- およそ、人類史上でかくも広大な空間がこれほど濃密な破壊エネルギーで満たされたことはなかったに違いない。ジオン軍と連邦軍が、お互いを傷つけ破壊しようとする意図をもって空間に放ち続けるメガビームとミサイルの量は、人の想像をはるかに越えるものだった。新兵は、その光景を見ただけでパニックに陥り、歴戦の兵でさえしり込みをするほどだった。
- ソロモン攻略戦にしか参加しなかったものは、ソロモン戦をして史上最大の戦闘だったと語ったものだが、その数は、本当に少なかったにしろソロモン攻略戦にも、ア・バオア・クー攻略戦にも、ともに参加して生き残った幸運な兵士たちは、口を揃えていったものだ。
- ソロモン戦など、ア・バオア・クー攻略戦に比べればほんの子供の火遊び程度にもならない、と。
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- レイチェルは、母艦を発進した瞬間、息を呑んだ。いや、正確には、エレベーターで飛行甲板に出た瞬間だったかもしれない。一瞬、モニターが故障したのかと思ったほどだ。モニターが、白濁したかと思えるほど空間はメガビームの煌めきやミサイルが曳くロケット光で埋め尽くされ、あるいは飛び交う友軍機や、友軍機だったもの、ジオン軍の攻撃兵器で埋め尽くされていた。
- 驚いているという意味ではハルゼイ艦長やトレイル中佐だってもちろんその例外ではなかった。何しろ、特別任務を帯びて小規模な戦闘しか経験してこなかったのだから無理もない。大抵は、単独航行中の仮装巡洋艦や、ムサイ、多くても2隻までの敵部隊としか交戦した経験がないのだ。もっとも最大の部隊との交戦は、先のソロモン空域での前哨戦での戦闘だった。
- 1週間戦争に参加したものならまた違った感慨を持ってこの作戦に臨めたかもしれなかったが、74戦隊のモビルスーツパイロットに関して言えば、そういった戦争初期の作戦に参加したものはいなかった。
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- 破壊の光で埋め尽くされているのはメインモニターだけでなく、それは、両方のサイドモニターもそうだったし、後方視認モニターだって変わりはなかった。
- (これで生き残れたらおめでとうってとこね・・・)
- レイチェルは、妙にさばさばした感情で一人ごちた。ミサイルは、別だったが、発射点も解析できないほど遠方から発射されてくるほとんど光速に近いメガビームの場合、避けようもなかったからだ。当たる時は当たるし、当たらなければ当たらない。
- つまり、回避運動など無意味なのだ。
- この時点では、ア・バオア・クーの迎撃用火器や、艦艇からの攻撃は、特定の目標を狙ったものではなく、まさに弾幕を張って進撃してくる敵を絡め取ってしまおうというものであったから余計な回避は、自分から敵の弾幕にとびこんでしまう可能性も併せ持っている。
- ようは、レイチェル達は、どれほど自分達が幸運に恵まれているのか、あるいはついていないのかを自分の命を懸けて確認しているのだった。
- 運の悪いものは、母艦を発進していくらも立たないうちにメガビームに絡め取られ散っていく。極端な話になると母艦から発進する前に母艦ごと戦死するやつだっているのだ。実戦すら経験せずに戦死していく兵士たち(経験していたからといって生還率がそれほど上がるわけではなかったが・・・)は、不運以外の何ものでもないだろう。
- しかし、本当に危険なのはジオンの迎撃部隊と接触し始めるときに他ならないのをレイチェルは、少なくとも知っていた。今は、運によって生死を振り分けられているに過ぎない。運の悪いやつは、結局それだけのことなのだと、レイチェルは、割り切っていた。そう、この時点ではいかにレイチェルが自分が優秀なパイロットだと自負していても、できることは限られていた。
- 信じもしていない神に自分に向かってくるビームがないことを祈ることと、同じように仲間にそれが襲いかからないことを祈ることだけだった。
- コニーは、というとそういったふうに割り切れたわけではなかったが、レイチェル少尉には迷惑をかけられない、その1点だけで逃げ出しそうになる自分を何とか御していた。
