シャア少佐は、ルウムで5隻の戦艦を沈めることができたか?
 

 ルウム戦役で赤い彗星の異名をとるジオン軍のエース・パイロット『シャア・アズナブル少佐』(後に大佐)が、連邦軍の戦艦(おそらくサラミス級巡洋艦をのみ(※1))を5隻沈めたという話しは、あまりにも有名である。
 しかし、現実的な問題として1つの会戦でそのような偉業が可能だったろうか?
 
1)主武装の問題
 ザクが、携行する火器は、衆知のとおり120ミリ口径のマシンガンとモンロー効果を採用した大口径のバズーカー砲である。これに加えて、耐核装備したザク(MS06C)が、装備するそれぞれの火器の核弾頭である。確かに核弾頭を用いれば、5隻の艦艇撃沈は、可能だろう。しかし、ジオンの工業能力と、開戦までの年月を鑑みるならば、開戦までにジオンが、装備しえた核弾頭の数は、決して多くはない。そして、それらの多くは、一次会戦(いわゆる開戦時の奇襲)で、消耗されていた。
 次に有効な、ザクの対艦兵装としてはバズーカだが、ザクが携行することのできる弾頭は5発プラス1(※2)であり、全弾を致命傷になる部分に命中させなければ、5隻撃沈はあり得ない。しかし、連邦の艦艇は、ジオン軍をして核弾頭兵器で攻撃せねばならないほど耐弾性に優れており、また、そのダメージコントロールもジオンの想像の及ばないほど先進的だった。つまり、現実的にはザクが、携行可能な弾頭6発では、5隻の艦艇を沈めるなど絵空事でしかなかった。
 また、主武装たる低初速の120ミリマシンガンでは、余程のことがないかぎり、撃沈まで持っていくことは不可能だった。200ないし、300発を携行できたが、最大限の300発を携行していたとしてもサラミス級を2隻行動不能にできればよいところだろう。
 
2)機体の問題
 仮に、シャアが、核弾頭装備で最大限6発の携行弾数で出撃したのであれば、5隻の撃沈は可能だったかもしれない。しかし、シャアの機体は、06Sタイプであり、耐核装備は、最初から考慮すらされていない。宇宙艦艇が行う激しい回避運動を勘案し、初速の遅い実体弾火器を(有効範囲内で)命中させるためには相当な接近が求められる。S型では、そのような環境下ではパイロットを護ることなどできるわけもなく、現実性は極めて乏しいといわざるを得ない。
 
3)指揮官
 優秀な、パイロットであるシャアは、ルウム戦役時には既に中隊指揮官であった。指揮官が、先陣を切って突入するのは、物語的には非常にロマンがあって好ましいものと言えるが、現実の戦闘では、それが許されないことは明らかである。
 
4)戦闘形態
 ルウム戦役は、言わずと知れた連邦軍とジオン軍の総力戦だった。まさに、敵味方が入り乱れての混戦だった。ありとあらゆる状況に対応しなければならない戦闘空域で、戦艦5隻を次々に撃沈する時間的余裕や、弾薬の節約は、指揮官としての任務を放棄してすら不可能であったに違いない。また、宇宙でのザクの行動時間は、思われている以上に短く、混戦の中で5隻もの戦艦を撃沈することは物理的に不可能であったとしか考えられない。
 
 以上のことから、ルウム戦役でシャアが、5隻の戦艦を撃沈したということは、不可能としか言えない。
 では、何故、このような『噂』が、独り歩きしたのか?
 実際に、シャア少佐が、赫々たる戦果を挙げたことは間違いなかったろう。そういった中で、戦意高揚をなんとしても計らねばならい(なにしろ半端ではない損害を被ったのはジオンも同じだからだ)ジオンにあって派手で目立つ軍装をした若く優秀なパイロットは、まさにうってつけだったに違いない。
 そして、喧伝するにあたっては、1隻や2隻という現実的な数字でもなく、10隻という非現実的な数字でもなく、もしかするとあり得るかもしれない(無論無理だ)数字としての5隻が、報道されることになった。
 
 連邦側からは、赤い塗色をしたザク(それが多少異っていても)によって撃沈されたと報告する艦艇が少なくなかった。しかし、ジオンにあっては指揮官機が、赤く塗色するということは極普通のことだった。外観で見分けのつけにくいザクを赤く塗装することによって一般機と見分けられるようにすることは、あまりに普通の事だったからだ。
 結果、ジオンの喧伝で赤い彗星の名が伝えられると赤いザクに攻撃された連邦軍兵士達は、刷り込まれるように自分たちもシャア少佐の赤いザクに撃破されたと容易に信じ込む結果になった。
 
 以上のことから、赤い彗星の『シャア少佐』が、ルウムで5隻の戦艦を沈めた事実は、夢物語でしかないと結論付けざるを得ない。しかし、彼が、1年戦争中における最優秀パイロットの1人であるという事実だけは、変わりはしない。
 
 
 
※1:マゼラン級は、あまりにも強固であり、その撃破全くもって容易ではなかった。
※2:弾薬補充用のザクがいたが、大会戦であるルウム戦役では、そのようなザクが、投入できる環境ではなかった。

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