- 「新しいパイロットを紹介する。デュロク・ルリエル曹長だ。アクセル曹長とは同期だったな?」
- トレイル中佐は、そういいながら違和感を覚えずにはいられなかった。少し前に思ったとおり新しいパイロットを紹介することになったことについては、トレイル中佐が思った通りだった。しかし、紹介される側にコニー・アクセル曹長が立っていることが多少の驚きであり、中佐に違和感を感じさせているのだ。
- トレイル中佐は、アクセル曹長を紹介したときに曹長が生き残れるとは少しも思っていなかったのだ。まあ、良かったといえばスコーラン曹長も重傷こそ負ったが、取り敢えず死にはしていないことだ。
- 「ええ、そうです」
- デュロク曹長は、緊張した面持ちで返事をした。
- その緊張でがちがちになった新しいパイロット、ルリエル曹長を見ながらトレイル中佐は、思った。同じ同期生であるはずなのにアクセル曹長の方が、いっぱしの兵士面をしている。アクセル曹長が配属されてきたとき、ついこの前のことだ、こんなに子供っぽいパイロットが実戦に耐えられるのか?と思ったものだ。
- だが、おおかたの予想に反してそのアクセル曹長は生き残っていたし、敵を2機撃破してもいる。つまり、今の段階では間違いなくアクセル曹長の方がパイロットとしては有用なのだ。しかし、手元にある身上書をアクセル曹長と比べてみると明らかにそれは正反対だった。もちろん、身上書上、優秀なのは新しくやって来たデュロク曹長だった。ほとんど非の打ち所が無いと言ってよかった。なぜ最前線のパイロットとして送り込まれてきたのか思わず頭を捻ってしまったアクセル曹長とほとんど正反対の評価がされているといってよかった。もしも、実戦経験を考慮しなければ部隊指揮官が欲しがるのは間違いなくデュロク曹長の方に違いなかった。
- いうならば、同期生の中での優等生と劣等生が同じ部隊にやって来たということができる。
- そんなことを思いながらトレイル中佐は、まず第1小隊から紹介を始めた。
- 「マクレガー大尉、この74戦隊のモビルスーツ隊の指揮官で、君の直属でもある」
- デュロク曹長が、軽く頭を下げる。
- 「アレクシア少尉だ。それと知っているとは思うが、アクセル曹長だ」
- アレクシア少尉が、なぜか不機嫌そうにしているのがトレイル中佐には腑に落ちなかった。アレクシア少尉が、変則的な小隊編成をマクレガー大尉に認めさせたにもかかわらずその編成で出撃する機会が無かったことが原因だということまではトレイル中佐には分からないことだった。
- しかし、それほど気にすることでもないと思う。もともとパイロットという人種は、扱いにくいと相場は決まっているのだ。その中でアレクシア少尉は、特に扱いにくいというだけの話だからだ。
- 「第2小隊は、ハミルトン中尉が指揮をとっている。ラス准尉、ホワン曹長、それにホンバート曹長だ」
- 結局パイロットの資質というものが、実戦ではほとんど関係ないらしい事は2小隊の面々を見ても分かる。ハミルトン中尉は一応指揮官だから別にしても他の3人は、一癖も二癖もあるメンバーだった。
- 一見、全く問題がないように見えるラス准尉も、軍に入隊する以前の経歴については全く不明だ。ご丁寧にも、配属されてきた際に前歴については一切不問にすること、と記されていたのだから何をかいわん、である。いったい、なぜそういった怪しい人物が、最新鋭の機体を任されるのか?トレイル中佐には不思議でならなかった。
- ハルゼイ艦長は、ああいった性格だから全く頓着していないようだったが、トレイル中佐にとっては納得のいかないことの1つだった。しかし、そのラス准尉の撃墜戦果は、マクレガー大尉と同じで部隊では同率2位なのだ。
- ホワン曹長は、前歴こそ優秀だったが決して他人と打ち解けようとはせず何でもかんでも斜に見るところがあったし、ホンバート曹長に至っては敵前逃亡の疑いをかけられている。
- こうしてみると第2小隊の編成というのは、部隊結成当時にそこそこエリートを集めていた第1小隊とは大違いだった。もっともそれも今ではマクレガー大尉とアレクシア少尉しか残ってはいなかったのだけれど。
