Mutual understanding

 

 

「准尉!右、2時方向75度です」
 2番機からの警告を全部聞き終わるより前にトールマイヤーは、右のフットバーを力いっぱい踏み込んだ。同時に、強く握りしめた右の操縦桿をぐいっと手前に引き、左の操縦桿を心持ち押し込む。
 仮装巡洋艦は、遠方に発見したザク以外にも、手持ちの戦力を展開していたらしかった。しかし、相手がザクであるならば必要以上に恐れずにすんだ。
「ラジャ!!」
 応えたときには、コックピットの中に発生した重力によってトールマイヤー自身は、お世辞にも座り心地の良いとはいえないシートの右側奥へと押し付けられている。
 ググッ!
「くっ・・・」
 思わず、うめき声が漏れる。
 フットバーを緩め、間髪を入れずに左の操縦桿を引き、右の操縦桿を戻す。そして、操縦桿をニュートラルにした瞬間、両方のフットバーを思い切り踏み込む。
 ゴウッ!
 推力200トンを誇るメインスラスター2基が、一瞬で戦闘重量100トン強のジムを音速近くにまで加速させる。後方から、ほとんど同じような機動を行った小隊のジムが3機続く。
 あの鬼のような教官、それが女性の中尉なのだから呆れる、から叩き込まれたことは無駄になっていないようだ。なにしろ、肉体に直接叩き込まれた機動だ。無駄になってもらっても困る。
 無駄な思考が、コンマ数秒トールマイヤーの脳裏を過る。
 暗礁空域に漂うごみ、それはごみという表現ですまされる大きさではなかったが、から不意に飛び出してきたザクの放った曳光弾がはるか下方を流れていく。
 直線機動が主体である空間戦闘機には有効だったかもしれない実体弾火器も、ザク以上の自由機動が可能になったこのジムには、脅威ですらない。余程接近されて多数被弾という事態でもなければジムが、撃破される気遣いはなかった。
 無論例外はあるにしろ、ジムの機動性と装甲は、ザクに対して圧倒的に有利だった。
 同時に、分派した第2小隊のジムが、その発砲元へと向けてビームスプレーガンを雨あられと撃ち込む。淡いピンクのビームが、綺麗な直線を描いてザクのいる空間へと吸い込まれていく。
 無数に散らばるサイド4エリアのスターダストのいくつかを蒸発させながらも第2小隊各機の放ったビームは、その本来の役割を果たした。第2小隊各機の放ったメガビームの1条が、ザクの機体を見事に捉えたのだ。
 メインモニターに標的として補足していたザクは、ビクンと震え、トールマイヤーが、照準し、攻撃する前に撃破された。
 ピカッ!
 ほとんど同時に、その閃光は発せられた。
「マイ・ゴット・・・」
 まともに核融合炉を捉えたのだろう。
 コロニーの外壁を丸々1区画分吹き飛ばしてしまうほどの爆発が起こる。しかし、それが宇宙空間で起こっている以上、何程の影響もトールマイヤー達には及ぼさなかった。凶悪な核融合炉の爆発のエネルギーも、大半は宇宙空間に急速に拡散してしまうからだ。
 どんなに強大なエネルギーも、それを伝える媒介がなければ、脅威とはなりえないのだ。
 だからといって至近で爆発していいものではない。
 核融合炉の暴走が、あたりにまき散らす放射線は、あまりに近いとモビルスーツ程度の防護対策では十分とはいえない可能性もあるからだ。
 更に、違う種類の爆発が起こる。
 核融合炉の時とは違って赤みの強い爆発。ザクの推進剤タンクに命中したときに起こる特有のものだ。
 その赤黒い爆発が収まったところで戦闘空域に展開していた敵の全て・・・といっても4機でしかなかった、を撃破したということになる。
 サイド4空域で行動のとれなくなった仮装巡洋艦に搭載されていたそれが全てだったのだろう。ジムのモニタに表示されるデータ自体も戦闘が終息したことを知らせるデータしか表示しておらず、新たな敵が出現してくる兆候は全くなかった。
 最初の2機は、ザクよりはるかに感度の良いセンシングシステムを持つジムの先制攻撃によって狙撃、撃墜した。おそらく、陽動の任務を帯びていたに違いなかったが、ジムの攻撃兵器の射程を考えるならば、その機動はあまりに中途半端に過ぎた。
 ごみに潜んだ2機が、飛び出してきたときには多少驚きはしたが、2個小隊8機のジムの前には所詮敵ではなかった。
 どちらにしろ、敵はベテランではなかった。鬼教官の中尉に鍛え上げられた自分たちにとっては、物足りない相手でしかなかったのだ。
「准尉、敵艦が信号を送ってきています」
