- 「どうだ?凄いだろう!600万画素、アナハイムの最新型デジカメだ・・・」
- 連邦軍の最新鋭モビルスーツ母艦『レッド・ジュエル』の食堂で、1人の士官が、部下の前で真新しいデジカメを自慢している。
- 「お前らだって、階級が上がればこんなのいくらでも買えるんだぜ!トールも、ヴィクもな」
- 「はあ・・・」
- 「そうなんですか・・・」
- 2人の新米曹長が、あまり興味なさそうなのにも関わらず、その士官は、さらにこのカメラがいかに凄いかを説明しようとした。
- 「なにしろ、700ドルもしたんだ!だが、現金払いだぜ!」
- その時、食堂のドアが、開いたことには、ドアを背にしたこの士官には分からなかった。そして、自慢に夢中になってるせいで2人の新米曹長の顔が、見る見る蒼白になっていくことも・・・。
- 「メモリは、ギガバイト、動画だってばっちりなんだ・・・って、お前ら聞いてるか?」
- 「じゅ・・・准尉・・・」
- かろうじて、トールと呼ばれた曹長が、口を開いて危険?を知らせようとしたときには、遅かった。
- 「あら?クマゾウじゃない?こんなところで何を油売ってるの?」
- ドアを開けて食堂にやって来たのは、女性のやはり士官で、同じように2人の部下、これも女性を引き連れていた。
- 「ちゅ、中尉・・・!いえ、油を売っているのではありません!!!」
- 声をかけられた途端、まるで仕掛け人形みたいにびくんと立ち上がって、クマゾウと呼ばれた准尉は、顔を見る前から弁明を始めた。
- 「なあ、トールマイヤー曹長!ヴィクトル曹長・・・」
- 人望があるのかないのか・・・クマゾウ准尉が振り返ったときには、2人の曹長は、何事かを察知して、声も出さずに敬礼だけして席を立ち、反対側のドアに向かっているところだった。
- 「あら?何を持ってるの?」
- さすがに目敏く、中尉と呼ばれた女性士官は、クマゾウ准尉の手にしているカメラに注意を向けた。
- 「は、デジカメであります、レイチェル中尉」
- 完全なエアコンディショニング下にあるのにも関わらず、クマゾウ准尉の背中を冷たい嫌な汗が伝っていく。
- そのレイチェル中尉の後ろでは、2人の女性兵士が、哀れむ様な顔で笑顔を浮かべている。「運が悪かったですね、准尉」とでも、言いたげだ。
- 「カメラ?」
- レイチェル中尉は、小首をかしげてクマゾウ准尉が、手に持つ真新しいカメラを見た。
- 「は、そうであります・・・あ、あの、お撮りしましょうか?」
- 返事がない・・・「あの、きっと綺麗にお写しますから・・・」
- 「ほんと?」
- 「ええ、もちろん!」
- レイチェル中尉の注意が、カメラから撮られることに移ってほっとしたクマゾウ准尉は、ここぞとばかりいった。
- 「じゃあ、お願いしようかしら?」
- 「ハイ、もう、喜んで!!」
- 「じゃあ、エルはこっち、ユリは、あたしの右っかわネ・・・」
- そういいながら、レイチェル中尉は、食堂の中を見回して、1人の士官を見つけると良く通る澄んだ声で呼びかけた。
- 「ゲリン少尉!クマゾウが、写真撮ってくれるそうよ、一緒にどう?」
- 運悪く声をかけられたのは、食堂の隅の方でコーヒーを飲みながら本を読んでいたゲリン少尉だった。
- えっ!というような、驚いた顔をしてレイチェル中尉の方に顔を向ける。よもや自分に害が及ぶとは思ってもいなかったっのだろう。
- 「あ、あたしは、結構です。中尉」
- 「3人の真ん中は、早死にするって二ホン人の兵隊が、いってたわ。あたしを殺す気?」
- どこをどう考えたら物事がそこまで展開するのか、もう訳が分からない。物事は、考えよう、言いようとは良く言ったものだ・・・。
- 「早くなさい!」
- そこまで言われて、しかも相手を考えるならば断ることなどいかに『レッド・ジュエル』第2位のエース・パイロットでも不可能というものだ。しぶしぶ、というのが表にでないようにゲリン少尉は、飲みかけのコーヒーを残したまま、読みかけの本を机に伏せて立ち上がった。
- 「そうね、少尉は、ここね!ほら、かがんで!!」
- 「え?」
- 無理矢理頭をぐいっと押されて、レイチェル中尉の右わきの下に押し込められたのだから無理もない。
- 「いいわよ!」
- 長いロングの髪をさっとかきあげて、にっこり不敵に笑って声を掛ける。
- 「じゃ、じゃあ、いきますよ・・・」
- せっかくの休憩をレイチェル中尉に見つかって、おまけにゲリン少尉も巻き込んだせいで、後で少尉にも怒られちゃうかも・・・などと考えながらもクマゾウ准尉は、万が一にも粗相のないように買ったばかりのデジカメを操作した。
- (えっと、最高画質にして・・・明るいけどフラッシュは使おう・・・対象は人物にして・・・よ、よし)
- ピンボケの写真や手ぶれの写真を撮ってしまったときのことは考えないようにして・・・。
- 新しいだけに、操作に今一自信が持てなかったけれど一生懸命に設定を揃えるとクマゾウ准尉は、カメラを構えた。
- 「は、ハイ・・・いいですか、笑ってくださ〜い、エル曹長もうちょっとレイチェル中尉の方によって・・・」
- (・・・ゲリン少尉・・・全然笑ってないし・・・)
- 笑えるはずもない・・・。
- 「ハイ、チーズ!!」
- フラッシュで一瞬辺りが照らされ、撮影は、あっという間に終わった。
- ホッと息をつくクマゾウ准尉、デジカメの液晶画面には記録された写真画面が映っている。なんとか、合格点だろう。
- 「綺麗にとれた?」
- 「え、ええ、もちろんです。ひ、被写体が良いですから」
- 「どれ?」
- そういうとレイチェル中尉は、クマゾウ准尉の手元のカメラを覗き込んだ。
- 「い、いかがです?」
- どきどきの瞬間・・・
- 「思ったより、綺麗ね?」
- 「後で、差し上げますね」
- 最高画室で撮ったものだから、綺麗にプリントして渡せば喜んで貰えて2、3日は、安全に過ごせるかな?なんて事を考えるクマゾウ准尉の手からすっとカメラが抜き取られた。
- 「気前がいいじゃない!後でと言わず、今、ありがたく頂いておくわ!」
- 手にした瞬間には踵を返すレイチェル中尉、あっけにとられるクマゾウ准尉と他の3人。
- 「え、あの、その、ちゅ・・・中尉・・・」
- 「分からないことがあったら聞くからよろしくね!さあ、行くわよ!エル、ユリ!」
- 「は、はい」
- レイチェル中尉に連れられた2人の曹長が、今度こそ本当に哀れみの視線を一瞬だけ向けて小走りにレイチェル中尉の後を追いかけ、後で少しクマゾウ准尉を懲らしめてやろうと思ったゲリン少尉も、軽く肩を竦めて「ご愁傷様」とだけ言うと、もといたテーブルに向かってすたすたと歩いていった。
- (レ、レイチェル中尉のばかぁ〜〜〜〜っ!)
- 男クマゾウ准尉、声に出したくとも出せない罵声をひとり飲み込んだのだった。
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