16

 
(馬鹿げた作戦だ)
 第3大隊最右翼を占める位置に展開し、同じく第3大隊に属する全ての艦艇とともにア・バオア・クーのSフィールドへの突撃展開ラインへと進出する途上でハルゼイ艦長は、思った。
 ソーラー・システムを使うでもない(もっとも、ソーラー・システムは、防御兵器であり、攻撃兵器ではない。ソロモンで成功したのは単なる幸運とティアンムの緻密な策略があってこそだった)、なんの捻りもないただ数に任せたごり押しだった。作戦と呼ぶのもおこがましい作戦だった。
 こんな作戦のために自分の大切な部下を危険に晒すことにハルゼイは、我慢ならなかったが、1大佐、しかも退役からの復帰組のハルゼイ艦長には、この作戦に対してどんな種類の意見も進言することはできなかった。
 全くもって不愉快なことだった。
 けれど、とも思う。自分が、作戦立案を任されたときどうするかとも考えてみる。しばらく考えを巡らせて他にはどんな代案も、少なくともハルゼイが思いつく範囲内では、ないことが理解できた。
(指揮するなんて考えるのもバカバカしくなるぐらいたくさんの部隊が参加してるんだ、単純が一番なのかも知れん・・・)
 全天モニターには、それこそプロットしきれないほどの友軍艦艇が投影されていたが、実際のところ密集しすぎているきらいがあった。同時に、これほど終結した連邦軍に抗する戦力をジオン軍が1週間足らずで終結できるとも思えなかった。早い話、なんの捻りもない作戦だろうが、この1戦、ア・バオア・クー攻略戦に関していえば、連邦軍は間違いなく勝利するだろうということだけは確かだった。それがどれほど多くの損害を出すかは別として。
「壮観ですね、艦長」
 いつもどおり、艦長席の隣に立ったトレイル中佐が、感慨深げにいった。
 確かに、壮観には違いない。戦隊単位で航行する連邦軍艦艇が見渡すかぎりの視界を占めているのだ。その全てが、機動遷移のために推進剤を全力で消費していることもあって余計だ。きっと、地球から見れば新しい銀河が出現したように見えることだろう。それほどの大艦隊だった。
「確かにな。第1大隊との離合ポイントはそろそろのはずだが?」
「後1時間ほどのはずです」
 トレイル中佐は、腕時計にちらりと視線をやって答えた。
 第1大隊は、レビル将軍が直率する艦隊であり、3個艦隊(それぞれを大隊と呼称していたが、1つ1つの大隊は紛れもない艦隊だった)のうち、もっとも大規模な編成であり、まさしく主力であった。その第1大隊と離合して以降は、基本的に作戦が中止されることはないとされていた。つまり、後1時間足らずで実質的な戦闘行動に入り、引き返すことが不可能になるのだった。
 この作戦に唯一の救いがあるとすれば、それでもア・バオア・クーを挟撃しようという考えがあることだけかもしれなかった。
「この闘い・・・勝てるでしょうか?」
「ん?」
 その瞬間、マクレガー少佐の背中が緊張し、ラインバック伍長が振り返るのが分かった。「勝てるさ、勝ち目のない闘いにこれほどの戦力を投入するわけがない、そうは思わんか?」
 ラインバック伍長は、明らかにほっとした表情を浮かべると再び前に向き直った。戦いに勝てるということと自分が生き残れるということを同じに受け取ったに違いなかった。そういう意味では、マクレガー少佐の背中は、別な意味で安心したということを感じた様子だった。つまり、自分が死ぬとしてもそれが少なくとも無駄死にではないということに安心したのだった。
「そうですね」
 トレイル中佐のなんとも表現しがたい笑顔は、マクレガー少佐の背中と同じ感じ方をしたということを物語っていた。
「心配しなくても、君たちは全員わたしが責任をもって生きて帰してやる、だから諸君らの責務を最大限にこなしてくれたまえ」
 それは、決してただのリップサービスではなかった。ハルゼイ艦長の本当の偽らざる気持ちだった。
 そのことは、艦橋内の全員に伝わった。
「はいっ!!」
 誰が音頭を取ったわけではなかったが、艦橋内にいる全員の声が1つになって元気よく返事をした。お互いが、顔を見合わせて、にっこりし、やがて大きな笑いになった。大きな作戦を前に、緊張が僅かでもほぐれた一瞬だった。
 
「リ、お前は、艦隊を直掩しろ」
