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 アンドリュー・オブライエンは、コクピットの中で独り恐怖に震えていた。何もかもがこれまでに経験した戦闘と異なっていたからだ。ザクは、これまでのように容易に標的とはなってくれず、敵味方を表すブリップは、クルクルと目紛しくその位置を絶えず変化させていた。そのせいで支援を行なうべき味方機の位置さえ失いそうになる。
 最初の1機をウィステリア中尉が撃墜して、それ以降は味方機は得点を稼ぐことなく乱戦に持ち込まれてしまった。幸いなのは、味方からも失点が出ていないことだけだった。一気に距離を詰められ、これまで一度としてなかったザクのマシンガンの有効射程内に入れられてしまったのだ。
 ザクの放ってくるマシンガンの砲弾は、前から、側面から、そして、後ろからさえ襲いかかってきていた。敵は、常に機位を変えつつ、まぐれ当たりを狙って放ってきているとしか思えない射撃を繰り返していた。ジムの主武装であるビームライフルの10倍近くの発射速度で放たれてくる90ミリ弾は、1回1回の射撃が軌跡でわかるビームと違ってほとんどの砲弾の軌跡が解らないぶん、脅威だった。命中してくるまでその存在は分からないと言って過言ではない。混じっている曳光弾によって、狙われている事が分かるからこそかもしれない。曳光弾が至近を過る時、身が固くなるのが情け無いほど実感出来るのだ。
 味方機の喪失は、まだない。
 だが、それも時間の問題のような気がする。そして、その最初の被撃墜機が、自分であるのかもしれない、それが恐怖なのだった。
 既にオブライエン曹長は、致命傷にこそなっていないものの3発もの90ミリ弾を被弾しており、それが恐怖へと直結していた。次の被弾こそが破断を迎える被弾ではないか?と。

 しかし、それは、まだ全然少ない方だった。
 既に、2桁に近い90ミリ弾を被弾している機体すらあったのだ。
 サトー・ガルル曹長機だった。
 ガルル曹長は、最初の一撃を食らって、完全に頭に血が上ってしまっていた。この点は、恐怖に震えながらもなんとか自制心を保つことが出来たオブライエン曹長とは全く異なる反応だった。
「く、くそっタレ・・・ザク、ザクのくせに!」
 ザクなんかに絶対に負けない、その思いがあるにも関わらずガルル曹長は、交戦開始早々に被弾してしまった。
 それが、あっと言うまに怒りと焦りによる視野狭窄を醸成してしまったのだ。レチクルにこしゃくなザクを捉えて近距離にまで接近してきた事を後悔させてやる!!そう思い、ジムを機動させる。そして、多分に無駄なスラスターの噴射を伴う機動、それが新たな敵を呼び込む。
 そして、被弾。
 全備重量で90トン近いジムが、たった1発の90ミリ弾でこれほどまでの衝撃を受けるのか?と言う驚き、恐怖。
 充分にターゲットオンしないのにも関わらずビームライフルを発射し、敵を牽制するつもりが更に新たな攻撃を呼び込む。
 射撃を浴びせた敵に更に射撃を浴びせようとしたところに側面から新たな敵が滑り込み、射撃を浴びせてくる。激しい衝撃が再びジムを襲う。これまでなら決して命中する事がなかったザクの攻撃なのに、それが命中してくる。
「な、なんで当たるんだよっ!」
 ガルル曹長は、その敵へ機体を振り向ける。
 しかし、その時にはまた別な敵機が後方から射弾を送り込んでくる。後方から前方へと走り抜ける曳光弾、それに続く着弾の衝撃。
「な、なんで、お、おればっかりぃ〜っ!!」
 もちろん、多寡はあるものの被弾をしている味方はガルル曹長だけではない。しかし、それがわかるほどガルル曹長は実戦慣れしてはいなかった。視野狭窄は、全ての攻撃が自分だけに集中していると信じられるほどまでになっていた。
 立て続けに着弾する衝撃によってガルル曹長は、視野狭窄は致命的なレベルまでにっ達する。モニターが、教えてくれる数々の情報のほとんどはただの数字とアルファベットの羅列にしかなっていなかった。トゥルポー曹長やアプルトン准尉の呼び掛けも充分に聞き取れる程度にはクリアなのにもかかわらず、ほとんど耳に意味のある言葉としては入っていなかった。雑音ですらなかった。自分が放っている罵声と悲鳴も自身では気が付いていなかったかもしれない。
 ガルル曹長は、既になにも理解しようとはしていなかった。
「くっそぉ〜〜〜!」
 何かがキレたガルル曹長が、正面モニターを右へと抜けて行くザクに照準を合わせようと試みた時、破局は訪れた。
 ガルル曹長のジムの後下方から上昇してきたザクが、放った90ミリ砲弾が、立て続けに3発命中したのだ。
 11発目の被弾になる最初の1発目は、腰部の厚い装甲によってこれまでの10発の被弾と同様に弾かれた。2発目は、やや上へと命中し、比較的薄い脇腹後面装甲に致命的な衝撃を与えた。この被弾によって脇腹部の耐弾性はほぼゼロとなった。そして、13発目、3発目の着弾は、2発目の着弾から僅かしか離れていないところへと命中した。1発目と2発目は、たっぷり2メートル以上も離れたところに着弾したにも関わらず、3発目は2発目から20センチと離れていないところに着弾した。耐弾性を失っていた脇腹部の装甲は、あっさりと90ミリ徹甲榴弾に貫かれた。そして、機体内部で炸裂した90ミリ徹甲榴弾は、核融合炉を破断させるには充分なエネルギーを有していた。

