ラインライトファルツの墓標


「状況は?」
 アドルフ・ハンス少尉は、指揮下の各車に、状況を伝えるように促した。もちろん、悪いのは分かっている。航空支援なしでザクと交戦したのだ。状況としては、最悪中の最悪だ。
「2小隊3号車、全滅です、2小隊は、我々だけです」
 声を潜めるように送ってきたのは、ビット軍曹の61式だった。ネッカー川の右岸に配備しておいた61式はたった1輌になってしまったわけだ。
「こちら、3小隊2号車、4号車と5号車が残っています。小隊長は戦死しました」
 左岸、右翼に展開させていた3小隊は、小隊長のビットマン少尉を失ってはいたが、まだ3輌残しているらしい。これは、幸運なことだ。
 ハンス少尉の指揮する1小隊は、その真ん中、自分を入れて、2輌を残している。つまり、15輌あった61式戦車は、残すところ6輌になってしまったということだ。
 たった15分あまりの戦闘で、ここハイデルベルグを守備していた連邦軍の防衛部隊は、戦力を激減してしまった。しかし、ただやれたわけではない。
 そう考えながらハンス少尉は、川向こうの古城を見やった。ザクのうち2機は、そこに潜んでいる。もう1機は、こちら側の街外れの起伏の向こうのどこかだ。
 戦場は、一時の静けさに支配されていた。
 
 ハイデルベルグ、ヨーロッパの旧ドイツ南西部に位置する学園都市である。街の中央部には、ライン川の支流であるネッカー川が流れている風光明媚な街である。町並みを保存することが指定されたために18世紀の雰囲気を色濃く残している。薄いオレンジ色の石レンガで作られた町並みは、まさに保存するに値する景観をこの地に与えている。
 しかし、その保存するに値する景観は、所々ザクの砲撃によって破壊され、あるいは炎上していた。
 その景観都市のハイデルベルグは、ラインライトファルツ地方の重要都市、マンハイムを扼する位置にもある。戦略的に見れば、その重要度は中の上というところだ。古来からそうであったのは、街の南西部に位置する古城を見てもわかる。16世紀に設置された古城は、前世紀のヨーロッパ大戦でも重要な拠点として存在していたらしい。
 そうであれば、バイエルン、ヘッセン地方を席捲したジオン軍の攻勢を足止めするために、連邦軍部隊が置かれたのは当然のことかも知れなかった。
 しかし、それが足止め以外のなにものでもないことは、配備された部隊を見ればよくわかる。1個機甲中隊に、増強された歩兵1個中隊、それに機動砲兵1個小隊、全く指揮系統の違う部隊からの戦闘ヘリコプター2個小隊が、ここに配備された全てだった。
「航空支援は、ルクセンブルクのシュミット中将が、万全にやってくれる。10分もあればフライマンタを送れるのだ」
 ここの守備を命令されたときに戦力が少なすぎると異議を唱えたときに言われたのが、そのセリフだった。しかし、現実には、1機の航空機も飛んで来はしなかった。
 同時に始められたライン川の下流、マイン川との合流地点にあるビースバーデンへのジオン軍の本格攻勢のせいであるらしかったが、そんなことは、ここを任されている自分たちには、関係なかった。
 そして、ザク6機からなるジオン軍の攻撃を受けた結果、既に機動砲兵小隊は全滅、2個小隊6機の攻撃ヘリコプターも、全てが撃墜されてしまっていた。歩兵達は、散り散りになり戦力たりえない。
 まさに、状況は、最悪だった。
 
