- 「間違いありません、ジオンです」
- ダイアナ・ササキ曹長は、これまでと違った感慨で発見した艦隊の所属を自信をもって告げた。これまでは、敵が同等以上であれば逃走もできたし、やり過ごすこともできた。しかし、今回は、任務の性質上まず交戦は避けられなかったからだ。「第3戦闘ラインぎりぎりを我方に対して同航しています」
- 「モビルスーツ、発進準備!機関は、いつでも最大戦速を発揮できるように。敵の種別及び数を知らせよ」
- ハルゼイ艦長の口調も心なしかいつもに比べると険しいものになっているようだった。
- 「発熱量及び形状からムサイ級巡洋艦2ないし3が展開しているものと思われます。モビルスーツの搭載は不明。現在のところそれ以外には確認されていません」
- もちろん、モビルスーツを伴っているには違いないのだけれど、オペレーターに求められているのは確認された事実を正確に伝えることであって憶測を伝えることではない。
- 「敵は・・・気がついていると思うか?」
- ハルゼイ艦長は、トレイル中佐を振り返って聞いた。
- 「変針をしたのは、今し方です。敵のオペレーターが余程の新米でないかぎり発見されていると思います」
- とは、トレイル中佐の弁だった。レーダーがろくにその役割を果たさない今次大戦にあって発見されるもっとも大きな要因は、赤外線の放出だからだ。その要因である赤外線を大量に放出する変針を艦隊が行ってまだ5分と経っていなかった。発見されたという前提に立って行動するべきだった。
- 「よろしい、本隊は、これよりジオンパトロール隊と交戦、これを殲滅する!」
- ハルゼイ艦長は、胸を張り静かな口調で宣言した。
-
- 『モビルスーツ各機発進準備急げっ、5分後に発進』
- 艦内オールレンジで、敵に向けての発進が下令され、ジムのコクピットの中でコニー曹長は身を固くした。3時間前に、第1戦闘配備が下令されたときには、気分が高揚していたはずなのに、今はその高揚はすっかりなりを潜めてしまっていた。残っているのは、不安と恐怖だけだ。
- 「リラックスして下さい、アクセル曹長。肩に力が入ってると駄目ですよ」
- ジム14号機の整備班班長のダリアス・コンジ曹長は自分が担当する3人目のパイロット、1人は戦死し1人は神経症で後送された、を見ながら気がついたことを注意した。俺は、メカニックなのにメンタルのことまでケアしている、そういう思いを持つが、コンジ曹長に限っていえば、別段そのことを苦にしているわけではない。ただ、そういった専門の兵士も必要なのではないか?と思えるだけだ。メカニックマンの全てが、パイロットとうまくやっているわけではないからだ。
- 「は、ハイ、曹長」
- コニー曹長は、顔から血の気が引いたまま素直に返事をした。
- 「とにかくリラックスです。深呼吸して」
- いわれるままに、コニー曹長は大きく息をすってゆっくりと吐き出した。心臓が、今にも爆発しそうなぐらいな勢いで鼓動しているのが分かった。目の奥が、そのせいで少し痛む。これが、憧れていたはずの実戦に出撃する自分だということが信じられなかった。
- 『11号機12号機、エレベーターへ!発進3分前』
- 11号機12号機が、動き始めるのと同時にガクン、とコニー曹長のジム14号機が動き始めて思わずコニー曹長は悲鳴をあげそうになる。先刻まで11号機と12号機が占めていた発進予備位置へ移動するためだ。コクピットハッチに取りついたコンジ曹長の身体が揺れる。格納庫内は、あちらこちらで注意を呼びかける赤色ランプが回り、整備兵達の叫び声が、交錯している。
- 「いいですか?ビームは、無限じゃないですよ。何をどう習ったかは知りませんが無駄撃ちは決してしては駄目です」
- 「りょ、了解!」
- 上ずった声で応えながらもコニー曹長は、実戦にでるというプレッシャーに押しつぶされそうになっている自分が悲しかった。
- (あんなに、楽しみにしてたんじゃない、しっかりしろ!)