- 後方視認モニターには、コニー曹長のジムがおっかなびっくり(もちろんジムがそんな表現をするわけはないが、コニー曹長はそうに違いない)追随してくる。さらに、ラス准尉のジムとホンバート曹長のジムが『ナイル』から発進してくるのも見て取れた。視線をメインモニターに移すと前方を占位する大尉のジムとルリエル曹長のジムが、回避運動もせずに進撃していく。それは一見すると何でもないような機動だったが、余程腹が据わっていないとできない機動なのをレイチェルは、十分に認識していた。
- 想像してみるといい。命中すれば、確実に自分を戦死させてしまうビームが、ほとんど途切れることなく目の前に現れては、至近を通過していく(ように見える)のだ。実際には、危険なほど至近を通過していくビームなどほとんどない。ましてや、命中するものなど皆無に近いのだ。(もっとも、その最初の1発で戦死は免れられないのも事実だが)もちろん、ほとんどのパイロットは、それを知識として知っている。しかし、現実に自分が、このように濃密な破壊空間に放り込まれたとき、いったい何人がそう思えるだろう?それほど肝の据わったパイロットなど、歴戦の勇士にしてもそうそういるものではない。
- その証拠に、他のモビルスーツ小隊の機動は、早くも乱れ始めている。編隊戦闘を前提としている連邦軍のモビルスーツ隊が、これで本当に小隊単位の戦闘ができるのかどうか首を捻らねばならないものだった。
- 同じことは、後方からジム隊を支援してくれるはずのボール隊にも言えた。ジムほど小刻みな機動ができないボール隊の機動の乱れは、ジム隊と比較するとはるかに酷いものになりつつあった。
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- ツキから見放された両軍のモビルスーツや艦艇が、秒単位で破壊されていくなか『ナイル』の6機のジムは、幸運の女神から見放されることなくア・バオア・クーの最終防衛ラインへと接近しつつあった。同時にそれは、敵の迎撃部隊との接触をも意味していた。
- この時、戦場は、一時的な平穏状態に突入していた。もちろん、比較してであり、戦場に放り込まれたパイロットや兵士達にとっては、魔女の大釜の中にいることにはなんら変わりがない。この平穏状態は、パブリク突撃艇の第1陣、ビーム撹乱膜展開部隊が、その任務に成功したためだった。連邦軍の化学の粋を集めて開発されたビーム撹乱膜は、ジオン軍の要塞メガ粒子砲の威力を多いに減じ、その迎撃主力がミサイルに変更される間に生じたものだった。
- しかし、それはほんの一時の静寂でしかなく、モビルスーツ隊には、新たな危険が容赦なく襲いかかってきた。
- その最初の脅威は、ジッコとガトルで編成された艦艇攻撃部隊だった。前方に投射できる火器を目一杯乱射しながら連邦軍のモビルスーツ隊をすり抜けようとしてきた。彼らは、あらかじめ決められた迎撃進路をただがむしゃらに突入してきたにすぎず、部隊ごとによってその運命は大きく違った。連邦軍のモビルスーツ隊の正面から突入した艦艇攻撃部隊は、不運だった。ほとんど一方的に射的の的のように撃破されたからだ。
- それでも、艦艇攻撃部隊は、全滅などはしなかった。多いにその数を減じただけで彼らが持つ戦意までが挫かれたわけでもなかった。そして、全ての艦艇部隊が、連邦軍モビルスーツ隊の正面にぶつかったわけでもなかった。
- また、連邦軍のモビルスーツ隊も無傷というわけにはいかなった。ジッコの艇首のミサイルランチャーは、あたりどころによってはジムを破壊できたし、ボールに至っては完全に撃破が可能だった。運悪くジッコの射線に飛び込んでしまって撃破されるジムも1機や2機ではなかった。
- 被弾して進行方向をねじ曲げられたガトルに突っ込まれてビームを一撃もしないまま散華していくジムもあった。
- レイチェル達74戦隊の6機のモビルスーツは、そういった不幸な目にも会わず進撃を続けていた。それぞれが1、2機の撃墜スコアを上げつつ。
- レイチェルは、大量に放出されつつあるアドレナリンで興奮する自分をなんとか押さえ込みつつ全周囲に注意を払っていた。レイチェル自身は、ジッコを1機とガトルを2機撃破していた。もちろん、被弾などしてはいない。コニーのジムが、シールドの被弾したが、問題はなさそうだった。
