Gundam Mk-2

 

 

とある日・・・平和?な連邦軍某基地
 
「ねえ?あれ、モビルスーツじゃない?」
 そう良く透る声でレイチェル中尉が言ったのは、クマゾウ准尉が、レイチェル中尉の視線からそれを隠そうとした矢先だった。
「そ、そうみたいですね・・・レイチェル中尉、モビルスーツのようです・・・それよりちゅ・・・う・・・い・・・」
 クマゾウ准尉は、レイチェル中尉と呼んだ金髪のモデルのような上官の注意を何処か別な方向へ向けようという試みが既に手遅れなのを知った。
 ・・・最悪だ・・・。
(ありゃ、どう見ても新型っぽい・・・最悪だ・・・)
 これから起こることを想像して、クマゾウ准尉は、胸が悪くなった。なぜなら、これから起こることが1から10まで想像できたからだ。
「強そうじゃない?ねえ?オーニ曹長??」
 ずんずん歩きながらレイチェル中尉は、青い瞳をきらきらさせていた。
 視線の先には、モビルスーツ運搬用の大型トレーラに乗せられた黒いモビルスーツがあった。
「は、ハイ・・・とっても強そうです」
 質問の形をとっているけれど、それは質問ではなかった。レイチェル中尉の質問系は、断定なのだ。
 ホントは、それほどでもないんじゃないですか?と、言いたかったのだけれど、レイチェル中尉という人物が言うことはほとんど絶対だった。少なくとも軍服を着ている間は。
 たとえ、それが非武装のボールでもレイチェル中尉が強そうだといえば、強そうです!と言わなければ・・・痛い目を見る。いや、死ぬ。
「強そうですね、確かに」
 エル曹長もすかさず相づちを打つ。
「でしょう?でも、あれは私、知らないわ・・・」
 既にその声色は、74戦隊のパイロットなら聞きたくないものに変わりつつある。興味津々、欲しい!絶対、なにがあっても手に入れる・・・。言葉にしなくても声色と目と表情が語っていた。
(当たり前でしょうが、ココは、ティターンズの基地ですよ・・・)
 クマゾウ准尉は、ハンベソかきながら口ごもった。
 振り返るとオーニ曹長もエル曹長もべそかきそうな顔になっている。サンライズ曹長に至っては、ついてきたことを大後悔している。
「行くわよ・・・」
 そして、全員がもっとも聞きたくない台詞が発せられた。
(やっぱし・・・)×4
 全員が、肩を落としたことを全く気にする風もなくレイチェル中尉は、ずんずん歩き出した。
 
「ん?一般兵か?」
 新しい機体の説明を受けていたメサ中尉は、ふと視線を外した先にこちらを向いて歩いてくる一群の兵士を見つけていぶかった。その兵士達は、明らかに自分達の制服とは異なる一般兵士用の制服を身に着けていた。
(確か・・・一般兵は入れないはずだが?警備兵は・・・)
 警備兵がいるはずの詰め所に視線をやる。
(!?)
 メサ中尉は、転がっているらしい警備兵を見つけて更にいぶかった。(どういうこった??こいつは!)
 
 制止しようとした警備兵を蹴りの一閃で仕留めたレイチェル中尉の後を追いかけながらクマゾウ准尉を始めとする4人は、後はもうレイチェル中尉の傲慢さに賭けるしかないと分かっていた。こんなことしでかしたらタダではすまない・・・そういうことをレイチェル中尉は、平然と今やってのけたのだ。
 タダですまない以上、とことんやってもらって、他の誰からもぐうの音も出ないようにやってもらわないと・・・中途半端で終わってもらってはかえって困ったことになる。とりわけ次席の立場の自分がだ。
 管轄の全く異なる、しかもティターンズの警備兵を問答無用でのしたのだ。本来なら叩き伏せられているのは自分達なのだ。
 警備兵は、単に「ここは、一般兵士の立ち入りは禁じられております」と言っただけなのだ。至極普通、しかも指揮系統が違うとは言っても上官に対するものとしても全く問題がない。
 それなのにレイチェル中尉は、許可を求めるよりも先に蹴りを入れたのだ。そして、完全に伸びた兵士達に向ってこう言った。
「あたしは、74戦隊のエースパイロット、レイチェル・アレクシア中尉よ!パンピーと一緒にしないで!!」
 しかし、先に蹴りを入れられたせいで彼等はレイチェル中尉の憎まれ口を聞くことは出来なかった。
「おい、貴様ら・・・」
 ティターンズの制服を身に纏った士官達が近付いてくるレイチェル中尉に気が付いたらしく、こちらを振り向いて声を掛けようとした。しかし、そんなことをお構いなしにレイチェル中尉は、自分の興味を優先させた。
「この機体はなんて言う名前なの?教えなさい!」
 まったくもって放漫だった。
 オーニ曹長やエル曹長は、寿命が5年縮まったと感じた。クマゾウ准尉は、10年縮まった。サンライズ曹長は、死んだと思った。
 
