End of the summer


「マシュマロ・リーダーから各機、前方、後退中の61を4ないし5視認!注意せよ!!」
「マシュマロ1、ラジャ!」
「マシュマロ2、ラジャ」
 1点の曇りもない、威勢のいい応えを耳にしながら、クリフォード自身も、上機嫌で、愛機になったばかりのグフを大胆に前進させていく。敵は、既に潰走しつつある現地軍でしかない。連邦軍の1地方部隊、そんな程度だ。軽んじるわけではないが、気張るほどの相手ではない。
 ガンガンガンガンッ!!
 120ミリマシンガンから、飛びだした徹甲榴弾が、前方で後退機動をする連邦軍の主力戦車、61式戦車に集弾されていく。1000メートル近く前方を後退する61式に命中弾を得るには、120ミリマシンガンの照準を随分上に取らなければならない。
 そして、十分に見越し角をつけて発射したはずの120ミリマシンガンは、想像するよりずっと速い速度で後退する61式戦車を捉えそこね、徒に大地をえぐリ、連邦の戦車兵の肝っ玉を冷やすことしか出来なかった。
 なにしろ、120ミリマシンガンの初速ときたらお話にならないくらい低いからだ。現在改良型の高初速型〔といっても10〜20パーセントしか上がらない)を試作中なのだそうだが、前線に届くころには、この戦争は終わってしまっているに違いない。まあ、戦後になってもザクやこのグフが強化されるのは、悪い話ではなかったけれど。もちろん、この戦争が終わるのは、ジオンの勝利でだ。
 宇宙空間ではほとんど問題にならなかったこの低初速も、地球では1番の問題点だった。どんなに初速が上がろうとも、地上では、重力の影響を受けずにはいられないからだ。すなわち、従来通りの照準では、120ミリ砲弾は、目標の遥か手前に着弾することになる。大抵の目標が、ザクの射撃位置より低いためにその傾向はより顕著である。
 そして、地球では、風さえも射撃の諸元として考慮しなければまともな命中弾は得られないのだ。
 おかげで、宇宙から降りてきたばかりの新兵〔地上戦を早くから経験していたモビルスーツ乗りは、宇宙から降りてきた兵士を全員新兵呼ばわりした)が、地上戦闘でそれなりに使えるようになるには、それなりの期間を要した。
 余分なことを意識した瞬間、敵の発砲が捉えられた。61式の120ミリ滑空砲弾が発射されたのを、グフのモノアイが捕捉したのだ。1000メートル強あるといっても61式の120ミリ砲弾は、その距離を僅か半秒で飛翔してくる。その初速は、グフやザクが装備する120ミリマシンガンの軽く3倍を越える。同じ120ミリ口径とはいっても、もはや別の次元の武器であり威力を秘めている。
 クリフォードは、すかさずグフ用に開発されたシールドを繰り出した。
 ガキィィィ〜ン!
