- 翌日、ハルゼイ大佐は、いくつかのモビルスーツ運用部隊、その数は決して多くはない、の指揮官とともに新たな命令を受領した。新しい命令は、これまでの消極的なものに比べると非常に積極的なものだった。
- その命令とは、「各隊は、命令が有り次第地球周回軌道上に向けて出撃、同地点のジオン軍を発見、位置を報告、機会があればこれを撃破せよ」というものだった。これまでの命令が、敵の戦力の偵察、及び非武装船の臨検といった程度のものだったことからも明らかな方針の転換が見て取れた。
- その方針の転換に驚きつつも各隊の指揮官は、今後戦闘のイニシアチブをとるのがジオン軍ではなく、自分たちであることを鋭敏に嗅ぎ取っていた。
-
- 月が変わってまもなく74戦隊は、他のモビルスーツ運用部隊と同様に乗員を呼び戻し、出撃準備にはいった。艦内待機がまる1日も続いた後、各隊はルナ2からの出撃命令を受領し、それぞれに与えられた散開線に向かって戦闘航海を始めた。74戦隊は、その中でももっとも早くルナ2を出撃した部隊の一つだった。それが、意味するところはよりルナ2から離れた位置への部隊展開、つまり危険性が高い配置であるということだった。
- 「進路クリアー、現在地球周回軌道上で活動中のジオン軍は、5ないし6部隊の模様です」
- ササキ曹長は、ルナ2偵察隊が、損害を被りつつも入手した情報をもとに作成された現段階での地球周回軌道上の敵戦力を報告した。もちろん、刻々と変わる戦時下にあってはいつまでも鮮度の高い情報ではなかったが、全体を推測する程度には十分に役に立つ。少なくとも分かることは1つ、以前ほどにジオン軍の活動は活発ではないということだった。
- 「よろしい、何か見えるものがあれば知らせよ!」
- ハルゼイ艦長も、前方を最大望遠で映し出したモニターを見ながらいった。そのモニターの半分ほどは、今から進出する地球で占められている。地球の青い部分は、今は3分の1ほどでしかなかったが、徐々に広がりつつある。地球自体が自転し、昼間の領域を殖やそうとしているエリアに対して74戦隊が進行を続けているためにただ見つめているよりは速いスピードで青い部分は広がりつつあった。
- 地球が、急速な環境破壊に見舞われているという事実が信じられない青さだった。時には、いったい自分がなんのために戦っているのか見失いそうになるハルゼイだったが、この地球をジオン、ひいてはザビ家に渡してしまうことだけは許せないと思えた。
- 「ラインバック伍長、艦内放送をオープンにしてくれたまえ」
- 「了解です、艦長。どうぞ」
- あどけなさが残る表情に少しの緊張と不安を隠しきれない伍長は、コンソールを操作し、艦内放送に切り替えた。
- 軽く咳払いをしてから、ハルゼイ艦長はナイルの全乗組員に対して語りかけた。その声は、決してハリのあるものではなかったが『ナイル』の全兵士達には染み入るように聞こえ、心を落ち着かせるのだった。
- 「艦長のハルゼイ大佐である、各員は、そのままで聞いて欲しい。当艦の今回の任務は、ルナ2を出撃後、地球周回軌道上を威力偵察することである。この任務では、ジオンとの接触は必至であり、遭遇した場合はこれを撃破する。各員が、それぞれの役割を果たせば無事にルナ2に戻れることは間違いがないと信じる。各員いっそうの奮起を期待する!」ハルゼイ艦長は、乗員のほとんどがもう知っていることを改めて訓示の形で伝えた。「機関そのまま、オペレーターは警戒怠るな」
- 最後に、現状を維持し展開を命じるとマクレガー少佐が、いつものように復唱する。
- 「了解です、艦長。機関そのまま」
- ササキ曹長も同じように復唱して、現在進行しつつある連邦軍各部隊のうち、同じエリアへ進出しつつある2隊の位置を確認した。
- 同じエリアに展開しつつあるのは、21戦隊のガーナード隊及び22戦隊のトーマス隊の2隊、これらはモビルスーツ母艦は擁しておらず、サラミス改級にモビルスーツを搭載、運用している、しかなかった。しかし、これも相互に支援ができるように行動をしているわけではなかった。それでも緊急事態に陥った場合、救難要請を送るためにはこの2つの部隊の航路をトレースしておくことは重要だった。
- 何故なら74戦隊が向かう場所とは、ルナ2から見て地球の陰の位置にあたるからだ。当然、ルナ2とのレーザー通信は不能となり、連絡が取れるのは航路をトレースしている味方部隊だけとなる。
