- 「あんた何泣いてんの?」
- ただ1人のパイロットの収容を目的として接触してきた連邦軍輸送艦『アダマン』に移すためにランチに乗せられようとするスコーラン曹長の目から涙が流れる。それを見逃さなかったレイチェル少尉が、憎まれ口をたたくが、その言葉の内容と違って顔はいつになく優しい感じになっている。
- 担架に乗せられたままのスコーラン曹長の目には、確かに光るものが溢れていた。それほど後部格納庫内の照明は明るいというわけではなかったけれどそのせいでかえって光が強調されている。
- 「泣いてなんかいませんよ」
- 担架に乗せられたスコーラン曹長が、横になったままいう。「アハド少尉が、わけの分からない点滴をイッパイ打つから目からも溢れるんですよ」
- 一命を取り留めたとはいえ、許容範囲ぎりぎりイッパイまで血液を失ったせいでスコーラン曹長の顔色はまだまだ悪く、声にも元気はない。
- 「全部、必要なんだがね」
- 付き添ってルナ2まで戻ることになったアハド少尉が、やれやれというようにいう。
- 「子供みたいないいわけしちゃって、まだまだしごく必要があるわね?いいこと、負傷除隊なんかしたら承知しないからね?かならず戻ってくるのよ」
- そういいながらレイチェル少尉は、軽く握ったこぶしをスコーラン曹長の右の頬に押し付ける。そのまま手を広げて右の頬を軽く撫で上げて人差指で溢れ出した涙をぬぐってやる。そして、そのまま人差指でスコーラン曹長の額を軽くはじいた。「ふ〜ん、これが溢れた薬なんだ」
- そういわれてスコーラン曹長は、照れた笑いを力なくした。
- 「まあ、なんだ、とにかく元気になって戻ってこいよ」
- マクレガー大尉も声を掛ける。
- 「戻ってきて下さいね、教わること、まだイッパイありますから」
- コニーも何だか切ないような感じを抱きながら同じようにいった。コニーは、まだほんの数週間しか供にしなかったのだけれど戦火を潜り抜けたということで、今までに感じたことの無い仲間意識を感じていたのだ。
- 3人からそれぞれに戻ってこいといわれたスコーラン曹長の目からはまた新しい涙が溢れ出してきた。それを見てレイチェル少尉が、またからかった。
- 「あらあら、点滴やめてもらう?」
- 「ほんとに・・・」
- 続けて何か言い返そうとしたけれど、何か喋ろうとすると涙がもっと溢れそうなのでそのまま絶句したスコーラン曹長を見下ろし、アハド少尉は担架をランチの方に搬入するようにいった。
- 「それでは、スコーラン上級曹長はわたしが責任をもってルナ2の医療施設まで送り届けます。心配なさらないで下さい、必ず戦線復帰できますよ」
- 輸送艦の方には軍医がいないため、最低限必要と思われる医薬品や器具をもってアハド衛生少尉が、供に移乗することになったのだ。
- アハド少尉がいなくなった分『ナイル』の方が手薄になるが、『ナイル』には少尉以外にも軍医の資格を持つ下士官がいるので余程の負傷者が出ないかぎりなんとかなりそうだった。緊急の場合には『キョウト』や『ナッシュビル』にも軍医はいるということもある。
- 「お願いします、少尉」
- スコーラン曹長に手を挙げて最後の別れをしながらマクレガー大尉は、3人を代表していった。
-
- 「どうでもいいけど、あんたが2機目の戦果を挙げたのはちょっとした驚きよね」
- ランチの発進を、見送り、コニーの方を振り返ったレイチェル少尉はほんとに珍しいこともあるものだ、というようにいった。
- 実際、先の戦闘では、第2小隊のホワン曹長が1機撃墜したほかに、コニーが1機を撃墜していたのだ。損傷したのは、ラス准尉機とホンバート曹長機だった。
- この一連の戦闘、半壊したコロニーのミラー部分や、工業・農業用プラントコロニーを遮蔽物とした巧みなザクとの交戦の結果、74戦隊のジオン軍を殲滅しようと企図した追撃戦は、頓挫することになった。
- 「2回の戦闘で続けての撃墜だ、これはたいしたもんだ」