 トールマイヤー自身も、敵艦が送ってくる信号には気が付いていた。白の発光灯を規則正しく明滅させる、いわゆる宇宙救難信号、つまり、この場合は、恭順を示すものだった。
「了解した、2小隊は周辺宙域への警戒を続行せよ」
「ラジャ!准尉!」
 2小隊指揮官のウィルソン准尉が、小気味の良い返事を送って寄越す。仮装巡洋艦を、臨検しなくても良いから気楽なものだ。
「よし。ドーウェイ曹長は、エレナ曹長とともに私とレドウッド曹長を支援せよ!」
「了解!」
「了解です!!」
「了解!」
 3人がほとんど同時に返事を寄越す。
 レドウッド曹長のジムが、トールマイヤー機の真横、仮装巡洋艦から見て左側につき、更に3号機のドーウェイ機と4号機のエレナ機が、500メートルの距離をとってトールマイヤー機に後続する。
「敵が、抵抗した場合は、ただちに攻撃を開始せよ、前進!」
 トールマイヤーは、ジムを僅かに加速させ、第2小隊と分離し敵の仮装巡洋艦への接近コースにジムを乗せた。
 メインモニターの機体情報にちらりと視線をやる。
 オールブルー(異常なし)で、推進剤も先程と同程度の交戦なら2度行えるほど十分に残っている。相対距離計は、8000オーバーを指し、その値を急速に減らしていっていた。
 仮装巡洋艦は、全く動いていなかった。
 おそらく、機関故障によって完全停止を余儀なくされたのだろう。そして、制御バーニアや惰性を使いどうにか、このサイド4暗礁空域に潜り込んだのだ。しかし、運が悪かったことに軍用艦ほど廃熱処理が円滑に行かず、熱拡散の防御システムが構築されていない仮装巡洋艦であるがゆえに、連邦軍の哨戒部隊の探査システムに引っ掛かったというわけだ。
 仮装巡洋艦は、降伏信号を繰り返し発光させ続けている。
 危険な兆候はなかった。
「5000」
 隣に並んだレドウッド曹長が距離を読む。
 条約に定められた通りの接収手順を踏むべく、トールマイヤーは、敵の仮装巡洋艦に呼びかけた。
「こちらは、連邦宇宙軍第45哨戒隊、巡洋艦ブカレスト所属トールマイヤー准尉指揮下の連邦軍モビルスーツ隊である。貴船の船名と責任者を告げよ・・・繰り返す・・・」
 トールマイヤーは、やや緊張した声色を隠せないまま条約に則った内容で仮装巡洋艦に呼びかけた。連邦軍の指揮官として、恥じない呼びかけのはずだった。
『こちらはジオン公国第2仮装巡洋艦戦隊、フリーダ。フランツ・アードナー退役大佐の管理下にある』
 条約に則って同じ内容を繰り返すまでもなく仮装巡洋艦から返答が直ちに返ってきた。
 ごつごつした感じの男の声だった。
「アードナー大佐、積み荷を知らせ!」
『本船は、いっさいの積み荷を持たない』
「了解した・・・これより、本機が接舷し、臨検を行う・・・接舷箇所を指定されたし」
 返答を鵜呑みにするわけにはいかなかった。4機のザクが、交戦を仕掛けて来た以上、何らかの積み荷があって然るべきだ。「なお、全乗員を艦橋に集合させられたし」
『艦橋右舷側に接舷されたし、案内のものを接舷口から1名出す。全乗員を艦橋にて待機させる』
「了解、抵抗するな」
『分かっている』
 敵が、どこまで素直なのかは、全く予想が出来なかった。
 ジムに制動を掛けつつ、トールマイヤーは、敵の指定した接舷口にジムを近づけた。後方視認モニタには、レドウッド曹長のジムが、同じように減速するのが見て取れた。
「200」
 レドウッド曹長の読み上げと同時にトールマイヤー自身もモニタで相対距離を視認し、確認すると頭部の60ミリバルカン砲の安全装置を解除した。軍用艦と違って無装甲の仮装巡洋艦に対してであれば十分な制圧兵器になるだろう。もっとも、使用しないで済んでもらいたいものだとは思う。
 今のところ敵が何らかの抵抗をする素振りは見て取れなかった。戦場には、どんな些細な動きも見られなかった。
 100を切ったところで接舷を指定された付近のハッチが開き、ジオン兵が1人出て来た。接近してくるジムを見上げるような格好でハッチから出て来たジオン兵は、丸腰だった。
 距離計は、どんどんその値を縮めていき、12になったところで最終的な制動をトールマイヤーは掛けた。
 クンッ
 微かに身体が重力を感じ、ジムは、完全に仮装巡洋艦に対して停止した。レドウッド曹長のジムは、それを援護するように頭部を、つまり60ミリバルカン砲をこちらに向けていた。
 腰のホルスターから、連邦軍正式拳銃を抜き取るとそれを構え、トールマイヤーは、ジムのハッチを解放した。与圧されていたエアが、一気に抜ける。ハーネスを外したトールマイヤーは、拳銃を構えたまま外へと出た。