「連邦軍は、マンハイム方面に後退しました」
 偵察小隊のルッグンが、撮ってきた航空写真を分析して情報将校が、そういったのは、昨日のことだった。
 それをばか正直に信じた自分を、グラント中尉は、罵った。
 連邦軍は、そこにいたのだ。
 ハイデルベルグの外縁に掛かるか掛からないうちにまず、ヘリコプター部隊の攻撃を受けたのだ。戦法としては拙劣だった。遮蔽物から、いきなりホップアップして、対戦車ミサイルを次々に発射しただけのことだ。しかし、不意をついたということでは、連邦軍の勝利だった。これがマゼラアタックであれば、かなりの損害を覚悟しなければならなかったはずである。しかし、実際には、奇襲攻撃を掛けたはずの連邦軍ヘリコプター部隊は、瞬く間に全てが撃墜された。
 ザクの前で、ホバリングしてのミサイル攻撃など自殺行為に等しいのだ。
 しかし、完勝というわけにはいかなかった。それなりの飛行速度を持つ連邦軍の対戦車ミサイルを1機のザクが避けそこねたのだ。高価なザクを、ヘリコプター程度と刺し違えたのでは割が合わない。6機のうちの1機をこれで失った。
 次いで、連邦軍戦車の各個砲撃と、自走砲の斉射を受けた。
 連邦軍部隊としては、これをヘリコプター部隊と共同で行うべきだった。そうであれば、さらにグラント中尉達としては、苦戦を強いられたはずだ。
 戦闘第2幕でも、ザクは、連邦軍を圧倒した。しかし、ここでも完勝ではなかった。10輌以上の連邦軍戦闘車両を撃破した代償にさらに2機のザクを撃破されてしまったのだ。
 1機は、戦車砲の直撃を受けた、これは、ある意味仕方のない損失だ。上層部のお偉方がいうほど、この地上でザクは、圧倒的な強さを発揮するわけではないことを、地上に派遣されたザクのパイロット達は、よく知っていたからだ。ザクを過信していたジオン軍の兵士達にとってこれは新鮮な驚きだった。
 それは、連邦軍の混乱が納まり始めると同時に、深刻な問題の一つとして持ち上がってきていた。
 もう1機は、受けなくてよかった損失である。
 連邦軍の砲撃を受けて慌てたパイロットが、川の土手を踏み外し、ザクを川の中で横転させてしまったのだ。気密のしっかりした空間戦闘用のF型であれば、帰還したときに整備兵が、悪態をつくだけでよかったかも知れない。しかし、地上戦用に、余分な装備を外したJ型は、そうはいかなかった。パイロットが冷静でなかったせいもあろうが、横転したまま2度と立ち上がることはなかった。
 パイロットは、ベンチレーターから逆流してきた水によって溺死してしまったのだ。
 まさに、不用な損害だった。しかし、地上ではそういった予期しない損害が、日常的に起こるのだった。
「レミンスキー、そこからは何か見えるか?」
 古城の反対側の陰に潜む部下に尋ねた。
「いえ、歩兵が、動くのはみえますが、肝心の戦車は見当たりません」
 川を挟んだ街の側に比べると城のあるこちら側は、高台になっているのだけれど、戦車の車高を考えれば視認できないのは仕方がなかった。
「ジョセフ、そっちはどうか?」
 ジョセフ曹長は、川の向こう岸に孤立している。
「同じです、ヘンリーの野郎だめですかね?」
 ヘンリーとは、川に沈んだパイロットである。
「どうにもならん、あきらめろ。街には、まだ5、6輌は残っているはずだ」
「畜生っ!!」
 ボリュームを、適度にコントロールするヘッドセットを通しても、ジョセフ曹長の悔しさは十分に伝わってきた。それは、そのままグラントの気持ちを表したものでもある。貴重なパイロットをまたしても名前もよく知らない小さな街のために失ったのだから。
 
「後退命令です」
 歩兵部隊の、現在の指揮官オットー軍曹が、61式の背に上がってきて本隊からの命令を伝えた。本来の指揮官は戦死、小隊長以上も全員が戦死しているか負傷してしまったせいだ。
「後退しろ?だって?」
「はい、マンハイムにジオン軍が迫っているそうです」
 それを聞いて、ハンス少尉は、言葉を失った。
 ライン川東岸最後の重要拠点のマンハイムを押さえられては、ここは孤立してしまうのだ。
「分かった、後退は、不可、現在ザクと交戦中、と打電しろ」
 半ば投げやりにいうと、若い軍曹は困ったような顔をした。「わたしの名前でいい、打電しろ」
「了解です」
 返事をすると軍曹は、身軽に61式から飛び降り、前線指揮所になっている建物へ、身を屈めながら走っていった。
「どうします?投降しますか?」
 そういったのは、操縦手のハインツだ。今すぐに、ハイデルベルグを脱出しても、マンハイムに着くには1時間はかかる。無理に戦っても分が悪いのこちらで、時間が経てば経つほど不利になるのもこちらだからだ。
「できるわけないだろ」
「ですよね」
 それっきり、61式の狭い車内は静まり返った。いや、水素タービンエンジンがたてる低いエンジン音だけは、その時を待っていた。
 
