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「1時方向、モビルスーツ隊帰艦してきます。全機揃っています」
 ヒラリー曹長が、明るい声でキャッチした情報を伝えてくる。
「よろしい。収艦準備急げ。バレンシア、サン・ジュアンは、周囲警戒を怠るな!モビルスーツ隊の損傷状況は?分かるか?」
 交戦の光が消えてから10数分あまり、艦隊は単なる周囲警戒からモビルスーツ収容のための艦隊運動をそれに含め始めた。艦載機を収容するよりはましとはいえ、モビルスーツの収容作業中は、艦隊を危険に曝してしまう作業である。
「アイ・サー。バレンシア、サン・ジュアンは、周囲警戒厳にせよ!」
 ジョリー大佐の命令をアスティー伍長が、すぐに下命する。その声も明るく、溌剌としたものだった。全機揃って帰って来るということが嬉しいのだ。もちろん、作戦が成功したという喜びもある。だが、戦死者を出さなかったことの方が大きい。
「7203、オブライエン曹長機が腰部に被弾、小破。7205のアプルトン准尉機が、シールドを喪失している以外は、全機健在です」
 伝えられた損害も、ほとんど無視出来るものといえた。小破と判断される損害ならば予備部品によって機体の冷却が終わる頃には完全復帰出来るだろう。
「よろしい、作業は、第1手順。収艦した機から冷却を開始せよ!」
 ジョリー大佐の下命にも焦りや緊張感というものは全くない。
「戦果報告、入りました」
 既に完全なレーザー通信圏内に入っていたモビルスーツ隊から、早速戦果報告がなされてきたらしい。
「転送してくれ」
「アイ、サー」
 手元のコンソールスクリーンに瞬時で転送されてくる。
 おおまかな戦果は、既にラインのオペレーター、ヒラリー曹長の報告で分かっていたし、戦場を映し続けていたメインスクリーンでも、ある程度は把握出来ていた。
 第3戦闘ラインの遥か彼方で戦われた交戦だったが、艦艇が、戦没する時の爆発光は見逃しようも無かった。敵艦隊の戦力編成からも興味は、敵の艦隊を撃破出来るかどうかではなく、味方に損害が出ずに済むかどうか?の方が強かった。
 ウィステリア中尉から送信されてきた戦果の報告を兼ねた戦闘報告は、3隻の旧式輸送船を護衛していた1隻のサラミス級巡洋艦とともに撃沈したことを知らせてきていた。迎撃してきたのは、2機のザクと6隻の突撃艇だけだったらしい。3隻もの輸送艦を護衛する戦力としては、ザクが2機というのはあまりにも希少な戦力だったが、あるいは、奇襲に近かったためにザクを出撃させられなかったのかも知れなかった。
「サラミスを沈めるのは、忍びなかったでしょうね?鹵獲したサラミスを使ってくるとは・・・」
 モニタを覗き込んだバンデラス中佐が『サラミス級1撃沈』の文字を見つけて言った。
「ふむ、あるいは、連邦軍の艦隊に偽装したかったのかも知れん」
「だからでしょうか?輸送効率が著しく劣る輸送船も民間タイプのものをつかったのは?」
 陽光で煌めかせた不明艦隊を光学探査システムで捕捉し、デブリの陰からモビルスーツ隊を全力出撃させた72戦隊は、敵の不意をつくことに成功したのだった。もちろん、最終接敵段階では敵に探知されたが、その時には既にジムのビームライフルの射程内だった。捕捉した艦隊が、サラミスに護られた輸送船だったので、一瞬躊躇したが、ザクを認めた瞬間、モビルスーツ各機は、攻撃を開始した。
 まず、優先的に攻撃を受けたのは、最終投下アプローチに入っていた輸送船だった。最終投下アプローチに入っていた輸送船は、回避することも出来ずに次々にジムからのビームを浴びていった。もっとも、回避運動がとれるような状況にあってもジムのビーム砲撃を民間船を徴用した輸送船が回避出来る道理など無かったが。
 3隻の輸送船が攻撃を受け始めてようやく迎撃を開始したジオン軍護衛隊だったが、その護衛戦力は、ジムを退けることを望むべくもなものだった。
