18

 
「中尉、戦況はどうなのです?」
 通信回線を開きモニターに映ったパイロットスーツに着替えたノーマン中尉にはっとしながらもカディス船長は尋ねた。
 絶え間ない微震動が、船橋にいても桟橋に接舷しているせいで伝わってくる。少なくともア・バオア・クーが攻撃を受け続けていることを知らせてくれてはいるが、補給船団が入港しているベイエリアでは、それ以上知りようがなかった。
 ア・バオア・クーが、連邦軍の攻撃を受け始める僅か2時間あまり前に出された出港準備命令にしたがって出港準備を整えたカディス船長だったが、このエリアから出港した補給艦なり輸送船はいまだに1隻もなかった。
 もっとも、推進剤の積み込みは完了していたので上陸している船員を呼び戻すだけで良かったから、それほどの労力を払ったわけではない。
「わたしの隊が、ここのエリアの防衛を担当します」
「え?」
 カディス船長は、思わず聞き返した。
「無論、命令は出てませんがね」
 ノーマン中尉の後方を、何人かのパイロットが駆けていく。手には、自動小銃が握られていて、何事かを叫んでいる。
 それを見て驚いているのが分かったのだろう、ノーマン中尉は、ほんの少しばつの悪そうな笑顔を浮かべた。
「推進剤がないと動けませんからね、頭の固い補給隊の士官にちょっと手荒い方法で搭載させたんです」
「中尉・・・」
「分かってます、船長。いいたいことはね。しかし、戦況は予断を許さない状況になってます。連邦軍の別動隊が、出てきたんです」
「別動隊?」
 そういわれても、現在の戦況を知らされてはいないカディス船長にはピンと来なかったが、少なくとも良いことではないのは分かった。
「残念ながら詳しいことはこっちには分かりませんが、ア・バオア・クーの守備隊は、予備部隊も投入し始めたようです。それに、この震動・・・分かりますか?」
 カディス船長が、首肯くとノーマン中尉は、続けた。「とにかく、私たちだってこのまま死にたくはないわけです。といって、連邦軍のモビルスーツと直接交戦するにはいかにも・・・ってことです」
 最初、錯覚かと思った微震動、今は時折はっきりとそれと分かる振動も混じるようになっていた。ア・バオア・クーが、攻撃に、それも絶え間ない攻撃にさらされている証拠だった。
「悪いんですか?」
「ええ、酷くね。とにかく、我々は、モビルスーツに搭乗して補給船団のベイエリア周辺を守備します。このベイエリアを管制する指揮官には、いざというときに補給船がやられてしまったら脱出できないぞといって許可は取り付けてあります。後付けの理由ですがね」
 実際、現時点では、予備の部隊も含めて戦闘可能な艦艇のほとんどが出撃している。そんな状態で、後退が決まったとき、いちいち戦闘艦が入港して生存者を拾っていくなどということはあり得なかった。
「少し安心しましたよ。全くの命令無視ではないんですね?」
「まあ、同じようなもんですがね」
 にやりと笑ってそういうと軽く敬礼をしてノーマン中尉は、画面から消えた。その消えてしまったモニターに向かってカディス船長は、小さな声で言った。
「中尉、死なんで下さいよ」
 そして、船橋内の船員達を振り返った。
「ようし、機関始動!すぐにでも出力全開まで絞れるようにしておけ!なぁに、港湾担当の軍人が、エリアの廃熱温度が上昇するといってきても無視してしまえ!!」
 形式上、ア・バオア・クーに入港している間は、カディス船長には、船を指揮する権限はなかったが、そんなことは承知の上だった。機関始動という命令に驚いた船員達は、軍人を無視してしまえと豪胆に言い放った自分達の船長に更に驚いた。
 しかし、すぐに威勢よく返事をすると彼らは、自分達の持ち場へと走り去り、それぞれの仕事を迅速にこなし始めた。彼らは、自分達の船長を心から信頼しており、そんな船長が意味もなく命令違反を犯すことなどないと信じきっていたからだ。それに現状を考えるならば誰を一番信頼すべきかはあまりにも明白だった。
 優秀な船員たちのもとで『オルベスク』は、命の息吹を与えられ、宇宙へ飛び立つ用意をものの10分と経たないうちに整えた。急激なエリア内の温度上昇にベイエリアを統括している軍人が気付き、罵声とともに直ちに機関停止を命じてきたが、カディス船長は、半ば笑いながら言い返した。
「我、機関不調、並びに通信不調」
 そして、それだけ言うと通信回線を開けてはいたが、それ以降の呼びかけを一切無視してしまった。
 
(どうする?)
