Promising youth 01

  


 
「今日の荷物はなんだい?アーニー」
 クラウゼンは、90度真上を向いたシャトルのコクピットに着きながら鼻歌交じりに管制官を勤める女性士官に問い掛けた。
「卵よ、金のね・・・」
 アーニーと呼ばれた管制官は、少し眉間にシワを寄せて答えた。アーニーという呼ばれ方には、慣れているのだけれど、今は、れっきとした軍務中である。
「卵だって??」
 宇宙(そら)じゃ、卵1つにも事欠いてるのか?と、見当違いのことを頭に浮かべてクラウゼンは、いぶかった。
「そうよ、宇宙(そら)の連邦軍がそれはそれは待ち望んでいる卵、大事に運んであげてね」
 そこまでいわれてクラウゼンは、今朝の任務表を思いだし卵が何を意味するのかに思い当たった。荷物は、卵というよりはヒヨッコどもであることに。
「けっ・・・それがばれたらピップ達の歓迎を受けそうだな・・・」
 クラウゼンとアーニーの会話を漏れ聞いた正操縦士のライザー大尉は、怪訝な顔をししながら言った「で、その卵とやらはいくつだい?」
「4つ・・・かしら?大尉。他にも積み荷はあるけど、メインは可愛い卵ちゃん達よ・・・」
 管制士官は、クラウゼンに見せたのとは全く別の表情で答えた。それを見てクラウゼンは、口をヘの字に結んだ。
「へぇ・・・ちゃんって、ことは女のパイロットなのかい?」
 ライザー大尉が、席に着くのに邪魔にならないように少し上体を逸らしながらクラウゼンは、聞いた。
「残念でした・・・雌の卵ちゃんは1個きりよ・・・」
 アーニーは、クスリと笑った。
「うるさいぞ、クラウゼン・・・アーニー、そんな物騒なもんを運ぶんだ、ウェルカム・パーティーの準備は出来てるんだろうな?」
 尋ねながらもライザー大尉は、計器の示すデータのチェックを目で順番にこなしていた。ベテランの域に達するシャトル操縦士としてそつの無い所作だ。
「・・・758戦隊が当たってくれるそうよ・・・」
 アーニーが、そのことだけは聞いて欲しくなかったというように申し訳なさそうにいった。
「・・・」
「・・・」
 ライザー大尉は、クラウゼンと顔を見合わせて言葉を失った。
「気を落とさないで、敵の襲撃を受けると決まったわけではない・・・」
 そこまでアーニーが言ったとき、シャトル発射基地に警戒警報が唐突に鳴り響き始めた。
 その瞬間、ライザー大尉とクラウゼンの表情からは、ほんの少しばかりのこっていた余裕が消えた。
「グレイト!!管制タワー、こちらシャトル1217、計器チェック完了、オールグリーン、いつでもイケル!!」
 オールグリーンと言いながらもライザー大尉とクラウゼンは、せわしなく視線を配り、指先を動かし計器のスゥィッチを次々に入れながらオールグリーンの状態へとしていく。
「大尉、こりゃ、なんかの冗談ですよね?」
 規定の作業をいつもの倍以上のスピードでこなしながらクラウゼンは、口も動かす。
 だが、ライザー大尉は、一瞥をちらりとくれただけで答えてはくれなかった。
「違うそうよ!」
 それに答えたのは、アーニーだった。「ジオンの中隊規模のモビルスーツ隊が、前線を突破したらしいの!!」
「完全に、制圧したんじゃなかったのかよ!」
「事実は、事実よ・・・秒読み開始します!発射まで4分50秒・・・」
「くそったれ!今すぐやってくれ!敵が、射程内に潜り込んだらどうしてくれるんだ!!」
 5分近く、それはこの場合に関して言うならば永遠とも言える時間だった。
「758戦隊とランデブーするのに必要なぎりぎりよ・・・」
 アーニーが、困惑した顔で言う。
 アーニーが、管制司令官なら、そんなのを無視して発射命令を出してやりたいところだった。
「くそっ!」
 ライザー大尉は、諦めたように小さく毒づいた。
 
