直掩


 遥か前方で、光が尾を引き、あるいは眩い光の輪を作る。数瞬の光の交錯が続いたあと、さらに激しさをます光のせめぎ合いの中からいくつかの光が飛び出す。
 1つ、2つ・・・、4つまで数えることができた。
「3小隊、各機、来るぞ。1機も通すんじゃないぞ!!」
 小隊長のコスタール・ブレン少尉のがなり声が薄いミノフスキー粒子に干渉されつつ聞き取れる。
「了解!!」
 少尉のザクを挟んで反対側に位置する僚機のハンス・シュタイナー曹長もテクトマイヤーと同じように叫んだはずだが、その声は聞き取れなかった。威勢良く答えたものの本当に全てを阻止するのは易しいことではなかった。しかし、だからといって全力をつくさないのは軍人の、いやパイロットとしての沽券にかかわる。
 少なくとも1機は墜とさねばならない、それが少なくとも自分に分け与えられた分担であることを思いながらテクトマイヤーは、ザクのレクチルを覗き込んだ。
 その時、後方から黄色い火線、ムサイが放つメガ粒子ビーム、も光点の接近を阻止すべく前方へと伸びていった。しかし、それはこの小さな戦闘が始まった直後に行われた援護射撃と同じような性格しか持ってはいない。つまり、威嚇でしかなかった。回避しながら接近してくる小型高速目標に対してムサイの主砲が命中するには余程の僥倖を期待する以外なかった。そして、僥倖というものはそうそう起きるものではない。
 案の定、6斉射分のメガ粒子ビームは、徒に宇宙空間に吸い込まれただけだった。それを見届けるとテクトマイヤーは、ザクのバーニアを操作し機体を右へとながした。
 
 前方の戦場空間から飛び抜けてきたのは、連邦軍がパブリクと呼ぶ宇宙空間用重攻撃艇だった。ジオン軍が一線から退けつつあるガトル戦爆に相当するが、より艦艇攻撃にその能力を限定している。そのため、直掩機を持たない艦艇が攻撃を受けると致命的な損害を受ける可能性がある。初期生産型のムサイは特に、ザクの性能を過大評価しすぎて個艦防衛用の火器を疎かにしてしまったため、その危険度がより大きかった。つまり、テクトマイヤーの母艦がそうである。
 
 パブリクの接近は、想像以上に速い。新兵だと、そのスピードに機体を合わせられずに容易に突破させてしまうほどだ。射撃は、早すぎても遅すぎてもいけない。早すぎると120ミリマシンガンの発砲炎で敵の回避を読み取りそこなう可能性があるし、遅すぎるとマシンガンの振り幅が大きくなり集弾が甘くなるからだ。小型高速目標とはいっても、優にザクよりも2回りは大きな艇体を持つパブリクを確実に撃破するには少なくとも4、5発は、命中させねばならなかった。1、2発の命中弾では、ミサイル発射の阻止ができないことがままある。
 テクトマイヤーは、慎重にレクチルの中心へとパブリクを導いた。パブリクには、真正面に出ないかぎりザクをどうこうしてしまえるような武器は搭載されていなかったからその点は気楽だった。レクチルの中で急速に大きくなるパブリクを瞬きをせずに見つめながらテクトマイヤーは、数を数える。最高のタイミングで射撃するためのテクトマイヤーなりのリズムの取り方だった。
(3、2、1、0・・・)
 機体ごとマシンガンを振りながらテクトマイヤーは、発砲を始めた。
 ガンガンガンッ!
 激しい衝撃が、ザクの構造を通してコクピットにまで充分な迫力で伝わってくる。レクチルの中のパブリクに2発の曳光弾が吸い込まれていく。曳光弾は、5発に1発の割合で仕込んであるから10発近くの120ミリ弾を浴びせた計算だ。1発は、外れたが、もう1発はまともにパブリクの機体上に弾けた。同時に、パブリクの機体の一部が、飛び散り徹甲榴弾が命中したことを表す。ほんの僅かに遅れて地上なら街の1区画を飲み込んでしまうほどの爆発が起こり、テクトマイヤーのザクを暗い宇宙に浮かび上がらせた。
 僅かに、減光が掛かったモニターにパブリクが突破していくのが映し出された。1、2機・・・。1機は仕方ないにしても少尉かシュタイナー曹長が、仕損じたのだ。テクトマイヤーは、慌てて機体を振り向け、照準をつけず再び発砲を開始した。曳光弾が、2つ3つと突破していくパブリクに向かっていくが、今度はそのどれもがパブリクに近寄ろうともしなかった。違う方向からも曳光弾が伸びてくるが、それもパブリクの後方を掠めていく。
 もはや、ザクでの迎撃は不可能だった。
 リムタイプの個艦防衛ミサイルを発射するムサイに、パブリクは、最終加速を行いながら突入していった。
 