「くそったれ、ルッグンの1機でも回してくれれば・・・」
 グラント中尉は、一人でつぶやいた。戦場は、完全に膠着してしまっている。おおまかには分かっても、正確な61式の位置がわからないからだ。
 地球に降下して間もないころならば、間違いなく強行突破をしていたろう。それにその頃ならば、パイロットも優秀な者たちがほとんどだった。無論、レミンスキーやジョセフが無能というのではない。以前のパイロット達が優秀すぎたのだ。
 それらの優秀なパイロットの多くは、しかし、今はもうこのヨーロッパ戦線にはいない。戦死してしまうか、2度とザクに搭乗できないほどの重傷を負ってしまったせいだ。
 地上では、まさに考えられないような苦戦が、ジオン軍のザクを待ち受けていた。本物の重力の井戸である地球上は、どんなにシュミレーションをしても十分ではなかったのだ。
 戦線が、膠着し始めると同時にそれらの問題は、一気の表面化した。
 セイバーフィッシュ戦闘機やフライマンタ戦闘爆撃機による通り魔のような超々低空攻撃、デュブロップ爆撃機による夜間高高度爆撃、
巧みに遮蔽された61式戦車による待ち伏せ、歩兵達によるゲリラ戦術、地雷。こういったさまざまな戦術によってザクは、開戦時には予想もしなかったほどの苦戦を強いられているのだ。
 そして、全備重量で100トンに近いザク自身の重量による関節部分を主体とした異常な部品消耗速度、当たり前だ、ザクを設計する際には長期間に渡る地上運用など考えもしなかったのだから。それは、作戦行動の度に関節部分の交換を要求されるほどだった。
 その消耗に、補給が追い付かなくなってもザクの出撃自体が減るわけではなく、必要な整備を十分に受けられなくなったザクは、しばしば戦場で重大な結果を招くことになった。つまり、戦闘中の故障である。多くの場合それは、そのままザクの喪失につながった。
 またザクに頼らざるをえないジオン軍の組織的構造は、ザクパイロットに連日の出撃を強要せずにはおかなかった。連日の出撃によって積み重なった疲労は、パイロットの未帰還へと繋がっていった。
 ますます多くのザクを必要とする中にあっては、開戦時のようなベテランパイロットに変わって、補充されるのは錬成途中のパイロットであり、さらには訓練すらろくに受けないパイロットがその中心を占めるようになりつつあるのが現状である。そして、それは、そのままザクの喪失率を押し上げることに繋がっていっている。
 そういった中にあっては、レミンスキーやジョセフは、開戦時に揃っていたようなベテランではないにしろ、一応一通り訓練の終了したパイロットなのだ。
 それでも、強行突破を掛けるには、彼らは未熟すぎた。61式は、ジオン軍の上層部が考えているほど組しやすい相手ではないのだ。
 
