- 「出港しろですって?」
- 何の予告もなく突如開き始めたベイエリアの扉に驚いたカディス船長が、コントロールに照会した答えがそれだった。「そんな無茶苦茶じゃないですか!」
- いつでも出港できるように機関を始動させておいたカディス船長だったが、いざ出港しろと言われると話は別だった。戦況を全く知らされないままにである。いや、知らされなくとも分かる、事態は最悪なのだ。
- 「護衛機はいる、これは命令だ」
- 管制所も混乱しているのだろう。それ以降は、どんな呼びかけにも一切返答はなくなった。
- 護衛機とはノーマン中尉達だろうか?たぶんそうだろう。そんなことをちらりと考えながら前方空間をカディス船長は見据えた。左右の桟橋に行儀良く接舷した輸送船や仮装巡洋艦の更に先に小さく開いたベイの出入り口が見えた。そこから見える小さな空間でさえ、自分達が出ていこうとする空間がいかに危険を雄弁に物語っていた。
- 「どうします?こんな状況じゃ、タグボートの曳航は期待できませんよ」
- 管制所へのタグボート要請も、全く返答がないままだった。聞こえて来るのは、各船が喚き散らす管制所への罵声ばかりだ。
- 「そのようだな・・・、まあ、なんとかなるだろう。できるな?」
- 副長が言うのに応えて、カディス船長は、操舵手の方を向いていった。
- 「やってやれんことはないですが・・・、こいつはそんなに器用に動きませんからね」
- 「構わん、少々はぶつけてよし、離岸するぞ!!」
- どうせ、ここにいてもどうなるものでもない、そう頭の中を切り替えるとカディス船長は大胆に命令を下した。
- いつもとは全く違って大胆な命令を次々と下すカディス船長に驚きながらも船員達は、命令されたことをやってのけた。
- 操舵手は、ぶつけるどころか、みごとに離岸し『オルベスク』をベイエリアの出港ライン上のど真ん中に停止させて見せた。
- 「やるじゃないか」
- 皺だらけの顔に満面の笑みを浮かべたカディス船長は、休まず次の命令を下した。
- 「前進微速用意!」
- 巨大な船体を持つ仮装巡洋艦『オルベスク』は、ベイエリアを出るための準備を理不尽な命令から5分と経たずに整えてみせた。
- 『オルベスク』の動きを見た補給船や仮装巡洋艦が、それにならって始動し始める。彼らは皆、正規の軍艦よりもずっと上手いのではないかと思える操船で、1隻づつ離岸を開始し、出港ライン上に自分達の船を停船させていく。
- 「1隻でも問題があるとつかえますよ・・・」
- 副長が、自分達より前にいる艦の動きを不安そうに見守りながらいった。確かに、お世辞にも広く作られたとは言い難いこのベイ内での事故発生は、想像したくないことの1つだった。それぞれの船が、推進剤を満載しているのだ。
- 「なぁに、彼らは、みんな生粋の船乗りだ。信じようじゃないか?」
- カディス船長は、笑顔で答えた。
- そのカディス船長の言葉を肯定するかのように危なっかしい離岸をするものがあったにせよ、事故も起こらず全ての停泊船が、離岸し、出港ライン上に多少ジグザグになりながらも停船を完了させた。
- 「さぁて、これからが問題だ・・・」
- そして、今度は誰にも聞こえないように船長シートに座ったカディス船長は呟いた。停泊船を全て出港させる以上、状況は逼迫しているに違いない。そして、逼迫しているということはとりもなおさず戦場空域が、連邦軍優勢に推移しているということにほかならないはずだった。
- (さて、何隻が生き残れるか・・・)
- 最初の1隻が、外海へとその身を曝していく。『オルベスク』の順番まで、まだ後7隻。平時ならたっぷり30分は、掛かるだろう。しかし、今は、平時通りの安全規定に則って加速をする船長などいはしない。先頭船は後ろに続く友軍艦船が、破壊されないだけ前進すると一気に急加速していった。熱核エンジンが、後方に噴射する熱エネルギーで、後続する船は、その外壁が炙られ、損傷していくが、この時ばかりは誰も文句を言うものはいない。
