War comrades

 

 

 気が付いたときには、モニタに映し出されているのは僅かな数のジムと、奇跡的に生き残った1機のボールだけだった。
「こちら3中隊指揮官、サーク・レッド少尉・・・状況知らせ・・・繰り返す、状況知らせ!」
 サーク少尉は、まるで機械のように、全く感情のこもらない声で自分がなすべきことをマニュアルの手順通りに実施していた。ざっと見回すかぎり、S型の機体をセンシングすることができなかったからだ。
 つまり、ここでの先任は、自分以外にありえないということだ。
「こちら、ジム21−03(にいいちまるさん)機体損傷著しい・・・推進剤残量希少、戦闘続行不能」
「こちらジム11−02・・・」
 サーク少尉の呼びかけに応えたのは、僅かに4機のジムと1機のボールでしかなかった。これが、ジムだけに限ってみても大隊規模で戦闘を始めた結果とは到底思えなかった。信じられない戦闘結果だった。
 そして、自分の所属する第1中隊のパイロットがだれ1人として生き残っていないことが、サーク少尉を戦慄させた。そう、彼の指揮下のパイロットは、全員が、少なくとも現状では、戦死した可能性が極めて高いのだった。
「集合せよ!集合せよ!」
 指揮下のパイロットが、だれ1人として生き残っていないということは、恐怖にほかならなかったが、サークは、自分が行わねばならない責務のお陰でかろうじて精神の均衡を保つことに成功していた。
(この分だと、母艦の方も酷いことになっているに違いない・・・)
 たった1機の、それがたとえ巨大であると言っても、のモビルアーマーに蹂躙された結果、中隊単位のゲルググの突破を許してしまったのたのだ。直掩隊が、多少奮戦してもサラミス級の2隻や3隻は食われているはずだった。
 そうならないための迎撃部隊が、自分たちであり、中隊単位のモビルスーツの突破を許すことなど想定していないのだから当然だった。
 
 迎撃戦闘は、ジオンの残党が実施した大規模な反政府運動を封殺する作戦の1つだった。
 サーク少尉が、所属する艦隊は、雨後の筍のように突発する緊急事態に対応するべくコンペイトウから出撃した部隊の1つに過ぎなかった。つまり、泥縄式に行われていった鎮圧作戦の1つに参加させられていたというわけだ。無論、緻密な行動計画などあるわけもなく、与えられた作戦は、作戦と呼ぶのもおこがましいが、ジオン残党部隊を捕捉し、それを撃破せよ!と言う闇雲なものだった。
 つまり、出撃し、敵を発見し、叩け!というものでしかなかった。もちろん、進撃方位など示されもしない。
 コンペイトウ空域で起こった悲劇は、後にジオンが喧伝するほど多くの被害を出したわけではなかったが、式典をつかさどっていた旗艦を沈めたという一点において連邦軍を混乱に陥れることに成功していた。そうした混乱の中で泥縄式に出される命令は、ジオン軍を利することはあっても、有効な鎮圧作戦に結びつく道理がなかった。
 サーク少尉の所属する艦隊が、出撃したその日は、艦隊規模で出撃した方面に、わずかばかりのジオン仮装巡洋艦部隊しかいなかったり、逆に、単艦で出撃した連邦軍艦艇が、有力なジオン艦隊に殲滅される・・・そういった不条理な戦闘があちこちの空間で際限なく繰り広げられていた当日だった。
 全く統制のとれていない戦闘があちらこちらで繰り広げられている中にあって、サーク少尉が所属する艦隊は、それなりに戦力が整った部隊の1つだった。改マゼラン級2隻にサラミス級を改良したモビルスーツ運搬艦が2隻、改サラミス級が4隻からなり、これにパブリク突撃艇母艦が1隻随伴していた。
 モビルスーツ戦力に限ってみても運搬艦が2隻編入されていることによって50機近くを擁し、それにパブリクが12艇、更にボールが20機投入できた。
 そして、これだけの戦力を有する艦隊が捕捉したのは、グワジン級を含むとはいえ、総計6隻からなる艦隊でしかなかった。推測される搭載モビルスーツ数は、多く見積もっても30機、たとえ敵の主戦力がゲルググと呼ばれるジオン軍の後期生産型主力モビルスーツであったとしても戦後高性能化の進んだジムを主力とする連邦軍部隊にとって臆する必要性など皆無だった。
 艦隊司令官は、全く持って合理的に判断し、 これを捕捉殲滅するために、全力をもって臨んだ。直掩に10機のジムを残し、残りの全戦力を敵艦隊攻撃に充てるというものだった。
 そして、それは、的を得ているように思えた。いや、むしろ、敵の戦力は、艦隊司令が想像するよりずっと少なかった。
 ジオン軍が、出撃させたモビルスーツの数は20機前後でしかなかったからだ。
 