- マクレガー大尉は、本当に感心していった。大尉は、ムサイを1隻、さらにラス准尉と共同して1隻を撃沈していたが、モビルスーツの護衛のない巡洋艦などジムの性能をもってすれば容易に撃沈できることだと信じていたので格闘戦で撃破するモビルスーツの撃墜の方を重要視していた。
- 「いえ、偶然ですから・・・」
- コニーは、控えめにいった。確かに、1機目のザクの撃墜は、偶然に近いものがあったけれど、今回の2機目は、敵がマシンガンを構える中で照準し、ビームを命中させて撃破したのだ。半ば実力だと思ってはいた。
- 「でしょうネ。実力と勘違いしないことね」
- いつものレイチェル少尉の物言いにもコニーはぐっと堪えた。きっと、スコーラン曹長がいれば止めたに違いないからだ。
- それに大尉が、おっかなびっくりしながらこっちを見ていたせいでもあった。2人に挟まれておろおろするマクレガー大尉は、見たくなかった。
- 「・・・はい・・・」
- そのまま無視することもできないコニーは、取りあえず返事をした。
- レイチェルは、それに対しておや?という顔を一瞬だけした。少しは突っかかってくると思っていたからだ。けれど突っかかってこないからといって、それ以上コニーをからかうほどレイチェルも暇ではなかったし、からかうだけが目的ではないからだ。
- 「で、私たちはどうしてればいいわけ?」
- 現在74戦隊は、ジオン軍を追い払ってそのままアイランド・レイクトピア空域に占位していた。周辺空域の哨戒任務には、8機のボールが当たっている。
- ボールが、哨戒任務についているのは正規の艦隊であればいざ知らず、先の戦闘に続いてさらに2機のザクを失った2隻の仮装巡洋艦が逆襲してくることは考えられなかったからだ。自殺願望をもつ指揮官が指揮をとっているのなら話は別だったが、まともな指揮官であれば直接戦闘を挑んで来ることはまずない。
- これを裏付けるように実際にイメージングを用いた想定進路トレースも敵の仮装巡洋艦が、サイド6方面へ遁走したことを示していた。
- 「上は、小休止をとった後に第2戦闘配備で待機といってる。現空域で哨戒を続けるようだ」
- この場合の上とはブリッヂ、つまりハルゼイ艦長のことを指している。
- 「帰還しないの?」
- レイチェルは、多少不満げにいった。
- これまでの経験からいえば、ジムが損傷した場合、ルナ2へ帰還することが多かった。なにしろ『ナイル』の存在価値は、搭載機であるジムがあってのものだからだ。この2回の戦闘を通してスコーラン曹長のジムが、完全大破し、さらに2機のジムが現在損傷、修理中である。2機の損傷機は、恐らく復帰できるだろうけれど、今後の戦闘によって新たな損傷機が出た場合、以降はそのまま戦力減になることは、レイチェルにも容易に想像がつくことだった。『ナイル』は、それほど多くの予備部品を携えてはいないからだ。
- 大尉と少尉のやりとりを聞きながら帰還しないということには、コニーも少しばかりがっかりした。帰還すれば、もしかしたら同期の誰かが補充パイロットとして送り込まれてくるかもと思っていたからだ。それがデュロクだったら・・・、とまで都合のいいことは思わなかったけれど。
- 「ああ、そうらしい。第2小隊のジムもすぐに戦線復帰するし、数的には問題ない、と言うことらしい。ボールもあるしな」
- スコーラン曹長のジムも、修理は可能とマクレガー大尉は聞かされていたが、パイロットがいないため、1番後回しにされている。
- 「ボールなんて・・・」
- レイチェルは、思っていることをぶちまけようとしたがさすがに止めにすることにした。
- 一部の部隊では、増加試作した偵察型のボールをアグレッシブに運用しているらしかったが、それでもレイチェルにとってのボールは、良くて敵の注意を散漫にさせる程度の認識でしかなかった。けれど少なくとも今は、哨戒任務の一部を肩代わりしてくれている友軍戦力だった。
- 「いいたいことは察しがつくが、口に出すんじゃないぞ、彼らの支援があれば、戦闘がずっとやりやすくなるのは間違いない」
- マクレガー大尉が、少尉に対して咎めるようにいったのは初めてだったのでコニーは、少し驚いた。
- 「でしょうね」
