ジブラルタルへ...


「深度200、ソナーに感なし」
「艦長、浮上しますか?」
 ソナー員の報告をまるで何時間も待っていたように、受けるとこのU−053、ユーコンタイプ潜水艦、の副長のクライブ少佐は、やや期待を込めた口調で、艦長のバルモア・トンプソン大佐の方を振り返った。
 いくら艦の空気清浄装置が、高性能であっても外部を一切見ることのできない潜水艦による長期間の潜航は、宇宙育ちのジオン軍人にとって堪えるのだ。既に潜航して1週間が過ぎている。
「まあ、この時間なら浮上した途端にドカンということはないだろうが」
 時計に目をやってトンプソン大佐は、思慮深げにいった。地上の半分近くを制圧していた最盛期であっても、このただっぴろい海洋は、お世辞にもジオン軍のものであるとは言い難かったからだ。連邦軍の反撃が大々的に始まっている現在、注意しすぎてもしすぎることはない。
 全くもって不便である、宇宙ならばどんなに離れていても宇宙標準時通りに日は昇り、また沈む。もっとも、ミラーの開閉によって作り出された人工的なものだが。
 ところが、この地球ときたら場所によって時間帯が違うのだ。宇宙標準時通りに行動したらとんでもないことになる。しかし、大西洋上のこの地点の時間帯は午前2時だ。連邦軍の対潜哨戒機も、活動してはいまい。それでも注意を払うに越したことはない。兵達の気分転換も必要だが、そのために命を失っては元も子もない。こと対潜水艦戦闘においては、地球連邦軍の方が何枚も上なのだ。
 昨日より、連邦軍の対潜哨戒海域に突入しているからなおさらだ。
「いや、止そう、深度100まで浮上、そのまま目標に接近する」
「アイアイサー、深度100、ヨーソロー」
 ほんの少し落胆した表情を見せながら副長のクライブ少佐は、命令を下達した。
 
 現在、無事であればトンプソン大佐と同じ任務を持って航行しているユーコンタイプの潜水艦は、6隻、北米総軍のオークランド基地の稼働潜水艦のほぼ総力である。最盛時には、20隻4個潜水艦隊からなっていたジオン大西洋潜水艦隊の成れの果てである。
 もちろん、全てが撃沈されたわけではないが、いかに海洋におけるジオン軍の作戦行動が大きな損害を出したかがわかる。
 今回の作戦に際し、北米潜水艦隊が、搭載しているのはゴッグタイプが4機、ズゴックタイプが8機。それなりの戦力である。時と場所を選べば連邦軍に対してかなりの脅威を与えることが可能である。
 しかし、現実には、たったこれだけの戦力で連邦軍の最重要拠点、ジブラルタルを強襲しようというのだ。大胆を通り越して無謀とも思えるこの作戦を可能であると北米総軍に思わせているのはやはりモビルスーツの存在である。
 しかし、連邦軍にもモビルスーツ戦力が配備されつつある現在、その威力は、上層部が思っている以上にその有効性を減じている。
 
 ジオン軍の潜水艦隊は、かなり早い時期から構想されていた。もちろん、地球侵攻を見込んでのことである。水上艦艇に比べればよほど隠密性にも優れるし、その設計には宇宙艦艇にも通じるところがあるからだ。
もちろん、モビルスーツの運用も考慮して設計された。
 しかし、実際に地球に運び込み、運用を始めるとこのユーコンタイプの潜水艦は、ジオン軍の絶対制空権下でなければ運用できないことが露呈した。その静粛性に余りにも問題があったからだ。
 ザクよりは、よほど戦力的に期待できる水陸両用モビルスーツも、ユーコンごと撃沈されるケースが多く、実際に戦闘による喪失よりも母艦であるユーコンごと海底の藻屑になった数の方がずっと多いくらいである。
 現在は、その静粛性という問題点を改良したタイプの生産が進みつつあるが、その1番艦が就役するのは、もっとも早くても年末になってしまう。
 それまでは、このうるさいユーコンで戦闘を続けねばならない。そうなのは、モビルスーツ運用のためだ。モビルスーツを運用するには、地球の海は余りにも広大であり、ユーコンなしには、どんなモビルスーツも戦力たりえないからだ。
 