- まるで、問題児とエリートを比較するために編成されたかのようだった。
- 結果的にはどうなのだろう?とトレイル中佐は考えた。もちろん、今もそういった意味ではその実験は進行形なのだろうけれど。戦果的には、アレクシア少尉の存在によって第1小隊が一歩リードする形になってはいたが、総合的には第2小隊に分があるような気がトレイル中佐にはしていた。第2小隊は、戦果的にこそ第1小隊にいま一歩及んでいなかったが、部隊結成以来、再三損傷機こそ出してはいたがメンバーの入れ替えはない。つまり、誰も戦死者を出していないということだった。
- 逆に第1小隊は、2人の戦死者とスコーラン曹長を含む2名の重傷者を出していた。そして、1人がいわゆる戦争神経症に罹って後方へ送り返されている。
- 「以上が、我が隊のモビルスーツパイロットだ。艦内の施設については大尉に教えてもらうといい」
- 全員を紹介し終わって振り返るとトレイル中佐は、ルリエル曹長を促した。
- 「ハイ、よろしくお願いします」
- (実験部隊か・・・)
- 新しいメンバーを含めて艦橋から、出ていく8人のパイロットを見送りながら心の中で呟いた。当たらずとも遠からずといったところだろう。『ナイル』自体が、新しい艦種の1番最初の就役艦ということもそうだったし、モビルスーツを組織的に宇宙で運用する最初の部隊のうちの1つであるということもそうだった。
- 全員が、エレベーターの中に消えるのを見届けてからトレイル中佐は、ハルゼイ艦長の方へ体を流した。
- 「今度のパイロットは優秀なようですよ、艦長」
- 手にした身上書を閉じて艦長に手渡しながらトレイル中佐は、小さな声でいった。
- 「今度、も、だろう?中佐」
- ハルゼイ艦長は、身上書には目を通さず脇の書類ホルダーにしまい込み補給艦からもたらされた命令書を再び開きながらいった。
- 「すみません。そのようですね」
- トレイル中佐が、苦笑いをして軽く詫びるのににこりとしながらハルゼイ艦長は、開いた命令書に目を通した。ほんの僅かな時間で目を通してしまうとハルゼイ艦長は一言添えて命令書をトレイル中佐に渡した。
- 「今度も前のようにうまくいくとは限らん。気を引き締めねばな」
- 気を引き締めなければならない、こんなフレーズをハルゼイ艦長がいうのは初めてのことだった。
- 命令の内容自体は以前に1度見たことがあるものだったが、命令が、前回とほぼ同じものだからといって同じように無事で済むわけにはいかないということはトレイル中佐にも理解できた。
- 前回は、ジオン軍が連邦軍の地球周回軌道上での作戦行動を予期していなかったため半ば奇襲のような効果を連邦軍にもたらした。その結果、連邦軍は、最小限の損失で最大限の効果を上げることに成功し、一時的とは言え地球周回軌道の制宙権を奪取することに成功していた。同じような僥倖に恵まれるなどということがある筈が無い以上、今回の軌道上への進出は、相当な困難を伴うに違いなかった。
- 「まあ、思うほど大変ではないかも知れんぞ」
- トレイル中佐が、難しそうな顔をするのに笑顔でハルゼイ艦長はいった。
- ハルゼイ艦長が、半分は気休めだったとしても笑顔でいったのは、命令の捉えようによっては前回ほど積極的な行動を求められていないようにもとれるからだった。この辺りの命令の解釈の仕方は、それを受けた艦長のセンス次第になるのだが、今は、考えないでおくことにハルゼイ艦長はした。
- 「だと、いいんですが」
- トレイル中佐もハルゼイ艦長の笑顔の意味がわからないわけではなかったが、ジオン制圧下の空域で行動する以上、ハルゼイ艦長ほど楽観的に慣れなかった。
- 「ボール隊に収艦命令を出してくれ。収艦終了次第、本艦は地球周回軌道へ向かう」
- 「ボール隊には、発光信号で伝えますか?」
- 無線通信が不確実である現在、発光信号がより確実だったが、場合によっては遠方の敵を呼び込むことにもなりかねないためラインバック伍長は、意見を具申した。
- 「発光信号の使用を許可する」
