- 「モビルスーツの発進準備完了、敵も気付いたようです」
- 「敵主力でないのが残念だがな、ソロモンヘの報告は完了したのか?」
- 当初、敵の主力を発見したという興奮は、もはやそこにはなかった。最新の索敵情報で、敵の艦隊はダミーを多数含む小部隊だと判明していた。
- 付近に展開していた2隻のムサイを呼び寄せたのは、早計だった。
- しかし、そのおかげでより完璧な殲滅戦を行うことが可能になったのもまた事実だった。
- 「はい、完了しました。艦長」
- 「で、ソロモンはなんと?」
- 「敵を殲滅せよ、です」
- ドズル中将閣下の性格から考えて、予想通りの返信だった。おかげで、戦闘準備が無駄にならずにすむ。もっとも、ドズル中将閣下の性格を見越したうえでの戦闘準備ではあったのだが。
- 「よろしい、モビルスーツ各隊、発進させよ。敵を殲滅する。援護射撃、モビルスーツ発進終了20秒後に3分間行う。その後艦隊戦用意!!」
- 3隻のムサイからそれぞれ2機づつ、6機のリックドムが発進し、旗艦のチベ級重巡洋艦『ラリアス』からも2機のリック・ドムと4機のザクが発進してゆく。総計12機のモビルスーツが、艦隊の前方で編隊を組むと一気に加速を開始した。
- 「16、15、14、13・・・」
- 「メガ粒子砲、右舷3時方向に指向、砲戦準備」
- 連邦軍側からの砲撃が開始され、微かな動揺が艦橋の中に走ったが、シンシア大佐は、意に介さなかった。淡いピンクの光の矢が、艦隊のそこここを映画で観た稲妻のように走り抜けていく。やはり、その数はどう多めに見積もっても3隻かそこらの砲撃量でしかなった。4個戦隊以上の大規模な艦隊という当初の索敵はやはり間違っていたのだ。
- 「6、5、4、3、2、1、0」
- 砲術士官の秒読みが終わると同時にシンシア大佐は、それらの思いを頭の中から拭い去り、大声で命じた。
- 「各艦自由射撃、撃ち方はじめっ!!敵を殲滅する!!」
-
- 敵に捕捉されたのは、囮行動を停止し、ソロモン攻略戦への支援行動に入ろうとした矢先のことだった。展開したダミーごとソロモン要塞に向かおうとしたその時、ジオン軍は突如として現れたのだ。
- これまでのケースであれば、適当な牽制攻撃を仕掛けて、後方へ下がることを選択すべき規模の敵艦隊であったが、ソロモン攻略戦への参加が前提となっている現在、ハルゼイ艦長のとりうる選択は、ただ1つだった。
- 腹を決めていたこともあってハルゼイ艦長は、直ちに搭載モビルスーツ全機の発艦を命じた。もちろん、ボールを含めてである。
-
- 「これは、違うわ・・・」
- レイチェルは、艦砲射撃が社交辞令のように交わされる戦場空域にあって思わず呟いていた。『ナイル』を発艦して5分後のことである。
- 今度の戦闘は、これまでのどんな戦闘とも違っていた。
- 敵から放たれてくる艦砲射撃も、乱射ではなく、きちんとレイチェル達の機動を押さえ込むように放たれてきている。おかげでレイチェル達の進路は酷く限定されたものにならざるをえなかった。もちろん、知識としては艦砲射撃などそうそうあたるものではないということは分かってはいたが、そうと感じさせない圧倒的な射撃なのだ。間断ない射撃とは、まさにこういうのをいうに違いなかった。
- そして、8機のドムが、みごとに統制のとれた動きで肉薄してくるのを見たときレイチェルは、微かな恐怖を覚えた。まるでこちらの編隊機動に合わせるかのように2機づつ4組に別れた敵の新型機の後方から更に4機のザクが、今から形作られようとするモビルスーツ戦闘空域を迂回するように機動していくのもレイチェルには分かったが、今は、眼前の敵に集中せざるをえなかった。
- 問題は、ボール隊がどれだけ時間を稼いでくれるかだった。レイチェルは、ボール隊が、敵を追っ払ってくれるだろうというようなあまい妄想は持ちはしていなかった。