 ジョセフ曹長は、グラント中尉達が布陣する城側から、橋を渡って街の中に逃げ込もうとした61式を見逃さなかった。
「中尉、敵が動きました」
 叫ぶと同時に120ミリマシンガンを間髪入れず照準し、100メートル近い長さの橋を、30メートルも渡らせないうちに初弾を発射した。
「いかんっ!!」
 グラント中尉は、思わず叫んでいた。確かに、橋を渡ろうとしている61式は撃破できるだろう、しかし・・・。
 その時には、ジョセフ曹長は、10発以上の120ミリ砲弾を発射していた。
 1発目、2発目、3発目までが、橋の手前の川面を叩いた。盛大な3つの水柱が競い合うように、高々と川面から立ち上がり、たちまち視界から61式を消し去ってしまう。その水柱が崩れ落ちないうちに、橋に対する命中弾が、相次いだ。更に橋の向こうにも水柱が立ち上っていく。
 橋を駆け抜けようとした61式戦車がどうなったのか?それがわかるよりも先に、明らかな変化がザクの方に起こった。
 砲撃のために上半身を曝したザクに、ハイデルベルグの街の中から、初速が、2000メートルにも達する120ミリ徹甲弾が殺到したのだ。殺到した砲弾は、4発にしかすぎなかったが、それでことは十分だった。1発が、起伏を削った以外は、全部がザクに命中した。
 傾斜角の付いた戦車の分厚い正面装甲を貫通することが目的の徹甲弾が、ほとんど垂直に近いザクの胸部の装甲を貫通しないわけがなかった。
 砲撃地点に向けて、グラント中尉が、120ミリ砲弾を送り込む。しかし、いくらも打ち込まないうちに、街の中に反撃の発砲を認め、ザクをかがませなければならなかった。
 間一髪、砲弾がザクの頭上をかすめ、ジョセフ曹長の二の舞いにはならずに済んだ。
「ジョセフっ!!」
 名前を叫んでも、既にそれはなんの意味もなかった。
 
「合流します、援護を願います」
 突然、ビット軍曹からの無線が入ったとき、ハンス少尉は、絶句してしまった。制止しようとしたが、その時には、ビット軍曹の61式は、エンジンの出力を最大にして橋へ向かって驀進を始めていた。水素タービンエンジンが叩き出す2000馬力ものエネルギーは、すぐには押し止めることなど不可能だった。
 川向こうに1台きりでいるということの恐怖に耐えきれなくなった結果だろうが、致命的なミスでもあった。
 丘陵の向こうに潜んでいたザクが、それを肯定するように120ミリマシンガンを照準するのが見て取れた。まるで人が装甲スーツを着込んだような滑らかな動きに嫌悪感を禁じえられないまま、ハンス少尉は、叫んだ。
「各車、ビット軍曹を援護、城方向にも注意!!」
 砲塔を旋回させ、砲身に心持ち迎角を掛ける。照準、発射。甲高い戦車砲特有の発射音が耳を聾し、120ミリ滑空砲から砲弾が放たれたことを知らせてくれる。やや遅れてもう1輌の61式も攻撃をした。しかし、その時にはザクのマシンガンは轟音を発し、120ミリ砲弾を、ビット軍曹の61式に向けて叩き出していた。
 こちらの砲撃に対し、城方向からも1撃が、加えられる。それを制するように城の方に砲撃可能な61式が反撃を送り込んだ。
 丘陵の向こう側から上半身を曝したザクには3発の命中弾が得られ、そのザクが後方へのけ反るように倒れていくのが見て取れた。城から姿を表したザクは、一撃を加え、砲弾が殺到する前に、また身を潜め、61式の120ミリ滑空砲弾は悪戯に城の城壁を吹き飛ばし、またはむなしく彼方へ飛翔していっただけだった。
 戦闘は、僅か10秒足らずの出来事でしかなかった。
 再び、視界が開け、水煙に煙った橋が見えたとき、ビット軍曹の61式は、橋の中央部分とともに川の中に消えてしまっていた。更に、城側から加えられたザクの砲撃で崩れ落ちた瓦礫によって1輌の61式が埋もれてしまった。
 つまり1機のザクを、撃破した代償として61式を2輌も失ったのだ。
 唯一の慰めは、埋もれた61式からは、乗員が脱出できたことだった。
 しかし、残りは4輌になってしまった。
 
