Confused fight area 07

  


「ダメだっ!ヴィル!!」
 ロバート少尉は、ブラウ・ブロの起した新たな機動を見た瞬間、叫んでいた。ブラウ・ブロ3号機は、新型に換装された全てのスラスターを全開にして敵に突っ込んで行く様子を見せていた。
 いや、間違いない。それが、ワイズナー少尉なのだ。
 出撃前までに見せていた冷静な所作は、今はもうワイズナー少尉には全く残っていないに違いなかった。何故なら、大切な仲間が眼前でなぶり殺されるように戦死したのを見てしまったからだ。
 それを肯定するかのようにワイズナー少尉からの返電はなかった。
 仲間を殺されてしまったことで・・・キレてしまったのだろう。
(ダメなんだ!ヴィル・・・実戦では冷静にならないと・・・)
 
 ロバート少尉の声にならない思いとは裏腹に、ワイズナー少尉の操るブラウ・ブロ3号機は、メガ粒子砲の電磁束が焼き切れんばかりの連射をしながらそのデカイ図体からは想像も出来ないほどのスピードを搾り出し敵に向ってかっとんでいた。
 機体の上下と左右の斜め下方に伸びだしたアーム・・・と言うよりはタワーの先端に取り付けられた3基の連装メガ粒子砲と1基の単装メガ粒子砲から発射されるメガビームは、もしも命中したならモビルスーツ1機を丸ごと飲み込めるほど野太く、戦艦のそれを上回るほどの威力を秘めていたが、設計した技術士官が意図した攻撃効果は全く発揮していなかった。
 何故なら、有線ケーブルでサイコミュコントロールされるべき4基のメガ粒子砲塔は、アームの先端に固定されたまま微動だにしなかったかたらだ。
 ブラウ・ブロのブラウ・ブロたる所以、それが全く作動していないのだ。今のブラウ・ブロは、ただの大型超高速機動艇でしかなかった。エルメスとてその辺りは同じだったが、更に悪いことにはエルメスが、まだ砲身を上下に振れるのに対し、ブラウ・ブロは、全くもって前方に発射することしか出来なかった。つまり、機体正面に敵機を捉える以外には、敵の撃破などおぼつきもしないのだ。
 そして、ブラウ・ブロは、モビルスーツのような自在に機動出来る敵を機体正面に捉えられるような繊細な機動がとれるようには設計されてはいなかった。
 
「ぐはっ!は、速いっ!!」
 ガーデン少尉は、急速に擦過していくブラウ・ブロそのものを下方に回避しながら呻いた。同時に、何かが違うという違和感も感じる。戦中戦後を合わせてもブラウ・ブロと戦ったことがあるのは、13戦隊のアムロ・レイ少尉だけだった。それでも、何かが違うと感じ取れた。それと同じことは、黄色いエルメスにも言えた。ブラウ・ブロとは違って変則な機動をとりながら強烈な4連装メガ粒子を送り込んでくる黄色いエルメス・・・確かに脅威ではあったが、何かが違う。
「しょ、少尉!!追えません!!」
 エンリケの恐怖に戦慄く声が、ガーデン少尉の思考を間延びさせる。クリューガーの射撃が、エルメスの接近をかろうじて抑え込んでいる。その射撃を受けて、エルメスはくるりと機体をロールさせていったん遠ざかる機動をとる。
 同時にあっという間にジムの火器の射程距離外まで吹っ飛んでいったブラウ・ブロが機体を翻すのがメインスクリーンにプロットされる。
(何が違うんだ??)
 反転と同時にジムが散らばる空域に向けてブラウ・ブロが野太いビームを更に打ち込んでくる。パニックを起しかけているエンリケが、闇雲な機動で怯えをさらけ出す。
 ニュータイプ用のモビルアーマー相手に、俺たちオールドタイプがどこまで・・・そこまで考えたとき、ガーデン少尉は、自分の感じている違和感が何なのかに思い当たった。
「グレイト!なめられたもんだぜ!!」
 ガーデン少尉は、そう言うと同時に舌打ちをした。
 ちらっと、敵情を確認する。
 ムサイは、大量のスモーク弾を発射しながら回頭を終えつつある、仮装巡洋艦はというと既に完全にスモーク弾が作りだしたスモークの中だ。文字通り煙に巻かれた・・・悔しい話だが、そういうことだ。今ごろは、メインエンジンを最大出力で稼働させ加速を行っていることだろう。残念ながら艦艇が本気で加速を開始してしまった以上、捕捉することは不可能だ。もっとも敵の加速がどうであれ敵艦をどうこうできないことも事実だ。モビルアーマーとの交戦を終えた後では、メガビームのエネルギー残量は、艦艇攻撃に使って有効なほど残りはしないだろうからだ。
 そして、そういう状況にしてくれた2機のモビルアーマーは、やはりガーデン少尉の気が付いた通り、その機能の全てを発揮しているわけではないらしかった。であれば、結論は1つしかなかった。
「敵は、ニュータイプじゃない!ただの高速艇と心得よ!!」
 ガーデン少尉は、自分の気が付いたことを確信としてエンリケとクリューガーに発信した。
 敵は、サイコミュ兵器を全く持って活用していなかった。最も有効であろう火器を、母艦が、攻撃に曝されてもおかしくないほどの位置で迎撃戦闘しているにも関わらず使わないのは、使わないのではなく使えないに違いなかった。
 