- ア・バオア・クーからの連邦軍モビルスーツ隊に対する迎撃砲火は、いったんは下火になりつつある。そのあまりにも強力な火力が、自軍の迎撃部隊を傷つけてしまないようにであった。その隙に、連邦軍は、乱れかけた隊形をまとめようと試みる。
- レイチェルは、3機の戦果を挙げてはいたが、無駄にビームライフルを撃ったりはしていない。本当に自分達にとって危険な相手だけを撃墜したに過ぎない。前方から大量に接近してきて、あっという間にそれこそ突風のように過ぎ去った後から、本当に危険なものがやって来るのはあまりにも明らかだった。
- 「来るぞ!」
- それを肯定するようにマクレガー大尉の叫びにも似た声が、注意を促す。
- 「うぁ、あわわぁあ〜っ」
- 「しっかりしろ!!」
- 同時に、何か意味不明の声を出すルリエル曹長の声も耳に入る。それをマクレガー大尉が、叱責する。歩兵戦闘なら一発殴れば正気に戻るかもしれなかったが、1人1人が、完全に閉鎖されたコクピットに閉じこめられているモビルスーツでは、無理な相談だった。
- コニーは?レイチェルは、サイドモニターで自分の僚機を確認した。シールドにジッコのミサイルを一撃喰らっていたが、その機動は、安定していて、ビームスプレーガンをしっかりと前に指向させている。
- (頼りにしてるわよ!)
- まるでそれに反応するかのようにコニーのジムが、一瞬だけその頭部をレイチェル機の方に向ける。
- それにビームライフルを僅かに振ってレイチェルは応え、敵がやって来る前方に視線を戻した。
- その前方で光点が、わだかまるようにゆらぎ一斉に飛び散るようにレイチェルに、いや連邦軍のモビルスーツ隊に襲いかかってきた。それは、中隊単位のジオン軍モビルスーツ隊による組織だった迎撃戦闘の始まりだった。
- 敵も、正規状態の中隊はほとんどなく、数を減じている。連邦軍モビルスーツ隊が、ジオン軍艦艇攻撃部隊と接触したのと同様にジオン軍迎撃モビルスーツ隊も連邦軍のビーム撹乱膜散布部隊と接触したからに違いない。
- マクレガー大尉の後方に位置する分、遅れてレイチェルのジムのモニターに次から次へとジオン軍のモビルスーツがプロットされていく。その数は、あっという間に20を数え、数えることがバカバカしくなったレイチェルは、自分にとって、いや、自分達にとって本当に危険な機動をしようとする敵にだけ意識を集中させた。
- そうするとその数は、意外なほどに限定される。
- 連邦軍侵攻部隊とジオン軍迎撃部隊の最初の口火を切ったのは、驚いたことにマクレガー大尉のビームライフルだった。
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- マクレガー大尉の発砲を合図に、友軍機のジムが、その長射程を活かしてジオン軍モビルスーツ隊の有効射程に入る遥か手前から次々に発射を開始しするのを見てもコニーは、すぐには発砲しなかった。レイチェル機が、発砲しなかったからだ。
- 数十機のジムから発射されるビームの煌めきは、自分が、攻撃側にいても圧倒的だった。ツキに見放された最初のジオン軍機が、太陽の光を放つ。続けて、2機目、3機目・・・。あっという間に10機近くのジオン軍モビルスーツが、光にと変わっていく。その中には、74戦隊にとって危険な機動をとりつつあったジオン軍モビルスーツも含まれていく。前方空間が、光に閉ざされ、ジムの射撃の精度もあっという間に狙撃から乱射のレベルへと変わっていく。
- 敵は、ザクとリック・ドムの混成部隊だった。
- 落ち着いて対処すれば対処できる相手だった。しかし、乱戦が始まろうとしている今、落ち着いて対処するということがもっとも難しい状況でもあった。コニーは、それをレイチェル機の機動をしっかりと見極めるということでなんとか可能にしていた。レイチェル少尉は、まだ射撃を開始していなかった。しかし、絶えず機位を変え、決して直線機動をとろうとはしない。それでいて、前方に位置するマクレガー大尉とデュロクを有効に支援できる位置をも維持し続けていた。
- つまり、やや無駄に推進剤を使いつつもレイチェル少尉に追随しているコニーもまた前方の2機を支援できることを意味していた。
- (レイチェル少尉、さすがだわ・・・)
