12

 
「邪魔よっ!!」
 突然そういわれて、振り返ろうとしたときにはデュロクの体は、キャットウォークからモビルスーツデッキ内に押し出されていた。
 もちろん、艦内規則では命にかかわらなくともそういったことは禁じられている。命にかかわらなくても怪我ぐらいはしてしまうからだ。
「うわ、うわ〜〜〜」
 宇宙遊泳に慣れていても突然、押し出されたらパニックに陥ったりもする。なのに、デュロクは、宇宙に出てまだ1月にもならない初心者だった。
 整備兵の何人かは、ちらりと声のするほうを振り返ったが、この事態を引き起こしたのが誰かということと、もう1人が事態を収拾するためにキャットウォークから飛び出したのを見るとすぐに作業へと戻っていく。
 情けない声を出しながら姿勢を正すこともできなかったデュロクは、もうちょっとでデッキ内の壁に叩き付けられるところだった。壁が迫ってきているのはわかったが不規則な回転を殺せないデュロクには、どうすることもできないのだった。
「何やってるの?」
 激突、といっても頭からぶつかってもたんこぶができる程度でしかなかったろう、から救ってくれたのは、コニーだった。偶然、デュロクが突き飛ばされるのをコニーは見ていたのだ。デュロクの右腕をしっかりつかむとコニーは体を上手く回転させて、まずデュロクの回転を殺し、次いでデュロクの左肩を支えて体勢を整えると、隔壁に片足を付け勢いを殺して、すぐ下のデュロクがいたのとは反対側のキャットウォークへと降りた。
「あ、ありがと」
 助けてくれたのがコニーであることを知って驚きながらもデュロクは目を白黒させながらいった。「急に、レイチェル少尉がさ・・・」
 そういってデュロクは、自分がもといた方のキャットウォークを見た。当の少尉は、何事もなかったように自分のジム、例のピンクで塗色されたとんでもなく目立つ機体だ、のところで何か整備兵達に命令していた。「機嫌でも悪いのかな?」
「悪いに決まってるじゃない」
「え?なんでさ?」
 何を決まりきったことを聞くの?というように不思議そうな顔でいうコニーに対して何も思い当たらないデュロクは、首を捻った。部隊は、3時間ほど前に安全圏に入ったという判断から戦闘配備を戦闘航海中1番緩やかなものへと移行させたばかりだった。ルナ2へも、半日あまりで辿り着ける位置だ。「もう、ルナ2は、目と鼻の先だぞ?」
「だから、でしょ?デュロク、もう10日近くもこの艦にいるんだからいい加減分かっても良さそうなものよ」
「だから、なんでさ?」
「あのね・・・」
 そういってコニーは、レイチェル少尉の位置を確認した。気付かずに後に立たれていたなんてことは日常茶飯事だからだ。さっきと変わらずジムのところで何かを指示している。「戦闘が、なかったからよ。あたしだって多少は、残念なところがあるけど、少尉は、戦闘が全てなのよ」
 戦闘がなかったから・・・それは、デュロクには思いもしない理由だった。そして、少なからずコニーも同じように思っていることにデュロクは、驚いた。自分は、戦闘がなかったことを小躍りしたいぐらい喜んでいたからだ。
「つまり、少尉にとっては最悪だったというわけよ。8日間も臨戦態勢が続いたのに、1度も出撃がなかったんだから。分かるでしょ?」
「わかったような、わからないような・・・」
「まあ、どっちでもいいけど、そういうときの少尉には触らぬほうがタタリなしってね、これはこの艦の知っておくことの第1条よ」
 それだけいうとコニーは、デュロクに軽く手を挙げて自分のジムの方へと戻っていった。キャットウォークから綺麗に飛び出したコニーは、上手に自分のジムのコクピットに辿り着いた。
 その後ろ姿を何となく見送ってからデュロクは呟いた。
「そういう少尉には触らぬほうがタタリなし・・・か」
「そういうって?どいうあたしなわけ?」
 そう声を掛けられたとき、デュロクは、もう少しでチビルところだった。振り返ると、当の本人がデッキ側からキャットウォークの手すりに手をかけてこちらを睨んでいた。
「いえ、あの、少尉とはいっても少尉ではありません」
 ああ、なんて下手な言訳なんだと自分でも思いながらデュロクはそういった。
「まあ、いいわ。でもこんなところで油売ってる暇があるんなら、あの子を見習ってジムの整備でもしたら?」
 くいっと形のいい顎をコニーのいるほうにしゃくってレイチェル少尉は、そういうとさっさとデッキを出るエレベーターの方へ体を流した。
「ハイ、少尉!」
(おいおい、少尉が突き飛ばしたからでしょ!)
