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「こいつは、またずいぶん派手にやられていますね」
 エレベーターで最後に降りてきた機体を検分しながらフェネッシュ軍曹は、思わず唸った。機体の陰になっているのかと思いきや、頭部が完全に失われていたからだ。頭部被弾時に、搭載していた頭部バルカン砲弾が誘爆でもしたのだろうエリ部分が、爆炎に撫ぜられ黒くなっている。これは、後になって分かったことだったが、頭部の稼動機構は完全に損なわれていた。
 それでも帰還してきた生残性の高さは、褒めてしかるべきなのかも知れなかったが。
「ランドセルにも弾痕があるな・・・」
 ロナルド軍曹が、記録に新たな被弾箇所を付け加える。今からの数時間、整備班はコマネズミのように働かなければならない。それを象徴するかのようなジムの帰還だった。
「他の被弾部分と比べると・・・たいした損傷ではありませんね?」
 ざっと見ただけだが、変形したりはしていないようだ。
「確かにな・・・その割に黒っぽく変色しているところを見ると、曳光弾を被弾したのかもしれん」
「なるほど」
 納得のいく説明だった。
 同時に、運の良いパイロットだと思う。弾種によっては、致命傷になりかねない部分への被弾だったからだ。
「とにかく、まずは冷却を大急ぎで済まさなければならん」
 ロナルド軍曹は、作業工程を頭の中で組み立てながら言った。「アプルトン准尉とトゥルポー曹長の機体が終わったら、次は、ウィステリア中尉、それにマリン曹長だ。サトー曹長のジムは、一番後回しでいいぞ」
 分離した敵を追撃してきたアプルトン准尉の機体とトゥルポー曹長の機体は、一足先に帰還してきたので真っ先に冷却が始められていた。この2機が、無傷だったことも理由だ。
 小隊毎とか、階級順とか、そう言う順序立てた冷却は無理だった。とにかく、戦闘力を維持している機体から、それが要求されていた。
 まったく、と思う。
 シールドへの被弾も含めれば無傷な機体は、アプルトン准尉にトゥルポー曹長、それにマリン曹長ぐらいなものだった。一番ひどいのは、最後に帰艦してきたサトー曹長のジムだ。頭部が吹っ飛んだ上に、さらに数箇所の被弾が認められていた。
 いや、と思う。
 一番ひどいのは、帰還してこなかったスギモト機なんだと思い直す。彼は、もはや何も語ってこないし語れない。
「とりあえず、被弾したパネル部分に隣接する装甲パネルのチェックも忘れるな!少しでもおかしいと思うものは交換をしろ!」
 矢継ぎ早に指示していく。本来なら整備班指揮官アンデルス・ホフステン中尉の仕事だったが、パイロットと共にブリッヂへ呼び出されているため、実務で長く、もっとも年嵩であるロナルド曹長が命令を下しているのだ。
 いつもなら、そして代行しているならなおさらブーイング交じりの返答が帰ってくるのだが、今日に限っては一切それがない。
 それほど衝撃的なことなのだ。
 自分たちが整備した機体に搭乗して出撃していくパイロットを1名失うということは。

 モビルスーツ隊を収容した後しばらく続いた警戒態勢は、ルナ2まで5時間という空域まで来てようやく、解かれた。その頃には、予備機を組み立てることで9機のフル出撃が可能になってはいたが、2つのジオン艦隊は、追撃をかけてこず、新たな敵艦隊の出現の兆候もなかった。
 オペレーターの報告が正しければ、敵の2つの艦隊は、ともに追撃を行う機動をとらないばかりか、モビルスーツの収容後、おのおの異なる進路で回頭行動を行った。計測が可能な範囲で、敵艦隊が反転してくる兆候は見られなかった。どのみち、7機ものザクを一時に失ったジオン艦隊が追撃をかけてくるとは思えなかったが、警戒態勢は解かれることは無く、艦隊はルナ2への進路をとっていたのだ。

