- ザンジバル級機動巡洋艦ガーゴイルが、巻き起こした熱核爆発を合図とするように、戦闘は、急速に収束に向かった。ア・バオア・クー空域は、連邦軍の残存艦艇に完全に包囲され、もはや、それを迎え撃つ防御兵器は皆無になっていた。
それでも、全く抵抗が無くなったわけではなく、か細い抵抗が、試みられては、圧倒的な連邦軍の火力によって叩き潰されていった。戦場を支配するのが連邦軍であることが明らかになったとき、連邦軍は、その総戦力の6割を喪失していた。しかし、それほどの損害を受けてはいても、戦場を支配しているのはジオン軍ではなく、連邦軍であることは確かだった。
フジワラ大尉は、サラミス級巡洋艦ホーランドの内火艇2号を使って、生存者の救助に当たっていた。艦長のマウアウ大佐からは、ジオン軍兵士も、分け隔てなく救助するように言われていたが、フジワラ大尉には、そのつもりはなかったし、実際に、これまでに救助したのは連邦軍の兵士ばかりだった。余りにも多くの戦友を失いすぎ、フジワラ大尉には、他の多くの連邦軍の兵士と同様に憎しみの感情しか、ジオン軍兵士に対しては残っていなかった。
「大尉、前方にジムです。半壊してますが・・・」
内火艇を操縦しているコクラン軍曹が、漂流しているジムを見つけたのは、そろそろホーランドに戻ろうかとしているときだった。
「ずいぶん、酷くやられてるようだが・・・接舷しろ」
そのジムは、左腕が、肩の付け根から、というより左肩の部分全体が、吹き飛ばされていた。内火艇が、接舷すると同時に、ホーランドの兵士と、それまでに救助されていた兵士が協力し、ジムを固定した。接近してみると、確かに肩の部分は酷くやられてはいたが、コクピットの近辺はそうでもなく、パイロットの生存が期待できた。
兵士の一人が、ジムのコクピットの脇にある非常用のハッチ開閉ボタンを押すと、最低限の電力は供給されていたようで、ジムのハッチがゆっくりと開いた。
「遅かったじゃないですか?連邦軍は、勝ったんでしょう?」
ホーランドの兵士や、救助されていた兵士を呆れさせるセリフを吐いて出てきたパイロットは、ブイサインをして見せながら名乗った。
「第12戦隊、サラブレット所属、シュタイン少尉だ。救助していただいたことを感謝します」
「・・・最後のランチが出るぞ・・・」
遠くから、こだまするような声に、ステファニーは、我に返った。
「あ、伍長、気が付きましたか?」
しばらく目の焦点があわずに周囲がぼやけていたがそれが徐々に収まると誰かが覗き込んでいるのが分かった。心底ほっとした表情を浮かべたレイキンズ曹長の顔が、ステファニーを覗き込んでいた。
- 「レイキンズ曹長・・・」
我に返ったステファニーは、あたりを見まわした。そして、自分が今いるところが、脱出用のランチの中なのが分かった。同時に、ランチが動きだすのが分かり、驚いたようにあたりをきょろきょろ見回した。いろいろなことが一度に、それも今までに経験したことのない酷い出来事が起こったせいでステファニーの記憶は混乱していた。
- 「どうかしました?」
- その素振りに気が付いたレイキンズ曹長が、ステファニーに尋ねた。
- 「・・・他のみんなは?」
- レイキンズ曹長は、どこからはなそうか迷った。
- サラブレットの後部ハッチから発進したランチは、始めのうちはゆっくりと、そしてサラブレットから遠ざかるにつれて徐々に加速していった。
「中佐は?」
ランチの中にオドリック中佐が、いないのに気が付いたステファニーは、聞いた。少なくとも記憶の断片の中でオドリック中佐はステファニーに対していろいろと命令を下してくれていたはずだった。それに、自分自身は、撃たれたはずだったのを思い出した。
「中佐は、伍長をかばって・・・」
レイキンズ曹長は、そこまで言うと力なく首を振った。
「艦橋にいて助かったのは、伍長と私だけです」
- その言葉は酷く衝撃的だった。同時に、ステファニーに惨劇を思い出させもした。
- 「・・・」
- 言葉を失ったステファニーは、涙が溢れてくるのを止められなかった。不意に溢れてきた涙は、止めることができなかった。
艦橋に、侵入してきた2人のジオン兵によって、クリンゴ曹長は、蜂の巣のようにされ、ステファニーをかばおうとしたオドリック中佐は、銃弾を全身に受け、吹き飛ばされ、ステファニーに激突したのだった。その衝撃でステファニーは、気を失ったのだった。
「パイロットのみんなは?」
ステファニーは、泣きながらきいた。レイキンズ曹長に泣いているのを知られてもかまわなかった。本当は、もっと別な聞きかたをしたかったが、敢えてパイロットは?という聞き方をした。
「スラッフイ曹長のジムが、退艦を援護してくれていますが、他のパイロットは・・・」
チン少尉の識別信号が、サラブレットが着底する寸前に消えたことについては触れなかった。識別信号は、よほどのことがないと消失しないのだ。たとえば、熱核爆発を起こさないかぎり・・・。他のパイロットについては、分からなかった。比較的早い段階でシュタイン少尉のジムが戦列から外れ、隊のエースパイロットのフランク少尉も侵攻途上で艦隊から分離してしまっていた。そのために、彼らの生存については全く分からなかったし、それを知る手だてもあの激戦の中ではなかったのだ。
「そう・・・」