-
- 「ボール各機、敵を阻止しろ!!敵は、突破してくるぞ!」
- ハルゼイ艦長は、自分が発した命令に衝撃を受けた。トレイル中佐が、それを下令している間にも敵の艦砲射撃は、艦隊の至近を掠めていく。ダミーが2隻分、消えていたが、『ナッシュビル』や『キョウト』、ひいては『ナイル』がその運命になってもおかしくないほどの圧倒的な砲撃だった。
- 『ナッシュビル』も『キョウト』も、そして『ナイル』でさえ懸命の射撃を行ってはいたが、向こうから放たれてくる射撃ほど統制もとれていなかったし相手に脅威を与えている様子もなかった。
- そして、敵が発進させたモビルスーツの数が12機であるとササキ曹長が報告した瞬間、ハルゼイ艦長は、本当にボールに艦隊直掩をさせねばならない事態に陥ったことを実感したのだった。
- 「撃ち方やめ!!近接戦闘用意!!」
-
- コニーは、ビーム砲撃が止んでも震えがとまらなかった。
- なにしろ、こんな激しい艦砲射撃、それがたとえコニーを狙ったものではないにしろ、を経験したのは初めてだったからだ。光の豪雨とでもいえばいいのだろうか?確かなことは、その光の豪雨の中に突っ込んでいったらたとえジムでも一瞬で融解してしまうということだ。
- れ手その豪雨に魅入られてびびってしまったコニーにできることといえば前方のレイチェル少尉機にしたがっていくだけだった。確かに、事前のブリーフィングで、2機づつのペアを言い渡されたときにコニーはほんの少し躊躇った、レイチェル少尉はあからさまに嫌がった、けれど、いざ実戦になり冷静になってみるとレイチェル少尉は、掛け値なしのエースパイロットだった。
- その機動には、全くといっていいほど迷いはなかったし、射撃の腕前だって掛け値なしだ。純粋に、ペアとして考えるならば最高の僚機に違いなかった。
-
- グリオン少尉は、隊長のロッドマン少佐が試射を行ったのを見て自分も新しく配備され始めたMPー85マシンガンの試射をした。
- ガンガンッ!
- MP−85は、ザクの倍ほどもあるリック・ドムの機体を震わせて高初速の徹甲弾をなんの問題もなく発射した。ザクが、標準装備するマシンガンと比較すると実戦配備が始まって間もないために故障も多い武装だったが、ザクのためにデザインされたザク・マシンガンと違ってリック・ドムのような機体にも扱いやすい武装だった。
- 初速は、確かに上がっていたが口径を減じたことによって弾頭重量は40パーセントも減少し、そのため装甲貫徹能力は損なわれてしまってたが、発射速度や集弾性ははるかに優れ、総合威力ではザク・マシンガンを凌ぐといわれる火器だ。
- (ただ・・・)
- グリオン少尉は、正面モニターを見ながら思った。
- MP−85が、どれほど優秀な火器であってもそれは通常弾頭の火器と比較してであり、今から一戦を交えようとする敵の持つ火器とは比較にならないということは明白だった。
- 確かに自分たちは、新型機であるリック・ドムを8機揃えてはいたが、それでどれほど優位になれるかは疑問だった。グリオン少尉は、今朝早く同じようにリック・ドムを装備した2つの部隊がたった1隻の戦艦しか持たない部隊と交戦して艦隊ごと全滅したことを知らされていた。
- コンスコンの部隊は、ともかく、ドレン大尉の部隊が全滅したことはグリオン少尉にとっては大きな驚きだった。大尉は、あのシャア少佐の副官を務めたこともある指揮官だったからだ。どこから湧いてきたか分からない自信を持つコンスコンと違って大胆でかつ慎重でもあった男の指揮する艦隊が全滅したことは、連邦軍が容易ならざるを得ない相手になったことを教えてくれているような気がした。
- 「敵の中央を突破して、接近戦に持ち込むぞ!」
- 少佐が、命令を下した瞬間、連邦軍モビルスーツからのビーム射撃が始まった。
- (うん、全く派手な戦闘になりそうだ!)
