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 アレギ曹長は、艦隊進路が変更になったことを収容甲板の当直士官から聞かされた。
「当面の任務は、敵の哨戒艦隊を補足してそれを撃破することに変わったようだ」
 やれやれというように肩を竦めながらその士官は、言った。「輸送船団を捕捉する仕事の方がよほど楽なんだがなあ。いつまでも楽は、させてもらえないってわけだな」
 これまでの輸送艦隊襲撃においてはモビルスーツの損傷は、それほど深刻なものは出ておらず、戦闘任務にもかかわらず推進剤の補給、機体冷却と言った通常の作業でほとんど事足りていた。
 しかし、戦闘部隊である哨戒艦隊と一戦を交えるとなるとそうはいかないのは容易に想像が出来た。
「艦橋のほうも大変だと思いますが」
「それは、自業自得ってもんだよ、曹長。任務の変更を決めたのは上だからな」
 それには、アレギ曹長は、あいまいな笑顔を返しただけだった。
 士官は、少し不満そうな顔をする。アレギ曹長が、同調すると思っていたからだ。
「ま、お前たちの仕事も勢い増えるってことになると思うがな」
 士官は、そういうと自分の持ち場に戻るために背を向けた。
 その背を眺めながらアレギ曹長は、任務変更が上ではなく、下で決まったことを知ったらあの士官はどんな感情を持つだろうかと思った。
(きっと、はじきもんになるだろうな・・・)
 アレギ曹長は、自嘲しながら思った。
 艦隊の任務変更は、上官の技術士官ハドゥラー少尉が、決めたようなものだったからだ。艦隊は、2個艦隊との交戦以降、頻度的には満足できる戦闘回数をぎりぎりのラインでこなしていたが、その内容は全く持って不満足なものだった。
 今日の交戦も、被弾した機体は1機でしかなく、その被弾も既に既知の状態でしかなかった。むしろ、ハドゥラー少尉が興味を示したのは、帰艦して来た被弾機ではなく、放棄せねばならなかったシールドの被弾状況の方だった。状況が許せば、遺棄されたシールドの回収を具申しかねない、それほどだった。
 そして、今日の交戦結果からハドゥラー少尉が導き出した答えは、これ以上の通商破壊戦は、無意味だということだった。もちろん、全体から見ればたとえ小規模と言えどもジオンの補給艦隊を撃破する事には意味がある。しかし、ハドゥラー少尉に与えられた任務にとってはなんの意味も成さないのは間違いがなかった。
 そう答えを出したハドゥラー少尉の行動は早かった。すぐさま、艦長に任務変更の意見具申、意見具申といえば聞こえは良かったが、それはほとんど命令という形でなされた。一介の技術士官の意見具申など無視してしまわれて当然だったが、部隊の性格上、そうは行かなかった。ハドゥラー少尉には、もっと上からかなりの権限が認められていたからだ。もっとも、それは状況下によったが、今回は、その状況が許容する範囲であり、ジョリー大佐が事前に聞かされていた範囲内でもあった。
 つまり、アレギ曹長が所属する技術評価部隊が配属されていなければありえなかった命令変更なのだ。
 もちろん、これがより難度の容易な任務への変更であれば問題は生じないが、艦隊乗組員の全員がそうではないことを理解している。これは、明らかに生還率が下がる任務変更だった。

「心許ないものです」
 第119哨戒艦隊旗艦ゴーフェルの艦橋から併進する僚艦を眺めながらレーディヒ中佐は、言った。
「なにがだ?」
 艦長であり、艦隊司令のヴァヘル大佐は、静かな声で言った。質問の形をとってはいるがその意味するところをもちろんヴァヘル大佐は心得ていた。
「新型とは言いますが、砲撃力は3分の2、航続力も減少している本艦で戦闘任務に就くと言う事がです」
 航続力と言ったが、レーディヒ中佐が、心許なさを感じているのは砲撃力に関するものに限定されていると言って過言ではなかった。砲術畑を歩んできたこともそうだが、対抗すべき連邦軍の巡洋艦の砲撃力のことを考えればそう思わざるを得なかったのだ。
「中佐の心配は分からんではないが、ムサイクラスの存在価値は、ザクを搭載できると言う点だけだ。その点で見れば、緊急発進の際の発艦速度が上がっているのは評価できる。また、艦の最大速力が上がっていることもな」