- ほとんど間を置かずにハルゼイ艦長は発光信号の使用を許可した。
- 程なく、『ナイル』から青3つの後退信号が打ちだされた。ピケットを張っている8機、全てのボールから了解した主旨を知らせる発光信号が返されて来るのには1分も掛からなかった。
- 「ボール全機、確認」
- ササキ曹長が、8機全部の発光信号を確認して報告した。
- 「よろしい。少佐、全機の収艦終了次第直ちに軌道変更120だ。ササキ曹長、進路を調べてくれたまえ」
- ハルゼイ艦長は、トレイル中佐を傍らにしたままで地球周回軌道上に進出するための命令を矢継ぎ早に下した。
- 「軌道変更120了解、速力はどうしますか?」
- マクレガー少佐が、舵輪を回しながら聞いた。全く持って時代的な操縦方法だとトレイル中佐は、思ったが意外と直感的で操縦しやすいのだと聞かされていた。
- 「うむ、速力は第2戦速でいこう」
- 「第2戦速、了解です」
- 「艦隊速力、第2戦速」
- マクレガー少佐が、復唱し、ラインバック伍長が74戦隊の各艦にレーザー通信で伝達する。
- 「進路、第3戦闘ラインエリアまでクリア」
- 最後にササキ曹長が、進路のクリアを伝えると艦橋は、再び静まり返った。
-
- 「あんた、この子とは同期なんだって?」
- パイロット待機室に入ってしばらくしてレイチェルは、新しい仲間に話し掛けた。
- 「えっ、ええ、そうです。ジャブローのモビルスーツ教導団に同じときに入隊しました」
- いきなり美人の少尉にあんた呼ばわりされて面食らいながらもデュロクは、返事をした。それに、この子というのが誰のことをいっているのかを理解するのにも少し時間がかかった。ふと、大尉の方を見ると興味がないのか知らないふりをして何かのマニュアルに大尉は、目を通していた。
- コニーはというと、こっちに関心を持ってはいるようだったけれど目は合わせないようにしている様子だった。
- 「へ〜、ジャブローでね。で、この子とどっちがましなの?」
- 「まし?ましって何がでしょう?」
- いきなり何を聞かれてたのかさっぱりわからずにデュロクは、あたふたした。
- 「教導部隊での成績に決まってるでしょう?他に何か比べるところでもあるの?」
- 長い脚を組み替えながらレイチェル少尉は、いった。
- 「え、それは・・・」
- デュロクは、コニーの方にちらりと視線をやった。案の定、目と目が合った。どう答えたらいいのか?デュロクは、一瞬だけ迷った。「いいライバルでした」
- それ以上は、本人がいる前ではいえなかった。
- 「っていうことは、2人とも落ちこぼれだったっていうこと?」
- レイチェル少尉が、がっかりするのがわかった。「まあ、この子と同期っていうから想像はついてたし、期待もしてなかったけどね」
- そして、さもがっかりだというようにレイチェル少尉は、肩を大袈裟にすくめた。
- 「い、いえ、そんなことはないです・・・少尉」
- もう、喉元まで自分は教導団の中ではエリートだったといいそうになったけれどそうしたらコニーがヘソを曲げそうだった。ヘソを曲げたコニーほど扱いにくいものはないことを知っているデュロクとしては本人を目の前にしていえなかった。
- もっとも、レイチェル少尉に教導団でエリートだったといっても軽くはなで笑われてお終いだということまでデュロクにはまだわかっていなかった。
- 「あら?同じなんでしょう?この子と同じレベルなんだったら落ちこぼれってことよ。まあ、どうせ明日か明後日には実戦だから、そこで分かるってもんだけど」
- それだけいうともう新しいオモチャに飽きた子供のようにレイチェル少尉は、デュロクに興味を失ったらしく脇にあったファッション誌を拾い上げるとページをぱらぱらとめくり始めた。レイチェル少尉の中でのデュロクは、格好はいいけどやっぱりガキはガキね、というものになった。
- デュロクのほうはというとレイチェル少尉に対してそういった感想を持つこともなかった。最後に言われた言葉でそういう余裕がなくなったのだ。
