The Nightmare

 

 

「少尉の隊の哨戒エリアは、空域03−55(ゼロスリーファイブファイブ)です」
 ジムの10インチサイズの通信モニタに映った巻き毛の女性伍長が、サーク・レッド少尉に、割り振られた哨区を指示する。若い女性兵士だが、化粧っ気など微塵もない。いや、そういった時間さえないのだろう。
 無理もない。ソロモンを陥落させてから72時間あまり、連邦軍は、本領を発揮し、その豊富な物量を惜しみもせず投入し続けている。休みなく続くそれらの作業は、既に新たな作戦の発動を予感させるに十分だった。その物量豊富な連邦軍をしても、72時間という短時間で新たな作戦の発動を達成させるには、全ての部署の末端の兵士達にまでも限界を強要せずにはおかなかったということだ。
「了解!しかし・・・こいつらを本当に連れてかなきゃいかんのか?」
 レッド少尉は、肩越しに親指で指した。
 小隊のジムの後方には、新兵達の乗る棺桶・・・いや、支援ポッドが出撃準備を終えていた。ほんの20分ほど前に、面通しだけは済ませてあったが、たとえ哨戒といえども連携など期待すらできない。
「命令です!」
 伍長は、多少いらだった口調で短く返した。
「オーケイ、18小隊いつでもいい!」
 それ以上、若い伍長の精神に負担をかけることの無意味さを知ってレッド少尉は、出撃のための最終チェックに入った。伍長は、単に命令を伝達しているに過ぎないのだから。
 新たな攻略戦の発動準備を整えてしまわなければならないのと同時に、この真新しい拠点の防衛も行わなければならない現状で、だれしもが神経を尖らせている。誰もが、文句の1つも言いたいし、誰もが文句など聞きたくもないということだ。
「18小隊、小隊指揮官へ!出撃願います!」
 通信伍長は、すぐに出撃を命じた。時間が何事につけ、ないということらしかった。
(おうおう、名前ぐらい聞けってえの!)
 あまりの人間味のなさに愚痴る。
 しかし、次の瞬間には設置されたばかりのリニア・カタパルトによってサーク・レッド少尉は、宇宙(そら)の人になっていた。続いて、1機欠けている小隊のジム各機、更には欠けた1機を補う目的なのか、頼んでもいないのに割り当てられた3機のボールがまさに放り出されてきた。
 メインモニタに表示された哨戒エリアへ進路をとるべくレッド少尉は、機体を巡らす。後方から、続いてくる2機のジムのうち、新兵の機動に呆れたレッド少尉は、更にボールの機動を見て泣けてきそうになった。
「ま、連邦の制圧下だから・・・よくはないか・・・」
(頼れるのは、ガーデン曹長だけだな・・・)
 ソロモン・・・いや、このコンペイトウ空域の安全宣言は、それが例え政治的なものであったにせよ、いちお出されているのだ。それに、哨戒任務に借り出されている小隊は、自分たちだけではない。各部隊から抽出された小隊が、その任務に多数あたっている。
 問題は、それぞれ哨戒任務に出ている部隊の統制もそれぞれの連携もが全くとれておらず、その編成すらもまちまちという点にあった。つまり、哨戒をやっているという状況でしかなく、それは、戦術的に見た組織的な哨戒とは全く異なることにあった。
 そういう哨戒が実施されている背景は、後退していったジオン軍の組織的な反攻など、ありえないという前提があるからにほかならない。
 確かに、組織的な反攻などないだろう。
(けど、有力な威力偵察が行われてたら・・・)
 レッド少尉は、自分の隊の編成を振り返って呟いた。(これは、面白くないことになっちゃうよな・・・)
 確かにそうだった。ジムのうちの1機は、掛け値なしの新兵で、割り振られたボールのパイロット達とは出撃前にお互いに自己紹介をしただけだ。連携など期待したらバチが当たる。
 できることの最善といえば、何事もなく哨戒が終わることを祈ることぐらいだった。
(頼むぜ!敵さんよ!出張(でば)ってくんなよ!)
 レッド少尉は、本気で祈った。
 
