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「敵艦発砲!」
 オペレーターが、強張った声で叫ぶように伝達する。
 その刹那、艦橋内に淡いピンクの光が差し込む。連邦軍のサラミス級巡洋艦が放ったメガビームが至近を通過したのだ。いや、擦過した、といった方が良かったかもしれない。
「ランダム回避機動解除!マニュアル回避!!」
 コンピュータが行なうランダム回避は、言葉通りにランダムではない。コンピュータが作り出す以上、そこには必ずパターンがあった。それを解析されているとしか思えない初弾からの至近通過だった。
「ランダム回避機動解除します!!マニュアル回避に移行します!!」
 操舵手が復唱するその間にも第2撃が、襲い掛かってくる。連邦軍の急斉射は、伊達ではなかった。
「発砲まだか?」
 ヴァヘル大佐の焦燥を含んだ声が飛ぶ。ザクの発艦を優先したために射線の有効な確保がままならなかったのは理解していたが、一方的に砲撃される事は我慢ならないのだ。
「後、10秒待って下さい!」
 ランダム回避からマニュアル回避への変更に伴う照準システムの移行にも時間が掛かっている。
「いそげ!!」
 第3射目が、襲い掛かってくる。ランダムを解除したおかげなのか、気持ちビームが遠ざかっている気配があった。しかし、その幸運は艦隊全てに訪れた訳ではなかった。
「2番艦被弾!!」
 連邦軍のサラミス級巡洋艦は、それぞれが旗艦であるゴーフェルと2番艦ルーヘンムとに砲撃目標を割り振って砲撃を行なっていた。ゴーフェルに対する砲撃は、マニュアル回避に移行する事によって精彩を欠くことになったが、2番艦ルーヘンムに対してはそうではなかったらしい。
 後方に位置するためにモニターでしか見てとる事が出来なかったが、2番艦は艦首部分に被弾をしていた。
「2番艦、ルーヘンムより入電、我被弾するも戦闘、及び航行に支障なし!」
 タムミサイルに引火誘爆はしなかったらしい。被弾と言うよりは、掠めたといった程度だったのだろう。
「発砲します!!」
 待ちに待った報告が上がってくる。これで撃たれっぱなしではなくなる。
 同時に艦橋に黄色い光が射るように差し込んでくる。ようやく反撃を行なう事が出来たのだ。しかし、その射撃は、全く連邦軍を脅かす事が出来はしなかった。
「砲術班、撃てばいいと言うものではな・・・」
 その瞬間、連邦軍の第4斉射が、今度はゴーフェル自身に牙をむいた。サラミス級巡洋艦が放ってくる4線のメガビーム3線までが、前方を遮るように通過していったが、1線が、コムサイを捉えたのだ。命中の瞬間、眩いばかりの光が艦首を被い、思わず言葉が途切れるほど衝撃がゴーフェル全体に襲い掛かってきた。
「コムサイ緊急射出!急げ!!」
 衝撃が納まるよりも早くヴァヘル大佐は、命じた。
「コムサイ、緊急射出します!!」
 別な衝撃が加わり、被弾したコムサイが射出される。
「急速回避!取り舵一杯!!」
「急速回避します、取り舵一杯!!」
 射出されたコムサイから少しでも距離を取るべく、ヴァヘル大佐は命じた。推進剤を満載したコムサイの誘爆は、ムサイにとって充分に危険だった。ゴウッと艦首のスラスターが全力で噴射され、艦橋にいてもはっきりと分かるほどのGが、襲い掛かる。もはや砲撃どころではなかった。
 反撃は、2番艦と3番艦に委ねるしかなかった。
「総員、対ショック、対閃光防御・・・」
 またしても言葉が途切れる。50メートルと離れていない空間でコムサイが轟然と爆発をしたのだ。膨れ上がったコムサイが、そのまま赤黒い光の中に飲み込まれていき、危険な破片を無遠慮に撒き散らす。
 襲い掛かる破片は、容赦なくゴーフェルの船体を叩き、損傷させていく。
 更に光が差し込んだと思った瞬間、先刻に倍するような衝撃が襲い掛かった。しかし、それはコムサイが爆散しつつある前方からではなく後方からだった。
「2番艦、ルーヘンム爆沈!!」
 誰もが息を呑む。
 砲戦開始から1分とたたないうちに1隻を撃沈されて1隻を損傷されたのだ。連邦軍の圧倒的な砲戦力に、誰もが声を無くしていた。