- 正規のパイロットとして配属されたとはいってもルナ2にいるかぎりジオン軍の襲撃など受ける道理もなく、安穏とした部隊生活を過ごしてきていたデュロクにとって、実戦という言葉は、衝撃以外の何ものでもなかった。部隊指揮官こそ今までとは違う上官であり、教導団時代との編成も若干違ったが、部隊を構成する兵士は全員が教導団時代の同期生だったのだから安穏としてしまうのは仕方がないといえば仕方ない。
- 見る見る血の気が引いていくデュロクを見かねて声を掛けたのはマクレガー大尉だった。何気ない一言が、新兵を萎縮させてしまうんだぞ、とレイチェル少尉にいいたいところだったが、それは無理な相談だった。かといって萎縮したデュロクを放っておくわけにもいかず、他に誰も解きほぐす人間がいない以上、自分がやるしかないとマクレガー大尉は、思ったのだ。
- 「曹長、心配しなくていいぞ。1小隊は、後衛に廻るからな」
- レイチェル少尉が、雑誌から視線を外し、マクレガー大尉の方に一瞥をくれたが、大尉はそれには気が付かないふりをした。「なにしろ、1小隊には、2人も新兵がいるんだ。そんな小隊を前衛に出すほど俺達の艦長は、ずれてはいないからな」
- 今度は、コニー曹長が、何か言いたげにこちらに顔を向けたが、何がいいたいのかは百も承知だったので無視した。もう新兵ではありません、ぐらいをいいたいのだろうが、大尉に言わせればまだまだコニーは新兵だった。この点はだけは、レイチェル少尉と意見は合いそうだったが、大尉を困らせるという点ではレイチェル少尉の方がずっと格上だ。きっと自分ほど部下に恵まれていない小隊指揮官は他にいないと思うと泣けてきそうになった。
- 「は、はい」
- 血の気の引いた顔を向けてデュロクはいった。
- そんなデュロクの顔を見て苦笑したいのを必至で堪えながらマクレガー大尉は、少なくとも出撃まで12時間はあることに感謝した。きっとこの聡明そうな青年は、それだけの時間があればきっと自分の中で折り合いがつけられるに違いと思えたからだ。
- ちらりと視線をレイチェル少尉にやると、後衛になることをうすうすは気が付いていたに違いないが、実際にそうだというのを聞かされてご機嫌斜めの様子だった。こちらの方は、時間が経ったからといって特にどうかなるということはなさそうだったが、出撃してしまえばそれでいいはずだった。思う存分に暴れたあとは、大抵、機嫌が治っているからだ。問題は、後衛ということで、レイチェル少尉が、憂さを晴らせるほどの戦闘になるかということだったが、その点についても、マクレガー大尉は、心配していなかった。戦闘とは不確定要素の塊みたいなものだからだ。2小隊が、前衛を務めるからといって敵の突破を完全に防げることはないからだ。完全に防げるのならば後衛は必要ないということになる。
- デュロク曹長に心配ないと言ったのは、ウソではなかったが、本当でもなかった。前衛に比べればという比較論でしかなかったが、ウソも方便という言葉もあるし、デュロク曹長の精神を整えるためには必要なことでもあった。
- 2小隊を突破してきた敵は・・・、マクレガー大尉は、思った。俺とレイチェルで叩き落としてやるさ、と。
- コニー曹長が、デュロク曹長の横に席を移すのを見ながら、もうこれ以上自分の小隊から戦死者も負傷者も出ないことを祈った。味方機が、撃墜されたときのなんともやり切れない気分は、もう2度と味わいたくなかった。
-
- 「大丈夫よ、デュロク、あんただったら」
- コニーが、自分の隣にいつの間にか来ていたことにも気が付かなかったデュロクは、突然声を掛けられて驚いた。「なに、びびってんのよ」
- 「び、びびってなんかないさ」
- 優等生だった自分が、劣等生だったコニーに励まされている現実に、デュロクは、泣きたくなった。それでも仕方がないと思えるのは、劣等生のコニーが、不安そうな素振りを全く感じさせていないからだった。もっともコニーは、もともと不安とは無縁のような女性ではあった。
- もっとも、コニーが不安を全く感じていないかというとそうではなかったが、少なくともデュロクにはそう思えたのだ。