 決して口に出せないことを心の中で叫びながら、デュロクは、少尉の背中に敬礼をした。
 
 74戦隊は、他の部隊に先駆けてルナ2への帰還命令を受領し、ほとんど最大戦速で航行を続けていた。同時に同様の命令を受けたのは73戦隊だけで、他の4個戦隊には、少し時間を置いて帰還命令が出された。
 73戦隊と74戦隊の両隊は、今回の作戦以前から作戦任務を続けていたこともあって早期の帰還、とはいっても他の各隊とのタイムラグは5時間ほどでしかなかった、が命じられたのだ。同時に、74戦隊に対しては、早期に帰還をさせて整備を完了させ、再出撃をさせるためでもあった。
 現在、実戦レベルでモビルスーツを2個小隊以上運用できる部隊は、少なく、万全の体勢で出撃させるべきだったからだ。
 
「ええ?できないんですか?」
 マクレガー大尉から、ルナ2への上陸ができないということを聞かされて思わずコニーは、声を出していた。部隊が、ルナ2空域に到着したにもかかわらず、なかなか入港しないことに不満をためていたからだ。また、それだけコニーが、今回の帰港を楽しみにしていたことの現れでもある。
「すまんが、そういうことだ」
 現在、ルナ2は、ティアンム麾下の第3艦隊を受け入れており、元来これほどの大艦隊を一時に受け入れられるようにはなっていなかったルナ2は、ごった返していた。本来なら、戦闘航海を終えて帰港してきた艦には優先して上陸が許可されるのだが、今回は、実際には交戦をしなかったという理由で上陸が許可されなかったのだ。
「どうせ降りてもルナ2はルナ2じゃない」
 1番文句を言いそうだったレイチェル少尉が、意外ともの分かりよく納得してくれたことにマクレガー大尉は、ほっとした。もっとも相変わらず素直な言い方ではなかったが。
「しかし、ちょっとぐらい・・・」
「本艦は、全く損傷していない。つまり最低限の補給を受ければそれでいいわけだ。ところが、第3艦隊の艦艇は、戦闘準備もそこそこに宇宙に出てきたものが大半だ。つまりルナ2は現在、宇宙基地というよりは宇宙工廠ってところだ」
 マクレガー大尉には、コニーが上陸したがっている理由も分かってはいたが、だからといって上申してやるつもりはなかった。74戦隊は、同窓会をやるために帰港してきたわけではないからだ。
 地球から上がってきた艦艇のほとんどは、そのままでは戦闘に投入できない。打ち上げ重量軽減のために、一部の装備が取り外された状態で打ち上げられてくるからだ。現在、ルナ2ではその装備品を急ピッチで取り付ける作業が、昼夜を徹して行われている最中だったから、全く無傷の艦艇を入港させる余裕など皆無なのだった。
「この件に関しては、終わりだ」
 マクレガー大尉がいつになくぴしゃりといったのでコニーもそれ以上は、何も言わなかった。その話し方は、レイチェル少尉に対するものとは全く違ってコニーなんかが何かを言える雰囲気は、まったくなかった。
「ところで、レイチェル」
「なに?」
「君は、あのピンクの機体とさよならだ」
「なんですって?」
 今まで、興味なさそうに座っていたレイチェルはいきなり自分の愛機とさよならだといわれてまじめな顔になった。突然、愛機を取り上げられるといわれたレイチェル少尉は、微かにマクレガー大尉が笑っているのには気が付かないようだった。
「まあ、そう怒るな。新しい機体に換装って事なんだ」
「新しい?ガンダムでも回してくれるの?」
 連邦軍にジム以外のモビルスーツがないことは誰もが知っている事実だったし、レイチェルは今の機体を気に入ってもいた。
「そんな無茶は、言うなよ。あれは試作品だってことくらい知ってるだろ?ジムのCタイプだそうだ」
「C?」
「Cですか?」
 レイチェルとコニーが、同時に口に出したが、コニーの方は、レイチェルに睨まれて黙った。
「ジムは、ジムでしょう?」
「ところが、そうじゃないらしい。バックパックを換装、ジェネレーターは、実験タイプのものを採用、装甲は総ルナチタニウムの特別版らしいぞ」
 マクレガー大尉は、教えられたことをそのまま伝えた。
「で、色は?」
 口元に浮かんだ笑みでレイチェルが、喜んでいることが分かった。
「標準色だろう?」
 その途端、レイチェル少尉の顔は、マクレガー大尉を慌てさせるほど急変した。
 
「あんたにしては、上出来ね?」