- グリオン少尉は、そう心の中でいうとMP−85のトリガーを引き絞り牽制の射撃をかけた。撃たれていると知ればおのずと敵の狙いも正確さを欠くものになるだろうからだ。ビーム火器を持つ敵に狙撃をさせてはいけなかった。そのためには、絶えず敵にプレッシャーを与え続ける必要があった。
- それでも、命中させられたら?そう、その時は運がなかっただけのことだ。闘いの女神に好かれるか、嫌われるか?ただそれだけのことだった。そして、これまでのところグリオン少尉は、嫌われたことはなかった。
- ペアを組んだ新米のパイロットもどうにかこうにか、本人は一流の機動だと思っているのだろうが、追随してきている。彼も、女神に嫌われていなければいいが、と思い、グリオン少尉は、何度目かの戦闘に身を投じた。
-
- 後方から、ビームが伸びて敵の機動を限定しようとする。1、2、3発分。なかなか的確な牽制射撃だったけれど、敵の方が更に上手だったようだ。
- (まあ、あのこにしてはやるようになったんだけど・・・)
- レイチェルは、敵の機動を注意深く観察した。敵は、その射撃を避けるのではなく、結果的には同じだったが、巧みに潜り抜けて見せたのだ。どうやら、自分達に向かってくる2機編隊の先頭機は、それなりの技量をもつパイロットが操っているらしかった。怯えたり、動揺した気配は微塵も感じられなかった。もう1機は?コニー並かそれ以下というところらしかった。2機が一気に間合いを詰めようとする。
- ギンッ!!
- レイチェルは、その後方から続こうとした機体の方にビームを浴びせた。後方にいるという安心からか油断が見て取れたからだ。ほとんど同時に、敵の先頭機も射撃を送って寄越すのが銃口の発砲炎で分かった。ほんの2、3度の明滅が敵がベテランであることを教えてくれる。しかし、流れた光条から敵の狙いもレイチェルではなく、後方から支援をしてくれようとするコニーに向かうのが分かった。なるほど、敵の先頭機も同じように考えたのだろう。
- 前方でこれまでに幾度も目にした太陽が生まれ、コニーの小さな悲鳴が雑音交じりでレイチェルの耳に届く。しかし、そんなことには気を取られずにレイチェルは、ジムを加速させ決して射撃数が多いとは言えないビームライフルのトリガーを2度3度と絞り込んだ。そのことごとくが、敵の至近を掠めていく。さらに、2撃。外れ。
- その時になってようやく、レイチェルの発射するビームの2倍はあろうかという太さを持つビームが戦場に彩りを添える。
- 「いけるの?!曹長!!」
- 「いけます、少尉!!掩護します!」
- 被弾したにもかかわらず想像するよりもずっとしっかりした口調で返事が返ってきたことに驚きながらもコンビを組んだのがコニーで良かったかもしれないとレイチェルは、ほんの僅かに思う。
- 言葉通りにさらにドムの動きを限定するビームが発射され、レイチェルはジムをさらに加速させ、右へロールしたと同時に急上昇させた。ハーネスが、きつくレイチェルのしなやかな体に食い込み、思わず声が漏れそうになったが、それぐらいの機動はやって見せなければならない相手なのだ。
-
- 「きゃッ!!」
- レイチェル少尉の撃墜した新型機に気を取られていたわけではなかったけれど、後方の自分が狙撃を受けると思っていなかったことも確かだった。ジムの機動にあまさがでて、敵につけ込まれたとしたならその瞬間だけのはずだった。左胸部被弾。猛烈な衝撃が襲いかかり、コニーの身体を激震のように揺さぶった。一瞬、気が遠くなりかけたが、実際に数秒意識を失っていたかもしれなかった、次の瞬間には、コニーは頭をぶるぶるんと振り、正気を取り戻した。ジムの機体は、ありがたいことに制御されており、敵を捕捉していた。
- 機体チェック!戦闘続行に支障なし。少尉は?敵に対してビームを放っている。無事。
- (サンキュー!)
