11月23日 ジャブロー
 
 ナガレ准尉、リョウマ・ナガレ准尉は、先週、このジャブローに連れてこられて以来、何か大きな作戦に投入されることに不安でいっぱいだった。別に、自分が、モビルスーツパイロット候補生としてやって来たことに自信がないわけではなかったが、未知の戦場に赴くとなれば、多少の不安感は仕方がないと自分には言い聞かせていた。噂では、これがまたまことしやかに囁かれているのだ、このジャブローから、宇宙に討って出るということだった。
 もちろん、根拠がないわけではない。
 ジャブロー自体は、基地であると同時に巨大な工廠でもあり、反撃用の多数の艦船が生産されつつあるのだから。
 しかし、実際のところ、ナガレ准尉のような下っ端の兵士には、自分たちがどうなるのか?などということは全く分からなかった。地上での反抗作戦に投入されるかも知れないし、噂通りに宇宙の反抗作戦に投入されるかも知れない。あるいは、このままじゃブローの防衛部隊に編入されることもありえた。
 そういった色々な可能性はあるにしても、ここに集まった兵士達は、自分たちが宇宙へ出てジオンと戦うのだということを半ば確信していた。
 そして、今朝、受け取った辞令は、それを肯定する結果になった。宇宙反抗作戦の先鋒を担う第3艦隊54戦隊のオタワ、サラミス級巡洋艦、の所属になったのだ。いよいよそれで宇宙に出ることが確実になって、ナガレ准尉の緊張はピークに達した。
 今は、同じ隊になった仲間達とのブリーフィングを済ませて、与えられた兵舎に戻ってきたところだった。
 配属先が決まって、一番最初に驚いたことは、自分の指揮官が、ほとんど同じ歳に見える女性士官であるということだった。しかし、ローレン・ゲリンと名乗ったその少尉が、若く見えるけれど自分よりも5歳年上で、開戦以前からの生粋のフライマンタ戦闘爆撃機乗りであるということや、今日までに多くのミッションを無傷でこなしてきたことを知らされると、ある意味、ナガレ准尉は、この上官に心酔してしまった。
 あるいは、ゲリン少尉の身長が後1インチ低ければ、あるいは、肩より少し長い金髪が、もう少しでも茶色がかっていればそうはならなかったかも知れない。早い話が、ゲリン少尉は、典型的なアングロサクソン系の美人タイプなのだった。それに、ゲリン少尉は、女性だから、ということを感じさせない、凛々しい上官だった。
 それに、同じ小隊のタカスギ准尉やコーンウェル准尉も、何となく気が合うということもあって、ナガレ准尉は、早くもこの小隊が好きになっていた。
 ただ一つ、納得がいかないことといえば、自分たちの配属が、最新鋭のペガサス級強襲揚陸艦でないということだった。
 

12月1日 ジャブロー
 
「地上からの探査結果は、クリアーです。大佐」
 その報告を聞いて、大佐は椅子から立ち上がった。いまだ、地球上の少なくない部分は、ジオンの制圧下にあり、地球上からの宇宙探査の精度は、完全なものではなかったのだけれど、それでも数ヶ月前に比べればその精度は飛躍的に高まっていった。
別な参謀が入電したばかりの電文を読み上げる。
「11戦隊以外は、無傷で宇宙に出ました」一瞬だけ、その報告が意味することを思って、作戦司令室が静まる。つまり11戦隊は、ジオンのパトロール隊に捕捉されてしまったということだ。それが意味することは、極めて単純なことだ。「ですが、12戦隊と13戦隊が、ジオンのパトロール隊と接触するようです。14戦隊の進路はクリアーです」
 続く報告は、14戦隊を除いては連邦軍の統合本部にとっては、良くもなく悪くもない事態の推移だった。ある意味では、12戦隊とホワイトベースの13戦隊は、本来の目的を忠実に履行しているということになる。つまり、ジオンのパトロール隊を自らに引き付けることによってである。戦闘結果がどういうことになろうとも任務を遂行としたという点では成功である。もっとも、連邦軍の高官達は、13戦隊ついては、何の心配もしてはいない。真のテストケースは、一般兵と量産型モビルスーツのジムで構成される12戦隊であり、12戦隊の戦闘結果こそが注目されていた。しかし、それは本論ではない。
「北米から飛び立ったジオンの新型艦は?」
 4つの独立戦隊とほぼ時を同じくしてジオン軍の北米基地、キャリフォルニアベースから飛び立ったジオン艦を連邦軍は、シャアであろうと推測していた。
「13戦隊を追うようです」
「よろしい、ルナ2からは?」
 状況は、まさに連邦軍にとって理想的だった。ジオン軍は、間違いなく13戦隊を驚異と見なしている。現実がどうであれ、ジオン軍の目が13戦隊に注がれるということは連邦軍にとって有利にこそなれ、ふりになることは絶対にないからだ。
「現在予定空域に敵影なし、といってきています」
「ふん?」
 大佐は、手を顎に持ってくると少しの間考え込んだ。「ルナ2は、ワッケイン大佐だったな?」そういうと、大佐は、意を決した。確かに、ワッケインは若い軍人であったが、ルナ2を任されているだけあって切れる軍人でもある。気休めだけの報告を送ってくるようなことはないはずだった。
 それに、慎重に事を運ぶだけが軍人の取柄ではない。
「進路、オールクリアーと認める。第3艦隊の各艦へ、発進準備の完了したものから戦隊単位で出撃せよ!!」
 
