- 「各機散開!ボール隊を支援する!」
- マクレガー大尉は、多少なりとも自分が下す命令に違和感を持ちながらも命じた。本来、ボールとはジムを支援するのを目的として配備が進められてきた機体なのだ。
- 「了解、ボール隊を支援する」
- 真っ先に応えて機動したのはレイチェル少尉だった。メインバーニアを全開にして突っ込んでいく。それに遅れまいとマクレガー大尉もバーニアを全開にした。やや遅れつつもなんとかマクレガー大尉とレイチェル少尉を支援できるようにスコーラン曹長とアクセル曹長も追随する。
- 「13号機、14号機、遅れるなっ!」
- マクレガー大尉の叱咤が空間を飛ぶ。
- しかし、2人の曹長は決して大尉の期待を裏切ってはいない。むしろマクレガー大尉は、この2人を頼もしくすら思っているのだ。少なくとも後方を気にせずにいられる程度には頼れる。
- 前方では、貨物船の残骸から飛び出してきたザクとボールの戦闘がクライマックスを迎えようとしている。ボール隊は、既に1機を撃破されていたが残った機体は、砲撃を加えつつ後退機動を続けている。双方が、砲撃を行ってはいたが劣勢なのがどちらかは明らかだった。これ以上ボール隊の損害を増やさないためにも一刻も早く、戦闘に加入せねばならない。
- 同じ気持ちなのだろうレイチェル少尉のジムが、ビームライフルをザクに向けて発射する。ピンクのビームが、ザクとボールが絡み合うのを阻止するように宇宙空間を切り裂いた。
- いかに現時点で最高水準の性能を待たされた火器であっても10キロを超える射距離は遠い。それでもジオン軍にとって未知の兵器によって攻撃した意味はあった。ビームが両者の間を走り抜けた瞬間、全てではなかったがザクの間には間違いなく怯えが走った。
-
- (畜生・・・)
- ボールを1機撃破したノーマン中尉だったが、連邦軍のモビルスーツがプロットされた瞬間戦闘が五分五分以下になることを覚悟した。チェ中尉の指揮下のザク3機、おそらくチェ中尉自身も加わっているに違いない、が新たに現れたそのモビルスーツを指向する。
- 「中尉、止せ!」
- 聞こえているはずなのに返答はない。ミノフスキー粒子のせいにする腹積もりだろう。実際にその言いわけを聞けるといいがと思う。
- 支援したいのは、山々だったがボールが、無害になったわけではない以上無理だった。異方向に現れた2つの異なる連邦軍戦力、危険度の多寡は確かにあったが、どちらも無視できない。
- そして、またしてもはるか彼方から連邦軍のモビルスーツは、ビームを放ってきた。ザクを直接狙ったわけではなさそうだったが、連邦軍のパイロットが意図したことは少なくとも達成された。未知の火器による攻撃によってザクのパイロット達の間には動揺が走り、ボールを追撃する機動は阻止された。
- ボール隊のほうも自分たちの役目を心得ているらしく1機を撃破されてはいたが巧みな後退機動をしながらそれでも砲撃をすることは止めてはいない。命中精度が悪いことは分かってはいたが、それでも命中しないわけではない。迂闊な接近行動をしたり、下手な回避をすれば血祭りに上げられてしまうだろう。出来損ないとはいえボールが装備しているのは180ミリという大口径砲なのだ。そのことを軽視して失われたザクの数は、決して少なくはない。
- 残骸から飛び出した途端、現れた4機のモビルスーツの存在と同じようにその砲撃はザクのパイロット達に威圧感を与えずには置かなかった。4機のモビルスーツが現れなければ、今頃はもう2、3機は撃破できていたはずのボールでさえ危険な存在と化していた。そして、あのビーム砲。ザクの射程のはるか彼方からそれなりの精度でビームを送って寄越す武器のせいでザクのパイロット達の動揺は、一層大きくなっている。
