも訊いたよ。でも、『ぜぇったい、じぶんやない!さくらが、いいっていわんもんは、食べたりせえへん』って」
「そうか」
小狼は腕組みをして考え込んでいる。
「このあたりでは、さくらちゃんのところだけですの?」
知世が訊ねた。
「うん。うちのお菓子だけ、消えちゃうの」
「昼間、起こるのか?」と、小狼。
「そうだよ。みんなが、学校に行って、誰も居ない時」
「ケルベロスは、何をしているんだ」
小狼は、思い出したように言った。誰もいないことにはなっているが、いつも、二階では、ケルベロスが、ゲームをしているはずだ。
「ケロちゃんが、お留守番なら、誰も入ってこられないと思いますが」
 知世も気が付いて、そういう。
 ここで、さくらは深いため息をついた。
「そうなの。二三日つづけてなくなった時があってね、ケロちゃんにちゃんとお留守番してて、って頼んだの。ところがね・・・」
 さくらが言うには、確かにケルベロスは、リビングで留守番をしていた。時々、家の中を飛んで、誰かが覗いたり、入ったりしていないか、調べていたらしい。しかし。ちょっとした隙にテーブルの上の自分のおやつがなくなったものだから、ものすごく怒ったらしい。
「それから、ケロちゃん、いつもより、いっぱい、いっぱい、お菓子食べたんだから」
 さくらは、その時のことを思い出し、さらに大きなため息をついた。

 

「これは、事件ですわ」
突然、すっくと知世が立ち上がった。
「ご町内の平和を守る、カードキャプターの出番ですわね」
「ほえ?ちょっと待って、知世ちゃん。ご町内っていっても、家だけなんだよ」
 しかし、撮影モードに入っている知世には、聞こえていないようである。
「久しぶりの撮影チャンス!見逃せませんわ」
と、言うなりさっさと、自宅に電話をかける。
「知世ちゃん、また、お洋服・・・」
 恐る恐る訊ねるさくらに、満面の笑みで答える知世。
「いますぐ、届けていただきます。少し、お待ちくださいね、さくらちゃん」
 小狼はやれやれという表情で二人を見ている。
「昼間だけで、夜にはそういうことはないんだな」
「そうなの」
 さくらが、心配そうな顔で自分を覗き込むので、小狼の顔はどうしても赤くなる。
「大丈夫だ。方法はある」
「ほんとう!?」
「ああ」
さくらに見つめられ、小狼は、眼をそらした。
「やはり、ここは、罠を仕掛けるわけですわね」
 いつのまにか、電話し終わった知世が、二人の背後に立っていた。驚く二人に構わず、話を続ける。
「甘いものなら、なんでもいいのでしょうか?」
さくらは、ちょっと考えてから言った。
「うん、甘いものは全部なくなっちゃうの。でも・・・」
「でも・・・なんだ?」
「洋菓子より和菓子の方が多く取られた気がする」
「そうなのか」
 小狼はあごに手をあて、考える。
「うん。お父さんが作ったお菓子は全部無くなるんだけど、頂物とかは、水羊羹やういろうとかのほうが、減ってると思う。缶の中のクッキーが残っていたことが、あったもの」
「ということは。ここは、李くんの出番ですわね」
「えっ?なんで、おれが」
「李くんお得意の点心ですわ」
「ええーっ!!」
 知世の意見に仲良くハモるふたりだった。

 

