劇場版カードキャプターさくら
封印されたカード

 

プロローグ

 風の強い夜。空は曇って星の光もない。その暗闇の中、工事用の車輌や機材が、非常灯の灯りにボーっと淡く光っている。
 この場所は、以前大きな古びた洋館が建っていたところだ。まだ、取り壊されずにいる部屋が、そこここに、点在している。大きなヒビ割れた窓ガラスが、何かの光に反射して、ギラリと光った。
 この洋館を含む、このあたり一面は、新しい遊園地として生まれ変わろうとしていた。夏休み前のオープンに間に合わせようと、作業は急ピッチで進められている。そして、この場所には、遊園地の記念モニュメントとなる時計塔が、建てられることになっていた。
 その洋館の奥まった部屋の床下から、かすかな光が現れた。その光は、次第に輝きを増し、空高く登りつめる。と、一転して暗闇につつまれ、いずこへともなく、消え去っていった。

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 ここは、夜のペンギン公園。空には、大きな満月が冴え冴えと輝いている。不意に、夜空に大きな翼が広げられた。そして、もう一つの影もその銀色の翼を広げている。最初の影は、黄金色の瞳をもつ、クロウカードの守護者「封印の獣ケルベロス」。そして、もう一つは銀色の髪と瞳の「審判者月(ユエ)」である。その二人にはさまれて立つ、ひとりの少女。名を木之本桜。二人の守護者の主であり、クロウカードの持ち主である。木之本家の地下の書斎にあったクロウカードの本を開いてから、数々の困難を乗り越えて、二人の正式な主となった。主となった後も、様々な苦労をして、自分の魔力でカードを維持するため、「クロウカード」を「さくらカード」に作り変えていったのである。
 さくらは、紫の衣装に身を包み、手には魔法の杖を持っている。杖の先端は、環になっており、外側に白い羽が二つ、内側には円に接するように金の星がついている。
 その背後に、巨大な炎の龍が、襲いかかって来た。
 さくらは、魔法の杖を握り締め、一枚のカードを空に投げ上げた。
「ジャンプ!」
 その澄んだ声と杖にカードが反応し、彼女の両足に白い羽根が現れる。さくらは、高く跳びあがると、自分を取り巻こうとしている龍に向かって、別のカードを掲げた。
「ウォーティ!」
  空中に浮かぶ魔方陣の上で、水のカードに杖をかざす。カードから水の精が現れ、炎の龍を取り囲み、グルグルと、逆に巻きついていく。そして、ついに炎を消し去ってしまった。
 ヒラリと地面に舞い降りたさくらに、氷の塊が飛んでくる。さくらは、ジャンプして避けていく。巨大な氷のマンモスが現れ、さくらめがけて進んでくる。さくらは、ジャングルジムの上でシールドを張る。砕ける氷。しかし、続けざまに塊が飛んでくる。と、すかさず月(ユエ)が彼女を助けあげ、安全なところまで飛び去った。代わってケルベロスが口から炎を吐き出し、マンモスを包み込む。月(ユエ)は、ふわりとさくらを立たせると、優美なしぐさで魔法の弓を構え、光の矢を射って、マンモスにとどめをさした。
 ホッとするのもつかの間、反対側からは、醜悪な面構えの巨大なモンスターが現れた。
「ソード!」
 杖を剣に変えたさくらは、大きくジャンプして、モンスターをばっさりと切りつける。ゆっくりと、モンスターが倒れこむ。そして、地響きとともにドォーっと横倒しになった。
 さくらは立ち上がり、剣を一振りして、杖に戻すと、それを両手に構え立つ。その両脇にケルベロスと月も寄り添うように立つ。カメラが近寄りさくらをクローズアップする。音楽が大きく鳴り響いて止まった。


 突然、拍手がなり、さくらの親友、大道寺知世が満面の笑みをこぼしている。
「すばらしいですわ」
「これ音楽まで入っている・・・」
 恥ずかしいやらなにやらで、照れながらさくらが言う。
「勿論、編集時に私がつけさせていただきました。タイミングに合わせて、ピッタリな曲を選ぶのが大変でしたわ。でも。全てさくらちゃんのためですもの」
「ほ、ほええぇ」
 今日は、さくらの家で、このあいだ知世が撮影したビデオの上映会をしていたのだ。知世は、さくらがクロウカードを集め始めたときから、知世手製の衣装を着たさくらをビデオに収めつづけていた。そして、それを自分の最上の喜びとしていたのである。
「いやー、わいって、ほんまに格好ええなぁ。」
 しみじみと言って、いそいそとビデオデッキに近づくのはケルベロス。もちろん、一緒に見ていたのだ。今は身体を仮の姿にしているので、小さなオレンジのぬいぐるみのようにみえる。
「よっしゃ!もっかい見たろ」
 もうまき戻しをして、再生ボタンを押している。
「ケ、ケロちゃん!」
 さくらは今一度見るのかと思うと、ますます恥ずかしい。
「さくらちゃんが、協力してくださったおかげで、素晴らしい映像が撮れましたわ。」
 知世は、編集しながら何度も見ているので、気にならないらしい。さくら一人が、あわてている。
「はずかしいよぅ」
「恥ずかしがってはいけませんわ。さくらちゃんは、全てのカードをさくらカードに変え、すばらしい魔法少女に成長したんですもの」
「6年生になっても、遅刻しまっくとるんは、変わらんけどな」
「ケロちゃん!!」
 ケルベロスの突っ込みに、思わず、さくらは握りこぶしを作ってしまう。
「うふふふ。しっかし、ほんま、ええ感じやないか。このクリエイトで創った敵もなかなかやし」
「クリエイトのカードで創ったモンスターさん相手に、すばらしい闘いぶりでしたわね。」
「ほんまや。なかなかようできとるで、このモンスター。」
 と、ケルベロス。自分の出番からは、目を離さない。
「『クリエイト』を使う前に、奈緒子ちゃんから借りたファンタジー小説、いっぱい読んだもん」
 そう、ほほを掻きながらさくらは説明する。奈緒子はさくらのクラスメイトでものすごい読書家である。本を借りたいと言うと、魔法やお姫様が出る本などどっさり貸してくれた。
「柊沢くんは帰ってしまわれましたし、事件もありませんし。多少の演出・脚色は仕方ありませんわ」
 知世はそう言って、うっとりと瞳を輝かせ、すっかり満足げな様子だ。映りたがりのケルベロスはともかく、堅物の月(ユエ)まで巻き込んでの撮影会だったのだから、当然である。どうやって、月(ユエ)を説得したのかは、誰も知らない。そこへ、テレビを見ていたケルベロスが振り返って言った。