 この命令を受けて、ジャブローの宇宙港区画、区画と単に表現するにはあまりにも広大な面積だったが、の大地が鳴動を始めた。人類に残された最後の大森林もこの区画に限っては、一大人工物といって良かった。森林のあちらこちらが、大きな口をあけ、深い縦穴を覗かせていく。一つ一つの縦穴は、一辺が100メートル、深さにいたっては500メートルにも及ぶ巨大なものであり、その一つ一つは、マゼラン級戦艦か、サラミス級巡洋艦の発進口をも兼ねている。一つの発進口には、5隻から8隻の宇宙戦闘艦を格納した格納エリアが、地下部分の横方向にと併設されており、短時間で順次発進させる能力を持つ。これらの連邦軍艦艇は、巨大な2段ブースターによって宇宙へと打ち上げられる。エネルギー効率が格段に改善されているとはいっても、根本は1世紀以上前のロケットの打ち上げと何ら変わることはない。その分システム的には、安全性が確立していると言い換えることもできる。全長200メートル、ブースターを含めるのならば300メートル近い艦艇を、このブースターは、僅か10分あまりで宇宙にまで到達させる能力を持つ。
 ただ、今回地球から打ち上げられる艦艇は、ただ宇宙に出すだけでは戦力足り得ない。なぜならば、宇宙に打ち上げるために、装甲板の一部ですら軽量化の対象となっているからだ。戦力となるためには、ルナ2での装備の追加、最終整備が必要だった。最新のブースターでは、フル装備の艦艇を直接宇宙に打ち出すことも可能だったが、今回の打ち上げには必要としない。新型のブースターは独立戦隊を打ち上げるために使ったために数が揃わなかったのでもない。それどころかティアンム艦隊を全て打ち上げても有り余る数がある。ただ、今はそれを使うときではないというだけのことだ。
「21戦隊、全艦発進準備完了!!」
 最初に準備が完了したのは、ティアンム直属の21戦隊だった。
「さすがと言うべきかな?」小声で大佐はそう言うと、発進を下令した。「21戦隊発進せよ!!」
 同時に、濃い緑に覆われた大地に開いたいくつもの発進口のうち、4箇所の発進口から大量の白煙が勢い良く吹き上がる。地上を覆わんばかりの勢いで噴出する白煙の高さが、数百メートルにも達した頃、その白煙の中からゆっくりと艦艇の姿が現れた。真っ先に現れたのは、やはりティアンムが座乗するマゼラン級戦艦ボスポラスだった。
 続いて遅れまいとするように21戦隊に随伴する3隻のサラミスが順に白煙の中からゆっくりとその角張った姿をあらわした。白い尾を引きつつ地上から見上げる連邦軍兵士達の視界から消えた頃には、航続の艦艇が、次々に白煙を噴出させ、あるものは同じように白い尾を引きつつあった。
 どこまでも広がった濃い緑と、艦艇が引く白い尾のコントラストは、それを見るものにとっては、またとないスペクタクルショーだった。後に、『ジャブローの烽火』と呼ばれることになるこのショーは、連邦軍の宇宙反抗作戦のほんの第1歩にすぎなかった。
 この一大スペクタクルが、ジオン北米総軍の攻撃を受けた翌日に遅延なく行われたということが、連邦軍の懐の深さを表していた。
 