- ジムの強固な装甲と被弾してもなお敵を捕捉し続けてくれた戦闘機動プログラム、心強いレイチェル少尉、そういったものの全てにコニーは感謝を込めた。
- レイチェル少尉からの呼びかけに元気いっぱいに応え、コニーは自分を痛い目に合わせたドムを目掛けてビームを放った。
-
- 「な、なんだと!!」
- 確かに、グリオン少尉は、敵の2番機に直撃弾を与えた手応えを感じ、実際に敵の機体の上ではじける爆発光も確認していた。なのに、撃破したはずの、少なくとも致命的な損傷を与えたはずの機体が、ビームを送って寄越したのだ。
- 自分の僚機を葬られた帳尻は合わせたはずで、意識を敵の1番機だけに集中させればよいと思った瞬間のできごとだけに、グリオン少尉の衝撃は大きかった。敵の1番機の射撃は、並ではなかった。ドムの機体が、急激なバーニア機動のたびにぎしぎしいうほどの機動をしても、機体の至近を掠めていく。なのに、数段実力は落ちるとはいってもさらにもう1機に挟撃されたのではたまらなかった。
- 「少佐・・・エンリケ軍曹!誰でもいい支援を!・・・」
- 叫びながら、敵の1番機に対して射弾を送り込もうとしたが、2機に狙われているのと1番機が跳ねるように機動するせいで全く狙いがつけられなかった。かといって2番機に照準しようなどとすれば僚機と同じ運命をたどるのは避けられなかった。
- それでもと、伸ばした右腕の先で、MPー85が光の中に消えるのが見え、それが連邦軍のモビルスーツの放ったビームの直撃なのか?と思ったのがグリオン少尉の最後の思考だった。
-
- 「ちっ!」
- 敵のドムが、火を吹くのを確認してレイチェルは、舌打ちをした。しかし、自分の射撃で撃墜したのではなくても、今はそれを喜ばねばならない。今は、1秒たりとも無駄にできない状況だからだ。
- 「識別信号は・・・。1、2、3・・・」
- 7つまで数えることができた。1機喪失。それが誰かを考えるよりも早くレイチェルは、敵性信号の数を数えた。
- この空域に4つ。後方に更に4つ。
- 機体をぐるりと回し、ジムのメインカメラで戦闘空域を眺める。
- 「大尉は・・・、うん、ラス准尉もいる・・・」
- それだけを見て取るとレイチェルは、コニーに命じた。「ナイルを支援する、遅れるな!」
- (頑張ってよね)
- これは、心の中でいい、レイチェルは、母艦を支援するために戦場から機体を翻した。
-
- 「いかん、機関全力!・・・」
- 前方空域で繰り広げられる戦闘は、戦闘というよりはもはや一方的な殺戮の感を呈していた。一斉射撃で1機のザクを撃墜したときには、ボールでも防衛ラインを張るぐらいはできるのだとほっとしかけたのだが、それが間違いだと分かるのにはさほど時間は必要なかった。「自由回避、射撃自由!!対空砲座、ザクを寄せ付けるな!」
- ハルゼイ艦長の叫びにも似た命令が下される。
- 「ああっ・・・」
- ササキ曹長が、最後のボールが画面から消えるのを見て思わず力ない声を漏らす。しかし、完全に自分の任務を忘れたわけでもなかった。
- 「キョウト、ナッシュビル、突出します!」
- 2隻のサラミスが、片舷に指向可能な4基のメガ粒子砲から最大射撃速度で弾幕を張りつつナイルをかばう位置ヘ付こうとする。2隻の艦長は、何をなすべきかを心得ているのだ。『ナッシュビル』から対空ロケット弾が盛大な噴煙とともに発射され少しでも時間を稼ごうとするが、それでどれほどの時間が稼げるかは大いに疑問だった。
-
- ガシィッ!!