「敵中央、巨大なモビルアーマー、各機注意!第3中隊が中心に攻撃せよ!」
 モビルスーツ隊の指揮官、ジェラルド少佐は、全く持って合理的な判断を下し、命令した。「第1中隊及び第2中隊各機は、敵のモビルスーツを各個撃破せよ!」
 巨大といえども、所詮は1機のモビルアーマーであり、戦後になって収集されたデータから鑑みるならば、戦後になって急速に火力が上昇し、単機あたりの戦闘力が大幅にアップしたジムの改良型にとっては、脅威にならないと判断したのだった。
 それでも、1個中隊を振り向けたのは、全く識別コードにない新型のモビルアーマーだったからにほかならない。新型のバージョン3になったジムキャノンを含む第3中隊は、敵がたとえiフィールドを装備していようと問題なく識別不明のモビルアーマーをノックダウンできるはずだった。
 だとすれば、ゲルググを主体とするといっても全てがそうではなく数に劣るモビルスーツ部隊は、問題でもない、それは全く、合理的な判断だった。
 
 巨大モビルアーマーの迎撃を求められたサーク自身、さっさとことを終わらせて、単機のモビルアーマーを撃破するよりは、余程戦闘時間が長引くであろう、対モビルスーツ戦闘に加勢するつもりだった。
 自分の1年戦争での物足りないスコアを伸ばすのには、格好の戦闘であるとも思っていた。
 相対距離が、10000メートルから始めたビーム砲攻撃が、敵のiフィールドによって全く無効であると知ってもサークは、焦ったりなんかしなかった。
「各機、2種装備に変更!肉薄してバズーカを叩き込め!3小隊、ジムキャノンは、アレクセイ准尉の指揮下、支援砲撃を接近しつつ実施せよ!」
 冷静に命令を下せたのも、ジオンがiフィールド装備のモビルアーマーを投入してくることがすでに想定されていたからだ。
 バージョン3になったジムキャノンが発射する280ミリキャノン砲は、ブースターを採用することによって最終弾頭速度を2000メートル毎秒近くにまで加速でき、その弾頭重量と充填された高性能火薬によって艦艇にさえ重大なダメージを与えることが可能だった。アナハイム社が加えた改良の中でも優れたものの1つとして知られ、ジムキャノンの決定版ともいわれている機体だ。
 またジムが、装備するバズーカー砲の弾頭も戦後に加えられた改良によって800ミリ前後の装甲板をも物ともしない威力を持たされていた。
 ジムキャノン4機による弾幕砲撃と、接近したジム8機によるバズーカの集中射撃は、いかに大型といえども、ジオンのモビルスーツに致命的打撃を与えずにはおかないはずだった。
 また、3小隊のジムは、J型にあってもJ−aeに分類され、アナハイム社製のメインスラスターバーニアを装備した改良型だった。その性能は、アナハイム社の技術者の言うことが正しいならば、こと加速性能に限るならば現存するジムの中でもっとも優秀だと言われていた。
 つまり、アンノウンの巨大もビルアーマーといえども恐れるどおりは全くないと言うことだった。
「2小隊は、左翼から!1小隊各機は、わたしとともに右翼から敵を挟撃する!!」
 敵の巨大モビルアーマーが、援護機も付けずに、突出しつつある自分たちに向ってくることにサークは、軽い興奮を覚えながら命令を下した。いや、怒りもある。12機ものモビルスーツを、図体がでかいからと言ってなめてかかってきていることが気に入らなかったからだ。
(思い知らせてやる!)
 サークは、不敵にひとりごちた。
 
