Recruits (the Cruel tale)

 

 

「宇宙(そら)か・・・」
「何カッコ付けてんだよ・・・」
 10分ほど前まで、地上にいたのが信じられず、シャトルの耐熱ガラス越しに見える、宇宙の広がりに思わず呟いたのを、同僚のレッド曹長に茶化されて、サンライズ曹長は、少しばかり気分を損ねた。
(ったく、風情ってもんがない・・・)
「別に、カッコなんてつけてないさ、おまえは、何も感じないのかい?」
「べっつにぃ。まあ、強いて言えば、指導教官に恵まれることかな・・・」
「それも、たしかにな・・・」
 そう、サンライズ曹長は、仲間とともに、今日から連邦宇宙軍の第3モビルスーツ教導大隊に配属され、1年間に及ぶ教導を受けるのだ。
 そして、サンライズ曹長達が、配属される第3教導大隊は、地上の第1とともにエリートパイロットの母体として知られている。現在、7つある教導部隊の中でも地上の第1、宇宙の第3といえば、連邦軍の超エリートパイロットの排出先として知らないものはいなかった。
 
 新兵達を乗せたシャトルは、いったん衛星軌道上でステーションに接触し、そこでコンペイトウ、1年戦争時には、ジオン公国を名乗る反乱軍の宇宙要塞だった、向けの軍用輸送艦に移乗する。
 ステーションからコンペイトウまでは、約90時間あまり、殆ど4日をかけて辿り着く。
 退屈この上ない、4日間は、同時に連邦宇宙軍のエリート、モビルスーツパイロットになる心構えをする期間でもあった。第3教導大隊の拠点である、コンペイトウについたときには、一切の甘えは、許されないからだ。
 
『ドッキング・ベイ入港15分前、総員衝撃に備えシートに着席、ベルトを着用せよ!』
 艦内放送が、いよいよコンペイトウへの上陸が近付いたことを知らせる。
「いよいよだな・・・」
 サンライズ曹長は、感慨深げにいった。隣にいるのは、相も変わらずレッド曹長だ。どういったわけか、レッド曹長には、気に入られたらしかった。
「ああ、エリートへの第一歩ってわけだ・・・」
 そのややもすると自信過剰なところがサンライズ曹長は、好きにはなれなかったけれど仲間であることには違いがなかった。
 舷側窓から見えるコンペイトウは、圧倒的な迫力をもって迫ってきていた。サンライズ曹長は、どこかに1年戦争の痕跡が残っていないか見極めようとしたが、影の部分から入港を図っている輸送艦の小さな舷側窓からは、それらしい跡を見つけることは出来なかった。
「おいおい、大丈夫・・・なのか・・・」
 誰かが、あまりにも圧倒的な迫力で迫ってくるコンペイトウの岩塊を見て、心配そうにいった。
 実際、このまま輸送艦が激突してしまうのではないかと思ったものは1人や2人ではなかった。
 サンライズ曹長自身も、思わず手に汗を握り込んでしまった。
 けれど、そういった心配とは裏腹に、輸送艦はコンペイトウのドッキング・ベイの1つに何事もなく接岸していった。
 
 コンペイトウに上陸したサンライズ曹長達は、ただちに所属先の第3モビルスーツ教導大隊から派遣された士官によって統率されて、今後1年間を過ごすことになる居住エリアのそれぞれにあてがわれた個室に案内された。48人の新兵達のために用意された個室は、個室ではあったけれど、快適と呼べるにはほど遠かった。もともとは、ジオンの規格で作られた新兵用の個室は、快適性よりも機能性を最優先して設計されていたせいだった。
 けれど、それで十分であるということは、彼らの誰も知らなかった。新兵達にとって、そこが、生活する場所ではなく、単に睡眠をとるだけのスペースに過ぎないことを知るのは、明日以降の話だったからだ。
 
