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「新型兵器だってのか?」
 ミキヤ・スギモト曹長は、雨霰と迫ってくる敵弾に思わず恐怖した。ペアを組むサトー・ガルル曹長の陰に入りたい気持ちが芽生える。さすがのウィステリア中尉も戸惑いを隠せないようだ。間断なく送り込んでいた射撃を中断し機体を弾雨から遠ざける機動に入れた。
「ブルーフォックスリーダーから各機、後方からの新たな5機、気を付けろ!」
 より至近にいる3機よりも脅威度が高いと判断したらしい。
 ウィステリア中尉が、新たな命令を下す。
「2、3、4続け!7と8は、3機を牽制しろ!」
「アイ!」
 ガルル曹長が、応える。
 遅れてスギモト曹長も応える。
 ウィステリア中尉や、小隊長のアプルトン准尉に比べれば自分たちの技量は随分と劣る。先任のスギモト曹長も同じようなものだ。果たして2機で敵の3機を牽制出来るのか?はなはだ心許なかった。
 パッ・・・パッ!
 ウィステリア中尉が、最後に牽制の射撃を先に接近してきたザクに対して送り込み、機体を翻す。
(くそっ!牽制出来るのかよ!!)
 ウィステリア中尉以下3機のジムの新たな機動を見て、ザクが落ち着きを見せたような気がスギモト曹長にはした。