 しかし、パブリクの努力は、結局は報われなかった。3隻ものムサイが発射するミサイルに搦め捕られてしまったのだ。おかげでテクトマイヤー達もミサイルを回避する羽目になったが。1機のパブリクは、撃破される寸前にミサイルの発射に成功したが、そのミサイルも残念ながらムサイに命中することはなかった。
 
「ゼメルカ中尉が?でありますか?」
 艦橋からパイロット待機室に戻ってきたブレン少尉に、今日の戦闘、ジオン軍の地球に対する補給の妨害を企図する連邦軍を叩く、の結果を聞いてテクトマイヤーは、思わず腰を浮かせてしまった。
「ああ、セイバーフィッシュのミサイルをまともにくらってしまったらしい」
「しかし、中尉であれば・・・」
 シュタイナー曹長も、同じ気持ちだったのだろう。普段は、無口なシュタイナー曹長も驚きを言葉にした。
「数が、多かったんだそうだ」
 少尉が、艦橋で聞かされた戦闘内容はこうだった。パブリクは、いつもと同じように10機前後だったのだが、それを護衛する直掩機の数がいつもに倍する数だったのだ。つまり、6機のザクの手に余るほどだったわけだ。いつもと同じ程度の相手ならば突破してきたパブリクも1機、多くて2機のはずだったが、4機だったというのはそのあたりに理由があったのだろう。その結果、ザク6機からなる攻撃隊は、まだ加速前のパブリクですら全部を撃墜できなかったうえに、開戦以来のエースパイロットをザクごと失うという痛手を受けてしまった。帰還してきたザクも、全機が被弾しており、そのうち1機は放棄が決定されたらしかった。つまり、部隊は、2機のザクをたった1回の交戦で失ったことになる。
 もっとも、連邦軍の方はもっと大きな損害を被っている。投入したパブリクを全部失ったわけだし、セイバーフィッシュやトリアエーズも相当数を撃墜されていたからだ。
「しかし、敵の母艦に一指も触れられなかったというのは・・・」
 テクトマイヤーは、いかにも残念だというようにいった。
「仕方が、あるまい。母艦もと欲をかいて、さらに中尉が部隊を分離させていたら1機も帰ってこなかった可能性もあるんだ」
「まさか、少尉・・・、それは言い過ぎです」
 テクトマイヤーは、開戦時の激戦後に配属されてきたパイロットの常として、ザクの能力を過大に見る傾向があった。無理もない、開戦時のいわゆる1週間戦争と呼ばれる一連の戦闘で確かに大きな戦果を挙げてジオン軍は勝利したからだ。そして、それは間違いなくザクがあってこそ得ることのできたものだった。しかし、同時に被った損害に関してはジオン参謀本部は、意図的に報道しなかった。国民の大多数は、前線部隊が、どれほど大きな損害を受けたか知らされなかったのだ。確かに、戦果に比べればその損害は明らかに小さなものだったが、ジオンという1サイドの国力を考えるとき、それは決して看過できるものではなかった。
「いや、敵を甘く見てはいかん。敵だって我々との戦闘に慣れてきてるんだぞ」
「そうだぞ、テクトマイヤー」
 シュタイナー曹長が、テクトマイヤーの楽観さ加減に呆れるようにいった。
「ハンス、それは実戦が示すんだ。今度からは、我々が、前衛なんだからな。そうですよね?少尉」
「いや、残念ながら違う、我々は直掩任務のままだ」
「しかし、少尉。新兵を前衛に出すのは・・・」
 テクトマイヤーとシュタイナーが配属されてきたとき、新兵だという理由で艦隊直掩の小隊に配属になったからだ。
「後方で休養していた古参のパイロットが、回されてくることになったんだ。デイノス准尉が、そのまま小隊指揮官に繰り上がる」
「しかし・・・」
 何とかしたかったが、テクトマイヤーのような一介のパイロットには覆しようのないことだった。
「それに、楽な任務ではないのは分かっているはずだ。今日は、2機のパブリクに突破されたということを忘れるな」
 最後の部分をひときわ声高にいった少尉に対して、自分は1機を撃墜しましたといいかけたテクトマイヤーだったが、シュタイナー曹長が、うなだれるのを見て思いとどまった。
 シュタイナー曹長は、自分の持ち分の1機を撃墜し損ねていたのだった。
 