 相変わらずの口の聞き方だったが、コックス曹長にはレイチェル少尉が、新品の新型ジムを目の前にしてことのほかご機嫌なのが良く分かった。「でも、ちょっと前のに比べたら全体的に薄くなってない?」
 レイチェルがいうとおり、ジムのカラーリングは、薄くなっていたが、戦闘を実施する観点からいけば視認性を低下させているともいえた。
「ペンキを集めるのが大変だったんですよ、少尉。で、ちょいっと白を混ぜたんです」
「仕方がないっていいたいわけ?」
 普段ならこういう言われ方をしたら首の1つも縮めたくなるけれど、今日は違った。レイチェル少尉は、笑顔を絶やさない。余程、新型が嬉しいのだろう。それとピンクに塗り終わっていたことも少し。
「じゃなくって、努力を認めて下さいってことです、少尉」
 目の前の新型機、RGM−79cは、前の少尉の機体に比べると多少薄くはなっていたが見事なまでのピンクに塗り上げられていた。機体の各所の注意書きもその上から丁寧に書き直してある。そして、撃墜マークも星形からハートマークにと書き換えられてあった。
 ジムをピンクに塗る、ということは言葉でいうほど簡単なことではなかった。プラモデルに色を塗るのとは全くわけが違う。ジムは、大きいのだ。それでも、12号機の整備班の兵士達は、コックス曹長の指揮下の元、搬入されてきたばかりの標準色、シャイニングオレンジとライトホワイトブルー、のジムをほとんど徹夜で仕上げたのだ。
 もっとも、1番苦労したのは赤のペンキの調達だった。74戦隊のジムの塗色が、グレー系ということはつとに有名なのでルナ2の補給廠に赤のペンキを大量に、といってもそのままではとおらないからだ。
「だから、いってるでしょう?あんたにしては上出来だって!」
 そういうと、レイチェル少尉は、なんの前触れもなくコックス曹長の唇に軽くキスをした。
 思わず、歓声とも驚きともとれる声が周りからあがり、誰かが口笛を鳴らす。そんなことには、全く動じないでレイチェル少尉は、何事もなかったようにさっさと格納庫をあとにする。
 後に残されたコックス曹長には、やっかみ半分冷やかし半分の声が掛けられるが、茫然としたコックス曹長は、ほのかに鼻腔に残ったレイチェル少尉が好む柑橘系の香水の香りしか感じられなかった。
 
「本当は、3日間の休暇も貰わねば割に合わんと思うが・・・」
 ハルゼイ艦長が、傍らのトレイル中佐にそういったのは、艦橋勤務のものを交替させるように命じてからしばらくたってからだった。もちろん、トレイル中佐にも交替するようにいったのだが、中佐は固辞したのだ。
 現在74戦隊は、三度L4空域に向けて航行をしていた。
「まあ、そうですが、今は戦時下ですし、開戦前のように戦力が充実しているわけではありませんから・・・」
 74戦隊は、3日前、11月11日に再びルナ2を出港した。出港したといえば聞こえはいいが、実際は、ルナ2空域に遊弋したままの状態から出撃したに過ぎなかった。もちろん、その間、一部のものを除けばルナ2を目の前にしながら上陸は許されなかった。
 本来、74戦隊の戦闘行動を考えるならば別の部隊に交替して出撃させることを考慮すべきだったが、使える戦力、この場合モビルスーツを搭載した部隊、が存在しない以上、74戦隊が再び充分な休養を得たとはいえない状況下でも出撃をさせざるを得なかったのだ。
「まあ、ジオンとて同じような状況だから、まだ我慢もできるがね」
「実際、ジオン相手にこんな苦戦をするとは思いませんでした。本当ならこんな月公転軌道上を航行しなくともすんだんですが・・・」
 現在74戦隊は、可能なかぎり交戦を避けること、という命令の下、月の公転軌道上を時計回りに非常にゆっくりとした速度で航行していた。
「まあ、いいじゃないか。少なくともパイロットの精神的消耗は強いられなくてすむわけだしな」
「まあ、そうですが」
 実際、現実的な問題としてこの月の公転軌道上を航行するジオン艦艇は、少なくとも開戦から1年が過ぎようとする現在皆無なはずだった。また、仮にルナ2への奇襲攻撃を企てるジオン艦艇がこの行路を選ぶとしても74戦隊が、対処できないほどの大部隊である可能性は、限りなく低い。大規模な艦隊が、この軌道上を航行するための補給基地の役割を果たせるのはサイド6しかなかった。しかし、いかにサイド6のランク政権が、ジオン寄りだとはいっても大規模な戦闘部隊に補給をするほどあからさまではなかった。