「は・・・???」
 メサ中尉は、耳を疑った。
 自分の問い掛けに全く耳を貸さないどころか遮ってこの女中尉は、自分の言いたいことを言い放ったのだ。
「貴様・・・ここが何処だかわかっているのか?」
 メサ中尉は、この女、口で言って分からなければ身体で教えてやると思った。
「貴様??誰に向って言っているのかあんたこそ分かっているの?」
 全く、物怖じしない女中尉だった。それどころか、これはけんかを売っているとしか思えなかった。
「貴様っ!」
 殴りかかろうと一歩前にで用としてメサ中尉を止めたのは、カクーラー中尉だった。
「やめとけ、ジェリド。相手だって、士官だぞ、それに彼女もパイロットじゃないか・・・胸を見てみろ」
 カクーラー中尉は、パイロットが、この全く新しい機体に興味を持ったのだろうと好意的に受け取った。それに、金髪好みのカクーラー中尉にとっては好みの女でもあったからだ。
「ハゲに彼女って言われたくはないわね?あたしは、この機体がなにか?と、聞いているのよ!あんた達には聞いていないわ。そこの技術士官、答えなさい!」
 一瞬場が静まった。
 
 最初に行動を起こしたのは、ジェリドと呼ばれた中尉だった。レイチェル中尉の胸ぐらを掴もうとした。行きなり殴りかからなかったのは、さすがに女性であることを考慮したのだろう。しかし、それは全く持ってジェリドと呼ばれた中尉の命取りになった。伸ばした右腕がレイチェル中尉の胸元に届く前にジェリド中尉の鳩尾にレイチェル中尉の右の軍靴のつま先がめり込んでいた。
「ぐ・・・」
 ほとんど声も出さずにジェリド中尉は、地面にくずおれた。
 ティターンズの兵士達のほうからは何が起こったのかは見えなかったのか?それとも、起こったことの事態に対して反応できなかったのか?恐らくその両方だろう。ティターンズの兵士達は、呆然としていた。
(ああ、これでどれだけこのレイチェル中尉が危険な人物か気が付いて下さい・・・)
 クマゾウ准尉は、祈った。
 気が付かなければ痛い目にあってしまうティターンズの兵士達のためと、後少しは、自分のために。
 でも、それは全く無駄だった。
 兵士達とは、血の気が多いのが普通だからだ。
「てめぇラ!俺たち・・・ごはっ・・・」
 ハゲと呼ばれた男ががなった瞬間同じく鳩尾にレイチェル中尉の軍靴のつま先が食い込んだ。
「あんた達!手ぇ出したら後で酷い目に遭わせるわよ!」
 レイチェル中尉は、助太刀無用を宣言した。
 それがかえって残ったティターンズのパイロット達を困惑させると同時にいきり立たせた。ただ1人、女性の中尉が止めようとしたけれど、残った5人のパイロットにとって仲間をやられた手前、止まるわけにはいかなかった。
(ええ、ええ、出しませんとも)
 クマゾウ准尉は、丁寧にも一歩下がった。手助けしようとしたら、その瞬間に自分がレイチェル中尉にとって敵になってしまうからだ。レイチェル中尉にとっては、5人や6人の敵は敵ではないから、楽しみが奪われたと思ってしまうのだ。
 