 激しい衝撃をグフに加え、鋭い金属音を発して61式から放たれた徹甲弾は、間一髪のタイミングで上空へと弾かれた。シールドを的確な角度で差し出したおかげだ。いかにグフシールドといえども、61式から吐きだされる高初速の徹甲弾をおいそれと防御出来るわけではない。飛翔してくる砲弾に対して直角に出そうものならシールドごとグフを吹っ飛ばす程度の威力を持っているのが、本国では問題にならないとされている61式の120ミリ滑空砲の戦場での威力だった。専用シールドがないザクは、しばしば61式の餌食になった。そのため、早い時期から前線の部隊は、シールドの支給を要求していたし、もっと目端の聞く部隊では、ザクの肩口のシールドを撤去し、それを左手で装備できるようにしたりもした。そうまでしても、61式の砲撃は、しばしばジオン軍のザクを好餌にした。
 クリフォードは、砲弾を弾き飛ばすと同時にグフを横へと走らせ、120ミリマシンガンを61式戦車に指向してトリガーを絞った。宇宙戦向けに反動を極限までに絞ってある120ミリマシンガンは、想像するよりずっと集弾力が高く、移動砲撃でもそれなりの集弾が期待できる。曳光弾を含む10発近くの砲弾が、クリフォードに冷や汗をかかせた61式に集弾していく。そのうちの1発、もしかすると2発、が命中し、61式を擱座させる。同じような射点の高さからの攻撃を想定して装甲傾斜を付けている61式にとってほとんど上空からといっていい位置から放たれるザクやグフの120ミリ砲弾は、初速が遅いといっても大抵の場合致命的になった。
「マシュマロ・リーダーから各機!深追いはするな!」
 残った61式が街の中へと逃げ込んでいくのを見たクリフォードは、ただちに新たな命令を下した。
「砲撃を停止、繰り返す砲撃停止」
 水素ガスタービンエンジンを装備した61式の逃げ足は、それなりで、停止射撃を繰り返すジオン軍モビルスーツは、しばしばその後退スピードに追い付けず、今回もなりふり構わず後退する61式の全部を破壊することはかなわなかった。そうであっても、痛打を与えたことには違いなかった。クリフォードの指揮下にあるモビルスーツ隊は、この30分あまりの追撃戦で2桁を越えようかという61式を撃破していたのだから。
 コロニーなどの恵まれた環境ではなく、それが不整地で挙げた戦果であれば尚更満足すべきだった。
 ザクを走行させるということは、しばしばザクの自重自体が危険な要素となる。地面の一体どこが緩んでいるかなどは、ザクを進入させてみるまでわかりはしないからだ。勢い込んでザクを走行させようものなら緩い地面に足を取られてザクを転倒させることになりかねない。そして、転倒したザクは、その自重故に大抵の場合戦闘行動が不能になるほどの損害を受けてしまう。ザクは、転倒した際の衝撃を吸収するようにはまったく設計されていないのだから仕方がない。
 
「各隊、現状報告せよ!」
 クリフォードは、自分のグフの機体情況を確認しつつ指揮下の各隊へと命じた。クリフォードのグフは、初期生産グループの1機のせいか、戦後になって一般に言われたほど故障や不具合は頻発してはいない。今回も戦闘行動に支障を来すような問題は、確認されなかった。もちろん、新型の通例で小さな問題は、頻発してはいたが。とにかく、今日一日の、戦闘はこなせるはずだった。
「アイアンワークス・リーダーからマシュマロ・リーダー、当隊は、2号機が被弾。されど戦闘行動支障なし。ただし、弾薬が乏しい!」
 アイアンワークス隊は、新任のコマース少尉が率いるいわゆる新兵の小隊だった。空間戦闘をいずれも2、3度経験したに過ぎないヒヨッコの集団とも言える小隊だ。
「ブルーフォックス・リーダーからマシュマロ・リーダー、当隊は全く支障なし、戦闘継続可能」
 それに対してブルーフォックス隊は、既に地上での戦闘を幾度かこなしており、ある程度の信頼が置ける。
「マシュマロリーダー、了解」
 報告を受け取りながらクリフォードは、自分の小隊にもグフの動きで指示を与えていく。グラナダ訓練空域以来の練達の部下は、音声で命令しなくともクリフォードの意図を汲み取って機体の位置を指示通りに変え、前方警戒を継続する。
「現在アイアンワークスが占位している地点に第3歩兵中隊から1個小隊出せ!アイアンワークスは、後退!弾薬補給を速やかに実施後、現在位置まで再び前進せよ!」
