- 「少佐、今日の戦果はいかがでしたか?」
- 今日も1機も欠けることなく基地に帰還したザクの機数を数えながら真っ先に帰還してきてコクピットから這い出してきた少佐に、レオナルド中尉は、話し掛けた。ザクは、それぞれの整備エリアへと移動していく。
- レオナルドは、少佐のザクの整備を担当する整備班の班長であり、この基地の整備中隊の次席指揮官でもあった。歳は、まだ若いが工学大学を首席で出ただけあって整備に関する知識は隊の中でも1番だった。
- 「連邦の奴等を蹴散らしてやったよ、レオナルド」
- 大柄な体を大義そうにしてコクピットから這い出してきたのはデイビット・ハフマン少佐、この北米戦域にあって1、2のエースパイロットだった。
- 「それはよかったです。キルマーク、どうされます?」
- 既に少佐の機体のシールドには描ききれないくらいのキルマークが記してあった。その中でも少佐がもっとも自慢するのはサイド4奇襲作戦に従事したときに挙げたマゼラン級戦艦のものと、この地上に降下した後に撃破したビッグトレーの2つだった。ジオン軍にモビルスーツのパイロットが多いとは言ってもこの2つの撃破記録を持つパイロットは、ハンスの知るかぎり少佐だけだった。
- 「もう描けんだろう?」
- 搭乗用の簡易エレベーターに乗り込むと少佐はそのまま機体を見上げながら降りてきた。降下作戦以来ともにしてきたザクであり、そのことを証明するかのように機体のあちこちに弾痕が穿たれている。少佐にとっては、2機目の搭乗機だ。1機目は、ブリティッシュ作戦の時に突っ込んできたトリアエーズ戦闘機によって大破してしまい放棄せざるを得なくなったのだ。
- 「工夫次第でどうとでもなりますよ」
- レオナルドは、笑いながらいった。
- 「じゃあ、頼むとするか、61式を6とフライマンタを2個、書き加えておいてくれ」
- 簡易エレベーターから出ると少佐は、いつものようにヘルメットをレオナルドに手渡して戦果を伝えた。
- 「大漁ですね、今日も。少佐」
- 「ああ、話にならんよ、地上の連邦軍は」
-
- 「しかし、こんな任務が何かになるんですかね?」
- 「うるさいぞ、もう敵地に入ってるんだ、必要時以外は口を開けるな」
- トム・クレメンス少尉は、さっきから愚痴をこぼしまくっているディーン軍曹に顔を振り向けずに黙るようにいった。
- 「敵地っても住民は我々の味方でしょう?」
- そういったのは、ポプキンス曹長だった。背中に背負った軍装は軽く30キロ近くあるにもかかわらずそれを苦にしてる様子はなかった。それは、少尉も含めて5人全員がそうだ。そのための訓練を平時から受けていたのだから当たり前といえば当たり前といえた。もっとも、その住民も大半が連邦軍とともに疎開して、残ってはいなかった。
- 「そうはいっても、知られないほうがいいに決まってるだろう」
- この特殊部隊の分隊指揮官であるクレメンス少尉だけは、他の隊員よりも若干荷物の量が少ない。だが、仮に同じ量を背負っていたとしても根を上げるというようなことは絶対にない。鍛えられた男達の上官は、やはり鍛え抜かれた男でなければ勤まらないからだ。
- その装備は、ポンチョ、軍用食1週間分、水筒、対人手榴弾3個が、全員に共通する。少尉は、M−26アサルトライフルに弾倉6個。エリオット伍長は、MG−7分隊支援機関銃とその弾薬600発。軍曹と曹長は、サラマンダーATR発射器とその弾頭をそれぞれ3発づつ。ルナール伍長は、爆薬を6キロと携帯レーザー通信機を携行する。軍曹は、ロングレンジライフルLRR6、他の隊員は、SG−77マシンガンをその弾倉6個とともに個人火器として携行している。他にも各人が思い思いの武器、たとえば拳銃、ボウガンなどを作戦行動の妨げにならない程度に携行していた。
- 「とにかく、口は閉じてろ。開くのは何かを見つけたときだけだ」
- 不意に遠くからエレカの音が聞こえてくる。
- 少尉が、手を音の方向に向け、くるりと1回転させ握り、身を隠すように手で示す。全員が、相互の間隔を10メートル以上取り、遮蔽物に身を隠す。