 部隊は、補充を受けとるためにいったん現空域を離脱する機動に入った。そのため、しばらくするとパイロットには待機解除命令が出された。とはいっても何もかもがコンパクトにまとめられたムサイ級巡洋艦の場合、パイロット用の娯楽施設があるわけでもなく、待機中は、自分の機体を調整したり狭い個室で横になるくらいしかできなかった。
 少尉とシュタイナー曹長は個室へと戻っていったがテクトマイヤーは、迷わず機体調整の方を選んだ。
 理由は、単純明快だった。
「クランケ、今日も精が出るこったな」
 格納庫に姿を表したテクトマイヤーを見つけた整備士官のハイゼルマン中尉が、声を掛けた。「エルザは、お前よりザクの方がずっと好きだそうだ。いい加減、諦めたらどうだ?」
 ムサイの狭い格納庫の中で大きな声で中尉が言うものだから手すきの整備兵達がどっと笑う。
「わたしもです、中尉!ザクの調子を見るためです、おかげで今日も1機撃墜できたんですからね」
 半分は嘘で半分は本当だった。撃墜をしたということで、中尉達が感心したような顔をした。
「たいしたもんだ。だが、今度は1機も撃ち漏らさんでくれ」
 それでもイヤミは忘れない中尉だった。その中尉に中指を立てて見せながらテクトマイヤーは、自分のザクにと取りついた。
 取りついてあたりをきょろきょろと見渡す。
 少し離れたところにいる伍長が、コクピットの中だと指で教えてくれる。
 いないのかと思ってがっかりしかけたテクトマイヤーだったが、それを見て笑顔になった。手振りでサンキューというと、テクトマイヤーは、コクピットに上半身を突っ込んだ。
「あ、准尉・・・、おられたんですか?」
 ハイゼルマン中尉に対する口の聞き方とは大違いで、さも知らなかったというようにテクトマイヤーはいった。
「1機撃墜、おめでとう」
 ハイゼルマン中尉の大きな声が聞こえていたのだろう振り向いて顔をあげたエルザ・ブラウン准尉は、開口一番でいった。コクピットの中なのでヘルメットを被っている。ザクのコクピットは狭いので頭をぶつけやすいからだ。「でも、わたしがいるのは知っていたでしょう?テクトマイヤー曹長、違う?」
 名前の通り濃いブラウンの髪をしたこのエルザ准尉にテクトマイヤーは、早い話一目惚れしていたのだ。
「いえ、あの、ありがとうございます」
「で、今日もザクの調整?お利口さんね」
 子供扱いされると頭に血が上ってしまうテクトマイヤーだったが、エルザ准尉にだけは、仕方がないと思っていた。
「ハイ、完全な機体で出撃したいと思っておりますので」
「あら?わたしの調整じゃ駄目ってこと?」
「いえ、その・・・」
 口元だけで笑うエルザ准尉に、テクトマイヤーは、全く何もいえなかった。白い肌に似合う真っ赤なルージュに見とれてしまったせいもあったし、実際何を返していいか分からなかったからでもあった。
「じゃあ、続きはお願いね」
 そういうとエルザ准尉は、テクトマイヤーの身体を片手で押し出すとすうっとコクピットを出た。そして、振り返っていった。「きちんと整備して敵が来たら完璧に艦を護ってね、曹長」
「ハイ、必ずお護りします。准尉!!」
 敬礼をして見送ったテクトマイヤーが、あたりの様子に気が付いて赤面してしまったのはその時だった。整備兵のほとんどが、テクトマイヤーのザクの近くに集まっていたのだ。
 