 非常警報は、遠慮なくシャトルの中にまで聞こえてきた。シャトルの座席に座っているもの全員兵士であり、聞きなれた部類に入る音だったが、こういう場所で聞くのは全員にとって初めてだった。
「これってなにかの演習ですか?」
 ウォーレン伍長は、上ずった声で誰に問いかけるともなく言った。
 この日、シャトルに搭乗することになった不安とないまぜになった喜びが、一瞬にして恐怖になった瞬間だった。
「違う・・・これ、ほんとだよ」
 ガードナー伍長が、耳を澄ませて非常警報がモノホンの敵襲を通報するものであることを聞き分けた。
「ってことは・・・中止だよな?」
 マクドゥガル伍長が、情けない声を出す。中止命令が出て、今すぐにでもシャトルから飛び出したい、そんな衝動を疑問系で言ってみる。パイロットでただ1人の女性、イワサキ伍長に至っては、今にも泣き出しそうになっていた。
 わずかな希望は次の瞬間スピーカーからの命令で消し飛んだ。
『シャトルの発信準備、急げ!繰り返す、シャトルの発信準備急げ!!』
 こんな状態でもシャトルを打ち上げるのか!!その思いで新兵達の動揺は、ピークに達した。
 無理もない、発射間際のシャトルがどんな代物か・・・それを少し想像するだけで分かる。彼等は、自分達が今にも発火しそうな火薬の上に座らされているようなものであることを充分に理解していた。それが、発火しないのは、完全にコントロールされているからに過ぎない、そして、そのコントロールが、いとも簡単に乱されてしまうことも。
「あんた達、それでもモビルスーツのパイロットなの?しゃんとなさいっ!!」
 動揺でパニックに陥る寸前だった新兵達を寸でのところで引き止めたのは、最後部に席を取った士官、サラミスの艦長としてルナ2艦隊に配属の決まったきゃロミー中佐だった。「良いこと、どこにいても死ぬやつは死ぬし、死なないやつは死なない・・・要は『運』なのよ・・・」
 運だけ・・・この一言は、妙に新兵達を納得させ冷静にさせた。
 座席からシートベルトを外して立ち上がらんばかりになっていた新兵達は、意を決したように、もう一度腰を座席に預けた。
「シャトルに乗ったまま盛大に火葬されるか、モビルスーツのコックピットで原子まで分解されるか・・・その違いだけってことですよね?」
 キャロミー中佐の横に座っていたイワサキ伍長は、直接確かめたくって他の皆には聞こえないように小声で聞いた。
「そゆこと・・・ま、あたしだって、こんなところで火葬はやだけどね」
 キャロミー中佐のあいまいな笑いにイワサキ伍長は、引き攣った笑顔をどうにか返した。自分の運はともかく、この中佐は、悪運強そうに思えた。シャトルのように一蓮托生な場所で、中佐のように悪運でも良いから強そうな人間がいることで、変な話かも知れなかったが、心強く感じることが出来たのだ。
 