「来るんでしょうか?」
 いまだ暗闇に支配された大西洋を遊弋する連邦海軍駆逐艦シェフィールド艦橋で、ホイットニー少佐は、誰に言うともなくいった。
 現在、連邦軍は、オデッサを皮切りに世界中の各地で反撃の狼煙を上げており、それはおおむね順調に推移していた。満を持して開始された連邦軍の反攻作戦は、向かうところ敵なしの様相を見せていたが、全てが順調というわけではなかった。特にアフリカ戦線では、有力なモビルスーツ隊が頑強な抗戦を続けており連邦軍の作戦スケジュールを乱していた。
 この大西洋でも4週間ほど前に、ホワイトベース隊が、ジオン軍の潜水艦隊と交戦していたし、それに前後してヒマラヤ級対潜空母ピレネーが、その護衛艦とともに撃沈されている。
 現在、連邦軍の反攻作戦が順調に推移しているとはいっても戦争である以上気を抜くわけにはいかないのだ。
「来るさ」
 応えたのは、艦長シートに腰を掛けているカーター大佐、艦長だった。「昨日、一昨日とリスボンの哨戒機が2隻ものユーコンを撃沈しているんだ。来るさ」
 リスボンに基地を置くエスカルゴ対潜哨戒機部隊は、その長大な航続力を活かし、大西洋のかなりの部分をカバーすることが可能だった。その哨戒範囲は基地を中心に2500キロにも及ぶ。
 その哨戒部隊が、昨日、一昨日と1隻づつのユーコンを撃沈しているのだ。更に、複数のユーコンが活動中である趣旨を伝えてきている。撃沈された2隻のユーコンの位置と、撃沈こそできなかったが確認された位置を鑑みるならば、ジオン軍の目標は、ジブラルタル以外にはありえない。
 確かに西部アフリカへの侵攻拠点であり、航空支援を大々的に実施しているジブラルタルを攻撃しようという考えは間違ってはいなかったが、それを高々10隻にも満たないであろう潜水艦だけで実施しようと言うのは愚かなことでしかないとカーター大佐は、断じていた。
 それを証明するように既にジオン軍は2隻ものユーコンを失っている。
「そろそろ、反転する頃合いですが?」
 何かホイットニー少佐が返答を返す前に、航海士官のラス大尉が、シェフィールドが担当している哨戒海域の北限に達したことを伝えた。
「よろしい、取り舵いっぱい180度回頭」
 よく響く声でカーター大佐が、下令すると、副長のホイットニー少佐が復唱し、操舵手が舵を回すとやや遅れて艦が、ぐぐっと艦の傾きを全員に感じさせながら速やかに回頭を始めた。
 暗い海上に白い航跡で鮮やかに半円を描き終え、再び艦が直進を始めると、その航跡は目立たなくなった。
 
「ソナーに感あり、10時の方向、距離不明」
 ソナーの担当が、ブレディ伍長に変わった途端に敵の発見が報告された。現在のジオン軍潜水艦部隊の問題点の一つである。兵士の質が、均等ではないのである。
「艦種知らせ」
 さっと、司令室内に緊張が走る。敵が、攻撃型潜水艦ならば、その時点でアウトだ。しかし、相手が攻撃型潜水艦であれば、先にこちらが見つけることは皆無であることもトンプソン大佐は知っていた。見つけたときは、魚雷を見舞われたときなのだ。
「中型の水上艦、速力15。1隻です。距離15000」
 この報告で、敵が、そう敵なのだ、連邦軍の駆逐艦ないし、フリゲート艦であることが推測できた。単独で航行している民間船など、連邦軍の絶対制海空権下でもありはしないからだ。連邦軍の哨戒線に接触したわけだ。ジブラルタルに接近する以上、越えねばならない障害ではあった。できれば接触なしで通過したかったのだが、現実はそれを許さなかったわけだ。
「総員、戦闘配置!!」
 囁くような声で、命令が下令される。どんな種類の音も最低限にせねばならない。下令とともに、ジオン軍の潜水艦乗り達は、迅速に、それでも音を立てないように行動を始めた。浸水に備え、各部を遮断する水密ドアが閉じられていき、水雷兵達は、魚雷戦の用意を整える。
「攻撃しますか?」
 クライブ少佐は、顔を青ざめさせながら聞いた。
「いや、もう少し待とう。やり過ごせるかもしれん」
 現在の深度は、550、哨戒線に近づいたためにやや深めの深度をとらせたのは15分前だった。魚雷戦を行うには深度を400以上まで上げねばならない。なぜなら、ユーコンが耐えられても攻撃する魚雷がそのような水圧に耐えられないからだ。ましてや、艦の外に発射することすら不可能なのだ。深度550の水圧とは、そのような制約を与えるのだ。
 同じ理由で艦載しているズゴック2機を出撃させることも不可能だ。もっとも、出撃させても有効かどうかはわからない。水陸両用モビルスーツとは、水中でも陸上でも戦えるというよりは、水中を移動できるモビルスーツという意味合いの方が大きいからだ。
「深度このまま、速力5ノット」
 トンプソン大佐は、そう下令するとブレディ伍長の方を見やった。現在、敵の動きを見ることのできるのは、伍長しかいなかった。そう、伍長の耳だけが、敵を見ることができるのだ。
 