 翌日、早朝6時の起床、そして、集合を受けたサンライズ達、新兵は、ブリーフィングルームに集まった。
 1列12人で4列に並ばされたサンライズ曹長達の目の前に、指導教官らしいふてぶてしいパイロットが何人かと、部隊の指揮官らしい中佐が、姿を現したのは、先任の軍曹達に怒鳴りつけられながらも整列が終わって間もなくだった。
 壇上に上がった中佐が、ねめ付けるようにサンライズ曹長達を1人1人睨みつけ、口を開いた。
「貴様らは、全員クズだっ!!」
 エリートを任じているサンライズ達にとって部隊長の一言目は、あまりにも衝撃だった。殆どのものは、いきなりで何を言われたのかも理解していなかった。指導教官らしいパイロットスーツを身に着けた士官達は、それを聞いてにやついている。
「クズをクズでなくするために、我々は、貴様らを徹底的に1から鍛え上げる!!ついてこれないものは、すぐにでも地上送りだ!!甘えはゆるさん!」
 半分ほどは自分の演説に酔っているのではないかと思うほど、中佐は、サンライズ曹長達新兵に罵詈雑言を良くもまあこれほどという滑らかさで叩き付け続けた。
 
「おいおい、あれはないよな・・・」
 あまりのことに隣に並んだレッド曹長が、小声で話しかけてきた。
「しっ!私語は、厳禁だぞ!」
 しかし、中佐の演説というよりは、暴言は、ドを超えている気がするのも確かだった。そう、自分たちは、エリートだからこそ第3モビルスーツ教導団に配属されたはずだからだ。
 
「おまえらクソッタレは、2つのことしか理解できん!今日、覚えることは貴様らが最低の糞であるということだ。もう1つは、おまえら糞を少しでもマシな糞にしてくれる主任教官の顔と名前だ!」
 ようやく中佐の罵詈雑言が終わり、主任教官が紹介されることになった。
「右から3列づつ、12人を1中隊にして1人の指導教官と2人の教官を割り振る!糞が覚えられるのは1人、主任教官の名前と顔だけ覚えればよい!」
「1中隊は、レオナルド・サッチ中尉だ!」
 いかにもというふてぶてしい顔をした中尉が、1歩前に出た。
「2中隊、ハモンド・ブレイクマン中尉」
 3人の中ではもっとも体格が良く、大柄な中尉が前に進み出た。
「3中隊、オズワルド・コネリー中尉!」
 パイロットというよりは、映画俳優のように整った顔立ちの中尉が、前に進み出る。
(これで全部・・・じゃあ俺達の中隊は・・・)
 そう思ったが中佐は、紹介を続けた。
「第4中隊、レイチェル・アレクシア中尉!」
 中佐が、紹介すると同時に1歩前に歩み出たのは、少なくともサンライズ曹長が連絡将校か何かだと思っていた金髪の女中尉だった。無理もない、女性パイロットに標準のショートカットではなく、背中の中ほどまでの軽くウェーブしたロングヘアで、1人だけ普通の制服を着ているのだから、まさか、と誰もが思っていたのは事実だった。
 思わずだったのだろう4中隊になった新兵の誰かが口笛を吹いた。
(ばかやろう・・・)
 サンライズ曹長は、思わず首を竦めた。中佐の罵声が飛んでくると思ったからだ。しかし、罵声は飛んでこなかった。かわりに、その女中尉が、口を開いた。
「口笛を吹いた糞、一歩前へ」
 中佐の怒声に近い耳障りな声に較べたらアレクシア中尉の声は、天使の囁きのような声だった。ややきつそうな顔立ちにそれなりに合った声だった。
 サンライズ曹長の後ろから1人の新兵が前に進み出た。地上にいたときから、お調子者の傾向があったビア・ガーデン曹長だった。
 一歩前に進み出たガーデン曹長の正面までやって来るとアレクシア中尉は、にっこり微笑んだ。
 思わず見とれるような笑顔、しかし、その次の瞬間、思わずサンライズ曹長は、あっと声を出しそうになった。にっこり笑った中尉が、その笑顔のままくるりと背を向けてそのすらりと長く延びた脚を一閃させたのだ。中尉の踵は、もろにガーデン曹長の顎にヒットして、ガーデン曹長は、地球よりもずっと重力の弱い部屋の中を端まで一気に吹っ飛んでいった。
「他にも、口笛を吹きたい糞は?」
 アレクシア中尉は、何事もなかったように残った4中隊、11人を目の前にして、声色一つ変えずに言った。
 そして、ガーデン曹長は、2度と4中隊には帰ってこなかった。もちろん、そのことを知るのはしばらく後のことだったけれど、ガーデン曹長は、顎を砕かれて再起が不能になったのだ。
 