- レイチェルにしては珍しく自分の非を認めた格好だった。しかし、ボールの支援が有効なのは数的にこちらが有利だった場合の話だとレイチェルは、思う。ボールをも含めて同数かそれ以上の敵と遭遇した場合、ボールはきっと足手まといにしかならないだろう。
- ジムが7機、ボールが8機、合計で15機という戦力は、一見大きな戦力というように見えたが、実際にモビルスーツ換算した場合、もちろんこれはレイチェルの感覚でしかなかったが、良くてジム9機分にしかならないと思えた。つまり、ボール4機でジム1機分という計算だった。もちろん、何の根拠もなかった。レイチェルの主観に過ぎない。実際には、それ以上なのかもしれないしそれ以下かもしれない、もしくはその通りかもしれなかった。
- 「で、このこはどうするつもり?」
- 「あ、ああ・・・」
- レイチェルに問われてマクレガー大尉は、曖昧な返事しかできなかった。2機で1組、それを2組で相互支援するという編隊戦闘を中心にした行動を叩き込まれてきたマクレガー大尉達にとって1機足りない3機編隊をどう運用するのかは多いに問題だった。
- 「俺達を支援してもらうほかないが・・・」
- しかし、この場合、まだ操縦未熟なコニーのジムが1機だけ分断されて撃破される可能性があった。
- 「そんなことよりも・・・」
- レイチェルは、ぱっとひらめいたというような顔でいった。もちろん、思い付きなんかではない、スコーラン曹長が負傷して以来ずっと考えていたことだった。「あんたとこのこでわたしを支援するっていうのはどう?」
- レイチェルはいいながら、この案は絶対だと思っていた。何より気に入っているのは自分にかしずく2機ものジムがいるという点だった。宇宙を駆けるジャンヌ・ダルク!(多少時代的なイメージだったが)というように置き換えられる点が気に入っていたのだ。
- 「君をか?」
- 驚くようにいったマクレガー大尉だったが、すぐにそうしたときの運用がどうなるのかを頭の中でイメージし始める。
- 「そうよ?」
- 何か問題でもある?というようにいうレイチェルに対してマクレガー大尉は少々困ったようにいった。
- 「しかし、君を1人にするっていうのは、ちょっと・・・どうせなら俺が・・・」
- 1機になったレイチェル機が先行しすぎることがまず懸念された。
- 「あんたね、この艦で誰が1番沢山敵を墜としていると思ってるの?あんたが、ムサイを撃沈したのは分かってるわよ、でもモビルスーツはわたしなのよ」
- つんと顎を突きだしていうレイチェルにマクレガー大尉は、思わずたじたじになった。いっていることが本当なだけに始末に終えない。それに、単機での戦闘力は『ナイル』においてはレイチェル少尉が飛び抜けているのは確かだった。
- コニーもこれには驚いた。レイチェル少尉が、エースになったのは知ってはいたが、撃墜数で1番だとまでは知らなかったのだ。同じ女エース・パイロットなら2小隊のラス准尉になって欲しかった、とは口が裂けても言えなかったが、正直なコニーの思いだった。ラス准尉なら、怖くなかったし威張らないからだ。
- 「分かってるよ、君が6機、俺が4機だ。だが、この件に関してはもうちょっと待ってくれ」
- 「いいけど、ジオンは待ってくれないわよ。そこんところをよろしくね!」
- それだけいうと、レイチェルは、さっさとリフトグリップに飛び付いてこの場を去っていった。長い金髪がなびくのは、まるで映画のワン・シーンのようだった。
- 「わかったわかった」
- その背中に声を掛けながら、マクレガー大尉は、もう答えを決めていた。協調性の決して高いと言えないレイチェル少尉をアクセル曹長と組ませることは最悪とはまではいえないが、いい組合せではなかった。それに、このことはマクレガー大尉自信も十分に認めていることだが、射撃のセンスは並々ならぬものを持っていることも確かだ。
- それに、気配りもできる。
- まあ、言い方に問題があるにせよ、新米のアクセル曹長に釘を刺すのはいいことだと思う。
- (フォローしておいてやるか?)