「海が泣いている・・・」
 士官用のパイロットスーツに身を包んだ男は、モニタ越しに残骸漂う空間を見つめて呟いた。
 ソロモンと地球そして、月、それらの重力の中和ポイントなのだろう。特に、このあたりの残骸は、濃密だった。そして、その残骸には、あまりにもジオン製の兵器が多かった。それら物言わぬはずの残骸1つ1つから滲みだしてくる無念を感じるようだった。感じるはずのない重圧が、男には確かに感じ取れたと思えた。
 だが、それらもいずれ・・・それがどれぐらいの期間なのかは分からなかったが、どこかへ流れ去っていってしまう。中和ポイントといってもそれは極めて不安定なものでしかないからだ。けれど、志し半ばにして逝かなければならなかった男達の哀しみと慟哭は、永遠にこの場に残るはずだった。
 男にとってのソロモンをめぐる戦い、あまりにも短時間で終わった屈辱的な戦いでは、あまりにも多くの想像もしない出来事が次々に起こりすぎた。事態の大きな流れ、そのうねりに信じたくない事実だったが、飲み込まれてしまったせいで、心の奥底に深い悔恨を刻み込むことになった。
 その思いは、時間を追うごとに強く、強固なものになっていく。
「少佐・・・、新たな敵です・・・方位110」
 この日、2度目の敵との遭遇を知らせる部下の触れ合い通信が、男の思念を絶ち切らせた。
(連邦は、無遠慮に過ぎる!)
 無念の戦士達に対する思念を中断させられたことに対する軽い失望とその無念を少しでも晴らせる微かな喜び。2つの感情が同時に男に込み上げる。僅かに、喜びが勝っている。自己満足といわれてしまえばそうかもしれなかったが、パイロットの自分にできる本分でもあった。
「存じた!各機、哀しみのうちに散っていったジオン兵の無念を晴らせ!」
 そういうと、男は、自身の機体を真っ先に敵へと向けた。
 6機のまちまちな性能のモビルスーツが、星が流れるように機動する。
 それぞれが、役割を心得た芸術的とも言える機動と、圧倒的な攻撃の前にほとんど無抵抗と言ってよい状態で連邦軍の小隊が殲滅されるのにかかった時間は、僅かに1分足らずだった。
 
 敵の発見は、哨戒エリアの最外縁にまもなく達しようかというときのことだった。
「少尉、戦闘光らしきもの、真方位72」
 気が付いたのは、やはりガーデン曹長だった。
 ガーデン曹長の報告を聞いてすぐにレッド少尉も、メインカメラを指示のあった方向に振り向けたが、レッド少尉自身で確認できたのは、終息しつつある、閃光が1つでしかなかった。
「わたしも、確認しました。曹長と同じ方位です」
 同じ報告を送って寄越したのは、ボール隊のウェイ伍長だった。
 見ることぐらいはできるらしかった。上出来だろう、新兵にしては、と思う。
「了解した!伍長」
 精査な距離探査など当然不可能だったが、それが自分の哨戒エリアでないことだけは確かだった。けれど、だからといって無関心にするつもりはなかった。それでは、哨戒任務を実施している意味がない。
「ガーデン曹長は右、ジャケンノ軍曹は左300にて私を援護せよ!ボール各機は、ジム各機の後方800より追随せよ」
 セオリー通の接敵隊形を命じる。
 どのみち、細かな機動など期待できはしないからだ。
(ややこしいことにならんでくれよ・・・)
 レッド少尉は、小さくひとりごちた。
 けれど、自体は、それを許してくれそうにないことも分かっていた。戦争が、自分の思うようになるなんて馬鹿げた妄想は、宇宙に上がったときにレッド少尉は、捨てていたからだ。
 