 迎えにでたジオン兵は、小柄な男だった。向けられた拳銃を見て軽く肩を竦め、両手を軽くあげた。銃口で、先に行くように促し、トールマイヤーは、ジオン兵の後からハッチに取りついた。
 その小柄ジオン兵に案内されて辿り着いた艦橋は、雑然としており、トールマイヤーが想像するよりずっと無機質なものだった。そして、集められた男達の数と年齢が更にトールマイヤーを驚かせた。僅か23人しかおらず、ほとんどの兵士が、自分の父親のような年齢にしか見えなかったのだ。イヤ、実際にそういった年齢なのだろう。戸惑うトールマイヤーに対して先に口を開いたのは、仮装巡洋艦の艦長だった。
「フランツ大佐だ。本艦は、貴官に対して降伏する。私を含めた乗員23名を南極条約にのっとて取り扱うことを本艦の責任者として要求する」
 艦長を名乗った男は、精悍そうな顔つきをしてはいたが、くたびれたところを隠しきれないでいるどう見ても60前の男だった。
 トールマイヤーは、拳銃を手にしたまま、しばし、呆然とした。
「不満かね?」
「・・・イヤ、本官は、南極条約に則って、貴官らを処遇することを約束する。その前に、大佐、貴艦の積み荷目録を提出してもらいたい」
「先程も申し上げたとおり、本艦にはいっさいの積み荷はない。調べていただいて結構だが?」
「では、何故、ザクは、無謀な戦闘を?我々の部隊規模が分からなかったのか?」
 トールマイヤーは、素直な疑問をぶつけた。明らかに、圧倒的な戦力の前には、降伏が然るべきと考えたからだ。
「旧式な本艦でも隠そうともせず最大戦速に近い速度で接近してくる君等は補足できた。もちろん、部隊規模も想像できたし、君等が、俄作りのモビルスーツを繰り出してくるのも」
「では、何故?貴艦が動けない以上無駄な戦闘では・・・」
 それを遮るようにフランツ大佐は、少し声を大きくしていった。
「勝てる戦争をするのばかりが軍人ではない。彼らは、根っからの軍人であり、モビルスーツパイロットだったのだ」
 そして、軍服の胸ポケットから鎖のついた認識票を4枚取り出した。
「出撃前に、彼らが置いていったものだ。分かるかね?」
 ぐいっと突き出された認識票をトールマイヤーは、拳銃を持っていない左手で受け取った。その1枚1枚が、つい先刻の戦闘でトールマイヤー達が撃墜したパイロットの名前を記したものだった。殺した男達の名前、その事実は、なんの心の準備もしていなかったトールマイヤーに重くのしかかった。モビルスーツを1機撃墜するということが、1人のパイロットを殺すという事実を不意に突きつけられたのだ。
 認識票がフランツ大佐の手元にあるということは、出撃に際して1人1人のパイロットがそれを然るべき決意の元に預けていったということにほかならなかった。死ぬことを覚悟した男達が、最後にどんな言葉をフランツ大佐と交わしたのか、あるいは、無言で手渡されたのか?それは全くトールマイヤーには想像できないことだった。
「・・・」
「さあ、南極条約に則って我々を処遇してくれたまえ」
 言葉を失ったままのトールマイヤーは、フランツ大佐に促されるまで、自分が何をなすべきなのかを失念してしまっていた。その言葉に我に返ったトールマイヤーは、まず、拳銃をホルスターに戻した。拳銃は、もはやなんの意味も持たないと分かったからだ。
 
 機関の回復の見込みがないジオン軍の仮装巡洋艦は、ランチによって乗員の退艦を行った後に本隊の巡洋艦のメガ粒子砲砲撃で破壊された。もちろん、積み荷はないというフランツ大佐の言葉は、正しかった。
 後で伝え聞いた話しによると、フランツ大佐達は、どんな任務を帯びてサイド4空域にいたのか一切漏らさなかったという。それを伝え聞いたとき、トールマイヤーは、仮装巡洋艦の本当の任務がなんだったのかが分かったような気がした。積み荷も、おそらく行先さえもない仮装巡洋艦の任務は、モビルスーツ・パイロット達を最後の戦闘に送りだすことだったのではないかと・・・。
 ただ、それが正しいのかどうかということは、決して明らかにされないことだった。けれど、あの時のフランツ大佐の表情を思い返すなら、確信に近いかたちでそうに違いないと思えたのだ。
 しかし、確信したということと理解したということは全くの別物だった。終戦して2年が経とうとしている現状であってさえ、今はなきジオン公国の名の元に戦う男達の気概・・・それは、一生かかってもトールマイヤーには、理解できそうになかった。

お終い