- ベイを出た輸送船の先頭船は、直ちに回頭を行うと全力加速に移っていった。全力加速の噴射炎は、正規の軍艦にも勝るとも劣らない盛大なものに見えたが、明らかにその最大加速力は、劣っていた。悲しいかな、輸送船は緊急加速ができるようには設計されてはいないのだ。
-
- 最初の1隻が出港してくるのを受けてベイエリア付近を守備するノーマン中尉指揮下のザクが、輸送船の噴射炎に曝されないように、機敏に位置を移動していく。その数は、出撃時に較べると小規模な戦闘を幾度か行ったせいで減ってしまっている。
- それでも、出港していく輸送船にとって視界の中に友軍のモビルスーツが入るのは心強いものに違いなかった。輸送船は、『我、出港す。我、出港す』の発光信号を繰り返し発光させながら加速を得ていった。
- Wフィールドに対する連邦軍の戦力投入が、比較的手薄だとは言ってもこのエリアに目を向けている連邦軍が皆無というわけではやはりなかった。Wフィールドも戦場であることには違いがないのだ。そうである以上、大量の赤外線放出を伴う最大加速中の輸送船が発見されないはずがなかった。それに、ア・バオア・クー表面で新たな動きが起こるのを見過ごすほど連邦軍は、あまくはなかった。それに目敏く気が付いた2隻のサラミスが、まだ稼働するメガ粒子砲塔を指向し、砲撃を始める。その砲撃力は、2隻を合わせても無傷のサラミス1隻にも満たなかったが、無防備な輸送船や仮装巡洋艦にとっては、まさに無慈悲な死刑執行人にほかならなかった。
- それに対して付近の健在な要塞メガ粒子砲が、反撃を開始するが、それが新たな敵を呼ぶことへと繋がっていく。しかし、それが分かってはいても友軍の艦船を好き放題に砲撃させるわけにはいかないというメガ粒子砲座の指揮官の判断だった。メガ粒子砲座の砲撃によって新たな敵を呼び込み、そして自分達の位置が暴露される結果になろうとも、何もせずに味方を見殺しにすることなどできなかったのだ。
- サラミスの砲撃は、最初見当違いなところへ打ち込まれていたが、出港してきた艦が単なる輸送船だということを知ると直ちに射撃解析値を修正してきた。
- そうすると、たちまち命中弾が、輸送船に襲いかかり、1分と経たずに巨大な爆発が、輸送船を沈めていった。
-
- 「や、やられたようですね・・・」
- 2隻目の輸送船が、ベイを出ようとした瞬間、ベイの中にいてもはっきりと分かるほどの爆発光が、無遠慮にベイの中に躍り込んできた。その毒々しい光は、ベテランの船員達をも怖けさせずにはおかなかった。
- 「仕方があるまい、全部が無事というわけにはいかんさ」
- カディス船長は、光が躍り込んできた瞬間奥歯をギリッと噛んだ。無傷ではすまない、分かってはいてもそれが現実になると心穏やかというわけにはいかない。しかも、先頭船からだ。
- (これじゃあ、安物のモグラ叩きだ・・・)
- しかも、このモグラ叩きゲームは、酷く自分達に不利なゲームだった。連邦軍が、注意を向けるべき穴はたった1つしかないのだから。
- しかし、カディス船長は、あくまでも冷静に応えた。
- 「はあ・・・」
- 副長は、完全に強ばった顔を前方に向けたまま気のない返事をした。
- 『レッド・クランプ、出港後2時方向、上下角プラス35度に加速せよ!!』
- 既に加速を開始している2隻目の輸送船にこのエリアを統括している管制所から指示が飛ぶ。3隻目も徐々に加速を開始している。問題が、起こったのはまさにその時だった。
- 「せ、船長・・・」
- 操舵手が、突然大きな声で叫んだ。
- 「どうした?」
- 「機関出力急速低下中・・・」
- さうだパネルを凝視し、自分が報告していることが信じられないというように頭を振りながら操舵手は報告した。
- 「なに??原因は?」
- カディス船長は、この時になって足元から伝わってくる震動が、弱まっていくのを感じた。
- 「わ、分かりません・・・出力80パーセント・・・65・・・」
- 「通信員、発光信号送れ!我機関故障、後続船は我に先行せよ、と。機関科員、状況知らせ!」