- 目の前の球状の物体に叩き込んだヒートホークが、まるでプリンにナイフを突き立てたように軽々と食い込み、同時に、その球状の物体が最後まで試みていたマニュピレーターによる抵抗も停止する。ザクの塗色ぐらいは剥れただろうが、ザクの戦闘力には全く影響を与えもしない。連邦軍艦隊最後の頼みの綱はいとも簡単に切れた。
- 「アーサー、ダルメシア、敵の空母を叩くぞ、巡洋艦などには目をくれるな。挨拶はしてもな!」
- ウォーレスのザクが撃墜されてしまったのは、誤算だったが、敵もそれだけ必死だということだ。出来損ないが繰り広げた死に物狂いの防衛戦闘のせいで意外な程時間をとられてしまったけれど、ザクに対して出来損ないをぶつけてきたことを連邦軍の指揮官に後悔させることはできたはずだ。
- アッシュ・ブラノン准尉は、モニターの中で2隻のサラミスが、空母を護ろうとして前面へと突出しながらメガ粒子砲をフル斉射するのに毛ほどの動揺も見せずに接近を開始した。火力面だけで比較するのならば、ザクはその足元にも及ばないが、ザクにはそれを補って十分にあまりある機動力があった。
- それに艦砲射撃がいかに派手に見えようとも、ベテランパイロットに操られるザクにとっては見た目ほど効果がないのは開戦以来全ての戦闘で実証済みだった。ただ、怖くないわけではない。命中すればザクなど、いや現存するモビルスーツなどなんの痛痒も感じないまま撃破されてしまう。ただ、その確率は、驚くほど少ない。
- アーサーとダルメシアが、迂回して接敵をしようとするのを横目にしながらアッシュ准尉は、真っ正面から突っ込んでいった。2隻のサラミスの間にできた空間を潜り抜けるのは2人の新米パイロットにとっては荷が勝ちすぎる。サラミスの1隻がロケット弾を発射した瞬間だけは、さすが回避したが、後はランダム機動させながら真っ正面から突っ込んでいった。
- マシンガンを右に占位するサラミスに浴びせながら2隻のサラミスのど真ん中をすり抜け、連邦軍の空母を射界に捉えた。貧弱な対空砲火が煌めき、時折機体をノックするが恐れるほどのことはなかった。
- 「さっきの出来損ないのマニュピレーターよりは危険だが・・・」
- アッシュ准尉は、自分の装備するマシンガンでは役不足なのを知っていた。ダルメシア曹長のザクが装備するバズーカー砲が敵を大破させるには必要だったが、今はまだ曹長のザクは、射程内にまで迫っていない。
- 「楽にさせてやるか?」
- 少しでも損傷を与えておけば、敵空母の防御射撃が手薄になるのではないかと思いアッシュ准尉は、ザクのマシンガンの砲口を空母に向けると発砲した。
- 回避しながらの砲撃は、全部が命中するわけではなかったけれど、巡洋艦よりさらに大きい艦型を持つ空母にはそれなりの弾着が生じていく。
- ザクマシンガンでも航行不能程度にならできるかもしれないと思った矢先にその悲鳴は、飛び込んできた。
- 「じゅ、准尉!助けて下さい・・・て、敵が・・・」
- 雑音交じりの音声にザクを振り向けた瞬間アッシュ准尉は、2人の曹長が迂回機動した方向に爆発光を見た。
-
- 「うわっ!」
- 「きゃっ!!」
- 思わず、トレイル中佐から声が漏れ、弾着の衝撃にラインバック伍長が短い悲鳴をあげる。
- 2隻のサラミスが、まるで存在しないかのように鮮やかにすり抜けてきたザクの発砲は、『ナイル』に次から次へと命中した。それなりの装甲を持つ、船体側面、あるいは艦橋構造物周辺はある程度の耐弾性を示したが、飛行甲板はそうはいかなかった。飛行甲板に命中した砲弾のほとんどは、飛行甲板をやすやすと貫通し船体内部に躍り込んだ。また、船体主要部ではあっても命中角度によっては、砲弾は十分に『ナイル』を傷つけることができた。
- 「損害箇所を知らせよ!!」
