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(こいつは、あいててて!だ・・・)
 リンクス曹長は、シュナイダー大尉に追随しながら、ひとりごちた。
 味方は、(全く歩調のとれていない部隊をそう呼んで差し支えないのならだが)最初の攻撃から更に1機を失っていた。
 敵は、2機を分派してなお、残った6機で完全に203を圧倒していた。なにしろ、武器の威力と性能が断然違う。
 3機目は、距離があり過ぎて判然としなかったが、たった一撃の命中弾を胴体付近に受けただけで推進剤タンクよりも更に強固に防御されているはずの核融合炉の暴走で果てた。
 その瞬間、核のパワーが空間を圧した瞬間だけ、敵の攻撃が止む。これと言った光源の無い宇宙(そら)で核の放つ光のパワーが、照準を上手くつけられなくしたのだろう。
 とにかく、203モビルスーツ隊は、苦戦を強いられていた。
 敵との距離を詰めねばならないのに、その機動はことごとく阻止されていた。いや、阻止されていると言うよりは敵の攻撃に及び腰になってしまっているのだ。3機目の被撃墜以降、203の各機は、必要以上の回避機動を行なっていた。なるほど、敵の射撃が命中しがたくはなったろうが、肝心の接敵と言う意味では酷く拙い。
 だが、良いこともある。
 203の動きが停滞したお陰で108モビルスーツ隊は、想定した時間を大幅に短縮して合同出来る。
 合同出来れば、3機を失ったとは言え9機で敵と交戦出来る。
 9対6のまま近接戦闘に持ち込めたのなら、何とかなりそうに思えた。
(203のおっさん達よ、もうこれ以上は撃墜されなさんなよ・・・)
 リンクス曹長は、軽い笑いを漏らしながらひとりごちた。
 だが、次の瞬間。、その笑いが凍りつくことになろうなどとは思いもよらなかった。

「なんと!!」
 シュナイダー大尉は、思わず叫ばずにはいられなかった。
 203モビルスーツ隊への敵の攻撃が、まばらになったなと思った次の瞬間、敵の攻撃が遥か後方の自分たちに襲い掛かってきたからだ。
「回避!」
 それは、ほとんど絶叫だったに違いない。
 15000はあるはずの距離をものとしない射撃精度だった。
 味方機の1機を、メガビームが掠め、機体から驚くほどの閃光が広がり、装甲が飛び散った。機体がくるりと向きを変える。メガビームの着弾による衝撃と溶け散った装甲が剥離して行く衝撃で機体のバランスがいとも簡単に崩されたのだ。
「きゃぁっ・・・」
 ミノフスキー粒子に激しく干渉されていたが、ランドール伍長の機体と知れる。
「ランドール伍長は、スパイクを吹っ飛ばされました!!」
 後方についていたソウ曹長が、狼狽した声で伝える。
 スパイクを吹っ飛ばされたザクが、まともな機動が行なえるわけが無かった。
「伍長!後退しろ!!」
 本来なら誰かを付けてやりたいが、そのような贅沢は許されない状況下だった。こちらは敵を攻撃圏内に入れてもいないのに、既に敵は6対9の戦闘に突入していた。そして、あっと言うまに1機を行動不能にするという得点を得ていた。
「し、しかし・・・」
 すっかりと怯え切った声ながら、後退を渋る。さすがは、モビルスーツパイロットと言いたいところだが、そんな強がりは戦場ではなんの役にも立たない。
「2度は言わんっ!後退しろ!!」
 シュナイダー大尉は、機体を小刻みに回避させながら必死の形相で怒鳴った。さらなるメガビームが、擦過して行く。
「りょ、りょうかい・・・」
「散開して、各個に敵への接敵を開始せよ!!各機の間隔は1000以上を維持せよ!!射撃は、指示があるまで待て!」