「知世も悪よのぅ」
「私が作ったお洋服を着ていただいて撮影するためには、手段は選びませんわ。おほほほほ・・・・」
「ほええぇ・・・」
 二人の異様な盛り上がりにたじたじのさくらだった。
「ほいで、ほかに何のカード使こたとこ撮りたいんや?」
ケルベロスは知世に話しかけている。
 知世はさくらカードを手にとり、次々とめくっていく。
「『バブル』・『ダッシュ』・『フロート』・『フリーズ』。あ、『チェンジ』もいいですわね」
「わいはいややで!また小僧と入れ替わるやなんて!」
 ケルベロスはあの時のことを思い出し、心底嫌そうに言う。『替(チェンジ)』のカードを捕まえる時、小狼と入れ替わり、お互い大変な思いをしたのだ。『小僧』という言葉にさくらはドキッとする。ケルベロスは自分が長生きなので、小狼のことをいつも小僧と呼んでいたのだ。
「では、『フラワー』とか・・・」
「スイートなんかどうや。うまそうやないか」
 ケルベロスはお菓子食べ放題を想像しているようだ。顔が笑っている。
 さくらは胸の中にかの人の面影を浮かべた。
「小狼くん・・・」
 ぽつり、呟いた時。
『おい!』
 テレビの画面から懐かしい声がして、さくらはハッと振り返った。そして、そのまま画面に釘付けになる。『バブル』のカードを捕らえようと、戦っているシーンだ。
『気をつけろ!また来るぞ!』『うん』 
 「あらあら、未編集のカットが残っていましたのね。」
知世が、さくらを見ながら優しく言った。

 さっきの声の主は李小狼。さくらが、四年生のとき香港から転校してきたのだ。クロウ・リードの子孫で李家では一番魔力が強い。そのため、最初は、カードを取り合うライバルだった。しかし、いつしかいろいろな事件に巻き込まれ困っているさくらを、励ましたり助けてくれる心強い仲間となった。いつもみんなへの思いやりの心を忘れずがんばっているさくらに、小狼は、どんどん心惹かれていった。そして、さくらカードがすべて揃った時、ついに、自分の気持ちをさくらに告げたのである。しかし、さくらの返事を待たずして、彼は香港へ帰国してしまった。
「おう!わいも映っとるやないか。やっぱ、かっこええなぁ」
 ケルベロスは、自分に見とれて、さくらの様子に気がつかない。画面では、さくらの窮地を小狼の魔法で助けるところが映っている。
「李くんが、香港にお帰りになられてから、四ヶ月になりますわね」
 知世はそっとさくらに話しかける。
「うん・・・」
 そんなさくらを知世はやさしく微笑んでみている。
『今だ!早く封印しろ!』『汝のあるべき姿に戻れ。クロウ・カード!!』
 テレビの画面では、まだ、さくらと小狼の活躍が流れている。
「知世ちゃんは、知ってたんだね。小狼くんの気持ち」
「はい」
 知世は、にっこりして答える。
『大丈夫か?よかった』
 小狼の笑顔が、眩しい。
「わたしだけだね。ずっと、気が付かなかったの」
 さくらがポツリつぶやく。その横顔を見ながら知世が言う。
「李くんは、そんなふんわりなさくらちゃんだからこそ、好きになられたんだと思いますわ」
「でも。小狼くんが、私に好きだっていってくれたけど、私、まだ、ちゃんとはお返事していないんだ・・・」
 さくらの話し声は、だんだんかすれそうに小さな声になった。
「お電話か、お手紙では?」
 画面の中の小狼を見つめ、頬を染めるさくらに、知世は、そう、アドバイスする。
「小狼くんは、直接私に言ってくれたんだもの。私も・・・ちゃんと会っていいたい・・・」
 小狼のことを考えると、胸がキュンと痛い。なんとか返事を返さなくては、と思う。けれど、今のさくらには、どうすればいいのか、わからなかった。小狼のいる香港は遠い・・・