爆撃行

ガウって何と思ったらクリック?


 轟々と爆音を響かせながらガウの巨体が、広大な面積をもつカルフォルニア・ベースの滑走路をゆっくりとうごきだす。
 同時に、嵐が来たわけでもないのにガウの周囲から外側へ向けて猛然たる暴風が沸き起こっている。ガウが、あまりにも巨大かつ荷重が大きいために離陸の際に熱核ジェットエンジンの莫大なパワーから産み出される下方噴射を不可欠としていたためだ。そのため、滑走路は常にクリーンな状態を保っていたし、ガウがこれほど巨大なのにもかかわらず高翼配置になっているのも下方噴射によって巻き上げられるゴミの吸引を少しでも防ぐためだった。
 この日、カルフォルニア・ベースにミニ台風とも言うべき暴風を巻き起こそうとしているガウは9機、現在の予備部品の供給状況を鑑みるならばカルフォルニア・ベースのほぼ全力と言える。
 そして、その攻撃目標は、北米南岸、マイアミ半島に上陸した連邦軍を強力に支援しつつあるだけでなく、北米南岸の全てのジオン軍基地に絶え間ない圧力をかけるカリブ海、連邦軍ハバナ基地だった。
 
 ゴゴゴゴゴゴゴッ・・・・
「何回乗ってもこれだけは慣れませんね・・・」
 兵員室で自分に割り当てられた座席に着き、オルグレイ伍長は、隣に座った分隊士のマークレイ軍曹に話し掛けた。確かに、今にもガウそのものが分解してしまうような震動をたてながらガウは、滑走していくのだ。例えるならば、できの悪いジェットコースターに乗ったようなものだろう。さほどスピードが出るわけでもないのに震動ばかりが強調されるのだ。滑走路が平坦でないせいなのか、はたまたガウそのもの構造の問題なのか、あるいは、その両方というのが正しい答えかもしれなかった。ウソか本当かは知らなかったが、実際にどこかの基地ではガウが滑走中に大爆発を起こしたともいわれている。つまり、ガウは、まだ十分に実用化されたとは言い難い航空機(ガウをどう分類するかは非常に難しい問題でもあるが)だった。なにしろ、巨大な空間をもつとはいえコロニーというものは決して航空機の試験飛行を行えるようには設計されていなかったし、また、航空機が必要になるほど巨大でもなかった。
「まあな・・・おっと・・・」
 一際大きな震動が2度3度と続いたあと、ガウの震動は半分になった。空中に駆け上がれば震動はなくなるのが通例というものだがガウにとっては地上にあっても空中にあっても程度の差こそあれ、震動が皆無になるということはあり得なかった。
「浮いたようですね?」
「浮いたなんていうな、伍長。飛んだというんだ」
 新兵達が、不安そうな顔になるのを見ながらマークレイ軍曹は、しかめ面になっていった。今度の爆撃行には、かなりの新兵が配属になっていた。新たに配備になったガウに対し、それに見合うだけの訓練を受けた兵士の数が足りなかったからだ。
 そういった兵士達は専門的な兵科、たとえば機関兵や整備兵、そうガウは飛行しながらも整備を受ける必要があった、につかせるわけにはいかなかった。勢い、専門的な知識が不要な対空機銃班に配属されることになる。
「そうですね、軍曹、大層立派な飛び方です」
 新兵達の不安そうな顔を1人1人見回しながらいったいこのうち何人が生きて帰れるのかとオルグレイ伍長は、考えて暗澹たる気持ちになった。いや、それどころかこのガウ13号機でさえ無事に戻れるとは限らなかった。夏以降、ガウの未帰還率はじりじりと上昇しつつあるのだ。
 