 部隊は、その日、宇宙標準時で日付が変わろうとするときに、ソロモンからのソドン巡航艇とのランデブゥーに成功した。2機のザクとともに若干の補給品を引き渡したソドン巡航艇は、その作業が終わるとまたすぐにソロモンへと取って返した。
 部隊は、予定より3時間あまりも遅かったソドンとの接触により連邦軍部隊を完全に見失っていた。想定トレースも1時間前には、不確実性があまりに高くなったために用をなさなかったが、敵の捕捉を完全に残念する程でもなかった。
 改めて、敵を捕捉することに成功したのは、日が変わった午前11時だった。追撃を開始して僅か10時間あまりで捕捉できたのは、連邦軍が逃げに入っていないことがもっとも大きな要因だった。
 
『敵艦隊、捕捉!モビルスーツ発進急げ!!』
 敵艦隊の捕捉にましばらく掛かるだろうと予測していたためにテクトマイヤー達は、待機室から大慌てで飛び出した。これは、もちろん、パイロットのせいではない、そういう予測をたてることはパイロットの仕事ではないからだ。
 待機室を飛びだしたテクトマイヤーは、少尉やシュタイナー曹長と同じように床を蹴って自分の搭乗機の方に跳躍した。しかし、蹴り込みが甘かったせいで僅かにコクピット・ハッチからずれた。チッ、と舌打ちをする。
 そう思ったとき、ハッチから出てきたエルザ准尉が、手を伸ばしてくれた。多少、格好が悪かったが、受け止めてくれたのが准尉であることで我慢できた。
「整備は、完璧よ、曹長さん」
 バイザーのコーティングのせいで准尉の表情は良く見えなかったが、声の調子が微かに笑いを含んでいた。
「ありがとうございます、准尉。1機も通しませんよ!」
 そういうと「戦果を期待してるわ」という准尉の声を背にしながら床を蹴った勢いをうまく殺し、コクピットへと潜り込んだ。
 
