the far far Moon
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「どうやら、宇宙の孤児になることだけは避けられたようですね・・・」
 ブラッドリー准将が、何度目かの作戦指令書から下される進路変更を命じ、その想定コースがメインスクリーンに投影されると安堵したようにストロバノフ大佐は、言った。
 艦橋職員達も、一様に安堵の雰囲気を漂わした。
「全く、同じ心境だよ、大佐。君もだろう?ローガン大佐?」
 ブラッドリー准将は、ストロバノフ大佐の言葉を受けて、自分の偽らざる気持ちを正直に表に出した。本来なら慎まねばならないことだったのだろうけれど、これまでの艦隊進路を考えれば、当然とも言えた。
「ハイ、もちろんです。准将」
 ローガン大佐も、心底安心した様子を隠さずに言った。
 無理もない、今まで示された艦隊進路は、ストロバノフ大佐が表現したように艦隊そのものを宇宙の孤児にでもしてしまおう、そんな進路としか思えなかったからだ。
 現在、幾度目かの指令書にしたがった結果、正確には9度目の変針の結果、艦隊は、月の公転軌道の同心円上を反時計回りに進む軌道に乗っていた。つまり、艦隊そのものが、地球の衛星の1つになったと考えることが出来る。しかし、その軌道は、月の公転軌道からさらに18万キロも外側だった。
 しかも、その軌道へ遷移するのに必要以上に進路を複雑にとらざるをえなかったため・・・これは、指令書が絶対だったからにほかならない・・・ブラッドリー准将は、艦隊を指揮しているのにもかかわらず、全く艦隊がどこへ向かわされているのか判断することが出来なかった。
「とにかく、司令部が、我々を戦場の蚊帳の外に置くのではないか?と言うことが杞憂に終わったことだけは確かだな・・・」
「まったくです。正直な所、この40時間余り、気が気ではありませんでした」
 ローガン大佐は、メインスクリーンに投影された新しい進路をとり続けた場合、艦隊が通過して行くであろう予想進路を眺めながら言った。新たな変針がなければ、艦隊は、月の公転軌道から18万キロ離れた位置を同心円上に進んでいくことになる。
 このことは、とりもなおさず艦隊が、これ以上地球圏から離れずに済むということだった。
「しかし、徹底しているというか、呆れたというか、この期に及んでも作戦目標自体が特定できないというのもどうかと思います・・・」
 ストロバノフ大佐が、肩を竦めた。
「そうだな、ア・バオア・クー、月、サイド3、ソロモン・・・どれも叩けるな」
 想定進路上からは、遷移に多少の難易度の差はあったが、ジオンのどの重要拠点へも進路をとることが可能だった。
「ブラッドリー准将は、どこだと思われます?」
 ローガン大佐のこの質問に艦橋職員の何人かが身を固くし、会話の内容に注意を傾ける。
「君は、どうなんだ?」
 ローガン大佐の質問にブラッドリー准将は、そのまま問い直した。
 ローガン大佐は、やや面食らった表情を浮かべながらも自分の考えを披瀝することにした。艦隊運動の自由度が全くない現在、ローガン大佐自身何度も自問自答していたことだった。
「ソロモンと、ア・バオア・クーは、外していいと思います」
「何故だね?」
 ブラッドリー准将は、間違ってはいないなという表情を浮かべながらも問い掛けた。
「この2つは、たとえ完全な奇襲に成功したとしても与えられる損害が小さいからです。その上、反撃を受けた場合、これまでの戦訓から我が艦隊が被る損害は、許容できる範囲をはるかに上回ると思われます」
「被虐的な発想ではあるが・・・正しいだろう」
 ブラッドリー准将が言うのにストロバノフ大佐が、やや眉をしかめたが、その思いを口にはしなかった。好ましくない発想とはいえ、ストロバノフ大佐も認めざるを得ない内容だったからだ。