 それは、マクレガー大尉の出せたぎりぎりの答えだった。艦隊直掩は、ソロモンで新たに多数配備されたボール隊に委ねることが決定されていたが、どうしてもラス准尉が、ホワン曹長との戦闘を受け入れなかったからだ。
 ジムを新たに受領できなかったために、ホワン曹長とペアを組む相手がいなかったせいでもある。ソロモン戦に参加した多くの実戦部隊は、ジムの補充を受けとることができたが、74戦隊は、実験部隊の色が濃いために補充が受けられなかったのだ。
 ジムは、1機でも貴重だったが、かといって単機で戦場に送りだすわけにもいかなかった。ジムは、優秀な機体であるかもしれなかったが、単機で戦場を生き延びられるほどその生存性は高くなかったし、戦場はそれほど甘いものではないはずだった。
「了解です」
 マクレガー大尉の命令に文句を言うでもなくホワン曹長はただ短く答えた。その表情からは、何を考えているのか相変わらずさっぱり掴めなかった。
「ラス准尉、それでいいな?」
 ラス准尉は、首肯きもしなかったかわりに拒みもしなかったけれど、その整った顔立ちからはいまだリ曹長を許してはいないことが十分に読み取れた。「ダニエルと一緒に、第1小隊の支援を頼む」
「分かりました、ホンバート曹長とともに大尉の隊を支援します」
 本来なら2小隊で別行動をとるのがセオリーだったが、先の戦闘でハミルトン中尉が戦死してしまったことと、リ曹長の件があって、実質2小隊を構成するジムが、2機になったためにマクレガー大尉がナイルの搭載モビルスーツの指揮を全て行うことになっていた。
「レイチェルは、アクセル曹長と、ルリエル曹長はわたしとペアを組む。いいな?」
「いいわ」
 前回と違ってレイチェルは、マクレガー大尉の指示に何も異議を挟まなかった。そのことが前回の戦闘でコニー曹長をレイチェルが認めた結果なのか『ナイル』乗艦以来ずっとレイチェルのジムの整備をしてきた主任整備班長の死によるものなのかはマクレガー大尉には分からなかったが、確かなことはソロモン以降レイチェルが内面的に変わったということだった。
 ただそれが、戦闘に好ましい影響を与えるのかどうかは今のところはまだ分からなかった。
「はい!」
「はい」
 レイチェルが答えるのを待ってアクセル曹長とルリエル曹長も返事をした。ルリエル曹長は、前回の時と同じく不安そうな顔で返事をしたが、コニー曹長は、マクレガー大尉が見てもはっきり分かるほど自信に満ちていた。それが、悪いほうにでないことマクレガー大尉は祈った。戦場では、時として臆病でちょうどいいことがあるからだ。後で個人的に釘を刺しておいたほうがいいだろう、そう考えながらマクレガー大尉は、作戦の骨子を説明し始めた。
「今回のア・バオア・クー攻略戦では、我々は、攻略部隊のほんの一部分を担うにすぎない。つまり、多数の友軍機の中の1機というわけだ。けれど、基本的には74戦隊以外の支援は受けられないと思って行動して欲しい。つまり、小隊毎、最大でも中隊毎でしか連携を行わないことが取り決められているからだ」
 これには、理由があった。そもそも、モビルスーツに搭乗することすら初めてのパイロット(例えセイバー・フィッシュで実戦を経験していても)が、多数を占める本作戦において、ややこしい連携を課せることはあまりにも馬鹿げているからだ。
「我々モビルスーツ隊に課せられた任務は、ア・バオア・クーに取りつくことと、その途上で阻止しようとする敵戦力の撃破だ」
 ようは、目に入るものを全て攻撃しつつア・バオア・クーに取りつけということだ。
「各機は、互いを支援を第一とし、敵の深追いはこれを一切禁止する、いいな?」
 戦闘が終わった後でこうしてまた全員の顔を見ることができるだろうか?全員の顔を見回しながらマクレガー大尉は、思った。答えは、恐らくノーだ。
 話ながら1人1人をゆっくりと見つめ、もしも幸運の女神が自分を見失わないでいてくれて生き残れたときに、彼らを忘れないように自分の脳裏に刻み込んでいった。
 
「中尉!!連邦軍の艦隊が動き始めたそうです!」
 自動ドアが開ききるのももどかしく待機室に雪崩のように転がり込んできたバンクロフト軍曹が息急き切って叫ぶようにいった。「あっ、し、失礼しました」