 翌日から始まった教導は、およそ、モビルスーツ・パイロットの訓練とはほど遠いものだった。少なくともサンライズ曹長達にとってみればだ。睡眠時間は、6時間、後の18時間のうち、食事と僅かなトイレ休憩時間を除けば、サンライズ曹長達新兵には、プライベートなどという言葉はなくなっていた。
 しかも、来る日も来る日も主任指導教官、サンライズ曹長の場合はアレクシア中尉、の下でエキササイズの繰り返しだった。しかも、エキササイズの間中、投げ掛けられるのは、自分たちに人権が有ったのかどうかということさえ疑いたくなるようなものばかりだった。
 
「俺達はさあ、パイロットだよな?」
 そんな訓練が、打ち続いたある日、レッド曹長が、シャワーを浴びながら話しかけてきた。
「ああ・・・」
「なのに、俺達のやってることときたら・・・」
 シャワーを頭から浴びながらレッド曹長は、続けた。「筋肉マンを作り出すための運動ばかり・・・」
「だな・・・」
 曖昧な返事をしてボディソープの泡を流しながら、サンライズ曹長は、自分の身体のあちこちに出来たアザを眺めた。その殆どは、自分がマズった為に付いた打撲だったけれど、いくつかは主任指導教官のアレクシア中尉から貰った蹴りの跡だった。
 少しでもマズったら有り難く頂戴できる蹴りの跡なのだ。
 4中隊で、その有り難い蹴りをもらっていない新兵は、1人もいなかった。レッド曹長は、とりわけその数が多かった。
「俺は、明日、言ってやる・・・」
「なにを・・・さ?」
「パイロットとして扱えってさ」
 がやがやと騒がしかったシャワールームが、一瞬、シャワーの音だけになる。
「本気か?」
 サンライズ曹長は、ぽかんとした顔を向けていった。
 あの、アレクシア中尉は、顔に似合わず、この第3教導団の中で最悪の鬼教官だった。盾突くようなことを言ったら、初日のガーデン曹長のように顎を砕かれてしまうに違いなかった。「よしとけよ。悪いことは言わない」
「いや、誰かが言わなきゃならないんだ・・・」
 
 翌日、レッド曹長は、自分の言ったことを実行した。
「我々は、いえ、自分は、モビルスーツパイロットであります」
 朝、集合し、訓示の前、レッド曹長は、1歩、前に出るといった。その場の空気が、堅くなるのを誰もが悟った。けれど、誰もが想像したようなことは起こらなかった。
「なんですって?」
 アレクシア中尉は、言葉で返したのだった。過去1ヶ月のことを考えるのならそれは、奇蹟といってよかった。
「自分は、モビルスーツの、いえ、ジムのパイロットとして、より一層の研鑽をするべく・・・」
「オーケイ、オーケイ、自分は一人前のパイロットだといいたいわけね?」
 レッド曹長の言葉を途中で遮ってアレクシア中尉は言った。アレクシア中尉の口元は笑っていたが、目は全く笑っていない。
「あなた達、全員が同じ意見だと思っていいわけ?一人前のパイロットだと?そう思っているのね?」
「ハイ、中尉!」
 レッド少尉は、自信をもって答えた。それは、他の10人、サンライズ曹長も含めての答えを代弁したものだった。この1ヶ月、ジムのシミュレーターでさえ、いじらせてもらえてない鬱憤が誰の中にも少なからずあった。
「少なくとも自分は、パイロットだと信じています」
「じゃあ、こうしましょう、模擬戦闘を実施、あなた達の1人でも、あたしに損傷を与えたらプログラムを変えてあげるわ。オーケイ?」
 そういうと、アレクシア中尉は、踵を返し、模擬戦闘訓練実施の許可を得るために部屋を出ていった。
 
「あの中尉は、アホだ・・・中隊全部を相手にするだけじゃ物足りない、大隊全部ときた・・・1中隊、2中隊で左右から包み込んで、残りで一気に畳み掛けるぞ!」
 レッド曹長は、大隊を指揮する権限を与えられ、ジムのコクピットに収まっていた。
「余程の自信があるんだ・・・舐めて掛かっちゃいけないぞ、レッド曹長」
 そう、余程自信があるに違いない、アレクシア中尉を支援するのは、他の中隊の主任指導官ではなく、4中隊の教官、エル曹長とオーニ曹長だった。つまり、たった3機で47機を相手取ろうというわけだった。
「ジムのカスタムタイプとガンダム、後はボールだぞ。どうとでもなる」
「何もないのに47機も相手にするっていうのか?何かあるに決まっている・・・」
「時間だ、やるぞっ!」
 訓練開始を告げる発光信号が上がり、第3教導団の新兵総出の模擬戦闘訓練は、始められた。
 