- あっけにとられたようにレイチェル少尉を見送るコニー曹長を見て、マクレガー大尉は、思った。
- レイチェル少尉が、決して悪意だけで『実力・・・』といったのではないことをアクセル曹長に分からせておかなければと思ったのだ。レイチェル少尉が、ただの性悪女と思われるのはチームのためにも良くなかったし別な意味でも良くなかった。
- 「なあ、アクセル曹長・・・」
-
- 「ドッキング・アーム解放完了、アダマン離れます」
- 右舷後方、メガ粒子砲座のちょうど真横に接舷していた『アダマン』が、制御バーニアを小刻みに噴射しながら『ナイル』からの距離をとっていく。
- 十分に距離をとった『アダマン』が、加速して急速に『ナイル』から遠ざかっていく。
- 「現空域、クリアー。アダマンの進路、クリアー」
- ササキ曹長が、良く通る声でスコーラン曹長を乗せた高速輸送艦『アダマン』の進路が問題ないことを伝えるのにハルゼイ艦長は、満足げにうなづいた。
- その満足げな艦長に言うのはなんだが、という面持ちでトレイル中佐は、艦長席の横に立つといった。
- 「今回の戦闘でジムの予備部品の中には、在庫を切らしたものもあるんですが、補給を要請しますか?」
- これまでの戦闘でそれほど大規模な交戦を経験してこなかった74戦隊は、2機分のジムを予備機として確保しておくだけで任務を遂行することが可能だった。しかし、今度の任務では、既に1機を大破され、2度の戦闘で損傷したジムを戦線復帰させるために消費したことによって予備部品の不足を来していたのだ。
- 「補給されるとは思えんが・・・」
- ハルゼイ艦長は、考え込むようにいった。L4空域まで補給艦を送るほど連邦軍に余裕があるとはとても思えなかったからだ。同時に、しかし、とも思う。
- 「しかし、このままでは次の戦闘で出撃不能機がでることもあり得ます」
- 中佐にしても普通ならとてもではないが、要請が受け入れられとは思えなかった。
- 「それは、そうだ。手をこまねいているだけでは部品は、向こうからはやってこないからな。要請してみるか?伍長」
- トレイル中佐に、さらにいわれて、しかしと思い直し始めていたハルゼイ艦長は、ラインバック伍長に呼びかけた。
- 振り返ったラインバック伍長にハルゼイ艦長はルナ2への補給要請を送るように伝えた。「送信。宛てルナ2、発74戦隊。我、ジムの予備部品欠乏せり、戦闘航海の続行に支障を来す公算大、だ」
- 「了解です、艦長」
- ラインバック伍長が、送信文を起草し送信するのを横目に見ながらトレイル中佐は、普通ならすぐさま拒絶されるであろうこの要請が意外と受理されるような気がしていた。ルナ2が、74戦隊を特別視しているのではないか?と思えていたからだ。1人の曹長の命を救うために危険を冒してまでサイド6から輸送艦を送って寄越したこともそう考える一因になっている。
- それが本当にそうならばジムの運用機数が減少してしまう現状をルナ2が放って置くはずがないと思えたのだ。
- 「中佐・・・」
- 「はい?」
- 「ルナ2は、意外と我々の要求を叶えてくれるかもしれんぞ」
- 前方を見据えたままいうハルゼイ艦長が、自分と同じことを考えているのかもしれないと分かったとき、退役復帰組の艦長が、自分と同じ感じ方をしているのを知ってトレイル中佐は、おかしくなった。少なくとも誰もがエリートとして認めてくれる自分と艦長は、同じ感じ方をしているのだった。
- 「わたしも、そんな感じがします」
- ハルゼイ艦長の意見を肯定し、にやりと笑って見せたトレイル中佐に、振り返った艦長も同じように笑いを返した。
-
- 「こいつを戦線に出してくるとは、随分連邦軍も余裕が出てきたってことだな?中佐」
- スコーラン曹長が、重傷を負った戦闘以降、ジオン軍と接触することもないままL4空域の哨戒を続けていた74戦隊に新たな命令が下されたのは、昨日のことだった。
- そして、指示された接触空域に現れたのが、前年度より配備が始まった最新鋭の『コロンブス』級輸送艦だった。