「少佐!・・・」
 2番機のルッテル曹長が、狼狽えた声を出す。
 無理もない。母艦の1隻が、あっというまに撃沈されたのだ。
「狼狽えるなっ!敵につけ入られるぞっ!!」
 エランド・シュタット少佐は、すぐに怒鳴った。
「相対距離20000」
「ルッテル、カール!15000で自由回避開始!射撃は、3点射。回避は垂直面に大きくしろ!」
「りょ、了解っ!」
「了解っ!」
 狼狽えるな、と言っても無理か?とシュタット少佐はひとりごちた。母艦の1隻が、轟沈し、もう1隻も損傷を受け、まともな反撃を行なっているのは殿の3番艦だけと言う状況ではベテランでも動揺しようか、そういうものだ。
 確かに、母艦の喪失は、大事だ。しかし、それは直接自分たちの命に関わってくる事ではない。少なくとも現時点ではだ。戦闘が終息して戻るべき母艦がないという事は確かに難事では有ったがすぐにも命に関わるという事ではない。それのことにただちに関係するのは前方から既に接近してきている敵のモビルスーツなのだ。
「15000!」
 あっというまに相対距離が想定戦闘開始範囲に詰まる。
「ブレイク!」
 シュタット少佐は、ザク同士の模擬戦闘ではあり得ない距離での散開命令に多少の違和感を覚えながらも命じた。15000という距離は、地上でなら地平線の遥か彼方だ。
 今からは、命令通り接敵面に対して垂直方向の機動を中心にしながらひたすら接近を図っていくことになる。
 どのみち、15000ではザクの装備するどんな武器も有効では無いからだ。
 垂直面の機動を開始しするのに僅かに遅れて敵のいる空域で光が明滅する。そして、明滅するが早いかピンクのシャープな光が切り込んでくる。大気圏内ならばソニックブームの如き音響を伴い耳を圧されるような至近を敵のメガビームが擦過して行く。それでも決定的な事態は起こらない。ザクに命中する事はないのだ。
(13800って、ところか?)
 敵が発砲した時点での相対距離をチラッと確認する。
 敵の斉射は2射3射と続くがザクに被撃墜機はでない。不規則回避を行なうザクの機動に敵の砲撃は、充分に追随出来ていないのだ。敵の発砲は、こちらが想像しない距離で回避機動を始めたために驚いて行われたに過ぎない。そして、いつものように初撃で命中させることが出来なかったせいで更に慌てているのだろう。
(いけるかもしれん・・・)
 シュタット少佐は、ひとりごちた。
 断言しないのは、連邦軍のモビルスーツの全てをこちらが知っているわけではないからだ。
 ただ、これだけは言える。
 敵の砲撃は、絶対ではないのだ。
(所詮は、人がかかわっていると言うことか・・・)

「拙いな・・・」
 アプルトン准尉は、接近をしてくるザクの機影をモニターの中に凝視しながら声に出していった。敵の回避機動は、それほど巧みとは思えなかったが、ジムの射撃照準装置には荷が勝ちすぎているらしい。ザクの回避機動に関してのデータの絶対量が足りないせいだ。
 修正は、射撃毎に入っているはずだが、的確に直撃させるデータを得るにはサーバーで解析し、ジムにとっての最適化を行なわねばならない。単体のコンピュータだけでは、限界が自ずとあると言うわけだ。
「しょ、少尉!接近してきます!!」
 トゥルポー曹長が、悲鳴に近い声で言う。
「落ち着け!5000までに入れなければいい!!」
 言いながら難しいと思う。
 敵が、垂直面主体の回避機動を取っているとはいえ、接近機動であることに違いはなかった。既にその相対距離は10000を切りつつある。刻一刻と相対距離計はその数値を減らしている。そして、それに反比例するように若いパイロットたちは焦燥を深めているに違いない。もちろん、若いパイロットだけではなく自分もだ。
 カッ!!
 敵が接近機動を試みている空域で不意に極小の太陽が出現する。
「中尉か?ようやく1機か・・・」
 ちらりと視線をやった相対距離を示す数値は、限りなく5000に近くなっていた。
「ちぃっ!」

