竹下 夢二



竹久夢二の絵を見ていると、何とはなしに、いつも谷崎潤一郎の処女作「刺青」の冒頭を思い出す。こんな文章だ。
            おろか
「それはまだ人々が『愚』と云う貴い徳を持っていて、世の中が今のように
                               のどか
激しく軋み合わない時分であった。殿様や若旦那の長閑な顔が曇らぬように、御殿女中や華魁の笑いの種が尽きぬようにと、饒舌を売るお茶坊主だの幇間だのと云う職業が、立派に存在して行けた程、世間がのんびりしていた時分であった」

『愚』と云う貴い徳も、長閑な顔も、すっかり無くしてしまったような今の日本。それ故に竹久夢二の絵は、これからもある種の憧れに似た思いで人々に愛されつづけるであろう。

鈴木清順(映画監督)に「夢二」という作品がある。夢二の女性への憧憬を妻たまきや恋人彦乃らを交えながら、金沢を舞台に描く美しい作品。この映画を見た後、金沢に無性に行きたくなってしまった。(昨年、旅しましたが、良い街です)


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