- 2方向から攻撃を受けてプレッシャーを感じないパイロットの方が少ないのだ。しかし、全員が同じ程度に危機感を抱いたわけではなかったことは確かだ。チェ中尉が、2機のザクを率いて突出していく。
- 「チェ中尉、引くんだ!」
- あれは、チェ中尉の思っているほど容易な相手ではないのだ。。
- しかし、チェ中尉にはノーマン中尉の声は、少なくともチェ中尉の心を変えるほどには届かなかった。あるいは、もう本当に届かなかったのかもしれなかったが、それが引き起こす結果はきっと良くないものに違いないとノーマン中尉は、確信していた。
-
- 「仮装巡洋艦部隊に配属されてそうそうに連邦軍モビルスーツ隊に遭うとは、わたしは運がいい・・・」
- チェ中尉は、自分の僥倖を口に出して喜んだ。ここで戦果を挙げれば、こんな辛気臭い部隊ともお別れだ。多少びびっていた気持ちは、このまたとないチャンスを目の前にしてどこかへ消えていた。
- その思いは、連邦軍のモビルスーツが、ビームを放ってきても変わらなかった。
- (あたらなければ、どうということはない・・・)
- しかし、チェ中尉が、何かをそれ以上考えることはできなかった。あたらなければどうということのないビームが真っ先に命中したのは、チェ中尉のザクにだったからだ。
-
- 「いやっほう〜〜っ!」
- レイチェルは、この日1機目の戦果に喝さいを叫んだ。
- 先頭機を撃破されて接近機動をとろうとしたザクの生き残りの2機は、回避、後退機動に切り替えたようだった。背中を見せなかったところは褒めて然るべきだったが、モビルスーツというものは正面を向けたままでは、満足な後退機動をとれないように設計されている。後年のモビルスーツではその点に改良を加えられてはいるがそれでもモビルスーツとは、前に進むことを前提に設計されているものなのだ。
- ビームに刺し貫かれたザクは、爆発こそしなかったがビームの命中した衝撃でくるくると回転しながら明後日の方向へと流れていこうとしている。それを全く止めようとする機動をしないところを見るとパイロットは失神したか戦死したかのどちらかだった。ビームが貫通した場所、ザクの右胸部、を考えるのならば100%後者の方に違いなかった。一瞬で原子にまで還元されたであろうパイロットは、自分が戦死するということを意識する暇もなかったろう。
- 「いけッ!!」
- レイチェルは、後退機動を始めたザクの右側の機体に照準し、ビームを放った。ビームライフル砲口が、目も眩むようなピンクの光を発し、そこからザクへと向けてビームが一直線に延びる。必殺の射撃。しかし、ビームは、ザクの左下方を掠めただけだった。
- そのザクが、驚いたように120ミリ砲弾をばらまくのが見えた。目視でさえいまだ10キロ近く離れた距離からの砲撃などお笑い草だった。その砲弾がこちらに辿り着くのにたっぷり10秒以上のタイムラグがある。冷静でさえあれば、全周囲警戒を行って安全を確認したあとにおもむろに照準し、射撃、その結果を確かめてからその砲撃の想定着弾空域からゆっくり離脱することだって可能だった。
- (チッ!)
- そのようにしようとしたとき、後方からビームが3射分、ザクに向かっていった。スコーラン曹長か、アクセル曹長の射撃だ。スプレーガンを射撃する際の教本通りの3連射だ。射撃を行ったために回避運動が制限されたザクに殺到したビームは、みごとにそのザクを捕らえた。
- (あたしの獲物だっていうのに・・・!)