「こ、この機体は、このグリーンノア2で正式採用を目指して作られた・・・は、8番目のモビルスーツでRX−178と呼んでいます。もっとも、我々は、マーク2と呼んでいますが」
 ティターンズの技術士官が、レイチェル中尉に機体を説明している。
「マーク2?ガンダムの?」
「は、ハイ。でも、性能は、別物です、中尉。総合推力はもちろん、各所に取り付けられた・・・」
「ごたくは、いいわ。あたしのジムとどうなの?」
 ああ・・・地雷の質問だ・・・。オーニ曹長とエル曹長は、顔を見合わせた。そして、目を閉じる。何が起こるか、十分すぎるくらいに分かっていたからだ。コレと同じ質問を浴びて何人の技術士官が病院送りになったことか・・・。
「はっははは・・・、ジムなんかとは比較にもなりま・・・グハッ」
 どさっと頽れる音がして、その技術士官は、マーク2という新しいモビルスーツの側で可哀想なことになった。
「あんた、これは何機作ったの?」
 レイチェル中尉は、残ったもう1人の士官に向って聞いた。
「ご、5機であります、ちゅ、中尉。あ、あと3機が建造中で、今月中には、そ、揃う予定であります」
 それなりに鍛えられたティターンズのパイロットをあっという間に7人ものした上に、当たり前のことを言っただけの上官が理不尽な暴行を受けたのを目の当たりにした残った士官は、震えながら言った。
「じゃあ、いいわね?」
 レイチェル中尉は、当たり前のように言った。
(じゃあ、いいわね・・・あ、あの、中尉?コレ・・・持って帰る気・・・ですか?)
 サンライズ曹長は、失神しかかりそうになりながら思った。(ねえ・・・クマゾウ准尉、止めなくって良いんですか?)
 だが、サンライズ曹長の視線の先で、涙目になっているクマゾウ准尉にレイチェル中尉を止めることなど出来はずもないことがすぐに分かった。
「い、いいわね?と、も、申されますと?」
「あたしがもらっても、よ」
「は、はいぃ??」
 技術士官は、レイチェル中尉の言ってることが全く理解できていない様子だった。いや、言葉としては、分かったのだろうけれど、本気で言ってるかどうか理解しかねているのだろう?
 当たり前だろう、試作段階で軍が、それもティターンズがこれから運用試験を始めようとしている新型モビルスーツをキャンディかなにかを欲しいというように言ったのだから。普通の人間なら理解しかねるだろう。
「だからぁ!あたしの搭乗機としてもらってく!って、言ってんのよ?おつむ、回ってんの?」
 既にこれだけのことでレイチェル中尉は切れかかっていた。いや、キレなかったことのほうが奇跡だ。たぶん・・・いちお、このモビルスーツを貰っていくということでレイチェル中尉的には、下手に出ているつもりなのだろう。
(いや、回ってますって!だから、あんな困った顔をしてんですよ!中尉!!)
 クマゾウ准尉は、そう言いたかったが怖くてとてもじゃないけど言えなかった。オーニ曹長やエル曹長が、冷ややかな目で止められないクマゾウ准尉を見ていたが、それは気にしないことにした。誰だって、自分が死ぬほど痛い目にあうのは怖い。
(でもでも・・・このままじゃ、この人、本気でこれを持って帰っちゃうよ・・・)
 そうしたら一緒にいたと言うことで連帯責任は間違い無しだ。減俸どころか営倉入りの上で懲戒処分ということもありえる。それならまだいい。軍の気密に触れたカドで軍法会議かも・・・どんどん悪い考えが浮かんでくる。(子供・・・まだ小さいのに・・・)
 クマゾウ准尉は、本気で泣きたくなってきた。
「じょ、上官に聞いてみませんと・・・」
 とりあえず、この場での返答は避けないと、それがこの士官の精一杯だったのだろう。
(でるわよ・・・)
 オーニ曹長は、次のレイチェル中尉の台詞がわかっていた。だって、いつものとおりに違いないからだ。
「あっそう、じゃ、後で上官にいっといて!」
 まさにキャンディと同じ扱いだった。
「クマゾウ准尉、あんたが運転なさい!!」
「いえ、私は、大型特殊の免許は・・・」
 いや、運転して運転できないことはなかったけれど、少しでも良いから罪状を減らしたかったのだ。
「そうね?ユ、ユーベルだっけ?!あんたは、持ってたわね?」
「は・・・ハイ、持ってますが・・・」
 何で名前もろくに覚えてない人がそんな都合の悪いことを覚えてんですかっ!と、言いたかったがもちろん言えるわけもない。
「じゃ、運転なさい。道は、分かるわね?」
「は、ハイ」(泣)
(すまん・・・ユーベル・・・許してくれ・・・)
 心の中で恨めしそうにこっちを見るサンライズ曹長にクマゾウ准尉は、詫びを入れた。
 