- 「民間のもののようです」
- 軍曹が、双眼鏡でエレカを追いかけながら報告した。双眼鏡は軍曹の私物だ。赤く塗色されたエレカは、確かに民間用らしく、運転席にも年配の女性が1人見えるきりだった。つまり、全員が疎開したわけではないということだった。
- エレカは、そのまま走り去る。
- 「ほんとに戦時かよ?のんきなもんだぜ」
- 双眼鏡を背嚢になおしながら軍曹がいう。
- 「黙れといってるだろう、前進再開!」
-
- 「迂回しますか?」
- ポプキンス曹長が、少尉から借りた双眼鏡を覗きながらいう。双眼鏡の先には、町を縦断する川と、それをまたぐ橋。そこを守備するジオン兵が見える。「装甲車が1台、兵が12、3人。難しい仕事じゃあないですが・・・」
- 叩いてもいいし、そのままにしておいてもいい、どうでもいい兵力だ。ただ、叩いてしまうと目標への接近が困難になることになる。
- 「ふ〜む。いや、ここでやろう」
- 回りの地形をつぶさに見たクレメンス少尉は、考えを変えたことを全員に伝える。
- 後方撹乱して敵の進撃速度を緩める、そのためには敵の基地の補給物資を叩けばいい、そんな単純な発想から少尉達は送り込まれてきたのだ。作戦の柔軟性を失わせないため、現場での判断は全てクレメンス少尉に一任されている。
- 双眼鏡を受け取ると少尉は、もう1度状況をよく見極めた。装甲車、もとは連邦軍の所属のものだ、のハッチは、開放され、上部に2人の兵士がだらしなく座っている。暖機運転されている様子もない。急造された機関銃陣地もお世辞にも的確な配置とはいえない。
- 「ルナール、エリオット右からだ、5分以内に位置につけ。俺の射撃を合図に機銃座に見舞ってやれ。ディーンは、ここから狙撃しろ。ポプキンスは、わたしと一緒についてこい」
- 地面に簡単に書いた地図でそれぞれの待機位置を示す。1回の説明で理解した屈強な男達は、すぐさまその場を後にした。
- ジオン兵達は、ただたんにそこにいるというだけのことだった。民間人にとっては威嚇になるだろうが訓練された男達、クレメンス少尉達のような男達には無意味な存在でしかなかった。今や装甲車までは、150メートル、サラマンダーATRの射程には充分余裕がある。後方噴射の影響を受けないように射撃姿勢をとると、ポプキンス曹長はサラマンダーATRを肩に担いだ。ルナール伍長達が、位置に着いたのを確認すると発射命令のかわりにクレメンス少尉は、ポプキンス曹長のヘルメットを2度軽く叩いた。
- ポプキンス曹長は、すぐさまに発射ボタンを力強く握った。
- 同時に、サラマンダーATRの発射筒内に電流が流れ発射火薬が瞬間的にサラマンダーATRの直径120ミリ、全長650ミリの弾体を前方へと力強く押し出す。発射器を飛び出した弾体の後部で折り畳まれていたフィンが展開し、ロケットモーターに点火しても射手に影響を与えないだけ前方に進むと一気にロケットモーターが点火された。加速を得たロケット弾は、白煙を引きながら目標へと突進した。
- その時になって、ジオン兵が事態に気がつくが、そのほとんどはそれが何を意味するのかまでは理解できてはいなかった。理解するより先に、ルナール伍長の機関銃掃射が、その機会を永遠に奪っていく。サラマンダーATRが、命中したのは、装甲車の前よりの部分、燃料タンクのある位置だった。最初の一撃で装甲車の戦闘力を奪うには充分だったが、燃料タンクの引火爆発によって完全にその能力を奪うと同時に、中にいたであろう兵士が生き残る可能性をも完全に失わせた。
- ルナール伍長の掃射からかろうじて生き延びたジオン兵の何人かが反撃を試みようと遮蔽物の陰に転がり込み、銃口を振り向ける。しかし、それはルナール伍長の機関銃からは遮蔽されてはいてもディーン軍曹からは、充分に射界が得られていた。3点バースト射撃が3度加えられ、3人のジオン兵がどこから撃たれているのかも分からないまま地面に転がる。最後に残った兵士が逃げ出そうとするのにポプキンス曹長が、サブマシンガンの一連射を加えてお終いだった。サラマンダーATRの発射から1分あまりで全ては終わっていた。