 この日、ハイファの連邦軍シャトル基地を襲撃してきたジオン軍のモビルスーツ部隊は、シャトル基地襲撃を目的としたものではなかった。先月、実施された連邦軍のジオン軍に対する最初の大反抗作戦『オデッサ作戦』によって蹴散らされ、散り散りになり後退するすべさえ失った部隊の1つが、活路を求めて南下してきたに過ぎなかった。
 オデッサの戦いでは、ジオン軍は、実に1000機以上のモビルスーツを投入した。しかし、それらは集中運用されることもなく各個撃破もしくは、相互の連絡を分断され、戦力としての存在意義を失っていった。そのことは、司令官のマ・クベが、そうそうに戦場を離脱したことによって決定的になった。
 統合し、適切な指揮下の元に置けば十分な反撃戦力となりうるはずのジオン軍の残存戦力は指揮系統を失ったまま各個撃破されるか、降伏するか、はたまた放浪するか、様々な運命を辿ることになった。
 そうした中、この日ハイファを襲うことになった部隊は、黒海東岸の バトゥーミを守備していた部隊だった。黒海東岸を扼する位置にあったジオン軍バトゥーミ基地は、オデッサ作戦における連邦軍の主要な攻撃目標の1つだった。このため、バトゥーミ基地は、数次にわたる空襲と準備砲撃、そして、圧倒的な物量の連邦軍に蹂躙される結果になった。しかし、バトゥーミの司令官は、最初の空襲で基地上空の制空を任務とするドップ隊がほぼ全滅したことから、基地の死守にこだわらず部隊を退避、温存させることを優先させた。
 そうしても想像以上の連邦軍の大部隊の前にバトゥーミを守備していたジオン軍は、ほぼ全滅した。極一部の部隊は、生き延びることに成功したが、それは基地司令部が当初予想した戦力と比較するならばあまりに希少に過ぎた。当初は、生き残った戦力で反撃を行うことを目論んでいた基地司令部だったが、総司令官のマ・クベが、宇宙に逃れたことを知ったこともあいまって闇雲な連邦軍部隊への攻撃は、戒めるべきだという意見が占めるようになった。
 そうして、さらに10日ばかりを過した後、バトゥーミ守備隊の残存兵力は、北アフリカ方面への移動を決定した。
 当初、連邦軍に当然捕捉されることを前提とした移動は、驚くほど順調だった。サムソントレーラーに搭載されたモビルスーツを中心とした部隊は、ただの一度も連邦軍のいかなる部隊にも捕捉されることがなかったのだ。
 このままであれば・・・そう、思い始めたこの日、彼等は、連邦軍の哨戒部隊と接触、不期遭遇をした。交戦は、全くもって双方ともに唐突であり、統制のとれないものだったが、ザクが起動することでジオンが、連邦軍を最終的に蹴散らした。しかし、この交戦でジオンは、サムソントレーラーの過半を行動不能に陥れられ、進退が極まった。
 ここに至り、ジオン軍の司令官は、誠に奇妙な命令を下した。
 ザクのパイロットを除く部隊は、蹴散らし、捕虜としていた連邦軍に投降し、ザクには、近辺でもっとも連邦軍に痛打を与えうる場所、ハイファの攻撃を命じたのだ。これを投降してきたジオン兵に無線封止を命じられていた連邦軍は、通報することが出来なかった。
 
 最初に、このジオン軍の攻撃意図に気が付いたのは、哨戒飛行中だった2機のフライマンタ戦闘爆撃機だった。完全に連邦軍の制圧下であるはずの地域でザクを7機も発見した彼等は、自分の目を疑ったが、新兵であったにも関わらず勇敢で任務に忠実だった。敵の発見と敵の攻撃目標がハイファである可能性大であることを報じると直ちに攻撃にかかった。
 この攻撃で、ジオン軍は1機のザクを行動不能にさせられたが、2機のフライマンタをともに撃墜することに成功した。
 ジオン接近中の報を受けたハイファの連邦軍シャトル基地は、直ちにマニュアルに沿った対応を開始した。すなわち、ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布し、迎撃部隊を敵に向けようとしたのだ。
 しかし、通報してきた新兵は、自分の位置も認識コードも発信してこなかった。初めて見るザクに興奮したせいだった。そして、ミノフスキー粒子を散布してしまったせいで他の哨戒飛行中のフライマンタに連絡をとることも不可能になってしまった。基地司令は、けして潤沢ではない戦力をどう配分するかに頭を悩ませることになった。しかし、その悩みはすぐに解消することになった。
 ザクとの交戦を有線電話で知らせてきた部隊があったからだ。その知らせを聞いた瞬間、司令は背筋が凍った思いだった。その報告を送ってきた前線哨戒ポイントは、基地から東北東、わずかに13キロの地点だったからだ。
 基地司令官は、部隊としての体裁を整えて出撃させることをこの時点で諦めた。装甲車や61式戦車が準備の整った・・・と言うよりは乗員が乗込んだ順に出撃していく・・・それしかなかった。
 61式が2000馬力の水素タービンエンジンを唸らせ、土煙を巻き上げて出撃していく様は確かに勇ましく見えたが、ザクに対してどれほどのことが出来るのかはかなり疑問だった。少なくとも61式は、アンブッシュ以外では、ザクに対して有効とは言えない戦力だった。しかも、纏まった数ではなく1輌あるいは2輌といった数で出撃していくのだ。
 61式のほかにも相輪装甲車主体の装甲部隊が出撃していくが、それらは、明らかに戦力不足と言わねばならなかった。
 