「中尉、整備班がまとめた被弾状態です、目を通されますか?」
 警戒体勢が解かれ、コクピットから開放され待機室で目を閉じて無心になっていたウィステリア中尉が、振り返るとアプルトン准尉が、いつもの戦闘詳報の4〜5倍の厚みはありそうな報告書を手にしていた。
「ああ・・・」
 そういうと、ウィステリア中尉は、その報告書を受け取った。気が進まなかったが、どのみち目は通さねばならないのだ。
 アプルトン准尉は、そのまま手近なイスに座り、おもむろにウィステリア中尉に話し掛けた。
「中尉、パーフェクトゲームなんて安っぽい3流ムゥービィの中だけのことです」
「ああ、分かっているさ。それほど気に留めていないよ、酷い言い方かもしれんがな。それに、部下を失ったのははじめてじゃない。忘れていた感覚が少し戻ってきただけだ。心配ない」
 報告書を1枚1枚めくりながらウィステリア中尉は、低い声で言った。言葉にすることで気に病まずに済む。それは、言葉の持つ面白味でもあった。言葉にすることによって、自分自身にもいい聞かせる、そんな側面があった。
 もちろん、それは誰かとの会話の中でなされる作業だった。アプルトン准尉は、その辺りの機微を心得ているのだ。帰還してすぐにでもなく、悶々とした時間が長過ぎてしまわない、タイミングも心得たもの、そんな感じだった。
「だったらいいのですが。指揮官に物思いに耽られていてはわれわれも生き延びられませんからね」
 口元に笑みをこぼしながらアプルトン准尉は言った。
 これも不謹慎と言えたが、言葉どおり指揮官が物思いに耽っていては思わぬ損害を受けかねない。心のリラックスを促すのに最適とはいえなくとも必要な会話だった。
「よく、言う」
 少し、視線を報告書からはずし、ウィステリア中尉は、アプルトン准尉を軽くにらみつけた。
「は、すみません・・・言い過ぎました」
 今度は、はっきりと笑みを漏らす。
「構わんよ」
 そう言うとウィステリア中尉は、報告書に没頭して行く。アプルトン准尉も、もうなにも話さない。必要な会話は、もう既に為されてしまったからだ。しばらく沈黙が支配する。
 中ほどまで報告書を読んでウィステリア中尉は、いったん顔を上げた。
「90ミリ、これは新しいな。少なくとも空間戦闘じゃ初めてじゃないのか?」
 これまでの空間戦闘で知られているのは、旧式な105ミリ口径か、大半のザクが装備している120ミリ口径の砲弾だ。
「ええ、陸戦では報告例があったようですが・・・宇宙(そら)じゃ初めてですね、おそらく」
「今までの発砲炎と異なると思っていたが、90ミリ口径の新型兵器とはな・・・」
「後から接近していた部隊が装備していたやつですね?」
「弾速も速かったように思う・・・」
 報告書を読んで、なるほどと思い当たる。交戦中は、そんなことは頭を過りもしなかったが思い返せばそう思い当たる節は幾つかあった。
「ええ、だから被弾の7割近くが90ミリ弾なんでしょう」
 ウィステリア中尉が、目を通した部分にはまだ被弾割合が記されていなかった。アプルトン准尉は、既に全て目を通したらしい。
「120ミリの低速弾と思って回避起動を行ったからか?」
「それもあるでしょうね。後は、発射速度も速かったと思います」
 アプルトン准尉は、言葉にはしなかったが、もう1つ理由があると思っていた。後から交戦に加わった部隊は、先に交戦した部隊だった。認めたくはないが、敵は既に1回目の交線の戦訓を活かしていたのだと思う。敵の適応力は低くはないのだろう。
「でも、後半部分になるんですが・・・読まれますか?」
 ウィステリア中尉は、いやと頭を振った。
「1発あたりの被弾による損傷は、120ミリのほうが大きいです。90ミリであれば、直撃を受けた部分の装甲パネルを取り替えるだけで済んでますが、120ミリだと被弾箇所によるんですが、隣り合う装甲パネルの交換もしなければならない部分もあったそうです。もちろん、どちらにしろ同じ装甲パネルに直撃を受けては持たないそうですがね」
「たしかに・・・」
 言いかけてウィステリア中尉は、言いよどんだ。確かに、撃墜されたスギモト曹長機が交戦したのは、120ミリタイプを装備したザクとだった。120ミリの低速弾であれば、少しぐらい被弾してもどうということはない。そう判断した。だからこそ、若い2人のパイロットを残したのだ。
 おびただしい弾量に見せかけた欺瞞射撃を行ってくる敵、今までにない発砲炎を伴う火器、そちらのほうがより危険に思えたのだ。短絡な敵よりも思慮深い敵こそが危険だと判断したのだ。
 120ミリ弾の危険性を甘く見過ぎていたかも知れない。
(戦力を2分したのは早計だったか・・・)
 ウィステリア中尉は、心の中で悔やんだ。