 結局、知世の提案通り、罠として小狼の桃饅頭が選ばれた。
「これ、ほんまに小僧が作ったんかぁ?うますぎるやないか。正月にさくらのお土産が小僧作としっとたら・・・」
 小狼の脇で味見しながら、ケルベロスが言う。
「食べなくていいんだぞ。おまえのために作ったんじゃないからな」
 小狼は、蒸しあがった桃饅頭を、ケルベロスの魔手から避ける。
「いいや、食べたる。くそう、犯人におうたら、ぜぇったい、この前の仕返しをするんや!」
 力の入ったケルベロスをみて、さくらは知世にささやいた。
「ケロちゃんったら、食い意地が張ってる・・・」
「食べ物の恨みはおそろしいといいますし・・・」
 時計は、午後4時を少し回ったところだった。一同は、リビングに桃饅頭を置いて、さくらの部屋へいったん引き上げた。それから、そうっとリビングへ戻っていく。
「鍵はかかっているんだろう?」
「うん、一階は。でも、二階はときどき少しだけ窓を開けていたりする・・・」
 小狼の問いに、さくらは、ささやくように答える。
 その時。二階の藤隆の部屋から、コトリという音がした。すかさず、ケルベロスは、二階へ上がっていく。
「さくらは、ここに居ろ」
 小狼が、そういい残し、ケルベロスの後ろに続く。
「知世ちゃん、どうしよう・・・」
 心細くなって、さくらが知世にささやく。
「大丈夫ですわ、さくらちゃん。探偵さんのお洋服もばっちり決まっていますし」
「ほえぇぇ」
 そう。すでに、さくらは、知世謹製探偵ルックのコスチュームを身にまとっていたのだ。
「探偵さんは、目立ってはいけませんので、色が地味ですが、その分、デザインに凝りましたの。とてもお似合いですわ」
 確かに、色はグレーを基調とした、モノトーンなのだが、黒のブラウスは、総レース、ダブルのジャケットに、たっぷりとタックをとったパンツ、なぜかマントまでついている。
「ほえ・・・これって、探偵というより怪盗かも・・・」
「おい、来るぞ」
 二階から階段を下りてきた小狼がさくらに告げた。
「姿は見えないが、なにか、小さな猫のような生き物らしい」
「ケロちゃんは?」
「それが、さっきから呼んでも返事がないんだ」
 そう小狼がいった時。二階からケルベロスの叫ぶ声が聞こえた。
「お、おまえーっ!!」
 凄まじい勢いで何かが上から落ちてくる。
「あぶない!」
 小狼は、咄嗟にさくらをかばい、身を投げ出す。
「早く、カードを」
「でも、何を使えばいいの?」
 さくらは、予想もしない事の成り行きに、不安で考えられない。
 そうこうするうちに、黒い物体は弾丸のような速さで、リビングのテーブルめがけ、すっ飛んでいった。その後をケルベロスが、フラフラしながらやってくる。
「さくら・・・あれは・・・」
 そこまで言うと、さくらの手の中に倒れこんでしまった。
「ケロちゃん!!だいじょうぶ!?」
 ケルベロスを抱きかかえ、リビングに駆け込んださくらが見たものは・・・

テーブルの上で桃饅頭をほお張るスピネルの後姿だった。

「どうして?どうして、スピネルさんが?」
 あっけにとられたのは、さくらばかりではない。小狼も知世も呆然と立ち尽くしている。
「わからん・・・わいかて、驚いて頭を柱にぶつけたんや・・・」
 気が付いたケルベロスは、さくらを見上げ、弱々しく言う。
 周りの騒音を物ともせず、スピネルは、テーブルの上の桃饅頭を食べ尽くすと、赤面した顔をくるりとさくらたちのほうへ向けた。

「もっと、たべた〜いぃ」


「ご迷惑をおかけしました」
 エリオルが、深々と頭を下げる。
「ほんと、スッピーったら」
奈久留があきれた調子で言う。当のスピネルは、酔っ払って、なぜか小狼の腕の中でゴロゴロしている。
「でも、どうして?どうして、スピネルさんが家のお菓子を食べちゃったの?」
 さくらの問いは、小狼も知世もケルベロスも、知りたいことだった。