- それは、レイチェル少尉の機動に対してもそうだったが、コニーなんかはともすれば連邦軍が行っている乱射に加わりそうになるのだが、それを自制していることに対してもそうだった。
- そして、ついにジオン軍のモビルスーツからの発砲も始まった。曳光弾が、闇を駆け抜け、バズーカー砲から放たれたロケット弾がロケット光を曳きながら死を運んでくる。
- ジオン軍が浴びたと同じように、運の悪いジムが、そしてボールが被弾していく。しかし、それがジオン軍と異なるところは、連邦軍のジムは、1撃ではほとんどの場合戦闘を続行できたことだった。
- それでも、全てが無事というわけにはいかない。立て続けにマシンガンの砲弾を喰らったジムが弾け飛び、バズーカー砲弾を避けそこね、ありったけのジェット噴流を吹き込まれたジムが、ザクやリック・ドムにも劣らないほどの熱核爆発を起こす。けれど、その数は圧倒的にジオン軍側に比べると少なかった。
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- バズーカー砲による攻撃は、弾体がカメラに捉えられる程度の速度で飛行してくるために回避が容易だとされている。実際その速度は、実体弾の主兵装であるマシンガンに比べても圧倒的に遅いし、追尾してくるわけでもないからその弾道さえ読めれば回避は容易である。その弾道も、ジムのコンピューターが、あっという間に弾き出してくれる。そして、後は最適な方向に離脱すればすむ。けれど、それでもジオン軍が、対モビルスーツ戦闘にすらバズーカー砲を装備して出撃してくるのは、その1発1発の威力もさることながら実戦では、カタログデータ通りの回避ができないことも多いからだ。
- 実際、連邦軍が想定する交戦距離よりもずっと至近距離へ飛び込んでくる技量を持つジオン軍モビルスーツパイロットの数は、この時点でも決して少なくはなかった。また、発射された砲弾に魅入られてしまう連邦軍パイロットもいた。死神に魅入られてしまったとでも言えばいいかもしれない。余裕を持って回避できるはずなのに身体を硬直させてしまうのだ。
- そして、この日のルリエル曹長が、まさにそうだった。
- マクレガー大尉や、レイチェルなら難なく躱したであろう距離から発射されたバズーカー砲弾に魅入られてしまったのだ。そのまま命中すれば、確実に戦死は免れなかったに違いなかったが、間一髪のところでシールドでの防御に成功した。それは、ルリエル伍長の技量というよりは、教育型コンピューターの性能によるものだったろう。
- レイチェルは、右翼でジムを砲撃して上方へ抜けようとしたザクにビームをまともに浴びせながら、その瞬間を目撃した。ルリエル曹長のジムが間一髪のところで差し出したシールドに着弾したバズーカー砲弾は、あっという間に装薬のジェット噴流でシールドに穴を穿ち、まだ十分に残っていたロケット燃料を爆発させた。その瞬間、シールドの上半分は砕け散り、ルリエル曹長のジムは、多いにバランスを崩し、前進を一時的にだが、強制的に押し止められる。その僅かな時間が、マクレガー大尉を孤立させようとする。
- 「デュロ〜クッ!!」
- コニー曹長の絶叫が、レイチェルの耳に突き刺さる。
- 「コニー、ルリエル曹長に構うなっ!大尉に続くぞ!!」
- そう言い放つとゴオッと背部のランドセルに装備されたメインバーニアをレイチェルは、最大出力で噴射した。ググッと身体が一瞬だけシートに押し付けられる。そうするとあっという間にデュロク曹長のジムに追い付きモニターの中の大尉のジムが、大きくなっていく。
- 「ルリエル曹長、ラス准尉と合同し、大尉とわたし、アクセル曹長を支援しろ!」
- 混乱しかかっている、あるいはしているのかもしれないルリエル曹長に罵声に近い調子で指示しながらも、ギンッ、ギンッと2斉射し、大尉のジムに纏わり付こうとするザクを牽制する。今度は、命中しなかった。さすがに、急加速しながらの射撃では直撃というわけにはいかないようだった。しかし、レイチェルのビーム射撃に驚いて進路を変えようとしたザクのうち、1機を大尉が撃墜する。
- 更に纏わり付こうとした残りのザクも、全く別な方位からのビーム射撃を喰らってその戦闘兵器としての生涯を強制終了させられる。
- (感謝してよね!)