- 自分で自分を叱咤するが心拍数が下がる気配はなかった。それどころかさっきよりも激しくなっていそうな気さえした。
- 「それから・・・」
- 『発進1分前』
- 同時に、格納庫内の照明が規則正しい間隔で明滅し始める。大電力を要求するメガ粒子砲の斉射、といっても『ナイル』には単装砲塔が1基あるに過ぎない、が始まったのだ。またジムが動く、降りてきたエレベーターへ乗るためだ。
- 「それから、敵を撃墜しようなんて事は考えちゃいけませんよ、見学です、見学。分かりました?」
- 「は、ハイ」
- 「じゃあ、ハッチを閉めて!無事の生還期待します!!」
- 「は、ハイ、そ、曹長」
- コニー曹長の返事を聞くか聞かないうちにコンジ曹長はジムのハッチから離れた。整備班の兵士がエレベーターまでジムに取りついているのはもちろん軍紀違反である。それでも、今日は誰もそのことに対して文句を言ったりはしないはずだった。少なくとも『ナイル』ではそうだ。
- 『モビルスーツ、発進!!』
- ジムの発進命令は、コニーの14号機が、エレベーターで上へと移動し始めると同時に下された。ジムに乗っていても十分にスチームカタパルトによってジムが射出される振動は伝わってくる。あっという間に、飛行甲板へと上げられたジムは、休むまもなくカタパルトへと移動する。頭を艦首に向けて仰向けにされたジム、スコーラン曹長のジム、がもう1機隣に並んでいるのが見える。
- 『13号機、14号機、発進!』
- 互いが、接触しないように1秒の時間差を付けて13号機とコニー曹長の14号機は射出される。同時に、コニー曹長の身体にシュミレーターでは絶対に味わえない強力なGが襲いかかる。が、それは一瞬のことでしかなかった。次の瞬間コニー曹長は宇宙の人になっていた。
- 「曹長、180度ロールだ!」
- 発進してすぐに飛び込んできたのはスコーラン曹長の声だった。通信モニターに目をやると画像は多少荒れてはいたが、曹長が確認できた。同時に、メインスクリーンと2つのサイドスクリーンに宇宙が、地球が、そして斉射をする2隻のサラミス、彼方から向かってくるジオン軍のメガ粒子砲斉射、そういったものが1度に飛び込んできた。
- 「聞こえないのか?180度ロールだ!!」
- 「は、ハイっ!」
- 驚くべき光景に圧倒されかけたコニー曹長は、2度目の呼びかけに我に返った。左腕を振り、質量の移動で期待がゆっくりとロールし、左腕を戻すとロールが止まった。シュミレーションで何度もやった機動だった。その間中スクリーンをピンクとイエローのメガ粒子が交錯していく。あれの1つに掴まったら?それは即戦死を意味しているにもかかわらず一瞬見とれてしまうほど美しい輝きだった。
- 「ロールはもっと素早くだ、大尉と少尉を掩護するぞ、曹長は、俺の後を付いてくる機動をすればいい。見失うな、俺の機体を見失ったら構わず後退しろ」
- 出撃して1分も経たないうちに後退のことを言い含められるなんて。1時間前のコニーなら、確かに憤っていたに違いなかった。しかし、今はその元気すらない。
- 「了解・・・」
- 「以後、無線封止!」
- 「了解!!」
- ジムにスプレーガンを構えさせて前進を始めるとほんの少し気分が落ち着いた気になったが、それが単なる勘違いでしかないことに気がつくのにはそれほど時間は必要なかった。しかし、今はまだだった。それは、コニー曹長にとっては短時間だったが幸せな時間だった。
-
- 「畜生、派手に撃ってくる・・・」
- ピンクのメガ粒子が始めはゆっくり、そして急にスピードを上げてノーマン中尉の至近を通過していく。もちろん、メガ粒子がスピードを変えることはないから目の錯覚だ。それに至近とはいっても優に100メートルは離れている。それでも、艦砲射撃で放たれて来るメガ粒子砲の威圧感というものは、それがほとんど命中しないということが分かっていてさえ圧倒的だった。