「ですが・・・」
 あっさりと乗艦の砲戦性能を否定されてレーディヒ中佐は、いうべき言葉を失った。ジオン軍の内部でも言下にムサイの性能を言い捨てる軍人はそうはいないだろう。しかし、言い得てもいるわけでレーディヒ中佐も言い放ったのが上官であるだけに口籠ざるを得なかった。
「艦隊進路クリア・・・第3戦闘ライン内クリア」
「よろしい、以後も警戒を厳にせよ」
「ヤー、艦長」
 レーディヒ中佐の声にオペレーターの定時報告が被る。艦長とオペレーターの決まったやり取りが終わるのを待ってレーディヒ中佐は、続けた。
「モビルスーツで圧倒する戦闘は、もはやわれわれだけの特権ではありません。モビルスーツ同士の交戦を傍目に艦隊砲撃戦が起こらないとも限りません」
 これには一理ある。開戦初期の戦闘であれば、十中八九ザクによって敵艦隊の行動は抑える事が出来た。つまり、極端に言えばムサイは、ザクを運んでいるだけでよかった。しかし、連邦軍もモビルスーツを運用するようになった現在、ザクは連邦軍のモビルスーツとの交戦に拘束されてしまう。戦闘の推移如何によっては、砲撃戦に移行せざるを得ないわけだ。そうなった場合、従来型でさえ砲撃能力ではサラミス級に劣っていたのに更に砲撃力が削られた新型で戦う事は不安の一言に尽きた。
「そういう戦闘があるやも知れん・・・。しかし、我々は、数を揃えねばならんことも事実なのだ。どんなに高性能な艦でも1隻では戦力たり得ないのだ。我々は、1週間戦争とルウムにおいて余りにも多くの艦艇を失った」
 それは、あらゆる意味で事実だった。
 この期間に失われた艦艇の数は、開戦時にジオン軍が保有していた総艦艇数の2割にも達し、損傷艦艇の数も加えるならばそれは4割を超えようとしていた。戦争が、この期間で終結していたならばそれは、問題として表面化することはなかったかもしれなかった。しかし、連邦軍は、ジオンが期待したようには屈服しなかった。
 その結果、ジオンは国力に見合うことのない地球への降下作戦を3次に渡って実施せざるを得なかった。応急措置としかいえない程度の対応で損傷艦を再び前線に出さねばならなかったのだ。ルナ2の反撃を恐れた結果、それに対応出来るだけの戦力回復を図るために地球侵攻作戦は、3月まで待たねばならなかった。
 連邦軍はこの期間に、『混乱を極めた状態』から『混乱した状態』にまで変化していた。本来なら、地球降下作戦は、南極条約が締結された直後に発起されなければならない作戦だった。戦前に地球降下を踏まえた戦争計画を持っていたにもかかわらず、ジオンにはそれをなせるだけの国力がなかったのだ。
 そして、その根源は、ジオンが初めて実用化した高性能巡洋艦『ムサイ』にこそ求められた。ムサイ級は、確かに優れた巡洋艦だった。新型輸送船の開発プロジェクトを隠れ蓑に設計がなされたムサイ級は、コンパクトな船体にタム対艦ミサイルを始め、多数の武装を施し、連装メガ粒子砲を3基装備させた上にサラミス級に匹敵する速力をも手にした。さらに、ムサイ級は、モビルスーツを運用し、地球降下カプセルの運搬も行えるように設計された。
 確かに、優れた巡洋艦が、完成したが、それは同時に技術の限界に挑戦した結果でもあった。つまり、幾多の新機軸が惜しみなく投入された結果達成されたものだった。ムサイ級がなければ開戦が望めなかったと言わしめた高性能巡洋艦は、一方で非常に運用が難しく整備に手間がかかる巡洋艦だった。
 余りに多くのものをコンパクトな艦型に盛り込んだために、新たな装備を盛り込むことがほとんど不可能だった上に、被弾時の被害が思わぬほど大きくなりがちだった。特に艦首部は、タムタイプ、リムタイプのミサイル弾薬庫のようなものであり、被弾によって誘爆撃沈という事態が容易に起こりえた。また、大出力を可能にしたメインエンジンは、頻々と故障した。連装メガ粒子砲は、フル斉射を5斉射行なっただけで電磁束を交換しなければならないといわれた。
 それほどデリケートな艦だった。軍艦の建造ノウハウを持たないジオンにあっては仕方がないことだった。