 最初、戸惑いがあったとすれば、それは新兵達にであるに違いなかった。たった3機、それもボールを含めた3機を、いくら何でも40機以上のジムで攻撃するなんてことは、あまりにも一方的でありすぎると思えたからだ。
 しかし、それが間違いであることを知るには、1分も必要なかった。
 あっという間に、4、5機のジムの識別信号が消えたのだ。それが、ガンダムからの狙撃であるということを知るのに幾らもかからなかったが、その間にさらに3機が失われた。
 反撃を試みようとしたときには、ボールが射出したスモーク弾によって敵、そう、彼女達は敵だった、の姿は、完全に覆い隠されてしまっていた。統制の取れないままパニックにも似た回避運動をするしかなくなったサンライズ曹長達にとって、そのスモークの影に2機しかいないなどということは、想像できないことだった。
 闇雲な射撃でまぐれ当たりを狙ったビームスプレーガンの射撃も、全く効果がないままそれは始まった。
 本当の敵は、ゼロ方向、つまり真上から、まさに降ってきた。
 一撃、二撃・・・1秒置きに繰り返される射撃が、どの方向からなされているかに気が付くまでに3機の識別信号が消えた。
 逃げ惑う、もはやそう表現する以外になかった、ジムの群れを擦過するときにビームサーベルが、一閃しさらに2機の識別信号が消え、パニックに陥った新兵達の乱射で、同士討ちという最悪の状況でさらに数機の味方のジムの識別信号が消えた。もともと中隊単位の合同などやったこともないサンライズ曹長達新兵にとってもはや統制の取れた反撃などは、不可能になっていた。
「レッド、撹乱されている、ガンダムとボールにも注意を向けなくちゃ・・・」
 味方の大半は、只中に飛び込んできたアレクシア中尉のジムに注意を取られているが、敵はその1機だけではないのだ。
「分かっているけど、敵が早すぎて・・・畜生っ!」
 言っているそばからスモークを飛び出したガンダムと、ボールが始めた射撃によっても味方が次々に失われていく。しかし、1番の脅威は、信じられない機動で次々に味方を撃墜していくアレクシア中尉のジムだった。撃墜されていく味方の半分以上が、アレクシア中尉の餌食になっていく。
 被弾した、といってもレーダービームを受け撃墜判定がなされているだけなのだが、失われた味方機は、既に半数を軽く超えていた。
 撃墜されたジムは、自動操縦に切り替わり強制的に戦場から退場していく。
 サンライズは、メインスクリーンの中で次々と数を減らしていく識別信号を見た。まさに、悪夢を見ているようだった。たった、3機の敵に手も足も出ないのだ。
 既に1中隊と2中隊のジムは、その全てが識別信号の発信を停止し、3中隊も半ば以上信号を出してはいなかった。
(まさか、中隊毎に順番に撃墜しているんじゃ・・・)
 あり得ないことだったが、次の瞬間にはそれを事実として認めるしかなかった。
 3中隊が全て撃墜され、残ったのは4中隊の11機のみになったからだ。
 
『ビィーッ!』
 サンライズ曹長のヘッドセットに、無慈悲な警告音が鳴り響き、ジムの機動は、強制的に停止させられた。
 ピンクのジムカスタムは、サンライズ曹長のジムのメインスクリーンいっぱいに拡大されていた。
 結局、47機の新兵達は、たった3機の敵に一指も触れられずに全滅したのだ。
 大口を叩いたレッド曹長が、どうなったかって?
 模擬戦闘訓練の後で整列させられ、一歩前に呼びだされ、アレクシア中尉の蹴りを見事に、そして、ガーデン曹長の時の2倍、つまり左右の顎に喰らって地上へと送り返されることになった。
 
 今は、機動訓練に入る前のエキササイズの重要性を誰もが知っている。指導教官達は、決していじめようなどとは、アレクシア中尉もそうなのかは判然としないが、思ってエキササイズをやらせていたわけではなかったということを。
 明日、サンライズ曹長達は、晴れて正規のジム・ライダーとなるために、教導団を卒業する。全員が、そうガーデン曹長やレッド曹長だけでなく脱落したパイロットは少なからずいた、正規のパイロットになったわけではなかったが、無事に卒業することの出来たサンライズ曹長達は、紛れもない連邦宇宙軍のエリートパイロットとしての誇りを胸に秘めそれぞれの部隊に配属されていくのだ。

お終い