-
- 「出撃だと?」
- ハフマン少佐は、騒々しくなっていく基地の士官室でいぶかしげにひとりごちる。そこへタイミングを見計らったように副官がやってくる。いつものように不安そうな顔つきだ。
- 「どうしたというんだ?」
- 「ハイ、少佐。ここから17キロ先のレブルストークの町に送っていた部隊が、朝から連絡が取れなくなくなっていたんです。斥候に送った兵士から、全滅していると、それでアグリィ少尉の隊を出撃させることになったんです」
- 副官が、今朝から起こっている事態を簡単に説明した。
- 「それなら、直接俺の小隊が行こう。だが、レブルストークは、もう何日も前に我々の制圧下になったはずじゃないのか?」
- 「はあ、おそらくレジスタンスかと・・・」
- 「余程油断してたんだろう?何人やられた?」
- 「接収した装甲車と兵が15人です」
- 「ふん、まあいい、様子見がてらやはりわたしが行こう」
- 装甲車を伴った部隊が、連絡も入れられずに全滅するとはいったい?とハフマン少佐は考えてみた。ただのレジスタンスにしては手際が良すぎると言える。それとも余程間抜けが揃っていたかだ。
- 「しかし、わざわざ少佐がお出にならなくても?」
- 副官の顔には、やっぱりという表情が表れた。いっても無駄なことも承知している。少佐が、自分で出るというのはこの部隊の者なら一兵卒でも予想できることだった。
- 「17キロ先だったら軽い散歩のようなものだ、アグリィの隊には悪いが盾のマーク、増やさせてもらうよ」
- 「し、しかし・・・」
- ここのところ、連日の出撃がつづいており昨日の出撃では戦闘が長引き今朝帰還したばかりなのを心配しているのだ。
- 「なあに、司令官には俺から直接掛け合うさ、心配するな」
- 副官の心配が、別なところにあることには気がつきもしないでそう言い放つとハフマン少佐は、士官室を大股で出ていった。副官の心配性は今に始まったことではないからだ。
- それを肩を竦めながら見送ったミッテラン中尉は、自分が何故こんなに心配性になってしまったのかを少し考えてみた。少なくともハイスクール時代はそうでなかったはずだ。友人達は、彼のことを慕い笑顔を褒めてくれていた。おまえの笑顔は、こっちまで安心させてくれるな、と。妹が、病気で急逝したからだろうか?一回り近く離れた妹を誰よりも溺愛していたのは確かだった。あるいは、両親を交通事故で一時に失ったときかもしれない。その結果、ミッテランは、永遠に血族を失った。それとも、ダイクン派の粛正によって両親を失った恋人が、彼の元を離れていったからだろうか?彼女の両親がダイクン派だったことは、彼の軍での立場も危うくした。エリートだったミッテランが、地上侵攻軍に組み入れられた理由は、他にはないはずだった。
- そのどれが原因なのか?ミッテランには分からなかった。
-
- 10分後、ハフマン少佐は、小隊の部下とともにスレート製の簡易格納庫の中で出撃準備を整えていた。
- 「で、敵の種別はわからんのだな?」
- モニターの中の副官は、相変わらず心配そうな顔をしている。
- 「はい、おそらくはゲリラだろうと!現在ダッジ少尉の歩兵部隊がマゼラアタック1小隊とともに進出しています。今ごろは、もう到着しているころだと思いますが・・・」
- 「ゲリラだと?俺達が着いたころには、掃除を済んじまってるんじゃないだろうな?」
- ゲリラ相手にザクを駆り出すことにほんの少し疑問を持ちながらもザクを動かすことが嫌いでないハフマン少佐は、異を唱えなかった。
- 「そればっかりは、分かりません」
- 「はっははは、正直なやつだ。こういうときはな『きっと大きな獲物が残ってますよ』というもんだ」笑いながらいうと、ハフマン少佐は、ザクを機動させた。「ハフマン小隊、出るぞ!」
-
- 轟音とともに、死体を片付けようとしていたダッジ少尉の部下達が吹き飛ばされた。同時に数ヶ所で爆発が連鎖的に起こり、少尉の部下達が、さらに人形のように何人も吹き飛ばされる。
- 「て、敵襲!!敵襲!!」