 どちらも決定的な打撃を与えることのできぬまま、再び、ハイデルベルグは、膠着状態に陥った。
 4輌ばかりの61式が、突撃を敢行しても、ザクの120ミリマシンガン、まさに機関銃のように120ミリという大口径の砲弾を送り込んでくるこの常識を外れた兵器、の餌食なるのは目に見えていた。
 また、どこに61式戦車が潜んでいるかわからない状態では2機ばかりのザクで市街地に突入するのは危険すぎた。確かに、ロケットバーニアを使えば川幅100メートルにも満たない目前の川はあっさりと飛び越えられるのだけれど。しかし、そうなると相手にするのは戦車だけではなくなる。市街地に入ってしまえば、物陰から打ち込まれる歩兵の携行対戦車ミサイルにすらやられてしまう可能性を考慮しなければならなかった。それは、犯してよい種類の危険ではなかった。
 要するに両軍ともに決め手を欠いているのだ。
 何か一つ、決め手があればこの膠着状態は、瓦解するはずだった。しかし、現実にはそのような手段はなく、川を挟んだにらみ合いは、終わる気配はなかった。じりじりと時間だけが、双方の兵士の神経を苛立たせながら過ぎていった。
 
 膠着は、永遠には続かなかった。
 終焉は、ジオン軍が、ビースバーデンを予想以上に簡単に攻略してしまったことによって引き起こされた。
 
 ビースバーデンへの航空支援が無駄になったとことによって終焉はもたらされた。それは偶然にもある連邦軍の航空参謀の一人が、崩壊しそうになっているヨーロッパ戦線に対する泥縄式の善後策に追われながらも、脳の片隅に追いやられて忘れてしまいそうになっていた要請を奇跡的にも思い出した結果だった。
 その中佐は、数時間前に、ハイデルベルグからの航空支援要請があったことを思い出したのだ。名前は忘れたが、1人の軍曹がしてきたその要請は、しかし、その時には全く省みられなかった。ビースバーデンへの航空支援及びマンハイムへの航空阻止攻撃にルクセンブルグ空軍基地の能力は全て割かれてしまっていたせいだ。
 それにハイデルベルグは、連邦軍にとってはもはやなんの意味も持たない地名だったからだ。
 それでも、その中佐は、ビースバーデンへ振り向けはしたが結果的に支援が間に合わなくなった3機のフライマンタにそのまま搭載兵器を投棄させて帰還させるよりも、ちょっとはましだと思ったのだ。それに、支援要請を無視したと後でいわれなくて済むとの思いもあった。空軍としての面目は立つのだ。
 
 その日、3回目のミッションに出撃したローレン・ゲリン少尉は、離陸して10分もしないうちにビースバーデンへの航空支援がもうなんの意味も持たないことを知らされた。ビースバーデンを守備していたドイツ24師団の主力は、夜明け前から始まった10時間にも及ぶ戦闘の結果、ビースバーデンから駆逐されてしまったのだ。
 ゲリン少尉の所属するルクセンブルグの第12戦闘爆撃機中隊も、3回のミッションによって半分以上を失い、現在残っているうち飛行可能なのは彼女、そう彼女は女性の優秀なパイロットなのだ、を先任とする3機でしかなかった。
 中隊長は、1回目のミッションで撃墜されてしまった。ゲリン以外の小隊長も2回目までで全員が撃墜され、この3回目には、飛行可能なフライマンタはたったの3機になってしまったのだ。
 それでもゲリン少尉は、航空支援に行くことになんの文句もなかった。ビースバーデンには、彼女達を心待ちにしている友軍がいたからだ。
「ゲリン少尉、聞こえるか?」
 戦場を管制しているディッシュ管制機から新たな命令が入ったのは、帰投のために旋回を終わってすぐだった。後1分遅ければ搭載兵器、1000ポンド爆弾6発、を投棄しているところだった。
「こちら、ゲリン少尉、聞こえます」
 ディッシュから、管制されているためにレーザー通信は思ったより明瞭に聞き取れた。
「新たな目標を指示する、座標は・・・」
 