それだけ言うとステファニーは、黙ってしまった。
レイキンズ曹長も、どう声を掛けていいのか分からず、そっとしておくことにした。
マゼラン級戦艦のレンネルに収容されて、他の兵士達が安堵の歓声を上げても、ステファニーは、黙ったまま、ただランチを降りただけだった。
こうして、乗艦を失った兵士や行動の自由を失ったモビルスーツのパイロットの救助を行いつつ、ア・バオア・クー空域の制圧を進めた連邦軍は、その一方で、損傷した艦艇に、そういった兵士達を集め、ルナ2へと後送することも始めた。
およそ1カ月間、宇宙に出てきて以来、七面六臂の活躍をした12戦隊の所属艦は、結局のところ全て撃沈されてしまった。ア・バオア・クーの寸前まで無傷だったハイデルベルグは、たった1機のガトルを阻止しそこねたことによって、撃沈されてしまった。ハイデルベルグの受けた被弾は、その1回きりだったが、それによって無傷のハイデルベルグは、ただの一人の生存者も残すことなく宇宙に消えた。ブラジリアは、多くの被弾に耐えて、ア・バオア・クーの前面にまで、サラブレットを護衛してきたが、小爆発を繰り返し、ついに耐えきれなくなって他の多くの艦艇のようにア・バオア・クー空域に消えた。
ブラジリアの乗員も、ブラジリアの艦長が、最後の一瞬までサラブレットを援護しようと、退艦命令を出さずにいたためにだれ一人として助かったものはいなかった。
モビルスーツも、サラブレットのスラッフィ曹長のジムが残っただけで、全てが撃破されてしまった。それでも、ジムの生存性の高さを証明するように、サラブレットのシュタイン少尉をはじめ、ハイデルベルグのパイロットが1名、ブラジリアのパイロットも2名が、搭乗機を撃破されつつも救助された。
いちばん多くの生存者が残ったのは、大破され、ア・バオア・クーに着底したサラブレットだったが、それでも脱出することができたのは、40名余りでしかなかった。
ルナ2に着いたサラブレットの乗員達は、他の多くの乗艦を失った兵士達と同様に、待機命令を受けた。連邦軍の制宙権をより完全なものとするために地球からは、新たに第3大隊が、ジャブローより出撃してきた。このため、乗艦を失った連邦軍兵士達には、当面はすることが無くなったのだ。
もちろんジオン軍も、まだ相当な戦力を本国と月のグラナダに残してはいたが、現実問題としてソロモンからア・バオア・クーに続く一連の戦闘で、戦争指導者、つまりザビ家一党、をことごとく失ったジオン軍に、もはや継戦能力はなかった。また、この時点でのジオン公国の実質的な長となったダルシア首相が、講和のために奔走したこともあいまってア・バオア・クー戦以降のジオン軍の活動は不活発なものとなった。
やがて、サイド6のランク政権を通して講和条約が成立するのだが、それは少し後の話になる。
ステファニーは、所在なげに食堂に座っていた。シュタイン少尉や、スラッフィ曹長のようなモビルスーツのパイロットには、新たな機体が補充されてやるべきことがあったが、ステファニーのような後方任務の兵士には、昨日の今日ではさしあたってすることが何もなかった。
目の前のコーヒーは、さっきから少しも減ってなかった。温かかったコーヒーは、とうに冷めてしまっている。
ステファニーは、昨日の出来事に思いを巡らせていた。
そして、あんなに酷いことが、ほんの1日前にあったことが何か信じられなかった。悪夢を見せられたのかもしれないとも思ったけれど、もうステファニーが乗り込むべきサラブレットはどこにも存在しなかった。
昨日、みんなは、元気だったと、ステファニーは、ぼんやり考えた。そう、ほんの昨日のことなのに、今はもうみんないなくなってしまった。ライアン艦長も、オドリック中佐も、レリダ少佐も・・・、そして、フランク少尉も。
今にも、ライアン艦長から、集合がかかり、オドリック中佐の小言が飛んでくるのではないかと感じられた。海軍式の返事をして舵輪を回すレリダ少佐の後ろ姿。そして、方向音痴の少尉が、道を尋ねてくれるかも・・・と。しかし、同時に、それが全て空想なのも分かっていた。
サラブレットの一人ひとりを思い出すと、自然と涙が、また溢れてきた。昨日から、もう流す涙がないくらいに流したはずなのに、まだ溢れてくる涙があるのが不思議だった。人は、いったいどれくらいの涙が流せるのだろうか?涙で、まわりがぼやけてきたが、ステファニーは、うつむいて涙を溢れるままにした。
「伍長」
声を掛けられたのは、その時だった。「席、空いてるかな?」
その瞬間、ステファニーは、自分の体に電撃が走ったように感じた。慌てて、涙をぬぐい、声の主を見上げた。そして、その姿をみたとき、ステファニーの青く澄んだ目には、それまで以上にぼろぼろと涙が溢れ出してきた。しかし、その涙は、それまでの涙とは違っていた。
「しょ、少尉・・・」
飛び上がるように、立ち上がったステファニーは、そのまま声の主、フランク少尉の胸に飛び込んだ。食堂の中にいた何人かの兵士が、視線を向けたが、ステファニーは気にしなかった。力強く抱きしめられ、フランク少尉の汗の匂いをいっぱいに吸い込んだとき、ステファニーは、声をあげて泣いた。
宇宙世紀0079・・・、この日、二人にとっての戦争は、終わった。
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