- 本来ならば、貴重なモビルスーツ運用部隊をこのように相互支援できない状態で展開させるのはセオリーではないが、そうしたことを可能にしているのは、やはりジオン軍の活動がそれほど活発でないせいである。
- このようにジオン軍の活動が不活発であるのは、一つにはジオン軍が戦力を温存しているからではないかといわれていた。しかし、一方でもっと根本的な問題、ジオン軍の成立した背景にその原因があるともされており、こちらの方がより説得力も現実味もあった。
- つまりは、ジオン軍が若く正面装備中心の軍隊であるというところにその考えは端を発している。
- もちろん、若いということは旧態然とした組織の拘束から逃れられるという点で有利なこともある。硬直した組織は、ある意味で軍の刷新を阻害してしまうからだ。好例は、今次大戦における連邦軍のモビルスーツに対する評価だろう。もう少しまじめに軍全体で対処していれば開戦劈頭に被った打撃は少なくて済んだだろうし、地球の大半を占領されるという事態も避けられたかもしれない。しかし、実際には連邦軍のモビルスーツ研究は、ありとあらゆる拘束を受けた結果、私的研究としてしかスタートしなかった。
- 若い軍隊というのはそういった拘束から逃れ革新的な装備や戦略、戦術を取り入れることが可能ではあったが、その反面、ジオンのようにあらゆる面、軍のハード、ソフトともに1から創出しなければならない場合、軍の構造そのものに歪みがでやすいこともまた事実だった。もともと軍など存在しないサイドにあって強力な、それでいてバランスのとれた軍隊を成立させるのは非常に困難なことなのだ。もちろん、バランスのとれた軍隊を育てるのが不可能なのではない、しかし、それには時間と金がかかるものなのだ。ジオン公国にとっては両方ともに不足し、特に時間は決定的に不足していた。0079年の開戦とは、ある意味でタイムリミットぎりぎりの開戦だった。1年遅ければ、連邦軍もモビルスーツの運用を開始することは確実だったし、1年早ければ開戦と同時に攻撃できる目標は半減しただろうし、もっと早期に戦力の不足を来しただろうことは確実だった。
- そして、現実にジオンが開戦までに整備できた軍というものはかなりの面で制約を受ける軍だった。
- ハード面、いわゆる正面装備、この場合ザクでありムサイである。一見成功したように見えるこれらの正面装備も、高度な戦闘力及び汎用性が要求されたせいで非常に複雑かつ繊細なものにならざるを得なかったし、これまで採用されてこなかったような新技術も冒険的かつ大胆に採用しなければならなかった。そうでなければとてもではないが、軍部が求めるような性能の達成は、不可能だったからだ。
- その結果、これらジオン軍戦力の骨幹をなす、正面戦力は、高性能であるがゆえに非常に整備に手間がかかってしまう代物だったのだ。つまり、完璧な整備を受けられる環境以外では稼働率が大幅に低下してしまうという欠点を内包していた。
- そして、いったん戦時に移行すると、いかに優秀な兵器といえども全く消耗しないというわけにはいかなかった。3度にわたる大戦闘で失われたムサイ、ザクの数は決して少なくなかったのは周知の事実である。ザクの喪失も深刻ではあったが、ジオンの場合、ムサイの喪失の方がより深刻だった。1隻のムサイを喪失するということはムサイの複雑な機関に精通した機関兵とザクの整備を完璧にこなす整備兵を多くの場合同時に全て失うことに直結していた。ソフト面への影響である。また、大量に発生した損傷艦、故障艦はジオン軍の戦時下の新造計画に影響を与えるに十分だった。
- もっともその影響を受けたのはドロス級の超大型空母、というよりは移動要塞、である。6月までに同型艦を含めて3隻の完成を見込み、その大搭載量にものをいわせてルナ2攻略作戦の骨幹となる予定だったにもかかわらず、大量に発生した損傷艦と故障艦の前線復帰を優先したために実際には終戦間際に1隻が就役したに過ぎなかった。他の2隻も完成はしたが人員や搭載機の問題で就役は不可能だった。