- 通信員に命じると同時に、船内無線を通じて機関室に問い合わせる。
- 「は、はい・・・」
- 顔を青ざめさせた通信員は、それでも返事をするとすぐに発光信号を送り始めた。
- 「船を寄せろ、後続船を前に抜けさせるんだ!」
- 自分達の船のせいで、他の船の出港に支障を来すわけにはいかなかった。命令を下している間にも読み上げられる機関出力は低下の一方を辿る。
- 「・・・機関停止しました・・・」
- そして、ついにそれはゼロを指した。
- サイドスラスターで『オルベスク』を再び桟橋方向に移動させながらも計器から目を離さなかった操舵手の口から絶望的な一言が出た瞬間、船橋内は、時が停止したかのようだった。
- 「こちら機関室、原因不明、機関停止しました」
- ほとんど絶望的な連絡が入る。
- 「諦めるな!直ちに原因を調べるんだ!」
- カディス船長は、大声で毅然と命じたが、その顔に浮かんだ焦燥の色は隠せなかった。
-
- 2隻目の輸送船は、出港すると直ちに管制所からの指示にしたがって船首を指示通りの方向に向け、全力加速を開始した。2隻目の貨物船、レッド・クランプが不幸だったとすれば、それはレッド・クランプが、1隻目の輸送船と姉妹船であったことだ。このため連邦軍の2隻のサラミスは、射撃解析値を変更することなく初弾から命中弾を得ることができた。
- 2隻目は、1隻目よりも更にア・バオア・クーから離れることができずにその核融合炉を強制的かつ無秩序に解放させられた。小さな太陽は、無遠慮にア・バオア・クーの外壁を炙り、至近にいた1機のザクを溶解させていく。しかし、ジオン軍も無抵抗ではない。要塞メガ粒子砲の間断のない斉射が、1隻のサラミスの艦首を捉えた。命中弾を受けたサラミスは、艦首をたっぷり15メートルはちぎり取られその姿勢を急速に崩し、このベイエリアに対する戦闘から強制的に退場させられていく。残った1隻のサラミスに残存メガ粒子砲座の全てが火力を集中する中、3隻目、仮装巡洋艦、が、出港していく。
- 2隻に分散していたメガビーム砲撃が、自分1隻に集中し、回避に手いっぱいになったサラミスからの砲撃精度では、いかに仮装巡洋艦といえども命中させることは難しかった。そして、回避し続けることも難しいかに見えた。
- しかし、ジオン軍の反撃射撃も4隻目の輸送船が出港するときには、新たな戦闘加入者によって封じ込まれていく。ほとんど半壊したマゼランが、Sフィールド方向から、出現したからだ。そのマゼランは、半壊しているといっても4基の連装メガ粒子砲塔が生きており、射界に入ってくると同時にそのフル斉射を送り込んできた。外観は、かなり損傷が激しいように見えたが、その内部機構はジェネレーターを含めて健在なのだろう、非常に短い間隔で斉射が送り込まれてくる。
- ベイエリアに集中した半壊したマゼランから砲撃は、損傷し、フル斉射ができないサラミスの砲撃なんかとは全く比べ物にもならなかった。この新たな戦闘加入者によって瞬く間にベイエリア付近で健在だった要塞メガ粒子砲は、一塊の残骸、もしくは暗い凹みへと変えられていった。ミサイル発射器は当然、重厚なメガ粒子砲座でさえも、マゼランからの砲撃には、耐えうるべくもなかった。
- 新たな援軍を得たサラミスは、再び次々に現れる無抵抗な目標に対する砲撃を開始した。
- 4隻目、5隻目、6隻目。連邦軍の砲撃は、全くもって容赦がなかった。あるいは、3隻目の仮装巡洋艦を取り逃がしたことで、更にいっそうむきになっているのかもしれなかった。
- しかし、戦場は、混沌としている。どこにいたのか?ジオン軍のモビルスーツが、このベイエリアを一方的に攻撃している2隻の連邦軍艦艇へと突っかかっていった。
-
- 「中尉!このままで良いんですか?」
- ハンナ少尉を飛び越してバンクロフト軍曹は何度目かの意見を具申してきた。いや、反抗してきたというべきかもしれなかった。「あのサラミスとマゼランを沈めなければ・・・味方は・・・」