 ガウの未帰還率の上昇は、ガウそのもの戦闘力の低下というわけでもなかったし、連邦軍が何らかの新兵器を投入したからでもなかった。連邦軍が、ガウに対する戦い方を心得始めたということがその原因の根本だった。最初、ガウに遭遇した連邦軍のパイロット達は、そのあまりの巨大さにまず驚き呆れた。恐ろしいほど巨大なこの航空機は各所で撃破の憂き目に遭い続けていた連邦軍にとって更に決定的な精神的ダメージを与えた。
 あまりの巨大さに幻惑されてどこを攻撃してよいのかさえ分からなかったし、そういったマニュアルもなかった。
 また、強大なパワーを振り絞る熱核融合炉から溢れんばかりに得られる電力によって初めて搭載が可能になるメガ粒子砲が、連装3基も搭載されている火力も連邦軍を畏怖させずにはおかなかった。
 加えて連邦軍のパイロット達が、それまでずっと叩き込まれてきた空戦が全く不可能な事態も連邦軍を混乱させるには十分だった。さらに連邦軍が遭遇する全く新種の戦闘機、格闘戦にだけ特化したドップをも伴うジオン軍の空中艦隊は在来型の空中戦を想定した連邦軍にとっては無敵とも思えたのだ。そして、墜ちないガウ、それは一種の伝説と化した。
 しかし、その勝利の半分は初期の連邦軍の混乱によってもたらされたものだった。混乱に次ぐ混乱によって所要に満たない戦力の逐次投入を強制されたこともあいまって連邦軍は、敗退を続けた。もちろん、戦略的後退という側面はあったにしろ、その時々を戦った連邦軍にとって、それは紛れもない負け戦だった。
 そして、伝説が伝説でなくなるときがやって来た。
 最初のガウの被撃墜、それは連邦軍にとってもジオン軍にとっても衝撃的な出来事だった。
 圧倒的な数を持って迎撃してきた連邦軍機に繰り返し繰り返し攻撃を受けたガウの1機がついに撃墜されたのだ。
 それ以降、いったい何機のガウが撃墜されたことだろう?ガウの搭乗員達の悪夢の始まりだった。ガウが、決して不死身の要塞でないことを多くの犠牲を払いながら知識として得た連邦軍航空部隊は、迎撃毎により効果的な打撃をガウに与える術を身に付けていった。
 
 カルフォルニアベースを離陸したガウは、進路を真東へと向ける。そしてダラス上空で進路を南東に変針し、メキシコ湾に出ると同時にニューオリンズのジオン軍基地から発進したリトルフレンズ、ドップ戦闘機の護衛を受ける。
 現在、ガウ自体が、ニューオリンズ基地に進出していないのは半年ほど前にニューオリンズが、大規模な連邦軍の夜間空襲にさらされたからだ。その際に駐機していたガウ3機が失われ、基地機能の大半も失われるほどの被害を被った。以来、連邦軍の航続範囲内でのガウの駐機は厳禁されている。結果、ガウが運用できる航空基地は遥か遠方のカルフォルニアベースか、ニューヨーク基地に限定されてしまっている。
 ニューオリンズでドップ制空戦闘機体と合流を果たしたガウ9機は、針路を南にとる。そして、300キロ南に下ったところで一路、ハバナを目指す。最短距離を取らないのは、既に戦場と化しているマイアミ半島は危険すぎたからだ。
 
「随分少ないですね」
 機銃塔から合流して来たドップを数え、オルグレイ伍長は言った。ガウの更に上空を覆うようにして飛ぶドップは、数えるのに困るほど多くはなかった。
 ニューオリンズに近づき、戦闘空域にも近付いたとの認識から約1時間前からオルグレイ達、機銃班は、持ち場の機銃座についていた。いわゆる第1戦闘配置である。兵員室での待機で、新兵達に対空戦闘のコツを教えたりしていたので今日は時間の経つのが早かった。
「2個飛行中隊にちょっと欠けるってところか?」
 マークレイ軍曹も、見るからに戦力不足なドップを見上げて溜め息交じりに言う。
 1個飛行中隊は12機だから20機前後しか上がってこなかったことになる。連邦軍ハバナ基地からの空襲が強化されるのに合わせて攻撃を加えるようになったジオン・ガウ飛行師団のこの爆撃行が、もう何度目なのか忘れたが、これほど少ない護衛は初めてのことだった。
「そうですね・・・」
 そんな話をしているあいだにもドップの1機が翼を翻す。急激にではなく、ゆっくりと。高度を落とし、やがて視界から消える。
「おまけに整備不良ときた・・・」
 実際ドップの稼働率は、酷く、前線の兵士達の努力にも関わらず補給の滞りとともにその現状は、悪化することはあっても改善する兆しは見られないままだ。
「帰り着ければいいんですがね」
「まあ、今ならまだ海水浴しても迎えに来て貰えるさ。サメがお腹を空かしてなければな」
 それから20分ほどのあいだに更に3機が脱落し、護衛機であるはずのリトルフレンズ・ドップは、僅かに18機を数えるのみになった。
 だが、18機になってもいないよりずっとマシだった。丸裸の状態で連邦軍の迎撃を受けることなど考えるだに恐ろしい。  
『対空監視を厳にせよ!!』
 変針地点を前に、ガウの指揮官機からの命令が発信される。変針地点は、ユカタン半島のティシミンを基地とする連邦軍迎撃部隊との接触空域でもあるからだ。
 どんなにカルフォルニア・ベースから発進を秘匿しようとしても、ガウほどの大型機の発進は誰の目にもとまならいということはあり得なかった。そうであれば、半分以上敵性とも言える北米にあっては、ガウの作戦行動は連邦軍に筒抜けなのだという前提に立たなければならなかった。
「今日は来ますかね?」
 前回は、メキシコ湾上空では苦労せずにすんだのだ。ユカタン半島の天候が悪化していたせいだったが、オルグレイ伍長は、喜んだものだ。
 コロニーの制御された天候で育ったオルグレイにとって航空機の発進すら阻害してしまう地球の天候は、まさに驚愕すべきもので、命さえ奪ってしまいかねない自然の脅威に曝されてまで地球に住み続ける人種の考えていることはもはや理解不能だった。
「来るさ」
 そう答えてマークレイ軍曹は、目を上空へとやった。どこか一点を凝視すると、敵を見落としやすくなる。何となく空全体を見渡し、何かが視野で変化したらそこへ焦点を合わせる。そういう見方をしないと短時間で目が疲れて、対空監視どころではなくなる。しかも機銃塔の局面を多用した風防ガラス越しなのだから尚更だ。
 