- 本来なら味方機が1機撃墜したことを喜ぶべきなのだろうが、レイチェルにとっては獲物を横取りされたような感覚だった。
- さらに悪いことには、ザクの引き起こした核爆発によって、もう1機のザクの追撃が制限されてしまった。レイチェルは、やむなくジムに制動を掛ける。不用意な接近は、危険を孕むからだ。気持ちははやってはいてもレイチェルは冷静さを完全に欠いてしまっているわけではなかった。
- 冷静さを欠いてしまって万が一の事態になっては、軍人になった意味を失ってしまうからだ。レイチェルは、そのことを十分に心得ていた。
-
- 「あっという間に2機もか?」
- ノーマン中尉は、後退してくるザクに飾り棒がないのを確認した。つまり、チェ中尉は、戦死したというわけだ。
- 既に、残ったザクには、半壊した貨物船まで後退を命じてあった。いったん後退し態勢を立て直した後にチェ中尉の機動に続くことも考えないではなかったが、生き残ったボールが五月雨的に放ってくる攻撃を無視することはできなかった。ボールを無視した機動をすればその砲撃はもっと本格的なものになって部隊は2方向からの攻撃に対処しなければなくなる。つまり、手強いビーム砲撃を正面から受け、命中率は決して高くはないが侮れない砲撃を左翼から受けることになる。
- 後退するのが分かったのだろう、ボールまでが調子に乗って接近しようとしてきた。それに向けてハンナ少尉とバンクロフト軍曹が、牽制の射撃を送る。2機から、それぞれから4、5発の曳光弾が放たれる。それぞれが、20発以上砲撃したということだ。
- さすがに10発近い曳光弾が自分に向かってくるのはぞっとしなかったのだろう、ボールの接近機動は多いに乱された。その間に、後退してきたザクとの合流を果たしたノーマン中尉は、機体を反転させると一気に貨物船を目指した。
- 背を見せるのは本意ではなかったが、中途半端な後退機動ではやられてしまうからだ。
-
- ボールが1機撃破されてしまった。バラバラに吹き飛んだ1機を見て攻撃機動に移ろうとしたボール隊はそれをやめてしまう。狙ったのではないだろうが2機のザクがばらまいた120ミリ砲弾の1発が1機のボールをまともに捕らえて爆砕してしまったのだ。作業ポッドを母体にしているボールは、装甲が施してあるといっても120ミリ砲弾の直撃に耐えられるほど頑丈に作られているわけではない。偶然を伴った1発で撃破されてしまう。もちろん、パイロットの生存は全くといっていいほど期待できない。この時点で、2機目の損失を被った計算になる。
- こちらはというとレイチェル少尉が1機、そして驚いたことにアクセル曹長が1機撃墜していた。戦果は、2対2。向こうに言わせれば2機ものザクを撃破されたというかもしれなかったが、マクレガー大尉にとっては同じ人の命が2人づつ失われたという点だけが問題だった。
- やはり、どんな理由があれ、ボールを先行させるのは間違いだといわざるを得ない。セオリー通りジムを先行させその掩護にボールを後続させていれば2機の損失を見なくてすんだに違いないとマクレガー大尉は思った。
-
- ハンナ・ブラウン少尉は、貨物船の陰に他のザクとともに潜み、今さらながら連邦軍のモビルスーツの威力に驚いていた。
- 確かに、チェ中尉の機動は、直線機動に過ぎた。迂闊だったということは誰にでも言えるが、口でどれほど聞かされようと人間というものは自分の目で見るまで信じないというところが多分にある。10キロ近くも離れたところからの一撃でやられてしまったチェ中尉は、運が悪かったのではない。それが、連邦軍モビルスーツの実力なのだ。おそらく中尉は、その距離から狙撃され、命中させられる能力を連邦軍モビルスーツが持っていようなどとは思いもしなかったはずだ。ましてや、その最初の被撃墜機が自分になろうということなど想像の埒外だったに違いない。
- ハンナ少尉自身は、2度目の交戦をしている現在、連邦軍のモビルスーツは想像するよりもずっと高性能だということだけは理解しているつもりだった。そう2度目だからこそ、こうしてチェ中尉の戦死のことについて冷静に分析し、考えることができているのだ。そうでなければ、自分もあの猪突猛進な突撃機動に加わっていなかったとは言い切れなかった。
- 連邦軍のモビルスーツは、貨物船へのゆっくりとした接近を継続していた。4機ともが、厄介なシールドを装備している。ノーマン中尉が設定した攻撃距離3キロに敵が接近するまでには、まだいくばくかの時間があった。もちろん、3キロはザクの対小型移動目標の想定交戦距離よりもはるかに遠い。しかし、それより接近されると厄介なことになるのも確かだった。ノーマン中尉の判断はあらゆる意味で正しいと思える。
- しかし、ハンナ少尉の中で何かが違うといっていた。何か違和感を感じるのだ。確かに、今のザクにとって貨物船の陰に潜みザクの有効射程内に相手を引き込むという考えは間違ってはいない。一気に距離を詰めようとしてもボールも含めれば10機以上からの集中攻撃を受けてしまう。
- (なにが違うの?)