「だ、大丈夫かな?」
 サラミス級巡洋艦オタワの兵員室の座席に緊張した表情を隠せずに座っているのは54戦隊のモビルスーツ隊パイロット、ナガレ准尉だった。
「大丈夫さ、宇宙に出るだけなんだ」
 気楽そうに言ったのは、右隣に座っている同じパイロットのタカスギ准尉である。その向こうではコーンウェル准尉が、目を閉じて青い顔で何事かをつぶやいている。コーンウェル准尉は、会話に加わる余裕もないらしかった。
「でも、もしも待ち伏せされてたら?」
 ナガレ准尉は、一番恐れている不安を口に出した。
「おいおい、そのために独立戦隊が囮になってくれてるんだぜ」
 待ち伏せという、最悪のシュチュエーションを聞かされても、タカスギ准尉は、そんなことなんかあるわけがないと、タカを括っているらしく、軽くいなした。
「彼らも、やられてたら?」
 考えれば、考えるほどナガレ准尉にとっては不安は尽きない。
 ちらりと、ゲリン少尉が、こちらを一瞥して軽く笑ったのが見えたが不安を口にしてしまった以上仕方がなかった。軽べつされてしまったかな?とほんの少し後悔する。
「少なくとも、ガンダムとホワイトベースはそうはなら・・・」
 タカスギ准尉が、ナガレ准尉の不安を取り除いてやろうとして言おうとしたことを全部を言いきらないうちにオタワは、軽く振動をはじめた。その振動は、激しさを増し、浮遊感を准尉達に感じさせはじめた。楽天家を自任するタカスギ准尉も、さすがに歯を食いしばらずにいられなかった。
「ぐっ」
 思わず、ナガレ准尉の口から、声にならない声が漏れる。
 激しいGが、准尉達を座席に押し付け始めたのだ。Gは身動きすらままならない強さになっていく。そして、Gから開放されたときこそ准尉達が、宇宙の戦いに身を投じるときなのだ。
 連邦軍の若い兵士達の不安と共に、宇宙へと駆け上っていく連邦軍の艦艇は、まるで終わりがないように次から次へと姿を現しては、盛大な白煙を撒き散らしつつ、自分たちが本来いるべき場所へと向かっていった。
 

12月1日 ア・バオア・クー
 
 昨日に続き、大慌てで、トゥーフォン中佐が、司令室に駆け込んできたのは、月が変わった日の午後も遅くなってからだ。
「た、大佐・・・」
 この落ち着きのなさが、万年副官の原因だということに本人は気が付いているのだろうか?レモー大佐は、全く関係のないことを思いながら、顔を上げた。
「今度は、カリフォルニアでも陥落したのか?」
 まさか1日でカリフォルニアが落ちるとも思えなかったけれど。昨日の、ジャブロー強襲が失敗しました、という伝達の後ならありえない話でもない。何しろ万端の用意を整えていたはずのオデッサを3日で攻略してしまうほど連邦軍の物量は莫大なのだから。
「いえ、違います、連邦の艦隊が、宇宙に・・・」走ってきたのだろう、息を整えてトゥーフォン中佐は続けた。「ティアンム麾下の、第3艦隊が上がってきたと見積もられています」
 正直に言って、これは驚きだった。昨日行われた、失敗したにしろ、ジャブロー強襲作戦は、連邦軍のタイムスケジュールになんの影響も与えなかったことになる。ジャブローを、強襲したということ事態が嘘ではなかったのか?と思いたいぐらいだった。
 今朝早く行われた軍の公式発表は、珍しくジオン側の損害が莫大であったことを認めつつも、連邦軍の拠点であるジャブローに、それなりの損害を与えたことを発表していた。
 確かに、あれほどの損害を受けたということは、裏を返せば、それだけ大規模な戦力を投入したことの証明でもあるのだ。恐らく、地上で行われた作戦のうちでも最も大規模なものの一つだったに違いないジャブロー強襲が、連邦軍になんの痛痒も与えていなかったとしたら、それは恐るべきことだった。
 レモー自身は、強襲作戦の結果、少なくとも1カ月は、連邦軍の宇宙反抗作戦の開始時期が遅れるだろうと見込んでいた。つまり、来年までは、反抗がないと考えたのだ。
 そこまで考えたときランドルフ大将から、各部隊の指揮官の呼集が掛けられた。
 