 中隊規模のガトル、そして2機の05タイプとはいえモビルスーツ。自分にとって危険なのは、当然05タイプだ。そして、艦隊にとって危険なのはガトルだ。05タイプは、ガトルを分離するとまっすぐこちらを目指してきた。
 中隊規模のガトルを残ったボールだけで迎撃するのは至難の技だろう。
「ボール3小隊、ガトルを側面から攻撃せよ」
 自分を支援してくれるはずのボールもガトル攻撃に向かわせる以外に手はなかった。
(問題は、あいつらの腕前だ・・・)
 2機の05タイプは、回避運動をしながら向かってきた。たった2機で中隊単位のガトルをここまで連れてきた以上、並以上と見るべきだろうと思う。これ以上接近させないために、スプレーガンを発射したが、2機の05タイプは、左右に分離し、挟撃できる体勢からマシンガンを発砲してきた。
 リ曹長は、それを上昇ロールで回避したが、どちらを攻撃すればよいのか判断がつかなかった。
 リ曹長機を左右から挟み込むような位置に付くと2機の05タイプは、点射をしながら距離を詰めようとした。艦隊を守らねばならない、その思いがリ曹長の自由な動きを封じ込めていた。最初の被弾は、シールド上で弾けた。全備重量90トンを越すジムの機体が、そのたった一撃で激震する。
 その瞬間、リ曹長は、右に位置する05タイプへ突進した。不規則な円運動で回避しながら接近行動をしていた05タイプは、驚いたように挙動した。今度は、マシンガンを連射する。背にしたほうの05タイプからも射撃が加えられるが、リ曹長のジムが、予想を超えた加速をしたために、全てが外れる。
 前方の05タイプからの射撃を右への急カーブで避けながらリ曹長は、逆にスプレーガンを浴びせる。急カーブしながらの射撃は、05タイプをひるませるには十分だったが、後退させるほどではなかった。
 更に後方からの射撃。曳光弾が、後方から前へと1発、2発と駆け抜ける。
 ガンっ!
 1発が、命中する。再び、機体が激震するが、ジムの戦闘能力には全く支障がなかった。スプレーガンの発射。
 前方の05タイプに今度は、ビームが浅く命中し、火花のように溶解した装甲が飛び散る。それだけでも05タイプにとっては重大な損傷のはずだった。事実、その05タイプは、背を向けた。
 ガンっ、ガンっ!
 更に2発が、後方より命中する。何かの警告音が発せられるが、それを無視してリ曹長は、背を向けた05タイプにスプレーガンを見舞った。命中!
 その結果を、見届けるよりも先にリ曹長は、機体を翻した。同時にシールドをかざす。05タイプは、リ曹長が想像するよりずっと距離を詰めていた。
 ガンっ!