- 確かにバンクロフト軍曹の言うことは、半分は正しい、けれど、後の半分は間違っている。たとえあの2隻を沈めたとしても、沈められればの話だが、それはより優勢な敵を呼び込むことにしかならない。1発轟沈できれば問題はないが、核武装のない今のザクには、それは無理な相談だった。沈むまで間に、2隻の連邦軍は「モビルスーツ多数発見」ぐらいの報告は入れるだろう。そして、その報告は離脱しつつある輸送船よりずっと連邦軍を刺激するに違いなかった。
- 「繰り返す、我々は、ここを死守するっ!」
- ノーマン中尉が、指揮下に入れいているモビルスーツは、現在のところ7機でしかなかった。つまり、半分近くが、これまでの戦闘、といってもはぐれてきた連邦軍のモビルスーツと交戦したに過ぎない、で失われていた。はぐれたモビルスーツとの交戦でさえ半数を失ったのだ。
- その程度の戦闘しかできない部隊にとっては、正規編成の1個小隊が襲いかかってきても全滅は避けられない。結局そういうことなのだ。ノーマン中尉だって、味方の輸送船が次々に命中弾を浴びていくことは我慢がならなかった。しかし、約束を果たすためには無為な戦闘でこれ以上05タイプと言えども1機たりとも失うわけにはいかないのだ。
- 7隻目は・・・。
- 7隻目には、ビームの洗礼は襲いかからなかった。ザクの位置をずらし、サラミスやマゼランをモニターの視界にいれるといまいましい2隻に何機かの味方モビルスーツが絡みつこうとしているのが見て取れた。
- 自分たち以外にもまだ交戦を諦めていないモビルスーツ隊がいる、そのことはほんの少しだけノーマン中尉を力づけた。
- 7隻目に続いて8隻目、9隻目が出港していく。
- (船長、今ですよ!出港するんなら・・・)
- いまだ出港してこない『オルベスク』にいらだちを感じながらノーマン中尉は、心の中で呼びかけた。
-
- 「畜生!どこの所属でもいい!支援してくれ!!」
- その全く交信規定を無視して発信される緊急発信をレイチェルは、ほとんど信じられないぐらいクリアな音声で聞き取った。直ちに発信位置を解析したレイチェルは、指揮下の2機に命令を下すより先にジムを爆発的にその方位にすっ飛ばした。
- 「友軍艦艇を支援する、続けっ!!」
- 「了解、ラス准尉、後続します」
- 「アクセル曹長、後続します!」
- 既に第2大隊のほとんど、いや連邦軍モビルスーツのうち上陸任務を請け負っていた全てが、上陸を完了しているか上陸を敢行しつつある現段階では、レイチェル達の行っていた上陸支援任務は必要ない段階に入っていた。そうであるならば、緊急発信を送ってきた友軍に向かうべきだった。
- ジオン軍のモビルスーツは、その大半が撃墜されるかア・バオア・クー内への後退を完了しており、レイチェル達の任務は、警戒行動へと移りつつあった。やっと一息つける、そんなときに入ってきた緊急発信だったが、看過するわけにはいかなかったし、するつもりもなかった。
- 「我、74戦隊モビルスーツ隊、貴隊を支援する!」
- レイチェルは、発信の主へと返答を返し、前方空域を最大望遠でスキャンした。敵は、プロットできなかったが、戦闘が行われている空域は見て取れた。前方の2箇所から四方八方へ火線がのびている。艦が、対空戦闘をやっているときの典型的な火線パターンだった。その火線パターンがやや薄いように感じるのは、防御戦闘を行っている艦が、損傷を負っているからだろう。
- 「ありがたい、こっちはジェノバだ!!チッ・・・」
- 返答と同時に、四方八方へ火線を伸ばしている点の1つが、いきなり大爆発を起こした。あれでは1人だって助からなかっただろう。レイチェルは、チッと舌打ちをする。また1隻だ、今夜連邦軍はいったい何隻の艦を失ったろう?そして、いったい何人の命が失われたのだろう?それを1人でも減らせるならレイチェルはどんな危険なことでもやってのけるつもりだった。
- 「聞こえるか?74戦隊。敵は、新型機を伴っているぞ、注意しろ!!」
- 「了解!!」