- その後に行われた地球降下作戦は、さらにジオン軍のもともと充実していたとは言い難い補給というソフト面に大きな負担、やがて支えきれなくなる負担を急速にかけていくことになった。完全自給自足のコロー内で育った人間には、地球圏規模での補給戦の困難さを想像することは困難だったにしても、あまりにも安易に補給線を伸ばした結果だった。
- 戦場で1機のモビルスーツを稼働させるのには1名のパイロットと10名の整備兵、それを支える100名の兵士が必要とされる。大量の戦時動員が必要とされたゆえんである。さらに、これらの兵士が消費する物資の量は、ジオン軍の貧弱な補給体制では到底賄えるものではなかった。その結果、徴兵が免除されていた工場労働者や技術者までが動員されていく結果となり、ジオン本国であらゆる物資が不足していくことになった。
- そうまでしてもベテランパイロットの替わりに送られてくるのは錬成途上の未熟なパイロットであり、高度な技術を持った整備兵に替わって送られてくるものは、マニュアルとにらめっこした揚げ句に中途半端な整備しかできない整備兵でしかなかった。ザクやムサイの戦闘力稼働率、ひいてはジオン軍全体としての戦力が急激に低下することになった一因だった。
- つまりジオン軍というものは、長期戦に向かない軍隊だったのだ。実際に、ジオン軍参謀本部がどう考えていたかは別にして、ギレンは、戦争そのものに1ヶ月でケリをつけるつもりだったし、もしも、戦争にもしもは禁物だが、レビル将軍の奇跡の帰還がなければジオン公国主導のもとで本当に1ヶ月で終戦していたに違いない。しかし、現実には、ジオン公国は終戦の糸口を失った。
- 戦争の長期化に伴い様々なシステムが破綻して行く中にあって戦争後半、ジオンの整備兵達の間でムサイに関していわれていた言葉がある「3隻出せば1隻故障して、戦闘すれば全部ドック入り」つまり、戦闘がなくとも3隻のうち1隻は故障してしまうし、戦闘すれば全部が無事に帰還してもどこかに支障を来して結局は3隻ともにドック入りしてしまう、そういった実情を言い表したものなのだ。それが戦争後半のジオンの実情だったのだ。このことは、ムサイ級巡洋艦でなく、戦争後半に急ぎ正式採用された全ての兵器全般に当てはまることだった。
- 単にモビルスーツだけを見ても常に9割以上の稼働率を維持できた連邦軍に対し7割を切ってしまう稼働率しか維持できなかったジオン軍が、同等の戦力、質的ではなく数的、を維持するには3割増しもの機数を用意しなければならなかった。しかし、戦線が伸び切ったジオン軍は、3割り増しの戦力どころか同数の戦力すら揃えることは困難だった。
- ジオン軍が、その必要性の如何にかかわらず地球周回軌道上のパトロール兵力をこの時期、充実させられなかったのは必然的なことだった。
-
- 「随分積極的な話ね」
- レイチェル少尉は、格納庫に面したパイロット待機室でファッション誌を読みながらいった。艦長の訓示が終わってしばらくして、別に誰に言うともなくいったのだが、大尉がそれに応じた。現在、第1小隊も含めてモビルスーツパイロットは第2戦闘配備がいいわたされていた。したがって、全員が、パイロットスーツに着替えている。
- 「まあ、戦力が揃ってきたわけだから、以前ほどジムの喪失に神経質にならなくっていいようになったってことだろう」
- 誰かが、応じなければ機嫌を損ねるわけだから仕方ないことなのだ。大尉は、気がつかなかったが、喪失という言葉にコニー曹長は、酷く驚いた。
- 「そうかしら?」レイチェルは、雑誌から目を離さずにいった。「その割には、子供を送ってくるなんて、連邦軍も随分人手に困ってるんじゃなくって?」
- 「子供って・・・」
- レイチェルのもののいいように思わずコニーが、反論しかけたが、スコーラン曹長が、目線でそれを止めた。
- 「あら?子供でしょう?少なくとも体つきはね」
- 確かに、コニー曹長の体つきは、レイチェルに比べたら随分子供っぽかった。しかし、それも比較の問題でコニー曹長だって十分に女らしかった。
- 「まあ、そういうなよ。人手が足りないっていうのは確かなんだ。でもきちんと教練はこなしてきてるんだ、そうだろ?曹長」
- 大尉が、上手い具合に話を別の方向にもっていく。
- 「ハイ、大尉。シュミレーションを250時間こなしました。実機も6時間」
- (つまりは、2ヶ月で即席錬成というわけか・・・、酷いもんだ)