 更にシールド上に1撃が弾ける。僅かに機体が、姿勢を崩す。そのせいで発射したビームは、05タイプの脇を駆け抜け、05タイプは、更に距離を詰めてきた。その機動に圧倒されてリ曹長はほんの僅か我を忘れる。その間に05タイプが、マシンガンを捨て、腰からヒートホークを引き抜く。ヒートホークを振り上げた瞬間、リ曹長のジムが、発射したビームが、05タイプを駆け抜けた。
 次の瞬間、リ曹長の目を眩いばかりの光が炒る。そして、そのまま光はリ曹長をジムごと包み込んでいった。
 
「リ曹長機、識別信号消えました・・・」
 ラインバック伍長からの報告を聞きながらハルゼイ艦長は、汗を脱ぐおうとし、自分もノーマルスーツを着ていることを思い出した。際どい戦闘だった。リ曹長のジムが、撃墜され、ボール隊を突破してきたガトルによってキョウトが命中弾を受けたのだ。ボール隊からも新たに2機の損害を報告してきている。
 2機のザクを迎撃し、その役割をみごとに果たしたり曹長のジムは、多くのモビルスーツの最後と同じように、あたりに大量の光と高熱を撒き散らしながら消滅した。その様は、ブリッヂからも遠望できたし、メインスクリーン上で観察できた。
「損害集計急げ!!」
 ひときわ大きい声で命令しながら、ハルゼイ艦長は、ブリッヂ内を包もうとする暗い空気を振り払おうと努力した。この大きな声は、確かに効果があった。ショックを完全に拭えないまでも現実に少しは引き戻す効果はあったようだった。
 リ曹長は、1機を撃墜し、もう1機も撃墜したには違いなかった。しかし、2機目の撃墜は、あまりに至近に過ぎた。
 確かに自分達の視界の範囲内で起きた見知ったものの戦死だったが、まだまだ戦闘はほんの序盤を迎えたに過ぎない、たった1機の喪失で動揺していては、これから起こるである事態に正常な精神でいられなくなる。
「キョウト、戦闘行動に支障なし」
 これは、安堵の声でラインバック伍長が、報告する。
 少なくとも2発のミサイルを受けた『キョウト』だったが、重要区画への被弾は免れたらしかった。右前方に占位する『キョウト』は、確かに発光信号でも「我、健在なり」を繰り返し明滅させながら前方空域に対するメガビーム射撃を再開していた。
「よろしい、詳細な被害を報告するようにいってくれ、伍長。ササキ曹長、状況は?」
「周囲は、敵も味方も入り乱れています。現在、本艦に脅威となる敵影はありません」
 ほとんどセンシングシステムが拾えるかぎり能力いっぱいのデーターが、全周囲全天モニターには、プロットされており、それらの中から必要な情報だけを読み取るのは、非常に困難な仕事になってはいたが、ササキ曹長は、サブ・オペレーターのトーマス上等兵とともにそれをこなしてくれている。
「よろしい、敵を見落とすな。本隊を護衛してくれるジムはおらんのだ。早めの発見、頼む」
「了解です、早期発見に努めます」
「艦長、本隊にジムの支援要請を出されてはいかがでしょう?」
 トレイル中佐が、現在の74戦隊の防御状況を案じて具申した。確かに、ボール隊だけでは心許なかった。ジムが、いるといないでは、その安心感は全く違った。たとえ1機でも付いていて欲しい、誰もがそう思っているに違いなかった。
「よかろう、やってくれ」
 もちろん、この状況下で74戦隊に回してもらえるジムがあるとは思えなかったが、何もしないよりはましに違いなかった。それに頼んだということで多少なりともブリッヂにいるものを安心させる効果も機体はできた。
(問題も多い男だったが・・・)
 ハルゼイ艦長は、皆が、なんとか職務を続行してくれているのに安堵しながら、戦死してしまったリ曹長を思った。
 ハミルトン中尉が、戦死したのは確かに、リ曹長の的確な支援がなかったからだったらしい。しかし、リ曹長機のビームスプレーガンの磁束帯が焼き切れていたのでは支援行動も限定されてしまっただろう。そして、まさに支援射撃しようとした瞬間に磁束帯が、焼き切れていたなら、他のものから見れば、中尉を見殺しにしたように見えただろう。