 ノーマン中尉が、1人でないことに気が付いて非礼を詫びたバンクロフト軍曹だったが、相手が誰なのかを知ると表情を少し変えた。少し遅れてその後ろからハンナ少尉も顔を出した。バンクロフト軍曹について急いで来たせいか肩が上下しているのが一目で分かる。
「連邦軍が、動き出したそうです、中尉」
 改めて姿勢を正すとバンクロフト軍曹は、もう一度同じ内容を繰り返した。
「で?」
 ノーマン中尉の予想外の返事にバンクロフト軍曹は、虚を突かれたカッコウになった。
「は?」
「出撃命令でもでたのか?」
「はい。いえ・・・出ておりませんが、ですが・・・」
 バンクロフト軍曹にも中尉が何を言いたいのかが分かった。
「落ち着け、軍曹。連邦軍が見える位置まで来たわけではなかろう?」
 光学探査や、哨戒部隊によってア・バオア・クーに接近する艦隊は、それが余程小規模なものでもないかぎり、かなりの余裕をもって発見することが可能だった。ましてや、ア・バオア・クーを狙おうかという艦隊である。最大探知距離で捕捉できたと考えるべきだった。
 だとすれば、優に48時間は、猶予(まさに猶予というべき時間だった)があることになる。48時間あれば、本国からの増援だって余裕をもって間に合う。もっとも、本国から戦力を抽出する気が上層部、ザビ家の連中にあるかどうかは全く別問題だったが。
「はい。ですが、在ア・バオア・クーの実戦部隊は迎撃準備に入っております」
 バンクロフト軍曹は、それでも自分達も何かなさなければならないという使命感に燃えているせいか、何かをするべきではないのか?ということを言外に臭わせた。
 48時間も前から実戦配備につけるとなると、指揮官は余程慌てたのだろう。ソロモンから1週間と経たないうちに連邦軍が、行動を起こすことを実際問題として捉えていなかったに違いない。もっとも、後数時間もすればいったん解除されるだろう。48時間も兵士に緊張を強いるというのはあまりにも馬鹿げているからだ。
「我々は、ア・バオア・クーにはいるが、ア・バオア・クーの実戦部隊ではないぞ、軍曹」
 それは、まさに真髄であり、バンクロフト軍曹を黙らせるのに十分だった。だからこそ、貴重なモビルスーツパイロットでありながら自分達は、暇を囲わされているのだ。
 軍曹を黙らせるとノーマン中尉は、カディス船長の方をちらりと見やった。
 顔が、やはり早かったですね、という表情になっていた。少し前に、ア・バオア・クーがいつ戦場になるかという話をしていなかったのならノーマン中尉ももう少しは驚いたに違いない一報だった。けれど、カディス船長とア・バオア・クーが戦場になる可能性を話し合ううちに、もしも可能ならば連邦軍は、ソロモンとア・バオア・クーがもっとも接近する時に攻撃してくるに違いない、それが1週間後であることも話題に上っていたからだ。
 そして、連邦軍は、そのもしもを実現させただけのことだった。
「は・・・」
「ですが、中尉、心の準備はしておいた・・・」
「その通りだ・・・」
 バンクロフト軍曹が、口ごもり、変わってハンナ少尉が言うのを遮ってノーマン中尉は言った。「しかし、それは、我々軍人が、日頃から肝に銘じている程度でいいはずだ」
「し、しかし・・・」
「仮装巡洋艦で敵を奇襲するのも、ア・バオア・クーに連邦軍がやって来てそれを迎撃するのも結局は変わらんということだ。分かるか?」
 2人の新しい部下は、一様に首をかしげた。バンクロフト軍曹に至っては、呆れたのか放心したのか口を開けたままだ。
「我々にとっては命を遣り取りする戦闘という点でだ。規模が大きいかそうでないかは、なんの意味もない。確かに、ジオンという国にとっては一大事ではあるがね」
 ハンナ少尉は、少なくとも少し理解できたようだった。しかし、更に若く血気盛んなバンクロフト軍曹には、今少し飲み込めなかったようだった。それが、それぞれの表情から見て取れた。
「それに、どのみち我々は、上級司令部からの命令がなければ何もできはしないんだ。それまでは、とにかく待機していろ」
 とにかくそうなのだ。モビルスーツを使った自主的な演習どころか訓練でさえ、推進剤不足を理由に認めて貰えない部隊なのだ。それどころか、保守点検を理由に、推進剤を抜かれてしまっているのが今のノーマン中尉達の現状だった。
