レイモンド・チャンドラーのこと


1888年アメリカ中西部シカゴに生まれる。8才の時に両親は離婚し、母親に伴われイギリスに渡る。23才でアメリカに帰国。44才まで、石油事業の会社に勤めて、一時は8つの会社の役員、3つの会社の社長だった。33才の時、18才年上の人妻シシーと恋愛し、結婚。探偵小説を書き始めたのは、石油会社を辞めてからである。

ハードボイルド派探偵小説。ロサンジェルスの私立探偵フィリップ・マーロウ。この洗練された会話を好む探偵の名前が、日本で広く受け入れられたのは、次の二人の功績ではないか。

一人は訳者の清水俊二。彼の硬質な『私』調の文章は、チャンドラーの*「単調で乾いた、堅くてそれでいてしなやかな、美しい文体」にふさわしいものだった。

もう一人は批評家 丸谷才一。彼の見事な文章とその引用は、たちまちフィリップ・マーロウの名声を確立した。以下はその文章である。

*「ここには、タフな行動人と瀟洒なサロンの社交人とを一身に兼ね備えた男がいる。事実、マーロウは、『あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなに優しくなれるの?』と女に訊ねられたとき、こう答えるのである。

『しっかりしていなかったら、生きていられない。優しくなれなかったら、生きている資格がない』

この箴言には、ラ・ロシュフーコーのような苦さはないだろう。また、ニーチェのような厳しさもないだろう。しかし、独特の、甘美で爽やかな味わいがある。」

*『深夜の散歩』ハヤカワ文庫より


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