- 同時に、敵の注意をこちらに向けるためにレイチェルは、ビームライフルを2連射した。ピンクのビームが、前方の空域へとのびていく。
- 「サンキュウ!!助かった」
- まだ見ぬ味方艦の通信兵が、礼を言ったところを見ると敵の注意は、こちらに移ったに違いなかった。「敵は3機だ。新型機は1機、気をつけてくれ!!」
- 「了解!」
- レイチェルは、味方の通信兵からの注意を聞き取ると同時にプロットされた敵モビルスーツに注意を集中させた。2機は、リック・ドム。もう1機は、アン・ノウンだ。
- 「1機は、新型機だ、気を抜くなっ!!」
- レイチェルは、2人の部下に怒鳴るように注意を促した。
- 「はい」
- 「はい!」
- 小気味の良い返事が返ってくる。後方視認用モニターの中の2機は、カスタム機のレイチェルに後れを取るまいと全力を発揮している。それでもやや距離が開き気味になるのは純粋に機体性能のせいだった。けれど、その距離は、決して支援を受けられないほどには広がりはしない。
- 前方では、友軍艦艇を1隻沈めただけでは物足りないのだろう、3つの光点が、光の尾を引きながらこちらを指向する。その向こうから傷ついたサラミスが、支援砲撃を送ってくる。
- (ベテランというわけね、面白いッ!)
- レイチェルは、敵のあまりにも統制のとれた動きに、相手が今では数を減らしてしまったジオン軍のプロフェッショナルであることを感じ取った。
- (だから新型というわけなの・・・)
- ジオンのモビルスーツは都合3機、中央が新型機で指揮官だろう、あっという間に距離を詰めてくる。
- 照準、射撃!
- ザクであれば間違いなく撃破できたであろう間合いをその新型機は横にすっ飛ばされたように避けて見せた。パイロットにかかったGは、半端ではなかろう。指揮官が狙われた腹いせなのか両翼からリック・ドムが、マシンガンを放ってくる。パパッパパッとマシンガンの砲口が光る。
- レイチェルは、なんの迷いももたず機体をぐるんと180度ロールさせるとそのまま真下へと機動していく。指揮官機を追尾する機動を見せるだろうと想定して発射されたリック・ドム2機分の砲撃はむなしく闇を駆け抜ける。コニー曹長の射撃が、リック・ドムの射撃の継続を残念させ、ラス准尉が、新型機へ必殺のビーム射撃を送る。
- それをまたしても新型機は躱して見せた。接近機動を保ったままほんの僅かに機体を上方へ遷移させたのだ。紙一重で避けるその機動は全く無駄がなかった。洗練されているといっても過言ではない。
- 2機のリック・ドムは1機が上へ、もう1機がレイチェルを追って下へと展開する。上への1機にはコニーが追尾しつつビームを浴びせていく。
- (あれは、大丈夫・・・)
- コニーが相対する1機は、コニーに任せても良い相手だとレイチェルは判断した。機動にやや無駄があるし、無駄な発砲をしすぎる相手だからだ。
- もう1機は?
- これは、自分に向かってきただけはある。それは自惚れでも何でもなかった。こちらの動きを見ていれば少し戦慣れしているパイロットならどの機体が指揮官なのかは解って然るべきなのだ。そして、理解した以上、指揮官機には、より腕の確かなパイロットを向けるのはセオリー中のセオリーだからだ。3秒以上直進したら命中弾を浴びることになるだろう。
- 新型機も指揮官だろうが、ラス准尉ならどうにか御せるだろう。レイチェルは、そう判断した。
- (しかし、何故新型は撃たないの?)
- 交戦距離内に入ってから新型機は、まだ1発も発砲していない。
- その答えは、スグにやってきた。
- 新型機が、ラス准尉の僅かな隙をついて発砲したのだ。新型機の右腕が伸び、その手に装備された火器の先端が光る。そこまでは、驚くことはない、普通の光景だった。ラス准尉も、敵が射撃姿勢に入った瞬間には、シールドを差し出し、反撃の姿勢さえ取った。しかし、新型機が装備する火器の砲口は、明滅などしなかった。鮮やかな黄色い発光はそのままツゥッとラス准尉のジムへと伸びた。
- (!?ビームライフル!!)