 そして、多数の艦艇の喪失と予想以上に入渠を要するムサイ級によってジオン軍の艦艇稼働率は、想像以上の低さを示すにいたった。再び宇宙が主戦場になる時、その稼働率の低さは許容出来るものではなかった。ジオン軍は、数を揃えると同時に稼働率の向上を追求せざるを得なかった。
 その回答が、この新たなムサイ改級巡洋艦だった。
 メガ粒子砲塔を1基減じ重量の軽減と工程数の減少を図り、就役艦数の増加を図ったのだ。
「哨戒任務にはちょうど?と言うわけでしょうか?」
「かもしれんな。艦隊砲撃戦を不用意に実施しようと思わんだろうし、逃げを打つにもこいつの速力はうってつけだろうからな」
「たしかにそうではあります」
 そういってレーディヒ中佐は、心の中で苦笑した。確かにヴァヘル大佐の言うように逃げを打つことも1つの手なのだ。馬鹿正直に遭遇した連邦軍と渡り合う必要はない。やれそうならば戦う、そうでなければ逃げる。そう考えればずっと心の中身は楽になった。
(このあたりが艦長と俺との差か・・・)
 レーディヒ中佐は、自分が副官に甘んじていることを改めて理解した。
「艦長、第3戦闘ライン上に所属不明艦の熱反応を複数キャッチ、方位010、マイナス36、速力42!140に運動中!」
 不意にオペレーターが急を告げる。
「艦隊第1戦闘配置!!帰還、予備出力を確保!モビルスーツ隊発艦準備!!」
 ヴァヘル大佐は、矢継ぎ早に戦闘準備を整える命令を下命していく。「オードル、近くで連携のとれる艦隊は?」
 オペレーターに即座に問う。
「145がありますが、最短で30分!」
 艦隊の運動方位や速力によって異なるが、最短でも30分だとするとあてにするのはかなり博打要素が大きい。
「敵は、3隻、空母を含む哨戒艦隊と思われます・・・艦隊運動より敵はこちらを発見しているようです」
 事実上連携出来る艦隊が無い事を知らせ、追い討ちをかけるようにオペレーターが、ほぼ連繋不可能な事を知らせてくる。
「艦長!」
 レーディヒ中佐は、早くも興奮した面持ちでヴァヘル大佐を見上げた。
 ヴァヘル大佐は、小さく頷く。
「急速ターン!針路145!回頭終了後機関最大戦速!増速停止後モビルスーツ第1種装備で射出せよ!!艦隊砲撃戦準備!!艦隊は単縦陣!!」
 復唱がただちになされ、ヴァヘル大佐の言葉が終わらないうちに早くも急速ターンによる横Gが艦橋職員に襲い掛かってくる。更に最後の下命に従って艦が最大噴射をかけ始めると、乗組員に激しいGが襲い掛かってきた。レーディヒ中佐は、マグネットソールをしっかりと床に押し付け、身体が流されないように左手で力強く支持用のポールを握りしめた。それでも身体が浮き上がりそうになる。
 実際、艦の中では身体を飛ばされてしまった兵士もいるに違いなかった。それほど急激な艦隊運動だった。
「敵増速!!距離が詰まります!!」
 運動ベクトルに対してほぼ180度回頭したことによって敵との相対速度さは一時的に限りなくゼロになった。そのために敵の艦隊との距離は急速に詰まった。しかし、新しい大出力のエンジンがその時間を短いものにしてくれる。
「高熱源隊多数!敵は、戦闘機を発艦させつつあり!!」
 オペレーターが、スクリーンに映し出された新たな情報を即座に伝える。連邦は、自分たちに先制攻撃をかけようとしているのだ。先手を取られたことでレーディヒ中佐は、かっと頭の中が熱くなるのを感じた。
「熱源パターンを精査せよ!!」
 ヴァヘル大佐は、今までになかった命令をオペレーターに伝えた。
 一瞬、怪訝そうな表情を浮かべかけながらもオペレーターは、手元のコンソールを2度3度と弾く。すぐに表情が硬くなる。
「敵の赤外線発熱パターンは、戦闘機にあらず!繰り返す、敵の赤外線発熱パターンは、戦闘機にあらず!!」
 艦橋内が一瞬、凍りつく。
「モビルス−ツ発進急げっ!!」
 レーディヒ中佐は、顔を思わずヴァヘル大佐の方へ振り向けた。レーディヒ中佐は、初めてヴァヘル大佐の声に緊張が含まれているのに気が付いた。

 


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