「手応えのない・・・」
 敵は、人型2機に支援ポッド4機という構成だったが、敵との遭遇を全く予測すらしていなかったに違いない。最初の一撃から敵を殲滅するまでにかかった時間は1分足らずだった。敵は、反撃さえしなかった。
 確かに、巧みに接近した自負はある。
 しかし、それ以上に敵の放漫さから産まれた油断によるところが大きい。このような軍隊に、ソロモンが蹂躙されたことが、許しがたかった。
 あの時、命を賭してもソロモンを守る意志はあった。
 しかし、そうしなかったのは・・・いや、そうできなかったのは上官の命令のせいだった。並の命令であれば、聞きはしなかったろう。戦闘半ば、個人の力ではどうしようもない状態に陥っていたとしても、断じて後退など認めることはできなかった。武器のあるうち、推進剤のあるうちは、そして全てが無くなってさえ、男の価値観をもってすれば後退などは認められるべきものではなかった。
 けれど「ゼナ様とミネバ様の乗る艦艇の護衛をせよ!」と、命じられて、それを断ることのできるジオン士官などいようか?いはしない。男にとっては、なおさらだった。
 しかし、実際には、その命令は、ソロモンで命を失わせてしまうであろう男をソロモンから生きて連れ出すためのウソだったのだ。収艦されて、それを知った時、その命じた将官が恩義のある人間でなければすぐさま、たとえ推進剤が尽きかかった機体であってもソロモン空域に取って返していたに違いなかった。
 だからだった。臨時に与えられたモビルスーツ部隊を指揮下に収めて、嵩にかかって追撃してくる連邦艦隊を鬼神の働きで蹴散らせて見せたのも、ア・バオア・クーに向って後退する艦隊から無理矢理補給艦と巡洋艦を割くことを具申し、ソロモン空域の偵察任務を認めさせたのも、全ては意志に反して後退してしまった自分を責めるためであった。
 ただ、今は、連邦軍の追撃艦隊と戦ったときほどには昂ぶってはいない。なすべきことは何なのか、それをわきまえてもいた。
 自分は、生きて戦わねばならない。ここは、もはや決戦空域ではありえなかった。
 それを十分理解していた。
「少佐、新たな敵が接近中・・・人型が3機、支援ポッドが3機です、気付いているようです」
(またしても・・・)
 もはや、この海が、連邦に踏みにじられてしまったことを認めねばならない。しかし、この海に居続けることが、どんなに高く付くことかを知らしめてやらねばならない。
「ならば、正面から攻撃するのみ!各機、散開戦闘!1機も生きて返すな!!」
 