- 大尉のジムの背中にそう呟きながらもレイチェルは、モニターの中でほんの少しの脅威も見落とすまいと視線を走らせる。
- 一時的、それがたとえ数秒にしか過ぎないにしても、レイチェル達に脅威を与えようとするジオン軍モビルスーツは、いなくなった。
- 「ラス准尉!ルリエル曹長を見れて?」
- 後方モニターには、コニーが変わらずぴたりと追随してくるのが見て取れる。私情に溺れなかったのは見上げたパイロット魂といったところか?
- 「ハイ、少尉。曹長を加えて3機で支援します」
- 僅かにノイズが交じってはいるが、ラス准尉の凛とした声が聞き取れた。そして、その回答は、ルリエル曹長のジムも、戦力として勘定できることを知らせてくれていた。
- 74戦隊は、まだまだやれる!そう思えることにレイチェルは、思わず笑みをこぼした。しかし、それは一瞬のことで、すぐに真剣な顔に戻り全周囲を警戒した。
- レイチェルは、まだ誰も傷ついていないことに満足し、何としてもみんなが生きたままこの非条理な戦闘を終わらせたかった。そのためには何をなすべきなのか、レイチェルは、十分に心得ていた。
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- 連邦軍2個艦隊の一斉砲撃と、そこから放たれた1000機にも及ぼうかというモビルスーツ部隊(もちろんボールも含まれている)とそれを支援するセイバーフイッシュやパブリクの突撃で始められ、それを迎撃するジオン軍ア・バオア・クー守備隊との交戦は、ますます激しさを増していた。
- 艦載砲と要塞砲との応酬は、連邦軍のパブリク突撃艇がビーム撹乱膜を展帳したことによって互いに大量のミサイルの応酬に変わっていたが、全体の趨勢はややジオン軍に有利だった。しかし、それぞれのモビルスーツ隊が交戦を開始したことで新たな段階を迎えようとしていた。より優秀な機体を装備する連邦軍が、そこかしこでジオン軍モビルスーツ隊を撃破し始めたのだ。それでも、どうにかこうにか、ジオン軍が戦線全体では、連邦軍の攻勢をなんとか支えていられるのは、一重にこの方面に進出し、要塞最前面にまで突出した宇宙空母『ドロス』の働きによるといっても過言ではなかった。
- この200機近いモビルスーツとそれと同程度の艦載機(ガトルやジッコ)を運用でき、しかも大型の連装メガ粒子砲を8基(片舷斉射はそのうち4基しか指向できなかったが)を装備するこの空母は、もはや空母と呼ぶよりは、小型の移動要塞といったほうが正しかった。
- 多少の被弾を受けても、全く意にも介さずモビルスーツの発艦と収容、再出撃を支援するこの空母の存在は、連邦軍にとってまさに鬼門となりつつあった。
- しかし、あまりに巨大で損害を与えることが不可能かに見える『ドロス』も、やはり人間の手によって建造された艦艇であり、その機能は、連邦軍の集中射撃を受けて確実に損なわれ、ダメージを蓄積させていた。しかし、現在までのところ、その役割を十分以上に果たしており、ジオン軍守備隊の象徴とでも言うべき存在を維持し続けていた。
- また、要塞各所に備えられた全周囲カメラと強力なレーザー通信で艦艇やモビルスーツ隊を指揮できるというのも護りにつくジオン軍の強みだった。的確に部隊を運用できるジオン軍は、突破されそうな空域に増援を迅速に送り込むことが可能だったし、迎撃砲撃をどの空域に送り込めばよいかも的確に把握でき、それを実行できた。しかし、その能力は限界に達しようとしていることもまた確かだった。ア・バオア・クーが、設置されたときには、思いもしなかったほどの大量の攻撃部隊が殺到しつつあったからだ。
- 一方の連邦軍は、その喪失艦艇数の増加に歯止めをかけられないまま艦隊ごとア・バオア・クーに接近していくしかなかった。自慢のビーム撹乱膜が、あまりにも高性能なせいでマゼランやサラミスに搭載されているメガ粒子砲も、ア・バオア・クーに対して直接的な損害を与えることができなくなっていたからだ。