 だが・・・ことを思い通りに運んだのは、ジオンの方だった。いや、ジオンの方というよりは、化け物モビルアーマーの方と表現したほうが的確だったかもしれない。
 モビルスーツ戦闘は、控えめに見ても互角だったのだから。
 違ったのは、化け物モビルアーマーの機動力と火力、そして、それを自在に操っているパイロットだった。
 化け物は、まず右翼に展開したガーデン准尉指揮下の2小隊に襲い掛かった。3小隊が、張るキャノン砲の弾幕を物ともせずに接近してきた化け物は、2小隊自身が放つバズーカー砲の攻撃をもことごとく躱したかと思うと、その機体中からビームを発した。
 それは、想像もつかない重火力だった。
 1斉射、2斉射・・・3斉射目には、全てが終わっていた。
 スクア曹長のジムが、真っ先にビームの直撃の中で核融合炉を暴走させ、その全てが終わらないうちに、小隊長のガーデン准尉の機体が蒸発していた。
 そして、化け物は、あろうことか、サークの1小隊を無視して、支援砲撃を行っていた3小隊へと襲い掛かった。1年戦争時のガンキャノンに較べるならば余程機動性が上がったジムキャノンとはいえ、その機動性は、化け物の足元にも及んでいなかった。アレクセイ准尉達の悲鳴にも似た助けを求める通信は、しかし、いくらも続かなかった。
 ジムキャノン小隊のまっただ中に飛び込んだ化け物は、巨大なアームとそれが扱うビームサーベルによって瞬く間に4機のジムキャノンをその搭乗パイロットともに葬り去ったのだ。指揮官機のアレクセイ准尉機が、真っ先に撃破され、キラオ曹長やムサシ曹長は、全く抵抗すら出来ずに撃破されていった。
「小隊各機、敵の突破を許すな!全力加速!!」
 頭に血の上ったサーク少尉は、推進剤の残量を無視した加速を命じた。そうでもしなければ、化け物モビルアーマーは、自分たちを無視して被害を拡大し続けるに違いなかったからだ。
 ゴウッ!!
 ジムに出来る最大加速を強い、サーク小隊は、化け物との距離を詰めようとした。確かに、新型スラスターの推進力は、絶大だった。けれど、それが致命的になった。
 化け物のパイロットは、自分たちを無視したのではなかったからだ。
 きちんと、置き土産を置いていったのだ。
 それは、後方に向けて発射された4つの巨大なミサイルだった。いや、多弾頭ミサイルの母体キャニスターといったほうが適切だったろう。
 敵に無視された、そこから産まれた焦りにつけ込まれた格好で、サーク小隊は、4発のキャニスターの作りだす危害空域に深入りしすぎた。新型スラスターによって十分に加速を得ていた4機のジムにとってその危害空間を避けることは困難だった。
「レッド少尉!」
 2番機のイサカ准尉が、警告を発したときには、全てが遅かった。サーク小隊の至近にまで迫った4発のキャニスターは、数えきれないほどのミサイルを一斉に空域全体にまき散らし始めていた。
 無数のミサイルが乱舞する空間の中で、ディスィズ曹長のジムが・・・フクヤマ曹長のジムが・・・そして、サークを庇うようにイサカ准尉のジムが、ミサイルの直撃の中で四散していったのだ・・・。そして、至近で爆発したミサイルの一発によってサーク自身のジムもまた、自由機動できなくなっていた。
 
 サークの3中隊を突破した化け物の戦闘加入によって互角の戦闘から優位な戦闘に移ろうとしていた1中隊と2中隊のジム各機は、あっというまに劣勢を余儀なくされた。
 そうたった1機のモビルアーマーによって戦闘の流れは、あまりに急激、そして、劇的に変わってしまったのだった。
 後のことで憶えていることは、あまりにも少ない・・・。
 1中隊と2中隊のモビルスーツを嬲るように1機、また1機と撃墜していく化け物モビルアーマーの機動を、呆然としながら見つめただけだった。
 
「レッド少尉指示を・・・」
 残存機のジムのパイロットが、呼びかけてきた。
 おそらく、呆然とした時間があまりにも長かったのだろう。
「残存、各機、我に続け!艦隊方向に帰還する・・・敵の存在に注意を払いつつ・・・」
 分かり切ったことを命じながらサークは、泣いていた。声の震えでたとえ、それが分かっても構わなかった。
 
 いつも豪快に笑い、ビールを片時も放さなかったガーデン准尉、フィアンセを泣かすようなことをしたら中隊長でも許しませんよ!常々そういっていたイサカ准尉、人付き合いが上手いわけではなかったけれど、任務は忠実にこなすアレクセイ准尉・・・サークの大切な、そして、信頼のおける部下達の一人だってもうこの世にはいなくなったのだから。
 こんなときに、涙を流さずにいつ流せというのだろう?
 キラオ曹長やディスィズ曹長・・・若い彼らには、語り尽くせないほどの夢があったはずだ・・・。
 そして、最後のイサカ准尉の機動。
 あれは、間違いなくサークを庇う機動だった。
「俺は、俺は・・・そうしてもらうだけの価値がある男なのか・・・イサカ・・・」
 サークは、声に出して泣いた・・・今は、誰も彼を責めることはない・・・そして、今後も・・・。かけがえのない戦友達を一瞬で失ったことの衝撃は、サークに人生最大の衝撃となって襲い掛かった。
 
 後に、サークは、自分が戦った相手が『ソロモンの悪夢』と、渾名され、連邦兵を恐怖のどん底に陥れた男が操る新型モビルアーマーだったことを知ったが、それはなんの慰めにもならなかった。
 ただ1つ救われることがあったとすれば、続く戦闘でその巨大モビルアーマーが、撃破されたという点においてだけだった。それは、同時に、サークから復讐する機会を永遠に奪ったかたちになったのだけれど・・・。
 
 この日、地球圏は、再び多くの戦う者たちを二度と帰ることのない旅立ちへと送りだした。その中に自分がいなかったことを後悔しないでいられるようになるまでに、サークは多くの時間を他の生き残った者たちとともに費やすることになった。

お終い