「くそったれ!」
 頭に血が上るのを気力でどうにか抑えながらもロバート少尉は、状況が変わったことに悪態をつかずにはいられなかった。にもかかわらず、自分の出来ることは何もなかった。ワイズナー少尉のブラウ・ブロ3号機は、既に何か他の機動をとることなど不可能なぐらいに加速が完了し2航過目の攻撃に入ろうとしていた。可能だったとしてもそれをワイズナー少尉が聞き入れたかどうかはまた別問題だったけれど。
 敵は、確かに手練だった。たった1航過の攻撃でそれを見破ったのだから。統制のとれなかった敵の攻撃は、次の瞬間には、2機が自分への牽制攻撃・・・とは言っても全く気が抜けないほど至近を通過していく・・・を実施し、残った1機は、ブラウ・ブロ3号機への迎撃機動に入った。
 猛然としたスピードで突っ込んでいくブラウ・ブロ3号機の軸線を軽々と躱したその敵機は、一見射撃など命中させがたいほどの猛スピードで迫ってくるブラウ・ブロ3号機に対して回避しながらの攻撃を行った。前方から2撃、擦過する瞬間に1撃、更に後方から2撃を加えた。
 外れたビームは1発もなかった。
 哨戒艇ほどの大きさをもつブラウ・ブロだったが、巡洋艦並の威力を持つとされる連邦軍のメガビームを5発も喰らってはどうしようもなかった。1発か2発ならば、致命傷を免れるかも知れない・・・そういう考えそのものが甘かったのだとロバート少尉の思いが至ったところでブラウ・ブロ3号機は、機体分離をすることもなく巨大な火球へと変じた。
(連邦の兵士が自堕落で恐れるに足らず!なんて、言いやがったのはどこのどいつだ??すげぇじゃないか、連邦軍のパイロットはよぉ・・・いやいや、パイロットだけじゃねぇ・・・機材もだ・・・俄作りなんかじゃ全然ねぇじゃないか・・・)
 ロバート少尉は、エルメスの機体をくるりとロールさせ、機首を敵へと向けた。メガ粒子を敵の散会する空域へ向けて発射しながらエルメスを突進させた。
 
「よし、後退する!」
 ガーデン少尉は、後方についたたった1機になってしまった僚機を確認しながら命令した。
「了解です、少尉!」
 残念ながら、敵のムサイと仮装巡洋艦は取り逃がしてしまった。追撃は出来ただろうし、追いつけもしただろうとは思う。しかし、それを攻撃する手段が局限されすぎていた。メガビームは、完全に底を突いていたし、頭部のバルカンは役不足だった。ビームサーベルは使えたが、敵の対空火器のことを考えれば良策とは思えなかった。
 1番の理由は、黄色いエルメスの最後の乱射によってクリューガー曹長のJ型が失われたことだ。偶然を伴った一撃が、クリューガー曹長のジムを捉えたのだ。
 直後、黄色いエルメスもエンリケ曹長とガーデン少尉のビーム射撃によって撃破したが、クリューガー曹長が生き返るわけでもなかった。
(・・・割があう戦闘だったのか?)
 ガーデン少尉は、自機のコースをまだ継続しているかも知れない交戦空域にかからないように設定しながらひとりごちた。
 ニュータイプ専用のモビルアーマー2機を屠ったのは、確かに戦果と呼んで良いだろう。しかし、それを駆っていたパイロットは、ニュータイプどころか手練でさえなかった。
 むしろ、そういった機体ですら投入してでも敵が後退をさせた仮装巡洋艦を逃してしまったことを悔いる気持ちの方が大きかった。
 