 敵が現れたのは、ガウが変針のために機体を傾け始めたその瞬間だった。
 オルグレイもマークレイ軍曹もそれを発見できなかった。最初に発見したのは、上空を援護してくれているドップだった。
『各機銃座、自由射撃を許可する、繰り返す各機銃座、自由射撃!!』
 編隊司令官からの命令が5秒と遅れず通達される。
「ヘッドフォン装着、マイクテスト」
 ヘッドフォンを装着しなければ、機関砲の連続発射の轟音で鼓膜がどうにかなってしまう。マイクは、咽喉マイクといわれるタイプで、喉元に装着し、どんな騒音下でも声を咽喉の振動で拾い、伝達できる。
「良好!!」
「安全装置解除、試射せよ!!」
「了解、安全装置解除します。解除!試射します」
 オルグレイは、何十回となくこなしてきた動作を再び繰り返した。トリガーを強く握ると連装20ミリ機関砲の銃口から必殺の破壊力を持つ20ミリ弾が轟音を伴って短く発射される。
「異常なし!!」
「よろしい、敵3時方向から接近中!!高度差1000!」
 マークレイ軍曹の声も心なしか上ずっている。
 旋回を終えたガウから、搭載ドップの緊急発進が始まるが、敵の機動を見るならそれがファーストコンタクトには間に合いそうにないのが分かる。
 ちらりとオルグレイは、ガウの機体上面にせり出したほかの機銃塔に目をやる。機体中心線上に2基、左右の翼面にも3基づつ、側面には4基、機体下面にも4基がそれぞれ配置されている。その全部が見えるわけではなかったけれど。そのうちのいくつかには新兵が配置されているのだ。かれらは、どんな気持ちで敵を見ているのだろう?ふとそんな思いが過った。
「くそっ!セイバーだ!!」
 マークレイ軍曹の罵声とともに最初の対空戦闘の火ぶたが切って落とされた。
 阻止しようとするドップの機動を上昇機動から緩降下の一連の機動によって躱した連邦軍の高速戦闘機セイバーフィッシュは、2機1組になって思い思いのガウに襲いかかった。最高速度は軽く音速の3倍近くでる機体だったが迎撃戦闘を仕掛けている現在は、音速をやや下回る速度で飛んでいるに過ぎない。それでも、ガウの動力銃塔で捕捉するには、それなりのコツと経験が必要だった。今日配属されたばかりの新兵達では、セイバーを驚かすことさえ不可能だろう。
 そんなことを頭に思い浮かべながらもオルグレイは、機銃の発射把を握り、轟然と発射した。防音用のヘッドフォンが無ければ、いっぺんに耳をおかしくしてしまいかねない轟音とともに、左右の20ミリ機関砲から毎分1000発にも達しようかという機関砲弾が吐き出される。
 しかし、実際には1000発もの連続射撃などは行わない。発射による熱で銃身がもたないし、敵に命中弾を与えることのできるタイミングは僅かなものでしかなかったからだ。
 曳光弾が、敵に迫るが、敵はそんなことに臆する様子もなく突っ込んできて攻撃を加えてきた。
 セイバーの攻撃は、無誘導のロケット弾と機首に装備された30ミリ機関砲によるものだ。30ミリ機関砲弾は、ガウにとってはそうそう致命傷とはならなかったが、ロケット弾の場合は、悪くすると一撃で重大な損傷を被ることになる。
「ちきしょう、先頭機を狙ってやがる!」
 マークレイ軍曹の、悪態がヘッドフォンを通じて聞き取れる。「4時方向2機続けてくる!!」
 悪態をつきながらも対空監視に抜かりはなく、マークレイ軍曹は、新たな敵の侵入方向を指示してきた。
「了解、攻撃します!!」
 オルグレイは、足元の旋回ペダルを踏み込み、機銃塔を旋回させる。電動のために、気持ちとは裏腹に一定の速度でしか旋回しないのがもどかしいが、その旋回スピードは、決して遅くはない。
 再び照準環に敵機を捉えて、オルグレイは発射把を握り直した。
 発射!!
 しかし、セイバーの速度が速いことと敵が先頭機を狙って機動していることで大量に吐き出されているはずの20ミリ機関砲弾は一向に収束していかない。
「くそつ!!」
 セイバーが一瞬白煙に包まれる。
「どうした!!」
「敵、ロケット弾発射しました!」
 2機のセイバーが発射したロケット弾は、合計8発にもなったが、命中したのは3発でしかなかった。ガウほどの大きな標的に対して半分も命中させられないのは、決して連邦軍のパイロットの腕が悪いわけではない。ガウが、いかに巨大だとはいってもその飛行速度は、軽く600キロを超えていたし、当然無抵抗ではない。加えてドップが、邪魔立てをするなかで無誘導のロケット弾を命中させるのは難事なのだ。
 その攻撃を最後にあっけないほど簡単に連邦軍機は戦場を去っていく。搭載してきたロケット弾を全て撃ち尽くしたからだ。機関砲弾は、まだ十分に残しているはずだが、それではガウに致命傷を与えることは不可能だったし、航続距離を考えるならばロケット弾を発射してしまえば後は無駄な戦闘と判断をせざるを得ない。
『射撃やめ!射撃やめ!』
 機長から無駄な射撃をまだ続けている機銃塔へ命令が下り、第1回の戦闘は終息した。
 