- それに引き換え、自分はというと自分でも情けなくなるほど不安でいっぱいなのだ。
- 「ふ〜ん、だったらいいけど。みんなは、元気にしてるの?」
- 教導団にいるときだったらもっとからかっていただろうけれど、今は、からかうなんて考えもしなかったし、これ以上、心配するのもデュロクのプライドを傷つけちゃうんじゃないか?と思ってコニーは、話題を変えた。
- 「もちろんさ・・・」
- といいかけて、デュロクは、思い出した。「ハンセンが、あいつ盲腸になって地球に送り返されることになったんだ。本当ならあいつを見送るはずだったんだけど、俺の方が先にこっちへ来ることになっちゃったというわけさ」
- ハンセンが、盲腸と聞かされたときは、運のないやつだと思ったけれど、今は自分が盲腸になっていればとさえ思えた。そうすれば、少なくとも劣等生のコニーにこんなみっともない自分を見せずに済んでいたのだ。
- 「あのハンセンが盲腸?」
- 思わずコニーの声は、大きくなった。レイチェル少尉が、ちらっと怪訝そうな顔を向けて、コニーは首をほんのちょっぴりすくめた。ハンセンとは、健康を絵に描いたような大男だったから、コニーには信じられなかったのだ。
- 「ああ、分かんないもんさ」
- 「それをいうならあんたも、わたしもね」
- 「確かに、こんなところにいるんだものな・・・」
- みっともないところを見せたくなかったと思いながらもデュロクは、この部隊にコニーがいてくれたことに本当に感謝してもいた。知らない上官だけだったらいくら元気づけられてもこの萎縮は消えてなくならなかっただろうし、部下であれば、虚勢を張らなければならないというストレスにさらされていただろうからだ。それは、同じ階級であっても見知らぬ他人であれば同じだった。
- 2人が教導団で同じ時間を過ごしたのは、たった1カ月という短い期間でしかなかったが、同じ訓練を耐えてきた仲間だった。
- コニーは、あれやこれやと同期の話を聞きたがった。その1つ1つに答えてやりながら屈託のない笑顔を見せるコニーがいてくれたことにやっぱり感謝すべきなんだと思いながらデュロクは、たわいのない話を続けた。本来なら戒められて然るべきだったが、顔面蒼白なまま戦闘に参加されても困ることを思えば、今日1日は大目に見てやるべきことだった。
-
- それぞれの思いを乗せたまま74戦隊は、地球周回軌道への移動を続行していた。この日、74戦隊と同じ任務を受けて地球周回軌道上に展開しつつある艦隊、及び部隊は74戦隊を含めて6個あった。
- この6個のうち、4個は同一の指揮下で展開をしていた。
- 同一の指揮下にないのはL4空域の哨戒任務に当たっていた74戦隊とそれを支援していた73戦隊(とはいっても73戦隊は直接74戦隊と行動を共にしていたわけではなかった)だった。
- 73戦隊と74戦隊がL4空域に位置していたこともあってこの2戦隊が、ルナ2から見てサイド3に面する地球空域の左半分を、残りの4個部隊が、右半分を目指していた。それぞれの部隊に与えられた命令は、前回と同じく地球周回軌道上の一時的制圧だった。いったい何の目的を持って徒にジオン軍を刺激するのか知らされないままに6個の艦隊は、それぞれが指定された空域を目指した。
-
- 翌日、11月24日の宇宙標準時の早くからこれらの艦隊は、新しく装備を改変されたジオン軍パトロール艦隊と個々に接触を始めた。実際に交戦をした部隊は2個でしかなく、それもほんの小競り合い程度でしかなかったが、それぞれの艦隊が牽制をしあい、地球周回軌道上の月側は一見すると一触即発の状態に突入した。この状態は、11月の終わりまで続いたのだけれど、双方が互いに現状以上の戦力を増強したり、積極的な行動を取ろうとしなかったために展開している戦力規模から考えるならば恐ろしく低調な推移を見せた。
- そうなったのには、双方にそれなりの理由があった。