 帰艦してきたリ曹長のジムを整備したラナウェイ軍曹から、その事実を知らされたのは、ア・バオア・クー攻略戦開始間際のことだった。リ曹長からは、固く口止めされていたのですが、そういって教えてくれたのだ。もちろん、時間的な余裕などあるわけもなく、ハルゼイ自身が、リ曹長からその事実について聞き取りはできなかった。そして、その事実について、聞くことは永遠にできなくなってしまった。
 確かに斜に構えることも多く、東洋人特有の表情の少なさもあいまってリ曹長はモビルスーツ隊にあっても良き理解者がいなかった。もっと話し合えばきっと互いに分かりあえていたに違いなかったが、どういう理由があったかは知る由もなかったが、リ曹長自身、人と交わるのを避けていた以上それは仕方がないことだった。
 けれど、少なくともリ曹長は、先刻の戦闘に限っていえば、死力を尽くした。そして、それは、きっと今迄の戦闘でもそうだったに違いない。05タイプが、ガトルを分離したときにも、すぐにボール隊を自分が支援を受けられなくなるにもかかわらず分離させた決断にもそれは現れていた。
(惜しい男を亡くしてしまったのかもしれんな・・・)
 ハルゼイ艦長は、刻々と変わる状況に注意を払いながらリ曹長の死を悼み、その行動に感謝した。
 
 Nフィールド上に新たに連邦軍艦隊が現れたことは、ア・バオア・クーの司令部を(少なくとも軍事に造詣の深いものなら誰でも)多いに驚愕させた。25隻というまとまった数の艦隊の出現は、戦場全体の流れを変えるに充分な数だったからだ。しかし、狼狽することは許されなかった。もっと直接的な身の危険が、ア・バオア・クーの司令部内には存在していたからだ。すなわち、ギレンとキシリアの存在だった。この2人がいる状況の中でなにか弱気の発言でもしようものならそれは直接自分を殺すに等しい振る舞いになる。
 実際、Nフィールドに新たな艦隊が現れる寸前までの2人の発言及び作戦指導は(それを証明できる人間は非常に限られていたが)、これで連邦軍の総力は、尽きたというものだった。
 しかし、実際には、ジオン軍も各フィールドから多数の部隊を抽出し、更には、予備部隊まで投入することによってどうにかこうにかSフィールドからの連邦軍の攻勢主隊を防いでいるといった状況だった。特に問題だったのは、モビルスーツ隊の練度不足だった。そして、連邦軍モビルスーツに対する過小評価もそれに拍車をかけていた。シミュレートでは、撃退できるはずの戦力を送り込んでいるにもかかわらず、逆に潰走させられる部隊が数多くいた。そういった潰走させられた部隊の穴を塞ぐために逐次投入を重ねていっても、その穴は用意に塞ぐことができなかった。
 それは、総司令部で統一指揮を行っている参謀の大半が連邦軍のモビルスーツに対する正しい認識を持たないことによっていた。この時期になっても連邦軍のモビルスーツが、ビーム火器を持っており、ザクのマシンガンの一撃では破壊できないことを認めないものがおり、更に悪いことにはそいった参謀が多数を占めていたのだ。そして、そういった参謀達は、自分達が指揮下に収めるモビルスーツ隊が、開戦初期の頃と比べると著しく練度が劣っていることも認めようとはしていなかった。
 もちろん、これほどせっぱ詰まった状況が、2人の最高司令官に上手く伝えられていないことも問題だった。しかし、Nフィールド上に新たな艦隊が出現するまでは、なんとか(本当に際どい状況だったけれど)ア・バオア・クーは、連邦軍を撃退できるのではないかという見通しが立ちつつあったから、無用な進言をしてア・バオア・クー以降の自分の身を不安定にさせるような愚を犯すものなど誰もいなかったのだ。
 しかし、出現したものには対処せざるをえない。ジオン軍は、最後のモビルスーツ予備部隊をこの方面の迎撃に充てることにした。そう、ジオン軍は、持てる全てを投入しなければならなくなったのだ。