 2号機が被弾したせいでアイアンワークス隊は、頭に血が上ったのだろう。本来なら弾薬補給など必要としないレベルの戦闘だったにもかかわらず弾薬補給を要したのはそのせいに違いなかった。若い新米少尉さんと、本国から直接戦場へと送り込まれてきたパイロットならそれも仕方あるまいとクリフォードは、思った。
(さて・・・)
 クリフォードは、モニターに目を落とすと、敵が逃げ込んだ街をスキャンさせた。歩兵部隊や、砲兵部隊の遅滞攻撃と決死の後退戦闘を行った機甲部隊のおかげで、あの街に逃げ込んだ連邦軍部隊の数は、結構なものになっているはずだった。厄介な61式だって少なくともまだ5輌、悪くすればその倍の数がいる。
 けっして規模の大きい街とはいえなかったが、ザクで市街戦闘をするには難があった。ザクを、いやこのグフでさえ無警戒に街に入れるなどというのは、愚の骨頂だろう。どんなトラップがあるか知れたものではなかったし、市街戦闘は、そこに住む住民を敵に回してしまうことになりかねない。北米軍総司令部から、厳にそのことについては、慎むように通達を受けていたし、実際住民を敵に回すことほど厄介なことはなかった。
 それに、いつも通りなら連邦軍は、街の中で部隊を整理すると再び後退を始めるはずだった。連邦軍だって住民を巻き込んでしまう市街戦闘を好んではいないのだ。それに、連邦軍はいつだって迂回機動によって後退路を絶たれてしまうことを何よりも恐れているのだ。
 
 クリフォードは、ルッグンをによる上空偵察を部隊指揮官に要請すると、いったんモビルスーツ部隊を後方へ下げることにした。指揮官から基地に要請してもルッグンが飛来するまでにたっぷり2時間は掛かるだろうからだ。もちろん、急がせはしたが。軍とは、そういうものなのだ。
 背の高い樹林が覆う場所までグフを僚機のザクとともに後退させるとクリフォードは、グフをやや屈め、停止させた。無論、核融合炉は、アイドリングさせたままだ。停止させてしまっては、緊急時の即応性が、損なわれる。
「大尉!メンテナンスやりますか?」
 ハッチから顔を出すなり、部隊付きの整備士官、アワード少尉の乗った軍用エレカが、駆け寄ってきた。
「頼む!だが、ばらすようなことはやめてくれ!」
「はっはははっ!必要ならやりますよ!」
 豪快に笑うアワード少尉を乗せたままエレカは、小隊のザクの方へと走っていく。パイロットの意見と外観を見て整備兵の割り振りをするためだ。入れ替わるように、この機械化中隊の指揮官、ジーニー少佐を乗せた指揮装甲車がグフの足元にやってきた。さすがに、上級将校相手では、コクピットからというわけにもいかず、クリフォードは、フックを巧みに使って屈んだとはいえ地表から軽く5メートルはあるグフのコクピットからするすると滑るように地上へと降りた。
「ご苦労!大尉」
 地表に辿り着くと同時に、ここのところ続いた野戦のせいですっかり日に焼けた少佐が、装甲車の後部ハッチをあけて顔を覗かせた。
「いえ、わたしはどうってことはありませんが・・・で、どうなのです?」
 軽く敬礼を交わし、クリフォードは、部隊が限界であることをそれとなく臭わせた。特に部下達のモビルスーツパイロットは、コクピットに押し込められてから既に8時間余りになる。
「まあ上は気楽に、今日中にここを落とせといってきている。月末には、タンピオを確保して一気に南米へなだれ込みたいらしいからな」
 ジーニー少佐は、手元の戦域地図に視線を落として言った。
「なら、補給をもっときちんと届けていただきませんと・・・」
 クリフォードは、頭の中にこの近辺の地図を思い浮かべて溜め息をつきそうになった。そうしなかったのは、モビルスーツパイロットしての誇りがあるからだ。
「なに、連邦は、後2時間もすれば後退を始めるさ。そうすれば、弾薬の補給が無くとも今日のところはなんとかなるさ」
 少佐も、補給がここのところ滞り気味なのを気にはしている様子だった。そして、もちろん、補給物資について今日1日についてのことをいっていないのを分かっていながら話をはぐらかせた。しかし、実際的な問題として北米総軍からの矢のような催促もそうそう無視できるものではなかった。それは、十分、クリフォードも理解しているつもりだった。
「しかし、今日の連邦軍は、妙です。普段より腰が入ってるというか・・・口では上手くいえませんが・・・」
「そりゃあ、そうだろう。連中も後が無いからな」
 この点に関しては、少佐は、全く気にしていない様子だった。後方から、モニタスクリーンを見て戦闘指揮する立場なのは仕方がなかったが、前線にしてからがこうなのだ。砲弾の炸裂する音ですら聞こえることのない総司令部の連中に一体何がわかるというのか?クリフォードは、なんとか実際の戦場で敵と命の遣り取りをして感じた違和感を伝えたかったが、軍学校卒のエリート将校に上手く説明など出来そうになかった。