「敵はユーコンタイプ、深度550、距離19000、速力17」
 アーノルド曹長は、ヘッドフォンをずらし、敵の発見を報告した。シェフィールドの進行方向に対して2時の方向に見つかった目標だ。回頭してから20分後にそれは、ソナーによって探知された。
 既に戦闘命令は下令されており、万が一にも敵の攻撃を受けたときのために各ブロックは水密ドアで隔離され、全ての兵士は、持ち場に付いていた。
「このままでいいのですか?」
「相手に気が付いたことを教えてやらずとも良かろう?相手の油断を誘うのさ」
 ホイットニー少佐が、やや不満そうにいうのをカーター大佐は、子供のような笑いを見せてはぐらかした。「それに、550メートルまで届く武器は、あれしかないだろう?あれを見舞うにはもう少し敵のデータを見極めねばな」
「敵、速力を弱めました、感度が弱くなっていきます」
「距離は?」
 にこやかなカーター大佐の顔に、ほんの少し真剣味が増す。
「15000、敵速力10、深度変わらず。ますます弱くなっていきます」
「こちらも速力を弱める、速力10。失探するわけにはいかんからな」
 
「敵も速力を落としました。こちらに気が付いたようです」
「気が付かれたか?」
 トンプソン大佐は、無念そうに唸った。まさか連邦軍の方が先に気が付いていたとは思いもしていなかった。
「しかし、進行方向は変えていません」
「変えないだと?」
 トンプソンは、首を捻った。
確かに、深度550にこちらが潜んでいれば、攻撃できる武器は、限定されるが、連邦軍にはそれがないわけではない。気が付いていないのかも知れない。それは、ありうることだと思う。敵を捕捉して直ちに速力を5ノットにまで落としたのだ。
 一瞬、戦闘可能深度まで浮上してズゴックによる攻撃を考えたが、それは余りいい選択肢ではなさそうだ。その時点で、連邦軍にモビルスーツ搭載艦が、この海域にいることを知らせることになるからだ。向こうが気が付いていれば別だが、こちらから知らせてやる必要はない。
 
「敵進行方位変化なし、深度そのまま、速力5で止まりました」
 アーノルド曹長は、際どいところで敵を失探せずに済んでいた。もちろんカーター大佐の好判断、減速させる、に負うところも大きいが、失探せずに済んだのは、曹長自身の技量によるところが大だ。
「距離は?」
「12000、更に接近中です」
「よろしい、機関停止、面舵いっぱい!!3時方向に進路をとれ」
 カーター大佐の命令は、CICルームの全員を面食らわせたけれど、非難されるべきものでもなかった。
「機関停止」
「面舵いっぱい、進路3時!」
 それぞれの命令が下令されるのを聞きながらホイットニー少佐は、一つのことを確信した。艦長は、この戦闘を楽しんでいるのだ。そして、確かに薄暗いCICルームの中でもはっきり分かるぐらいにカーター大佐の口元は笑っていた。
 
