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「ランドール伍長は、どうか?」 収艦されたザクの整備風景を眺めながらシュナイダー大尉は、言った。視線の先には、大急ぎで腕を換装されているザクがある。 ソロモンへの帰還コースに入り、既に連邦軍艦艇が出没する宙域を遠く外れ、現在は警戒体勢が解除されていた。しかし、艦内は2度の負け戦を経験した事でどことなく落ち着きを失ったままだった。 そういった中で、もっとも平静を失っているとシュナイダー大尉が心配をしているのが腕の換装を受けているザクのパイロット、ランドール伍長だった。 「は、今はもう落ち着いています」 声を掛けられた整備班の技術士官クレンドル少尉は、軽く敬礼を返しながら答えた。 「でなければ困るが・・・」 収容されているランドール伍長のザクを見やりながらシュナイダー大尉は、ビーム火器の破壊力の凄さを改めて確認した。打突にも使用され最も強固に装着されているはずのスパイクアーマーが、完全に失われ、左腕は肩関節部分が、見事なほど損壊していた。稼働は全くしない状態だったと言う。 これが、ビームが掠めただけで引き起こされた損傷なのだ。 そのことは、モノアイに搭載された記録カメラから確かめられていた。 解析の結果、メガビームは、スパイクアーマー部分を装甲の厚みにして多くても3センチ掠めたに過ぎない。浅ければ1センチに満たない部分を掠めた、ただそれだけでザクの左腕は完全に破壊されたのだ。 「しかし、凄いものだな。いったいどれだけのエネルギー量だったんだ?」 ランドール伍長機のザクの損傷部分を見てシュナイダー大尉は、改めて言った。これでは、直撃を受けたザクが、助かる道理はない。 「はい、巡洋艦から発射されたメガビームと同程度のエネルギー量を持っていたようです。収束度が高いので細く見えますが威力は全く同じか、あるいは高いかも知れません。もう10センチも機体に寄っていたら未帰還機の1機になっていたでしょう」 そういってクレンドル少尉は、肩を大げさに竦めた。「こんなのを装備した敵と交戦したら装甲なんて無意味ですね」 応急的に増加装甲を取り付けて見ては?と言う案が出たのだが、それはランドール機の被弾箇所を見聞する事によってすぐさま却下されていた。 「ま、そうだがな。凄い衝撃だったろうな?」 スパイクアーマーが一撃で吹っ飛ぶほどだ、それだけで生半可なものでない事が分かる。 「ええ、相当なものだったと思います。スパイクアーマーが吹っ飛んだ上にあれですから」 クレンドル少尉は、声を震わせながら言った。 装甲を一瞬にして気化させ、吹き飛ばすエネルギー量の事を考えると身震いしたくなる。 「他に分かったことは?」 どのみち、敵の火力が分かっても交戦せずに済む訳ではなかった。これ以上、威力を聞かせれても気が滅入るだけだと思いシュナイダー大尉は、話題を変えた。 「ベーレンス中尉には報告しましたが、敵のメガビームライフルの発射速度は、コンマ75秒、これより速いと言うことは無さそうです」 ベーレンス技術中尉は、ザイドリッツの主任技術士官だったが今は、艦長に呼ばれ出頭していた。 「そんなものか?もう少し遅いような気もしたが・・・」 そういいながら戦闘を思い返す。 「ま、戦闘中の体感時間と言う事で割り引いて下さい」 クレンドル少尉は、そこだけ笑っていいながら資料を見せる。なるほど、敵が射撃した間隔はまちまちだったが、最小値はクレンドル少尉の行った値に集束していた。 「射程距離はどうだ?」 これは、一番気になる点だった。二度目の出撃もその点を見誤ったせいで危うく喪失機を出すところだったのだ。 「あれだけ集束度が高い訳ですし、命中精度を気にしなければ20000あるいはそれ以上でも大丈夫でしょう。まさに巡洋艦並って訳です。ですが、これまで3回、203に対してなされた攻撃を含めてですが、を解析するなら有効射程として敵が想定しているのは最大見積もって10000でしょう。そういう意味では、ランドール伍長は、運がなかったのでしょう」 ぺらぺらと紙に出力された資料を捲りながら、記載された数値から敵モビルスーツの想定性能をクレンドル少尉は口にした。もちろん、正式な答えではなかったが、シュナイダー大尉はクレンドル少尉がそうやって口にする推定値に信頼を置いていた。 