「ナイセル曹長のザクが、被弾しました・・・行動不能のようです」
「了解、曹長は?」
 メインモニターを注視しながら、ケッセルマン少佐は、聞き返した。
「応答無し、戦死した模様です」
「了解した。現在位置を確保せよ、追って命令する」
 これで3機目のザクの喪失だった。
 メインモニターには、新たな脅威の発見の兆候らしきものは何も提示されてはいない。現在、表示されているのは、闇雲で絶望的な戦闘を仕掛けてきた連邦軍の兵器の残骸だけだった。
(一息くらいは付かせてくれるって訳だ・・・)
 そう1人ごちながらケッセルマンは、残残の少なくなったマガジンを捨て、新しいマガジンを装備させた。
「各機、残弾に注意」
 各機からの返事を聞きながら戦況を自分なりに分析することをケッセルマンは、忘れなかった。
 抵抗自体は、想定しなかったわけではないが、このように無秩序に行われる抵抗はケッセルマンにとって、想定の範囲外だった。相輪装甲車が、有線ミサイルを発射しながら突っ込んできたり、61式が、自らを秘匿しようともしないで走行しながら射程距離に入るか入らないかで攻撃してきたり、あるいは、単機ないしは多くても3機止まりまでの武装ヘリコプター、またはフライマンタの攻撃、それらがなんの連携も見られずに繰り返される、そういう抵抗は想像していなかった。
 少なくとも夏以降の連邦軍は、こんな無駄で出血ばかりが大きい攻撃方法を見せたことはなかった。
 確かに、ケッセルマンの部隊は、3機のザクをこれまでの一連の戦闘で失っていたが、もしも、これまでに襲いかかってきた連邦軍が纏まって配置された阻止ラインを構築して、阻止戦闘を仕掛けてきていたならば全てが失われていても不思議ではなかった。
 しかるに、旧式兵器の逐次投入という連邦軍は明らかに理にかなわない戦闘を行っていた。先のオデッサ戦では、大量の在来型兵器を投入したうえにモビルスーツさえ投入した物量オンリーの連邦軍がだ。
(これは、ハイファにとんでもない獲物がいるって事だな・・・)
 ケッセルマンは、これまでの出来事から確信を得た。
「残機、各機、これより一気にハイファへ突入する。たとへ、最後の1機になったとしてもハイファに突入し、敵の重要目標を発見、これを破壊せよ!」
「了解!」
 残存した3機がほぼ同時に返事を返してくる中、副長のジェイコブ少尉が、了解の後に疑問を付け加えた。
「ですが、その重要目標ってなんですか?」
「それは、行けば分かる!!各機、前進!とにかく、敵を蹴散らせ!そして、ハイファの連邦軍基地に突入せよ!!」
 正直な話、ケッセルマンにもそれがなんなのか分からなかった。だいたい、なにかの作戦があって攻撃に掛かったわけではないのだ。ザクの移動手段であるサムソントレーラーを失い、このままではザクを放棄、ないしは連邦軍に鹵獲されざるを得ない状況になり、そんなことになるくらいならどんな戦いでもいい、戦わせて欲しい、それだけのことだった。
 オデッサの防衛のためにと地上に降りてきて以来無為に過した月日は、そんな不幸な目にザクを合わせる為ではない、その一心でケッセルマンは、司令官に頼み込んだのだ。ケッセルマンの気持ちは、パイロット全員の代弁でもあった。無為な月日を過したうえに肝心のオデッサを巡る戦闘にはなんの関与も出来ずにここまで来てしまった。そのことは、開戦以来、宇宙でめざましい活躍をしてきたケッセルマン達にとって受け入れがたい屈辱だった。
「何も残らんぞ・・・」
 翻意を求めた司令官が最後に言った言葉の意味もケッセルマンは、充分に理解していた。どんな意味も見いだせないことは充分理解していたし、誰からも、少なくともモビルスーツパイロット以外には理解して貰えないことも分かっていた。いや、モビルスーツパイロットであったとしても自分達のような境遇に置かれたのでなければ理解できないかも知れない。
(生き延びて我々に何が残るって言うんです??)
 ケッセルマンは、無言で問い掛け、司令官は、それ以上何も言わなかった。ケッセルマンは、それ以上何も言わなかった司令官にやはり無言で感謝し、背を向けた。
 司令官が最後に見せた瞳の悲しみに満ちた奥深さを思いだしたが、それを2度3度と頭を振ることで脳裏から拭い去り、ザクのロケットバーニヤを思い切り吹かした。
 1基105トン、2基で220トンもの推力を持つロケットバーニヤは、一瞬の間を置いてケッセルマンのザクを空中へと跳ね上げた。
 


続く