「ま、待ちなさい!」
 声のしたほうを振り返ると1人だけ残った女性のティターンズ中尉が、拳銃を構えてこっちを向いていた。「あなた達、自分達のしていることが分かっているの!」
(あなた「たち」って、いってるし。あたし達は、関係ないですぅ・・・)
 エル曹長は、涙が溢れそうになった。
「早く乗って!」
 レイチェル中尉は、拳銃を向けられて動きを止めたサンライズ曹長に向って怒鳴った。その時の顔があんまり怖かったのでサンライズ曹長は、レイチェル中尉の言うことにしたがった。拳銃の弾は、まだ外れることがあるけれど、レイチェル中尉の蹴りは絶対に外れないからだ。
「待ちなさい!って、言ってるでしょう?」
 女中尉は、声を一層険しくしていった。
(ああ、撃たれるかも・・・)
 サンライズ曹長は、それでも止まれなかった。それほどサンライズ曹長には、レイチェル中尉が怖かったのだ。もちろん、クマゾウ准尉やオーニ曹長、エル曹長だってレイチェル中尉の言うことを死んでも優先するだろう。
「あんた、何で拳銃向けてるの・・・?」(怒)
「なんでって・・・」
 思わず自分が間違っているのか?そう思ってしまうほど剣幕だった。というか、この士官、拳銃を向けられてるのが自分だということ分かってないの?と、シーン中尉は、思った。
「官姓名を名乗りなさい!」
「え??エマ・シーン中尉、ティター・・・」
 拳銃を向けている女中尉は、思わず名乗った。本来なら、シーン中尉が、するべき質問だった。
「殺すわよ!」
 腰に手を当てたまま、レイチェル中尉は拳銃も抜かないのに言った。いや、抜いたらレイチェル中尉なら威嚇や警告無しで撃っているからそれでいいのだけれど。「その拳銃下げないと、マジで殺すって言ってんだけど?」
 拳銃を向けられてるとは思えない物言いだった。
「でも・・・」
「まだ、文句あんの?」(殺)
 そう言ったレイチェル中尉の眼光に思わずシーン中尉は、拳銃を下げた。「それでよし!」
 それを見てレイチェル中尉が、満足そうにいってニッコリと笑った。そのあまりの笑顔の素敵さにさっきの険悪さは微塵も感じられなかった。でも、もう一度拳銃を向けようとはシーン中尉は思わなかった。なぜなら、本当に悪くないはずの自分が殺されるような気がしたからだ。
(本当に良かったんですよ・・・シーン中尉)
 エル曹長は、殺人が起きなかったことに心から安堵した。
 
 その後、トレーラーごとレッドジュエルに運び込まれたRX−178ガンダムMk−2は、艦長の許可も得ないで右舷のモビルスーツデッキに搬入された。レイチェル中尉が、陣頭で指揮をとっているのだから誰も止めることも出来ない。
 そして、搬入が終わり、モビルスーツハンガーに固定されると、レイチェル中尉はこう命令した。
「明日の朝までにカラーリングを変更しておくこと!!」
 もちろん、誰もノーと言えるはずもなく。直ちに作業が開始された。言うまでもなくピンク色に塗り替えるためだ。搬入されたガンダムMk−2が、ティターンズカラーだったということには、誰も気が付かないふりをしながら作業はさっそく始められた。
 
 ティターンズの基地から消えたマーク2についてその後、問題になったという記録はない。
 ただ、7人のティターンズパイロットが負傷し、その後の訓練に支障をきたし、2人技術士官が更迭されたことは確かだった。
 レッドジュエルに搭載されたマーク2がその後どうなったか・・・
 見せられたスペック表でマーク2がSR−02に劣ることを知らされたレイチェル中尉が、すぐに興味を失ったとか失わなかったとか・・・
 ただ確かなことは、後にも先にもレイチェル中尉がマーク2に乗って出撃したことがない!と、言うことだけだった。

お終い