 6機のザクが、先行した空域でいつも通りの接触戦が始まったのはそれから20分と経たないうちのことだった。テクトマイヤーが占位する位置からは遠すぎてどういった戦いが行われているのか伺い知ることはできなかった。ただ、せわしなく閃光が煌めき、時に闇を切り刻むのが見えるだけだった。時折、ひときわ大きな閃光が煌めくのは、連邦軍か、それともジオン軍の機体が失われたことを意味していた。
「来るぞ!!」
 戦場空域を抜け出してきた光の点が、急速に迫ってきた。いつも通りメガ粒子方が斉射されるが、お約束でしかないのもいつも通りだった。
 迫ってくる光は、4つ。昨日の戦闘と同じだった。けれど、光の迫りかたがいつもと違う、そう思えたとき少尉の声が飛び込んできた。
「セイバーだッ!!」
 その瞬間、テクトマイヤーは、ごくりとつばを飲み込んだ。背中に冷たい何かが吹き出す。
 セイバー・フィッシュ戦闘機、高初速の機関砲4基に12発のロケット弾を斉射できるポッドを搭載した重空間戦闘機だ。簡単な換装によって大気圏でも使用が可能な万能戦闘機、そして、現在のところ今次大戦における唯一のザクの対抗馬だった。
 思わず噛みしめた歯が、ギリッとなる。
 テクトマイヤーは、迷わずザクのメイン・バーニアを全開にした。パブリクと同じつもりで対戦すると痛い目にあうのは、周知の事実だった。しかし、テクトマイヤーには、どこかザクの優位性を疑わないところがあった。グンッとGをテクトマイヤーに感じさせてザクは、機動した。少尉の方へとザクを振り向けた。互いが支援できる距離に移動するのがセイバー・フィッシュとの戦闘のセオリーだった。
 しかし、幾らも距離を詰めないうちにセイバー・フィッシュの攻撃は始まった。テクトマイヤーのザクを指向した1機のセイバー・フィッシュの機首が、チカチカッと光る。機首の機関砲を発射した証拠だった。たった30ミリの口径だったが、高初速であるうえに4基も装備されているために大量に喰らうと撃破とまではいかなくてもザクの機動不能の原因ぐらいにはなる。
 慌てて、ザクを右側へ流す。それに合わせてセイバー・フィッシュも機種を振り、2発のロケット弾まで発射してきた。
 右へ流した運動を殺さないままテクトマイヤーは、ザクを上昇させた。さすがに、この動きにまではセイバー・フィッシュはついてこれなかった。運動性がパブリクより格段にいいとはいっても所詮誘導兵器の使えない連邦軍機は、真正面にしか攻撃を行えないからだ。
 しかし、ザクは違う。腕をくるりと振って機体をその場で転回させるともうマシンガンが発砲できた。
 発砲!!
 曳光弾が2条流れていくが、遠ざかりつつあるセイバー・フィッシュに追い討ちでは命中しなかった。しかも、接近警報がテクトマイヤーを慌てさせたからなおさらだった。4機のうちの2機がテクトマイヤーを獲物と定めていたのだ。
 機体を30ミリ機関砲弾がノックするのとテクトマイヤーがザクをブレーキングするのはほとんど同時だった。ドラム缶に閉じこめられて金属バットで殴られたようなと他のパイロットが表現するのが初めてテクトマイヤーにも分かった。ブレーキングしたザクの進行線上をロケット弾が走り去っていく。ブレーキングしていなければ命中していたかも、と思わせる際どさだった。機体をロール、右腕をぐいっと伸ばしトリガーを押す。発砲!
 しかし、あまりにも両者が近くを擦過したために銃口の振り幅が大きくなってまたしても失中した。しかも、今度は頭に血が上っていたせいでテクトマイヤーは、30発以上も無駄弾をばらまいていた。
 サイドモニターの中で何かが砕けたのが見えたが、それを確認する暇もなく1機目のセイバー・フィッシュが、ターンしてきた。
「クランケ曹長ッ!もつか?今から支援する」
 ブレン少尉の声だった。
 なるほど、先刻砕けたのはセイバー・フィッシュだったわけだ。しかし、喝采している暇はなかった。
 今度は、テクトマイヤーが先に発砲した。
 驚いたのか、セイバー・フィッシュはターンして逃れようとした。側面を見せて逃走しようとしたセイバー・フィッシュにテクトマイヤーは、ありったけの砲弾を送り込んだ。曳光弾が1発、2発、3発とセイバー・フィッシュを搦め捕ろうとする。次の瞬間、セイバー・フィッシュは炎の塊と化した。
「やった!」
「クランケ!左だ!」
 喝采するのと少尉の罵声が飛び込んでくるのはほとんど同時だった。そして、マシンガンの残弾がないことに気が付いたのも。もちろん、給弾を促す警告音は鳴りっぱなしだったが興奮して頭に血が上ったテクトマイヤーには聞こえなかったのだ。
 セイバー・フィッシュがロケット弾を連続発射するのがメインモニター上で見て取れた。迂闊。相対速度上、ザクは停止ているのも同然だった。しかし、連続発射は途中で強制終了させられた。横合いからのブレン少尉の狙撃が成功したのだ。セイバー・フィッシュは、3発のロケット弾を発射したところで砕け散った。
 