 また、いかにジオンが対外宣伝を行おうとも、ちょっとした外交手腕があれば現在、戦争の主導権を握りつつあるのがどちらなのかを知るのはたやすいからでもある。そういった意味では、サイド6のランク政権は、バカではなかった。
「で、艦長、命令の方は?」
 トレイル中佐は、やや声を低めていった。
「中佐も聞いた通り、可能なかぎり交戦を避けてL4空域に進出、哨戒行動を実施せよ、だ。期限は、切られていないのは承知の通りだろ?」
「はあ・・・」
 トレイル中佐の聞きたかったのは、タイムロックの掛かった命令書の方だった。今のところ、その命令書が開ける時間はまだ来ていなかったが、通例として命令書を手渡されるときに作戦の概略を聞かされることが多い。「これこれこういう作戦を実施するから、頼む。詳細はこの命令書にある通りだ」と、いった具合だ。
 いつもなら、副官としてそういった席にも参加する立場にトレイル中佐はあったが、今回は、入港できなかったことでハルゼイ艦長は、中佐を伴わないでルナ2に上陸したのだ。
「他には?」
「10日になれば分かるよ、これが開けばね」
 傍らの書類入れに入った命令書をぽんぽんと叩きながらハルゼイ艦長は、口元に笑みを漏らした。「まあ、どのみちクリスマスは君達と過ごすことになりそうだ」
 
「クリスマス?」
 ハンナ少尉の口から出た言葉は、ノーマン中尉にはあまりにも現実離れして聞こえた。
「ええ、クリスマスには戦争を終結させるような新兵器が投入されてこの戦争は終わるって」
「ええ、中尉。自分も聞きました」
 ハンナ少尉の方は、どちらかというと自分で言いながらも半信半疑なところがあったが、バンクロフト軍曹の方は自信たっぷりといった様子だった。
 仮装巡洋艦部隊が、一応の解隊を受けて以降、ノーマン中尉達の処遇は、戦力が不足している軍隊とは思えないものだった。部隊としての体裁を整えるためにフォーメーションを組む訓練を行ったりはしたが、それとて、推進剤の不足が理由で今日まで4回しか実施できていないのが現状だった。隊員によっては、解隊されて編入された時期がバラバラだったためにその訓練ですら1回しか受けていないものもいる有り様だった。
 けれど、本当の理由は、部隊、独立仮装巡洋艦戦隊というたいそうな名前はいまだ残されている、の装備する機体にあるのは明白だった。
 ハンナ少尉の搭乗していたリック・ドムや、さらに新しい、本当の意味での新型機、リック・ドムは場当たり的な改良機に過ぎない、であるゲルググの部隊配備が始まっているのにもかかわらず独立仮装巡洋艦戦隊の装備する機体は、MS−06cやMS−05でしかなかったからだ。31機といったそれなりの数を揃えているにもかかわらず独立仮装巡洋艦戦隊が、軽んじられている理由はそれしか考えられなかった。
 けれど実際には、地上部隊やソロモンのパトロール部隊を除けばこの半年間、もっとも多く実戦を経験してきたのは仮装巡洋艦部隊であることも確かだった。しかし、ア・バオア・クーのエリート参謀から見れば仮装巡洋艦部隊というのは後方部隊であり、正規部隊と同様に扱うわけには行かない存在らしかった。
 結果、待機時間ばかりが増え、そういったうわさ話がまん延することになっているのだ。
「そんな都合のいい兵器があるわっけないだろう・・・?」
 ノーマン中尉は、呆れたようにいった。
「お言葉ですが、中尉、自分の聞いたところによりますとその新兵器は1機で敵の1個艦隊を瞬時に殲滅できるそうです」
 1個艦隊といえば、おおよそ10から20隻で編成される。それが、一瞬で殲滅できるのならジオン軍の勝利は揺るぎないものになる。ただし、そんな兵器が存在すればの話だ。核兵器だって、余程敵が密集していなければそれだけの破壊を生むことはできない。
「どんな新型だってモビルスーツにはそんな芸当はできんぞ」
 一瞬、要塞に装備する兵器かとも思うが、それがどれほどの兵器であっても、それでは要塞を護れてもクリスマスまでに戦争を終わらせることはできないと思い直す。
「モビル・・・アーマーかもしれません」
 ハンナ少尉が、自信なさげにいう。
「ビグロか?」
