最後の将軍



司馬遼太郎の歴史小説を読むことで、自分にとって日本史が随分と身近になった気がする。もっとも、日本史という言葉は大袈裟で、自分の好みは、司馬遼太郎の力作が多く描かれている戦国時代、幕末に偏っている。

また、これまで自分がほとんど関心のなかった、あるいはもっと言えば嫌いな人物が、魅力ある人物に思えてきた事実もある。例えば、「国盗物語」の明智光秀、「関ヶ原」の石田光成。そして特に興味を惹かれた人物は、「最後の将軍」の徳川慶喜だった。

江戸幕府十五代将軍 徳川慶喜は、歴代将軍のなかでも、最も多芸多才な教養人であり、かつ、権謀家としての資質を持った最強の論客だった。慶喜の将軍としての在任期間はわずか2年たらずであったが、その2年は、諸外国からの圧力、幕府と倒幕派との戦い、大政奉還、明治維新という日本史の激動の時期でもあった。

慶喜は、「家康以来の才物」と、敵味方から恐れと期待を一身に受けながら、抗し難い時勢の流れに、みずからの礎であった幕府を葬り、維新以後は永久に歴史から姿を消し去った。

この人物の個性・才能を惜しむ悲劇性もあるのだろうが、名人芸のような引き際の良さにも感嘆する。そして何より慶喜が、今の日本とはまるで違った独自性のある成熟した文化であった江戸時代の一つの象徴であった武士(その武士の君主である将軍)の最後の人であったということが、どうしようもなく、私を魅了するのだろう。

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