「10000・・・か」 軽く言うが、ザクが小型高機動目標と交戦に際して想定している距離の10倍だった。 「はい、10000です」 「安全を見積もるなら13000、今回の戦闘の事も考慮するなら15000から回避を行なわねばならないと言うところか?」 これは、難儀なことだった。 安全を確保しようとするなら、模擬戦闘で想定していたものより10倍以上も離れた位置から回避運動を行わねばならないのだ。推進剤がいくらあっても足りない気がする。 推進剤を使うばかりが回避ではないが、と思いつつもシュナイダー大尉は次回以降の接敵には何らかの工夫を図らねばならないだろうと思う。 「ですね・・・」 最初の戦闘ではザクの交戦距離を念頭に置いて接敵を試みた。連邦軍が、多少初速の速い火器を装備していても発砲と同時にブレイクすれば良いと考えていた。だから、直線機動で敵に迫ったのだ。その代償として2機のザクを瞬時に失った。 2度目は、最初の交戦から得られた敵の発砲距離9000の10パーセント増しから回避を行なおうと画策していた。だが、連邦軍のモビルスーツは、それを大幅に上回る15000もの距離から射撃を送って寄越したのだ。この射撃でも、喪失機こそ出さなかったが、1機を大破させられている。 「帰還したら、ただちにこの情報は全軍に通達せねばな」 この事を知らずに、交戦をした場合、203の事例を示すまでもなく戦闘結果を想像するのは容易だといえた。 「難しいでしょうが・・・」 そういってクレンドル少尉は、顔を曇らせた。 ジオン公国は、公式には連邦軍がモビルスーツを正式配備したことを認めていない。確かに、連邦軍のモビルスーツを擁する部隊と交戦したジオン軍部隊は数も少なく、その頻度も高くはない。初めての交戦は、少なくとも非公式に知られている限り6月には記録されているにも関わらずにだった。 その交戦から、3ヶ月弱。数こそ少なかったが、モビルスーツ戦闘は間違いなく繰り返されているにもかかわらず、公式には未だ1つも記録されていない。 したがって、交戦記録から敵の性能を探ることは出来ず、シュナイダー大尉の部隊も初めての交戦で敵の未知の性能に苦戦することになった訳だ。携行火器の性能1つでも知っていれば交戦の内容は全く違ったものになっていたはずだ。 「203のような部隊を出させないためにもなんとかせねばな」 203哨戒艦隊が、無為に7機ものザクを失った原因は情報不足に求められる。もちろん、要素は他にもあるだろうが、情報をなにも得ていないと言う事が主因なのは誰も否めないはずだった。 「確かに、無為にパイロットを失うわけにはいきませんからね」 現在、開戦前の想定から掛け離れたザクの喪失率に機体以上にパイロットの補充が追いついていない、それがジオンの実情だった。 「それには、部隊指揮官程度からの忠告では意味が無い。公式な見解として連邦軍のモビルスーツの性能について流布されねばな」 実際に、203のコドルポフ少佐は、108からの事前情報を一笑に付した。 その結果が、9機中7機喪失だった。 自分たち108モビルスーツ隊との合同を端から拒否し、敵が全機健在なのにも関わらず最初から戦力を分派したり、6機で敵のモビルスーツ8機を拘束出来ると考えたりと、侮り過ぎた結果だったが、それは過剰な自信もそうだが、結局は無知がもたらしたものだった。 「こんどは、コドルポフ少佐を含め203も協力してくれるでしょう」 「だと、いいがな」 シュナイダー大尉は、楽観をしていなかった。 2度目の交戦で、自分たちは1機を損傷したものの被撃墜機を出さなかった。これは、すなわち敵モビルスーツの戦闘力がそれほどではないと言う結論に導かれかねない。そういう意味では、203は、7機ものザクを失い、連邦軍のモビルスーツ恐るべしと言う印象づけには充分な損害を被ったと言える。 だが、問題は、そう簡単ではなかった。 指揮系統の全く異なる部隊でそれが可能かどうか?と言う問題があった。 2度の交戦を通し、2機の被撃墜と2機の損傷機しか出さなかったドズル旗下の部隊に対し、たった1度の交戦で7機もの被撃墜機を出してしまったキシリア旗下の部隊。 黙殺されるのではないか? そう思えた。 現実にはシュナイダー大尉の憂いは、ある意味正しく、ある意味間違っていた。 「結局、我々では役不足だったようですね?」 |