キシリア隷下の宇宙機動軍・・・


 ジオン公国軍の作り上げてきた軍隊は、紛れもなく短期決戦向けの軍隊だった。したがって、1年戦争と呼ばれる戦争が、長期化へ向けて転回点を迎えた時点でジオンにとっての勝利の女神が(通常の手段を用いるならば)失われることになったのは、衆知の事実である。

 では、ジオン公国軍の2つの主力(※1)のうちの一方、宇宙機動軍とはどのようなものだったのだろうか?

 宇宙機動軍の成り立ちであるが、もちろん、最初からキシリアが総司令官を務めていたわけではない。設立当初の宇宙機動軍は、宇宙移民の独立を志す本職の軍人によって編成された。そして、その設立当初の仮想敵は、武力で鎮圧を実施するかもしれない連邦宇宙軍だった。これに対抗しうる初期の装備は、サイド3に駐留していてそのままジオンに接収された地球連邦軍の艦艇であった。その後、実権が、デギンに移るとともにサイド3の住民の生活に著しい圧迫を強要しながら徐々に、自前の戦力(※2)を増強していったジオン公国だったが、その戦力の中心は、あくまで宇宙での短期決戦を念頭に置いたものでしかなかった。しかし、肥大化し官僚化した連邦政府が、サイド3に対する有効な政策を決定できない間に急ピッチで進められた兵力の大増産とともにジオンは、より大規模な連邦政府との戦争を意識するようになっていった。そうした過程から必要に迫られたいくつかの戦争シミュレート(※3)の検討結果、ジオン軍参謀本部は、短期決戦で終わらせる可能性を見いだすと同時に、現実問題として短期決戦で終わらない可能性をより真剣に検討せざるをえなかった。そうした場合、地球降下作戦は必須であり、そのための軍隊として宇宙機動軍の整備を進めることになった。

 そして、ようやくまともな艦隊戦闘が可能なムサイ級巡洋艦(※4)の実用化と時を同じくして宇宙機動軍を誕生させ、その総司令官にジオンでもエリートと目される参謀とともにキシリアを戴いた。総司令官を女性であるキシリアにしたことは、連邦軍の嘲笑を買うことになったが、それは、ジオンにとってはもっけの幸いだった。おおかたの連邦軍首脳は、宇宙機動軍をお飾りとしてしか評価しなかったからだ。それを半ば利用するかたちでジオン公国軍は、宇宙機動軍を第7師団を中心とするキシリア隷下の最強軍隊と喧伝し続けた。そして、水面下では、来る地球侵攻(実施する事態は最悪としか言えなかったが)に向けて、地球侵攻軍としての宇宙機動軍の兵力整備が進められたのだ。その結果、開戦時に於ける宇宙機動軍の中心戦力は、マ・クベの欧州総軍とガルマの北米総軍(※5)というまさに地球侵攻軍(※6)と呼ぶべきものになっていた。そして、あれほどジオンが喧伝し続けた第7師団を中心とする表看板の宇宙機動軍としての戦力は、第7師団を除けば、後方戦線の維持にようやく投入できるという程度のものでしかなかった。つまり、キシリア隷下のジオン公国宇宙機動軍の実態とは、実際には投入することが望ましくない存在としての地球侵攻軍だったわけだ。

 このことは、開戦時にドズルの宇宙攻撃軍が、4つのサイドに対して奇襲攻撃を掛けたのにたいし、キシリアの宇宙機動軍が、グラナダを制圧するに留まったことからも明らかだった。

 そう言った性格の軍隊であったにもかかわらずキシリアの宇宙機動軍は、種々の事情から地球侵攻作戦を実施せねばならなかった。混乱した連邦軍を一時的に圧迫することはできたが、補給戦という長期戦闘の要を欠いた軍隊は、逐次投入を繰り返したこともあいまって、その戦力を急速に失っていくことになった。終戦時には、連邦軍の直接侵攻を受けなかったにもかかわらずグラナダには、ほとんど戦力と呼べるべきものが残っていなかった(※7)ことはあまりにも有名である。

 

※1:もちろん、もう一方はドズル隷下の宇宙攻撃軍である。
※2:70年代までのジオンが自力で生産できる戦力は突撃艇など貧弱なものでしかなかった。
※3:防衛戦から限定的な侵攻戦など多義に渡ったが、ギレンが興味を示しもっとも実施させたのは全面戦争だった。
※4:もっとも、同時期のサラミス級に較べると勝るところは、モビルスーツ運用ができるという点しかなかった。
※5:衆知の事実通り、お飾りだった。
※6:正面装備を中心とする短期決戦型の軍隊であったのは宇宙軍と同じである。
※7:一部交戦戦力として地球圏外へ脱出したともされるがその可能性はあまりにも薄い。

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