熱砂の終戦


 砂漠に溶け込むように塗色されたジムが、同じような迷彩を施された大型のトレーラーから降ろされ、出撃の準備を始めたのは、まだ陽が昇りきらないうちのことだった。核融合炉に火が入れられ、ジェネレーターが、そのパワーを絞れるようにとしていく。そして、臨界を得られたジムから順番に砂漠に立ち上がっていく。
「何で今更・・・」
 連邦陸軍のパイロットスーツに身を包んだロバート・ブレーク少尉は、人員輸送用の装輪型装甲車から降りるなり愚痴った。陽が昇らない砂漠は、肌寒く、目覚めが悪いせいもあった。もちろん、指揮官のアルトベルト中尉には聞こえないようにではあった。
「ここまで出張ってきたんです、今更そんなことはいいっこなしですよ、少尉」
 立ち上がったモビルスーツの最終的チェックを任されている整備小隊のクリムトン軍曹が、ブレークのジムに取り付きながらいう。
「どうせ、新型のH型のデータを取りたくって中尉の隊を派遣したんだろう?」
 ブレーク少尉の中隊のジムは、新しいRGMー79Hタイプに換装されたばかりだった。換装されているとはいっても軍事に興味のない人間やモビルスーツを知らない人間だとその違いには気が付かないだろう。その外見上は、ほとんど変わらないH型のジムと従来のジムとが1番異なるところは、最初から陸戦用に開発された内部構造とバックパックロケット、いわゆるランドセルに装備されたロケット、の推力がほぼ8割り増しになっていることなのだから仕方がない。したがって一見しただけでは、大戦中のジムと変わるところはなんらないといっても過言ではない。
 もちろん細部は多義に渡って改良されており、モビルスーツオタクにとってはたまらない機体であり、大戦中のジムとは全くの別物といっていい機体に仕上がっている。
 軍曹が答えに困っていると後ろから声が掛かった。ブレーク少尉は、思わず首をすくめる。
「そう思ってくれて構わんよ、少尉。我が軍のモビルスーツは、まだまだ改良の余地があるんだからな。実験データは、どんな種類であれあって困ることはないんだ」
 そういったのは、大隊の、3分の1を率いて今回の残敵掃討の任務を与えられた指揮官のバッハード中佐だった。思わず首をすくめたのはもしや中尉だったらと思ったからだ。中佐と違って、中尉は言葉で説明するというようなまどろっこしいことはしない。いきなり鉄拳が飛んでくる。
 ブレーク少尉は、中佐のいうことに頷きながらも自分の運のなさを呪った。3週間前に、新型のジムを受け取ったという喜びの気持ちは、今はもう少しもなかった。戦闘をしたくてうずうずしている大半のパイロットと違ってブレーク少尉は、仕方なくパイロットを志願したに過ぎなかったからだ。1年戦争時に、急激に失われた正規兵の補充のために大量に徴兵されていく中にあって数ある選択肢の中で仕方なくモビルスーツパイロットを選らんだに過ぎないからだ。パイロットになれたのは、もちろん、彼に適性があったからでもある。そして、ブレーク少尉は、幸運にも、戦闘に投入される前に終戦を迎えることができたのだ。
 しかし、その幸運も今はブレーク少尉を庇護してはいないようだった。
 