「同じ意味で月もあり得ないでしょう。ほとんどの施設が地下化されたグラナダではソロモンやア・バオア・クー以上に損害を与えるのが難しい上に、ジオン最強と言われる第7師団が、ほとんど無傷で臨戦態勢にあります。反撃を受けた際の損害は、先の2つの目標にも劣らないどころか最も最悪なものとなるでしょう」
「それに、月は攻撃方向が限定されるから奇襲は不可能に近いだろう」
 ブラッドリー准将は、ローガン大佐の考えを肯定し、さらにマイナス要素を付け加えた。
「はい」
 ローガン大佐は、残った最後の目標について考察した。
「サイド3、ここならばザビ家を直接叩くという意味で、我々が全滅してさえ戦略的な意味はあるでしょう。生還は期し難いのは他の目標以上でしょうが・・・」
「確かに、今の進路ならサイド3へ到達することも可能だろう」
 ブラッドリー准将は、サイド3が目標であるという可能性を認めつつ、自分の考えに続けた。
「それが成功したとして、現状では叩けるのは、デギンだけに過ぎない。あわよくばギレンも巻き添えにすることも可能だろう。だが、ドズルとキシリア、ガルマまでは叩けない。彼らは、それぞれの前線に出向いているからな。ドズルとガルマは良いとしてもキシリアを残したままでは戦争は終結せんだろう。キシリアは、政治的野心も大きいと聞いている。ある意味、デギンなんかよりももっと質が悪い戦争を続けるやもしれん」
「小娘が?ですか?」
 ストロバノフは、やや否定的に言った。
「彼女は、良くも悪くもザビ家なのだよ」
 ブラッドリー准将は、即座に返した。「これは、サイド3の成り立ちが関係しているが、個人の資質うんぬんよりも血を引いているということがサイド3では重要なのだ。その点、キシリアは、純血だからな」
「そうでしょうか?」
 ストロバノフ大佐は、説明されても納得しかねた。
「ま、この点については話せば長くなる」
 ブラッドリー准将は、苦笑した。政治の面は、多くの軍人にとって不得手な問題だったからだ。「話を元に戻すが、現状では、正確なズムシティの場所が特定できていない。開戦後、彼らはコロニーの再配置を行っているだろう。我々の戦力で破壊できるコロニーは多くても4基でしかない。多くの同形のコロニーの中からズムシティを特定することは不可能だろう」
「確かに、そうです・・・では、やはり・・・」
 ローガン大佐が、続けようとするのをブラッドリー准将は、遮った。
「いやいや、ソロモンでもア・バオア・クーでもないだろう、ましてやグラナダでもないはずだ。司令部は、艦隊戦力をできる限り持って帰って欲しいと思っているはずだからな」
 確かに、正規空母は失って良い戦力ではない。
「では、いったい・・・」
 ローガン大佐とストロバノフ大佐の声が重なった。
「月だ、と私は思う」
「しかし、月は・・・」
 ストロバノフ大佐は、先刻話された通りの月の状態を思い浮かべていった。
「月といっても広い」
 それに対して、ブラッドリー准将は、意味あり気に言った。
「はあ・・・」
 ローガン大佐もストロバノフ大佐も、この時にはその言葉が何を意味するのかに思いが至らなかった。

「これは何かの冗談ですか?」
 第119モビルスーツ中隊指揮官、レッチゲン大尉は、配布された補給物資の一覧を見て即座に叫んだ。いや、本人は冷静に意見を言ったつもりだった。
「冗談とは何か?」
 グラナダ第5管区司令部付きの参謀が、レッチゲン大尉の気迫にやや気圧されながらも言った。
「この補給物資の一覧にある推進剤の割当です、あるいは0が抜けているのですか?」
 自分で言いながらもレッチゲン大尉は、0が抜けているのだろうと思った。それも2個。であれば納得がいく。
「推進剤の割当?」