- ハルゼイ艦長は、自身も叫びだしたい衝動に駆られるのをぐっと堪えて冷静さを装って命じた。
- 「ジム2機が掩護してくれます。アレクシア機とアクセル機です!!」
- 損害状況が集計されるより先にほとんど絶望的とも思えた戦闘状況を一変させる報告が、ササキ曹長からもたらされた。同時にモニター上で接近してきていたザクが、機体を翻すのが見て取れた。
- 「飛行甲板に被弾多数、カタパルトは2基とも使用不可能です。冷却機2基破損、モビルスーツハンガー1基全壊、死傷者多数。戦闘航海支障なし!!」
- ラインバック伍長が、意外な程しっかりした口調で各部から集まってきた被害状況を知らせる。命中した砲弾の数と衝撃を考えるならば、物的被害は少ないと言えた。
- 「よろしい!被害各部、応急処置を急がせろ!戦闘はまだ続行しているぞ?!」
- しかし、ザクに対する迎撃戦闘は、山場を過ぎていた。しかし、気の緩みは思わぬ損害を被る原因に結びつくことがある。そのことを思えば緊張は持続されねばならない。
- 「ザクは、アレクシア機とアクセル機によって排除されました。前方空域の戦闘は続行中」
- 3隻からの防御射撃を物ともせずに艦隊をパニックに陥れかけたモビルスーツは、やはりたった2機のモビルスーツによっていとも簡単に排除されてしまった。
- (モビルスーツ、モビルスーツか・・・)
- ハルゼイ艦長は、完全に戦場を支配する主役が、入れ替わってしまったことに感慨を持たずにいられなかった。
- 「回頭120度、機関出力維持。艦隊戦になるぞ!」
- 空母で艦隊戦の指揮をとる羽目になるとは・・・、何たる皮肉か?そう思いながらハルゼイ艦長は、指揮を続行した。
-
- タイミング的には、危ういところだった。いや、遅かったのかもしれなかった。『ナイル』は、砲撃を受けてしまった後だったからだ。しかし、致命的な損害を受ける前に2機のザクを撃破し、直接攻撃を加えたザクもコニー曹長の掩護下、ビームサーベルの一突きでその動きを止めた。
- ザクが、必殺のショルダーアタックを敢行してきたところを紙一重の機動で交わし、そのコクピットにビームの切っ先を叩き込んだのだ。ザクのパイロットは、一瞬で蒸発したに違いなかった。母艦の至近で核融合エンジンを爆発させないための苦肉の策だった。
- 「コニー、いける?」
- 「ハイ、いけます。少尉!」
- 微かに、コニー曹長の声が弾んでいるように聞こえるのは、母艦を護りきったからだろうか?それとも撃墜戦果をまた1つ伸ばしたからだろうか?そんなふうに全くなんの関係もない思いがちらりとレイチェルの頭を掠める。
- 「推進剤は?」
- 「・・・しかし・・・」
- 予備出力の大きいカスタム機に無理矢理に追随してきたせいでコニーのジムの推進剤残量は、ほとんど底を尽きかけていた。
- 「あんたは、艦隊直掩を!」
- もう直掩機の必要性は全くなかったが、何か任務らしい物を与えておけば納得させられるからだ。
- 「しかし・・・」
- 「足手まといになる気?」
- コニーにも必要性はないことが分かったのだろう、けれどそれには本音で応える。
- 「いえ・・・」
- 「じゃあ、頼んだわよ!」
- いうが早いか。レイチェルは、ジムを翻し、艦隊の喫水線下面を潜り抜けていく機動をとって戦闘空域に取って返した。
-
- 「モビルスーツ隊が、全滅だと?」
- 艦砲射撃の後に繰り広げられたモビルスーツ戦は、シンシア大佐にとっては、信じられないものだった。たかだか20メートルにも満たない小さな機体が、ビームを放っているのだから。そして、それが見掛け倒しでないことを表すように次々に味方モビルスーツの識別信号が、モニターから消えていったのだ。それは、まさに悪夢だった。
- 「はい。識別信号は、全て消失です」