- 反射的に伏せた兵士達のうち、誰かが叫び、見えない敵に向かって銃撃を始める。マゼラアタックも、何を狙えばいいのか分からないうちに攻撃に加わった。道路に面した民家が穴だらけになっていき、マゼラアタックの砲撃を受けた瀟洒な建物が一撃で瓦礫に変わる。
- 「撃ち方止め〜いっ!止めんか!!」
- 隣で乱射する兵士を銃床で殴りつけながらダッジ少尉は、大声で怒鳴った。
- 銃撃が、散発的になりやがて止む。
- 「敵を見たものはいるのか?」
- 周囲にいるものの顔は、おびえきっている。おそらく全員が、自分も含めてそうなのに違いない。「トンムソン曹長!!」
- 「曹長は、戦死しました!!」
- 通りの向こうから返事が返る。
- 「ダニエル曹長は?」
- 「戦死です」
- 「自分は、無事です」
- マハ曹長が、応える。分隊長で生きているのは、マハ曹長だけだった。ダニエル曹長は、死体の確認を指揮していたから仕方ないにしてもトムソンまでとは、とその運のなさにダッジ少尉は、泣きたくなった。
- 「被害を知らせろ」
- 辺りを伺いながらダッジ少尉は、命じた。幸いなことに3輌のマゼラアタックは、無傷だ。
- そして、3分と経たないうちにあがってきた報告は、思ったほど悪いものではなかった。確かに、分隊長を一瞬で2名失ってはいたが、戦死者は、それを含めて7名、戦闘に耐えられない重傷者は4名だった。つまり、戦力としてはまだ8割が健在だった。
-
- 「どうですか?」
- 「やっこさん達も、ド素人のようだ。仕掛け爆弾にあっさり引っ掛かった上に乱射だ」
- 町を俯瞰できる小高い丘の潅木の陰から双眼鏡で様子を見ながらクレメンス少尉は、敵情を教えてやった。
- 「マゼラアタックを仕留めてずらかりますか?」
- サラマンダーATRの弾頭は、まだ5発残っている。3輌のマゼラアタックを仕留めることは易しい仕事の部類に入る。
- 「まだだ、もっとどでかい獲物がやって来るさ」
- 「!?まさか?」
- 「そう、そのまさかさ」
- クレメンス少尉は、にやりとポプキンス曹長に笑って見せた。
-
- (情けない話だ・・・)
- 途中で受けた無線連絡、地上では恒常的にミノフスキー粒子が残留しないためその重要性が失われたわけではない、を聞いてハフマン少佐は、思わず嘆いた。先遣隊は、手痛い損害を被った揚げ句、動けなくなってしまったらしい。航空支援を要請したうえに、ザク1個中隊の支援を要すると無線連絡してきたというのだから開いた口がふさがらない。もっとも、上層部は、これを両方とも却下した。
- もっともな判断だ。相手は、正規部隊ではないのだから。前線はずっと先なのだから。おそらく本隊が、後退するまでの間、後方を撹乱してこいと命じられた部隊が、嫌がらせをしているに過ぎないはずだった。
- 「町が見えました、少佐」
- 先行させているヘンゼルが、街を視認したことを伝えてきた。基地を出てから僅か30分あまり、こんなところで連邦軍に好き勝手されたのではな、と思う。
- 「何か見えるか?」
- 「ダッジ少尉の部隊が、見えるだけです。小康状態のようです」
- 「分かった、ヘンゼルはその場で待機、わたしが行くまで状況を監視せよ」
- 「了解です、少佐」
- 「グレーテル、前進だ!」
- 「了解です」
- もう1機のザクを従えハフマン少佐は、前進を再開した。
-
- 「ザクですぜ」
- ポプキンス曹長が、町の外れに現れたザクを目ざとく見つけた。距離にして3キロ程度といったところだ。サラマンダーATRのカタログの射程距離いっぱいである。もちろんカタログ上であり、ましてやザクにこの距離で命中させられるどおりはない。
- 「1機だけですね?」
- ディーン軍曹も、狙撃銃から外したスコープで覗きながらいう。
- 「いや、単機の訳がない。後続してくるはずだ」
- 問題は、それが何機かだった。少尉の言葉に違わず、新たに2機のザクが姿を現したのは、それから3分と経たない間のことだった。
- 「3機、ですかね?」