- 口に出さずに疑問を頭の中で言ってみる。けれど、その答えはすぐには出てきそうになかった。
- その瞬間だった。連邦軍のモビルスーツは、一斉に射撃を開始したのは。急カーブしたエレカのヘッドライトが闇を切り裂くように連邦軍モビルスーツの放ったビームが、闇を流れた。同時に違和感の正体がハンナ少尉には分かった。もちろん、ノーマン中尉にも分かったに違いない。連邦軍の放ったビームは、遮蔽物であるはずの輸送船の残骸をまるで霧でできた幻影を貫くようにいとも簡単に貫通し、ザクに襲いかかってきたのだ。
- ハンナ少尉は、これ以上の危険を避けるために貨物船の残骸の陰から機体を踊り出させた。けれど、その時には1機のザクが、右足の膝から下を輸送船を貫通してきたビームによって切り落とされていた。
-
- (くそったれ!!)
- ノーマン中尉は、敵が発砲してきた瞬間にミスを悟った。一応の装甲を施されたザクですら一撃で、しかもその射距離にほとんど関係なく撃破が可能な兵器が民間船のぺらぺらの外壁なんかで防げる道理はなかったのだ。その判断ミスの結果が、ザク1機の右足喪失を招いた。
- 「損傷したザク、後退しろっ!」
- チェ中尉の指揮下の誰かなのだろうが、機体番号も分からない現状では名前など分かるはずがなかった。これで戦力はさらに1機減。
- けれど、最初の攻撃を受けた次の瞬間には全てのザクが、輸送船を離脱する行動をとったたことには満足する。少なくとも臆病なパイロットはここにはいないというわけだった。それに、変な自信を持って勝手な機動をするパイロットもここにはもういない。
- ザクの何機かが、短い射弾を送って連邦軍のモビルスーツを牽制する。
- それに対して連邦軍のモビルスーツは、的確な反撃を送って寄越す。発砲したザクの至近をビームが掠め、驚いたようにザクが、慌てて回避する。モビルスーツの能力差は、ノーマン中尉が思っている以上に大きいようだった。
- 「後退する」
- 機体性能が同等ならば決して引けをとらない自信があるノーマン中尉だったが、連邦軍のモビルスーツの性能を認めないわけには行かなかった。苦渋に満ちた声色で後退を命じ、同時に後退信号を撃ちだす。
- 『ベルベット』のザクをまず最初に後退させ、またしても殿。泣けてきそうになる状況の連続だった。ザクでは相手にはできない。ザクで連邦軍のモビルスーツを抑えようとするならば少なくとも3倍の数がなければまともに渡り合えそうにないと思えた。
-
- ザクの1機から撃ち出されたと思える発光信号が何を意味するのか知るのは新米で興奮しているコニー曹長にとってもそう難しいことではなかった。コニー曹長が見てもザクは、後退機動を始めていた。
- 代わる代わる砲撃するザクのせいでさすがのレイチェル少尉のジムも思うような追撃機動をとれなくなっていた。コニーについてはいうまでもない。
- 「もう1機ぐらい・・・」