- 流星雨に飲み込まれたとしたらまさにこういった感じなのかもしれない。危険度ではどちらも似た様なものだったが、華麗さではメガビームの方に軍配があがるかもしれない。
- 「中尉、連邦軍もお遊びは止めたようですね」
- 僚機のコスナー軍曹だ。軍曹のいうように今日の連邦軍は、発見されてもすぐにケツをまくったりする気はないようだった。艦砲射撃も、逃げるためではなく、こちらを殲滅するためのように思える。これまでの連邦軍とは気迫が違うのだ。
- 「気を抜くな、この分だとモビルスーツが出てくるに違いない」
- そのことが連邦軍がケツをまくらない最大の理由に違いなかった。
- 「分かっています」
- 臨時で配属された先の指揮官は、中尉達にバズーカー砲装備で出ることを求めたが、本来自分たちの装備ではないことを理由にノーマン中尉はそれを断った。逆に全機、マシンガン装備で出ることを具申したが、その指揮官は言下にそれを却下した。
- 理由は、それではサラミスを取り逃がしてしまう、だった。敵のモビルスーツの性能を一応は訴えたが、指揮官は仮装巡洋艦から出向してきた中尉の言うことなど聞く耳を持たない様子だった。いつか、このツケを払わせてやると思いながらもそれ以上具申する権限はノーマン中尉にはなかった。したがってマシンガン装備の機体は、中尉の指揮下の3機だけだ。残りの5機は全てバズーカー砲で固めている。
- (あれに、マシンガンを持たせれば・・・)
- 後方視認モニターにちらりと視線をやってノーマン中尉はひとりごちた。
- 2機の新型重モビルスーツ、MSー09の宇宙戦用改良型、リック・ドム。新型といえば聞こえはいいが、陸戦用の重モビルスーツを単に宇宙戦用に転用したに過ぎない。そのために様々な弊害が産まれていたがどうにか戦線に投入できる目処が立った、リック・ドムとはそういう機体だった。それでも転用されただけのことはある。重装甲かつ大推力、推進剤もザクの3倍という贅沢な機体だ。ただし、機体重量がザクのほぼ2倍になったため口上ほどは高機動の機体とはなっていない。それに機体のボリューム自体も増えたため、ムサイにはザクの3機にたいし2機しか搭載できない。それでも上の方では、機体性能がザクの2倍、これはあくまでメーカーの売り口上、になったから実質的にはザク4機の戦力であり、実質戦力は向上しているといっている。
- もっとも、現場の指揮官のほとんどはそんなことを本気になどしていない。戦いとは、最終的に数の優勢が決めるからだ。
- (それに、あいつは・・・)
- と、ノーマン中尉は、思う。6対4で臨んだにもかかわらず決して楽な戦いなどさせてくれなかったのだ。あまつさえ3機を失わせられた。
- リック・ドムが加わっているとはいえ、今日は同数の対決だった。
- ビームの斉射が止む。
- 「敵が、先に撃ってくるぞ!回避運動を始めるんだ!」
- ノーマン中尉は、オープンの無線に向かって叫んだ。全員が聞けたとは思わなかったが、聞いたやつだけでも回避を始めてくれればと思う、連邦軍のモビルスーツは、貴様らが思っているほど甘くはないんだぞ、と思いながら。
- そして、ノーマン中尉の言葉を肯定するように連邦軍モビルスーツのビーム攻撃が始まった。そのビームは、艦砲射撃に比べると随分シャープでか細く見えたが、その危険性は逆に高くなっていることを少なくともノーマン中尉は、知っていた。
-