「今度ばかりは、連邦も本気のようですね、大佐」
 岩場の陰に設けられた前線監視哨から双眼鏡で前方を見ながらいうジオン軍の少尉が身に付けている軍服は、そのしっかりとした口調とは異なってかなりくたびれてしまっている。
「そのようだな?ムーア少尉」
 ムーア少尉の双眼鏡よりも少しばかり倍率の高い双眼鏡で同じようにのぞきながら大佐と呼ばれた男は、ムーア少尉のいうことを肯定した。「人型は、10機以上か・・・」
「12機ですよ、大佐。それに戦車、自走砲、自走ロケット砲。ちょっとした兵器の見本市のようです。それにその時になれば、奴等のご自慢の空軍もお出ましになるでしょう」
「だろうな」
 2人とも、こういった場合に連邦軍が、全く惜しむことなく物量を投入することを良く知っていた。
「攻撃開始まで後2、3時間って所でしょうか?」
「そんなところだろう・・・」
 終戦から7ヶ月あまり、辺境ともいえるここアルージャ基地を固守し続けることができたのは、ひとえにここに配備されたモビルスーツ戦力のおかげだった。終戦間際、キリマンジャロのHLV基地の防備を固めるために地上へ送られてきた最後の戦力が降下したのがここだった。2個中隊、もともとの守備兵力と合わせたならほぼ1個大隊の戦力が、終戦時にここに存在した。
 疲弊し切っていた連邦軍にとって地理的にほとんど脅威にならない地域に展開する強大なジオン軍を掃討するのは、荷が重いことでしかなかった。それに補給を2度と受けることがないと分かっている部隊は、放って置けば済むという事情もあった。
「こっちの実情も知らずにやってくれるますね」
「そういうことだ、こっちの稼働機数を知ったらやっこさん達、がっかりするだろう」 
「まったくです・・・」
 一時的に部隊を受け入れたに過ぎないここでは大隊規模のモビルスーツを維持する術など全くなかった。さらにザクしか装備しないここでは、ザク以外のモビルスーツを維持していくことなど不可能だった。降下してきたモビルスーツの大半が、新型機のドムであったことが災いし、部隊の稼働モビルスーツは急速に減少していった。量産化が始まって間もないドムは、ザクに比べるとその生産性がこなれておらず、初期不良が多いことが原因の一つだった。終戦以前から補給が滞りはじめていたことで装備するザクの整備すらままならなかった部隊にとってザク以外のモビルスーツの整備など不可能に近かった。モビルスーツは届いたが、それを整備する部隊は来ず、専用の備品も届かないここでは、新型機はただのごみでしかなかった。
 また学徒を中心に編成されたモビルスーツパイロット達も慣れない土地で風土病や飢餓によってその数を消耗してしまった。コロニーが作り出す偽りの自然などは、ここの自然環境と比べればほんの子供騙しでしかなかったのだ。
 結局、今日まで稼働するモビルスーツとして残ったのは、ザクが4機にグフが2機、ドムに至ってはたったの1機という有り様だった。
「まあ、やれんことはないだろう」
 双眼鏡をのぞきながら大佐がいうのを聞いて、少尉は、まだ別の手段もあることをいうべきかどうかを逡巡した。しかし、提案したところで考慮してもらえるかどうかは甚だ怪しかった。
 
「大佐は、何と言ってきてる」
 天然の洞窟を拡張して作られたモビルスーツ用掩耐壕の中で自分が搭乗するグフに向かって歩きながらパイロット記章を胸につけた中尉が、傍らの士官に尋ねた。
「やって来るっていってます」
「そうか・・・」
 立ち止まってしばらく目を閉じてから、中尉はまた歩き始めた。連邦軍は、やはり本気だということだ。まあ、現れた時点で連邦軍が、ピクニックに来たわけではないことは分かってはいたけれど実際に聞かされるとやはり考えるものがあった。
「中尉!」 
 前方から声が掛かり中尉がその方向に視線をやると整備隊の士官が走り寄ってくるのが見て取れた。ザクを主に見ている隊の士官だった。
「なにか?」 
「ザクの1機が動きません」
「動かん?」
「ええ、ジェネレーターを稼働した途端に配線の一部が焼き切れてしまったんです。ドップ用の備品で間に合わせたのがいけなかったようです。すみません」
「仕方あるまい、誰の機体か?」
 この士官だって好きでドップの備品を使ったりはしていない。良かれと思ってのことだったし、どちらにしろ動かないものは動きはしないのだ。
「マクレガー曹長の機体です」
「曹長のか?」
 学徒上がりのパイロットで実戦の経験がないままにここに送り込まれてきたパイロットだった。だったらパイロットの変更はしなくってもいいなと口に出さずに思う。
「はい」
「とにかく了解した、下がっていい」
「すみません、中尉、十分なことができずに」
 最後にもう1回謝るとその整備士官は、走っていった。
「6機になりましたな、中尉」
 軽く肩を竦めてその士官は疲れた笑顔を見せた。
「ちょうど2個小隊になったわけだ、指揮がしやすくっていい」
 1機や2機のザクがそれほど大きな意味を持つわけではない。
 そこへ隊内電話が入る。士官が、それに対応し2、3度頷くと顔にほんの少し笑みを浮かべる。
「出撃は、もう少し待てとのことです。大佐が、戻られるそうです」
(少しばかりの命拾いというわけか・・・)
 出撃が延びたことを心ならずも喜んでいる自分を発見して中尉は、自分自身で驚いた。
 
 前線監視哨から基地へと戻る地下道の中でムーア少尉は、自分の考えを話すべきかどうかをずっと悩んでいた。たとえ話しても、採用される可能性は低かった。一笑に付されるだけならまだしも事と次第によっては、全く想像したくない事態にもなりかねなかった。
 しかし、大佐が、モビルスーツ隊の出撃を、自分が基地に戻るまで待たせたのは最後の機会かもしれなかった。今までずっと上官の命令を忠実に守ってきたし、それを変えるつもりはなかった。しかし、それはあくまでジオンが存続していればのことである。戦争が、終戦を迎えたとされてから既に7ヶ月あまり、さすがに戦争が継続していると信じているものはここアルージャ基地でも少数派になっていた。
 それでも、彼らがここで頑張っている理由は、ジオン軍軍人であるというプライドがあるからだった。
「ねえ、大佐・・・」
 ムーア少尉は、思い切って話すことにした。
 