- さらなる戦果を求めてコニーは、スプレーガンを発射するが、ザクは容易に標的にはなってくれなかった。小刻みに機位を変えるザクはコニーの手に余っていた。やや前方に位置するマクレガー大尉とレイチェル少尉のジムからもビームの煌めきが伸びるが、やはりザクを捕捉しきれていない。口惜しいけれど、そのビームの煌めきはコニーが送り込むビームの3連射より余程ザクにプレッシャーを与えている。
- 続けてスコーラン曹長が、3連射を送る。
- コニーの射撃に比べればずっとマシだったが、それでもザクの機動に対して追いかける格好でしかない。
- そして、そこまでだった、コニー達が一方的に攻撃を続けられたのは。3機のザクが、交互に機体を、いやマシンガンの砲口を明滅させ始めたのだ。ビームに比べると随分と緩やかな光が宇宙空間をゆっくりと切り裂く。初めは止まったように見える光が徐々に、そして急速にスピードを上げて4機のジムの近くを遠くを駆け抜ける。けれど、その曳光弾自体は、危険ではあったけれど、直接ジムを破壊するものではない。本当に怖いのは曳光弾と曳光弾の間に発射されている徹甲弾のほうだった(正確には連続発射される徹甲弾の間に曳光弾が含まれている)。
- マクレガー大尉とレイチェル少尉が、機体各所のバーニアを駆使して回避運動を行うのがモニターで見て取れた。コニーとは違って手動操縦による回避運動らしく、てきぱきとした機動に見えた。その回避運動はザクの発砲から優に5秒。つまりいまだザクとの交戦距離は3キロ以上あるということだ。
- コニーは、ジムに自由回避させながら思わずシールドを差し出す。大尉や少尉のように機体を自在に扱って回避させたかったが自分の腕を考えればジムのコンピューターのランダム回避に任せるほうが良かった。衝撃に備えて身構えるが、ザクの120ミリ砲弾は命中してこなかった。
- シールドを下げ、モニターにプロットされているザクのうち、右端のものに照準し射撃。しかし、未来位置を予測しない射撃は、偏差機動をしているザクにはかすりもしなかった。コニーの射撃を躱した、というよりコニーの射撃が外れたザクが、また発砲する。同じように大尉や少尉、スコーラン曹長の射撃を躱したザクも発砲する。
- (ボールは?)
- ジムに自由回避を続行させながらコニーはサイドモニターに目をやる。
- 「えっ?」
- コニーは、思わず小声を出した。
- 無理もない、支援してくれるはずのボールの残存機が明らかに後退機動を始めていたからだ。圧倒的な数の優勢下でザクを追いつめるという楽な戦闘(勿論それはコニーの楽観的な見方でしかない。安全な戦闘など夢想に過ぎない)を思い描いていたコニーにとってそれは驚きだった。
- 正面モニターに視線を戻したコニーは、大尉がこのことに気が付いたのかどうかを大尉のジムの機動から読み取ろうとした。しかし、コニーが見たところ大尉がボール隊が後退していくことに気が付いたのかどうかは判然としなかった。
- 突然コニーは、自分たちがボール隊からも母艦の『ナイル』からも見捨てられたような気持ちになった。
-
- もちろん、マクレガー大尉は、ボール隊の後退にコニー曹長よりもずっと先に気が付いていた。そして、コニー曹長が感じたような不安を感じたりはしなかった。
- (砲弾を撃ち尽くしたんだな?)