「被害は?」
 機長のモディン少佐が、前方のガウを眺めながら聞くのに、オペレーターのドノバン曹長が応えた。
「編隊長機が、ロケット弾3を被弾。6番機が同じく3発。3番機、8番機が1発づつくらいました」
 ほんの僅かな空戦ではあったけれど、連邦軍のパイロット達は必要最小限の仕事をやってのけたらしかった。
「編隊長機から入電です。回します」
「よろしい!」
 ストルツ伍長からの無線切り替えを待ってモディン少佐は、編隊長機からの指示に耳を傾けた。
 指示の内容は聞かなくとも分かった。見ている目の前で編隊長機のガウは、徐々に高度を失っており、命中箇所(右翼の付け根)からの火災は収まる様子もない。速度も落ちている様子で既に2番機に並びかけている。
 交信を終えたモディン少佐は、機長席に座ると無線交信を編隊オールにしていった。
「これより、当編隊の指揮は4番機のガウ13号機、モディン少佐が執る。以降は、わたしの指揮下で行動せよ!」
 
「何か、変わりますかね?」
「変わらん、変わらん」
 自分の乗るガウが、指揮をとることで何かが変わるだろうか?と思ったオルグレイは、銃身の交換作業をしながら聞いた。
 交換作業をするためには、いったん機銃塔を格納位置にまで下げなければならなかったが、対空戦闘の終わった直後であればその時間は十分にとれた。分厚い革製の作業手袋で焼けた銃身を外し、新しい銃身に換える作業は、それほど時間が掛かるわけではない。短い戦闘で100発も発射していなかったが、換えることができるときに換えておくのがオルグレイの流儀だった。
 どうせまた1時間あまり何もすることがないせいでもあったが、以前の作戦中に、僅か300発あまりの発射で銃身が破損したことがあったせいでもある。
「敵が、よりたくさんこっちに回ってくる」
「ということは、よりたくさんの敵をやっつけることができる、ってことですね」
「はっ!いうようになった。そう願いたいもんだがね」
 マークレイ軍曹は、予備銃身ケースから長くて重い銃身を出すのを手伝いながら、ここ数度の出撃で見る見る腹の据わるようになったオルグレイに感心しながらいった。
 