「やれるっ!」
 カール曹長は、最初の衝撃から立ち直りつつあった。
 モビルスーツが、メガビームを放ってくることなど絵空事だと断じていたが、現実はあっさりとそのカール曹長の思い込みを打ち砕いた。
 しかし、その恐るべき兵器も命中しないことが分かれば怖くなかった。すると、普段から鼻につくほどの自信過剰な自分が戻ってくるのが分かった。
 7000から6000へと相対距離も減り、新型マシンガンならば有効射撃とまではいかなくとも敵をひるませることぐらいは可能なはずだった。敵の1機をスコープへと誘う。短連射を加えれば、敵の無様な射撃をもっと無様にすることが可能だろう。
 姿勢を制御し、僅かな時間、機体を直進させる。
「くら・・・」
 しかし、カール曹長が、その言葉を最期まで言い切ることは出来なかったし、何が起きたかを知覚することも出来なかった。

 グワッ!
 眩いばかりの光がサイドモニターから襲い掛かってきた。
 敵の放ったメガビームが、3番機のカール曹長のザクを薙いだのだ。その瞬間、眩いばかりの光がザクを覆い、寸前まで繋がっていたザクの上半身と下半身を瞬時に数メートルも分離させ、次の瞬間、核融合炉が暴走したのだ。

「くそったれ・・・」
 輝度を限界まで絞ってなお眩い核融合炉の暴走の光に眉を潜めつつシュタット少佐は、悪態を1人つく。そして、考え直す。「僥倖だったと言うことか?」
 少なくとも、敵の五月雨のようなとはいえ、繰り返される射撃をかいくぐりながら10000近くもの距離を詰めてきたのだ。
(1機も被撃墜なしと言うわけにはいかんか・・・)
 明らかに優秀な機体と交戦しているのだから許容しなければならない損害だと言えたが、それが自分の中隊から出たとなるとそう単純に納得出来るものではなかった。
 一気に血が頭に上りそうになる。
 しかし、指揮官機がそうそう自分を見失うわけにはいかないことも心得ていた。
 そういった中でもシュタット少佐は、3番機のカール曹長が犯したミスを理解していた。
 カール曹長は、短時間とはいえ機体を直進させたのだ。過剰なまでの自信家だったカール曹長だったが、その短所が曹長の命に終止符を打ったせたと言うことだ。
「狙って撃つなッ!ばら撒けば当たるッ!!」
 中隊は、その相対距離を4000から3000へとつめつつあり、ほとんど至近と言える距離までの接近に成功している。射撃開始と言い含めてある3000まで後少しだ。敵を完全に照準環の中に捉えてから射撃したいと言う気持ちが湧き起こるだろうが、そこへ意識が集中してしまってはカール曹長の二の舞いになることは容易に想像がついた。
 カール曹長が、高価な代償を払うことで教えてくれた教訓は活かさなければならない。
 1機は、失われはしたが、数だけは互角だ。
 主導権は、まだどちらが握ったと言うわけではないのだ。
「射撃開始ッ!!」
 命じながらクルクルと機動しながらほとんど狙いも定めずに敵に向けて、という程度で射撃する。
 ガンガンガンガンッ!!
 機体が激しく震える。90mmの発砲の衝撃は小気味よく、120mmのそれよりもずっと機体が安定しているとは言え、その発射時に伝わってくる震動はザクを激しく震わせる。マシンガンの砲口から飛び出した90mm弾は、敵へと赤い尾を曳く。
 それに呼応するかのように敵のビーム射撃が送り返され、闇を切り裂き、ザクの至近を通過していく。
 交戦は、始まったばかりだった。

 


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