 少なくとも表立って抗戦をしてきたのは2機のザクの他には、たった6隻の突撃艇でしかなかった。
 この戦力では、サラミスの支援射撃が有効になされたとしても3隻の輸送船を護ることなど到底不可能だった。ジオンの直衛部隊が、有効な反撃を行う前に3隻の輸送船は、全てが撃破された。そして、突撃艇をあっと言うまに血祭りに上げたジム隊は、ザクを撃破しつつサラミスへ次々にビームを振る舞った。ザクと突撃艇、サラミスは、こういった不利な戦況ながら善戦したといえる。
 しかし、ジムを撃退するにはあまりにも無力だった。
 ジオン軍輸送船団は、5分に満たない戦闘時間で一方的に殲滅されてしまったのだ。
「鹵獲したサラミスを単艦とはいえ前線で使ってきたのは初めてですね?」
 バンデラス中佐は、言った。
「後方で、警戒任務につけているという話は聞いていたがな」
 いわゆる1週間戦争時にサラミス級は、多数が壊滅したサイドにおいて鹵獲された。その数は、正確に記録されているわけではないが、20数隻にも及ぶと言われている。
 それらのうちの1隻が、今回の護衛に使われていたわけだ。
「開戦から9ヶ月あまり、ジオン軍の実働艦が払底してきたのかも知れません。レビル将軍の情報では、生産設備はそこそこであっても整備を施すようなシステムそのものが構築されていないとされていますからね」
 実際に、ムサイを整備運用するのとサラミスを運用するのではその設備はまるで違うものが必要だった。頭数としてカウントすることは出来ても戦力として編入することは簡単なことではなかった。
「それはそうだろう、そこまでの長期戦を視野には入れていなかったろうからな。そういう意味では、我々の目をごまかすという以上に艦艇戦力が払底しているのかも知れんな」
 ジョリー大佐の想定は、大佐が思っている以上に的を得ていたが、ジョリー大佐自身は気が付いてはいなかった。

 この時期、ジオンにおいて実働させる戦力が、払底しているというのは事実だった。しかし、それは主に哨戒任務及び、船団護衛に投入する戦力という意味でだった。もっとも、ルウム戦役やブリティッシュ作戦のように大規模な艦隊を投入する作戦を再興出来ないことも事実だったが、本国を含め、ジオンにはなお相当な艦隊戦力が温存されていた。
 5月以降、宇宙における連邦軍の主要作戦目標は、ジオン軍の地上への輸送船の寸断に移っていた。そして、それは、概ねにおいて成功していた。何故なら、ジオン軍参謀本部は、地球侵攻に先立って実施された3月のルナ2へのミサイル空襲によって事実上、宇宙における連邦軍は作戦行動の自由を失ったと判断しており、輸送船団に充分な護衛を付ける必要性を認めていなかったからだ。
 もちろん、これには一理ある。
 3月に入ってから開始された地球降下作戦の期間中、ジオン軍は全く連邦軍からの阻害を受けなかった。大戦力を地球に送り込むにあたって、ジオン軍は、それなりの戦闘損失を覚悟していた。古来、上陸作戦というのはそういうものだったからだ。いかに、ブリティッシュ作戦によって連邦軍が混乱していようとも死に物狂いの阻止戦を挑んで来るものと見積もられていた。
 だが、3度にわたる降下作戦は、ほとんど抵抗を受けなかった。
 ミサイル空襲によって、ルナ2に与えた損害が、当初評価した以上のものだったとジオン軍の参謀本部は判断した。そう、無視してしまえると。
 しかし、そう判断しつつ、ジオン軍は、ルナ2をまた必要以上に過小評価もしていなかった。
 それは、以下のような声明文にも端的に表れていた。
「ルナ2の連邦軍は、先の戦略的ミサイル空襲によってほぼ壊滅した。これを占領するのは容易いが、その戦闘によって発生する損害は無用なものであり、また連邦は、それを意図し失血を強要するような戦闘を実施するだろう。それは、まさに慎まねばならない。ルナ2には、もはや戦略価値などないのだから」