- 連邦軍は、牽制以上の行動を各部隊に求めなかった。特に、73戦隊と74戦隊以外の部隊は敵との積極的交戦をその命令書の中で戒められていたほどだった。2つの部隊以外は、ルナ2の正規戦力に既に組み込まれていたからだ。つまり、既に連邦軍は、この後の一連の作戦を視野に入れた部隊運用を始めていたのだ。ジオンに比べれば余程予備戦力に余裕があるとはいっても実戦経験を積んだ部隊を徒に消耗していいほど連邦軍にも戦力的余裕があるわけではなかったからだ。
- 一方のジオン軍は、戦力の絶対的不足をきたし始めていたと同時に、各パトロール部隊の司令官が装備改変を受けたばかりのモビルスーツ隊を出撃させることを嫌ったことに原因があった。当時、6ないし7個のパトロール部隊が展開していたとされるが、そのほとんどが2週間以内に装備の改変を受けていたのだ。つまり部隊の運用するモビルスーツはザクからリック・ドムに改変されたばかりだったのだ。リック・ドムがいかにザクより優秀な機体とはいえ、まだ慣熟したとは到底いえない状況下でのモビルスーツの運用を各パトロール艦隊の指揮官は嫌ったのだ。
- 後に連邦軍のこの一連の作戦行動がグラナダへの強襲作戦、事実上奇襲になったのだがそれは偶然がもたらした結果に過ぎない、のためのものであるということが明かされたが、当時、ジオン側は当然として連邦軍側でも作戦に参加していたもののほとんどが預かり知らぬことだった。つまり、連邦軍の第7番目の部隊が、他の部隊が目を引きつけているうちにジオン軍の哨戒網を突破していたわけだった。
- ただ兵士達は、自分たちが生き延びるために必死にそれぞれに与えられた任務こなしていたにすぎなかった。
- そして、皮肉なことにこの1週間足らずの地球周回軌道上でのお互いのにらみ合いの中でもっとも激しい戦闘を行ったのは、人命というものを考えるのならば月への強襲というとんでもなくナンセンスな作戦を偶然から成功させてしまった第7番目の部隊だった。グラナダから、月にちょっかい、グラナダの受けた損害を考えるならば到底ちょっかいで表現されるべきものではなかったが、を出した部隊がいるのでこれを捕捉して欲しいという要請がソロモンに入ったために、ジオン・パトロール隊のいくつかがこれを叩こうと画策したからだった。さすがに、複数の部隊から標的にされたのではこれを全てすり抜けることはできず、このうちの1個に捕捉され交戦せざるをえなかったというわけだ。しかし、第7番目の部隊は、これを一蹴してルナ2に凱旋した。
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- 74戦隊はというと、ハルゼイ艦長がそれなりに腹を括っていたにもかかわらず敵との交戦をしなかった部隊のうちの1つだった。74戦隊は、常にいくつかの敵を捕捉していたにもかかわらず味方からの支援の有無、敵艦隊のそれぞれの位置を考慮するならば交戦するという結論に至らなかったのだ。
- 交戦をする機会が全くなかったかというとそうではなかった。第7番目の部隊を捕捉するためにジオン艦隊が離脱行動を起こしたときにこれを追撃して交戦することは不可能ではなかった。それでもハルゼイ艦長が、追撃命令を出さなかったのは74戦隊は牽制が主任務である以上、むやみに現空域を離れることは戒められるべきことだったからだ。
- もっとも、ハルゼイ艦長が、他の各部隊の司令官もそうだったかもしれないが、第7番目の部隊の存在を知っており、かつその部隊が包囲の危機にさらされていることを知っていれば、断固として追撃を命じていたことに疑いはない。しかし、その存在を知らされていない以上、ハルゼイ艦長は、与えられた命令を果たすために最善を尽くしたに過ぎなかった。
- 第74戦隊が、そこに存在するということが第7番目の部隊を敵に知られることなくジオンの最前線のずっと奥深くに潜入させることを成功させることになったのだし、知らされていない以上、ハルゼイ艦長にできることはまさに現空域に存在するということだけだったからだ。
- 結局、他のいくつかの部隊と同様に敵との交戦をしないまま74戦隊は月が変わろうとするころルナ2への帰還命令を受領した。
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