 この日2機目の被撃墜は、敵側だった。無敵かと思えた敵の撃墜に、味方の誰かが成功したのだ。
 それは、核の華が咲き誇っているのにも関わらず、味方機の信号が減っていない事からも知れた。
「やれる?!」
 ルッテル曹長は、手応えを感じた。遠距離にいる時にはいつ命中させられるのかと恐怖だった敵のメガビーム砲も、この距離では当たるなどとは思えなかった。常に小刻みな機動を続けると言う点を守っていてさえいれば、敵を翻弄出来る。これは、確信でさえあった。
 しかし、同時に連邦のモビルスーツの強靱さには舌を巻かなければならなかった。確かに機体上に命中弾が弾けているにも関わらず、ほんの少しバランスを崩せば良い方なのだ。けれど、無敵と言う訳ではない。命中弾を与え続けるか、当たり所が良ければ撃破出来るのだと分かった事は心強い。
 前方に新たに捉えた敵にもそんな期待を込めて1連射を加え機体を流す。
 同時に残弾ゼロのアラート。
 しかし、ルッテル曹長は慌てたりはしなかった。織り込み済みの事態だったからだ。90ミリの装弾数は、肉体に叩き込んであった。僅かに逡巡したが、それはどう回避するかではなく、どうすればもっとも効率的に敵を撃破出来るかであった。
 流した機体を戻し、敵の照準をはぐらかす。案の定、敵はライフルの砲口をあらぬ方向に振り向けた。にやりと凄みのある笑みを浮かべてルッテル曹長は、更に機体をグイッと下に沈め次いで上方へ跳ね上げた。その短い間にルッテル曹長はザクにヒートホークを抜かせていた。ヒートホークは、瞬時に発熱を開始し、1300度の最高温度に僅かな時間で達する。敵は、後退して接近を避けようと試みつつビーム砲を指向しようとする。しかし、その全てが手遅れなのがわかる。
 敵のモビルスーツの頭部、のっぺりしたフロントガラスのようなカメラアイが怯えたようにルッテル曹長のザクを見下ろす。連邦軍のモビルスーツがどのような装甲材を使っていようと1300度の高熱とヒートホーク自体の打撃によってそれなりの損害を与える事が可能なはずだった。
「いけっ!」
 ルッテル曹長は、更にザクを加速させた。
 左手に握らせたヒートホークを下から上へと振り上げ、ヒートホークの刃先は敵モビルスーツの下腹部に突き立てられるはずだった。
 しかし、ルッテル曹長が、喝采を上げる事はなかった。
 ルッテル曹長の最後の意識は、なぜ、連邦のモビルスーツはフラッシュを頭部で焚いているのか?と言う事だった。
 ルッテル曹長が、そのフラッシュの如き瞬きを見つめられた時間は極僅かなものだった。ルッテル曹長が、フラッシュだと見間違えた60ミリ機関砲弾の最初の一撃がコクピットの前面装甲を割って入ったからだ。60ミリ砲弾は、その運動エネルギーのほとんどを装甲を貫徹する事で失っていたが人間の頭部を押しつぶす事ぐらいは可能だったのだ。続く60ミリ砲弾の直撃もザクを損傷させはしたが、原型を失わせる事は出来なかった。連邦軍のモビルスーツは、ザクから離れる加速を行ない、その場を離脱する機動を取った。
 しかし、主を失ったザクは、もはやどの連邦軍機にとっても脅威とはならなかった。