 そして、重要なことは、決定的な役割を果たす新たな戦力が加入してきたにもかかわらず2人の総司令官は、戦場全体の流れを変えてしまいかねない戦力の加入を他の参謀達が思っているほど重要視していなかったらしい。そして、その傾向は、よりキシリア少将に強かったに違いない。そうでなければ、戦闘のもっとも微妙な段階で私的裁判とその刑が執行されることなどなかったはずだ。あるいは、キシリア少将が、戦後の政権争いの結果を我々が思っている以上に危機的に感じていたからかもしれない。その決定的な瞬間、ジオン軍最大の防衛拠点であるア・バオア・クーの機能は、信じられないことに損なわれた。
 
 マクレガー大尉は、焦りを感じ始めていた。敵の迎撃部隊を振り払っても振り払っても新たなジオン軍迎撃部隊が、自分達の目の前に現れてその進撃を阻止しに掛かってくるからだった。
 74戦隊の仲間達は、どうにかこうにか生き残ってはいたが、既に当初から考えるならモビルスーツ隊の損耗率は、撃墜されたものだけをとっても3割に達しつつある。ボール隊に至っては、4割に迫っている。もちろん、このア・バオア・クー侵攻隊の指揮官は、マクレガー大尉ではなかったが、状況が打開できない以上、これは深刻な事態だった。
 通常部隊というものは、3割の損害を出したところで全滅(文字的にみると10割と感じるかもしれないが・・・)扱いになり、後退が検討される。5割なら壊滅であり、その部隊は、戦場から消え去ることとなる。たとえすぐに補充が受けられたとしても半分が入れ替わったような部隊が、戦場でまともに運用できるようになるには、半年近くの錬成が必要となるからだ。部隊とは、数がそろえばよいというものではない。数がそろい、かつ部隊間同志の連携がとれる有機的な運用ができなければ、それはただの集合にしか過ぎない。つまり、5割の損害を被った部隊は、戦場正面から少なくとも半年間は消え去るということになる。
 その壊滅という状況にまで、このままの状態が続けば早晩至ることは間違いなかった。
「大尉ッ!!右ッ!」
 叱りつけるような警告とそれにほんの僅か遅れて響き渡る接近警報に、マクレガー大尉は、現実に戻ってきた。その思考は、僅か2、3秒だったにもかかわらず、死の女神は、それを見逃さなかった。
 パブリクの残骸に身を潜めていたザクが、飛び出してきた瞬間だった。
「ちいぃぃぃっ!」
 マクレガー大尉は、機体をロールさせモニター正面に捉えたザクを睨みつけて、歯を食いしばった。バズーカー砲の砲口がゆらりとスローモーションのように、マクレガー大尉自身の心臓にと向けられるように動く。
 ザクの右肩に担がれるようにして狙いをつけたバズーカー砲の後尾から大量の噴煙が放出される。盛大に。ザクのメインカメラが、ぎらりと光ったように見える一瞬。
 メインバーニアを最大出力で噴射させるためにマクレガー大尉は、フットペダルを思いきり踏み込んだ。その踏み込みが、電気信号になって伝わり、推進剤が、一気に燃焼され始める。
 バズーカー砲を発射したザクが、更に一撃をしようとする。しかし、それより早く、横合いからのビームライフルの一撃が、そのザクの上半身を薙いだ。マクレガー大尉を睨みつけていたザクのメインカメラが、消える。しかし、先に発射されたバズーカー砲弾は、マクレガー大尉のジムが、回避を行うより先に大尉のジムに命中した。
 ジムの右脚付け根に命中したバズーカー砲弾は、その成形炸薬を思いきり噴射させて右脚の動作機構をめちゃくちゃに溶解させるとともに、至近から発射されたために大量に残っていたロケット燃料を盛大に爆発させた。次の瞬間、右足は、付け根からちぎれて吹っ飛び、次いで左足もロケット燃料の爆発の影響で大きく反り返り、動作しなくなった。ジムの本体も、無事にはすまない。脚の付け根で起こった爆発で進路からはじき飛ばされて、ア・バオア・クーの侵攻進路から大きく外れていく。
 マクレガー大尉の最後の感覚は、下から突き上げるような激震だった。
 