「しょ、少尉!!」
 マクシーム曹長が、上ずった声で呼びかけてくる。
 無理もあるまいと思う。
 想像すらしない距離から敵の攻撃を受けて、瞬時に友軍機を2機も失ったのだ。
 イヤ、と思う。少なくとも警告は受けていた。敵は、とんでもない遠距離から射撃出来るビーム兵器を携行していると。
 だが、一笑に付した。
「気に留めるな!」
 それは自分自身にもいい聞かせる命令だった。
 後方モニターは、味方の苦戦、と言うよりは一方的な射撃に曝されている、味方機を映し出している。発砲すら出来ずに一方的なビーム射撃の嵐に襲われているのだ。
 あのような武器を持つ敵と交戦するには、自分たちの武器は分が悪過ぎた。
 照準軸を固定している間に容易に被弾してしまうだろう。もっとも、照準軸を固定することなど出来まいが。
「少尉、来ます・・・2機!」
 ユーリー曹長が、驚いたように報告してくる。同時に、自分のザクも後方から接近する敵をプロットした。
 驚いたことに敵は、追撃する為に戦力を割いたのだ。
「構うな!!フル加速で振り切るぞ!」
 20000近い距離がある以上、容易に追いつきはしない。それに加え、ザクのフル加速で引き離せば、敵が有効射程内に自分たちを捉える頃には、敵の艦隊に致命的な損害を与えることが可能なはずだった。
「了解!!」
 重なるように2人の曹長が返事を返す。同時に、クリコフ少尉は、スラスターペダルを思いきり良く踏み込んだ。
 グンッ!!
 良く整備されたクリコフ少尉のザクは、素晴らしいレスポンスで機体を加速してみせた。
「ぐっ・・・」
 食い縛った歯から思わず声が漏れる。心地良いを通り越して、忍耐を強いられる。何もかも、頭の中から抜け、思考が乱れる。
 それでも訓練の成果で頭の中で数を5つまで数えることはわすれない。数え終わると同時に、ペダルを緩める。
「くはっ・・・」
 締めつけられるような束縛感から一転して自由になる。
 後は、敵艦への攻撃コースに機体を載せる為に幾度かの軌道修正を行えば良い。もちろん、敵からの防御放火に曝されはするだろうが、そんなことはもとより織り込み済みだ。
 だが、織り込み済みでない事態が文字通り追いかけてきた。
「少尉!クリコフ少尉!!敵が、追いついてきます!!距離18000!」
「なんだとっ!」
 ユーリー曹長の信じられないと言う声に、思わず叫び返す。
「17500・・・17000・・・」
 このままでは、敵艦を有効射程内に捉える遥か手前で敵に捕捉されてしまうことになる。
「くそっ!!ブレイク!自由運動!敵モビルスーツを迎撃する!!」
 しかし、命令してみたもののどうやって迎撃すれば良いのかは皆目見当はつかなかった。
 ぐっと、フットレバーを踏み込み、機体に制動をかける。同時に、機体を180度ロールさせ、敵へと正対する。
 先刻とは違う種類のGが襲い掛かり、胸を悪くさせる。
 あっと言うまに、敵がその距離を詰めてきた。
「マクシーム!ユーリー!援護しろ!敵は、2機しかいない、やるぞ!!」

 トゥルポー曹長は、5000を切っても射撃許可を寄越さないアプルトン准尉に腹を立てながらもその正しさは認めていた。敵の射撃兵装は、対モビルスーツ戦闘にはおおよそ向かないバズーカ砲だった。連邦軍でも正式装備として採用されていたが、その用途は対艦攻撃か、要塞などの拠点攻撃に限定されていた。
 乱戦になれば思わぬ意表をついての直撃も可能だろうが、今回のような少数機同士の戦闘では、そんなマグレは期待する方がおこがましい。
 1機の敵が、照準しようとする。
 トゥルポー曹長は、そんな好機を逃しはしなかった。
 機動しながらの射撃では到底直撃弾など得られるはずもないと思ったのだろうが、それは明らかなミスだった。
 トゥルポー曹長は、アプルトン准尉から射撃命令が下りるのを待つことなく射撃ボタンを軽く押し込んだ。
 ビームライフルの砲口から眩いばかりのメガビームが、迸り出る。
 ギンッ!!
 機体を束の間宇宙(そら)に浮かび上がらせる。
 大気の影響下なら大地を震わせるソニックムーブが辺りに轟いたことだろう。
 射距離4000。
 静止したような敵に対して失中するわけもなかった。
 砲口から迸り出たビームは、瞬きする間も無くバズーカ砲をゆらりと照準しようとしていたザクに到達した。
 人間の喉仏に当たる位置からビームが貫入し、その刹那、放電するかのようにザクから白い微弱な光が溢れる。そして、硬直したかのように見えた次の瞬間、轟然とザクは爆発した。
「下だ!!」
 撃墜を喜ぶ間も無く、アプルトン准尉が叫ぶ。
「アイ・サー!」
 後方についていたうちの1機が、味方機喪失の瞬間でさえ有効に利用しようと機動していた。
 トゥルポー曹長は、機体を軽く上昇させ(宇宙(そら)であっても上下と言う感覚は常に存在する)敵の進路にビームを見舞った。
 ギンッ!!
 それほど近くをビームが走り抜けたわけではないが、ザクは、驚いたように機体を翻す。
「左!!」
 警報と同時にアプルトン准尉の叱咤が飛び込んでくる。
 もう1機のザクが、バズーカを放ってきたのだ。ロケットモーターで急加速してくるが、3000メートルもの先から放ってきたのでは脅威になるはずもなかった。それに、回避機動は全く無用だった。
 戦闘コンピュータが、即座に無害であることを伝えてくる。
 初弾の弾道のズレから偏差射撃をしようとしたのだろう。2撃目を放とうとバズーカの砲身をゆらりと動かしたところでアプルトン准尉が放ったビームが、右太股を薙いだ。
 パッと装甲が溶け散ると同時にザクの右脚が、切断される。直撃の衝撃で発射されたバズーカの弾体があらぬ方向へと飛び去って行く間に、更に一撃が加えられ、ザクの命運は完全に断ち切られた。
 残ったザクは、一瞬、どちらに機動しようか逡巡した。
 それを逃さず、トゥルポー曹長は、照準し、射撃した。
 アプルトン准尉も、ビームを放つ。
 命中したのは、トゥルポー曹長の射撃だった。