 大きく肩を上下させ、呼吸を調えながらレッド中尉は、全周囲警戒を3度繰り返した。
 敵の存在を示すような兆候は一切認められなかった。
 それを確認してから、集まれ、の信号弾を発射し、レッド中尉は、改めて自分の機体をチェックした。
 敵残存機の追撃を最終的に残念させたのは、正確に撃ち込まれて来た敵の空域制圧を目的としたミサイルだった。
 戦闘経験豊富なレッド中尉にしても流石に、秒間10のオーダーで敵のミサイルが途切れることなく炸裂し、数千の単位で弾子を盛大にばらまく空域を突破して行くことは不可能だった。モビルスーツに倍するサイズのそのミサイルが、盛大にまき散らした弾子によって、機体は深刻でないにしろ少なからぬ損害を受けていた。無傷の機体は、1機もない。
(・・・10機近いゲルググを含んで30機程度のモビルス−ツを撃破したが・・・)
 サーク中尉は、識別信号のチェックをしながら思いを巡らした。識別信号は、戦闘開始前と比べるなら8個足りない。つまり、8機のモビルスーツを失ったことになる。
 少なくとも2世代は前のモビルスーツを相手にして被った損害として、果たして許容できる損害なのかどうかの判断に迷った。パーフェクトゲームは、望まなかった。
 しかし、と自問する。
 そう、数字上は、モビルアーマーの戦果も含めるならばスコアは、4倍である。けれど、実質上はどうだろう?現実問題として、全てを新型で揃えた自分達と対等な戦闘が可能だった敵モビルスーツは、ゲルググ14機でしかなかった。自分達は、最新鋭のモビルスーツ16機でもってそれに対抗した。更に、103のスナイパー2の支援も受けて・・・ガーデン少尉の小隊が、戦場を離脱していたことを勘案しても・・・いて、なお8機もの損害を被った計算になる。10機ないし11機の戦果をあげるに当たって一体8機の戦闘損失が多いのか少ないのか・・・。
「中尉、帰還しましょう・・・もう、敵は在空しませんよ」
 答えのでない自問から解放してくれたのはイサカ少尉だった。
「みんなを母艦に連れて帰らなきゃ・・・」
「だな・・・」
 自答は、意味がない。結論を出すのは、戦闘記録を評価する上層部だからだ。「各機、帰還する。我に続け!!」
 そう命じるとサーク中尉は、機体を巡らせた。
 