- もともとそれほど多くの砲弾を携行できないボールは、ザクとの交戦、というよりは防戦でそのほとんどを使い尽くしていたに違いない。自分たちが駆けつけるまでの極く短時間の防衛戦であっても冷静な射撃などできたはずがないボールにとって携行弾数はあまりに少なかった。再接近を企てた矢先に偶然を伴った一撃で1機のボールを失ったこともあいまって砲弾を撃ち尽くしたボール隊の指揮官は、後退を決め込んだに違いない。
- それをどうのこうの言うつもりはマクレガー大尉には全くなかった。むしろ、コニー曹長とは全く異なった思いを持った。つまり、これでボールのことを気にしないで戦える、というものだった。
- そういった思考を巡らせながらもマクレガー大尉の視線はモニターにプロットされたザクの動きとレクチルの動きをシンクロする瞬間を逃すまいとし、両手両足はジムを機動させ、レクチルをザクに合わせるように機動させた。そして、その間に2度の射撃をザクに向けて送り込んでいたが、いずれも躱されていた。決して向かってこようとはせずに嫌がらせの射撃を行いつつ回避するザクに命中弾を送り込むことは想像するよりもずっと難事だった。
- 正確なはずのレイチェル少尉の射撃も、2人の曹長の乱射もザクを捕らえることができないでいた。それは、ザクの射撃にしても同じだった。直線的な接近行動を阻止するだけの射撃がそうそう命中するはずがない。
- そう思った瞬間、後方視認用モニターの中で爆発が確認できた。
- 同時にパニックに陥ったスコーラン曹長の叫びがヘッドセットを通して聞こえた。つまり被弾したのはスコーラン曹長のジムだったということだ。被弾したスコーラン曹長は、何かを繰り返し叫んでいるが、何を叫んでいるのかはそれほど濃いわけではないが散布されたミノフスキー粒子のせいで判然としない。聞き取れるのはとぎれとぎれの単語だったが、その中に「血が・・・」「止まらない・・・」と言う言葉が入るところから、程度は分からなかったが負傷しているらしいことが分かった。マクレガー大尉が、後退命令を出すよりも先にスコーラン機が後退機動に入る。コニー曹長機が戸惑う様子も手に取るように分かった。
- 近くにいるせいでスコーラン曹長のわめいている内容が全て聞き取れるのだろう。コニー曹長も、同じようにパニックに取り込まれようとしているらしかった。
- (レイチェル・・・素直に従ってくれよ・・・)
- マクレガー大尉は、そう念じながら後退命令を出した。
- 案の定、レイチェル少尉が悪態をつくのが聞き取れたが、命令には従ってくれるようだった。
-
- 後退していく連邦軍からの最後のビーム砲撃を躱したノーマン中尉は、肩から力が抜けていくのを感じた。完全に背中を見せた連邦軍のモビルスーツを見て、ノーマン中尉も機体を反転させて、加速する。ドウッとノーマン中尉自身にも加速感を感じさせながらザクは、空間を突き進んだ。
- あれほど強固な装甲を誇っているはずの連邦軍モビルスーツのうちの1機が、たった1発の命中弾で損傷を負ったらしいことが分かったとき、無敵にも思えた連邦軍モビルスーツも所詮は人の作り出したものに過ぎないことが分かってノーマン中尉は、安堵した。
- ここで反撃に転じることができればどんなに良いだろう?しかし、それは夢想に過ぎないことも十分に承知していた。ボールに対する先制攻撃から、後退するための牽制攻撃までの一連の機動で自分も含めて『オルベスク』のザクが携行していた120ミリ砲弾のほとんどは射耗してしまっていたからだ。
- つまり『オルベスク』に所属するザクが携行していた1機あたり300発の120ミリ砲弾のほとんどがこの時点で射耗されていたのだ。
- 『ベルベット』のザクが射撃した120ミリ砲弾も含めれば2000発近い120ミリ砲弾をもって達成した事を考えればノーマン中尉は、暗然とせざるを得なかった。
- 開戦時であればゆうに連邦軍の1個戦隊を殲滅させたであろう弾薬の消費でこの日達成できたことは、作業ポッドから産み出された出来損ないの兵器を2機撃破し、1機の連邦軍モビルスーツを損傷させたに過ぎなかった。無傷であればそれでも良かったが、こちらも2機のザクを失い、1機を損傷させられた。しかも失われたうちの1機は、無能であれ指揮官機なのだ。割のあう戦闘とは到底言えなかった。
- 「中尉・・・」
- 不意に声を掛けられてノーマン中尉は、我に返った。
- 「何か?ブラウン少尉」
- 「いえ、進路を変更しませんと・・・。オルベスクは10時の方向ですから・・・」
- 少尉のいう通りだった。
-
- 3機のザクが、機体を翻し、また新たに鬼籍に入った4人の若い戦士を飲み込んだ戦場空域から離脱していく。今夜、後何人の命が失われるのかは誰にも分からなかった。宇宙で地球で、無数に失われていく命に何かの意味があるのか?それも今の時点では誰にも分からなかった。ただ確かなことは、こういった事態を引き起こしたのが誰であるかということだけだった。
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