「射撃を開始せよ!!」
 シュナイダー大尉は、ようやく8000にまで距離を詰め、射撃を命じた。
 203を含めて幸いなことにランドール伍長機が大破して以降の損害はない。まさに僥倖だった。掠めただけで脆弱なザクに重大な損害を与えるビームを回避し続けることは難事だった。だが、203も108もベテランで構成され居るだけのことはあった。
 もっとも、既に7機も失ってはいたが。
「ヤー!」
 各機が、叩きつけるように返答し、射撃を開始する。
 シュナイダー大尉も、1連射を敵のいる空域に向けて放つ。
 ガンガンガンガンッガンッ!!
 機体を揺るがし、マシンガンの砲口から90ミリ弾が飛び出して行く。
 5機同時の射撃は、常にない迫力を持っていた。5機のザクの射撃にも関わらず108モビルスーツ隊が放った90ミリ弾は、数十機のザクが放ったのかと思わせるほどだった。
 たとえビームのような切り裂くような威圧感が無くとも数十機から放たれたと思える90ミリ弾が迫ってくるのも例えようのない恐怖に違いない。まさに、それは弾雨の如きだった。
 想像どおり、敵の動きに乱れが現れた。
 3秒おいて、更に1連射。
 更に1連射。
 弾雨は、三度敵に襲い掛かった。
 敵のビーム射撃は、明らかに精度が落ちた。敵との相対距離は、急速に詰まった。
 おそらくコドルポフ少佐も度肝を抜かれているだろう。見た目には、ザクの装備するあらゆる射撃兵装の発射速度を越えた射撃量に見えたはずだからだ。
 ジオン軍にあっては、曳光弾を5発に1発の割合で仕込むのが常識だった。命中しても衝撃を与える程度の曳光弾を含めるのは弾道を見極める為だ。つまり、1発の曳光弾が走った周辺には4発の徹甲弾なり榴弾が走っていることになる。それを逆手にとって曳光弾だけを発射すれば、とてつもない発射速度の砲撃を受けているか、それとも多数の敵から攻撃を受けているか、いずれにせよ高密度の弾幕射撃を受けていると誤認する可能性は高い。
 本来なら、もう少し接近をしてから行ないたい欺瞞射撃だった。
 しかし、203の各機の回避機動は、読まれつつあった。ビームの切線は、今にもザクを搦め捕らんとしていたからだ。これ以上の味方機の喪失は、自分たちの戦闘そのものを不利にしていくからでもあった。
 そう何度も使える手とは思えないが、少なくとも今の射撃は、203の窮地を救ったし、108の戦闘加入を可能にした。そして、ザクのパイロットたちが望む近接戦闘を可能にした意味は、大きい。
「弾種、切換え、徹甲弾!自由運動!射撃フリー!!」
 シュナイダー大尉は、大声で命じた。
 曳光弾だけを詰めたマガジンを捨て、徹甲弾と曳光弾交じりの通常のマガジンを装備する。
(これからが、戦闘だ!!・・・と、思いたい)
 シュナイダー大尉は、モニターの中の敵を見据えた。

 


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