 事の発端は、奈久留のひと言。
「スッピー、甘いもの克服しないうちは、ケロと一緒よ」
 ケルベロスと同じといわれ、動揺しないはずがない。そこへ、悪魔のひと言。
「だ・か・ら。甘いものたくさん食べて、抵抗力をつけるのよ」
 普通なら、『えっ?』と思うはずだが、『ケロと一緒』という言葉に混乱状態のスピネルには、それで十分だった。
 それから、エリオルの目を盗んでのスピネルの特訓が始まった。
 ところが、スッピーは、エリオルの作ったお菓子をすぐ食べ終えてしまう。酔ったスピネルの食欲は、とどまるところを知らない。そこで、一計を案じ、奈久留が助言したのが、そもそもの原因である。
「さくらちゃんの家なら、ケルベロスが食べたと思われて、大丈夫じゃない?」
と、いうわけで、スピネルは、さくらの家に入り込んでは、お菓子食べまくりの生活を送っていたのだ。
「それでぇ、リハビリできんかったんやな!」
 怒りを底に秘め、ケルベロスが言う。
「うーん、ちょっとは強くなったみたいなんだけど・・・」
 酔ったスピネルに代わり、奈久留が、答える。 
「つようなっても、リハビリできんかったんやな」
 ケルベロスの声は、段々低くなっていく。
「ケロちゃん、おこってるよぅ」
 さくらは、心配になり、あわててカードを取り出した。
「封印解除!我にたくさんのお菓子を授けよ『スウィート!』」
 『スィート』のカードの精が現れ、さくらたちの周りにお菓子を積み上げていく。一瞬、ケルベロスはさくらを見た。が、次の瞬間にはお菓子の山に入り込んで、その食べる音だけが辺りに響いた。

「ふうーっ」
 全員がため息をついた。とりあえず、ケルベロスはお菓子さえあれば、機嫌がよくなるはずだ。
 さくらは、食べまくるケルベロスをそこに残し、キッチンへみんなを導いた。
「やっぱり、奈久留が扇動していたのか」
 エリオルが冷めた目で奈久留を見る。そーっと後ずさりしていた彼女は照れたような笑いを浮かべた。
「退屈だったんだもの。エリオルも面白かったでしょ?」
 エリオルはつと、眼鏡を押えて頭を振った。
「私はこういうことは、好ましく思ったことは、ない。帰ったら、しっかり反省していただくよ」
 奈久留の顔がサーッと青ざめた。
「ところで、李くん。君さえよかったら、しばらくスピネルを預かって欲しいのですが」
「えっ?なんで・・・いや、どうして、俺が?」
「こんなこともありましたし」
 エリオルは、脇で小さくなっている奈久留をチラっと見て、また、視線を小狼の上に戻す。
「君が、まだまだ修行を積むのであれば、博識のスピネルは、よい相手になると思ったのですが」
 小狼は、腕の中で心地よさそうに眠っているスピネルを見た。黒い毛並みが、ツヤツヤと光っている。小さくて暖かいものを抱いているのは、久しぶりだった。
「けれど、嫌がるかもしれないだろ?」
「スピネルのことですか?彼なら大丈夫ですよ。そんなにリラックスしているくらいですから」
 確かに小狼の腕の中のスピネルに、緊張している様子は、全くない。
「さみしくならないの?エリオルくん」
 さくらが、そう問いかけると、エリオルは、微かに笑って言った。
「私にはルビー・ムーンもいます。それに、しばらくの間だけですから、ご心配には、およびません」
「そしたら、ケロちゃん、喜ぶね。スピネルさんと仲良しなんでしょ?」
「そうですね」
 そういって、エリオルは、クスリと笑った。他にも微笑んでいる人がいる。その人は、さっから片時も休まずビデオの撮影をしている。

 話が決まって、小狼はしばらくスピネルと暮らすことになった。とりあえず、今日はエリオルと共に帰ったが、明日にもやってくるらしい。
「私にケロちゃんがいるのと、同じになるね、小狼くん」
「あ、ああ」
 さくらに微笑んで言われると、やはり照れてしまう。満腹になったケルベロスは、早々二階へ上がってしまった。さくらたちは、リビングを片づけた後、もう一度お茶を飲んでいた。
「今日は、お父さんもお兄ちゃんも遅いから、よかったよ」
「そうですわね。でも、お夕飯の支度は如何なされます?さくらちゃん」
「あっ」
 さくらは、一日の疲れがどっと出た気分だった。
「ほえぇ、何も考えていなかったよ」
 知世は、ぐったりテーブルの上に伸びているさくらを見て、にっこりした。
「では、こう致しましょう。これから、私が買い物をして参りますから、李くん、必要なものを挙げてください」
「えっ?」
「ええ。李くんもお一人なのですから、一緒に作って、分ければいいと思ったのですけど」
「えっ?小狼くんのお料理?食べてみたい!」
 さくらは、先ほどの疲れもどこへやら、元気を取り戻し、小狼の方へ身を乗り出している。いきなり、話を振られた小狼は、たまったものではない。さくらは、期待に満ちた眼差しだし、知世は、微笑んで見ているだけで救ってくれる様子はない。一瞬、言葉に詰まり、「ふぅ」と、ため息が出る。この二人にかなうはずがないのだった。