- さらに10分待ったが、それ以上のザクは姿を現さなかった。3機のザクは、ゆっくりと町の中に入ると互いの間隔を100メートル以上保ち周囲に睨みを利かせた。それに合わせるように歩兵とマゼラアタックが町の外周に展開した。しかし、当然のことながら全てを完全にするわけにはいかなかった。必然と川のこちら側を中心とした展開になるのは仕方ないことだった。
- 「そのようだな。サラマンダーATRの発射器がもう1基あれば楽なんだが・・・」
- 官給のものより余程性能のいい軍曹の双眼鏡を覗き、敵の配置を頭に叩き込みながらクレメンス少尉は、どうすれば敵を叩きのめせるかを何百ものパターンを頭の中で描きながら考えていく。考えながら、やはりザクは、手強い相手だということを認識する。だが、このまま帰るには惜しい相手なのだ。1機のザクのシールドには数えられないほどのキルマークが刻まれているのだ。
-
- 午後になって負傷者を後送するための部隊が、増援とともに到着した。重傷者が1名持ちこたえられずに息を引き取ったため戦死者は8名、先の守備隊も合わせれば23名の戦死者が埋葬されることになり、負傷者も比較的負傷の程度が大きいものも含めて11名が後送されることになった。増援として送られてきたのは、装甲車が3輌と歩兵が2個小隊だった。そのかわりにマゼラアタックが、基地へと戻っていった。マゼラアタックよりは、余程装甲車や歩兵の方が向いていると判断されたからだ。
- 偵察隊が、3組編成されて町の周囲を捜索したが、なんの手がかりも得られないまま陽は、傾きつつあった。
-
- (大きいぜ・・・)
- ポプキンスは、ザクを見上げて思わずその巨大さに圧倒された。
- 下水路を利用して町に潜入したのだ。まだ陽は完全に沈んでいない。完全に沈んで地面が冷えるとザクの赤外線探査装置に引っ掛かる可能性があったからだ。特殊部隊の軍服が、いかに赤外線の放出を抑えるとはいってもむき出しの部分、顔や手、からの赤外線までは覆い隠せないからだ。
- 時折2人1組のパトロールを見ることができたが、午後早くから始められたパトロールは、もう惰性になりつつあるようだった。
- (こりゃあ、駄目だな)
- 足元からではサラマンダーATRの有効着弾角にならない、かといって離れると建物が邪魔になる。時計を見る。攻撃開始まで、5分あまり。それほど考える時間が残されているわけではなかった。
-
- (話半分としてもこいつは、エースだ)
- エリオット伍長は、照準サイトに捉えたザクのシールドに描かれたキルマークを見て思った。宇宙から転戦してきたことも分かる。マゼラン級戦艦のシルエットが見て取れるからだ。そして、ビッグ・トレーも。いったい何であんなものを正式化したのか理解に苦しむ兵器ではあったが、それを撃破されたとなると話は別だ。
- それらが1つづつ。そして数えきれないほどの戦車と航空機のマーク。そういったやつに、引導を渡せることは快感だった。ただ、それが自分自身でないことだけが残念だった。
- しかし、広場に集まった歩兵達を釘付けにすることも大事な仕事だった。
-
- その役目は、ディーン軍曹が担っていた。ザクから離れること200メートルあまり、民家の2階に陣取っていた。子供部屋だったのだろう。机の上にはノートが開けられたままになっている。壁には、金髪の女性歌手のポスターがでかでかと張られている。有名なんだろうけれどディーン軍曹の好みではなかった。胸が小さいし、やせ過ぎだからだ。
- 3分前。まだ何も起こらないことを思えば、みんなうまく所定の位置に着けたに違いなかった。
-
- ルナール伍長は、みんなから預かった手榴弾と、残っていた爆薬を使って簡単なトラップを作り終えていた。簡単とはいってもそこに足を踏み込んだ敵にとっては地獄への入り口になることは間違いがない。
-
- こいつらは、戦争をピクニックか何かと勘違いしているに違いないとクレメンスは断じた。おざなりのパトロールに、全然なっていない歩哨の位置。ザクさえあれば全部が丸く収まると勘違いしているに違いなかった。
- 時計を見る。時間まで10秒を切っていた。
- 突撃銃の安全装置を外し、照準をつける。
- (5、4、3、2、1、レッツ・パーティータイム!!)