 それは、幕切れとしては余りにもあっけなかった。
 川面を這うような超低空から突如として現れたフライマンタ戦闘爆撃機は、一気に城のザクへと攻撃を開始した。
 1機目が、6発の1000ポンド爆弾をぶつけるように投下し2機目も同じように6発をまとめて機体から切り離す、3機目はザクの放った120ミリ砲弾に粉砕されたが、そのまま機体ごとザクへと飛行を続けた。
 最初の6発が、まとめてザクの周辺に着弾し、続けて更に6発が盛大な爆発を巻き起こす、そこに撃破されたフライマンタの機体が火を吹きながら突っ込んだ。300キロのセムテックを詰め込んだ1000ポンド爆弾が18発、それに燃料を十分に残したフライマンタが1機、ザクに叩き付けられたのだ。それはもう、命中していようとしていまいと関係がなかった。
 それを見て後退しようとしたザクは、残った4輌の61式の攻撃でいくらも進めないうちに大地に叩き伏せられた。
 
 ザクの集音マイクが、その音を拾ったときには、もう1機目がホップアップし、機体をこちらに向けて突進してくるところだった。続けて1機、更にもう1機がグラントのザクに向かってきた。
「ちいっ!!」
 ザクに120ミリマシンガンを構えさせると同時に発射ボタンを押し込む、照準をしている余裕などなかった。その時には1機目が爆弾を機体から切り離すのが見え、2機目が同じようにコースを取ろうとしている、そして3機目も。
 先頭機が機体を翻し、視界から消えるときには2機目が爆弾を切り離していた。120ミリ砲弾が、むなしく空を切る。その瞬間、先頭機の切り離した爆弾が、グラントのザクを激震のように襲った。もはや、120ミリマシンガンが、命中することなど望むべくもなかった。モニターが、爆弾の着弾の衝撃によってブラックアウトし、一際大きな衝撃がグラントを襲ったとき、グラントは、街に注意を向け過ぎていた自分を罵った。そして次の瞬間、グラントの意識はぷつりと途切れた。
 
 レミンスキーにとっては、悪夢だった。中尉が戦死するなど、考えたこともなかったのだから無理もない。中尉のザクが、爆発に包まれたとき、パニックに陥ったレミンスキーができたことは、ザクをもと来たほうに翻すことだけだった。
 宇宙空間では、音速を超える機動が可能なザクも、重力下では、整地ですら時速85キロ、これはカタログデータでしかない、で移動できるに過ぎなかった。そうであれば、4輌の61式の砲撃から逃れられる道理はなかった。
 結果は、レミンスキーが命を失うことで証明された。
 
 ロービジリティ迷彩を施されたフライマンタが機体をバンクさせながら夕陽の迫った上空を飛び去っていったのは、5分ほど前だ。61式の車体に取り付いた生き残りの兵達が歓声を上げ、それを見送った。そのたった2機になったフライマンタを率いているのが、女性のパイロットだったということに驚きながらも、ハンス少尉は、礼を言うのは忘れなかった。
「お会いできたら、1杯おごって下さい」
 ハンスの礼に対して、その空軍少尉は、気の利いた返答を返してきた。少なくとも、本隊への合流を無事に果たしてやろうという気にはなる言葉だった。
 結局、勝ったのか負けたのか?
 自分は生き残ったのだろうけれど、負けたんだろうと思う。今日1日の戦闘で、自分たちも含めて連邦軍はライン川以東から完全に駆逐されてしまったからだ。確かに戦闘が終わった後にハイデルベルグに残っていたのは自分たちだったけれど、4輌の61式と負傷兵も含めて50名あまりの兵士では何かができるわけでもなく、先に受けていた後退命令に従うしかなかった。
 ・・・ハイデルベルグには、何も残らなかった。残されたのは、景観都市には不釣り合いな、両軍が作り上げた鋼鉄の墓標だけだ。ラインライトファルツ地方に再び平和が訪れるその時まで、墓標の位置は変わることなく、この地に消えていった若者たちのために、その地にあるはずだった。
 ハンス少尉は、そっと敬礼を贈ると、自分たちが確実に生き残れるための方策を考え始めた。戦闘が終わったといっても自分たちが完全に安全になったわけではないからだ。
 
 宇宙世紀0079
 まだまだ連邦軍が苦戦を強いられている頃の話である