「悪くない考えだ」
 ムーア少尉の話を黙って最後まで聞いた大佐は、話を聞き終わると地下道の天井を見上げていった。「わたしは、誰かがそれを言い出すのを待っていたのかもしれないな」
 そういうと大佐は、静かに短く笑った。
 
 ブレーク少尉は、装甲車の屋根に腰を下ろして目の前で起きていることを眺めていた。陽が高く昇るにしたがって装甲車は、素手では触れられないほどに熱くなっていたが、擬装用のネットに腰を降ろすことはできた。装甲車にあった予備の陸軍用ヘルメットを被りブレーク少尉は、ぼんやりと眺めた。その後ろでジムが、トレーラーへ搭載されていく。
 アルージャのジオンの残党を掃討戦は、ブレーク少尉が思っていた以上に簡単にしかもあっけなく終結したのだ。
 白旗を掲げた軍使が、連邦軍の目の前に姿を現したのは、総攻撃を始める1時間前だった。既にジムのコクピットに収まり、今から始まろうとする戦闘に神経を集中させていたブレーク少尉は、それが無駄になったことを知らされたのだ。
 アルージャ基地に残っていた兵士が、武装解除されて目の前に整列していた。その数は、ブレーク少尉が想像していたよりはずっと少なかった。しかし、彼らは敗軍の兵士達とは、思えないほど統率がとれていた。
 すぐ目の前では、ジオン軍アルージャ基地の司令官が背筋を伸ばしてバッハード中佐に見事な敬礼をした。着ている軍服は、多少くたびれているが、それとは正反対である。後ろに従えている副官は、司令官に比べれば多少気後れしたところがあるが、それでも大勢の連邦軍兵士の中にいることを思えばしっかりとしているといえた。自分もそうできるだろうか?とブレーク少尉は、立場を置き換えてみながら遣取りに耳を傾けていた。
「ジオン軍アフリカ方面軍アルージャ基地司令官、ハインリッヒ・デッガード大佐です。アルージャ基地のジオン軍は、貴官に降服いたします」
「大佐、貴隊は十分に戦われました。南極条約にのっとって貴隊の全兵士を戦時捕虜として収容します」
「よろしくお願いします」
「貴隊の残存兵器の接収の件ですが・・・」
 バッハード中佐が、続けようとするのをデッガード大佐が、遮った。
「残念ながら、我が隊の兵器庫は、不慮の火災によって失われました。接収するような兵器は何もないでしょう。まもなく弾薬庫にも延焼することでしょう」
 ブレーク少尉は、いったい何を言っているのかよく分からなかった。アルージャ基地の方に目をやるがそれらしい気配はなかった。きっと、ずっと前に火災事故を起こし、貴重な戦力を失ってしまったのだろうと思う。それが、分かっていれば今日の出撃はなかったのに、と思う。それにしても延焼ってどういうことだろう?ブレーク少尉は、頭を捻った。
「それは、残念です。我が隊が、今少し早く作戦を始めていればあるいは・・・」
「そうですな、そうすれば6機のモビルスーツを接収できていたかもしれません」
「残念です」
 ブレーク少尉は、目の前で話されていることの真意を掴みかねていた。今少しって、いったい?と思う。ジオン軍の守備隊のほとんどの兵力を失うほどの火災が最近起きたなんて、何となく信じられなかった。衛星軌道上の偵察衛星は、いったい何をしていたのかという問題もあった。アルージャ基地の掃討戦が決定したのは昨日今日のことではない。決定してからこっち、偵察衛星による監視は、強化されることこそあれ、御座なりにされているはずがないのだ。であれば、大量の赤外線を放出する火災が偵察衛星によって捉えられなかった理由がブレーク少尉には理解できなかった。
 
 不意に大地を震わせるほどの大爆発がアルージャ基地の方で起こった。ジオン軍の兵士達が、基地の方に向き、誰が指揮するともなく最敬礼を基地に向かってした。突然の大爆発に驚き、口をぽかんと開けたままブレーク少尉は、爆発によって産み出された巨大な黒煙とジオン兵の敬礼を交互に見つめ、ただただ唖然とすることしかできなかった。
 3度の大きな爆発と数えきれないほどの爆発によってジオン軍のアルージャ基地は、ブレーク少尉やバッハード中佐、連邦軍の多くの兵士が見ている目の前で崩壊していった。
 火災って、進行形だったのか?ブレーク少尉は、暑さの中でぼうっとなった頭をますます混乱させた。ブレーク少尉が、この日のバッハード中佐とジオン軍の指揮官との会話の本当の意味について理解できるようになったのはずいぶん後のことだった。
 
 アルージャ基地で終戦以来7ヶ月あまりを過ごしたジオン軍の兵士、216名は、戦時捕虜として収容された。この日、ジオン軍のアルージャ基地はその存在を停止し、この日こそが、彼らにとっての終戦日になった。
 
0080 1年戦争の残滓が残っているころの話である