「まずいな・・・」
 レッド少尉は、メインモニタの中の敵情報を見て思った。6機のモビルスーツが、プロットされている。ザクが2機とスカート付きが2機、アンノウンが1機、そして、形状からはジムと判断するべき機体が1機。その全てが、敵を示す動きをとって機動していた。
 数的には、同じ6機同士の戦闘といえたが、内容が全く違う。
「ガーデン曹長、付いて来い!支援しろ!ジャケンノ軍曹は・・・」
 新兵のジムをボールとともに後方に置こうとしたが、命令を全て伝えてしまうことはできなかった。
 中央付近に位置する敵が、驚くべきことに黄色いビームを放って寄越したからだ。
 その一撃は、まだ回避機動を始めていなかったジャケンノ軍曹機を一撃のもとに貫いて、まだ十分に残っていた推進剤の爆発を起こさせた。融合炉の爆発とは異なる、紅蓮の炎がジムをバラバラに吹き飛ばした。四散したジムだったものが、レッド少尉の機体を激しくノックする。
「敵の新型は、ビーム兵器を持っているぞ!!」
 そんな注意を喚起してもジムになら意味はあっても、ボール隊の各機には用はなさない、それは百も承知だった。
 2撃目、3撃目のビーム攻撃が、明らかにレッド少尉を目掛けてなされる。だが、むざとやられるわけには行かない。レッド少尉は、機体の回避運動をランダム機動から自己操縦に切り替えつつ反撃の射撃を送った。
 敵は、予めレッド少尉の反撃射撃を予想していたかのように軽々とその射撃を回避して見せた。
(ちぃっ!ベテランだぞ・・・)
 その機動を見て、レッド少尉は、自分が・・・いや、自分たちが、運に見放されかけていることを知った。
 ビームを持った敵は、新型らしく、ザクよりも余程滑らかな、そして余裕を持った機動を行っていた。しかし、ビーム火器を持った敵が1機ならまだ勝算はあった。ザクは、未だ侮れないが、ジムの性能をもってすれば、押さえ込むことは容易だったし、スカート付きも恐れることはない。問題は、いかにビーム付きの新型機を押さえ込むかにあった。そして、もう1機のジムのように思える機体・・・。
 それに、敵のビーム火器は、初期の連邦軍のビームライフルがそうだったように、射撃間隔が大きいらしかった。危機感を感じるほどの連射を行ってくるわけではないのが唯一の救いだった。
「迂回機動をしているザクにボール隊は集中砲火を!後は何とかする!!」
 2機のザクは、ボールを相手にするらしかった。迂回が、成功してしまえば・・・いやするだろう、自分たちはビーム付きの新型機を含めて4機を相手取らねばならないのだ。3機しかいないボール隊は、ザクの格好の餌食だ。
 ウエィ曹長と、日系のフクヤマ曹長・・・そして、もう1人は・・・、彼らが生きて帰れる可能性は限りなくゼロだった。そして、自分も。
 その可能性がゼロに更に近付いたのが分かったのは、ビーム火器を発射できるモビルスーツがジオンにもう1機いると分かった瞬間だった。
 その射撃は、新型機の後方からガーデン機に向けてなされた。
 発射間隔の極めて短いピンクのビーム・・・。それは、まるでジムのスプレーガンのごときだった。
 ガーデン機がぎりぎりのところで躱し、反撃するが、慌てたせいか効力射にはならなかった。
 そして、ピンクのビームを放ってきたモビルスーツに気を取られすぎたせいなのだろう、ガーデン機は、次の瞬間には黄色いビームに貫かれていた。1発目がコクピット付近、更に2発目3発目がジムの胴体部分を貫く。核爆発。交戦開始から1分と経たないうちに2機目のジムが失われたのだ。事態はもはや悲観的を通り越して絶望的だった。
 ガーデン曹長の撃墜の半分は、新型機の注意を引きつけることができなかった自分の責任だった。しかし、それを詫びたり後悔することさえできなかった。押さえ込まねばならない敵の数は、一気に倍になったからだ。
「少尉!少尉!助けて下さい、フクヤマもレナンも・・・少尉・・・」
 懇願し、わめく無線通信が途切れる。ボール隊が、殲滅されたのがそれで分かった。支援を受けられないボールは、たった2機のザクを引きつけることすらできなかったのだ。
 絶望的な回避を続けながらプロットされる敵の機動を激しく目で追う。絶望的あっても僅かな可能性に賭けるしかなかった。そして、その可能性は、戦うことでしかない。レッド少尉は、2機のスカート付きが必要以上に接近しているのを見逃さなかった。
 敵の新型機を遮蔽物の影に入るように躱しながらその2機のスカート月に向けて浴びせられるだけのビームを浴びせていく。10射近くを断続的に僅かな時間に集中射する。偶然を伴った1射が、敵のスカート付きを射ぬいたのを確認するやいなや、レッド少尉は、遮蔽物から飛び出すとピンクのビームを放ってきた敵に機体を突進させた。
 スカート付きのいた方向に爆発が広がりつつあった。これで、敵の1機をしとめると同時に、僅かな時間であれ1機を戦闘に加入できない状態にしたわけだ。新型機も意表をつかれたに違いない。
 しかし、次の瞬間、レッド少尉こそが意表をつかれた。
「そんな!」
 自分が、死ぬ瞬間、レッド少尉は、自身が目にしたことなのにもかかわらず半ば信じることができないまま、意識を断たれた。
 カラーリングこそ違えど、メインモニタに映し出された機体は、紛れもなくジムそのものだったからだ。僅かな迷いにしか過ぎないはずだった。しかし、その僅かな迷いは、機体運動に隙を生まずには置かなかった。敵は、その僅かな隙を見逃さず、連邦製の武器でレッド少尉を攻撃した。
 
「リックドムのダグラス准尉が戦死、ザクのレズナー大尉が負傷しました」
 戦闘を終え、隊形を整え終えるとすぐにカリウスが報告を入れてきた。
「重傷なのか・・・」
「ポッドの砲撃の至近弾を受けたました・・・左腕にかなりの重傷を負ったようです・・・意識はまだはっきりしていますが・・・」
 ザクを率いていたオルトナー少尉が、レズナー大尉の怪我について報告してくる。ドムに搭乗していれば防げた負傷だったかもしれない。もはや、ザクでの交戦は、パイロットの損耗に拍車をかけるのみのようだった。
「了解した。引き上げる!」
 実質戦力2機減の現況を鑑みて、迷わずそう判断した男は、言うやいなや自ら率先して機体を翻した。
(ソロモンの海よ・・・わたしは、必ずここへ戻ってくる・・・)
 固い決意を男は、心に刻んだが、それを実現するのに予想もしない月日がかかることまでは想像しえなかった。ジオンの崩壊が、あらゆる意味で、あまりにも早く、そして、徹底的に進んだせいだった。
 これが、後にソロモンの悪夢と呼ばれることになる男の1年戦争におけるソロモン空域での最後の戦闘だった。
 
 この日、また新たに多くの若者の命をその闇に吸い取ったコンペイトウ空域の戦闘詳報には『コンペイトウ空域異常なし』と僅かに1行書かれていたのみだった。

お終い