- しかし、それは表には出さない。けれどレイチェルは、視線を雑誌から外し、やれやれという表情を大尉の方に向けて見せた。シュミレーションはともかく実機の教練が6時間ということに驚いたのだ。その6時間だって地上で受けたものだろうから実際にはゼロと一緒だった。
- 「しかし、当分は後衛だぞ、ケヴィンの掩護をやってもらう」
- 「よろしくな、アクセル曹長」
- スコーラン曹長が、頼りなげなパートナーに軽く右手をあげていった。
- 「ハイ、しっかりやらせてもらいます」
- そういいながらもコニー曹長は、戦闘に出撃したら、敵を絶対に撃墜してやるということを自分自身に誓っていた。
- (シュミレーションでは、もう3機撃墜してるんだから)
- 心の中でそういうコニー曹長だったが、30回以上撃墜されていることは都合よく解釈していた。ちなみに30回以上も撃墜されたのは、同期の中では断トツでコニー曹長1人だった。
- 「ともかく、足手まといにだけはならないでよね」
- レイチェル少尉は、長い脚を組み替えて最後にそういうと視線を雑誌に戻した。コニー曹長が、そんな言い方ないじゃないですか、という顔を向けているのには気がつきもしない、それとも気がついてはいても相手にしていないのかもしれなかった。
- (やれやれ、戦線の拡大はなんとか防げたようだ・・・)
- そう思ったスコーラン曹長は、ちらりと大尉の方を見る。大尉は、軽く目を閉じている。それを見て、スコーラン曹長は慌てて手近にあったマニュアルを拾い上げて目を通すふりをした。そうしないと、退屈するに違いないコニー曹長の話し相手をさせられそうだったからだ。別に、話をすることに関していやはなかったが、話の内容がいつ少尉の気に障るか分かったものではないからだ。少尉が、いなければある意味では暇つぶしになったかもしれなかったが、冷や冷やしながら新入りの曹長と話すのは割に合わないと思ったのだ。案の定、コニー曹長が自分に視線を向けたのが分かったが、スコーラン曹長は、ことさら難しそうな顔をしてマニュアルを眺めた。
-
- (何でパイロットが、カタパルト整備マニュアルなんて読む必要があるんだろ?)
- そうは思っても真剣な横顔で目を通しているスコーラン曹長を見るとさすがに、声を掛けて邪魔するのは悪い気がした。大尉は、寝てる?し、少尉は起きていても口をきく気はしなかったし聞いてもらえないだろうということは簡単に想像がついた。同期同士でワイワイと待機していたのと比べると全く違う待機状態に戸惑いながらもコニー曹長は、実戦部隊というものはこんなものなのかな?と思った。
- 聞いてみたいことはいっぱいある。たとえば、敵を撃墜したときはどんな気分なのか、とか、ムサイとやり合ったことがあるのかとか。戦闘に関係のないところでは、なぜ少尉の髪は長くても許されているのか、これは何となく想像がついたけれど、ということも聞いてみたいことの一つだった。
- 待機室に窓の1つでもあれば退屈を紛らわせられるのにと思いながら仕方なくコニー曹長は、手近にあったマニュアルを手にすると目を通し始めた。
-
- 「残念です、中尉」
- ソロモンに無事に入港した『オルベスク』だったが、機関の不具合は、想像以上に悪くソロモン所属の技官に「よくここまでもちましたね?」といわせるほどだった。その結果、『オルベスク』は、機関の換装が終わるまで出撃の停止を余儀なくされた。
- 「仕方ありませんよ。開戦からこっちほとんど出ずっぱりでしたからね。それに随分無理を言ったわたしが悪いのかも知れません」
- 確かにそうだった。並の船長だったら断るような操船を何度となく要求されてきたのだ。しかし、そのおかげで『オルベスク』は、喪失率が決して低いとはいえない仮装巡洋艦戦隊の中にあって一定の戦果を挙げつつ生還を続けていられるということもできた。
- 「それは言えてるかもしれませんね」
- カディス船長は、笑いながらいった。それが少しも嫌みにならないところはきっと年を重ねた男の特権なのだろうとノーマン中尉は、思った。「しかし、いい骨休めになるじゃないですか」
- 技官に言わせると換装にはまるまる1週間掛かるらしかった。開戦からこっち、1週間もの休みをとれたことなどなかったし、今後も取れるかどうか分からない現状にあっては『オルベスク』の乗員達にとっても中尉達にとっても貴重な1週間になるはずだった。