「失探しました」
 途端に、司令室は、更なる緊張に包まれた。
不安そうに見つめるクライブ少佐達、司令室要員の視線を感じながらトンプソン大佐は、状況を考えた。
 敵は、我々に気が付いていたのか?
 そう自問して、トンプソンは、すぐに答えを出した。敵は、我々に気が付いていたのだ。気が付かれていたうえに、先手を取られてしまったのだ。上の艦長は、いったい何を狙っているのだろう?
 ふと、付近に共同する連邦軍の攻撃型潜水艦が潜んでいるのでは?という恐怖感にも襲われた。状況を想定するには、トンプソン大佐は、余りにも対潜水艦戦闘には素人でありすぎた。
 ジオンには、深度500メートルを超えるような海はないのだから。
「我々が出ましょうか?」
 ズゴックのパイロットのうち先任のラス少尉が、意見を具申してきた。このまま潜水艦の中でやられてしまうのには、我慢ができないのだ。
「いや、敵の位置が掴めないうちは下手な行動はできない」
 トンプソンは、言下にそれを却下した。
 モビルスーツの発進は、轟音、対潜水艦戦闘においてはまさに轟音と表現するのが正しかった、を発する作業なのだ。深度も、上げねばならないし、速力も極限にまで落とさなければならない。
 敵にその存在を気付かれている以上、仮にモビルスーツの発進に成功しても母艦であるユーコンは撃沈されること必至である。そうなれば、母艦を失ったモビルスーツも、広大な大洋の中で失われることになる。モビルスーツには、大洋を自由自在に動き回れるような航法装置は何も装備されていないからだ。
 
「目標の距離、8000、接近中。速力5、深度変わらず」
 惰性でしばらく進んだ後、シェフィールドは、完全に海上に停止した。しかし、このマンフィールド型駆逐艦のガスタービン機関は、6500トン近いこの艦体をわずか1分半で最高速力、36ノットにまで増速させる性能を秘めている。
「よろしい」
 カーターは、状況を確かに楽しんでいた。
 連邦軍の水上艦艇の多くが想像もしなかった兵器、コロニー、によって失われてしまった現在、駆逐艦1隻といえども危険にさらすのは戒められていたが、カーターは、借りを返すときには、きっちりと返すべきだと信じていた。それが、多少の危険性をはらんでいてもだ。
「ピンを打て、敵の座標確認後、マーク66で攻撃する!!」
 またしても、ホイットニー少佐が、非難めいた顔をこちらに振り向けたが、艦長の命令には逆らえないのだ。
 現状でも十分に敵を攻撃できるだけのデータは集まっているのだからアクティブソナーによってピンを打つことは、敵に攻撃の意図を教えることにしかならない。逆に、自らの位置を暴露してしまうことにもなるのだ。
 
「敵が、ピンを打って来ましたっ!!」
 ブレディ伍長が、引きつった顔で報告してきた。「敵は、正面、距離7500です」
「緊急排水、機関全速!!進路3時にとれっ、急げっ!!」
 トンプソンは、観念した。しかし、手をこまねいているわけにはいかない。最善は尽くさねばならない。「マスカー2個放出、続いてデコイを距離1000で曳航する」
 マスカーとは、海水との化学反応で盛大に泡を放出するものだ。その放出音で敵のソナーや、魚雷の追尾を躱そうとする兵器である。デコイは、船体から曳航し、本体が立てる音と同じ音をより盛大に立て、自身が本体かのように振る舞う囮である。
 しかし、どちらもより優秀な兵器に攻撃された場合、決定的な解決手段とはなりがたい。
「深度、540・・・530・・520・・」
 じれったいほどのスピードでしかユーコンは浮上しない。モビルスーツを搭載するために船体が大きくなったためだ。
「海上に着水音、1、2・・・2発来ます!!」
「少尉、ズゴックの発進準備を!!マスカー更に4発」
「はいっ、いくぞクレメンス」
「マスカー、放出いそげっ!!」
 1分1秒が、生死をわける状況下でも、パニックに陥らずにいるのは奇跡のようなものだった。
 その時になって船体を叩く敵の対潜魚雷のアクティブソナーのピン音が船体を通じて聞こえ始めた。
「1発はデコイの方に、もう1発は来ます」
 そういうとブレディ伍長は、ヘッドフォンを耳から外した。敵の対潜魚雷が爆発したときに、そのままであれば耳をやられてしまうからだ。
 