- 今のところは、搭載されたミサイルによってア・バオア・クーに対する攻撃とモビルスーツ隊に対する支援を行えてはいたが、艦載されたミサイルは、要塞の備蓄ミサイルと比較するならばその搭載量は、明らかに限定されていた。それでも、連邦軍が、放ったミサイルの流星雨の密度は、それが通過する空域にいたジオン軍にとっては絶望的にも思える量には違いはなく、着弾する区域は、破壊の嵐に襲われることとなり、確実にア・バオア・クーの防御力を奪っていた。
- しかし、やはりそれはミサイルの搭載量に限界がある以上無限に続くわけではなく、ジオン軍の最終防衛ラインを突破しつつあるモビルスーツ隊を支援し続け、ア・バオア・クーに対する最終的な打撃を与えるためには、ビーム撹乱膜が展帳してある空域を潜り抜けて行うメガビームによる支援砲撃と要塞そのものに対する直接砲撃は絶対に必要だった。
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- 「きりがない!」
- 74戦隊の直掩をジムのパイロットとしてはただ1人任されたリ・ホワン曹長は、何度目かのジオン軍艦艇攻撃部隊を撃退し終えて思わず叫んだ。
- 1波目2波目までは、ジオン側もそれなりに統制のとれた部隊による攻撃を行ってきたが、それ以降は、少数部隊、時には単機、による五月雨的な攻撃に変わった。いや、変わったというよりは、そうせざるをえなくなったに違いなかった。戦場が、あまりに交錯しすぎて編隊を組んだままで連邦軍部隊に接近するなど不可能になったのだ。
- 74戦隊は、作戦開始と同時に『ナイル』の機関が一時的に不調を来したために艦隊全体のやや後尾に位置することになった。そのために最前列に位置した部隊と比較するなら戦隊としては損害をまだそれほど受けてはいない。『キョウト』も『ナッシュビル』も被弾はしていたが全ての砲門が健在だったし、『ナイル』もモビルスーツの運用にはまだ全く支障がない。それでも、同じ後尾に位置するにもかかわらず、空母を伴うということで敵の目を引いていることは間違いないらしく、突破してくるガトルやジッコに対する迎撃戦闘で休まるときがない、というのが現状だった。
- それは、直掩を任されているリ曹長やボール隊のパイロットにとってもそうだった。少数機による攻撃は、捕捉してしまえば迎撃もそれほどこんなんではなかったが、いつ果てるともなく続くわけだから神経の休まるときがなかった。前方に出て、敵のモビルスーツと命を遣り取りするよりはずっと楽な任務だと思っていたり曹長にとってそれは、大きな誤算だった。
- 「新たな敵、真方位艦隊前方1時、下方22度方向、敵はモビルスーツを含みます!!リ曹長迎撃願います!!」
- そして更なる誤算が、ラインバック伍長から伝えられた。こんな艦隊後尾までジオン軍のモビルスーツが、突破してくるなど想像もしていなかったのだ。
- 「リ曹長、了解、敵を迎撃します!!」
- (結局、楽な任務なんてないことか?)
- 「頼んだぞ!」
- 初めてのモビルスーツを伴う迎撃部隊にハルゼイ艦長も、声を掛けてきた。モビルスーツを伴うかそうでないかは全く意味が違うということだ。
- 「やってみます!!敵の数、分かりますか?」
- 「ん?」
- ハルゼイ艦長が、モニターの中で振り返ってササキ曹長に確認する。
- 「05タイプ2機、後はガトルだ」
- 「了解!!」
- 安堵すると同時に、呆れも隠せない。ガトルとともに突破してきたのが新型機ならともかく、一線を退いていてもおかしくない05タイプだったからだ。リ曹長は、推進剤の残量表示にちらりと目をやり、次いでビームの射撃回数にも目を配った。どちらも、この時のためを思って戦闘をしてきたのでそれほど減ってはいなかった。
- (チッ、旧式機でよくやる)
- 悪態をつきながら、突破してきたジオン軍の攻撃部隊を迎撃する進路にジムを乗せる。
- 「ボール3小隊、支援を頼む、我に後続せよ!」
- リ曹長のジムと違ってボール隊からは、既に何機もの喪失機が出ていた。その中にあって3小隊は、まだ無傷な小隊だった。
- (中尉、今日の整備はばっちりなんですが・・・。どうも、もちそうにないです)
- リ曹長は、決して事態を楽観してはいなかった。
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