「いいんですか?」
 フェデリコ・アレギ曹長は、ハドゥラー少尉の言葉に耳を疑った。
「ああ、いい。この部隊は、教導だ。我々をも教え導いてくれるということだ。だとすればだ、装甲材の違いによる被弾特性を知るにはこのままで良い」
 格納庫内を見渡せるガンルームでハドゥラー少尉は、なんの迷いも無く言い放った。もちろん、他に聞いているものがいないからだったが、冷徹な物言いだった。
「しかし、明らかに結果は出ていると思うのですが?」
 自分も含め、技術班のまとめたデータから2つの装甲材の優劣は明らかに思えたからだ。結果は、第1小隊に採用されている新素材の衝撃吸収材を挟み込んだ3重ハニカム装甲の方が明らかに被害を限局していた。第2小隊のジムに採用されている高弾性の鋼材も初弾を防いではいたが、着弾による衝撃によって隣り合う装甲パネルにも影響が及んでいた。
「イヤ、全然不十分だ」
 今度もハドゥラー少尉は、即答した。「確かに結果は出ているのかもしれん。だが、少尉、戦争と言うのは経済だ。だとすれば、2つの装甲材が居り合う地点と言うのを考慮するのは当然だ。1小隊のジムに装備されている装甲材が優れているのは分かった。だが、2小隊の装甲材が、どの程度の耐弾性を持っているのか?これは、興味深い。2小隊も90ミリを受けてもらわねば困るのさ」
「・・・しかし、それでは」
 アレギ曹長は、絶句した。
 第1小隊の被弾特性は、明らかに連続した被弾だった。つまり、2小隊も90ミリ口径の火器を持つ敵と交戦した場合、より多くの被弾を受けることにが想像出来る。その結果は、今日の分析が正しいのなら、好ましくないものになるはずだった。
「分かっているが、今は戦時だ。与えられた時間は、あまりにも少ない。それに対して、必要とされる情報はあまりにも多い。鹵獲していない火器の洗礼は、実戦で受けるしかない」
 正論だったが、アレギ曹長は、吐き気を催しかけた。
「彼らは、モルモットと言う訳ですか?」
 はっきりと怒りと嫌悪を込めてアレギ曹長は、言った。もちろん、普段は上官に対してこのような口の利き方はしない。しかし、味方の命を無視したような装甲材のテストに納得など出来るものではないと思ったのだ。
「違うな、俺達も含めた部隊全部がさ。だから教導なのさ」
 ハドゥラー少尉の答えは、アレギ曹長が想像していたものとは全く違うものだった。
「全く、戦争ってヤツは、ですか?」
 アレギ曹長は、ハドゥラー少尉の口癖を言った。
「そう、その戦争ってヤツは!さ」
 ハドゥラー少尉の言葉には、ほとんど感情らしいものは含まれていなかった。だからこそ、この部隊に派遣されたのだろうとアレギ曹長は、思った。冷静な装甲材の評価を行うにあたっては、得られる情報は多いに越したことがない。そのためには、ハドゥラー少尉のような指揮官はまさに適任だったのだろう。
 けれど、パイロットだけが、と思い込んでいたアレギ曹長にとって部隊全部がそうなのだと言う考えは、それが意図して話されたかどうかは別にして、アレギ曹長を楽にさせてくれる一言だった。
 何と比較するかによって違ったが、アレギ曹長も戦場に身を曝している点には違いが無かったからだ。

 


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