「舐めやがって・・・」
 コドルポフ少佐は、ビームを送り込んできた敵が、108モビルスーツ隊の方へと機動したのを見て怒りを露にした。同時に仕方がないかとも思う。小隊長のアレクサンドル少尉を含めて、一方的に3機ものザクを失っていたからだ。
 もちろん、反撃を行なっていたが敵の数が多過ぎて接近出来ないでいた。
(いや、多いだけじゃない・・・スピードも加速力も全てが・・・)
 出撃前になんの根拠もなく敵を侮っていたコドルポフ少佐は、もう今は居なかった。敵の性能を冷静に分析していた。
 緒戦で2機を失い、距離を詰めようと焦ったところで更に1機を失った。つまり接近しようにも味方は、常に1機ないし2機の敵から攻撃を受け、容易に距離を縮められない。それは、数だけの問題ではなく、敵の性能が優れているからだった。
 それでも、敵との相対距離をようやく3000近くまで詰めてはいたが、ザクの携行している120ミリマシンガンの有効射程にはほど遠かった。なにしろ、発射から標的に着弾するまでたっぷり10秒近く掛かるのだ。高機動出来ない艦船のような大きな目標ならともかく、小型で高機動な敵のモビルスーツには、無駄弾をばらまく以外の何でもない。
「ステパン、アンソン、敵に射撃姿勢を取らせるな!」
 これまでも敵に余裕を持たせない為に無駄と知りつつ射撃を行なわざるを得なかった。しかし、当面、敵対する敵モビルスーツが2機になったのなら話は別だ。
 コドルポフ少佐は、直卒のステパン曹長とアレクサンドル小隊の生き残りのアンソン曹長に命じた。
 直に僚機からの射撃が始まる。
 距離はあっても射撃を受けて気持ち良く感じるパイロットはいない。メガビームほどではないが、曳光弾が迫ってくるのを見れば落ち着いて照準など出来はしないはずだ。
 2機が、交互に残った敵モビルスーツへの射撃を繰り返す。敵も反撃のビームを送って寄越すが、6機揃っていた時に比べると随分と精度が落ちているのが分かった。乱射と言っていいだろう。
「なるほど、落ち着いて見れば・・・」
 コドルポフ少佐は、ほくそ笑んだ。
 敵のビーム火器の発射速度はけして速くはない。必死になって接近を阻止しようとしているのだろうが、その発射間隔は1秒と掛かっていないが、半秒よりは長い。
「2秒以上同じ進路をとるな!!」
「了解!」
 ステパン曹長がすぐさま応える。
 加速を加えながらコドルポフ少佐は、マシンガンのトリガーボタンを押し込んだ。
 ガンガンガンガンッ!
 斜めへ払うような短連射を2度繰り返す。曳光弾が、敵の方へと流れていく。敵との相対距離は、2000から1500、1000へと急速に縮まっていく。敵の回避に充てられる時間が短くなっていく。それは、敵に焦りをもたらすはずだった。
「いきますっ!」
 ステパン曹長が叫び、後方から曳光弾が1発走り抜ける。その刹那コドルポフ少佐は、ぐんと機体を加速させると同時にグイッとマシンガンを前方に突き出し、ステパン曹長からの射撃に対する回避に気を取られた敵モビルスーツに向けて発砲した。
「墜ちろっ!!」
 叫びと共にトリガーボタンを押し込む。激しい震動と共に曳光弾が1発2発と発射されていく。もちろん、5発に1発仕込んだ射弾を見極める為のものだ。2発共に敵の1機へと吸い込まれるように闇を切り裂いた。
(どうだ!連邦のモビルスーツめ!!)
 手応えは、充分あった。
 1発は、シールド上に着弾したが、もう1発が胸部に命中した。
 カッ!と、赤黒い炎をが小さく広がる。更にもう1発が、とどめを刺すように着弾した。
 その敵を回り込むようにしてコドルポフ少佐は、もう1機も仕留めようとザクを残った敵の方へ前進させようとした。
「少佐っ!!」
「回避して下さいっ!」
 ステパン曹長とアンソン曹長の叫びがほとんど同時に飛び込んできた。新たな敵が?とコドルポフ少佐は、思い、恐怖で背中にどっと汗が吹き出る。何が起きたかを確認するよりも早くフットバーを蹴り飛ばすように踏み込む。
 パッ!
 恐怖のピンクの光がその直後に機体の至近を走り抜ける。
「なんだと!」
 その攻撃源が分かり、コドルポフ少佐は、叫ばずにいられなかった。
 撃破したはずの敵からだった。
 こちらに向き直った敵が、更にメガビームを送り込んでくる。追いかける射撃でなければ直撃していてもおかしくなかったろう。あるいは、敵がザクの加速力を少しばかり低く見積もったせいかも知れなかった。しかし、次は・・・。
 敵のビーム火器の砲口は、真っ直ぐとこちらを指向していた。
「ダメか!」
 そう声に出した瞬間、曳光弾が敵のモビルスーツに背後から襲い掛かった。ステパン曹長とアンソン曹長が、射撃を送って寄越したのだ。コドルポフ少佐が直撃させたにも関わらず反撃を続行してくるのを見ていた2人は、ありったけの砲弾を送り込んだ。次から次へと直撃を受けながらも敵は、なおも攻撃してくる2機のザクの方へと機体を振り向けようとした。
 グワッ!
 推進剤タンクをついに破壊されたのだろう。赤黒い炎が一瞬にして連邦軍のモビルスーツを破断した。
「少佐、やりまし・・・」
 ステパン曹長の喝采は、強制的に終了させられた。
 もう1機の敵が放ったメガビームが、射撃に夢中になってしまったステパン曹長のザクを真横から薙ぎ払った。
 胴体部分から白い光が漏れ出したかと思った瞬間ステパン曹長のザクは、圧倒的な光を撒き散らし、消えていった。
「ステパンッ!」
 ステパン曹長を一撃のもとに撃破した敵は、遠ざかりつつ更に射撃を続行してくる。
(差があり過ぎる・・・)
 コドルポフ少佐は、ねばい汗が吹き出るのを感じながらも、なお敵を追いつめる機動を続けるしかなかった。