「後退しろ」
「ですが・・・」
「そんなザクで何ができる、足手まといだし、いつ誘爆するかしれたもんじゃないんだ。これは、命令だ」
 テクトマイヤーのザクは、2発のロケット弾の命中を受けて右腕がシールドごと吹き飛ばされていた。1発目をシールドで受けて、機体がその反動でくるりと回ったところで右腕の付け根に喰らったのだ。3発目は、幸運にもザクを掠めていった。命中していれば、助からなかったに違いない。
 当然、武器も喪失してしまっていた。
「動かせるんだろう?」
 戦闘は、まだ続行していた。僅か2分の戦闘だったが、テクトマイヤーには何年も過ぎたように思えた。
「動きます」
 
 推力が、7割程度まで低下してしまったバーニアをふかし、テクトマイヤーは、戦場をあとにした。誘爆を恐れて、全開にはほど遠い推進剤の使い方だった。これでは、気持ちは幾らあっても戦闘の続行などできはしない。テクトマイヤーは、知らないうちに涙を流していた。
 その時、メガ粒子ビームが、再度斉射され始めた。後方視認モニターに目をやったテクトマイヤーは、新たに3つの光点が迫りつつあるのを知った。
 少尉とシュタイナー曹長のザクが、新たに現れた光点に合わせて機動するのが見て取れた。なのに、自分は、退避するしかなかった。
 さらに遠ざかりながら少尉達の交戦をテクトマイヤーは、祈るように見つめた。いつものように、一瞬で交戦は終了した。光が、明滅し、ザクが発砲しているのが分かったが、爆発はついに起こらなかった。
 あとは、ムサイ3隻から斉射される個艦防衛ミサイルに頼らざるを得なかった。3機のパブリクが、接近してくるのが見て取れる。その接近スピードは、もはや少尉達の位置からでは、追撃すらできない。せめてマシンガンだけでもあれば射点を狂わせることぐらいはできたのにと歯ぎしりするが、どうしようもなかった。
「あっ!」
 個艦防衛用のミサイルが発射された瞬間、3機のパブリクは、軌道を大きく変じたのだ。パブリクの想定進路上に発射されたミサイルは、全てが無駄弾になっていく。
 息の合った3機のパブリクが、再び体制を整えて進路をとった先にはムサイが、その脆弱な下面を晒していた。慌ててムサイが、軌道変更をしようとするが、幾らパブリクが鈍重だといってもムサイに比べれば小回りは充分すぎるほど利く。
 テクトマイヤーが、その間に割っていたが、明らかに損傷しているザクは最初から眼中にないようだった。
「グッ!」
 乾ききった口の中で飲み込む唾液もないのにテクトマイヤーは、咽喉をごくりと鳴らした。
 
「戦死したそうだ、あいつも」
 ハイゼルマン中尉は、帰還してきたザクの整備を黙々とするエルザ准尉にいった。この戦闘で、ジオン軍は、3機の未帰還機を出し、そのうちの1機がクランケ・テクトマイヤーのザクだったのだ。
「わざわざ、いわなくっても分かってますよ、中尉」
「ああ、そうだな」
 ムサイには、3機しかザクを搭載していないのだ。誰が、帰還して誰が帰還しなかったは一目瞭然だった。「パブリクを食い止めたのが、あいつだったそうだ」
 それだけいうとハイゼルマン中尉は、踵を返した。
 パブリクの先頭機に突っ込んだテクトマイヤーのザクは、核融合炉を暴走させ縦列で突入しようとしたパブリクを一瞬で全て葬ったのだ。テクトマイヤーのおかげでムサイが全て無事なのか、そうでなくても無事だったのか、それは誰にも分からないことだった。
「命を張ってまで護ってくれっていってないのに・・・、これじゃあ、ありがとうっていえないじゃない・・・」
 そっと呟くとエルザ准尉は、空気があるにもかかわらずヘルメットのバイザーを降ろした。ヘルメットの中の僅かな空間にきらりと光る滴がいくつか漂った。
 
0079U.C. 地球周回軌道上での出来事である