 ハバナへの爆撃行程が、残り300キロを切ったところでガウの編隊は、高度を6000から徐々に落としはじめた。命中精度を高めるために中高度爆撃を行うためだ。ガウの特性上、急激な旋回や降下はできないせいで目標地点の遥か手前から予備機動を始めなければならないのだ。
 これからの時間、全行程で言えば、その何十分の一かの時間が、ガウにとって、そしてその搭乗員にとって、もっとも憂鬱な時間になる。ハバナ基地の迎撃戦闘機隊や、高射砲部隊との交戦、もっとも交戦といってもほぼ一方的なものにならざるを得ない、に晒される。そして、それは避けようがなかった。爆撃とは、目標とする地点の真上に行かなければその意味をなさないからだ。
 
「新兵の奴等手を振ってます」
 対空監視を続けていたオルグレイは、視野の端で何か動くものに気がつき、視線をそれに合わせた。視線の向こうでは、機銃塔に新しく配属された新兵が手を振っていた。きっと、対空監視で360度見回すオルグレイの首の動きが、自分達の方に向いたのを見て手を振ったのだろう。
「振ってやれ、気分が紛れるだろう」
 マークレイ軍曹は、反対側の上空を監視しながらいった。
「そりゃあ、そうですが」
 一応、手を振り、指で上空を指し示し、監視をしろと伝える。分かったのか、分からないのか、首を上下に振り、新兵達は、手を振るのをやめた。
「それにしてもさっきの迎撃は、いやにあっさりしていましたね」
「あっさりのわりには、ガウを1機やられたがな」
「あれは、あたりどころが悪かったんですよ」
 ガウには、構造的な弱点がいくつかあった。ドップの燃料タンタがある左右の翼の付け根前方や機体下面の下方ジェット噴射ノズルなどだ。下方ノズルの場合は、1、2基なら深刻な問題とはなりがたいが、翼の付け根の場合は、ものが可燃性である上にメイン操縦回路などが集中していることもあいまって深刻な事態により陥りやすい。
「まあな」
 そう応じながら、マークレイ軍曹は、別な考えも持っていた。
 指揮官機の機長の性格だ。
 編隊長機の機長は、マークレイ軍曹のよく知っている男だった。少なくともマークレイ軍曹の知っている範囲では、彼は、勇敢の部類には入らない、決して。
 確かに、ロケット弾の命中する箇所としてはよろしくない箇所への命中だったが、命中したからといって必ず深刻な事態に陥るものでもなかった。確かに、速力は落ちていたかも知れなかったが、直撃をくらえば、一時的に速力が低下するのは当たり前のことだった。
 重大箇所への被弾を理由に編隊離脱をすることは簡単だったが、使命感を少しでも持っていれば、指揮官機は、指揮官機であるがゆえに編隊復帰の努力を最大限にしなければならない。
『10時方向、雲塊。厳重注意!!』
 機長、今となっては編隊指揮官でもある、からヘッドフォンを通じて警戒命令が入る。
 その命令が、入らなくともオルグレイとマークレイ軍曹は、その少し前から無駄口を叩きながらもその方向だけに注意を払っていた。高度を下げつつある編隊よりもほんの少し上空に広がる雲塊。それほど大きいというわけではなかったが、戦闘機なら1個大隊がその向こう側に潜める。
「どうも悪い予感がします」
 オルグレイは、いつも以上に不安を感じていた。
 ニューオリンズから上がってきたドップがいつも以上に少なかったこと、編隊長機が反転してしまったこと。そして、何より自分の感がそう告げているのだ。
「ああ」
 軍曹の気のない短い返事も気に掛かることの1つだった。
 なにか、声を掛けようとした瞬間、視野の中で何かが動いた。その方向は、雲塊の方向ではなく12時の方向、つまり針路の真正面だった。ドップが、何かを見つけ機動したのだ。
『編隊正面より敵機、各機銃座、自由射撃を許可、繰り返す、自由射撃!!引き続き、10時方向に注意!!』
 機長の命令を聞きながら再び安全装置を解除したオルグレイは、機銃の銃身を12時方向に向けた。
「少佐は、分かってますね」
「ああ」
 またしても短い軍曹の生返事に、オルグレイの不安は、いっそう増したが、対空戦闘に専念することでその不安をオルグレイは、振り払うことにした。
 