- 同時に引き金を引く。小気味よい反動とともに5.56ミリの弾丸が銃口を勢い良く飛び出していく。時を同じくして2ヶ所から白煙が伸び、それぞれが別々の目標のザクへと外れることもなく着弾する。2発のロケット弾は、ほとんど同じ箇所に命中し、同じように高熱をザクの機体内部、コクピット、に送り込んだ。これらに遅れるまいとMG−7の軽快な射撃音が広場に響き渡る。クレメンス少尉の突撃銃と同じ5.56ミリ口径の弾丸を3倍の発射速度と2倍近い初速でばらまく高性能の殺傷兵器だ。
- 広場で談笑していた兵士達が次から次へと武器も手にしないまま転がっていく。
- 生き残ったザクは、どこへ砲撃するべきか迷っているうちにサラマンダーATRの第2撃に晒される。1発目は、避けられたが2発目はまともに胴の部分に命中しザクの動きを一瞬で止める。避けようとした動きの勢いのままザクは、民家のうちの1軒に倒れ込みその民家を崩壊させる。
- 広場に急行しようとした1団のジオン兵は、まともにルナール伍長の作ったブービートラップに突っ込む。手榴弾が次々に爆発し、ひときわ大きな爆発が纏められていた爆薬によって引き起こされると彼らも、誰かに助けてもらわなければならない立場になった。もっとも、助けてもらわなければならない兵士の数はほんの僅かでしかなかった。
- 広場にいた装甲車が、動き始めた途端、サラマンダーATRの最後の1発が襲いかかる。ザクほど機敏に動くことのできない装甲車は、そのロケット弾を避けることはできなかった。
-
- 何もかもが無茶苦茶だった。いったい、何が起きているのかを把握するまでにダッジ少尉が指揮下に置く戦力、ザクは指揮下にはなかったが、は、あっという間にザクも含めて壊滅した。いや、装甲車はまだ2輌残ってはいたが、それを使ってどうにかしようという気力が失われていた。何しろ、見えない相手から恐ろしいほど無慈悲な攻撃を受けたのだ。何よりも、ザクを3機失ったことがダッジ少尉の戦意を失わせた、しかも歴戦のエース、ハフマン少佐のザク、をも含めてだ。
- 「とにかく、町をでるんだ!」
- ダッジ少尉は、装甲車の助手席で怒鳴った。運転手も、そのつもりだった。こんなところに一時たりともいられなかった。死が、手ぐすねを引いているようなところは願い下げだった。炎上する装甲車の横をスピードを上げながら通り過ぎる。
- カーブで装甲車が、スピードを落としたとき装甲車の屋根で何か物音がした。何かを思うもなく、装甲車の上面ハッチが開かれた。
- 「だ、だ・・・」
- 狼狽えるダッジ少尉が、見たものはにっこり笑ってウィンクをする連邦軍兵士だった。
- 「宇宙に持って行きな」
- そういって連邦軍の兵士は、手から何かを放りだした。ゴトリと装甲車の床に落ちたものを目で追う気はしなかった。にやっと笑って連邦軍兵士が、ハッチを閉じた。
-
- 「少佐は?」
- 「残念ながら・・・」
- それが、伝令の答えだった。ミッテラン中尉は、信じられなかった。レブルストークの町へ派遣された部隊のうち戻ってきたのがたった1輌の装甲車だけだということが。自分の心配が、最悪の形で現実になったことに恐れ戦きながらミッテラン中尉は、自分が、良からぬ心配をしたから現実になったのか、そうでなくとも起こるべくして起きたことなのかを悩み、戦争を過ごすことになった。
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- 0079 ジオン軍が連戦連勝を喧伝していたときの話である
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