 おかげで、緊急発進は全く不可能になっていた。
「はい」
 ハンナ少尉が、返事をして、まだ何かいいたそうにするバンクロフト軍曹を促し、来たときとは違ってしぶしぶ部屋を出ていった。
 それを見届けて最初に口を開いたのは、カディス船長だった。
「しかし、連邦軍の底力というのも、大したものですね、中尉」
 その表情は、驚いたというよりは半ば呆れていた。
 確かにジオン軍だって開戦当初は、大きな作戦を短期間でやってのけた。しかし、それは、数年にわたる入念な下準備、それに完全な奇襲作戦という前提でなしえたものだった。
 それなのに、連邦軍ときたら、いったんはルナ2に逼塞せざるを得ないほど戦力が枯渇したのにもかかわらず、1年にも満たない期間で反攻体勢を整え、ジオンの最後の砦ともいうべき宇宙要塞の1つを1日で陥落させ、更にもう1つを1週間も経たないうちに攻略しようというのだから。全く、せっかちで迷惑なな話だった。
「まったくです。それは、いいにしても、船長。船長の出港許可はどうなんでしょう?」
 自分達は、曲がりなりにも戦力になるけれど、輸送船団に組込まれた仮装巡洋艦は、僅かばかりの武装しか持たないから、どう考えてもア・バオア・クーで連邦軍を迎え撃つ役には立ちそうになかった。
 連邦軍を撃退できればいいが、もしそうできなかったら?貴重な、輸送船が、無為に失われる結果になるし、カディス船長自身も危険に晒される。
「さあ、特に出港する予定は聞かされてません。この調子じゃ、迎撃準備のどさくさで輸送艦隊の出港命令なんて二の次になるでしょうね。わたしは、もうこんな年ですから覚悟もできていますが、他の乗組員のことを考えると本国に返して欲しいというのが本音です」
 それは、カディス船長の偽りのない本当の気持ちに違いなかった。乗組員の1人1人を家族のように可愛がるカディス船長には、もっともなことだった。
「恐らくそんなところでしょうが・・・。まあ、我々は別にして、今日中には何かの指示がでるでしょう。船長には、申し訳ない言い方ですが、戦力にならない輸送艦隊を在泊させたまま戦闘に突入するのは賢いやり方とは思えませんからね」
 ノーマン中尉は、自分でもやや楽観的だとは思いながらいった。
 そう思ったのは、一介の下級部隊の士官に過ぎない自分から見てもここ何ヶ月かのジオン軍は、決して有機的に活用されているとは思えないからだった。それは、この時期になってア・バオア・クーからいくつもの精鋭部隊を引き上げたことからも分かる。代わりのモビルスーツ部隊も確かに送り込まれてきてはいたが、それらはどれも編成されたばかりのひよっこ部隊だと聞かされている。
 確かに、ア・バオア・クーをパスして本国を急襲する戦略も考えられないこともなかったが、ア・バオア・クーに加えて月のグラナダまでを放置して連邦軍が、本国を急襲するなどとはとても考えられなかった。
 本国も丸裸ではなく、ドロスを基幹とする第1親衛艦隊(ドロスは、ア・バオア・クーへ展開する途上にあったが、もちろんノーマン中尉達の知るところではない)を中心にした精鋭部隊が、護りについているのだ。どう頑張っても連邦軍は、月とア・バオア・クーを結ぶ最終防衛ラインと本国との間で挟撃されてしまうのは間違いないはずだった。
「だといいんですが・・・」
 カディス船長にも、最近のジオン軍がうまくいっていないのが分かっているのだろう。返事には、暗い何かが含まれていた。
 そして、やはり、それは希望的観測に過ぎなかった。連邦軍の艦隊が、間近に迫った23日の午後になっても、在泊の補給艦隊に出港命令はでなかった。それどころか、23日の夜になっても新たな補給船が入港する有り様だった。
 日付が、変わり24日なったと同時に、ようやく出港予備命令が出されたが、出港命令自体は、ついに出されることがなく、その時を迎えつつあった。
 
 12月24日未明、ア・バオア・クー戦の先端を開いたのは、在ア・バオア・クーのジオン軍でも侵攻途上の連邦軍でもなかった。遥か戦線の後方、連邦軍が、想定もしないほど後方のジオン本国より放たれたソーラー・レイの一撃により先端は開かれた。