 そういうと参謀は、兵站を担当している士官の方に視線を向け、意見を求めた。「どうなのだ?」
 文官上がりの参謀は、手元のリストを見ても何故モビルスーツ隊の指揮官の1人が興奮しているのかが、まだピンと来ていなかった。
「いえ、間違いではありません。グラナダ最高司令部からの新たな割当に基づき・・・」
 兵站士官は、答えを参謀に返した。
「・・・待って下さい!」
 レッチゲン大尉は、兵站士官の言葉を途中で遮った。言葉遣いが、必要以上に粗野にならないように注意する余裕は、かろうじて残っていた。「じゃあ、この数字が正しいって言うんですか?」
「間違いはない、大尉」
 兵站士官は、今度はレッチゲン大尉の方に向き直って言った。
「これが正しいのだとすれば、我々は機動演習を行えない、と言うことになりますが?」
 レッチゲン大尉は、部隊指揮官のヤイコブ中佐の方に助けの視線を向けながら言った。
「大尉の言う通りです。この通りの量では、機動演習はおろか、緊急発進に備えることが出来るは、現状の2中隊から1中隊・・・いえ2個小隊程度になってしまいます。これでは、いざと言う時、施設防衛に支障をきたします」
 レッチゲン大尉の支援要請を受け、ヤイコブ中佐は、とてもではないが部隊運営が出来ない量であることを説明した。最も、レッチゲン大尉が言わなくても具申するつもりではあった。
「現在の戦況では、その必要性がほとんどないとグラナダでは分析している」
「分析??」
 121中隊指揮官のコールマン大尉が、レッチゲン大尉と変わらないぐらい大きな声で言った。「しかし、部隊練度維持は必要です」
「シミュレーターがある」
「あんなものでは・・・」
「必要性は認めますが、あれは初期の訓練には役立つかもしれませんが、現状では練度の維持どころか士気を喪失させてしまいます」
 コールマン大尉がさらに言い募ろうとするのを遮ってヤイコブ中佐が、反論した。
「上申してもらっても構わないが、現状ではグラナダの決定が覆ることはないと思ってもらいたい。少なくとも今回の補給量が変更されることはない」
 兵站士官は、今回の補給量が変わらないことを言うと同時に自分の本分が補給量を決めることではないということを言外に漂わせた。
「ヤイコブ中佐、モビルスーツ隊の指揮官達の言い分も解るが現状を受け入れてもらうしかないのだ」
 それを受けるように参謀が、言った。
「分かりました。しかしながら、一応3個中隊のモビルスーツを預かる身として、上申はさせていただきます。シミュレーターだけでは、練度が維持できないのはモビルスーツ隊の指揮官であれば誰でも知っていることですし、緊急出撃できるのが2個小隊しかない現状で当該施設を防衛しろ!という命令は、難度が高すぎますから」
「それは、認める。実際、攻撃の有無の如何にかかわらず敵に備えるという観点からいえば中佐の意見の具申は妥当だからな」
 この参謀の言葉の真意は、もちろん中佐の正しさをただ認めるだけのものではなかった。ここが・・・グラナダの絶対防衛圏にある・・・攻撃を受ける可能性は万に1つもなかったが、もしも、攻撃にさらされた時のことを考えるならば、そら寒い結果が予測できたからだ。もしもそんなことになったら・・・責任を問われるのは自分であることは明白だった。
「分かりました、今日中にあげさせていただきます」
 ヤイコブ中佐は、その参謀の心のうちに気がつきながらもありがたくそれを利用させてもらうことにした。

 実際、この日、知らされた推進剤の補給量は、保有モビルスーツに対して、その搭載量とほぼ同量でしかなかった。もちろん、部隊の推進剤タンクが、空という訳ではなかったが、一昨日、昨日と実施した機動訓練でその残量はかなり心許なくなっていた。
 もちろん、それは今日の補給日、これまでと同量が補給されてくることを計算に入れてのことだった。