- レイチェルの全身に、冷水を浴びせられたような衝撃が駆け抜けた。
- ジオン軍の新型機が放ったビームは、ラス准尉の差し出したシールドにまともに命中した。これまでほとんどのジオン軍モビルスーツの攻撃を支えてくれた総ルナチタニウム製のシールドも今度ばかりは何の役にも立ったなかった。シールドをあっさりと貫通したビームは、そのままシールドを支えていた左腕を飲み込み、あったという間に溶解させた。溶解した腕が爆発したように弾け飛び、ラス准尉のジムは、姿勢を崩した。
- その機体を追うように2撃目、3撃目が襲いかかる。
- シールドと左腕を失ったラス准尉のジムは、それをどうにか躱して反撃を試みようとするが新型機の機動は、これまでのどのジオン軍モビルスーツよりも機敏だった。そして、パイロットもこれまで74戦隊が遭遇してきた中でも屈指のベテランのようだった。
- レイチェルは、ラス准尉を支援しようとしたが、リック・ドムのパイロットも自分の仕事は心得ているらしかった。レイチェルの機動の頭を抑えるように射弾を送り込んでくる。ラス准尉は、左腕を失ったことにより明らかに機動のバランスを失い、窮地に立っている。ザクならばなんとかできそうな状況だったが、よりによって相手はビームライフルを装備しているうえにその性能さえ未知数な新型機なのだ。新型機のビーム攻撃もラス准尉とレイチェルが合同できないようになされている。その憎らしいまでのコンビネーションにレイチェルは、歯噛みしたい思いだった。
- 〔間に合わないかもしれない・・・〕
- 嫌なイメージが頭の中に浮かび上がる。
- そのイメージを払拭したのはコニー曹長の元気いっぱいな声だった。
- 「敵、1機撃墜、ラス准尉掩護します!!」
- 同時にモニターの隅に敵のモビルスーツの核爆発が入り込んでくる。そして、そこからやや離れた空域から淡いピンクのビームが伸びていく、2射、3射・・・。その射撃は、的確に新型機がこれ以上ラス准尉を狙撃するのを阻止できる空間に撃ち込まれていく。それどころか、迂闊な機動をすると新型機自身が撃破されてしまいかねないほど的確だった。
- 味方機の喪失、これはどんな場合でもパイロットに動揺を与えずにはおかない。その動揺を自制できるかどうか、それは個人の資質にもよるし、状況にもよる。
- 新型機のパイロットは、手負いのラス准尉の撃墜を防害してきたコニー機へとその注意の対象を変え、早くも自分にこれ以上接近できないようにビームを放った。それは、あくまで牽制のビームだったが、あわやコニーに直撃するかというほど的確だった。しかし、コニーもそれに気圧されたりはしなかった。反撃のビームを連射し、ラス准尉機が、安全な距離をとる時間を稼ぐ。
- 一方のレイチェルと相対したリック・ドムのパイロットは確かな腕を持ってはいたが、メンタルな部分はまだ未熟だった。レイチェルの方に攻撃を送ってはきたが、その狙いは明らかに先程に較べれば甘くなっている。そして、その機動も味方である新型機に合同しようというのが読める機動になっていた。
- 「ラス准尉、後方サラミスの空域へ避退せよ!」
- 同時に放ったレイチェルのビームは、新型機へ合同しようとしたリック・ドムの胴を薙いだ。リック・ドムの腕が硬直し、その手からマシンガンが離れるのが見えた。次の瞬間、2つ目の爆発が起こり、この戦闘の行方をほぼ決定づけた。もう、付近の空域には1機たりとも味方機がいない状況で、それでもこの新型機のパイロットは諦めなかった。
- しかし、74戦隊の中で最高のベテランパイロットであるレイチェルとまだ実戦を経験して日が浅いとはいえここ数度の実戦で驚くほど実力を伸ばしてきたコニー機に加え、損傷しているとはいえ決して実力が劣るとはいえないラス准尉機にも攻撃されては、いかにベテランであり新型機を駆っているとはいえ、戦場に留まれる時間はいくらもなかった。
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