- 大尉の射撃を合図にジムの各機が、射撃を開始する。それを合図にしたかのようにはるか彼方で光の点が彗星のような尾を引いて四方へと散るのが見て取れた。もちろん、直接見えるわけではない。ジムのメインカメラが捉えたものをメインスクリーン上で見ているのだ。
- コニー曹長は、スコーラン曹長に言われた通りにスコーラン曹長のジムの後を追随していた。追随するといっても今はまだ直線運動をしているに過ぎない。ザクの交戦距離の遥か手前から攻撃をしているからだ。
- 狙っているはずなのに、コニーの発射するビームは、全て不規則な運動をする敵に躱されていた。
- (ね、狙っているのに・・・)
- こんなはずじゃないという焦りと戸惑い、僅かに救いとなっているのは、他のパイロットも命中させていないことだ。それと、敵からの艦砲射撃が収まったこともコニー曹長をパニックから救ってくれていた。正直に言って艦砲射撃があれほど圧倒的なものだとは思いもしていなかったのだ。艦砲射撃の何発かは、明らかにコニーの至近を通過した。と、コニー自身は感じていた。
- さらに3斉射を狙い澄ましてコニーは、自分の狙いを付けた標的にビームを送り込んだ。大尉や少尉のビームライフルとは違うスプレーガン特有の太いが短めのビームが闇を切り裂く。失中。惜しいとかいう問題ではなかった。発射した瞬間に失中と分かるほどだ。
- それに僅かに遅れて今度は、いくぶん長くか細いビームが後方から伸びる。第2小隊のハミルトン中尉か、ラス准尉の射撃であることが知れる。そして、小さな太陽が出現する。コニー・アクセル曹長は、その太陽に照らされて敵のモビルスーツが複数、機動するのを視認し恐怖した。
-
- またしてもザクの交戦距離に達する前に1機が犠牲になった。まともに核融合炉を直撃されたのだろう、ビームが走り抜けた瞬間にはザクは、小さな太陽と化した。わずかな救いがあるとすれば、そのザクがノーマン中尉の部下ではなかったということだった。
- 「なんのつもりだ?」
- 2機のドムの機動を見たとき、思わずノーマン中尉は、声に出した。口では、そういっていたが、2機のドムの機動は、その高速性にものを言わせて戦線を突破し、大火力のバズーカーで連邦軍艦隊を殲滅するというものだ。狙いは、悪くない。核融合炉の産み出した爆発光を目くらましに敵モビルスーツの下方を潜り抜けようというのだ。
- しかし、ノーマン中尉にいわせれば、それは敵を舐めきった機動だった。
- 2機のドムに続いて2機のザクがそれを掩護する機動を見せる。
- ノーマン中尉は部下とともにその機動を無駄にしないために牽制を掛けるしかなかった。3機でそれが可能とは思えなかったが、今はやらねばならなかった。ふざけた機動をしているとはいってもそれは味方なのだ。見殺しにはできなかった。
-
- レイチェルは、一瞬だけ大尉が間抜けの方に機動しないことを願った。大尉が分かっているらしいことが分かるのには1分も必要なかった。大尉は、そのまま正面に位置する3機のザクへの攻撃機動を継続したからだ。新型を含めた4機にはハミルトン中尉の小隊が向かう。ジムの性能を知っているならば絶対にやろうとは思わない機動をしたパイロットは素人に違いないからだ。新型機に乗っているというだけにしか過ぎない。どうせ戦うならば間抜けと戦うよりはベテランと戦ったほうが楽しいに決まっている。新米のお嬢ちゃんのことは知ったこっちゃない。ようは、自分が楽しめるかどうか?そっちの方が余程レイチェルには重要なことなのだ。
- 正面に展開する3機は、明らかにこちらの性能を知ったうえで機動、3秒と同じ機動を続けない、していると思わせる。その証拠は、レイチェル自身と大尉の射撃を無難に躱していることからも伺えた。ハミルトン中尉か、ラス准尉のどちらかが撃墜したザクなんかとは違うのだ。新型機を撃墜するという誘惑よりも余程ベテランが乗ったザクを相手にするほうがレイチェルの好奇心を満足させるのだ。