 Nフィールド上から現れた連邦軍が伴ったモビルスーツ隊が、上陸する一方、劇的な変化がついにア・バオア・クーに訪れた。
 空母『ドロス』の撃沈である。Sフィールドの守りの象徴でもあったこの大型空母の撃沈は、多くのジオン軍兵士にとって心の支えを失わせる効果もあった。それは、戦力的にもそうだった。200機近くのモビルスーツを統一指揮が可能であり、ア・バオア・クーの最前面より更に突出してそれが可能だったのだから。存在するというただ1点でも『ドロス』は、侵攻前面の連邦軍を圧倒し続けていたのだ。
 しかし、いかに巨大であっても所詮は人工建造物にすぎない『ドロス』にはおのずと被弾に対する限界があった。それに、『ドロス』は、本来安全空域にあって攻撃部隊を運用すべき存在であり、いかに敵を威圧する効果が高いと言っても最前線で敵の砲撃に曝されるようには設計されてもいなかった。結果、度重なるメガビームの命中によってついにその心臓部、熱核反応炉が暴走したのだ。今迄誰も見たものがない程巨大な爆発を起こし、その周囲に展開していた自身の護衛部隊を大量に巻き込みながら『ドロス』は、ア・バオア・クーのSフィールド空域でその短い生涯を終えた。
 しかし、ア・バオア・クーのジオン軍に襲いかかった不幸はそれだけではなかった。『ドロス』の撃沈は、あくまで象徴的なものでしかなかった。より実質的な面では撃破されてコントロールを失った(あるいは、これ以上もたないことを知った艦長の判断だったのかもしれない)サラミスの1隻が、コントロールタワー付近に突っ込んだことの方が戦場の流れを変える大きな出来事だった。これによってコントロールタワーは、完全崩壊しなかったものの至近で起こった大爆発によってその機能を完全に失った。ジオン軍は、部隊の統括的運用ができなくなったのだ。つまり、これ以降は、部隊個々の判断によって戦闘を続行せざるをえなくなったのだ。それまで、統一指揮されてきたジオン軍ア・バオア・クー守備隊にとってこれは致命的な問題、しかももはや解決不能な問題だった。
 その少し前に起こった些細な兄妹喧嘩は、それに拍車をかけたに過ぎない。
 04:57、戦場の流れは大きく変わった。
 
 戦場空域は、ミサイルやビームが、飛び交うとはいえ一時的に、少なくともレイチェル達が占位する空域は、小康状態を得ていた。その間隙をぬって連邦軍モビルスーツ隊は、戦列を整え、それが終了した部隊から順に最終的な上陸のための戦闘へと投入されていく。
 その過程でレイチェルは、マクレガー大尉機の喪失とともに74戦隊を統べることになった。その最初の命令は、ホンバート曹長に対するものだった。
「ホンバート曹長、ルリエル曹長とともに大尉のジムを確保、後退せよ!」
 これは、私情を挟んだ命令だったが、これまで曹長を指揮下に収めてきたラス准尉も、ホンバート曹長自身にも否はなかった。進むにしろ戻るにしろ、空域全体が戦場と化している現在、どちらが危険でどちらが安全というような線引きはなかったし、74戦隊の仲間だからだ。
 撃破されたマクレガー大尉のジムは、誘爆を起こしたわけではないから、機体回収に成功すれば命だけは取り留める可能性もあるのだ。
 それに明らかに戦場神経症になってしまったルリエル曹長を、これ以上同行させるのはルリエル曹長にとっても、それを同行するレイチェル達にとっても危険だった。本来なら大尉のジムの確保は、ルリエル曹長1機に任せたいところだったが、戦場神経症になった曹長を単機で行動させるのは、曹長を見殺しにするに等しかった。
 大尉ならどうしたろう?任務を優先して撃破された仲間のことは、強制的に頭の中から追いやるだろうか?それとも・・・。どちらにせよレイチェルには、大尉をこのままにしておくことはできなかった。
「ラス准尉は、アクセル曹長とともにわたしに後続せよ!」
 雑多な思いを頭の中から振り払うと3機になった74戦隊のジムを率いてレイチェルは、残存する第2大隊のモビルスーツ隊とともに進撃を続行した。
 