 先の直掩戦闘で4機のドップを失ってはいたが、新たにガウ自身から発進したドップを加え、60機ものドップが、直掩についていた。
 そのうちの約半数が、正面に現れた連邦軍迎撃機に向かって速度を上げていく。連邦軍機は、高度を上げつつ2機編隊に別れ左右に広く編隊を広げ覆い包むようにドップの突破とガウの迎撃を試みようとしていた。
 
「フライマンタだな」
 マークレイ軍曹は、視線を前方空域に向けていった。しかし、すぐに視線を、雲塊の方向に戻す。フライマンタは、セイバーに比べれば速度が遅いが、機首の両側に装備されたウェポンベイから発射される対装甲兵器用のロケット弾が、セイバーのロケット弾よりも更に厄介な相手だった。その上、セイバーよりも墜ちにくい。

 オルグレイは、その軍曹の動きを気に掛けながらも当座の敵に銃身を向けていた。
 フライマンタの一部は、ドップによってその突入を阻止されつつあったが、全部は阻止できない。上空を占位していたドップが、突破に成功したフライマンタを阻止すべく、散開し、航空戦闘に突入していく。フライマンタは、雁行編隊の両翼のガウに向かっていくが、主に数の問題でそれは阻止されつつあるように見えた。オルグレイの乗る13号機からでは今のところ射撃できる範囲に敵はやって来なかった。
「ちきしょう!来やがった!!」
 マークレイ軍曹が、悪態を付くのと機長の命令は、ほとんど同時だった。
『10時方向、新たな敵、各機銃座は注意!』
「セイバーだっ!」
 マークレイ軍曹は、ほとんど絶叫に近い声で叫んだ。
 陽光をきらきらと反射させながら雲塊の中から飛びだしてきたのは無数のセイバーフィッシュだった。その数は、ドンドン増え、あっという間に40機近くになった。
『これより最終爆撃行程、各機銃座は、敵を阻止せよ!!』
 いつ聞いてもぞっとしない命令。爆撃を成功させるために、ガウは、これより先一切回避行動をとらないという意味の命令だ。同じ命令は、ドップに対しても下されているはずだったが、ドップの方は既に先に現れたフライマンタとその後に異方向から現れたセイバーのために混乱しつつある。
「4時、直上!!」
 統制のとれないドップの壁を早くも突き破ったセイバーが2機、13号機を目指してやってきた。
「了解、迎撃します」
 オルグレイは、素早く照準環の中にセイバーを捕捉するとトリガーを握った。
 轟音と振動、それに合わせるかのように他の機銃塔も防御射撃を開始する。セイバーに殺到する曳光弾。けれど、セイバーは、臆することなく突っ込んでくる。機首が規則的に明滅し、30ミリ機関砲弾を発射しているのが分かる。
「墜ちろ!!墜ちろ!!」
 急速に接近し、あっという間に下方に飛び去る。後は、下部銃座の仕事だ。
「新たな敵、同高度、8時方向。2編隊、4機!!」
 マークレイ軍曹の指示に合わせてオルグレイは、機銃塔を旋回させる。その途中でオルグレイは、頭に血を上げる。翼面機銃座の1つが真っ赤に染まっていたのだ。銃身は1つの方向を向いたまま旋回しようともしていない。セイバーの30ミリ機関砲弾が命中したのだろう。ドップを一撃で破壊する30ミリの炸裂砲弾が、狭い機銃塔の中に飛び込んで炸裂したら・・・その結果は、あまりにも明らかだった。ああ、しかもその機銃塔は、先程自分に手を振っていた新兵達の機銃塔ではないか。
 頭に血を登らせたオルグレイは、有効射程の遥か手前から新たに向かってくる編隊に射撃を浴びせ始めた。
 激しい銃撃に恐れをなしたのか1組の編隊が針路を変える。しかし、もう1組は、ガウ13号機に攻撃を加える意志を捨てはしなかった。
 