- 右前方に位置する大尉の射撃。
- それに合わせて、レイチェルも敵の回避する方向を読んで射撃する。シャープなビームが、虚空を切り裂く。大気圏内で放ったときに聞こえるソニックブームが聞こえないのはレイチェルの現実感を損なっていたけれど、レイチェルの頭の中には確かに一撃ごとにビームの咆哮が聞こえているのだ。だが、またしても躱すザク。後方から2機分のビームスプレーガンの斉射がなされるが、大尉やレイチェルの射撃に比べるとなっていなかった。特に明後日の方向を目掛けたとしか思えない射撃は、誰の射撃なのか容易に想像がついた。
- 射程内に捉えたのだろう、ザクがマシンガンの砲口を明滅させる。
- 大尉が右に、レイチェルは左に機体をロールさせ、バーニアをほとんど同時に噴射、ザクから見れば2機のジムが互いにはねのけあうように散開して見える機動だ。スコーラン曹長とコニー曹長のジムは、大尉やレイチェルに比べると随分やぼったい動きで大尉の方へ後続する。
- 一瞬どちらへ攻撃を集中させるか悩んだに違いない、ザクの1機が戸惑うような機動を見せたのを大尉もレイチェルも見逃しはしなかった。射撃は、レイチェルの方が早かった。しかし、レイチェルの射撃はザクを掠めたに過ぎなかった。その瞬間ザクが火花を散らしたように見えたが、致命傷ではない。致命傷になったのは、大尉の射撃の方だった。レイチェルのメガ粒子によって姿勢を崩したザクの頭頂部から貫入したビームは、ザクの機体を一直線に真下へと貫いた。暗黒の中で一瞬メガビームによってザクの輪郭がくっきりと浮かぶ、そして、融合炉の暴走。この日、2機目の戦果を74戦隊のモビルスーツ隊は、無傷で挙げた。
- (チッ、あたしの獲物を・・・)
- しかし、ターゲットはまだ2機残っていた。しかも、手強い2機が残ったのだ。レイチェルの闘争心はなお一層燃え上がった。
-
- この日3機目の被撃墜機は、やはりジオン軍だった。
- 一気に連邦軍のモビルスーツの防衛ラインを突破し、母艦に襲いかかろうとしたリック・ドムは、あまりにことを性急に運びすぎた。いかに、ザクより優れた速度性能を持っているといっても直線機動は慎むべきだった。
- ホワン曹長の放ったスプレーガンの連射に自分から突っ込んで行く形になってドムは、撃破された。残念ながらホンバート曹長の張り巡らした弾幕は、もう1機のドムを捕らえ損ねた。それでも、それ以上の無茶な突撃を残念させるには十分だった。突撃機動を阻止された新型機とザクにハミルトン中尉とラス准尉が果敢に攻め込んでいく。3機の持つ兵装が、バズーカー砲だからだ。ホンバート曹長のジムが、それに続いたが、ホワン曹長は、その場を占位した。
-
- ネビル伍長のザクの爆発光がようやく収まるか収まらないうちに味方は、さらに1機を失った。モビルスーツが、なんの戦果も挙げられずに3機も失われるなどということは、ほんの数週間前までなら考えられないことだった。しかし、連邦軍がモビルスーツを投入してきた現在、それは過去の話になっていた。
- 確かに、ネビル伍長の機動は拙かったかもしれないがそれを咎める気にはならなかった。ネビル伍長は、その代償を既に充分な対価で支払っていたし、褒められるべきは敵の射撃の腕前の方だった。1機と3機に別れた敵を見て逡巡したネビル伍長だったが、その逡巡は5秒に満たなかったはずだからだ。その恐るべき射撃を送って寄越せる相手が2機もいるのだ。しかも2対4。この空域全てを見ても5対8。おまけに機体性能はあちらの方がどう控えめに見ても上なのだ。火器の威力に至っては話にもならない。
- (接近戦に持ち込むか?)