 ビグロとは、先週このア・バオア・クーに運び込まれてきた新世代の兵器だった。モビルスーツを玩具に見せてしまうほどの巨大な兵器でありながら速度性能は、数倍に達し、メガ粒子砲の搭載をも可能にしたジオン軍初の機動兵器だと聞かされていた。技術士官がいうには1個戦隊の敵を簡単に葬れるらしかったが、実物を見たノーマン中尉には、とてもそうは思えなかった。
 速度性能を得るために搭載された機体の総容積の半分以上にも達する推進部分や、前方に限られた射界しか得られない火器を見るとジッコの強化番にしか思えなかったのだ。
「ええ、新型のモビルアーマーならあるいは・・・」
 そうはいってみたハンナ少尉だったが、実際どういった性能のモビルアーマーであれば夢物語のような性能を持たせることができるのかは想像できなかった。
「もっと、画期的な兵器かもしれませんよ、少尉」
 バンクロフト軍曹は、あくまでも信じているらしかった。
「だと、いいわね」
 話の矛先をノーマン中尉から、少しは興味をもって聞いてくれるハンナ少尉に移したバンクロフト軍曹の話を横で聞きながらノーマン中尉は、先のことを考えた。
 先と言ってもほんの近い将来のことだった。
 戦争に相手がある以上、ノーマン中尉には、クリスマスでこの戦争が終わるとは、例えバンクロフト軍曹のいうような画期的な兵器が登場しても、思えないノーマン中尉にとって、先のことを考えることは重要なことだった。
 もっとも、信頼できる情報源の1つは、カディス船長だった。いや、今は戦時中佐に任官されたから艦長と呼ぶべきだったがノーマン中尉にとっては船長と呼ぶほうが良かった。ア・バオア・クーと本国を結ぶ輸送船隊の1隻となった『オルベスク』が入港するたびにノーマン中尉は、組織の末端では得ることのできない情報を聞くためにカディス船長と時間をとって会うようにしていた。そういった意味では、仮装巡洋艦戦隊は、適した部署といえた。
 カディス船長は、輸送船隊仲間、ア・バオア・クーを始め、ソロモン、地球、果ては木星船団、からあらゆる情報を得ることができたのだ。もちろん、戦闘そのものの情報は得ることができなかったが、彼らが運ぶ補給品の中身からはいろいろなことが推察できた。
 そして、その雑多な情報、噂と言うレベルのものまで含めて、から分かることは、ジオンは、ますます敗勢に立たされているということだった。
 その中でもっとも顕著なことは地球へと送り込まれる補給品がぐっと減ったこととそれにもかかわらず地球への補給艦隊の帰還率が極端に減少しているということであるらしかった。
「それなりの護衛艦隊を付けてるらしいんですが、地球向けの補給船の乗組員達の顔と言ったら見られませんよ」
 やり切れないように教えてくれたカディス船長の口ぶりからも補給部隊が被っている損害の大きさを推し量ることができた。元来、補給部隊の護衛戦力の増強に力を注いでこなかったことが今頃になってツケとなって現れているという感じだった。
 だからといって補給部隊の方に戦力を割くということも今となっては現実的ではなかった。オデッサ以降、ジオン軍が大規模な補給を地球へ送り込むことは全くゼロというわけではなかったが、それ以前と比較するならば格段に少なくなっていたからだ。そうであっても、地上戦仕様のモビルスーツは生産が続けられていた。当然空間戦闘にはつかえるはずもないが、本土防衛用に投入できるというもっともらしい理由でほとんどその生産ペースは同様に維持されていた。本土が、実際に侵攻を受けるような事態になっても本当に継戦しようと考えているとすれば、もはやそれは常軌を逸しているとしか言い様がなかったがノーマン中尉の立場ではどうすることもできなかった。
 とにかく、現状で得られる全ての情報や現在進行しているほとんどの現象は、誰が何といおうとジオンの敗勢を色濃く示していた。
(まさか、クリスマスまでに、ジオンが・・・)
 実際に開発が進められているのか、あるいは実戦配備間近になっているのかも分からない新兵器について熱く語るバンクロフト軍曹とそれを首肯きながら聞いているハンナ少尉を見ながらふと思い浮かんだとんでもない考えを皆まで終わらせないうちにノーマン中尉は、その考えを頭の中から追い出した。
 そんなことはあってはならないことだったし、ソロモン、ア・バオア・クーという2大要塞が健在している以上、少なくとも一般的なジオン軍兵士の想像できる範囲では起こりえるはずがないことだった。