 小狼は、さくらの了解を得て、冷蔵庫を覗くと、足りない材料をメモに書き出していく。それを受け取った知世は、黒服美女軍団とともに、買い物に出かけた。
 さくらは、小狼とともに、食器の片付けをし、下ごしらえの準備にかかる。テキパキと動く小狼の姿はちょっとおにいちゃんに似ているなぁ、と、さくらは、つい、思ってしまう。
 いつか、こんな風に、小狼くんといっしょにずっといられる日が来るのかな?
 ぼんやり、考えていたから、棚にしまおうとしていた皿を床に落としてしまった。
「大丈夫か?」
「あ、だいじょうぶ、どこも、切ったりしてないよ。でも、お皿・・・」
 割れた皿を拾おうとすると、小狼がさくらの手を取った。
「ここから、血が滲んでいるぞ。片付けるから、手当てした方がいい」
 さくらの左手の小指から、いつのまに切ったのか、確かに血が滲んでいた。言われるまま、さくらは、救急箱を取りに行った。本当に小狼くんは、優しい。疲れた一日だったのに、一緒に夕飯も作ってくれて自分のことをいつも見守っていてくれる。私は、小狼くんの何かになっているのかな?なんだか、うれしいような切ない気分を抱えて、キッチンに戻る。
 そんなさくらの気持ちに気づくはずもなく、小狼は、さくらの顔を見て、不思議そうに言った。
「疲れているのか?後は、やっておくから、休んでいてもいいんだぞ?」
「え?なんでもないよ。元気だよ。ただ・・・」
「ただ?」
 さくらは、小狼のほうへ一歩踏み出すと、彼の目を覗き込むように言った。
「小狼くんは、いつも私に優しくしてくれるよね?私、お礼を言いたいけど、うまく伝えられないの。私ができること、なんでもするから、困った時は言ってね?私、小狼くんみたいに、家事が上手なわけでも、魔法を沢山知っているわけでもないんだけど。小狼くんの役に立ちたいの!」
 思いがけない言葉に小狼は、返事に困った。さくらがいるからこそ、俺も生きていけるのだ、とは、正面切っては言えない。しかし、こんなに切なげな顔で見つめられたら・・・。
「小狼くん・・・」
「ええっと・・・」
 一瞬、目を逸らした瞬間、さくらが、小狼の胸に飛び込んでくる。
「小狼くん、大好き!」
 あっという間に顔が紅潮するのがわかる。金縛りにあったように、身体の自由がきかない。手に持っていた玉葱が、床に転がっていった。
「やっぱり、小狼くんが私の一番なんだね。だから、優しくしてもらうと、ちょっとだけ切なくなるのかも」
 その言葉は、小狼の胸にストンと落ちていった。自分が感じていた切なさをさくらも知っていたのだ。
 小狼の金縛りが解け、さくらの肩に手をかける。
「さく・・・」
「まあぁぁぁ!!」
 小狼の言葉は、悲鳴にかき消された。買い物から戻った知世が、キッチンの入り口に立っている。
「絶好のシーンを撮りそびれてしまいましたわ!今日一番のハイライトでしたのに。私がお店で悩まなければ、もう少し早く帰れましたのに・・・」
「と、知世ちゃん・・・」
 慌てて離れる二人を見て、知世は、そっと呟く。少しは恋人同士になってきたようですわ。

 

[END]

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ひと言

これは、『小狼誕生祭』のときに、読んだお話を元に考えました。
スピネルが小狼と一緒に住んでいて、プレゼントを探してくるお話です。
で、何故、一緒に住むようになったかを私なりに考えたのが、上のお話です。
とりあえず、ノリだけで考えたパラレルものですので、深い突っ込みは要りませんぞ(笑)

読んでくださって、有難うございます。

 *『小狼誕生祭』我流彩彩のかなこさんが、小狼くんの誕生日にあわせて企画したものです。現在は、『小狼招來!』となっております。

   

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