 実際のところ、今日の戦闘経過の報告書を書くにしても、いざ書くとなるとそれまでの戦闘と特別異なるところはなかったし、書きようもなかった。
 だが、何かが違うのだ。
 それは、マゼラアタック隊を巧みな戦力配置で全滅させた連邦軍の布陣の緻密さであったかも知れないし、連邦軍の機動歩兵が、いつもより多くの携帯対戦車ミサイルを発射してきたような気がしたからかも知れない。また、遅滞砲撃の密度が濃かったからか?その時間が長かったからなのか?しかし、結局は、連邦軍は、防衛ラインを突破され、後退したのだ。そのこと自体は、これまでの戦闘となんら変わることはないのだ。
「ですが、気になるのです」
 けっして、多弁とは言えないクリフォードには、自分が感じていることを上手く表現できそうになかった。それが、もどかしい。杞憂と言われてしまえば、それまでだった。
「まあ、今は航空偵察待ちだ、身体をゆっくり休めたまえ!」
 少佐は、そういうと装甲車の中へと戻った。
 
 互いの距離が1キロと少ししかないとは、とても思えない静かな時間が流れ、部隊は、その間に体勢を完全に整えることが出来た。しかし、全ての準備が整ってもルッグンは、飛んでこなかった。
 午後のまどろみに引き込まれそうになリ、司令部が、前線の要請を無視したのかも知れないと思い始めたころ、漸くルッグンが、北の空から姿を現し街の上空で旋回を始めた。
 想定よりずっと遅れての登場にも関わらず、連邦軍は、ジーニー少佐が、期待するような動きはなにも見せていなかった。つまり、街からの撤退だ。何が、連邦軍を街に留まらせているのか?それが分かれば良いと思いながら、クリフォードは、上空を旋回し始めたルッグンに目をやった。
 全く無様なカッコウの偵察機だ。もっとも、連邦軍が装備するディッシュよりましかも知れなかったが・・・。
 ルッグンが、送ってくる偵察情報を聞くためにクリフォードは、グフのコクピットに再び収まりヘッドセットの耳当ての部分を自分の耳に押し当てた。
「・・・は、市街の南南東部に終結しあり・・・装甲車両、12ないし13を認む・・・。ミノフスキー粒子濃度若干上昇傾向あり、繰り返す、ミノフスキー粒子濃度上昇傾向あり・・・」
 クリフォードは、眉間に皺を寄せた。現在、ジオン側ではミノフスキー粒子を散布している部隊はなかったからだ。もちろん、連邦軍が散布するわけがなかった。彼らは、除去する努力は見せても積極的に散布など行わなかったからだ。
「こちら、ジーニー少佐からホークアイ1へ。南へ下って、偵察を続行せよ!」
「こちら、ホークアイ1、了解!」
 少佐の要請を受領したルッグンは、緩やかな円運動を解くと、南の方へと下っていった。
 
 その緊急電が入ったのは、ルッグンが視界から消えて間もなくだった。
「・・・こち・・ークアイ1、連・・・増援を多数認む・・・」
「敵は、・・・・・・をと・・う、く・・す、敵は・・・」
「ぐ・・う!3じ・うこう!て・・です」
 パイロットとガンナーが交互に何かを喚き散らすが、そのほとんどは良く聞き取れなかった。確かなことは、ルッグンが、連邦の増援を見つけたということだった。
 酷く雑音の多い無線は、最後に何かの大きな衝撃音を伝えるとルッグンをジオン軍が1機失ったことを教えて沈黙した。
「少佐、出撃の要有りと認めます!」
 クリフォードは、ただちにヘッドセットを発信に切り替えると意見を具申した。
「しかし、後退している連邦軍を見間違えたのかも知れんぞ・・・」
「ルッグンが、 墜とされたんですよ!」
「それは、そうだが・・・どうするつもりだ作戦もなく!」
「とにかく、出撃して街にいる連邦軍と合流する前に増援の連邦軍を叩くべきです。ロケットバーニアで一気に街なんか飛び越せるんです。街の敵は歩兵や装甲部隊で何とかして下さい」
「だが、敵は増援とは決まっていない・・・」
「少佐、敵が・・・」
 無線の向こうで、誰かが少佐に大声で話し掛けた。ほとんど同時に視線をオープンになったハッチから外へやったクリフォードは、何かが擦過するのを認めた。何か?考えるよりも早くクリフォードは、コクピットシートに自分を落とし込んだ。ハーネスを付けるよりも先にグフのジェネレーターを全開させ、それに呼応させて核融合炉の出力も上げていく。
 ドカンッ!ドカンッ!!