- オペレーターの声も震えている。ザクも含めて12個の識別信号は、戦闘開始後20分で完全に消えてしまった。
- 「敵のモビルスーツ接近してきます、機数は3機」
- 4隻の艦隊の一斉射撃ならなんとかなるのか?思いはするが、その頭からすぐに連邦軍のモビルスーツの持つビーム火器の威力がいったいどれほどのものなのか分からない以上最悪の事態を想像して行動すべきだった。
- 「急速回頭180度、戦場を離脱する!!」
- 「しかし、それでは艦長!」
- 副長が、批難めいた顔を向けていう。
- 「ビーム砲を持ったモビルスーツとこんなくたびれた巡洋艦では勝負にならんのが分からんのか!」
- それに対して普段見せない形相で一喝し、退避行動を継続させた。
- しかし、その判断は、遅きに失した。いったん、加速が完了してしまえばモビルスーツではとても捕捉など不可能な速力を発揮できる宇宙巡洋艦もモビルスーツほど機敏な回頭を行うこともできなければ、すぐにモビルスーツを振りきれるほどの加速性もない。
- 「逃げ切れません!」
- オペレーターは、ザクやリック・ドムよりも速いスピードで接近してくる連邦軍のモビルスーツの接近速度を見て悲鳴のような報告をした。
- 「本艦は、再回頭。僚艦の脱出を掩護する!!」
- シンシア大佐の命令に驚くように振り返った副長の顔面から血の気がはっきり分かるほど引いた。
- (君が望んだことをやるんだよ、トロップ中佐?ご不満かい?)
- シンシア大佐は、死に行く前に小生意気な副長が恐怖する顔を見ることができてほんの少し救われた気分になった。
- 「砲戦用意!敵のモビルスーツを1機も通すな!!」
-
- 旧式なミサイル巡洋艦をリサイクルしただけのはずのチベタイプではあってもそこに居座られて大量に装備した防御火器を使って防御戦闘をされたのではいかに機体性能が優れていてもそうやすやすとは、撃破することは不可能だった。
- チベを指揮する男とそれに従う男達が、自分の役割を十分に認識しているのであればなおさらだった。
- 半壊してもなお、機銃の最後の1門が沈黙するまで身を挺して僚艦の後退を掩護する意志を見せたチベ級重巡洋艦1隻のために追撃戦は、残念をせざるを得なかった。
-
- 「敵、後退していきます」
- 「砲撃止め。各艦及びモビルスーツ隊の損害状況を知らせよ」
- 思わず、ほうと息を吐いてハルゼイ艦長は、艦長席で腰をずらせた。敵1隻を撃沈、といってもジムによるものだったが、艦隊は多少の損傷を受けはしたが無傷といっていいだろう。とにかく勝てた。
- 「酷いことになりましたね、艦長」
- トレイル中佐の顔も、どこか放心したように見えるのは気のせいではないだろう。トレイル中佐も、これほど間近でザクを見たことなどありはしなかったし、自分の乗る船が直接攻撃を受けたのも初めてだろうからだ。「これを」
- トレイル中佐が、人員の損害の中間報告とでも言うようなものをハルゼイ艦長に手渡した。
- 最後までメガ粒子砲撃を続けていたナッシュビルが砲撃を止めたのが、ブリッジの厚いガラス越しに見えた。宇宙が、静寂を取り戻した瞬間でもあるかのようだった。
- 「砲撃、停止」
- ササキ曹長が、追認するのを聞きながらハルゼイ艦長は、その手書きの書類に目を通した。
- 戦死7、重傷者11、行方不明3とそこには記されていた。これが、多いのか少ないのか?初めて乗艦に攻撃を受けたハルゼイ艦長には判断をしかねた。
- 「ナッシュビル艦長より被害報告が入ってます、お繋ぎしますか?」
- ラインバック伍長が、振り返って言うのにハルゼイ艦長は、聞き取ってくれるだけでいい、と応えながらトレイル中佐に紙を手渡した。
- 「モビルスーツのほうも無傷とはいかなかったようだな・・・」
- 「ハイ、いくつか識別新号が消えたようですので・・・」