 超巨大空母が撃破されるのを目の当たりにして興奮の絶頂を迎え、マクレガー大尉機の損失で現実に引き戻されたコニーは、レイチェル少尉の後方をラス准尉とともに占位していた。そのラス准尉機は、シールドの下半分を吹っ飛ばされたうえに、機体にも被弾している。
 ラス准尉の技量を考えるならあり得ないことだったが、それは准尉が、戦場神経症に陥ったルリエル曹長を守り抜こうとしたために受けた損傷だった。最初の被弾以降、デュロクは退行現象を起こしていたのだ。自発的な行動のできない味方機を護るのはこの錯綜した戦場では、血のにじむ努力が必要だったろう。そして、それはホンバート曹長もそうだったに違いない。
「デュロク・・・いえ、ルリエル曹長は・・・?」
 右隣に占位したラス准尉機にコニーは、我慢できず交信した。
「分からない・・・でも、生きてはいるわ」
 冷たく聞こえたが、直接確認できるわけもないのだから仕方がない。
「そうですか・・・」
「私情は禁物よ、曹長」
「はい」
 デュロクのことを気に掛ければきりがなかったが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。ア・バオア・クーのクロスポイントを突破した連邦軍モビルスーツ隊は、ついにア・バオア・クーへの上陸を果たすための最終戦闘にと突入していったからだ。
 既にモニターの全ては、ア・バオア・クーで占められている。ルナ2程ではないにしろ、その長軸は軽く100キロを越し、どんな人工構造物よりも大きいのだ。ともすれば、ア・バオア・クーの壁面にぶつかってしまうのではないかと思える。
 レーザーセンサーでその壁面との距離がまだまだコロニー1基分が入るほどであってもア・バオア・クーの存在感は、圧倒的だった。
 連邦軍モビルスーツ部隊と、ア・バオア・クー壁面間に存在するジオン軍は、その数を急速に減らしていく。大半が、撃墜されるか、ア・バオア・クーの内部へと後退していったからだ。
 コニー達は、ア・バオア・クーの壁面をスキャンしながら敵の抵抗拠点へとビームを送り込んでいく。特に接近してくる連邦軍艦艇にとって危険な要塞メガ粒子砲座は見逃してはならなかった。それは、上陸隊本隊にとっても同様で、野太いビームが、ア・バオア・クーの壁面から発射されるやいなや、その射撃点にジムからのビームが殺到する。回避することもできない要塞メガ粒子砲座は、次々に破壊されていった。
(すごい・・・)
 コニーは、ア・バオア・クーの壁面のディテールをモニターの中で最大望遠で見て息を呑んだ。ア・バオア・クーの壁面は、まさに廃虚と化していた。それらの1つ1つが、連邦軍を迎撃するために作られた防御拠点であり、管制司令室であったのだろうが、連邦軍侵攻正面に面したそこには、もはや機能しているものはほとんどなかった。
「ラス准尉、アクセル曹長、我々は現空域で待機、上陸隊を掩護する!」
 レイチェル少尉から命令があり、前進をやめたとき、モニターに表示されたア・バオア・クー最前面からの距離は5キロになっていた。
 74戦隊のモビルスーツ隊は、他のいくつかの小隊(あるいは、小隊だったもの)とともに上陸隊の掩護にあたることになった。
「了解!」
「周囲の警戒怠るな、ジオンの抵抗は終わったわけではないぞ!」
 コニーの返答に対してレイチェル少尉は、更なる警戒を命じた。
 半分近くにまで数を減らしてしまったジムが、更に数を減らしながらも次々と上陸を果たすのをモニターで見守りながら、コニーは、新たな敵の出現を警戒した。
 ア・バオア・クーの表面で明滅する爆発の光に気を取られないようにしながらもコニーは、いまだジオン軍が抵抗を決してやめてはいないことをその光の数で感じ取リ、思わず恐怖せずにはいられなかった。
(生き残れるのかしら?)
 全周囲警戒を繰り返しながらふと呟いたコニーの思いは、奇しくもア・バオア・クー空域の全ての兵士の思いを代弁するものだった。戦場は、まだまだ若者の血を欲して止まないのだった。