 オンになったモニターに真っ先に飛び込んできたのは、少佐の乗った指揮装甲車が吹っ飛ばされる衝撃的な映像だった。赤黒い炎を吹きだした装甲車は、一瞬後、ハッチというハッチを吹き飛ばし大量の炎を吹き出し、その衝撃で横転した。中にいた人間が助かると思うのは、余程の理想家だけだろう。もちろん、クリフォードは、現実主義者だ。
「大尉!連邦のフライマンタです!!」
「所属を名乗らんか!!」
 部隊は、パニックに陥りかけている。この間にも、連邦軍が、ろくろく狙いもつけずにほおりだした爆弾やらロケット弾が、部隊の混乱を増大させていく。
「は、ハイ。こちらアイアンワークス2。フライマンタです。奇襲を受けました。小隊長機が、直撃を受けて大破、コマース少尉は戦死です」
 偽装が、おざなりだったか、偶然に直撃を受けたのか?恐らく前者だろうと思いながらクリフォードは、損害が1機で済んだことのほうに意識した。
「了解した。アイアンワークス隊は、2号機が指揮せよ!」
「え?しかし、わたしは・・・」
「繰り返す、アイアンワークス隊は、2号機が指揮せよっ!!」
 貴様の都合など聞いていないと怒鳴りたかったが、そんな時間はなさそうだった。
「は、はい。アイアンワークス隊は、ホーキンス曹長が指揮します!」
 フライマンタの奇襲は、まさに通り魔だった。少なくない被害が出ているようだった。部隊が、完全に混乱する前に矢継ぎ早に命令を出さねばならない。
「第3中隊、前進して、街を制圧しろ!!残存マゼラアタック隊は、歩兵部隊を支援、アイアンワークス隊もこれを支援しろ!」
「了解!」
「こちらブルーフォックス・リーダー!各機異常なし!」
 やや遅きに失した現状報告を怒鳴りつけたい衝動が走ったが、今は、各機異常なしという事実を喜ぶべきだった。
「了解、マシュマロ各機、及びブルーフォックス隊はわたしに続け!」
 屈んだ位置からいきなりクリフォードは、グフのロケットバーニアを全開させた。もちろん、あたりに味方の兵士がいないことを確認してからだ。
 クイッとノズルが絞られ点火用の液体燃料が吹き出す。それに点火した途端、一瞬クリアな赤い炎が噴き出し、すぐに青い、いかにも高温そうな炎へと変わる。そして、その炎がグワッと伸びた瞬間、グフは、空中へと飛翔していた。
 その頃には、フライマンタによる通り魔のような奇襲攻撃は、終了している。10機近くのフライマンタが、爆弾を投下したりロケット弾を発射したりしたせいでザク1機と装甲車両〔指揮官の指揮装甲車を含め)2輌が完全に破壊され、死傷者を多数出した攻撃は、始まったと同じように突然に終了していた。午後の第1ラウンドは、完敗だった。
 クリフォードは、更にロケットバーニアを噴出させ続け、あっさりと街を飛び越えた。着地姿勢に入り、機体を安定させると後は、オートで着陸してくれる。着地する最後の瞬間にロケットバーニアで減速されるが、それでも着地した瞬間は、かなりの衝撃が来る。素人なら背骨の1つも痛めようというものだ。
 ずしん、ずしん!
