本当のマサラッキ







1999年5月23日、中京競馬場で行われた
春のスプリント王決定戦・高松宮記念。
この年の出走馬には、フランスGT馬シーキングザパール(第6章参照)、
桜花賞馬キョウエイマーチ、
前年の覇者・シンコウフォレストなど、短距離の強豪がいつになく
揃ったレースだった。
しかし、勝ったのは7歳馬・マサラッキだった。
通算24戦目にしての快挙…まさに「川」のように
長い道のりだった…。

7歳にして栄光に輝いたマサラッキだが、これまで
彼が歩んできた道は、決して恵まれたものでは
なかった。

重賞戦線では堅実な成績を収めるも、勝ち身が遅く、
なかなか重賞を勝てなかった。
重賞では前評判ではかなり人気を集めるも、
「勝つ」というところまではいかなかった。
重賞を勝てないおかげで、本賞金が足りず、
除外されたこともしばしばあった。
ようやくの重賞初勝利は、97年7月13日の
函館スプリントS(GV)。
通算12戦目の悲願だった。
しかし、その後もマサラッキは、たまに重賞を
勝ったりはするが、善戦止まりのことも多く、
そしてGTでは「やっぱり役不足か」といった感じ
の成績ばかりだった…。

やはりこの馬がGTを勝つには、何かが足りないのか?
そして気が付いてみれば、マサラッキは7歳になっていた。

昔だったらGTでの勝利も期待されていたが、もうGTを
勝つのは無理だろう。
誰もがそう思った。

しかし、彼は7歳にして奮起した。
名だたる強豪を向こうにまわして、高松宮記念を見事に勝った。
これまで「スプリント戦線の名脇役」といわれた馬が、
見事に「主役」を射止めた瞬間だった…。

ここまでたどり着くまで、本当に長かった。
まさに「River」のような競走馬生活だった。

幼き瞳には 囲まれた世界が
取り止めもない広さに 見えていたねいつも

高いフェンス越しに 眺めたあの川も
今はもう背伸びせずに 見つめられるけれど

若い頃のマサラッキにとって、GTの舞台は、
本当に背伸びしないと出られない場所だった。
取り止めもない広さを感じた場所だった。
本賞金も足りなくて、出られる保証もなく、
出られたとしても、見せ場なく負けることの繰り返し
だった…。

しかし、彼は「River」のような長い道のりを
粘り強く歩き続け、ついにGT勝利という栄光に輝いた。
流れてゆく 時の魔法は 計り知れない 自分を映して
風に吹かれ 闇を乗り越え 生まれた意味を 問いかけるように

I’m standing on the riverside

悲願のGT勝利、まさに「風に吹かれ 闇を乗り越え」た瞬間だった。
彼はこの瞬間、これまでの競走馬生活をどのように考えたのか?
本当にこれまで長かった…そう思ったのだろうか…。

 
振り向けば 夢は消え去り 先を見れば答えず
今がどんなに重いものかも 気づかずに ただ 漂う
flows to the river
彼が善戦しても勝てなかったころ、この歌詞のような
心境だったのかもしれない。

夢をつかみかけても、あと一歩のところで消え去る。
このまま「善戦マン」として流されるままの競走馬生活を
おくるのか、とも考えたのかもしれない。

霞んで行く 失くした夢は たどる明日を 示す為のもの
長く続く  道を旅して  生まれた訳を 問いただすように
しかし、彼は「霞みかけた夢」をつかみとった。
本当に長い長い旅のようなものだった…。

だが、この瞬間から、マサラッキの新たな旅が始まった。
これからは「王者」として、挑戦を受ける立場である。
これからもマサラッキの「River」は続いてゆく…。


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