- しかし、頭の中の何かがそれを戒めていた。
- 1機が、グンッ、と加速し、一気にノーマン中尉の後方へと駆け抜ける。コスナー軍曹が、その連邦軍機にザクマシンガンの連射を送り込むが、その射弾は後方へと流れる。コスナー軍曹の想定よりも連邦軍機がずっと速いことの現れだった。しかも、それすらも長くは続けられなかった。残った3機が再び合流して攻撃を掛けてきたからだ。
- 回避運動をしなければならないのは、こちらの方だった。しかし、手強い相手は1機になった。
- 裸のムサイが、突破された1機にいったいどんな目に合わされるのか?想像したくないことだった。問題は、連邦軍のモビルスーツのビーム火器がどれほどの威力を持っているかに掛かっていた。
-
- もう一方でもジオン軍モビルスーツは、苦戦を強いられていた。牽制を掛けようにも機数で負けているうえに、機動性、加速性、火力、その全てで劣っていては自分達が望む機動などできはしなかった。こちらでも1機がムサイの方へ向けて突破していくが、それを追いかけることができないばかりか対艦攻撃装備のドムとザクでは歯ぎしりすることぐらいしかできはしなかった。ビーム火器を持つ相手に対し、背を向けることはまさに自殺行為だった。彼らは知っていた、対モビルスーツ戦闘においてはバズーカー砲は、単に敵を牽制する以上の役に立たないことを。
-
- ザクを揺さぶる衝撃を残して曳光弾が敵に向かって流れていく。2条、本来ならば1条で然るべきだったが僅かにトリガーを押す時間が延びたのは、焦りのせいだったかもしれない。後方からも、射弾が伸びる。コスナー軍曹の射撃だ。
- 牽制の射撃としては十分だ。正確な射撃時には、どうしても直線機動をとらねばならないザクの欠点を補ってくれる絶妙なコンビネーションだ。
- (信頼に足るとは、こういうことをいう・・・)
- 頼もしい僚機のことを思いながらもノーマン中尉は、1機が上昇する機動をしたのを見逃さなかった。追随させないように射弾を送る。それは、みごとに成功した。ザクの射撃を恐れた2機は、上昇できずに先頭機と分断された。その2機に向けてノーマン中尉は、一気にザクを加速させた。
-
- レイチェル少尉のジムは、ザクからの正確な射撃を避けると一気に加速した。現在の戦闘平面、ザクとジムを結んだ線を平面と考える、を上に抜ける機動だ。スコーラン曹長とコニー曹長は、それについてこられなかった。急な機動だったし、ザクからの射撃に怯えてしまったせいだった。
- その怯えは、ザクにつけ入る隙を与えるには十分だった。
- 2機のザクが、流れるように接近してきた時コニー曹長は、悲鳴をあげていた。スコーラン曹長のジムが、スプレーガンを連射したが、ビームはザクを掠めて後方へ流れ去っていく。ザクが、射撃したのはその瞬間だった。スコーラン曹長のジムは、寸でのところでシールドを差し出した。シールド上で2度の爆発が起こり、スコーラン曹長のジムは、吹き飛ばされる。
- 2機目のザクは、コニーのジムに射撃を仕掛けてきた。コニー曹長は、射撃を受ける前からシールドを差し出していた。恐ろしい衝撃がやって来たのは、スコーラン曹長のわめき声が聞こえてきてすぐだった。
- コクピットに座ったコニー曹長の身体が激しく前後に揺さぶられる。1度、2度、3度。そして、さらにもう1度。
- 「いや、いやっ、いやぁ〜〜〜〜っ!!」
- コニー・アクセル曹長は、完全に自分がザクを撃破できる武器を持っていることを忘れ、ただただ叫び声をあげていた。
- シールドが、半分砕け散ったその瞬間、ピンクのビームが、上から下へ走り抜けた。コニー曹長を葬ろうとしていたザクは、その一撃で自分自身が葬られてしまった、永遠に。
-
- 「いかんっ!」
- ノーマン中尉は、コスナー軍曹の攻撃機動を後方視認モニターで見ながら思わず叫んでいた。コスナー軍曹が標的にした連邦軍のモビルスーツは、確かにその無様な回避運動とも相まって容易に撃破できるはずだった。しかし、それは相手が2機しかいない場合だった。この場合はもう1機、手強いやつがいるのだ。