「命中!!」
 アーノルド曹長が、報告した一瞬後、薄暗い海上に真っ白い水柱が2本、競い合うようにそそり立った。
「まだだ、ユーコンはマーク66、1発ぐらいじゃ沈まん。続けてマーク45でとどめを刺すぞ」
 マーク66は確かに深々度攻撃が可能な対潜魚雷だったが、それを実現するために炸薬量は、40キロと少ない。それでも500メートル以上の深々度であれば水圧によって敵の潜水艦に致命的な損害を与えることが可能だったが、眼下の敵は、深度480ほどでその攻撃を受けたのだ。
 それに、マーク66は敵の潜水艦を直接撃沈するというよりもより大威力な火力によって攻撃できる深度に敵潜をいぶりだすという性格の方が強いのである。
 現在、シェフィールドは、速力を最大にまで上げ、船首もユーコンから離れる方向に向けている。万が一、敵からの魚雷攻撃を受けた場合、接近しすぎていることは魚雷の回避を難しくさせるからだ。
「マーク45、4発発射」
 カーターは、止めを刺すべく、命令を下した。
 
 魚雷命中の衝撃は、すさまじいものだった。
 命中した瞬間、艦自体が何かに掴まれて振り回されたようだった。トンプソン自身も、額を何かにぶつけ出血をしていた。興奮しているせいか痛みは感じなかったけれど、目に流れ込んでくる血で、それが分かった。
 何人かは、より重傷を負ったのだろう、司令室の床に転がったままのものもいる。しかし、現状はそういったことに気を回している余裕があるものではない。戦闘は続行しているのだ。
「被害、知らせ!!」
「前部魚雷発射管室、漏水中!!」
「機関室、浸水、止まりません」
「排水ポンプ、1番3番4番が停止、浮上限界一杯です」
 現在分かっている被害の中では排水ポンプに関するものが一番深刻だった。つまり、もう1基損傷してしまえば、永遠の潜航が始まってしまうわけだ。
「潜舵を使って浮上するんだ。なんとしても浮上しろ」
 次に深刻なのは、機関室の浸水だ。浸水が進めば、遠からず機関は停止してしまう。たとえ、機関室が完全に水没しなくてもだ。推進力を失ったユーコンは、その時点で浮上できなくなる。
「どこに命中した?」
「おそらくモビルスーツ格納庫です」
 クライブ少佐も、頭のどこかに裂傷を負っているのであろう、首筋に血が流れている。しかし、顔つきはしっかりしている。
「敵の動きは?」
 しかし、返事はなかった。ソナーの方に目をやるとブレディ伍長が、ソナー席から投げ出され、うつ伏せに倒れていた。首が、本来以上に曲がっており、ブレディ伍長が絶命しているのがそれで分かった。
「ボビー伍長を大至急司令室に回せ!!急げ」
 交代要員のソナー員を席に着かせようとしたとき、再びピンが、ユーコンの船体を叩き始めた。
 
「深度750・・・800、敵潜急速に沈んでいきます」
 4発のマーク45は、派手に音を立てて浮上を試みようとしていたユーコンを2度と浮上することのない潜航へと誘った。
 おそらく、生き残った潜水艦乗り達は、いたとすればだが、例えようのない恐怖感にさいなまれているはずだった。
「深度1000・・・圧壊音、撃沈です」
 それは、生き残っていたものも含めてユーコンのジオン兵全員が二度と誰にも見つからないことを表わしていた。
 CICルームの中に、小さく歓声が上がり、連邦軍の勝利がまた一つ積み重ねられた。
 ホイットニー少佐は、無事に切り抜けられたことに安堵しつつ艦長の方をそっと振り返った。他の兵が喜びを隠さずに表現しているのに反して艦長のカーター大佐は、静かに目を閉じていた。そのまま見ていると大佐は、制帽を左手で取り脇に抱え、そして、右手で小さく胸の前で十字を切った。
 そうした大佐の行動に、気が付いたものが他にいたのかどうか?ホイットニー少佐には、分からなかった。他の誰かとこのことについて話をしなかったし、同じように誰からも聞かなかったからだ。
 
 ジブラルタルは、12月9日未明に6機からなるジオン軍の水陸両用モビルスーツの攻撃を受けた。しかし、その攻撃は、ばらばらになされ、潜水艦によると思われるミサイル支援攻撃も的を得たものではなかった。
 6機のモビルスーツも、あらかじめ警戒体制をとっていたジブラルタル駐留のジムモビルスーツに各個撃破され、ほとんどジブラルタルには損害を与えずに終わった。
 いくつかの施設に損害を受けたもののジブラルタルが、アフリカ戦線へ行う支援活動は、ほんの少しも影響を受けなかった。
 
0079u.c.
ジオン軍最後の大規模潜水艦作戦は、こうして終わった。