 連邦軍機の執拗な迎撃を受けたガウ爆撃隊は、爆撃を開始する以前から損害を受けた。
 まず、最左翼に位置していた8番機が先の戦闘で被弾していたこともあってフライマンタによって集中的な攻撃を受けた。都合6波に及ぶ波状攻撃で左翼を中心に7発ものロケット弾の命中を受けた。更に、セイバーフィッシュの攻撃がそれに加わり、左翼から発生した火災が8番機の運命を決定づけた。左翼から発生した火災は、見る見る広がり左翼エンジンの推力をあっという間に奪った。
 推力の6割を失っても下方噴射によって墜ちないといわれるガウでも、全力飛行をしているときに一度に片方の推力を完全に失っては姿勢を維持することは不可能だった。ガウは、コマのように旋回を始め、高度を急速に失っていった。もうどんなにベテランの機長が操縦しようと8番機が生還することは不可能だった。
 続いてもともと3発の被弾をしていた6番機が標的になった。
 6番機は、セイバーの総攻撃をほとんど一身に集める形になったが、編隊各機からの相互支援射撃を8番機よりは有効に受けることができた。それでも、襲いかかってきたセイバーフィッシュの攻撃で新たに13発ものロケット弾の命中を受けた。
 しかし、ガウの巨大性は伊達ではなかった。それほどの被弾を受けても6番機は、多少推力を減少させたものの編隊落伍をどうにか免れた。
 そして、潮が引くように連邦軍迎撃機は、視界から消えた。
 それは、終わりを意味するのではなく、高射砲による新たな悲劇の幕開けにすぎなかった。
 高射砲による防御射撃は、ガウに緩やかな死を与えようとする。近接信管を作動させる連邦軍の高射砲弾は、ガウの至近で爆発はするが、直撃になることはない。無数の弾片を飛び散らせ、それで敵を破壊しようとする高射砲弾は、確かにガウ以外のジオン軍機にとっては非常に厄介な防御火器だったが、ガウにとってはそれほど恐れるものではない。しかし、それにも限度がある。無数に打ち上げられてくる高射砲弾は、その1つ1つは、問題ではなくてもその総量が問題だった。
 ガウの機体主要部は、高射砲弾の弾片など問題にもしなかったが、全ての箇所がそうではない。下方噴射ノズルの開口部や、ドップの発進口、後部ハッチ、それらは弾片を防御できるようには設計されていなかった。
 機体のあちこちに新しい破口を形造られながらもガウは、ついにその目的を果たすときを迎えた。
 現存する、いやかつて現存したどんな航空機が搭載できるよりも大量の爆弾を投下するときが。その量は、物量作戦を是とする連邦軍でさえ呆れさせるほどだった。1機あたり80トン近い爆弾を投下するガウの爆撃効果は、絶大だった。連邦軍ハバナ基地は、少なくとも2日は、その存在を停止する。よくすれば3日かも。
 しかし、どんな場合も4日目には、ハバナ基地はその存在を主張し始めるのだ。しかし、その3日、いや2日でさえ、カリブ海沿岸で連邦軍の物量に苦しめられつつある友軍にとっては貴重な時間であり、戦闘を少しでも優位に進められる時間なのだ。
 その圧倒的な爆撃のさなかにも悲劇は襲いかかる。その悲劇が襲いかかったのは、ガウ2号機だった。搭載してきた爆弾を、2割も投下しないうちに連邦軍が放った高射砲弾が、ガウ2号機の爆弾倉に飛び込んだのだ。本来なら地上でその圧倒的な破壊力を解放するはずの60トンもの爆弾が一時に誘爆を起こす。太陽と見まがう程の火球が広がり、衝撃波が辺りをなぎ払う。幸いにも他のガウを巻き込むことこそなかったが、巨大なガウ攻撃空母が、一瞬でその存在をかき消したことはガウの搭乗員達に衝撃を与えずにはおかなかった。
 そして、爆撃を終え、旋回機動に入ったガウに最後の、そして無慈悲な攻撃が加えられる。既に10機以上を失ったドップと傷ついたガウの最後の戦闘が始まった。
 