 それは、この時期、ジオン軍の将兵が噂していた新兵器には違いなかったが、それを噂していたジオン兵達の誰もが想像もしえない威力を持った兵器だった。なにしろ、それはコンマ数秒に満たないたった一斉射で連邦軍の1個艦隊をほとんど無に帰してしまったのだから。
 しかし、それほどまでの戦果をコンマ数秒の時間に成し遂げたソーラー・レイだったが、ギレンが望んだほどの戦果を挙げなかったこともまた厳然たる事実だった。ギレンは、その一撃で連邦軍の半数を葬ることを望んでいたのである。しかし、その発射の際に私怨まで含めたためにギレンが望んだ戦果にはまるで及ばなかったのである。
 もっとも、その本当の戦果をア・バオア・クーの守りについていた兵士達が実際に知るのは戦後何年も経ってからのことだった。当時、ア・バオア・クーにまで進出していたギレン・ザビは、その演説で実際に達成した戦果に倍する戦果を挙げたとし、その士気を鼓舞していたし、連邦軍もそのあまりの被害の大きさから事の真相を戦後しばらくは公にはしなかったからだ。
 
 第1大隊が、ほぼ全滅。これは、侵攻途上の連邦軍にとって驚愕であり、また容易には信じられない程の衝撃だった。しかし、実際に航路をトレースしてあったはずの第1大隊旗艦、アンナケとの通信は途絶し、かわりに奔流のように受信できるのは、ほとんど意味をなさない絶叫に近い通信でしかなかった。そして、それらから得られる全ての事象の帰結は信じられないことに僅か数秒で第1大隊が、その指揮下に収めていたほとんどの戦力とともにこの宇宙から消滅してしまったということだけだった。
 ここに来て意味を待ったのは、レビル将軍が立てたあまりにシンプルな作戦だった。ア・バオア・クー攻略戦のための作戦がもう少しでも複雑なものであったら?総指揮官のレビル将軍のこの突然の戦死によって連邦軍は、総崩れになっていたかもしれなかった。あるいは、第3もしくは第4大隊の指揮官のどちらかが撤退を具申していれば、連邦軍は闘わずして後退を始めていたかも知れなかった。しかし、実際にはそのどちらも起こらなかった。
 連邦軍は、レビル将軍が立案した通り、12月24日午前4時をもってジオン軍宇宙要塞ア・バオア・クーに対する攻略戦を遅滞なく開始した。それは、この時ア・バオア・クー空域にいた両軍の兵士達が魔女の大釜に放り込まれた瞬間でもあった。
 彼らの生死は、もはや神でさえ知りようがなかった。
 
 コニーは、じりじりした時をジムのコクピットの中で過ごしていた。作戦がスタートしたことは知ってはいたが、出撃の命令が下されなかったからだ。もっとも、時間の方は、04:03、つまりまだ3分が過ぎたにすぎなかったのだけれど。
(このまま、ナイルが沈んだら・・・)
 そういった思いが、コニーを焦燥させているのだ。出撃した後にならまだ納得がいく。出撃後の責任は全て自分にあるとも言えるからだ。しかし、母艦ごと撃沈されたら?それは、死んでも死にきれないというものだ。
 もし、今のコニーが、外で起こっていることを見せられたのなら、まだ『ナイル』が沈んでいないことに驚き、なおいっそう出撃させて欲しいと思ったことだろう。ア・バオア・クー空域は、両軍が放つビームの雨とミサイルの嵐によって寸分の隙間もないほど埋め尽くされようとしていたからだ。しかし、その密度ですら両軍の挨拶程度の砲撃量でしかなかった。
(大尉のいったこと、そうかもしれない・・・)
 コニーは、コクピットの中で出撃前のブリーフィングの後で大尉に言われたことを思い返しそう思った。敵をあまくみるな、調子づいてはいけないといわれたのだった。もちろん、その時には大いに反感を持ったわけだが、コクピットの中で1人になると大尉のいいたいことも解るような気がしたのだ。
 あと1機でエースになれる、そういったことがコニーの気持ちをはやらせていることは確かだった。そして、はやる気持ちはスタンドプレーになって現れ、スタンドプレーは、どこかに敵を呼び込む隙を作らないとも限らないのだ。
「曹長!」
 しばらく大尉のいったことの意味を考えながら精神を落ち着かせているとコンジ曹長から、外部電話で声が掛けられた。
「何?何かトラブル?」