- 「そのようですね、艦長。補給品も、随分充実していますよ」
- 艦長席の脇にたったトレイル中佐は、目録に目を通しながらいった。
- 「で?」
- ハルゼイ艦長は、内容を読むように促した。
- 「パイロット付きで送ってきました、ジムを。しかも予備機は4機分ですよ、豪勢なことです」
- つまり、1週間ほど前に要請したことが実現されたのだ。
- 「パイロットは?」
- 「これは、1名きりです。2、3人送ってくれれば、予備機を組み立てて分隊ぐらいは、編成できたんですがね。残念です」
- 組織の編成上、2個小隊で74戦隊のモビルスーツ隊は、編成されているためパイロットは、8名を越えて送ってこないことは分かっていた。しかし、艦載戦闘機の場合、2交代制分、つまり8機分の機体があれば16名のパイロットを擁するのが普通だったのになという思いがトレイル中佐にはあった。
- 「まあ、仕方がないさ、機体は量産できても、パイロットはそうはいかないからな。おおかた、機体の方は生産過剰って所だろう」
- しかし、ハルゼイ艦長の考えは、半分は当たっていたが、半分は間違っていた。確かに、この局面では、機体の生産スピードは、かなりのものでパイロットの養成がなんとかそれに追っつくというものだった。それでも工場からロールアウトするジムは、前線が要求する数量を満たすにはほど遠いものだった。
- 連邦軍は、絶対数の足りないジムを重点配備することでその問題を解決しようとしていた。生産数の大半を、宇宙に送りだすと同時に、地上の重要拠点、もしくは反攻拠点に重点的に配備したのだ。そして、もう一つ、モビルスーツ運用上、戦果を大きく上げている部隊に優先的に配備する方針もとった。唯一例外があるとすれば、独立13戦隊だったが、この部隊については通常部隊と一線が引かれていたからにすぎない。
- そうした中で、74戦隊は、最も初期からモビルスーツを運用していたとはいえ、戦果が大きい部隊として認識され優先的にモビルスーツが回される結果となったのだ。
- 「そうですね。で、新しい命令の方は?」
- 目録と同時に届けられた命令書の方は、直接ハルゼイ艦長に手渡されていた。つまり、重要度が高いということだった。
- 「ふむ?また、衛星軌道上に行けとのことだ。それに、こうも書かれている、積極的な行動を望む、とね」
- 「まあ、貰った分のことはやれ、という意味でしょうね?」
- 「そういうことだ、諸君!」
- 最後は、耳を傾けていた艦橋職員全員をゆっくり笑顔で見回してハルゼイ艦長はいった。
-
- 「事実上の解隊ですよ、これは」
- サイド6の駐在武官から受け取った命令書を一読したノーマン中尉は、眉をしかめていった。
- 「仕方がないでしょう?」
- 手渡された命令書見てカディス船長も力無くいった。軍部からの命令は、絶対だったからだ。
- 命令書には、ア・バオア・クーへの寄港が命じてあった。各仮装巡洋艦の一斉整備と同時に、搭載モビルスーツの再編成を行うと書かれていた。
- ジオン軍の仮装巡洋艦戦隊本部より上から出されたこの指示は、『オルベスク』も含めた仮装巡洋艦が、この1ヶ月あまりで受けた損害に基づいていた。『オルベスク』のように、搭載モビルスーツを失うというのはまだマシなほうだった。仮装巡洋艦本来の任務、哨戒や通商破壊戦、に投入されていたにもかかわらず、この1ヶ月の間に実に7隻の仮装巡洋艦が、ほとんどの場合、その搭載モビルスーツとともに失われていた。また、3隻が損傷し、仮装巡洋艦戦隊全体が、喪失したモビルスーツは、80機を越えていた。
- もちろん、これらの大半は旧式な05タイプや06Cといった一線を退きつつある機体だったが、喪失数以上に問題なのはその間に仮装巡洋艦の挙げた戦果の方だった。
- 武装商船1、哨戒艇2、輸送船1、武装ポッド7(ボールのこと)、モビルスーツ5、その他航宙機11というお寒いものだった。モビルスーツの戦果を除けば以前なら、1隻の仮装巡洋艦が、無傷か軽微な損害で達成可能な数字だった。