 後方至近に2機のザクが、着地し、右500メートルにブルーフォックスの3機のザクが着地した。着地と同時に各機のモノアイが、周囲をスキャンする。
「各機、散開せよ!300メートルその後前進!」
 クリフォードの命令によって各機が互いに300メートルの距離を開ける。モビルスーツ各機が、搭載するロケット燃料の爆発の影響を受けない程度、それでいて相互支援が可能な距離だ。
「なんだ?!」
 数分置きに連絡される「異常なし」に変わって初めて違う通信が入ったのは、前進を開始して30分あまりが過ぎたときだった。街からは、20キロほど離れているだろう地点だった。
「報告せよ!」
「敵を視認しましたが・・・そんなバカな・・・こちらブルーフォッ・・・」
 ブルーフォックス隊の誰かが、敵と接触したのはもう間違いがなかった。
「どうした?」
 クリフォードは、グフのセンシングシステムを最大限に発信させながらグフをブルーフォックス隊が、展開している方へ向けた。1キロとは離れていない筈なのに、グフの移動スピードは、まどろっこしいほどだった。
 まず最初にグフのセンシングシステムが、感知したのは、前方で繰り広げられる射撃戦の発砲音だった。
「報告せよ!」
 クリフォードは、飛びたいとはやる気持ちを抑えて命令した。
「こちらブルーフォックス・リーダー、敵と交戦中!2は撃破されました」
 その間にも発砲音は、間断なく続く。しかも、この発砲音は、2機や3機の発砲音ではなかった。
「こちらブルーフォックス3、敵は・・・」
 無線が、途中で途切れるのに前後して巨大な火柱が立ち上り、大音響をセンシングシステムが拾う。
〔敵は一体・・・)
 ザクを短時間のうちに2機も、しかも彼らはけっして昨日今日の新米ではないのだ、撃破する敵とは一体?絶望的なほどの大部隊?
 答えは、グフの次の一歩が教えてくれた。
 疎林を抜けた途端、グフのセンシングシステムは、複数の敵を次々にプロットしていく。オール・アンノウン。全てが、グフやザクのデータベースにない新しい敵だった。
「2、3。ブルーフォックス・リーダーを支援しろ!」
「了解!!」
 ほとんど重なるほどのレスポンスで、2人の信頼できる部下が応え、発砲を始める。
 クリフォード自身も敵の1機に照準し、発砲した。
 ガンガンガンッ!!
 120ミリという大口径マシンガンの砲口から惜しげもなく毎分600発の速度で砲弾が吐きだされる。クリフォードと部下の2人とってアンノウンの敵であっても躊躇することなどなかった。
 一目でそれは敵であり、そして、敵の新型モビルスーツであることが見て取れたからだ。敵である以上、彼らがやるべきことは1つしかなかった。突貫し、撃破するだけである。
 そうであっても未知の敵との遭遇戦ほど恐ろしいものはない。敵の能力がどれほどなのか?手持ちの武器が一体どれほど通用するのか?相手の火器は一体どれほどの威力なのだろうか?総じて、未知の敵との遭遇戦は、浮足立たざるをえない。
 交戦距離は、800。120ミリマシンガンの有効射程内である。
 しかし、クリフォードの的確なはずの射撃は、敵の諸元が分からないために有効弾とはならなかった。敵の至近を徒に擦過するだけだ。
 敵の方も同じらしく、敵の放った砲弾も擦過こそすれクリフォードのグフを直接傷つけはしなかった。敵も、突然3機ものモビルスーツ、しかも1機は前線に配備が始まって間もないグフなのだ、が現れて浮き足立っているに違いなかった。
 その隙に、防戦一方に追い込まれていたブルーフォックス・リーダーも体勢を整え、反撃へと転じた。均衡した射撃戦が疎林で展開されるのか?そう思った瞬間、敵の放った砲撃が、あっさりとマシュマロ3、ホパカトス曹長のザクを捉えた。
 ザクの機体から2度火花が飛び散り、がくんと動きの止まったザクが移動スピードのまま地面へと倒れ込む。一抱えはあろうかという大樹を根こそぎ倒しながらザクは、ズシンと地面へと倒れ込んだ。