「くそっ!」
 リンクス曹長は、敵を左右に振りながら呻くように言った。
 既に、いつもの軽口を叩く余裕は失せていた。今のところ、味方は健在だったが、敵に対しても決定的な一撃は与えられていない。
 リンクス曹長自身も確かに敵に対して直撃弾を送り込んではいるのだが、有効弾になりえていなかった。
「いったい、どんな装甲をしてやがるんだっ・・・」
 初速が上がったとは言え、90ミリ弾では力不足なのか?と思う。初速が上がったのと同時に集弾性がやや落ちたことも大きい。きびきびと動き、瞬時の加速性も大きい敵のモビルスーツに思ったほど集弾出来ないのだ。
 もっとも、自分自身が射撃姿勢を持続出来ないせいでもある。
 敵に集弾しようと試みようものなら、ものの3秒と経たないうちにあの世送りになってしまうに違いない。
 そういう意味では、敵のビーム火器が、連射性まで持っていないことは大きい。このザクマシンガンのように連射されていたら部隊は、とっくの昔に全滅していたに違いない。
 右に左に機体を振り、加速を加え、減速し、敵を照準に捉えたら短連射を加える。それに仕返すように敵からビームが放たれる。目紛しく相対位置が変わる中、味方の援護を時にはし、時には味方に助けられ攻撃を続行する。
「持たないぜ・・・大尉」
 くるりと機体をロールさせ、スラスターを全開にし、右へと機体を振りながらマガジンを交換する。このマガジンを射耗してしまえば残るは1本のみだ。
 その瞬間、敵のモビルスーツが背面を見せながら滑り込んでくる。手にしたビーム火器は、別な友軍機を指向している。
「行けっ!!」
 機体を直線機動に入れ、リンクス曹長は、マシンガンのトリガーを押し込んだ。射撃の震動で照準環がゆらゆらモニターの中で揺れる。初弾の曳光弾が真っ直ぐに敵モビルスーツに吸い込まれていく。その曳光弾が、敵のバックパックで弾かれる。
「ちっぃ・・・」
 徹甲弾ならば撃破とまではいかなくても致命的な一撃になったはずだ。だが、的確な射撃を送り込んだ証拠だった。もう2、3発は直撃するだろう。そう思った刹那、それが肯定される。
「やりぃ!」
 直線機動を上方へ逃げる機動に変えながら敵を見やると頭部が直撃を受けて吹っ飛ぶのが見えた。主要部よりは装甲が薄いらしい。頭部を吹き飛ばされた敵は、くるくると機体を回しながら戦場を外れていく。
「スプラッシュ・・・と、言いたいところだが・・・」
 ザクならば、そのまま行動不能になってもおかしくないほど派手に頭部を吹っ飛ばされたにも関わらず、その敵はあっと言う間に姿勢を制御すると戦場を離脱していった。
「くそったれ!」
 その声に合わせるように宇宙(そら)に青い発光信号が3つ走り、牽制の攻撃を行いながら急速に敵が後退しはじめた。

「にげ・・た・・・?」
 シュナイダー大尉は、牽制のビーム射撃を回避しながらも後退していく敵を認めて呟いた。
 いや、と思う。
「各機、状態知らせ!」
 命令を送り、ザクをゆっくりと後退の機動に入れる。
 各機からの現状報告を受けながら戦闘に思いを巡らせる。
 奇跡的にも味方の被撃墜はなかった。ランドール伍長の損傷を除けば指揮下のパイロットは無傷だった。けれど、203の方はどうだ?9機ものザクを装備していたにも関わらず2機しか残っていない。実に7機ものザクを失ったことになる。7機のザク喪失と引き換えに得たものは、203モビルスーツ隊が1機を撃墜した他は、数機に直撃を与えたことだけだった。
 それほど長時間の戦闘とは思えなかったが、おそらく、敵はビームを撃ち尽くしたのだ。なるほど、敵のビーム火器の威力はザクの火器に比べると段違いで大きいようだが、発射弾数は思った以上に限られているらしい。
 時計を見る。
 短時間と表現してよい時間しか経過していなかった。やはり、敵のビーム火器の発射数はそれほど大きくないらしい。
 もっと長い戦闘を幾度もシュナイダー大尉は、経験していた。なのに、この疲れようはどうだ?と、シュナイダー大尉は、自問した。追撃戦闘を継続しようと思えないほど疲れていた。
 もっとも、追撃しようにもほとんど携行弾を射耗してしまってもいた。なにしろ、敵に照準をさせるような余裕を持たせない為に射撃を送り込める範囲の敵には常に射弾を送り込み続けたからだ。
 従来型の戦闘では、これほど短時間の戦闘で200発近くも射耗するなどあり得なかった。
 敵モビルスーツとの2度の交戦で得たことは多い。だが、それで全てとも思えない。考慮しなければならないことは、ざっと思い付くだけでも両手で足りない。幸いにして、戦闘を潜り抜けたパイロットは多く、その分得たことも多いはずだ。
(これは、帰艦してからも休めんな・・・)
 そう思い、肩を小さく竦める。
 だが、続く戦闘には必要なことだ。そう、特に生き残る為に。
「帰投する!」
 各機からの報告を受け終えるとシュナイダー大尉は、帰投を命じた。
 著しく数を減らした203モビルスーツ隊も、帰投していく。そのザクが、気のせいかくたびれて見えた。

 


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