 午後遅く、兵員用の食堂には、484大隊の面々が、階級の上下をとわず集まっていた。
 もちろんハリソン中尉も、その中に加わっていた。
 改めて見回すと、ハイスクールの集まりかと思えるほど、484大隊のほとんどの兵士は、幼かった。若いを通り越しているのだ。それに、全員が、いつか始まるだろう戦闘に恐れおののいている。つまり、可哀想なぐらいびびっているのだ。
「深刻になったって仕方がないことだぜ、攻撃用の艦艇に配置替えにでもなったんなら別だがな」
 連邦軍の反攻艦隊が、無傷で宇宙に出てきたのを知らされて、勢い口数が少なくなっている中で、最初に口を開いたのは、部隊の中で最も高性能な機体、06Sのパイロット、ブラドー中尉だった。484大隊には、本部小隊と、偵察小隊にそれぞれ3機づつ、合計6機のザクがあった。しかし、その内の4機は、05タイプであり、パイロットも偵察小隊の全員が、学徒兵だったし、本部小隊3番機の05パイロットのサイクス曹長も学徒兵だった。正規のパイロットは、ブラドー中尉のほかには、本部小隊のクチン曹長がいるだけだった。
 それは、ガトルのパイロットやジッコのパイロットにしても同じようなものだった。
「そうですよ、ソロモンがあるかぎり、悔しいですけど、我々の出番はまだだと思います」
 少尉の階級章を付けているのに丁寧な口調なのは、学徒兵06パイロットのシュタイナー少尉だ。ハイスクールの集会のような大隊にあっては飛び抜けて若いわけでもないが、丁寧なのは、おそらく持って生まれたものだろう。
「そりゃあ、そうだ。俺達のガトルじゃ精々傘の周りを飛び回るのがやっとだからな、ルナ2まで行けとは言われんだろうぜ。まあ、新しい母艦でも回ってくれば別だがね」
 自嘲気味に言ったのは、ガトル第1中隊第3小隊長のジィー少尉だ。普段は、どちらかというとマイナス思考な少尉がこんなふうに言うのも、ア・バオア・クーから出撃していくことはまずないと思っているからだ。
 確かに、そうなのだ。開戦前には、大型の輸送艦から改装した特設空母が何隻もあって、ジオン軍の攻勢に少なくない役割を果たしたのだが、今ではほとんどが戦没してしまっている。
 残った艦も、前線部隊から外され、専ら拠点間の輸送用に使われているのが実情だった。そうなったのは、輸送艦から改装した故のあまりの脆弱性によるところも大きかったし、速力の点でどうしても艦隊行動の足手まといになることが多かったからだ。確かに、40機あまりのガトルを運用できる点は、大いに評価すべき点ではあったけれど、艦隊運動に齟齬を来す点が実戦部隊の指揮官から疎まれたのだ。
 もっとも、より以上に、ザクの果たした役割が開戦以前に考えられた以上に大きかったということもある。要するに、ザクの果たす役割が、ガトルの穴を十分以上に埋めることが可能だったのだ。そして、攻撃任務についたガトルの脆弱性も無視できない要因だった。モビルスーツが、華々しい戦果を挙げる中で、ガトルの損耗率は、高く、公式には発表されなかったにしろ、ルウム戦役での損耗率は、じつに7割近くに達していた。高い損耗率の割にガトルが挙げた戦果は、ザクに比べると余りにも希少なものでしかなかったのだ。
「分からんぜ、ジィー少尉」
 そういったのは、ハリソン中尉だった。「生き残ってる特設空母で遊撃隊を編制して暗礁空域から遊撃戦をかけようっていう話もあるんだ」
「そんな・・・」
 途端に、暗い表情になったジィー少尉は、言葉を続けられなかった。他のガトルのパイロットにも、動揺が走った。ガトルのパイロットの中で平然としているのは、リッツェン少尉達何人かの古参兵だけだった。敢えていうなら、ジィー少尉も開戦以前のベテランではあったのだけれど。
「それは、我々の任務になる、中尉」ブラドー中尉が、見かねていった。中尉には、冗談だと分かったけれど余りに脅しが効きすぎて士気が低下しては困るからだ。「ガトルじゃ、遊撃戦はできんからな。特設空母に、モビルスーツを10機前後積んで暗礁空域に潜ませるって話は確かにあるんだ」
「分かってますって、ガトルじゃ役不足なのはね。ただ少尉には、あんまり安心してもらっちゃ困ると思ったんでね」
「ちゅ、中尉・・・からかわんで下さい」
 その言い方が余りに情けなかったので、食堂の中に時ならぬ笑いが起きた。
 引きつった顔をしていたチュリル伍長のような若い女性モビルスーツパイロットや、ガトル、ジッコの学徒パイロットも、少しは頬を緩めていた。ジィー少尉も、情けなさそうにしながら一緒になって笑っていた。
 それらを見て、ハリソンは、ブラドー中尉に目配せをした。どうやら2人の画策した若い兵士達をがちがちの緊張から開放する作戦は、一応のところ成功したようだった。
「じゃあ、最後にブラドー中尉のおごりで、みんなにビールだ」
 ハリソン中尉が、そういうと一斉にみんなが歓声を上げた。
「おいおい、勘弁してくれよ・・・」
 それに対して、ブラドー中尉が、ジィー少尉の声まねで抗議すると、食堂内は、爆笑に包まれた。ただ、ジィー少尉だけは、自分がピエロになったことに対する抗議を小声でつぶやいたのだけれど。
「まあ、どっちにしろ、連邦にはソロモンを抜く力はまだまだないさ」
 最後に、そう付け加えると、ハリソン中尉は、自分の直属の部下に全員の分のビールを持ってくるように命じた。少しばかり、文句を垂れながらもビールを取りに行く部下を目で追いながら、ハリソンは、今夜もリンダの部屋に出撃することに決めていた。
 ハリソン中尉だって、全く不安がないわけではなかったからだ。少なくともリンダの肢体は、たとえそれが一時的であるにせよハリソンからそういった不安を取り除いてくれるだけのことはあるのだ。