「こちら2!3が撃破されました!敵の装甲は、こっちの攻撃を受け付けません!」
 その通信を受け取った直後、クリフォードもその事実を認めねばならなかった。木々の間に捉えた敵に確実な手応えとともに放った120ミリ砲弾は、あっさりと敵が左手に装備する大型のシールドに弾かれてしまったからだ。遅発信管の徹甲榴弾が、むなしく空中で弾ける。
「こちらブルーフォックス・リーダー、敵の注意をこちらに向けさせる!接近して叩いてくれ!」
 ブルーフォックス・リーダーの判断は、ある意味正しかった。この距離での撃破が難しいのなら、更に至近から攻撃を浴びせるのは、ある意味常道だからだ。しかし、未知の敵にそれを実施することが正しいかどうか?判断は、別れるところである。
 
 次の瞬間、1機のザクが、林から空中へと躍り出た。短く100メートルほどを飛んで着地したブルーフォックス・リーダーは、しめたと思った。前方にとらえた敵の装備する火器が、まるでオモチャの様な短銃身の火器だったからだ。ほかの敵が装備する大型で銃身の長い火器とは明らかに違っていた。同じ口径であれば、普通、銃身が長いほうが火器の威力というものは上がる。
 
「!?」
 一瞬、モニタの輝度が変わったかと感じられクリフォードは、思わず目をしばたたかせた。
 1機の敵を、数度の直撃で叩き伏せた瞬間のことだった。大地を揺るがすような轟音が響き、クリフォードは、思わずグフを僅かに後退させた。
〔悪夢だ・・・)
 サイドモニターには、紅蓮の炎が沸き上がり成長していく姿が映し出されていた。ザクの、残存ロケット燃料が一時に誘爆した際に見られる光景だった。会敵から5分と経たずに4機ものザク、フラマンタの奇襲も含めるなら5機を失ったことになる。
「3、ただちに後退せよ!援護する!」
「了解!!」
 返事を聞きながらクリフォードは、叩き伏せた敵に向けて更に120ミリ砲弾を送り込んだ。無駄弾でも意味のない砲撃でもない。叩き伏せた敵が、動いたからだ。
 1機のザクが、再び空中に飛翔した。しかし今度は、後方に向けて遮二無二のジャンプだ。それを捕捉しようと敵からの砲撃が放たれるが、地上にいるときと全く違う速度と放物線で遠ざかるザクにそうそう命中するものではなかった。
 そして、クリフォードは見た。
 眩いばかりのピンクの光線が、ザクを搦め捕ろうと2度3度と地上から空中へと延びたのを。幸いにも、それは命中しなかったが、もしも命中していたら・・・。背筋に冷たい何かが流れるのを感じながら、クリフォードは、120ミリマシンガンの砲口を前方に向けたままゆっくりと後退機動を開始した。
 
 結局、敵が、追撃をかけてくる気配はなかった。
 クリフォードが、1機を撃破したことによって敵を更に浮き足立たせた結果なのか、それとも単に敵がこれ以上の戦闘を欲しなかっただけなのか・・・。クリフォードには、分からなかった。確かなことは、今迄とは全く違った形の戦闘報告書を書かねばならないということだった。
(果たして、上が取り合ってくれるものか?)
 敵との交戦で、ザクを5機失い、更に衝撃的なことを報告せねばならないのだ。
『敵は、モビルスーツの量産化に成功し実戦配備を完了した模様。敵は、ビーム火器を実戦配備しあり』
 グフに後退機動させながらクリフォードは、暗然たる気分で思った。今のジオンという組織にあっては、こんな報告は、読み捨てられるか、罵倒の対象にしかならないであろうからだった。
 しかし、事実は、事実として報告されねばならなかった。
 季節など実感できない地域ではあったが、クリフォードには分かった。つい、1時間ほど前には夢想だにしなかったことだったけれど、ジオンは、ジオンにとっての短い夏の終わりを迎えたのではないかということを。
 
0079.09 夏が終わろうとする中南米での話である。