- 「ところが、我々は補充の遅れてザクの定数を割っているパトロール部隊に一時的に編入されることになったんですよ」
- 「それはまたずいぶんな話ですね。我がオルベスクは、搭載機なしってことにはならんでしょうね?」
- 一時的だといって引き抜かれていった部隊が、原隊に戻ってこないケースは、多々ある。いや、あるというよりはその方が普通であるともいえた。
- 「その点は、仮装巡洋艦戦隊司令のヌノムラ准将にしつこいほど念押ししたから心配ないと思いますよ」
- しかし、その物言いは、いつものノーマン中尉らしくなく、少しばかり自信なさげだった。それは仕方があるまいとカディス船長は思う。中尉も、ソロモンでは1士官にしか過ぎないからだ。上官から命じられれば、多少の理不尽な命令でも従わねばならない。ただ、本当にヌノムラ准将には掛けあってくれたのだろうとは思う。中尉とはそういう男なのだ。
- 「で?いつ出撃ですか?」
- 時間があれば酒でも、と思ったのだ。
- 「今からなんですよ、何でも連邦軍が複数の艦隊を地球周回軌道上に向けて送りだしたらしくって」
- これは、本当に残念そうにいう。それと同時に、ノーマン中尉のいったことは衝撃的な内容でもあった。連邦軍が、地球周回軌道上に艦隊を、それがどんな規模であるかは分からなかったが、しかも複数送りだすなどということはここ何ヶ月もなかったことだからだ。
- 機関を換装する仮装巡洋艦のザクですら投入したくなる気持ちもわからないではなかった。ソロモンは、いやジオン軍そのものが、恐れをなしているに違いなかった。
- 「これはまた、急ですね」
- しかし、衝撃的であるということにはカディス船長は触れなかった。
- 「まったくです、それでちょっと挨拶だけでもしておこうと」
- 挨拶、というときにほんの少しノーマン中尉の顔が引き締まったように見えたのは決して気のせいではないはずだった。中尉には、分かっているに違いなかった。たとえ一時的に編入されたにしても今度の任務が相当過酷なものになるということが。
- 「恐縮です、中尉。しかし、無事に戻って下さいよ。搭載機のない仮装巡洋艦なんて話にもなりませんから」
- 時間が決して余っているはずではないのにわざわざ顔を見せてくれたことに感謝しつつ、カディス船長は、こういう男にこそ生き残ってもらいたいものだという思いを強く込めていった。
- 確かに、カディス船長が再三顔色をなくすほどの無茶な操船を要求する中尉ではあったけれど、それは決して無謀という範囲にまで踏み込むものではなかったことも確かなのだ。部下のことを思いやり、『オルベスク』のことを思いやったうえで生き残るためにであるということは、いつも終わってからしか分からないことではあったが、今では中尉の指示に信頼を持てるようになってきている。
- 「大丈夫です、戻るころにはザクの補給もソロモンにされてるでしょうからね」
- そして、この前向きな部分、半分は若さがもたらすものだろうけれど、もカディス船長にとっては受け入れやすい部分であった。
- 「そうあって欲しいもんです」
- 口元だけで笑いながらカディス船長は、いった。
- 「それじゃあ、船長、わたしは、もう行かねばなりません」
- 「戦果、期待していますよ」
- そういって右手を出したカディス船長のごつごつした手を力強く握り返してノーマン中尉はいった。
- 「任せてください!」
- そう自信たっぷりにいって背を向けた中尉を見送りながらカディス船長は、大きく溜め息をついた。ギレン総帥閣下のいうところの一大宇宙要塞であるはずのソロモンですらザクの定数がたりないとは、と。少なくとも、カディス船長の理解の範囲では、ソロモンこそが真っ先に連邦軍の攻撃を受ける最前線であるはずだった。予備兵力も含めて戦力がもっとも充実していても不思議ではないソロモンにおいて、機関故障で入港した仮装巡洋艦からですらザクを引き抜いていく、たとえそれが一時的であるにしても、正規軍というものがソロモンを固守できるとはカディス船長には到底思えなかった。
- このような泥縄式の用兵を行う祖国は、この戦争を失おうとしている、そうとしかカディス船長には思えなかった。
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