「2時方向30度、ちくしょうフライマンタだ!」
 マークレイ軍曹が、悪態をつく。
 それも無理はない、フライマンタの機首のロケット弾は、ある意味セイバーフィッシュのロケット弾より始末が悪いからだ。セイバーのロケット弾が空対空を念頭に置いているのに対しフライマンタが装備しているのは地上用の対装甲車両用だからだ。どちらがより深刻なダメージをガウに与えるかは言うまでもない。
 オルグレイは、冷たいものを脇に感じながら射撃する。セイバーよりは随分と遅いが、それでも700キロ以上の速度だ。あっという間に接近してくる。機銃塔で健在なものが激しい銃撃を浴びせる。
 1機が煙を吐き、反転する。だが、もう1機はロケット弾を一気に発射してきた。6発のロケット弾が白煙を引きながら迫るが、やや及び腰で発射したせいでガウの鼻ずらをすれすれで外れていった。ガウの上空を飛び去ろうとするフライマンタに銃撃が集中していく。
 オルグレイも、仕返しとばかりに機関砲弾を浴びせていく。
 確実な手応えを感じると同時にそのフライマンタは、真っ赤な炎を血のように吹き出し、バラバラに吹き飛んだ。
「2時方向、直上!!」
 その喜びに浸るまもなく、新たな敵が指示される。今度は、セイバーだった。
 動力砲塔を旋回させる。遅い。先刻のフライマンタと比べるとその速度差は圧倒的だった。息を飲む間もなく射程内に入ってくる。
 照準の付いた機銃座から撃ち始めるが、曳光弾は、全く収束していかない。オルグレイが、その連邦軍機を照準環に捉えたときには、既に敵の発砲が始まっていた。真っ直ぐに機首がこちらに向いていた。汗が、どっと吹き出す。恐怖の瞬間だ。コクピットの中の敵のパイロットが見えたとさえ思えた。
 発射!!
 「うぉおおおっ!」
 無意識のうちに口から咆哮が漏れる。
 連邦軍機の機首も激しく機関砲を発射している。
 赤い光が自分に向けて迫ってくる。閃光。衝撃。
 何が起こったのか理解しないうちにそれは起きた。不意に猛烈な痛みが、オルグレイの脇腹に突き立てられた。今迄に感じたこともないような激痛だった。意識が遠のきそうになるのを別な痛みが引き止める。服が燃えている。その熱による痛みがオルグレイの意識を現実にとどめたのだ。
 足元の消火器を引っ張り出し、噴射させる。
 焼け焦げた自分の皮膚がぴりぴりと痛む。
 しかし、自分のことには構っていられなかった。どこか別のところで火が燃え続けていた。弾薬に引火する前に消火しないと機銃塔ごと吹っ飛ばされる。火災の方向に消火器を向け、噴射させる。
 中の消火剤が、空になるまで噴射を続ける。
「軍曹、火災です!」
 火元に直接消火剤を噴射できていないためになかなか火は消えなかった。空になった消火器を捨て、予備の消火器をとるためにオルグレイは、射撃席から身を引きずり出した。何かの動作のたびに脇腹に激痛が走る。脇腹の痛みに手をやると何かでぐっしょりとした感覚が伝わってきた。血だった、しかも大量の。
「ちくしょう、軍曹やられました・・・」
 しかし、返事はなかった。
 猛烈な痛みと火災の恐怖でなぜ返事がないかを考える余裕はオルグレイにはなかった。オルグレイは予備の消火器を手にすると火元に向けた。消火剤を浴びて火勢は、見る見る弱っていく。
 いったい何が燃えてるんだ?!
 消火剤を使いきり、鎮火させたオルグレイは、薄れる意識と痛みの中で自問した。
 しかし、既にオルグレイの意識は、現実に留まることを拒否し始めていた。妙に暗くなる気配にオルグレイは、対空戦闘が終わり機銃塔が格納されているのだと思った。しかし、実際には戦闘は依然として続いていたし、機銃塔は迎撃位置のままだった。
 大量の出血が、オルグレイから全ての感覚を奪い取ろうとしていた。痛みが遠のき、寒さがやって来た。
(ああ、軍曹、なんで助けてくれないんです?)
 それが、オルグレイの最後の思考だった。オルグレイの意識は、2度と戻ることのない暗闇の底に沈んでいき、そして、消えた。
 そんなオルグレイには、30ミリの曳光弾が飛び込んできたこと、その直撃を受けた軍曹が体を両断されたこと、燃えていたのが既に絶命した軍曹だったこと、自分がその曳光弾の破片をくらったこと、そのどれもが分からないことだった。
 
 この日、カリフォルニアのジオン軍は、連邦軍ハバナ基地に対する爆撃で所定以上の戦果を挙げたことを発表し、今後この方面への爆撃は停止することを高らかに発表した。
 しかし、カリフォルニアのガウ飛行師団やニューオリンズの基地航空部隊だけは何が起きたのかをほぼ正確に知っていた。出撃したガウのうち5機がもう2度とジオンの基地に戻ってこないこと、戻ってきたうちの2機が2度と飛べないこと、ドップが40機以上も撃墜されたことなどである。そして、ハバナ基地がその3日後には、それまで以上にその存在を主張し始めたことも。それは、ジオンの空が、もう地球上のどこにもないということの証明でもあった。
 
0079 北米反抗が始まる少し前の話である。