- そして、もちろん80機という数は、旧式とはいっても短期間で失っていい数ではなかった。
- 「ノーマン中尉は、いえ、ノーマン中尉の部隊はいったい・・・どうなるんですか?」
- 生き残った仮装巡洋艦は、整備完了後、本国で新たに補給艦隊に編入されソロモンやア・バオア・クー、グラナダといった前線への補給作戦に従事することが既に決定しており、命令書にはそのことも明記してあった。
- けれど、ノーマン中尉が受け取った命令書は、仮装巡洋艦所属のモビルスーツがどう運用されるかということにまでは及んでいなかった。
- 「おおかた、我々は、ア・バオア・クーの予備部隊に編入されるんでしょう?」
- このあたりは、想像でしかなかったが、本国で解隊するのではなくわざわざア・バオア・クーで解隊するのがその証拠のような気がしたからだ。そして、機体の改変があれば話は別なのだけれど、旧式の機体しか装備しない自分たちが予備部隊以上になれるわけがなかった。
- 「中尉みたいな腕利きのパイロットを?ですか?」
- これは、本当に心の底から思うのだ。仮装巡洋艦に配属されるパイロットは、ろくでもない輩に違いないと信じていたカディス船長にとってノーマン中尉は、あらゆる意味でその思いを裏切るものだった。もっとも、大半のパイロットは、カディス船長の信じるとおりだったのだけれど。
- そして、そういったパイロット達であってもノーマン中尉の配下になるといくらもしないうちにいっぱしのパイロットとなっていったのだ。パイロットとしての腕前をとっても、部下達に対する統率力をとっても非の打ち所の無いノーマン中尉が、なぜ仮装巡洋艦に配属される羽目になったのか?付き合えば付き合うほど疑問を持たざるを得ない、それがカディス船長にとってのノーマン中尉だった。
- 「まあ、わたしの親父は、ダイクン派でしたからね」
- このことは、誰にも言うつもりはなかったノーマン中尉だったが、カディス船長にならと思ったのだ。ダイクン派、本人がそうであろうと無かろうと、親族にいたというだけで現在のジオンは、その名を冠しているのにもかかわらずあらゆる局面で、不利益を被る。
- 軍に入隊した頃は、もちろんそんなものは自分の能力で吹き飛ばしてやる、それぐらいの気概はあったが、それが組織の中では全く無意味であるということを知るのにはいくらも掛からなかった。
- 「はっはっはっは・・・」
- カディス船長は、大きく笑った。自分が、貨物船の船長止まりだったのもやはり、カディス船長の場合は自分自身がダイクン派だった、それが理由だったからだ。「わたしは、今でもダイクン派ですよ」
- 突然笑いだしたカディス船長にぎょっとしたノーマン中尉だったが、その訳を聞かされて、自身も破顔した。
- 「お互い、自分の信念を上手く処し損ねたというわけですね?」
- 「そういうことです」
- 笑顔から真顔に戻ったカディス船長は、続けた。「中尉、死なないで下さい。中尉とは、まだ酒を飲んでませんからね」
- 「約束しますよ、船長。ただし、わたしに奢らせてくれるんだったらです、いいですか?」
- 「約束ですね?中尉」
- 「約束です。1つだけ教えておきます、わたしは、守れない約束は、したことが無いですし、約束した以上どんなことがあっても守るんです、船長」
- 軽く笑ってそういうとノーマン中尉は、小指を差し出した。カディス船長が、首を軽くかしげるとノーマン中尉は、簡単に説明した。
- 「小指と小指を結ぶんです、それで約束成立っていう意味だそうです。これ、日本人に教えてもらったんですけどね」
- なるほどというように首肯きながらカディス船長も小指を差し出すと固くノーマン中尉の小指と固く結んだ。
- そして、それ以上2人は何も語らなかった。どちらも、この約束を守ることがどれほど困難なのか良く知っていたし、それ以上語り合わなくても2人の思いは同じだったからだ。
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