- それがなければ、ノーマン中尉ももう2秒射撃を連続していた。そうすれば、連邦軍は1機のモビルスーツを喪失する結果になっていただろう。しかし、それは危険な行為だった。連邦軍のモビルスーツを撃破するという誘惑に負けたコスナー軍曹は、上方へ抜けたジムが機体を反転させて照準を付けるには充分な隙を与えてしまったのだ。攻撃を掛けた2機と同じ程度の技量であればコスナー軍曹は助かったかもしれなかったが、上方に抜けた連邦軍機のパイロットはその2機とは明らかに違っていた。それが、コスナー軍曹の命取りになった。
-
- 「悪い冗談か、さもなければ悪夢と思いたいね」
- ノーマン中尉は、戦闘の終息した空域で生き残ったリック・ドムに接触していった。連邦軍は、モビルスーツを収容して既に戦闘空域を離脱してしまっていた。
- 「仕方がありません、中尉」
- 最悪なことはいくつもあったが、そのうちの1つは、リック・ドムのパイロットが女性だということだ。ノーマン中尉にとっては、女性とは、護るべき対象でこそあったが、頼るべき対象ではなかったからだ。しかし、還るべき母艦を失った今、推進剤をザクよりも余程残したリック・ドムに頼らざるを得なかった。ノーマン中尉が、ドムの右腕に、もう1機残ったザクが左腕に掴まる姿は中尉にとって全くもって恥ずべきことに違いなかった。しかし、生きて還らねば今日の恨みを晴らすこともかなわないのだ。「戦争は、相手があってのことです」
- 声の様子からは、若いように思える女パイロットが達観したようなことをいうのも気に入らなかった。本来なら出撃前に顔合わせをしておくべきなのだが、そういった時間すらも与えられずに出撃してきたせいでノーマン中尉は、ドムのパイロットももう1機残ったザクのパイロットも全く知らなかった。そういった混成部隊で任務が遂行できると考えている上層部の頭の中をノーマン中尉は覗いてやりたかった。きっとシナプスが驚くほど欠如しているに違いなかった。
- 「いけるか?少尉?」
- 「ええ、なんとか。行きますよ、中尉」
- 「やってくれ」
- リック・ドムが残った推進剤のほとんどを使って加速するのを感じながらノーマン中尉は、5機ものモビルスーツを撃破したうえに3隻のムサイをあっという間に撃沈した連邦軍のモビルスーツに対抗するのはザクでは絶対的に能力不足なのを改めて痛感していた。
- それとは別にノーマン中尉は、交戦したジムが、L4空域で交戦した連邦軍モビルスーツと同じではないかという思いを漠然と持った。L4空域で交戦した連邦軍モビルスーツと同じ塗色だったからだ。特にあのふざけた塗色ジム、あれはそうそうない塗色とも思えたが隊長機全般に塗っているのかもしれないとも思えた。隊長機を派手な塗色にするということは同型機が混戦するなかで隊長機を一目瞭然にするには有効な手段だからだ。L4空域で交戦した部隊と再び周回軌道上で交戦するということがこの広い宇宙ではあり得るはずがない、と頭の中で否定しているせいもあってそれは疑問の形のままで終わった。この日、他の空域で交戦した部隊が戦った連邦軍モビルスーツの塗色が全てシャイニングレッドを基本に薄いブルーグレーだと知っていればその漠然とした疑念は確信に変わっていたに違いなかった。けれど、決して風通しの良いと言えないジオン軍の中にあってノーマン中尉が、そのことを知ることはなかった。士官とはいっても仮装巡洋艦戦隊の1中尉は、ソロモンにとってはお客さんでしかなかったからだ。
- (死んでたまるか・・・)
- ノーマン中尉は、誰にも聞かれないように心で叫んだ。しかし、同時に母艦を失い推進剤切れで宇宙に消えていったモビルスーツの数が決して少なくないことをノーマン中尉は、充分すぎるほど知っていた。宇宙は、3機のモビルスーツにとってもあまりにも冷たく広すぎた。
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