 一瞬、最悪の状況を思う。いまさら出撃できないなんて冗談にもならないからだ。
「いえ、整備は完璧ですよ。緊張してませんか?」
「大丈夫、ありがとう」
 きっと、コニーがじりじりしているのを察してくれたのだろう。気が利くし優しい整備主任だった。「しばらく、話し相手になってくれる?」
「いいですよ。なに話しましょうか?」
「ちょっと待って、ハッチを開けるから・・・」
「えっ!?」
 コンジ曹長は、驚きの声を上げた。第1戦闘配備下でのハッチ開放は禁止されている事項だからだ。
 もちろん、コニーだってそれぐらいのことは承知していたけれど、生きて帰ってこられないかもしれない戦場に出撃する今、どうせ誰かとはなしをするなら顔を見てしたかったのだ。それに、ハッチを閉じるのに何時間もかかるわけでもないし、咎め立てをするような無粋な輩は、少なくとも『ナイル』には乗り組んでいないはずだった。
 
(可愛いとこもあるのよね)
 レイチェルの方は、全くの1人きりだったけれど、にっこりと笑っていた。
 ブリーフィングが終わり、それぞれが各自の機体に向かった後、コニーを呼び止めて一言二言何かいって聞かせたマクレガー大尉の腕をとっていってやったのだ。
「この戦いが終わって生きていられたら一緒に映画でも見に行かない?2人っきりで」と。
 その時の、マクレガー大尉の顔が、まさに見物だった。鳩が豆鉄砲を喰らった、というのはああいう顔をいうのに違いなかった。そして、顔を赤くしたのだ。
(チェリーでもないくせに・・・)
 そう思うと、レイチェルは、くくっと声を出して笑った。そして、自分の負けを認めることにした。
 これまで、レイチェルは、自分からそういったことを口にしたことがなかったし、それが自慢でもあった。ハイスクールの頃?いや、もっと前からそうだったと思い返す。自分が、いいなと思う男には必ず向こうから告白させてきたのだ。ちょっと思わせぶりな態度をとるだけで、大抵の男は、レイチェルに声を掛けてきた。その男に彼女がいようがいまいがそれは全く障害にならなかったし、レイチェルも気にもしなかった。おかげで、女の子の友達は、あまりできなかったっけ・・・、そんなことも思い返す。
 ところが、マクレガー大尉は、違った。よっぽど鈍いのか、不器用なのか?一時は、ホモじゃないのかと本気で思ったほどだ。
 74戦隊に配属になってからも、それこそあらゆる部署の男から声を掛けられたけれど、レイチェルが、それとなくいい男だと思った中でマクレガー大尉だけが、違ったのだ。
 今思えば、鈍感で更に不器用なだけなのだ。
 いきなり、モビルスーツという全く新しい概念の兵器を押し付けられて、しかも小隊とはいえ指揮官を任されたのだ。器用でスマートな男ならそつなくこなしたに違いなかったが、マクレガー大尉は、そうではなかった。きっと、いっぱいいっぱいだったのだろう。
 赤くなって汗を流す大尉にレイチェルはいった。
「いく?それともいや?」
 ちょっと首をかしげて。学生の頃ほど効果はなかったかもしれないけど自信のある仕草だった。
「な、何を観るのかを俺に任せてくれるんなら・・・な」
「オーケイ、約束よ」
 大尉の精いっぱいの主導権闘争に負けてやってレイチェルは、右手を差し出した。おずおずと差し出された大尉の右手をしっかり握ってレイチェルはいった。
「約束を守るには、まず生き残ってよね」
「レ、レイチェルもな」
「もちろんよ!」
 そういうとレイチェルは、マクレガー大尉の先にたって格納庫に向かったのだ。
 そう、そしてその通りなのだ。生き残らなければ2人でした約束は果たせない。どちらがいなくなっても。
 幸いなことにレイチェルは、マクレガー大尉を支援するということ自体が任務だった。常に、大尉とともに戦場を疾駆し、大尉を支援できるのだ。しかし、また万が一の時には、目の前で死を見ることになる可能性も秘めてもいることも確かだった。
(もう、誰も死なせやしないわ・・・)
 次の瞬間、レイチェルの表情からは、日常の全てが消え、闘う女の顔にと変化した。きつく結ばれた口元は、真っ赤にひかれたルージュと同じにレイチェルの意志をしっかりと表現していた。
 それを待っていたかのように、艦内オールで、モビルスーツ隊の発進命令が下令された。