 双方が、機体を失いつつ、モビルスーツ同士の混戦はしばらく続いた。ビームに搦め捕られ爆散するザクがいれば、背面に数発の被弾を受けて機体上半身が吹き飛ぶジムがいる。ヒートホークを頭部に叩き込まれたジムがいれば、ビームサーベルで文字通り一閃されるザクがいる。
 果てしなく続くかとおもわた交戦は、しかし、お互いの主武装の弾切れと推進剤の減少によって幕が引かれた。
 パイロット達にとっては恐ろしく長く感じられた交戦時間だったが、実際には20分も経ってはいなかった。

「4機か・・・」
 後方からついて来るザクは、3機を数えるのみになっている。交戦開始前には、8機ものザクを率いていたにもかかわらずだ。つまり、9機で出撃し、半数以上のザクを失ったことを意味する。
 しかし、今回はただ無為に味方機を失っただけではない。少なくとも2機の敵モビルスーツを撃墜し、何機かを大破させた。そう、一方的に被撃墜機を出したのではなく、敵にも出血を強いたと言うことだ。
 この交戦で、分かったことが幾つかあった。
 1つには、連邦軍が実戦投入してきたモビルスーツは、決して無敵ではないと言うこと。シュタット自身は、撃墜を果たせなかったが、少なくとも2機を撃墜出来たのは間違いがない。撃墜出来なかったが、シュタットの攻撃した敵のうち、1機は、かなりの損害を受け、後退して行った。
 2つめは、連邦軍のモビルスーツの強靱さである。90ミリ弾が、直撃しても一撃で撃破とはならないのである。シュタット自身も、少なくとも十発以上の直撃弾を確認していた。敵のモビルスーツの機体やシールド上に弾ける爆炎を幾度となく確認した。シールドはともかく、機体への直撃にもかかわらず、敵のモビルスーツは、僅かにバランスを崩す程度でしかなかった。90ミリの高速弾は、ザクの主要部を一撃で貫徹出来る性能を持つ。つまり、敵のモビルスーツは、ザクに数倍する防御力を持っていることになる。
 最後は、敵モビルスーツの火力である。
 敵は、交戦するのがばかばかしくなる兵装を更に備えていた。ヒートホークが玩具の如きに思えるビーム兵装の白兵戦用火器。ヒートホークが、高熱と打撃によって敵に損傷を与える兵器とするならば、敵の白兵戦用兵器は、まさしく一刀両断にする兵器と言えた。敵モビルスーツに白兵戦を臨んだザクの1機は、この未知の新兵器によってまさしく両断された。
 もう1つは、近接戦闘用の火器、威力の程は不明確だったが、距離を詰めようとした時に不意打ちのように発射されたこの火器には驚かされた。機関砲のようだったが、少なくとも被弾は好ましくなさそうだった。
 巡洋艦並の火力を誇るビーム砲に加え、ビームによって形成される刃を持つ白兵戦用兵器、そして、近接防御用の機関砲。これが、敵の兵装だった。そして、装甲の強靱さ。
 由々しい事柄ばかりだが、ベテランのパイロットであればその性能差を克服して撃破出来ると言うことは事実だった。
 そこまで考えてシュタット少佐は、愕然とした。
 性能差を埋めるべきベテランパイロットこそが、今のジオンにもっとも不足しているものであることに気が付いたからだ。今日の戦闘でも中堅以上のパイロットを3名失い、残りの2人も少なからぬ実戦を積んだパイロットだった。しかし、これまでもそうだったが、補充を受けたパイロットがそれまでチームを組んでいたパイロットよりも優秀だったことは1度たりともなかった。そして、一時に5名ものパイロットを失ったことも。
 シュタット少佐は、軽い眩暈と同時に暗然たるものを感じずにはいられなかった。
 しかし、この時シュタット少佐は知らなかった。練度の落ちたパイロットですら定数をこの後揃えることが出来ず、欠員が出たままで戦闘の継続を強いられて行くことになることを。

 


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