- 「あの機は?」
- 艦隊の斜め前方に位置しているジムを見やりながらハルゼイ艦長は聞いた。少なくとも無傷なジムが1機存在する証だった。艦隊に襲いかかってきたザクを排除してくれた機体の一方でもある。
- 「アクセル曹長の機体です、よくやってくれます」
- 実際それは、トレイル中佐にとっても正直な思いだった。戦場空域から取って返すという判断が誰のものによるかはわからなかったが、それがなければいったいどれほど酷いことになっていたかは、誰にも分からなかった。
- 「ナッシュビルは、どういっていた?」
- ラインバック伍長が、通信機を戻すのを見たハルゼイ艦長は、尋ねた。
- 「対空砲座1基を破損したほかは損害軽微、戦闘航海に支障なしとのことです」
- 「ん、分かった。すまなかったな」
- 「向こうは、正規の巡洋艦ですからね、挨拶程度の砲撃じゃびくともせんでしょう」
- ラインバック伍長の聞き取ったナッシュビルの損害報告を聞いてトレイル中佐は、力のない笑いを浮かべていった。もちろん、ブリッヂなどの致命的な箇所に命中弾を受ければ一時的な行動不能にぐらいはなる。しかし、『ナイル』よりは頑丈であるということだけは確かだった。
- 「マクレガー大尉から入電です」
- その瞬間、マクレガー少佐の肩から力が抜けたのが、トレイル中佐には分かった。普段は、あまり弟のことを気にしている素振りを見せたりはしない少佐だったが、やはり気にはなるらしかった。
- 「うん、回してくれ・・・」
- 今度は、直接回線を回すように命じてハルゼイ艦長は、普段はあまり耳にしないヘッドセットを手に取った。
- 「モビルスーツ帰還してきます。5機を確認」
- 全天モニターにプロットされたジムの識別新号を数えてササキ曹長が、報告する。同時に、メインスクリーンに最大望遠で帰還してくるモビルスーツが映し出された。出撃していったときとは違い、心なしかその姿が疲れ切っているように見えた。
- その映像にも目をやりながらハルゼイ艦長は、マクレガー大尉とジムの損害状況について確認をとりあった。
- 「いかがです?」
- ハルゼイ艦長がヘッドセットを座席の横に引っかけるのを待ってトレイル中佐は、尋ねた。
- 「ハミルトン中尉が、戦死したそうだ・・・。ホンバート曹長は、機体を大破されたが、ラス准尉に回収されたそうだ」
- 「中尉が?」
- 部隊結成からずっと第2小隊の小隊長を務めていたハミルトン中尉の戦死は、ブリッヂの中にもそれなりの衝撃をもたらした。
- 「ああ・・・、それに新入りの曹長の機体も損傷が酷いそうだ」
- 「ジムは、3機喪失ってことですね」
- しかし、予備機を組み立てれば1機の喪失ですむ。しかし、ハミルトン中尉を失った穴の埋めようはなかった。それに全て失ったボールの穴埋めも。
- 「モビルスーツ隊の収艦を急げ!ササキ曹長、全周囲警戒を実施しろ!ラインバック伍長、キョウトの艦長にも損害報告をさせろ!」
- 余分なことを考えさせないようにするためにハルゼイ艦長は、矢継ぎ早に命令を下した。「ジムの予備機の組立を下令してくれたまえ、トレイル中佐。我々は、ソロモン攻略戦に参加せねばならんのだ!」
- 艦隊は、ジム全機の収容を待ってその進路をソロモン空域へと向けた。ハルゼイ艦長は、魔女の大釜と化しているであろうソロモン空域に部隊を放り込むことになることも十分に承知していたが、損害を被ったとはいえ、いまだ74戦隊は、7機のジムを運用可能であり、その戦力は、2隻のサラミスとともに十分に有用なはずだった。
- そして、ソロモン空域の連邦軍は、1隻のサラミスでも1機のジムでも欲しているはずだった。
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