 つまり、ルナ2が無力化されたといいつつ、戦力の消耗を恐れて最終的な侵攻を残念したことの証でもあった。
 しかし、地球侵攻作戦において、ほとんど抵抗を受けなかったことが、後にルナ2の連邦軍戦力だけでなく、連邦軍そのものを軽視する体質を急速に醸成したのは間違いない。
 そして、その無力化されたはずの戦力こそがジオン軍を蝕んでいた。
 ルナ2に逼塞したはずの戦力が、ゲリラ的にジオン軍の対地球補給船団を襲撃し始めたのだ。ジオン軍が、船団護衛を軽視したことと相まって、その戦果は、初期において著しいものだった。そして、泥縄式しかその対抗策をとらなかった(あるいは、とれなかったといった方が正しかったかも知れないが)ジオン軍に対し、連邦軍宇宙戦力は、組織だった輸送線の寸断を開始した。
 その効果は、大きかった。
 地球に送り込んだ戦力に比例し、その維持に必要な物資の量は莫大なものになっていた。その必要量は、ピーク時には日量27万トンにも及んだ。これほど大量の物資を計画的に、かつ必要とされる地域に送り込むことは、地球降下作戦が終了した直後ですら既に不可能だった。ジオン軍補給部隊が送り込めた物資は、ピーク時の3月でさえ日量18万トンに過ぎなかった。その後、皮肉にも急速に地球侵攻部隊が戦力を失うに伴って必要とされる物資も減少し、オデッサ以降には日量5万トンを割っていくことになるのだが、それすら満足させたことは一度も無かった。何故なら、後半には満足な補給船団を編成することすら不可能となっていた上に補給船団が、補給を成功させる確率は、数%にまで低下していったからだ。
 特に、72戦隊を含む70番台戦隊(セブンティーズ)を始めとするモビルスーツを伴う部隊がその任務に従事し始めて以降著しかった。なにしろ、充分な護衛戦力を付与出来ない上に、護衛に当てたモビルスーツ戦力が、質的にも数的にも連邦軍のそれより劣っているのだ。それは、もはやいかなるジオン軍戦力も有効に連邦軍の補給船団攻撃部隊を阻止し得なくなったことを意味していた。

 ジオン補給船団を壊滅させ、ジムの整備を完了した3時間後、72戦隊は、新たな命令を受領した。
「艦隊針路、120。第4戦速!」
「司令部からですか?」
 ジョリー大佐が、艦隊の新たな進路を指示するとバンデラス中佐は、聞いた。
 ジョリー大佐の下命は、周回軌道、ルナ2面を離脱しジオンの制宙域へと進むものだったからだ。もっとも、制宙権を把握しているといっても、地上における制空権や制海権と随分趣を異にしている。なにしろ、宇宙空間は広大だったし、電波兵器が用をなさないのだから仕方がない。
「ふむ。違うが、どのみち同じようなものだ」
 ジョリー大佐は、少し眉を潜めて言った。明らかに新たに受領した命令に対して納得をしかねているふうだった。
「違うのですか?」
「ジオンと交戦をするという意味では、どこから命令が出ようと同じさ」
 もうその件についてはお終いだと言外に含めながらジョリー大佐は、言った。その口調に、ほんの僅かだが苛立ちが含まれていることをバンデラス中佐は、感じ取った。
 無理もない、とバンデラス中佐は思った。
 ルナ2面から離れるということは、同じ任務で展開している連邦軍艦隊からの支援を受けられないということを意味しているからだ。逆に、ジオン軍が活発な艦隊運用をしていないといっても、ジオンの複数の艦隊に捕捉される可能性が僅かでも上昇する。
 それに、とバンデラス中佐は、ジョリー大佐の横顔を見やりながら思った。
 ジオン軍は、輸送船団護衛には2線級の部隊を充てているが、哨戒任務を実施している部隊は完全な戦闘部隊だ。つまり、輸送船団を護衛している部隊との交戦とは全く異なる種類の戦闘になるということだ。
(強敵に会わんことを祈るのみ、だな・・・)
 バンデラス中佐は、一転して緊張感で満たされた艦橋内を見回し思った。

 


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