「大佐、よくぞご無事で・・・」
 ゲルググのハッチを開けたノイエを蒼白になった士官が出迎えた。出撃前・・・そう、ほんの1時間前には、笑顔で送りだしてくれた男だ。同じ士官だとは到底思えないほどその表情は憔悴しきっている。
「帰還機は・・・これだけか?」
 ノイエ大佐は、寒々としたグワリンの格納庫を一瞥して問うた。
「ハイ、大佐」
 士官は、表情を歪めながらかろうじて返答を返した。
 24機ものモビルスーツを格納できるグワリンの格納庫は、その半分も満たされてはいなかった。直掩用のザク・・・F−2が6機、その他には、量産カラーのゲルググが2機、そして、自分のゲルググ・・・。量産カラーのゲルググの1機は、酷く損傷している。もちろん、もう1機もすぐにも出撃できそうにはない。もしも、敵の追撃部隊に捕捉されたのなら、迎撃に使えるのは自分のゲルググの冷却が終ってさえ、ザク6機を含めて7機でしかない。
 グワリン・モビルスーツ隊・・・1年戦争の後半、ゲルググ遊撃隊としてジオン軍だけでなく連邦軍にもその部隊ありと名を馳せた部隊は完全にジオン軍の編成表から消滅したと言う現実を認めねばならなかった。それも、たった1回の交戦で。
「他の部隊は、どうか・・・」
「ミノフスキー粒子下で確実なところは分かりませんが・・・」
「分かっておる範囲で良い!」
 ノイエは、苛立ち半分で一喝した。士官の声色で、他の部隊も少なからぬ損害を被ったことは速くも予測できた。問題は、それがどの程度であるかということだった。
「第88重機動攻撃中隊は、マックス中佐以下全機が未帰還です。実験部隊を直掩していたザク部隊も、全機未帰還・・・実験部隊のブラウ・ブロ、エルメスも撃破された模様です。ですが、ムサイと仮装巡洋艦各1隻は、脱出に成功した模様です」
「そうか・・・」
 酷い損害だった。
 ピケットを張っていた05の損害も含めるならたった1日で30機もの損害を被ったことになる。それに実験機とはいえ2機のモビルアーマー・・・。損害機数も然ることながらそれらに搭乗していたパイロットを失ったことがより深刻だった。
「少佐は?」
 不意にノイエ大佐は、格納庫に見慣れた機体が、決定的な1機が足りないことに気が付いた。
「現在までのところ未帰還です・・・大佐」
 士官は、視線を僅かにそらした。
 現在まで、と言う意味は、永遠にと同義だった。例えジャイケル少佐が生きていようと既に戦闘空域の離脱を実施しつつあるグワリンに帰還することはありえなかった。少なくとも少佐が、戦力となりえることは今後ありえない。回収に失敗したモビルスーツが、再戦力化することは全くもって希有なケースだからだ。
「そうか・・・」
 自分とともに味方の後退を支援するために弾幕射撃と撹乱を試みたジャイケル少佐もまた未帰還だということを聞きノイエ大佐は、歯噛みした。1年戦争時から、もっとも信頼するに足るパイロットの未帰還は、何にもましてこたえる出来事だった。
 残存機に後退命令を出し、何とか2機で連携し、追撃しようとする連邦軍機の突破の妨害を試みようと決意したのは、増援のリック・ドム隊が新手の連邦軍モビルスーツ隊に瞬時に叩きのめされた直後だった。
 新手の中隊規模の敵モビルスーツに横合いから挟撃されたのでは、いかに暗礁空域で障害物を巧みに利用した戦闘を繰り広げようとも敵の撃墜機を2、3機増やすことと引き換えに正真正銘の全滅は免れられないと判断したからだ。
 もっとも、敵の新手が、新型機であったにせよ1個小隊でしかなかったことにまでノイエ大佐は、気が付いていなかった。
 想像もしないほどの混戦になった空域では、いかに歴戦の指揮官であるノイエ大佐と言えどもその判断能力には限界があった。それに、リック・ドムと言えども古参パイロットで編成された88が、1分にも満たない交戦で撃破されたのであれば、少なくとも中隊規模の増援が現れたと判断するのは至極当然のことでもあった。
 しかし、2機での遅滞戦闘には、あまりに無理があった。
 敵のモビルスーツが、1年戦争時のジムであれば、可能だったあろう。むしろ、そうであったならこういった事態にすらならなかったのだろう。しかし、現実には、敵の機材は、全くもって刷新されていた。
 敵の指揮官機が搭乗していた新型モビルスーツは、ジオン軍が現有しているゲルググのどんなタイプよりも高性能だと認めねばならなかった。もしかするとアクシスで開発が進められているモビルスーツでも対抗は難しいかも知れない。その新型が指揮下に収めるモビルスーツも戦中の数に任せて敵を圧倒するタイプとは明らかに異なっていた。単機でも、恐らくゲルググと同等以上に戦える機体に仕上がっていた。
(拠り所を失うということは、こういうことなのか・・・)
 ノイエ大佐は、歯をギリッと噛みしめた。
 ア・バオア・クー以降、拠り所を失ったジオン軍に蔓延った精神論の成れの果て・・・連邦のモビルスーツの高性能化を認めようとせず、モビルスーツ戦闘であれば、未だジオンに分があると信じ込む、それが全くの夢物語であることを自らが証明してしまったのだ。
(誰かが、現実を認めねばならないのだろうな・・・)
 未だジオンの再興が可能であると信じ込む一握りの人々によって、これ以上無為に命が失われないようにせねばならない・・・ノイエ大佐は、密かに決意した。
 
 この戦いは、公式記録のどこにも記録されていない・・・ただ、その場を戦ったパイロット達の中だけに記録されているに過ぎない。彼等は、忘れない・・・戦中戦後を通してもっとも激しいモビルスーツ戦闘の一つが、戦われたあの日のことを・・・
 


End