 ところが、補給されてきたのは部隊が保有するモビルスーツの充填量とほぼ同じだった。もちろん、実際にはそれよりは多かったのだが、それはどうにか自然減少分を補える程度でしかなかった。
 推進剤には、酸化剤が含まれている。つまり、ザクの推進剤タンクは、推進剤を搭載しておくだけで腐食の危機にさらされている訳だ。平時であれば、推進剤を抜いておけばそれで事足りるが、戦時下、施設防衛を任されている部隊では、常に緊急発進の出来る体勢の機体、つまりスクランブル機を用意しておかねばならない。
 つまり、推進剤を満載で搭載した機体を用意しておかねばならないのだ。
 そして、先ほど述べたように推進剤を搭載したままではタンクの腐食の恐れがある。タンクが腐食し、それが引き起こす最悪の事態は推進剤漏れによる推進剤タンクの誘爆である。
 そのような事態を引き起こさないためには、推進剤タンクの点検を行わねばならない。通常、それは48時間と定められており、推進剤を搭載して48時間を経過したモビルスーツは、推進剤を抜き取り、タンクの検査を要する。そして、また充填するのだが、この際に推進剤は少量ではあるが失われる。それが、いわゆる自然減少分だった。
 第5管区の場合、これまでは常に2個中隊18機のザクが、緊急発進が可能な体勢におかれていた。3個中隊しか配備されていない中にあって、これはかなりの負荷があるローテーションだった。
 24時間毎に推進剤の抜き取りと充填作業をそれぞれ9機のモビルスーツに対して行う訳だ。24時間ごとに9機の機体から失われていく自然減少分は、けして瑣末な問題ではない。
 次回の補給・・・10日後に予定されていた・・・まで、現状と同じような2個中隊体勢を維持しようとすると推進剤は、枯渇してしまうことは必須だった。
 しかも、この推進剤消費は、緊急発進体勢に限ってのことだ。
 哨戒活動や、機動演習、メインスラスターエンジンの噴射テスト・・・どんなことにおいても推進剤は、必須だった。
 どれも削って良いものではなかったが、推進剤の総量が想像もしないほどまでに削られてしまった現在、まず削減しなければならないのは、パイロットの練度をあげる上で必須の機動演習だった。これは、大量の推進剤を消費してしまう最たるものだったし、実際に1度でも実施してしまえば、以降の緊急発進体勢は、全くとれなくなってしまうと見込まれた。
 スラスターエンジンの噴射テストは、削れない。実戦で噴射不良でも起こそうものならそれは即、ザクの喪失につながるからだ。
 哨戒活動も削ることは非常に好ましくなかったが、削らざるを得ないだろう。現状は、ガトルを常時12機飛ばしているが、これを半分の6機にすることを考えねばならないだろう。つまり、ペア哨戒を単機に切り替えることになる。
 どんなに消費量を絞っても緊急発進に備えることが出来るのは2個小隊、6機が最大限だろう・・・。
 ヤイコブ中佐は、頭の中で何度も計算を繰り返した上でやはり、それが限度だと思った。
 ここが、グラナダの防衛圏内でなければ、職務を放り出したくなるような事態だった。
 ・・・万が一・・・そんな事態が起こったら、施設の防衛は、全く望めない。敵が、哨戒網を突破して襲いかかってくる場面を想像してヤイコブ中佐は、頭を振った。
(ありえんな・・・)

 そして、現状に思考を戻した。
 実際に起こりえるかどうかの事態のことをあれこれ考えるよりも早急に対処しなければならないことが目の前にあった。3人のモビルスーツ隊の指揮官の気持ちを鎮めることだ。今にも激昂しそうなこの3人を落ち着かさなければ営倉行きになる指揮官を出さないとも限らなかったからだ。
 指揮官を務めていようともモビルスーツパイロットという人種は、気長な人種ではなかったからだ。